コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

4月30日(土) 埃は立たない  -音楽 - ドラム-

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紐解く前/後
 発端は公資が発表会の課題曲の練習にあたって、所謂シンコペーションが旨く演奏出来ないことだった。通称シンコペとは、リズムが小節を跨いで前倒しされる状態を示すが、そもそもリズム隊に関する感覚を幼少より滋養しなければシンコペも体得出来ないのではとの課題が閃いたのである。
 同時に偶々手にした元タイガースの瞳みのる氏の自伝で氏が慶應高校教諭から音楽家に復帰した報に接し、目の球が飛び出る程に驚いたが、その裏表紙にあったドラムセットに座る氏の姿に触発されたのも、我ながら意外だが一因たろう。
 だからと言って今更齢四十を過ぎてドラムに手を出すとはすっとんきょうに過ぎるが、一旦心が逸れば止まらない性である。急ぎ書斎に積み上がる本の群れを片付けてスペースを確保すると、ロクに試打もしないままに石橋楽器に赴き、既に生産も終了し安売りのセット販売となったヤマハのDTXPLORERを買って来るのだから処置なしだろう。
 確かに小学生から続いていたバンドでスタジオに入る度に手慰みでドラムに向かってはいたし、大学生になった際にはラックにキーボード二台、シーケンサーにミキサー、エフェクター、更に4チャンネルの録音機も収めて悦に入り、ギターもベースも並べて、何れはドラムもと夢想していた過去はある。だから今更にPCで宅録に勢を出す様な真似には到底至らなくとも、プレイヤーとしての血が騒いだのかも知れない。
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キッザニアでプレイする公資
 実際、部屋のど真ん中にドラムセットが誂われた絵柄は一種異様だし、わざわざ楽曲に合わせて演奏出来るようにと再生用にICレコーダまで導入するとは懐が寒風吹き荒ぶのとは裏腹に、気合いは入り捲りである。
 而して折角大枚叩いたからには改めて四十の手習いに勤しみたいとパチパチ叩いてみると、思いの外に下手糞ではないか。取り分け、蹴る度に前方へにじり出るバスドラの設置にも問題はあろうが、ハイハットのオープン/クローズと両足が両立し難いのには閉口した。
 従前は偶の遊びだったから叩けた様に錯覚していたのか、齢を重ねて技量が低下したのか、リズム感そのものが悪化しているのか、真相は不明だが課題が見付かればこそ、叩き甲斐もあろう。
 子供達に手解きもしながら、ストレスと運動不足の解消、更にはダイエットの一環も睨んで、精進してみようか。

f136.jpg 無事設置も一段落したので、音楽つながりで揃えた訳でもないが、民音音楽博物館を訪ねる。
 要は四谷のおもちゃ美術館に赴いた際に新宿区の名所案内パンフで見掛け、足を運んだら休みで心残りとなっていた懸案の解消である。
 殆ど期待していなかったにも拘わらず、数世紀前のオルゴールやピアノの解説付き実演があり、本人は真面目なのだろうが人を小馬鹿にした様に「ふむふむ」と声に出して頷いては楽曲に合わせて踊っていた祐旭は、その積極性が認められたか、演奏の契機となるコインを入れる係や、自動演奏ピアノの足踏みに抜擢され、サッカー後の運動着のままにも拘わらず一端の音楽家気取りであった。
 ネーミングからして何等かの思想性が絡んでいようことは容易に類推されたが、信濃町という場所柄と山本リンダ氏の著作物が大きく取り上げられていたことから某宗教団体の経営であることが判明した。道理でガイドブックの類で見掛けないのにも合点が行ったが、係員は一様に美しくかつ丁重で、その筋との関連性を問われることを厭わなければ老若男女にお奨めである。
 因みに私は出向時代の"友党"なので大いに共鳴したのだが。

