コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

1月31日(月) 今や昔  -スポーツ - プロ野球-

 「代表質問と予算委基本的質疑は中一日」の先例を盾に、敢えて与党が本日からと設定した予算委を一日先送りに持ち込んだ意味が判然としなかったが、午後になり小沢氏の強制起訴が報じられたことから、「空白の一日」を設けるための高等戦術だったのかとの勘繰りも生まれた。
 と言うのも実質的に審議の無かった開会翌日の25日にもスワ本日かとの噂が流れ、国会開催中の起訴は避けるのではないかとの見通しがあったからだが、そうであったとしても万人が諸手を挙げて推挙し得る策でもないし、結果的に本会議の真っ最中にメモが回る状況だったことに鑑みれば、深読みのし過ぎに他ならなかったことになる。 確かに逮捕許諾でもあるまいし院への配慮が必要になる筈もなく、揣摩臆測の類だったのだろうが、だとしたら野党の行動は単に対決姿勢を示すための志威行為に過ぎなかったのだろうか。
 国会に歌舞伎役者の如く振り付けばかり蔓延るのも困りものだが、余りのシナリオ不足も司令塔不在を憂慮せざるを得ない。
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   ベースボールマガジン社から「トレードFA大鑑2011」が発刊された。
 01年から不定期に刊行されており、初期は単に選手名簿から登録の変更を拾っただけの雑な造りだったが、現在は交換、金銭、自由契約、FAの別や海外移籍等、その内容も充実されている。
 私が個人的に調査していた移籍に関するデータを「日本プロ野球 トレード・移籍大全」として発表したのが97年、往時はトレードに関する体系的な研究も少なく、世の好事家に役立てばと過去事例は図書館に通って読売・朝日の縮刷版と首っ引きで遡り、Yahoo!はじめ大手サイトにも取り上げられる等、一定の自負を抱いてきたが、本家ベースボールマガジン社がかく充実した冊子に仕立てて来るのならば、わが頁も歴史的使命を終えたと以て銘すべきなのかも知れない。

1月30日(日) その山には何がある  -地域情報 - 東京23区-

e952.jpg 飛鳥山は江戸の頃より都内有数の景勝地、花見の名所として名高いが、今訪れても遥か眼下に王子駅を見下ろす急勾配に天然の高台たる立地が伺える。
 加えて表玄関に向かって歩みを進めていけば、いきなり路面電車が専用軌道を闊歩する非日常的な空間が広がり、園内にはSLと都電旧車両が鎮座在し、目を北方に転じれば新幹線や在来線が実走する、鉄道フリークには垂涎の的とも言うべきスポットとなっている。
しかも一昨年には王子駅からのアクセス路として「あすかパークレール」なるミニ・ケーブルカーまで新設されるとは、北区の同公園整備に対する並々ならぬ意志が伺えるではないか。
 それもその筈で園内には縄文時代からの区内の遺構を再現した「北区飛鳥山博物館」、旧王子製紙に因む「紙の博物館」(写真左)、隣接する旧渋沢庭園と一体になった「渋沢資料館」の3つの豪奢な博物館が建ち並び、同区の文化拠点の様相を呈しているのは、合併前東京市時代の旧王子区のキョウジでもあろうか。
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 幸い腰も回復、寒さも癒え、又もや父主導の視察ツアーにはなったが、祐旭の所望通りキャッチボールにバッティング、サッカーの紛い物にも興じ、恐らくは父母の血筋を受け遅々たりといえども二人とも上達の跡が伺えるのは、たとえ天賦の才に恵まれなくとも飽くなき球技への積極姿勢とともに頼もしい限りである。
 何故か公資も単身ヘッドフォンを被って「紙の出来るまで」に見入っていたし、冬のプチお出掛け先としては存外に的を射ていたのではないだろうか。

