コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

2月28日(月) 安物買いの  -政治・経済 - 民主党・菅直人政権-

f29.jpg 日に日に危険指数を増していく菅政権だが税・社会保障一体改革やTPP参画が実効性は兎も角、思想と方向性は肯受出来るのに対し、次なるアドバルーンの議員定数・歳費削減は「先ず隗より始めよ」の文脈に則ることにより一般的受けを狙った安易な弥縫策としか言い様が無い。
 そもそも人口がわが国の約半数の英国、同じく三分の二のドイツともに下院が660程度との実例を挙げるまでもなく、先進諸国に比してわが国議員定数は過小に分類される。加えて86年・90年総選挙時の512をピークに削減を繰り返しており、これ以上の縮小は僅かな歳出削減と引き換えに国民の国政に対する貴重なチャネルを極小化させる結果しか斎さないと心得るべきだろう。
 寧ろ課題とすべきは、極端に非都市部偏重の選挙区定数の是正であり、選出方法、権能において衆院と差違の小さい第二院のあり方の検討であって、これ等を看過したまま定数削減で事足れりとするのは思考停止以外の何物でもない。
 同時に、わが国は政治を国民自らとは別個の、超然的に与えられた別個の構成物の如く捉える感覚が強く、その帰結として所謂名望政治家を求める傾向が未だ底流に存在する。自ら手弁当で財を投じ、結果その大半を失った藤山愛一郎氏が「絹のハンカチが雑巾に」と揶揄されながらなお愛着を以て語られるのは、こうした風土故だろう。
 だからこそ議員歳費の削減策は諸手を挙げて受け入れられようが、その帰結は益々政治に対する参入障壁を高め、公職の候補者が端から雇用の流動性の高い一部職種や、リスクの小さい現に収入の低い層に収斂されていく事態を招きかねない。
 わが国は社会保障や公共事業を律するのと同様に、単に「小さな政府」を追及するのでなく、政治にどの程度のコストを払うべきなのかを、今一度その便益とともに攻利的に見直してみることが必要ではないか。

 関連法案と分離された予算案が衆院を通過したが、子ども手当は公明党との連携も視野に、児童手当への腹壁も検討されているとされる。
 ただ与野党合意が為されようとも、或いは関連法案の成立が遅れようとも、子供手当てに代わり児童手当が復活する結論には変わりない。しかしながら子供手当ての財源として既に扶養控除は廃止されており、所得制限で児童手当ての恩恵に預からない層にはダブル・パンチである。
 物言わぬ中間層はもっと怒っていい。

2月27日(日) 丘ゴルファー  -スポーツ - ゴルフ-

 インフルエンザのおかけでお出掛けも叶わず、今週末も読書に音楽鑑賞の大人しい日々となった。
f30.jpg 僅かに昨日、野暮用で世田谷方面に訪れた帰路、千歳ゴルフ・センターでウルトラ・マーカーを購入したが、祖師ヶ谷大蔵ウルトラマン商店街のロゴもきらびやかな謳い文句にも拘わらず滅多に掃けないと見え、購入者が訪れたことに寧ろ店員氏が驚愕の表情を隠せない素振りだった。
 更に本日は早朝から昨今の定番たる大泉バーディー・ゴルフにて練習に勤しむ。このところ足繁く通っていた城西(関町)、ファースト(平和台)よりは幾分遠征にはなるが、距離があり、何よりも安価なのが幸いである。
f31.jpg 実は昨日、単身Wiiの3ホール・マッチで初の三連続バーディーを成し遂げ、ショート・ホールではとてつもないニアピンにリプレイ映像まで出る始末だった。実践とは打って変わって風を読み、スイング幅もコントロールするゴルフの醍醐味を初めて味わった感があったが、いざ本物を手にすると希にWii並みに爽快な打球はあるものの、手首の返しに留意した分、真左に飛んだりと課題は少なくない。

 しかし一時間にも満たぬ練習で脹ら脛の張りが止まらないのだから、それはそれで困りものである。
 恐らく要因は重量の増加に留まらず、そもそも歩き方のカシ、即ち過度に踵体重であるがために恒常的に脹ら脛に著しい負担が掛かっている構造に所以するものではなかろうか。
 残念ながらマッサージ機の効用にも限界があるし、妻も息子達ももう単なる善意は勿論のこと、僅かな有償の元にも安易には揉んで呉れそうにない。
 ボルタレンゲルでも塗り詰めるしかないか。

