コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

6月30日(木) ライムの香り  -グルメ - ドリンク-

 明日からの電力15%削減を前に、首相の方針確認との留保条件付きながら古川佐賀知事が玄海原発再稼働容認の姿勢を示した。
 勿論、安全性が担保されたならば経営上の要請からは首長として至極真っ当な結論ではあろうが、著しい原発への逆風に鑑みれば英断には違いない。
 一方でこの回答を引き出した経済産業省としては、エネルギー供給の責任組織として、また過去からのわが国エネルギー政策との整合性からも、このままでは来年夏を迎えるまでに全炉が休止しかねない原発に再稼働の実績を設けることは、現実的にも政治的側面からも九死に一生に他ならない。
 勿論、今や小沢グループの首相候補者とすら目される海江田経産相が、再生エネルギーの全量買取という、長期的な方向性こそ合理性はあるが、短期的には到底電力需要を賄えないばかりか大幅なコスト増を斎す施策を掲げ、これを手土産に脱原発解散を目論む総理に合口を突き付けたと見ることも出来る。
f2.jpg   ただたとえ党利党略の側面をも有していたとして、脱原発による耐乏生活以外の選択肢が提示され、冷静な議論に供されるための一助となるならば、憂うことはない。海江田氏並びに関係部局の尽力に敬意を表すとともに大いに政策論争を巻き起こして戴くことを期待したい。

 子供達には常々、現存する最も美味な飲み物はマウンテンデューであると言い聞かせてきたが、その際枕言葉の如く付言するのは「嘗ては匹敵するメローイエローがあったが」の一言だった。
 そのメローイエローが実に11年振りに復活とは近来に無い朗報である。改めて飲み比べてみるとペプシとコーラの違い同様に、微妙にマウンテンデューの方が刺激風味が強く、逆にメローイエローはその名の通り甘味が濃い感があるが、飲む側の気分、体調にも依るので何方に軍配を上げるかは難関である。
 驚いたのはスプライトも復活とされていたことで、つい最近もゼロ・バージョンを見掛けた記憶があったが、商品サイクルの激しさを思い知らされる。この際チェリオのスイートキッスも甦って、柑橘系三者揃い踏みによる復権を願いたい。

6月29日(水) 貪欲であれ  -地域情報 - 東京23区-

f208.jpg 椿山荘には嘗て友人の結婚式で訪れた記憶があるが、今般再び足を運んでその庭園と歴史的建造物の豊富さには圧倒された。流石に元君・山県ありとも邸跡と唸らされるが、今や一度や二度の倒産履歴など向こう傷程度にしか感じられない程のレジャー産業の低迷の中、小湧園やワシントンホテルを配下に命脈を保っている藤田観光も立派である。
 本日は荘厳な式典の裏方で同行「秘書」業の一日。昨秋に続き自身二度目ともなると手慣れたものと言えば聞こえが良いが、幾分緊張感も欠いたまま流れ作業的にサクサク進んだ。
 昼近辺には単身時間が空いたので通例なら庭の散策に務め、文化財らしき園内の塔まで闊歩したいところだったが、酷暑のなか体力温存を優先する選択を余儀なくされたのは、好奇心をモットーとする生理に反して些か心残りだった。

 恐らくは前夜、名古屋で会議の後に宴席をこなし蜻蛉返りした疲労の蓄積もあったろう。
 地方企業のためこうした行動パターンは周囲に山積しているが、新幹線移動の肉体に与える影響の多きさを改めて思い知らされる感があった。
 それでも今日もまた飲み過ぎて仕舞ったが、久々に経済部記者諸兄との一懇に際し、なかなか話しが噛み合い難い現実に直面する。
 嘗て財界担当時代には、財界クラブ唯一にして最大の祭り事である人事マターの基礎知識として、往時の四団体副会長会社経験企業の会長、社長程度は空んじていたが、今や先方から当たり前の様にそうした名前が口端に登っても反応出来ない。
 確かに職責上必要とされないのは事実だが、折角充分に土地感を有しながら知識の更新を怠っているのは何よりも自らにとって勿体無い。多忙さにかまけてニュースそのものに鈍感になりつつある証左とも言えよう。かく状況が続けば加速度的に視野が狭まり、やがては蛸壺に陥ったことすら気付かなくなる恐れすらある。微妙な異業種交流を作為的に求めていく精神を、改めて滋養したい。