 夜は中通り商店街に新たにお目見えした中華料理店を賞味す。昨今名古屋発で市民権を得つつある台湾ラーメンをメニューに加えているところを見ると、地域から帝都に攻め上がってきたクチかも知れない。
 エキゾチズム溢れる体裁で舶来嗜好を煽るのはわが国の常套手段だが、実際台湾にはかく辛味深い麺は存在しないことに鑑みれば、曲解に拠る想像力の解放、ヴァン・ダイク・パークスが架空の極東を描いた「Firecracker」の如く効用を斎すのかも知れない。
 買い被り過ぎかも知れないが。

1月29日(土) 完全なる冒険  -音楽 - 洋楽-

e986.jpg ぎっくり腰に陥る前兆の、腰を起点とした動作における一瞬の鈍痛症状が現れ、大事を取って終日休養に充てた。
 おかげで今更の様に衝動的に購入したスタイル・カウンシルのボックス五枚組を完聴出来たが、大滝詠一氏もさもありなんの微妙なバージョン違いの嵐との解説の割には、ベスト盤と大差なく響いたのは聞き込みが足りないせいだろうか。
 ただ改めて通聴してみると、渋谷系の権化の如く持て囃された初期から徐々にラップ要素が顔を出し、末期にはハウス転向と位相を変えていく様がよく窺える。更に遡ればパンクに分類されながら当初から充分にメロディアスだったJAMの末期に既に、ギターバンドから管楽器を多用する"お洒落"なポップ、ソウル色を強め、言わばスタカンの萌芽が伺えるから、マヌーバの如くその音楽性を塗り替えるのはポール・ウェラー氏の本領発揮とも言えよう。
 その段に則ってなおソロに転じてからのフォーク志向は唐突に見えるが、電子機器による装飾性を度外視すれば、エレクトロニカもブルース・フォークも失礼ながらメロディーのみ取り出せば単調で起伏に乏しいという点で一致しており連続性を想起するのは難しくない。
 その軌跡は奇しくも渋谷系の旗出とされたオリジナルラブ・田島貴男氏のそれと似通っており、穿った見方をすれば溢れんばかりのメロディー・メーカーが自らの才能の枯渇に直面した際に、思い切りシンプルに振れるか、或いは桑田佳祐氏がそうである様に拡大再生産に従事するかの選択の結果なのかも知れない。
 それでももう一度きらびやかなウェラーがカムバックして来ることを祈って仕舞うのがファン心理というものか。

1月28日(金) 最小コスト社会  -ビジネス - 仕事の現場-

e985.jpg 元来、時間・金銭コストは可能な限り小さくという、故・椎名悦三郎氏ばりの「省事」をモットーとしている上に、細やかな目配りが出来ない質ではないが、それが自然に発露されるのでなく敢えて気を回そう、使おうと意識し続けることにより配慮が身に付いていく性癖なので、接遇に際してはどうしてもオーソドックスに落ち着いて仕舞う。
 だから例えば通常ではお目に掛かれない物を見物させたりともうひと捻り知恵を絞って付加価値をと言われればなるほど仰る通りと膝を打つ一方で、そこまでサービスしなくともとの相反した想いも頭を擡げて来る。
 或いは接遇の方式を巡っても、例えば余裕を持って遅延を来さぬことを第一に心掛けるべきか、果た又少々押しても時間を有効活用すべくスケジュールを詰め込むべきなのか、その何方が相手方にとってより望ましいのかは、好みもあろうが判断の分かれるところだろう。
 こうした対応は当然対外的にも必定だが、秘書という職業柄内部に対しても振り向けられねばならない。長年秘書業を生業とすれば自然な気配りがDNAに組み込まれるが如くに染み込むのか、生来の向き不向きがあるものなのか。一方で余りに板に付き過ぎて接遇業でない"本業"の方々に同様の配慮を求めても軋轢を生ずる恐れがある。 何れ何時の日にか訪れるであろうと漠たる予感のあったこの商売だが、大手を振って「秘書です」と名乗りを上げるのには、もう少し時間が掛かりそうである。

 国債の格下げに「疎い」という驚くべきコメントは自ら修正された様だが、「聞いていない」の意で「疎い」との台詞を発したなら言語能力に重大な疑念を抱かざるを得ないし、格付けそのものに疎かったとしたら推して知るべしである。
 「首相自身の格下げ」との渡辺みんなの党代表の反応も、小気味の良い、頓知の効いたコメントを捻り出そうとする努力が定番になり過ぎて些か落語家の如く様相を呈して来たが、風刺すら憚られる程の惨状とのコントラストが痛ましい。