4月29日(祝) 屋根より高く  -育児 - パパ育児日記。-

f122.jpg 一昨年に引越すまでは生まれてこの方集合住宅暮らしだったから、幼き日々から鯉幟と言えば小振りなものに限られていた。それは二人の男児持ちとなっても変わりなく、かつ毎年黄金週間は湯沢に出向くのが恒例だったから端午の節句近辺をわが家で過ごすことも少なく、従って鯉幟を揚げる必然性にも欠けていたのである。
 しかしながら今年は新藤恵美氏のビッグフォー魔球が恋しくなる程の飛び石であり、小学二年の祐旭に高飛びをさせるのも些か後ろめたいので、在宅の5月5日を迎えることが確実になっていた。
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こちら舞台裏
 このタイミングで公資が鯉幟を所望したとあれば最早何を躊躇うことあろう、嘗てのウルトラのそれに替え、新調するに至ったのも自然の運びだろう。
 ところがいざ送られてきた箱を紐解いてみると、Amazon経由での購入にも拘わらずお手紙入りたる店舗の丁重さにはわが国古よりの伝統の重みを感じさせたが、いざ取り付ける段になってベランダ仕様であることに気付き愕然とする。
 元よりわが家にもベランダはおろかルーフ・バルコニーまでも聳えているが、何れも外壁構造なので金具を設置する「冊」が無い。事ここに至れば乗り掛かった舟、自ら台座を誂える他はなかろうと慣れぬ日曜大工に及ぶこととなった。
 道路の細さと無定見にスプロール化が進み住宅地と商店街が要り組んで下町の如く情緒を斎している高円寺・阿佐ヶ谷に対し、同じ杉並でも井の頭沿線は雑然さが圧倒的に少なく生活文化が大いに異なっている。取り分け環八と甲州街道に接する高井戸にはホームセンターすら配備されているとは、最早郊外の趣すら醸し出しているではないか。
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丁度5年前、公資と
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 早速買い込んだ発泡スチロール・ブロックに追加のポールを埋め、目分量だった割には本体との接合もドリルで穴を開ければ螺一本で完了とは意外にもわが身に工才がなどと悦に入っている暇も無く、無事屋上に据え付けた。公資の唄う「屋根より高い」がまさに具現した瞬間である。
 黄金週間は静かだが着順な出足となったか。

(追記)  風が無けりゃ船長とばかりに棚引かないので風情が無いと嘆いていたのも束の間、折からの強風で見栄えは良くなったがそこは急拵えの悲しさ、少し目を離すと土台から傾いて虚空を駆け巡りそうになる。
 鯉は儚いもの、とならぬよう見守ろう。

(更に追記)  と言っている間に見事に真鯉が飛ばされ「僕の鯉が」と嘆く公資。近隣の電線に発見され、東京電力に電話したら即座に回収して呉れ事無きを得た。鯉の季節だから、或いはこの時期だからこそ何時もよりも早めにか、揶揄することなく、ありがとうございました。

4月28日(木) 実利的な保守  -政治・経済 - 政治・時事問題-

f118.jpg 戦後レジームからの脱却を掲げ、現に教育基本法改正を為し遂げた安倍政権は、その不可解な退陣により大いに評価を貶めはしたものの、敢えて広く万般の支持を得られるとは限らない歴史と伝統を重視する「保守」の精神に則った政治姿勢を貫いた功績は小さくなかったろう。
 ただそれから四年を経て一層の保守回帰とも言うべく状況の進展、当該勢力の拡大には、寧ろこうした思想に大いに共鳴するだけ余計に戸惑いを覚える。
 例えば今般の震災に際しても、誤解を恐れずに言えば原発に対する支援にはともに原発大国である米仏の代理戦争の要素もあるし、露中両国には失礼を顧みず論評すれば、鎧が透ける局面も皆無とは言い切れない。
 それが武力を用いない戦争たる外交の本質であり、寧ろナイーブ過ぎるわが国の感覚を憂えるべきなのかも知れないが、これ等諸外国の行動様式との対比の中で、極限状態においてなお整然と行動し他者への配慮を厭わない日本人の美徳を賞賛する言質が並ぶ光景は、勿論復興に向け自らを鼓舞するための技術たる側面を割り引いてなお、些か情緒的に過ぎるきらいが否めない。
 わが国に誇るべき特質があり、それこそが歴史と伝統により編み出された叡知であって、危機に頻して今こそその根源たるを思い返すべきとの指摘には全く以て同感である。ただ同時に、こうした美徳を生き馬の目を抜く国際社会の中で如何に現世的利益に繋げていくかの道筋は、必ずしも定かではない。
 或いは戦後60余年の、自らの歴史と伝統を貶める教育や、自ら愛すべき人や地域を守るための軍事力の否定が、国家や国民という存在に生命や財産を超越する価値を見出すことを通じた、宗教的滋養を失わしめてきたのは疑いないのだろう。
 その段に則れば「与えられた」、権利に篤く義務に薄い、言う迄もなく自衛権すら否定していると受け止められかねない、憲法の改正に意義を認めるに吝かではないし、そのために最大のネックとなっている硬性憲法たる根拠の96条の改正を以て風穴を開けるべきという技術論にも賛同出来る。
 しかしながらだからこそ、この思想をより敷衍化し、単なる右寄りな異端者の言説の如く印象を醸し出さなくするために、憲法改正によりわが国国民が「心」を取り戻すといった抽象論に留まらず、その「心」が如何なる形で国力を高め、その結果国民に如何なる実利が斎されるかが具体的に説かれなければならない。
 言わばユートピアに対する科学的社会主義ならぬ、理性的保守主義の主張を再構築しなければならないのだ。
 恐らく現状は歴史と伝統を重んずる保守の立場に立脚する層ほど、寧ろ実利との結び付きを否定する傾向にあろう。しかしこの地位を脱却し、情緒的な保守からも理性的な革新からも"修正主義"と愚弄される危険性を孕んでなお現実主義に立脚しなければ、欧州に今なお健在な社会民主主義に脱皮出来なかった日本社会党の末路を、丁度180度逆の立場から辿りかねない。
 その主張が如何なるものであるべきか、それはまた私の課題でもある。

