コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

9月30日(金) 暑さ寒さも彼岸過ぎ  -ビジネス - 営業-

f355.jpg  7月から始まった木金休日の変則稼動も遂に最終回を迎えたが、昨日は朝昼のパーティーを挟んで永田町に出没していたし、今日は今日で電報に追われる午後だった。
 仕事柄休日の弔電対応は日常茶飯事だが、休日に大量の祝電を自宅から打つ羽目に陥ろうとは、これも輪番の弊害と言わざるを得ない。
 結局、八月こそ夏休みも含め木金に加えて土日も隠遁した日々が多かったが、七・九月では木金が12対7、土日が12対6の出勤超過で、そもそもその週になってみないと休日が定まらないというのは児童幼児を擁する父としては極めて手元不如意であった。
 業界一体でのシフトは自動車だけだったとしても、多くの企業では事業所や部署単位で自主的な変動休日制を実施していたが、対外折衝職務は事実上免除に近い状態だったから、私の結末は目に見えていたとも言える。
 ただ最終消費材メーカーとしては"東京探題"は一部出先機関に過ぎないから、本丸においては徒らに権限を振りかざすことなくとも自然と納入元や地域経済が企業側に合致させるであろう暗黙の了解、言わば通例の優越的地位が輪番を可能にさせていたことに鈍感になっていたのだとすれば、今後もこうした事態がいつ何時生じかねない電力需給が続くだけに、非常に不安である。
 期せずして訪れる筈だった四連休も前半は落ち着かない日々だった。

9月29日(木) 空から日本を見てみよう  -テレビ・ラジオ - TV-

f349.jpg 21時前に妻子が床に就き、妻が復活して居間に戻ってこないと、手持ち無沙汰でつい怠惰にテレビを見耽って仕舞うことも少なくない。
 昨今のバラエティには食傷気味なのでCSのゴルフを飽きもせず眺めるのが大宗を占めるが、稀に興味を引く番組が唐突に眼前に現れ、意外な幸運を噛み締める夜もある。12チャンネルの「空から日本を見てみよう」に出会ったのはそんな邂逅の一場面だった。
 その日は京急線がお題だったが、電車や道路を文字通り空撮で追い、特徴的な建物や空間をスポットで取り上げていく構成は、まさに都市変遷評論家を僭称する私の為に誂えられたが如くである。
 首都高のジャンクナビや「電車でGO!」の如く、普段馴染みの視点からの映像を懐旧しつつなぞるのも興味深いが、日常生活ではあり得ない俯瞰の眼を持つのは、嘗て岩国基地発自衛隊ヘリで空から安芸の宮島を堪能した例を挙げるまでもなく刺激的である。
 或いは些か牽強付会ではあるが、亡くなった稲尾和久投手が42勝を挙げた昭和38年に限っては、恰も自らのピッチングをもうひとりの自分が真上から眺めているかの如くに、手に取る様に改良、修正を施すことが出来たと述懐しているのに通ずる高揚があるのかも知れない。
 残念なのは当該番組を知覚した時には既に最終回だったことだが、幸いBSで再放送も始まるので見返してみたい。十年スパン位で新旧比較の特番でも企画して戴ければ尚評論家業には垂涎の的なのだが。

 懸案されたユーロへの資金拠出案はあっさりと独議会を通過した。ユーロ安で独経済自体が恩恵を被っているのだからやむを得ぬ責務だとしても、果たしてこれに倣い各国ともスムースに事が運ぶかは定かではない。
 果たしてユーロはこれからも南北格差を許容したまま、時にこうした対症療法を講じて生き長らえていくのか。或いは独仏主導の財政、金融統合にまで舵を切る端緒となるのか。