2月26日(土) 保菌者物語  -育児 - パパ育児日記。-

 先週の公資に続き祐旭がダウン。公資はただの風邪だったので高を括っていたが、近所の街医院に連れていくと早速小部屋に隔離され、鼻の粘膜を採取された結果、見事にインフルエンザA型に当確である。
 年末来の私の咳に始まりワンサイクル回ったかと思いきや、これでは再び屋内感染に目を光らせなければならない。幸いワクチンの効用か、発熱は38度台に留まっているが、隣のクラスは学級閉鎖も実施済というから学校で蔓延していたのだろう。
 早速タミフルを処方されたが、夜半むっくり起き上がるとスティービー・ワンダーの如く目を閉じたまま、やおらエア・ピアノの演奏に邁進したという。こう書くと微笑ましいエピソードの様だが、中枢神経の何処かに作用する薬の副作用を如実に物語っているとも言えよう。
f28.jpg 或いは公資も実はインフルエンザで、軽度に終始したため判定に現れず、元来熱に弱い祐旭にして菌の花咲いたという経緯かも知れない。だとすれば父もまたワクチンによる抗体保有者として、自らは発症せずとも企業内に運搬する媒介と化す恐れもある。
 新左翼の如く、マスク必定の生活を送らねばならないが、眼鏡ですらそうである様にマスク装着もまた、厳しい忠告を受けるが故でなく、物理的に耳が痛いのである。責めて会社には長居しないよう心するか。

 過日、祐旭が二重跳び成就にあと一歩と語っていた際、遂ぞ生涯二重跳びを為し得なかった父としてはそれだけでも称賛に値すると目を見張ったが、公資がコメントに及び「じゃあ19?18?」。
 "double"の日本語訳は未だしだが、数のカウントは年少児としては及第点の様である。

2月24日(木) 働くおじさん

 スケジュール帳を開いてみれば間断なく日程が入っている訳では決してなく、寧ろガラガラの日も少なくない。にも拘わらず朝には腰を落ち着けて書類でも書くかと思っていても、蓋を開けてみると一向に進まないのは何故か。
 仕事柄依頼とその処理に時間を割かれるのは構造上やむを得ないし、これに伴う打ち合わせも少なくない。蜻蛉帰りとはいえ頻繁に永田町を往復するのは本務そのものである。これ等は顔馴染みが増える程に級数的に増加するが、寧ろ望ましい傾向である。
 ただ存外に多数見られるのが来客であり、上官からの下命である。考えてみれば前部局では似た様な世界に身を投じていたにも拘わらず、こちらから尋ねていかない限り関係者とも遭遇しないし、社の経営に率直に結び付きそうな案件に携わることは稀であった。
 それはそれでアンニュイではあっても戦術を唸る余裕があるという点で悪いポジションでは無かったが、突発事態に遭遇し、再三自らの作業に中断を余儀なくされる方が客商売の宿痾としては正攻法であって、これまでが幾分浮き世離れした世界だったとも言える。
f25.jpg しかし結果的に昼間はあっという間に過ぎ、書類を認めたり、メールに返信したりは企業としての定刻を回ってからとはプチ霞ヶ関状態である。勿論深夜に及ぶことは滅多にないから猛烈サラリーマンの域には程遠いが、朝が早い分サイクルが前倒しになっているとはいえ、実労働時間は意外に稼いでいる。

 それでも夕刻から街に繰り出していくのもまた本務には違いないから、本日の如くダブル・ヘッダーも厭わない。
 一次会終盤に追い付くと既に嘗ての同僚が死亡目前で、折角の築地市場の中というシチュエーションにも拘わらず写真を撮るのも忘れ杯を開け続ける修羅場である。それでも銀座まで戻ってもう一軒に及ぶのだから行動パターンは変わっていない。
 当然一次会第一戦の立派なお肉達(写真)は同日中に逆流に及んだ。翌朝は朝食会、胸に込み上げる何かは演説に感動した所産ではなく、前夜の嘔吐の残り火であった。