4月26日(火) 愛しのルポール  -政治・経済 - 政治-

f2.jpg 震災以降、夜のパーティーも激減しているが、つい数年前まで政治家のパーティーと言えば都内高級ホテルでの開催が目白押しだったものである。
 勿論、パーティー券の販売も出席者の動員も著しくはままならない若手の時分には、議員会館での開催には異論もあろうから党本部や憲政記念館に留まってでも、何れは例えば今は亡き赤坂プリンスの、しかも別館を経てやがては五色にという出世魚の構図が描かれていた。同時にパーティーの開催場所が当該政治家のステータスを示すひとつの外形要因に他ならなかったとも言える。
 しかしながら現在、全日空や東京プリンスの需要もまた未だ根強いものの、気が付いてみるとこのところは朝もルポール、昼もルポール、或いは今日もルポール、明日もルポールという日々も少なくない。
 恐らくその最たる理由はコストパフォーマンスの高さであろう。実際、改名しながら登記上は旧称の「麹町会館」のままであろう「ルポール麹町」は結婚式場やホテル機能も有するにも拘わらず、安価な上に必ずしも著名でない知る人ぞ知る存在となっている。
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ニューオータニの中庭
 それはよくも悪くも過度な利益追求を求められない地方公務員共済の経営故かも知れないが、ならば警察庁のグランドアーク半蔵門や防衛省のグランドヒル市ヶ谷も多用されても可笑しくないにも拘わらずかくもルポールのオンパレードなのは、一重に永田町から至近な利便性であろう。
 実際、中堅クラスの民間ホテルには全くひけを取らないが、国家公務員共済のKKRが竹橋なのに対し、昨今は少々人気薄の、隣接する都市センターとともに地方関連は永田町という立地が、良くも悪くも中央集権的なわが国のあり方を如実に示している。
 ただ建設共済会館の如く老朽化した物件は、国有財産民営化の過程で儚くも競売の憂き目にあっているから、何れ年金の更なる一元化の議論が沸騰すれば、ルポールもまた現在の地位を維持出来る保証はない。
 独立採算化されて、政治のコストが増大しないことを、願って止まない。

 朝方、自民党本部の一階に現職も前職も議員の顔で溢れんばかりなのは相当異様な光景であった。聞けば両院議員・支部長の最中にボヤ騒ぎがあり、時節柄こぞって階段で避難した挙げ句、誤報と判明して時ならぬ談笑に及んでいたらしい。
 統一地方選の勝利を経、今後の方針を定めるとされた会合だけにマスコミも注目していたが、選挙総括が一ヶ月後の政権与党に比べれば随分と健全だっただけに、飛んだ「水入り」となったのは惜しまれるところか。