9月28日(水) 旅立ちの日  -スポーツ - ゴルフ-

f345.jpg 嘗てヤンキースのエース、ドン・ドライスデールは左肘痛のため27勝したオフに30歳で、江川卓は肩に針を打って32歳と、若き身空で現役生活に別れを告げたスポーツ選手は洋の東西を問わず少なくない。ただその多くは第一線であった自らのイメージを損なわぬべく、敢えて老いさらばえた身を晒す前に断を下したものであり、元阪神の赤星氏の如く頸椎を痛め実生命にも関わるとして選手生命を断ち切られたというケースとは異なっている。
 ただ古関美保選手の事例はその何方にも当てはまらないのではないか。実際、一時代を築く実績を残したと迄は賞賛しかねるし、ゴルファーとしては美形の部類でもタレントとしてひと際映える程の華はない。
 だから敢えて言えばシドニー五輪のメダリストとして時の人となり、女優に転じて奮わず予想通り芸能界からも引退に追い込まれた、田島寧子選手の如く運命に晒される危険性もなしとはしない。
 勿論、ドライスデール氏も江川氏も、当人が実際何を望んでいたかは兎も角、結局指導者の道を歩むことなく悠々自適の第二の人生を送ったのだから、これまでのゴルフ三昧の日々への代償として潤沢であろう蓄積を消費していく人生を送ったとしても、非難される謂われはない。
 ただ極端に選手生命の短い水泳や、不惑を超えるのは希少な野球に対し、エイジ・シュートに象徴される生涯スポーツたるゴルフ競技において、早々の退出者を生んで仕舞った事実は、ひとりのスターを失う短期的なマイナスよりもより大きな損失ではなかったか。

 香川照之氏が映画にテレビに、画面で見掛けぬ日のない程に希代のバイプレーヤーたるにつけ、父・猿之介と義絶した女優・浜木綿子氏のひとり息子が一浪の後、東大に合格したという、往事の週刊誌報道が思い出されたものである。
 だからこそ香川氏の歌舞伎入りは、松竹にとっては絶好の宣伝材料だろうし、左団次は誰が継ぐのかとのフリーク向けの題材は別として、「不貞料30億」藤間紫氏との長年の内縁関係と婚姻、死別を経て病に倒れた猿之介氏の姿とともに、保守主義における「血」の重みを改めて感じさせざるを得ない。

9月26日(月) 励み励まされ  -政治・経済 - 政治-

 数多い「励ます会」に足を運ぶのも職責のひとつだが、他の職務が嵩張ると足跡だけを残して早々に退散せざるを得ない事態も生ずるし、正直なところ講演の類も常に有難く傾聴するに値するとは限らないから、これ幸いと多忙を装う世知にも長けてくる。
f346.jpg  勿論常に退屈では時間コストの浪費だが、例えば本日、越沢明氏に見えたのは、講演者の名を意識することなく事務的に足を運んだけ余計に、望外の付加価値に幸運を噛み締めた。
 極論すれば氏の「東京都市計画物語」は、単なる鉄道フリークの一分派から私を自称「都市変遷評論家」に脱皮させる契機となる書物であったから、勝手に抱いていたマニアックな同好の士たるイメージよりは、寧ろ行政に近い正当な都市計画学者であられたという若干の驚きこそあれ、趣味と実益が辛うじて繋がった思いに捕らわれ、紛うことなき自己満足であったとしても、有益だった。

f347.jpg  更に夕刻には藤岡弘氏の「日本の心」とも言うべき信条を拝聴したが、本来知的エリート然だった筈の仮面ライダー1号や特捜最前線の桜井刑事を、氏の元来の資質である「武道」に因んで役柄をも破天荒なキャラクターに変貌させた豪腕振りそのままのインパクトだった。
 真剣そのものだけにユーモラスに、或いは否定的な眼からは右翼的とも映ろうきらいこそあれ、わが国の歴史と伝統を、俳優たる知名度を活用して敷衍していく手法もいざ知らず、その意欲に大いに感銘を受けこれまた有意義だった。
 なお会場の明治記念館の旧館は仮御所、伊藤博文邸を経て明治神宮へと寄贈された歴史を持つ。テーマに相応しい舞台設定にも座布団一枚。