1月27日(木) ウイングを拡げる  -政治・経済 - 日本の未来-

e983.jpg  「自民党本部会議室で勉強会/ゼミを開催しませんか」との貼り紙を見て自由民主党も遂に、今や60年代の面影を残す貴重な遺構としてドラマ撮影に引っ張りだこの社会民主会館の轍を踏んで貸しビル業に乗り出したかと目を疑ったが、よく見れば講師丸抱えで勉強会を斡旋するとの新機軸らしい。
 政治をバーゲニング・パワーに裏打ちされた主張を持つ様々な利益集団によるアクセスの競合とその調整のアリーナと看做すならば、政党は必然的に各種団体との友好関係に基づき、その主張と支持の獲得を活動のひとつの基盤としていくことになる。
 だからこそ所謂"圧力団体"と蔑称されるが様な支持団体との接点は欠かせないし、米国においてはそれを第三者を装おったシンクタンクが代替しているに過ぎないとも言える。
 ただ逆に云えばこうした「団体」の形をとり得ない勢力との関係は希薄になりがちだから、勉強会という利害関係の少ない形で接触を図るのは、必然的に都市部サラリーマン乃至はその予備軍の中でも政治に関心の高い層が主たる対象となるだけに、先ず親近感の醸成、拡大を図るとの観点からも有用だろう。
 政党と国民の新たな関係性の一形態として着目したい。

 ヤマハ渋谷店が閉店した。個人的には寧ろ大昔に移転したスタジオ・エピキュラスの方に愛着があるし、昨今は稀に楽器店を覗くことがあっても渋谷駅近辺のキーボード専門店だったから実質的な弊害は何もない。
 ただPCがkルドオ型に移行しつつあるのと同様に、少なくとも鍵盤楽器や録音機材の面では単体としてソフトを内包した固定的な箱を有し、必然的に見本市の如く売り場を擁する「楽器店」という業態自体が、マニアや手弾きに拘る一部好事家を除けば成立し得なくなっているという象徴なのだろう。

1月26日(水) 単品大量主義の陥穽   -グルメ - お菓子-

e999.jpg 子供達には常々、現存する最も美味な飲み物はマウンテンデューであると言い聞かせているが、その段で言えば最も美味なガムはロッテのマイキューブではなかろうか。円柱形のボトルにコーラ、ソーダの二種の正方形のガムが詰まった商品は、カラフルな外装と相いまって一際目を引かざるを得ない。
 しかしながら私の好む商品は悉くラインナップから消えていくというジンクスは、果たして固定的な味を求め続ける保守性に依拠するものなのか、或いは端から味覚自体が異端であるかは定かではないが、またしてもこの秀逸なガムすら市場から退去させて仕舞ったかとわが身を憐れんでいたところ、昨今目出度くカムバックが認められた。
e981.jpg しかし微妙に内容がリニューアルされ、従来の二種にピーチが加わっている。桃が嫌いな訳ではないが、子供の頃ペロペロキャンディを袋で買っても必ず苺と西瓜を余らせた様に、どうしても優先順位の高いものから賞味していくので消費スピードに格差が生ずる。
 幅広い消費者に訴求するために多様化を追及するのはやむを得ないのかも知れないが、責めて単品販売されているオレンジという選択肢は無かったのかと嘆いても、これがマーケティングの結果なのだろう。桃は集中的に子供達に進呈しよう。

 何故に父の添い寝を忌避するかとの詰問に対する祐旭の回答は、鼾が煩さ過ぎるとの指摘であった。
 そう言われても妻が出掛けて代行せざるを得ない日はあるから厳に自らを戒め、一方で果たしてかく大鼾かと訝しんでもいたのだが、少なくとも子供達より先に寝なければ責務は果たせようと目を輝かせていた。
 しかし確かに気が付くと高鼾が響き、ハッと覚醒しては再びうつらうつらに陥る繰り返しである。元来眠りの深い質だけに、意図的に構築した軽眠状態の中、自らの鼾で目覚めるという稀有な事態を初めて実体験した。
 結論。確かに五月蝿い。