4月25日(月) 漁夫の利  -政治・経済 - 選挙-

f117.jpg すっかり注目の埒外となり過去最低の投票率を記録した統一地方選後半戦だが、衆院補選の大勝と民主の自滅で幸いクローズアップされなかったとはいえ、前半とは些か様相を異にして自由民主党にとっても決して勝利の美酒には酔い切れない結果だったのではなかろうか。
 民主党の退調に伴い、ここ数年であれば民主に流れたであろう、自民公認乃至は推薦を得られなかった保守系の候補者が無所属のまま出馬することで、嘗ての保守乱立の様相が再現されたケースも少なくなかったが、それでも"保守"の何方が勝利すれば著しい悪影響は生じない。
 象徴的だったのは世田谷区区長選で保守分裂の上に民主党候補まで乱立し、挙句の果てに社会党の元衆院議員に油揚げを浚われて仕舞ったのである。
 確かに過去二度、世田谷区の大半を選挙区とする東京6区での出馬実績があるとはいえ、00年には旧22区で供託金没収ながら比例で救われて当該ケースを比例名簿から抹消する法改正を導き、一昨年は石原伸晃氏が圧倒的に地盤を確立している8区から、比例票獲得のための"人身御供"出馬にまで至っていた人物である。
 勿論、英国の如く選挙区と地縁は別物という思想もあるが、少なくとも現在のまでのわが国ではこうした行動様式は評価の対象にはなり得ず、寧ろ"泡沫"に近いイメージしか持たれない。
 にも拘わらず反原発ムードにも乗じて首都の住宅地のど真ん中で当選なさしめて仕舞ったのでは、これ程大きな失態はないだろう。
 詰まるところ都議会における与野党伯仲の煽りを受け、転向の論功行賞として都連の支持を得た候補と、これに反発した地元の担ぐ候補の分裂という経緯もまた、衆参捻れと同様の政治のシステム不全を感じさせるのは事実である。ただそれ以上に「保守」がイコール政権党であった時分、安心して与党陣営同士でドンパチを繰り広げ、寧ろそれをエネルギーとして党勢拡大に繋げてきた記憶が蘇ったのだとしたら、"与党惚け"と看做されても反論の余地はない。
 長期低迷という根源的な課題とともに、戦術的な見直しをも要する保守陣営である。

 昨日、朝方投票のために杉四小を訪れると、投票場が馬橋小だったことが判明す。考えてみれば学区なので当たり前なのだが、引越し以来期日前投票所が徒歩二分圏内なので当日に赴いていなかったことを改めて思い知らされた。
 普段、閉じられたままの正門がこの日は開放され至便であった。常日頃からかくあって欲しいものである。

4月24日(日) 除夜の鐘  -スポーツ - スポーツ全般-

f115.jpg Wiiで慣れ親しんだおかげか、妙にボウリングに興味を示した息子達と一家で中野サンプラザに参上した。
 投票から直接赴いたのでまだ10時過にも拘わらず満杯で中山律子氏も吃驚と思いきや、午前中は猛烈に安価で中学生の溜まり場になっているらしい。
 流石に年中の公資は再軽量の5ポンドでも持ち上げるのがやっとで投げるというよりはポトンと落とすに近く、自らの足を直撃しないか危ぶまれる程だったが、三年の長がある祐旭は終わり頃には子供向けに登場するガーター避けの冊に当てることなくピンまで辿り着くケースもある迄にはサマになって来た。
f116.jpg 毎年一回ずつの父も腰を痛めるまでにWiiに傾注した賜物として、旧来の愚直なまでにワンピンの角を狙ったコントロール重視のストレートに替え、ピン相互に倒し合う効用の大きい回転のあるボールへの転向を試みるが哀しいかな握力の乏しさ、到底綺麗な変化球は投じ得ない。
 それでも試行錯誤の内に、ゴルフのフック・グリップよろしく幾分斜めに握ることで、緩やかながらスライダー回転のある球筋を会得した。
 結果、第一ゲームは108で昨日のゴルフと同スコアとは、何方にしても冴えない中途半端な成績だが、妻も久々の腕を使う球技を満喫出来た様だし、今後の躍進に向け一定の足掛かりは得られたのではなかろうか。尤も煩雑にボウリングをプレイする機会が訪れるとは到底思い難いが。

 世代的には小学校中高学年がピンク・レディー全盛期なので早過ぎる晩年にギリギリ間に合ったという年恰好に過ぎないが、田中好子氏の急逝は初めて明らかになったその長らくの闘病生活とともに、衝撃的であった。
 不謹慎ではあるが、葬儀に訪れた伊藤蘭氏と藤村美樹氏の相貌の差異に、今も芸能界にあり他者の目に晒される商売と市井の人との時の経過を感じさせた。
 御冥福を御祈り致します。