9月25日(日) 恐竜のひみつ  -学校・教育 - 子供の教育-

f340.jpg 幼少時の科学的知識の大半は「ひみつシリーズ」に由来するものが多かったから、世に言われる恐竜の時代とその終焉にも人並みの知識は有していた。にも拘わらず子供らしく目を輝かせる様な興味を抱いた覚えは無いから、矢張り私は生物学には縁遠く、畏れ多くも到底皇族にはなり得ない性癖なのだろう。
f341.jpg  ただ世は三連休最終日とはいえ、入場まで一時間待ちの上野は恐竜博に直面すれば、改めて恐竜人気の高さに畏れ入らざるを得ない。個人的にはティラノザウルスに毛が生えていたり、ヘスペロサウルスは尾を上げていたので今般新たに骨も尻上がりで展示しましたと高らかにマニアックな新発見を語られても、成る程考古学の世界も日進月歩との事情はよく理解出来たものの、恐竜と哺乳類を結び付ける始祖鳥の存在が強調され、ラルゲユウスが虚空へと消えていくウルトラQ第12話「鳥を見た」のラスト・シーンが浮かぶ以上の感慨は生まれなかった。
 国立科学博物館自体は常設展も恐竜の骨組みで有名だから舞台としては相応しいが、申し訳程度にゼロ戦や月探索機も飾られてるとはいえ著しく「生命」に偏っており、科学技術館に劣る遊戯コーナーの存在に、逆に違和感を覚えざるを得ない。勿論、公資が年少の遠足で訪れた際には、肝心の遊具をスルーして展示ばかり眺めさせられたというから、理系への興味を惹起すべく国策には叶っていても正直なところ幾分退屈だったろう。
f342.jpg 一方、父は矢鱈と人類にばかり関心を示し、縄文人と弥生人の違い(農耕の有無)を力説していたが、不思議なことに幼少時に刷り込まれたアウストラロピテクスやクロマニヨン人の記述が見当たらず、ネアンデルタール人すら原人の一形態の地位に貶められていたのが気になった。これも考古学の変遷に依るものなのだろうか。寧ろ原人、旧人、新人の区分が強調されており、僅かながらも部局の人事に携わった身の上としては、人不足の昨今、旧人でも新人でも猫の手でも借りたいとはいえ、原人が配属されたら使い勝手が悪かろうと詰まらぬ妄想を抱いて仕舞った。
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 更に動物園にも乗り込み、従前は寝てばかりの印象の強かったパンダが、大陸の戦略商品たる自らの地位を弁えた訳でもなかろうが、盛んに愛想を振り撒いていたのが印象的だった。
 なお帰路には川を越え、亀有は大谷田温泉「明神の湯」に足を伸ばしたが、大人1200円の割に温度を違えた風呂が露天中心にコンパクトに点在しており、故・若林忠志氏ばりの七色の変化球と言っては大袈裟に過ぎるとはいえ、コスト・パフォーマンスに優れていたことを付記しておきたい。

9月24日(土) 生え抜き  -スポーツ - プロ野球-

f339.jpg  両リーグとも未だ接戦が繰り広げられているにも拘わらず、並行してストーブ・リーグも始まった感のある本邦職業野球である。取り分け何れも優勝の可能性の小さくない二位球団の監督交替が早々に発表されるとは異例極まりない。
 確かに梨田氏に付いては報道が先行し、ペナントレースに専念させるために外野の声を封ずるとの思惑があったとしても、落合氏の事実上の解任とも言える結末は驚天であった。
 勿論、氏の勝利至上主義が嘗ての森西武監督同様に、好成績にも拘わらず営業成績の伸び悩みを招いたのは疑いないし、加えて過度の秘密主義がそのぶっきらぼうな発言と相俟ってマスコミとの対立を煽った挙げ句の帰結であるから自業自得との謗りも免れ得まい。ただ両球団とも詰まるところ「生え抜き」政権待望論の所産であるとするならば、如何に受け止めるべきなのだろうか。
 わが国の「監督」がマネージャーである以前にチームの顔たるスター性を求められ、従って地域性に基づくOB重視に傾くのは消費者の嗜好に基づくものだから否定する謂われはない。その点管理能力と現役時代の実績とは全くの別物と割り切る米国とは好対象だが、中でも有史以来生え抜きに準拠する巨人軍を筆頭に、阪神、中日といった伝統球団は稀に外様監督も成立するものの長続きしたケースは少ない。
 確かに落合氏は現役時代の一時期を中日の内野手として過ごしたとはいえ、愛知県出身でもなく白井オーナーの強いバックアップのみが権力基盤だった上に、コーチ陣までも意図的か否かは兎も角、OBを重視しなかったことがかく顛末を喚んだのだろう。だからと言って古希を迎えた高木守道氏の三度目のお務めとは余りに場当たり的ではないかとの疑問は残る。
 一方で梨田氏は日ハム球団とも北海道とも何等の縁も無かったから氏自身も端から長期政権の腹積もりは無かったろうし、戦後発で低迷が続き、かつ経営母体が変遷した球団は総じて他球団から指導者を戴く傾向が強かった中で、旧フライヤーズを買収して苦節37年、初のファイターズ生え抜き政権への悲願は一定の理解を得られよう。
 後は親会社の帰趨すら定まらないTBSベイスターズか。