2月21日(月) 名刺がない

 東京都議会から遂に横浜にも進出した行脚の旅、幸い一都三県を超えることはないが、この先何処まで拡がるのだろうか。
 これに留まらず昨今は気ままなひとり歩きよりはお伴に侍する機会が増えているが、過日役員の先導で議員会館に先乗りし、さて事前に前振りをしておこうかと足を踏み入れた瞬間、ハタと胸をまさぐると名刺が無い。
 実は昨年、鞄と財布を敢え無く紛失した際に併せて名刺入れも宙に消え、爾来買いそびれているので背広の胸ポケットに束で突っ込んである状態が続いている。
 だから日々その束を入れ換えるのだが、不幸にして忘却するケースも少なくない。ただかく失態は名刺入れが健在だった時分からまま発生し、だからこそ鞄に予備の名刺を突っ込んでおいたのだが、こちらも裸だからいい加減草臥れて、先般引き上げたばかりとは間の悪い限りである。
 ここで冷静にならねばと頭を捻った挙げ句、手当たり次第に私の名刺をお持ちではないですかと会館の中を駆け巡る羽目に陥った。が気軽に頼み易い御仁からは付き合いも長いから必ずしも即発掘されるとは限らないし、一方最近知り合った人物に名刺を返して呉れとは言い難い。
f2.jpg 結局丁度報告事項のあった方に意を決して頭を下げたところ笑って快諾を戴けたが、今般の教訓は「世は持ちつ持たれつ」ではなく、平凡に「備えあれば憂いなし」でなくてはなるまい。早速百円ショップでアルミ製品を買いました。

 嘗て日中友好の象徴だったパンダも年間一億近くのリース料を基金という形で収めなければならないのでは、単なる戦略輸出品目のひとつである。
 だからと言ってWTOに訴えてみても埒は開かないだろうし、わが国も朱鷺か日本狼でも繁殖しなければならないか。

2月20日(日) 民主的なドラえもん  -映画 - アニメ-

f21.jpg コロコロコミックの最初期に小学校中高学年を過ごした世代なので、71年の第一次アニメ化に失敗したドラえもんが改めて国民的漫画として再起を図る過程に幼少期を過ごしたことになる。
 ただ映画第一作「のび太の恐竜」の、ビデオ発売すらあり得ない時代に主題歌やBGMに加えてドラマの音声も一部収録したLPを所有していた事実こそあれ、長じてもウルトラマンや仮面ライダーはじめ特撮番組への関心が持続されたのと対象的に、ドラえもんとはとんと御無沙汰になった。
 失礼な物言いが許されるならば文部省推薦紛いの藤子F不二夫氏の作風故であり、それが証拠に藤子不二夫A氏の「プロゴルファー猿」などは今読んでも確かに面白い。
f22.jpg だからわざわざ映画を鑑賞しようとは夢々思わなかったが、ビックカメラで妻のPCを買い直した際に貰った応募券が当選し、試写会にまで足を運ぶのだから判らないものである。
 子供向きアニメの長編映画は総じてキャラクターだけを借りて本放送とは全く異なる舞台設定に充てはめる手法が用いられるが、ドラえもんもまたその傾向も確かに有する一方で、藤子F氏自らが原作・脚本を手掛けているだけに、氏の思想性を色濃く反映している。
 勿論、藤子F氏亡き後はスタッフによる製作が続けられているが、声優総入れ換えを経て先述の「のび太の恐竜」はじめリメイク作品が数多く作られていることに鑑みれば、短編を膨らましてなお原作が尽きリメイクの頻出している007の域に達していると言えよう。
f23.jpg して今般の「新・のび太と鉄人兵団」は、旧作からして異色の戦闘シーン満載の内容だが、昨今のドラえもんに薄れた初期原作に範を取ったドタバタ喜劇要素がまま見られたとはいえ、反戦・平和はいざ知らず、昨今の世相を反映してか競争の否定色が如実に浮き出ていたのには、正直辟易した。
 そもそも年少児の公資が希求していた割には風邪で欠場となり、二席で三人座るならばと事前に念を押されていた割には存外に空席があったのも拍子抜けだったが、影響力の小さくない作品だけに新左翼のザンカの如く思想を無自覚に植え付けるのにはもう少し懐疑的であって欲しかった。
 なお会場、ニッショーホールは日本消防協会の本拠である。こんなところからも公営事業体らしい共生色の強さが伺える、というのは考え過ぎか。