4月23日(土) 晴れに学べば  -スポーツ - ゴルフ-

f114.jpg 4時に目覚めると豪雨で、急ぎ出向時代の同僚氏と協議する。常日頃の仲間打ちの気楽なラウンドなら進むも引くも自由だが、今般は経済活性化に資するべく久々の"御接待"のため先ずは先方宅を訪ねてみるが、この時点ではどう見てもキャンセルで已む無くば練習でもして帰ろうかの思いが太宗であった。
 しかしながらもうおひと方が先行していたのが運命の別れ目、向かうに連れ雨足は鈍りつつあり、更に重要な情報として北の空は明るいとの御指摘ではないか。
 そこで降り頻る雨の中、半信半疑で関越道に入ったが、到着すると何のことはない、暖かい位の陽気である。都内と東松山近辺でこれ程に天気が異なるとは驚きの限りだが、ゴルフは行ってみないと判らないという教訓だろう。
 して元野球部、元ゴルフ部の強者二人とのラウンドは、その飛距離は勿論のこと、両名とも徒歩の上に迷いの無いスイングで、幾ら早朝でスムーズだったとはいえ前半二時間以内とは驚異的ではないか。何よりも目を見張ったのは流石の元ゴルフ部氏で、アプローチのみならずバンカー・ショットにまでスピンの掛かる御仁にはなかなかお目に掛かれまい。
 何事も上達のためには旨い人ととはよく言われるが、ここまで雲上人だとチョロやらシャンク連発の身には参考にもし難い。
 それでもいきなり一番、三番のロングで9ずつ叩いて萎えそうだったところ、四番でツーオンかつ長いパットを沈めバーディーが出たのは我ながら感動の極みだったし、後半麦酒、芋の水割り、日本酒の三所攻めの成果もあったかも知れないが、二番でツーオンのパー、三番で寄せワンのパー、七番で第二打OBかつバンカーで叩いて11と撃沈も、八番でワンオン(3パット)。オーラスでは比較的安定していたドライバーに範を取り左寄りに球を置くと、右に出ていたウッドも修正され昨今鬼門のロングでスリーオンのパーとは、御利益の霊験あらたかというものである。
 スコア的には煩悩に終わったが、今後に繋がる一日だった。四方山話しも盛り上がったし、僅か三日前に成立へと背中を押して呉れた元同僚氏に感謝したい。

4月21日(木) 気高き義務  -学校・教育 - 教育-

f120.jpg  歴史の転換期には時に無位無冠の大立者が現れ、枢要な役回りを担うことがある。かく人物が石田三就の様にやがて正規のポジションを得ればその功罪は歴史の目に晒されることとなるが、沖縄返還における若宮敬氏の如く在野のままにあれば、その評価は難しい。 昨今再評価の声喧しい白洲次郎氏もまたこうした一人ではないか。
 ただ先頃再放送された、妻である正子氏の回想録をベースとしたドラマを見る限り、一話90分故の冗長さや、ある程度歴史的事実を把握していることを前提に節目のシーンを繋いでいく「三國志」映画スタイルの描き方も作用していようが、正直なところ夫妻で交わされる英語での会話にしろ単に毛並の良さから近衛文麿の知己を得、側近政治かつ貴腐好みの吉田茂氏(写真)の嗜好に合致した運の良さだけが浮き彫りになっている。
これでは大洋漁業のオーナー家の末っ子として生を受けたが為にアマチュア・ゴルファーの聖者の如く持て囃された中部銀次郎氏に対し、ともすれば抱かれるであろう同様のボンボン旦那芸臭さだけが鼻に付く印象を斎しかねない。
 勿論、生まれ持った地位や経済的な利得により長じてからの栄達に異相が生ずるのは否定出来ない事実である。が恰もそれだけが大宗である様な描写は貴腐の側にとっても不快であろう。しかも幸いわが国は後天的な尽力により自ら大成を為すことが、2600年超を数える歴史と伝統を有する国家でありながらなお相当に可能な社会構造となっている。
 であればこそ、かく階層の御仁はエスタブリッシュたるが故のノーブレス・オブリージュが開花したと受け止められるべくストーリーを編み、多くがそれを目指すべく憧憬の対象たるドラマツルギーに注力しなければ、徒にエリートを否定する現状を助長するだけに留まらないだろうか。
 戦後、臣戚降下した元皇族の末裔にして憲法学者たる方にしても、わが国の精神の高貴さを滔々と説かれる内容そのものには大いに共鳴出来るものの、あたらステレオタイプな諸外国観を振りかざしたり、何となくそこはかとなくその趣"右寄り"とされる思想の方々の思想の棟梁たらんとする野心がチラ付く様な言動は厳に慎んでいただきたい。それもまた貴腐に対し直感的な反発を想起させるべく戦後教育の賜物であるならば、よく件拳拳服膺して自ら戒めなければならないが。