 旧知の秘書の方がスキンにされたとの噂を聞き付けおっとり刀で駆け付けてみたが、二分刈り程度には残存しておられ、嘗ていきなり丸坊主のポスターに片仮名で「エンタケ」と大書して、新手の宗教団体かと訝られた元山形の衆院議員氏ほどのインパクトには欠けていた。
 こちらも生え抜きが肝要、などと言っては失礼極まりない。

9月23日(金) Never Mind the Bollocks  -音楽 - 歌ってみた-

 永田町周辺居住者生活も幾年二桁を数えたとはいえ、部局の異動とともに邂逅する先方が著しく拡大し、かつ末端の身の上では何時また再び煩雑に巡り会える保証も無いから、一期一会に如何にインパクトを残せるかは決して些末な思案事項ではない。
 だからと言って著しく話述巧みな訳でもないし、末端の身で出過ぎた真似も憚られるから、こうなると持ち前の歌唱力と言うよりは独特の歌唱スタイルのヒレキに依り受けを狙うのは重要な挨拶替わりになる。
 ただ楽曲の選択が芸者の腕前とはいえ、出向時代から定番となったジュリーの「勝手にしやがれ」が先達と被るがために、またひとつ頭を悩ませねばと躊躇していたところ、今般沢田研二氏のメドレーとのお題を与えられ、当該先達氏とリレー唱が成立したのは幸便に他ならなかった。
 寧ろ即興にも拘わらず楽曲の振り分けも両者の声質、歌いっ振りに合致し、先方から予想以上の拍手を頂戴するのみならず、内輪からも賞賛を浴びたために、今後に向け引っ込みが付かなくなったとも言える。
f338.jpg  「勝手にしやがれ」は既にYouTubeで過去の映像を見ながら振り付けの研究にも少なからず着手していたが、こうなったら少なくとも主だったヒット曲はソラで唄える位の鍛錬には及ばざるを得ない。心して芸を磨きたい。

 して本日は公資の所望で父にとっては連日のカラオケに赴く。キッザニアでは直立不動で熱唱していたにも拘わらず、内輪では身振り手振りも交えての熱演が光ったが、一方祐旭は嘗ての浪曲の如くアバウトな歌い回しから、随分と音程が原曲に近似しつつある。
 ピアノ教育の副産物かも知れないが、幼少時からこうした場数を踏んでいけば、現代の若者に著しい音痴が認められ難い秘訣も判ろうものだろう。相変わらず父の歌唱は「煩い」と不評だったが。

9月22日(木) 党高政低  -政治・経済 - 野田内閣-

 二年前、予想された政権交替が実現した暁には、政策決定過程の変化や政策変更の業界への影響やら、八年余に亘る昼行灯を返上してここぞとばかりにペーパーを書きまくり、果ては英訳され海外事業体に配布されるに及んで一躍時の人となった記憶がある。
 結局、年末まで手を替え品を変えで資料をリバイスし続け、いい加減の同工異曲さに自らも周囲もうんざりしたところで異動となり、直接にはかく取りまとめに携わる職責からは退けられたのである。
 しかしながらあれから二年、往事世を席巻した「政策決定の政府一元化」は大きな曲がり角を迎えている。直接には捻れ国会と二大政党に収斂され切れない多党化の継続の中で、政権与党もまた「党」という政府に比べれば公的でない存在を必要としたという事情が介在したとしても、結局は政府に入って政策決定を担う有力者と賛成票を投ずるだけのその他大勢という英国的な階層化を、議員内閣制にも拘わらず大統領制的な政府対議会との構図を脱し切れないわが国与党議員は受け入れられなかったという帰結ではないか。
 詰まるところ菅内閣における党政調の復活に続く今般の権限拡大は、長年政権を担った自由民主党の生活の知恵たる政府・与党の二元体制の採用に復したとカンコする他はなかろうが、飽く迄政府一元化の大原則を崩さなかったがために、重層的に機関を設け、その都度政府或いは党内からも幹事長室や国対から出席者を招くシステムに至り、再三「民主的」との文言が踊る旧社会党中執的な文章に象徴される様に、あまねく党内融和を重視する余り、責任の所在をより曖昧にして仕舞ったきらいがある。
 勿論、政策決定の政府一元化は正論であり、民主党政権の壮大な実験がたとえ短期的にはより大きな混乱を招いたのだとしても、その労を否定するものではない。ただ自民党政権下における政調「部会」を、政策の討議のみならず若手議員の鍛錬の場としても、或いは先の英国の比喩を用いれば陣笠から政府要人に至る登竜門としても、英国に秀でる有用なプロセスと再認識したのであれば、政府と党の"混在"が制度上困難であることを承知の上でなお、改めて政務三役下にそれを位置付けるシンプルな制度構築が必要だったのではなかろうか。
 結局、省庁毎に政務三役と政調副会長と副幹事長との力関係で、真の政策決定プロセスが異なって来る歪な形に落ち着かざるを得ないのではないか。だから我々は手をこまねいて、今暫くその推移を見守らなければならない。