6月27日(月) 名刺替わりに  -ビジネス - ビジネス-

 金曜からの輪番操業を前に関係各位にお知らせの紙を手に行脚する。
 大仰に持参する必要があるかとの指摘もご尤もだが、前部署時代の関係先と同じ永田町、同じ党派でも微妙にラップしない部分も多いから、訪問の口実としてまだ知らぬ相手への自らの挨拶周りもまた兼ねられればとの魂胆である。
 実際、時ならぬ闖入者であっても「節電対策」との話題性はあるし、思いのほか総出で取り囲んで戴き恐縮したり、飲み会で席を同じくした人物と違う事務所で再会を果たしたりと望外の効用も少なくない。
 勿論、すげなくあしらわられるケースも多く、その分お届けものとしては効率的に運用出来たのは痛し痒しだったが、事後に電話してみると存外に覚えていて呉れたりして、悪くない算段だった。
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写真は「白いかもめ」
 ところどころで旧知の部屋を挟んで猛暑の中にひと息入れては再び営業マンの如く飛び込みを続け、流石にほぼ丸一日議員会館に詰めていたのは最高記録だろう。
 下っ端の生きる道、偶にはかく日があってもいい。

 共産党創立90周年を前に中国が新幹線を公表した。明らかにわが国はじめ諸外国の技術を導入しながら「国産」を標榜する神経にも理解に苦しむが、その外見の酷似振りは最早意匠権を云々する以前の域である。
 人口を背景とする市場としての大陸の価値とは別個に、意義を唱えるべくは笑顔で法的手段に打って出る、強かさというよりは米国型訴訟社会の慣習を、わが国も手段として体得する必要があろう。

6月26日(日) 太った騎士  -ヘルス・ダイエット - ダイエット-

f205.jpg 過日、高校時代の友人と久々に邂逅し、卒業来の会瀬の御仁からは口を揃えて「痩せたね」と声を掛けられ、昨今逆の指摘はあっても全く耳慣れぬ台詞だっただけに、絶対値と相対的観念の落差に深く感銘を受けたものである。
 確かに高校二年時の自らは85キロに迫らんとする体格の持ち主だったが、翌年には20キロ近い減量に成功しているので、かく人物とは1985年以来、四半世紀に近い再会だったことになる。
 結局浪人した一年で再び80の大台を超え、又しても翌年には60台前半と、使用前・使用後の見本の如く増減を繰り返したが、爾来67キロを基盤に若干の太り気味程度の体躯を維持してきた。
 ところがここに来て70台半ばと、ゴルフなら感涙に咽びそうな数字を刻みつつあり、流石に父の乳を豊満にしても既に分別の付いて来た息子達には母に成り代わる必然性もないから、おっとり刀でWiiFitに注力する。とあにはからんや早速パープレーからアンダーパーに至らんとする勢いではないか。
f2.jpg  矢張り運動が肝要と言ってもやけに早々と効用が現れるものとひとり悦に入っていたが、本日改めて台上の人となると一転して旧態に復している。確かに平日は朝昼食も採らぬまま深夜にジョギングやらボクシングやらを経ての結果だったし、逆に土日は朝から腹を満たしての計測である。だから少々のリバウンドこそ覚悟していたものの、これでは全くの錯覚、数字のトリックでしかない。
 一挙にやる気が失せたが、少なくとも体力の増進には寄与しようし、もしかしたら先例が示す如く乱高下を繰り返す体質故、継続は力なりで下方硬直性を脱却する日も訪れるかも知れない。息子達のメタボ対策の良い見本となるべく、自らに言い聞かせながらもう少し鍛錬してみたい。