1月24日(月) 忍び寄る  -海外情報 - 韓国-

e980.jpg 東方仁義の泥試合も記憶に新しい中、またぞろ韓国グループの内紛である。
 一説によれば韓国では70年代のわが国アイドルがそうであった様に、レッスンを繰り返し厳選された者だけをデビューさせているらしい。それは粗製乱造を防ぐという意味では丁重な手法だが、その分コストも増え、スターへと上り詰めると回収のため低報酬で重労働を強いるシステムへと昇華される。
 そのため当人達の不満を背景に闊歩するステージパパ・ママと事務所サイドの争い事は日常茶飯事の如くという。即ちわが国の鈴木亜美氏のケースが事実上CDすら発表出来なくなる村八分状態に追い込まれたのに対し、こうした一見恩を仇で返すが如く手法を許容する程に長幼の序を重んずる儒教精神が根底に存在するが故かも知れないが、恐らくはこの類の例は枚挙に暇無かったのだろう。
 にも拘わらず恰も天地を揺るがすが如く報道が溢れるのは、とりもなおさず昨今の韓国芸能界の著しい進出故に、わが国において改めてかく状況が注目されたが為である。韓流にしろKポップしろ、経済的収支の得失に留まらず、若年者の韓国文化への共感は勿論両国の友好関係構築には好影響を斎すには違いないが、何れその高印象が製造業はじめ実態経済のブランド・イメージの好転にも繋がろう。
 そうなればソフト文化では未だ維持し続けているわが国の亜細亜市場における独壇場に赤信号を灯らせるばかりか、トップダウンによるFTAの積極推進策と相いまって産業分野における韓国製品のわが国内販売促進にも寄与しかねない。
 だからと言って芸能市場の非関税障壁を確保すべく、二国間交渉の遡上に載せてみても、韓国もまた日本語歌謡の解禁という代償を払っており相互主義に基づくと言われればそれまでだし、これ以上歌舞伎町から彼等が居なくなるのも寂しい限りである。詰まるところは国立漫画博物館に留まらずわが国もこれまで以上に産業としてのコンテンツ育成を心掛けねばなるまい。

 またしても代役として宴席に伺い、改めて自らの政策よりも政局に血が騒ぐ性癖を自覚して仕舞った。似非ロビイストとして天職と弁えるべきか哀しむべきか。

1月23日(日) 進化する保守  -政治・経済 - 政治・時事問題-

e978.jpg  自民党大会に赴くのは何年振りになるのだろうか。開会前に尖閣、竹島、北方の「領土ビデオ」が繰り返し放映されていたのはお題である「進化する保守」よりは些か「回帰する保守」をイメージさせたが、党大会自体は昨年海外出張を名目に敵前逃亡した経団連会長も、文字通り人が変わって穏便に復帰したのが話題になる程度で、賛否両論だった四年前の安倍総理の揮毫の如く演出もなく、退屈な党情報告がお経読みされ眠気を誘うイベントに過ぎなかった。
 毎度識者を招いての記念講演も嘗ては現民主党参院議員の田村亮子氏も登壇されていたが、存外に当たり外れが大きく必ずしも期待出来るとは限らない。
e979.jpg ただ今般、TVでもお馴染みの、痛くない注視針で一世を風靡した岡野雅行岡野工業代表社員の話しには唸らされた。
 「社員五人に税務署の調査官が八人」といった漫談調の挿話も巧みだが、「東京でもてない男が地方でもてる訳がない」との比喩は、確かに語弊を招きかねないフレーズではあるものの、わが国で窮状を訴える企業が安易に海外に転じても成功は得られないとの含意として、寸鉄刺すものであった。
 勿論、かく円の独歩高、重い法人課税、環境・労働規制の中でなお国内に製造拠点を留めるべしとの論理的根拠は薄い。しかしながらそこに感じられたのは、氏の言葉を借りるならば「町工場」の技術力への強い自負であり、わが国の利益の源泉たるものづくりの根を絶やしてはならないとの気概、意志であったろう。
 政治は「国民に夢と希望を与えて欲しい」との氏の諫言は、為政者に国家の方向性を求めざるを得ない程に鬱積したわが国の閉塞感を裏打ちするものであり、政治が過度に国民生活に関与しなくて済む社会こそ国家の安寧を示しているとの観点からは本来望ましくなかったとしても、国民の叫びとして受け止めねばなるまい。
 肝の部分をコンパクトかつ判り易い石破政調会長の政策報告で先取りされ、地方選、来るべき総選挙に向け気合い充分の谷垣総裁演説が若干間延びした感あったのは残念だったが。