9月21日(水) 第三の道  -ニュース - 天気-

f336.jpg  沖縄多摩と台風の当たり年と言っては不謹慎かも知れないが、〆の帝都直撃を今度は会社で迎えることになろうとはわが国気候の変容を憂えるべきか、わが身の不運を嘆くべきか。
 ただ少なくとも台風は予測の付く災禍だから、危機管理上は速やかに企業活動そのものを切り上げ強制力を持って退出を促す位の英断が必要だったのかも知れない。
 勿論、あの震災以来、省エネ上の要請と相俟って多くのサラリーマン諸兄は早期退社が板に付いて来たから、徒らに家路を急がせても返って混雑を助長した恐れも否定出来ない。
 事実、渋谷や池袋では宛てもなくバスを待つ帰宅難民の絵柄が再三採り上げられていたが、震災の経験を以てしてなお対策が講じられていないと憤るのはお門違いであって、何等かの代替手段の存在する居住地を選択するのもまた危機管理の一項であるとの教訓だろう。
 結局、足を失った同僚諸氏の趨勢を見守る内に停電に倒木と相次いだ中央・総武両線に続いて東西線も運転見合わせとなり、逡巡が仇になった形となったが、幸い地震の際もいち早く復旧した大江戸線には何等の支障も無い。こうなると戦前の防空壕の転用という噂も強ち否定出来なくなるものの、大震度地下の効用に感じ入ったのであった。
 走り出した中央線は新宿駅構外まで人が溢れる始末で丸の内経由新高円寺からテクテク歩く羽目には陥ったが、先ずは何とか自力救済、大事に至らず胸を撫で下ろす。

9月19日(祝) 望外の成果  -スポーツ - ゴルフ-

f335.jpg  6人と幾分小振りにはなったが久々の元出向先のOBコンペである。
 前ラウンドの反省も踏まえ、早々に到着して練習と準備に余念が無かったにも拘わらず、前半はドライバーとウッドは当たったり当たらなかったり、アプローチこそ妥当だったが、珍しくパットに悩まされる。15番で同伴両氏のダイヤモンドに泣きそうになったところ、幸いこちらも短いパットを沈めてオリンピックが繰り上げ三点になり、嘗て小沢一郎氏対羽田孜氏の新進党党首選に、友人と千円ずつ収めて両氏に一票ずつ投じ合ったが如くのインフレに留めたのが救いだったろうか。
 それでも後半は回復し、3番ショートでロングパットを決めバーディー。以降はパーひとつと穏便だったが、上がってみると百を切っており、ダボペースから数えてワンホールで3つの貯金の効用を思い知らされた。
f337.jpg  他に誰もフェアウェイに乗らずのドラコンもあり、総合二位とオリンピック含め勝負としても意外な成果だった。練習は人を裏切らないという教え。

 夜半、近隣の公園で夏場から積み残してあった花火に興ずる。毎度のことながら父がひとり避雷針と化し、妻子を蚊の驚異から防御する形となったが、余りの痒みにひと足早く退散した。
 この体質には人並み以上に腫れ上がるためキンカンが塗り易い位しか利点が無いが、父不在後も誰一人特段の惨禍に見舞われた形跡は無いので父の奮闘も讃えられない。刺され損。
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