2月19日(土) 木霊の如く  -コンピュータ - 動画-

 PCを買い換える度に、成人向けの方でないAV機能の充実を謳った嗜好品が検討対象に上ってきたが、編集の作業需要見込みと作業そのものの低廉化を勘案した結果、高額商品に手を出すには至らなかった。
 ただDVテープからいきなりハイビジョンに昇格し、取り込みこそ短時間化されたがファイル自体が重くなり、評判の悪化したAdobeのPremiereに替わりCorelに買収されたVideo Studioに回帰したものの、煩雑な不慮の停止はじめPCのパワー不足に悩まされることは少なくない。
 取り分け今般は音ずれの発生である。昨年の導入以来焼き出し自体は順調だったにも拘わらず唐突なこの展開は、新規採用した外付けマイクに起因すると考える他はない。
f20.jpg しかしながらアナログの歪みでもあるまいし、音が大きくなったからといってファイル容量も増え、処理能力を超えて音声だけ雪達磨式に後ろにズレていく症状に至るものだろうか。ネット上の指摘にもある様に、avhcdファイルの編集とは未だかく脆弱なプラットホームに留まる、未成熟な技術ということなのだろうか。
 結果的には一度mpegファイルに落としてからDVDに焼いて事なきを得たが、改めて大画面で確認すると画質が今ひとつである。それでもハイビジョンのままでの焼き出しには到底処理能力が足りずすぐに固まって仕舞うからやむを得ない。
 そもそも考えてみれば苦労して煩雑なカット割りで細々撮影し、編集に勤しんでいる割には、いざわが家で放映しても出演者達は余り関心を示さないのである。偉人にでもなれば映像資料のストックには困りそうにないが、せいぜい結婚式の場繋ぎが関の山だろうか。概ね50分程度のDVDは既に15本に到達した。

2月18日(金) 会派とは何か  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

f18.jpg わが国法制度において結社としての政党を規定した文言は存在しない。僅かに94年の政党助成制度の導入に伴い政党要件が定められたことにより、法人格は認められた形にはなっているが、基本的には私的団体に類する扱いのままとなっている。
 恐らくそれは明治期の超然内閣に対抗し、反対勢力として政党が誕生した経緯に由来し、議会内外に拡がるパブリックでない存在と位置付けられた名残りなのだろう。従って今は死語と化した「院外団」に対する「院内」では今も政党ではなく「会派」が唯一無二の公的な単位である。
 ただ二以上の政党の統一会派や選挙区事情等により正式に入党出来ない所謂"ポツ議員"を加えた、嘗ての「自由民主党・自由国民会議」といったケース、或いは戦後間もなくからの参議院で長く第一会派となった「緑風会」の如く例外こそあれ、基本的には政党イコール会派と考えて差し支えない。
 確かに地方議会では同一政党が真っ二つの会派に分かれ、一定期間経過後に何事も無かったかの様に元の鞘に収まることもまま見られるが、二元代表下に政党の拘束が緩いが故に許容される事態であって、国政で社民連が社会・民社両党の連繋を企図して所属議員四名を両会派に分けて参入させたのは、現にそのひとりが菅総理その人であるのは歴史の皮肉だが、小政党故の特殊例に他ならない。
 僅かに95年、山花貞夫氏ら衆参24議員が社会党籍のまま会派「民主連合」設立のために会派離脱を届け出たものの、同日発生した阪神大震災のために沙汰止みとなったのが前例と言えようが、この際も早晩の新党設立を視野においたものであり、離党はせず会派だけ別れるという今般の対応は極めて異例である。
 その心は、実際に会見でも述べられた通り、院内が会派単位の行動となるのを逆手に取って、法案の賛否において党議拘束から外れ得るという解釈なのだろうが、フリーハンドを握る集団は政権与党と看做されないのが議員内閣制のルールであって然るべき筈である。
 だから所詮は「"次"のない人々の懸け」と「小沢グループの観測気球のための"尖兵"たる役回り」が一致した挙げ句の蛮勇なのだろうが、執行部の冷静な対応でピエロに終わるかと思いきや、どうやらパンドラの箱を開けて仕舞った様である。
 思えば17年前、首班指名直後の羽田政権をいきなり少数与党に追い込んだのは、連立与党が社会党を外して統一会派を組んだ「改新」騒動であった。合併と分派ではベクトルは正反対だが、それが崩壊の序曲であり、かつ影の主役が誰であるのかも、歴史は繰り返すということになるのだろうか。
 羽田内閣は公職選挙法改正の施行前のため中選挙区下の解散・総選挙には踏み切らず、予算と引き換えの退陣を選択した。一寸先は、分からない。

