コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

9月29日(水) 参議院とは何か  -政治・経済 - 議会-

e836.jpg 参議院の「力」に俄かに注目が集まったのは、所謂衆参ねじれが又もや現出したのみならず、ガソリン価格が一時的に下がったりと国民生活にも意外な余波が生じてからであろう。
 勿論、旧来にもねじれ=参院における与党の過半数割れの事態は生じていたが、往時は多党化されていた野党の一部との連携という手法があり、現に海部、宮沢両内閣における自公民路線は直後の細川連立内閣から新進党への伏線となったし、小渕内閣では自自、自自公という連立政権の成立を斎した。これに対し二大政党化の進んだ昨今においてはパーシャル連合、或いは連立による与党勢力拡大の選択肢が少なく、だからこそ福田康夫内閣は瓦解せざるを得なかったと言える。
 ただ平成年代の参議院はこうした、時に政局・政策に大きな影響を及ぼしてきたが、それ以前は河野謙三氏の「反乱」による議長就任の際の謳い文句が「参院は衆院のカーボン・コピー」であった様に、それが佐藤退陣後の田中角栄政権誕生に有利に働いたという政治的影響は兎も角、参議院そのものには法案審議における一過程以上の地位は見出だされなかったというのが一般的理解であったろう。
 本日、とある朝食会にて講演を拝聴した竹中治堅氏の近著「参議院とは何か」は必ずしもこうした旧来の見解を踏襲していない。
 それはひとつには保守合同以前、緑風会が多数派であった時代に参議院の同意を取り付けるための吉田内閣の労苦の歴史であり、派閥の流動化の進んだ現代においてその構図が再現されつつあるとの解釈にも非常に感銘を覚えたが、取り分け河野議長期以前、即ち所謂「重宗王国」時代の、参議院自民党の派閥構成から紐解いての、法案の参議院の安定通過のための政策立案時からの同意を、参議院の影響力と看做す見解には大いに刮目させられた。
 というのも行政と立法府が対等に存立する大統領制と異なり、多数党が政府を構成する議員内閣制における三権分立とは対峙する政府=与党と野党によって二権が構成されるべきであり、現政権の政府・与党一元化もその文脈の中に位置付けられるものである。
 しかしながら解散・総選挙という政府からの制御システムの無い参議院は独立した「立法府」に近く、こと参院に対しては寧ろ大統領制に近似した三権分立が成立しているというのが氏の解釈である。だからこそ大統領制下の議会議長が、文字通り立法府の長として大統領と亘り合うのと同様に参院議長が権力者たり得、河野議長以来定着した議長の党籍離脱の慣行が議長と参院与党の連関を薄め、結果として参院議長のパワーを削いできたというのは、誠に秀逸な論理構成である。また逆に派閥流動化の進んだ小泉政権以降は議長に替わり参院議員会長の力が高まったという現象は現・民主党政権においても伺える。
 だからこそ氏は昨今の、衆院と権能を分け、決算による事後検証や憲法等長期課題の調査に傾注させる参院改革論とは一線を画し、寧ろ独立性を以て衆議院に対する「抑制」の機能を発揮すべきとする。
 現実には参議院選挙を「直近の民意」と看做すことによる政治の停滞―氏に倣えばそれもまた必然的な民主主義のコストなのかも知れないが―が大きな課題となっていることに鑑みれば必ずしもこの結論には賛同出来ないが、新しい論点を示した業績には大いに敬意を表したい。

 ところで氏は大学のサークルの一年後輩である。その偉業を素直に称えるのは全く以て吝かではないが、少しばかりのやっかみと焦りを感ずるのもまた事実である。

9月28日(火) あと九年  -政治・経済 - 政治家-

e835.jpg 羽田元首相が今期限りの引退を表面した。既に病を得て久しくその報に触れても驚きは無いが、小沢一郎氏が最後の一太刀を奮おうとしている今、ともに自民党を離党し細川連立内閣の立役者となった「盟友」から対立の時を経て、再び相携えた同期の桜の退場は時の流れを感じさせる。
 想えば仲違いの引き金となったとされる95年の新進党党首選に、友人とともに千円払って羽田、小沢両氏に一票ずつ投ずる、政治的には全く無意味な行動を採ったのも懐かしい。
 ただ69年以来連続当選の羽田氏は仮に任期満了まで総選挙が行われなかったとしても44年弱の議員生活となるが、残る同期の渡部恒三、森喜朗両氏も50年を迎えるためには80歳を超えるまで現職でなければならないから、名誉議員に最も近いのは現在68歳の小沢氏ということになる。
 実は63年に27歳で初当選した西岡参院議長という先輩が居るが、落選と長崎県知事選出馬から参院に転ずるまでのブランクが災いしてこちらも到達時には80を超えるので、小沢氏の最有力は揺るがない。実際、小沢氏があと九年現職に留まるかは極めて疑問だが、戦後尾崎咢堂、三木武夫、桜櫻内義雄、原健三郎の四氏しかいない"銅像の権利者"に迫るとは、二世かつ先代が早く亡くなるか遅い子供という稀な条件に恵まれたとはいえ、これも小沢神話のひとつに数えてよいのではないか。