 夕食は近隣に新しく登場した焼き鳥の店を訪れるが、店員氏がオーダーを届ける度に逐一一礼するのが、丁重だが幾分ユーモラスであった。
 公資が幼稚園で覚えて来た「騎士の挨拶」(写真)にも似てと思いきや、正解は「指揮者の挨拶」だったらしい。確かに右手を胸の前に折る恭しさはナイトの如くもあるが、本人は相当に気に入っている様なので当分披露し続けて貰おう。

6月25日(土) 働くおじさん  -ビジネス - ビジネス-

f204.jpg 社会人になってからというもの、早朝から臨戦体勢かつ夜は宴席があれば午前様も辞さずの生活リズムだった。それは勿論、強靭な体力の持ち主故ではなく、替わりに夜の商売が無ければ18時半には会社を後に家路を急ぐ、メリハリの大きさが健全な肉体と精神を担保してきたのだろう。
 翻って昨今、日中は足繁く永田町に通う一方で来客やら会議やらでハタと気付けば早夕刻。必然的に事務作業は夜半オフィスが静けさを取り戻してからと役人の如く毎日が訪れている。
 従って宴席があろうが無かろうが妻子と遭遇するのは、昨今妙に早起きの祐旭が早朝からクレヨンしんちゃんにでも見入っている絵柄を除けば、数日置きに収斂されるし、下手をすれば一次会で夜を切り上げたケースの方が帰宅時間が早くなりかねない。
 世の猛烈企業人は若かりし頃からかく生活を続けていても不思議ではないから文句を言う筋合いではなかろうが、齢四十を超えての俄かな繁忙振りには些か疲労を覚えざるを得ない。
 結果、休日となると気力も萎え、寝正月の悪循環に陥りかねない。この上アルコールを入れれば夕食後にはバタンキューで、にも拘わらず深夜に目覚めてコラムの掲載やらビデオの編集やら、溜まった雑事をこなして夜が明けるまで没頭したりすしている。
 今年の夏が矢鱈と暑く感ずるのも、現に酷暑な上に至るところ温度設定が高いからかも知れないが、不規則かつ長丁場の生活条件に起因するのかも知れない。

6月23日(木) わが党的な出会い  -政治・経済 - 保守主義-

f203.jpg 夜の商売を長らく続けていると、当然複数の宴席がバッティングする事態も生じ、何れかに二次会から駆け付ける様な真似は日常茶飯事である。寧ろ一日で多数関係者と接触を持てるという意味では効率的とさえ言える。
 これに対し一次会が早々に終了し、帰路赤坂見附駅への途上、ばったり遭遇した旧知の顔触れに、そのまま拉致されて別席へと連れ込まれるケースもある。
 何方にしろ二次会から合流出来る間柄なら気心も知れており臆することはないが、久々に後者の事態に遭遇し、他社の同業者の送別会と思しき会合に闖入してカラオケで唄い捲っていたこの日、印象的だったのは当該旧知の御仁の何気ない一言だった。
 「実に○○○的だなあ」。
 元来、事前に予定を固める性癖のある私にとって、当日いきなり宴席に雪崩れ込むケースは稀かつ好みでない。そもそも企業内にしろ、或いは互いに組織を看板に背負った袖振りであるにせよ、所詮は対価に応じて身を供する仮初めの会瀬に過ぎず、従って禄を食む組織が世界の全てであるが如きわが国慣行も、こうした現代風のドライな割り切りへと脱皮しなければならないと常々思っていた。
 しかしながら嫌よ嫌よもではないが、たとえ翌朝「昨日は大変な目に」等と会社で戦果を披露していたとしても、強引に誘われるのも距離感の少なさ故と解釈出来るならば、職責上もまた一個の人間としても、寧ろ喜ばしい事態と受け止めなければならない。
 更に言えば好むと好まざるとに拘わらず、かく偶発的な光景が自ずと生ずる濃密な人間関係こそが、件の発言にあった前出向先の母体組織のパワーの源泉を為していたのではなかったかと、何気ない一言に矢鱈と感じ入って仕舞ったのである。
 私も年を取った証しと言えばそれまでだが、もうあと一歩、この世界にどっぷりと身を浸してみるべきとの天啓かも知れない。