1月22日(土) 沈む大波  -スポーツ - ゴルフ-

e977.jpg ひょんなことから始まった元出向先のOBコンペも三度目、前回六人のブービーで幹事を拝命し、シニア・トーナメントも行われていた若干バブルの残り香漂う成田はオークランドCCに10名が集結した。
 しかしいきなりロングで綺麗に3オンしパー・スタート。ひとつ置いて2オンのパー、ニアピンのパーが何れもパーオンとは、手元を下ろす打法修正に取り組んだ成果かも知れないとはいえ異様な好調振りである。五ホールまで3オーバーで迎えたイン15番で池の淵の石に当たって大きく跳ねた瞬間には、このままグリーンに載ればツキも極まれりと刮目したが文字通り沈んで萎えかけたものの16番で再びパー。自己ハーフ二着の45は上々極まりない出来だが、最後にボギー、ダボと来たのは明らかに後半に向けての不吉な予兆であった。
 して酒も控えた後半はウッドの引っ掛け、ショートアイアンのザックリ、パットはノー感と坂を転げ落ちるが如くである。最後にダボならギリギリ三桁こそ免れ得たところにトリプルで、都合百とは午前中が午前中だっただけに悔やまれる結末であった。
 しかも同行三氏何れもがダイヤモンドを達成、うち一名はダブル・チップインではオリンピックも大敗である。ダブルペリエのハンデが当たり準優勝で回収したし、ドライバーやショートアイアンに一縷の光明が見い出せたことに鑑みれば打ち初めとしては御の字と自認しなければならないかも知れないが。
 決してベスト更新に目が眩み平常心を欠いたとは思いたくないが、そろそろメンタル・トレーニングにも精を出すべきなのか。

1月21日(金) Deputy  -テレビ・ラジオ - TBS-

e976.jpg 昨日は五ヶ所の挨拶廻りの露払い役を三人で持ち回る大仰な午後。極端にタイトな日程かつ冒頭の第一議員会館から既に押し気味で「時間は迫る、気は焦る」状態に。しかも通行証を回収ボックスに投げ入れる御仁も現れるハプニングで、次の待機地たる内閣府まで官邸脇の坂を疾走する羽目に陥った。
 そこでは逆に先方がスローペースで待合の控えスペースに秘書官室の友人が登場したりと盛り沢山な行程ではあったが、ロスも少なくかつ少々の遅延には対応出来る過度にケツカッチンでない日程設営の難儀さを重々思い知った。
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 今日は上官がインフルエンザに罹患し代役でTBS本社視察のご相伴に預かったが、もう十年以上前の広報部時代から同社とは何かとお付き合いが多く、社内を練り歩いている内に旧知の方と再会したりもしたものの、奥の院まで踏み込むのは初体験である。
 盛んに「スタジオは意外に狭いでしょう」と問い掛けられたが、寧ろキッザニアで祐旭が実演していた光景が甦り、かの模倣版が存外に現実のダイジェストであることが窺えたのは収穫だったろう。
 事後は飲みに流れたが先方は何れも秘書でありながら出自は政治部の御仁で、役柄が当方とも近いだけに社会、公明といった嘗ての野党人物タンで妙に盛り上がって仕舞った。図らずもメディアにおける政治部の地位の高さを見せ付けられた感もあるが、意外な形で知己が拡がるのもまたよきかな。
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