4月19日(火) Invisible Touch

f112.jpg 友人主宰の井の頭恩賜公園における花見も中止に追い込まれ、聰明なる石原都知事にしては芳しからぬ指針にこれも倣った訳では筈にも拘わらず、部局のそれも時期を逸した結果、本日わが国最大級のホテルの一室にて、花見にかこつけた懇親会が成立した。
 岡本太郎展の際にも大挙する人々に遭遇したし、春の訪れを桜の開花に仮託してそれを愛でる心持ちは解らなくはないが、恐らく一般的な日本人水準に比して私の花見への関心が極めて薄いのは、色弱の為せる業ではないか。
f113.jpg 私が原色を、中でも異質とされる濃い黄色を好むのは、一般的に映る「黄」より赤みが掛かったドキツい黄色が穏やかに、即ち私には丁度良い案配に捉えられ、逆に桜の赤や新緑の緑は本来目の覚める様な艶やかさであっても、私にはその光は薄くしか届いていないのだろう。
 多くの人々が信号の進めを青であると同時に緑とも知覚する中で一度として青以外にはに映らないのも、ダイオードに替わって配分が変わったためか、嘗てよりこれを「緑」と読み解くケースが減ったとはいえ、私には相当に薄い水色に変幻したとしか思えないのも、また然りである。
 だからと言って生活には何等の支障もないが、偏食故に世に数多溢れる美味なるものに接していないと憐憫の情にさらされるのは全く以て主体的な判断であるが故に何の痛痒も感じないのとは異なり、一抹の寂しさは禁じ得ない。

4月18日(月) はかりめ一丁  -グルメ - 和食-

f107.jpg  寿司屋に赴く度に余りに穴子ばかり食らい付いている父に触発されたのだろうか、遂に祐旭も穴子寿司に手を出す様になってきた。
 そもそも「御飯は真白に」がテーゼであり、凡ゆる丼を拒絶する私が何故穴子寿司を好物とするのかは大いなる疑問だが、同じく好物の稲荷寿司同様に、白米も含めて素材の味覚に捕らわれなくなる迄に、甘垂れを主体に食しているとの解釈は、逆説的だが成り立つだろう。
 だとすれば白い部位が全く見えなくなる程に大量のルーを要するカレーも、徴兵逃れかと見紛うばかりの炒飯への醤油の掛け方も納得が得られるというものだろうか。
 矢張り垂れの豊富な穴子の押し寿司も範疇で、新幹線移動時に各地の名物を賞味しているのは既に述べた通りだが、昨今驚いたのはわが国最大の持ち帰り寿司チェーンたろう京樽のそれから中具が消失したことである。
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(左)桃太郎寿司 と (右)七福神
 勿論、混合物を忌避する食物原理主義者たる私にとって昆布の存在は有難迷惑以外の何物でもなく、吉野屋の完全子会社に伴う経費節減策であっても大いに歓迎していたが、更に不思議なことには何の告知も無くその存在が消え、また何時の間にか復活していたことだろう。単なる昆布不足に依るものだったとしたら、その英断を継続ならしめなかったことを真に遺憾に思う。
 ただ翻って穴子そのものに惹かれているのかと問われれば微妙であって、富津の昼には形状が棒計りに酷似していることから地域独自の呼称として流通している「はかりめ」の天麩羅を賞味した(左写真)が、成る程妥当な味覚ではあるものの、矢張り海老天に比類するものではない。どうやら祐旭も同感だったらしく、こちらはひと口で断念していた。
f110.jpg 父子ともども薄味をたしなむが如く美食家には到底なれそうにもない。

 と思っていたら図らずも公資がバイキングで自ら積極的に野菜を取り分けているのだから、これでは鳶が鷹である。
 妻の教育が奏功したのかも知れないが、環境の為せる業には限界があり、人は持って生まれた性質が重きを為すものと得心してみようか。
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