6月22日(水) 時間よ止まれ  -政治・経済 - 民主党・菅直人政権-

f202.jpg  会期延長が重要な政治的な契機となることは、例えば1960年の日米新安保条約が条約批准における衆院の優越により延長に伴い実質的に自動成立が確定した例を引くまでもない。
 だからこそ会期の制約を盾とする、物理的抵抗の手段を野党に与えているとして、通年国会の採否が取り沙汰される所以がある。
 但し、その構造要因を割り引いてなお、今般の二転三転としか形容の仕様の無い与党の対応振りは些か異様であった。
 何しろ前日に与野党間で50日間の延長で合意しながら、既に退陣を表明した総理の一存でこれを覆すのである。元より70日の理由として懸案の特例公債法を衆院の3分の2の賛成による再議決に必要な日数を確保するとの大義名分が唱えられてはいるが、現に50日ならば延長に公的に賛成する意向を示していた公明党をも反対に追いやって成立の見通しが立つ筈もなく、一重に総理の延命工作以外の何物でもない。
 恐らく野党は先の内閣不信任案件の失態に懲り、震災復興に水を刺すとの世論の叱責を怖れて粛々と二次補正の審議に応じ、一方民主党はマニフェストの見直しも、税・社会保障一体改革も棚上げしたまま、九月になれば総理は何事も無かったかの様に「外交日程」を掲げて訪米へと向かうのだろう。
 非常に些末な付言が許されるならば、一向にに事態が展開しない会期最終日に、著しくタイミングが悪く政局見通しを認めなければならない立場にあったのは、推測で記した文面を再三修正を迫られ、不快極まりなかった。
 幸い深夜国会に及ぶ事態は、嘗て自民党政権時代の如く可能な限り交渉の糸口を残すべく穏便な解決を模索しようとしない与党の拙速のおかげで避けられ、わが国議会史上幾度目かの、午前0時に向け時計の針が牛歩を刻む様な事態には陥らなかった。
 この過程で認識を新たにしたのは会期延長もまた国会法により衆院の優越が規定されていることである。まだまだ「歩く先例集」には程遠い様である。

6月21日(火) 夢想花

 何時の時代も前任者の影とは微妙なものである。自らの来し方を振り返っても、八年余在籍した広報から足を洗った後は、確かに未だに情報交換と称して懇談の機会を持つ御仁も少なくはないが、敢えて年配の後進に道を譲るべく、可能な限り記者クラブにも足を運ばず、痕跡を留めぬべく自戒した記憶がある。
 これに対し実質的に二度目の異動では、その対象の大半が重複していることから、等しく可能な限り身を引くべく努めても、嫌が応でも前職に伴う相手先との接触は避け得ない。
 九年も務めた職責であり、当然後任に比べれば相当にアドバンテージがあって、顔を出せば義理にも歓待されるから余計にそれにしがみつく帰結に至るのは人間心理だろう。
 勿論、前任が矢鱈と登場すれば現任者の影が薄くなり、彼等にとっては目の上のたん瘤に他ならない。一方で、現在の職責が過去九年間の経験を踏まえたものであり、その活用を前提に今のポジションに配備されたことも明らかである。
 従って、自らの生きる道を模索すればする程、前職時の対外関係を活用することとなり、裏返せばそれは自らが九年間をかけて築いてきた前職のステイタスを破壊していくパラドクスに至る。
 それは単なるセクショナリズムの成れの果てであり、所詮ジョブディスクリプションなど人に応じて位相の移るものに過ぎず、組織全体として最適な対外関係が構築出来れば良いと言うのは筋だろう。
 ただ前職には前職として、英々として積算された過去があった筈で、それを須らく自らの手柄が如くに洞が峠を決め込んで、その蓄積をひとり享受することが許容されるのだろうか。
 幾分メランコリックかつ偽悪的に過ぎるかも知れない。しかしながら賽は投げられたのである。従前の自らに立ちはだかるわが身を是認しなければ立ち往生するしかない。こうして人は過去と決別していく。あの頃に抱いていた何かを失いながら。本当は忘れたくない自らの願望を封じ込め、やがて失ったことすら忘却の彼方に消え行く日が訪れんことを願う心持ちを装いながら。