2月17日(木) 黒い味噌  -グルメ - カップ麺-

f19.jpg 駅からわが家への導線上に鎮座するセブンイレブンは常態的に混雑しているが、ほんの少し足を伸ばした位置にあるサンクスは広々と、より直截に言えば閑散としている。それは単に人の流れと商店街中の位置取りの為せる業かも知れないが、微妙な品揃えの相違も関与してはいまいか。
 というのも長崎屋傘下だったサンクスの2001年からの統合相手がユニー系のサークルKであったため、微妙に地域性のある商品展開が齋されているのである。
 ただ思想、言語への影響は最小限だったものの、味覚への支配は少なくない自らの地域性に鑑みれば、愛知県特有の商品、取り分け寿がきやの味噌煮込みがラインナップされているのは大きい。しかしながらどうやら一般受けは極めて乏しいと見え、リニューアルされる度に店頭展開は為されるものの概ね当初入荷分が底を打つとお別れである。
 確かに焼かない焼きそばと同類とはいえ、味噌"煮込み"を僭称しながら到底煮込みにはならず、単に濃厚味噌味のカップ麺では関東白味噌派には受け入れられ難そうだし、厳格なPOS管理に基づくコンビニ経営だから、事実利益への寄与が少ないのだろう。
 が買い占めて仕舞えばそれ迄だろうし、責めて定期的に購入して固定客の存在をアピールする程度が関の山だろうか。
 山本屋にも是非簡易味噌煮込みに進出して欲しいところである。寧ろ山本屋総本家の方がまだ可能性があるか。

 前部署時代は政権交替の余波をモロに被った最期の半年間を除けば比較的自らのペースで動ける日程だったから、急遽アポイントを取りつつ西へ東へ駆け回る生活は新鮮ではある。
 単品で出掛ければ蜻蛉帰りだし、優雅に議員会館を梯子していた日々が懐かしく思える一方、何となく仕事をしている様な張りもある、と日記には書いておこう。

2月15日(火) 為せばなる  -海外情報 - エジプト-

 エジプトといえばスエズ運河国営化、第三世界の雄として輝いた、「為せばなる、ナセルはアラブの大統領」のキャッチコピーでお馴染みだったナセル大統領の印象が強いが、後任のサダト大統領が非社会主義化とともに米国寄りに転じ、イスラエルとの融和に踏み切ったことからイスラム過激派に暗殺されたのは子供心に記憶にある。 しかしながらそれから30年、ムバラク政権が軍主導によるいわゆる開発独裁を継続し、反民主主義的として国民の批判にさらされる事態に到っていようとは、正直今般の争乱が明らかになるまで知らなかった。
 イランへの橋頭保として仕立て上げたイラクがイスラムに目覚めて牙を剥いてきたケースと同様と規定するのは十羽一絡げに過ぎるかも知れないが、親米であるが故に軍事独裁の弊害が公にならなかったとすれば、国際社会のパワーバランスとはかく儚いものかと感嘆せざるを得ない。
 ただ国民は必ずしもストレートな軍勢力の排除を危急している様にも見えないし、現政権の立ち位置が著しく米国の信認を失ったとも思えない。即ち今政変は耐用年数の経過した"ムバラク王朝"を民主主義たる概念を大義名分に放逐することに意義があり、後を追う政体が共和制になるか別の王朝に引き継がれるか、或いはまたその何方が相応しいか、多数を以て正と看做す欧米型の民主主義の拙速な導入が国家国民にとって本当に望ましいかも判然としない。
 またぞろ銀河英雄伝説でも読み返してみるか。

 政官財入り乱れという表現は誤解を招きかねないが、重鎮揃いの宴席に末席で加わる。
 高校時代の同級生かつ大学のサークルでも交友があった友人の妹君が御結婚され、当該奥様とも当該サークルを通じて一応の面識のあった某先生に永田町周辺居住者生活11年目にして初めて御目見えした。
 些かストーリー展開の円滑化のために下手な台本に与えられた端役の台詞の如く説明口調。
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