6月19日(日) ニシエヒガシエ  -スポーツ - ゴルフ-

f201.jpg 過日は同伴のハーフ38の御仁に上達を誉められ、昨日の練習も好調で、かつ新規導入のWiiFitでもゴルフだけは妙に好成績で「プロ級です。練習場で試してみませんか」等と薦められ気をよくしていたにも拘わらず、いきなり2ホール目で左の池に捕まり萎縮したか、終始ドライバーが当たらず、ウッドもチョロ多数。距離もなく平坦だが、池だらけのコースの中、後半16番に池を避けながら刻み続けてボギーを拾ったのが、飛距離が無く常にマン振りの私にしては珍しく頭を使うゴルフらしくて唯一の見せ場だったか。
 寧ろ出向時代の同僚に帝都西部居住者が多く、平素関越方面ばかりだったところ、常磐道に趣向を替えたら存外に時間距離も短く、新たなフロンティア開拓に繋がったのが僅かな救いだった。
 おかげで休日上限1000円の高速割引最終日にも拘わらず、存外に渋滞にも巻き込まれず、帰還した。遠くない未来に無料化が実現する東北道にも足を伸ばしてみようと思わせるのだから、矢張り政策誘導は偉大である。

6月18日(土) 進め!ロケット弾  -育児 - パパ育児日記。-

f199.jpg 催し事の多彩な幼稚園も丁度三年違いの長男次男で通算五年目ともなると些か飽きが来る。
 今般も一年振りの父親参観で、主題は新聞紙を丸めて発射台に、トイレットペーパーの芯をロケットに見立てた思い切りアナクロな父子製作だが、祐旭の折りに紙飛行機投擲で惨敗した記憶が甦り、多種用意された出し物も他には毎度お馴染み梅もぎとイーゼルに絵を描いただけとは真剣になり過ぎた感がある。
 かつ結果は又しても全然飛ばず。ゴムを複数用いるのはNGかと逡巡して二重に強化するに留めたら、しっかり優勝者の弁で「ゴムを重ねました」と語られており、創意工夫と脱法行為の紙一重、塀の上を歩くチャレンジ精神の欠如を改めて反省させされた。
 しかしながらよくよく映像を見返してみると、皆一様に背後には父君がサポートに回っており、向正面から撮影に専心していた父が最たる戦犯だったろうか。
f200.jpg  敗北は期しても公資が嬉々として遊んでいたので所期の目的は果たしたし、ルーティーンであっても父の日に因み実物以上に頭髪への筆使いの少ない父の絵と写真立てを貰うと、微笑ましいものである。
 小学校では同じく土曜に設定された参観日で、祐旭が驚く程に教員の話を聞いていなかった模様で、小学校の授業など真面目に受ける気にならないのも理解は出来るが、観察はしてみたいものだった。運動会もそうだったが特別区が異なるとはいえ近隣故、重複しないべく調整を図って欲しいものである。

 夜は五日遅れでレース婚の祝い。お馴染み東京飯店の、雨垂れの如く水分の這うオブジェが止まっていた。これも節電の一環だろうが、震災を契機に凡ゆる「不要不急」が形を潜めると、些かドンガラだけ立派で実態は持て余し気味の、ODAの失敗例の如く映る。
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