 ところで歴代名誉議員の中で、唯一衆参合算なのが「I'm Cherry」こと櫻内氏だが、よくよく紐解いてみると東京全県の大選挙区で衆院初当選の後、郷里島根から参院地方区に回っており、この際の選挙が父・幸雄氏名義の票も義雄氏にカウントされたことを理由に裁判の末当選無効になっている。
 在職50年にはこの参院任期二年余も含まれているが、果たして選挙が「無効」であっても事実、参院議員を勤めた期間は有効とされて然るべきなのだろうか。
 99年に在職50年の功労表彰を衆院本会議で受けているから疑問視された素振りは伺えないが、この疑問と財政難を理由に遂ぞ銅像が立たなかったこととの関連はあるまい。

9月27日(月) 接して漏らさず

 物心付いた頃からトイレが近いのは水分摂取の多さに由来するのは疑い無い。寝る前にDAKARAを飲み過ぎて就寝中に度々トイレに目覚めることも少なくないから、わざわざわが家の一階手洗いは眠気を覚まさぬよう、自動的にほんのり点灯する機能を搭載させたものである。
 ただ近場に御不浄が見込まれない場合は可能な限り飲み物、取り分けカフェインを避けるべく努めているが、未だに長距離バスへの乗車には潜在的な忌避感がある。と言うのも幾ら干乾しを心掛けても便意があると一旦須く排尿してもすぐまた尿意が襲って来る。然らば元来膀胱が小さいのか、或いは前立腺肥大気味ではないかと疑ってみたが、調べる限りその兆候は見受けられない。
 しかし矢鱈と尿意が襲って来る日もあるから、終日アルコール漬けの如きラウンドなら草むらで放尿すれば済むが、昨今苦境に陥るとすればパーティー、就く着席講演のケースである。
e834.jpg  そもそも吸い物に水、茶、珈琲まで並べられるのだから余程用心しないとすぐ臨界点を越えそうになるにも拘わらず、奥に陣取ると仲々中座し難い。しかも大抵の場合時間を超過するからもう少しと思って耐えているとチビりそうで気もそぞろである。
 加齢に伴い括約筋も弱体化していくから、努々気を引き締め直したい。

 赤坂プリンスも残るところ三ヶ月となった。特段李王朝に関心がある訳でもないし、たとえ更地になっても旧館は保存されるのだろうが、まだ永田町に出入りし始めた頃、清和会会長秘書の某氏が鎮座されており、「清和会と西武グループの深い関係」を西武ライオンズ球場の柿落としの始球式が投手・福田赳夫、捕手・安倍晋太郎だったという中途半端なエピソードで把握していただけに、妙に納得した記憶がある。
 その方も今は前議員として再起を期されており、西武グループも実質外資になった。跡地は再び政治のメッカたり得る日が訪れるのだろうか。

9月25日(土) 道は育つ  -スポーツ - ゴルフ-

e832.jpg 先週に続き九月三度目のラウンドとは出向時代も顔負けの旺盛なゴルフ熱だが、回数を重ねたからといって即座に成績に繋がらないのだからゴルフとは難しいものである。
 昇り調子で迎えた今般だが、折角朝からの雨も上がりゴルフ日和が訪れたにも拘わらず、いきなりスリーオンから5パットで萎える。しかもドライバーがままならず、実に前半戦だけで8が三ホールではお話しにならない。
 前半ラス前で腰の回転を抑え、フェード気味に入るだろうとの予測のもと7Wで左目に狙ったショートでベタピン、バーディーを拾ったおかげで数字的には大崩れこそしなかったが、うねりかつ雨上がりにも拘わらず早いグリーンに最後まで悩まされ、結局ワンパットはそれひとつとは谷あり底ありである。
 前回7のカルテットが成立して天を仰いだが、実に本日は8のクインテットとは出入りの激しさもこれに極まれりだろう。それでもダボ・ペース以下は維持しているのだからと納得していてはいけない。上を目指そう。

e833.jpg 久々に大学時代の友人達とのラウンドだったので、帰路は学生時代に不動の高速だった関越道の渋滞緩和の秘訣に話題が及んだ。
 スキー人口の減少も一因ではあろうが、要は練馬での分岐路になる左車線が常に詰まっていることに如実に示されるよう東北、常磐両道と結ぶ外環、更には中央道に直接抜ける圏央道というバイパス路の誕生とともに、三車線化の効用との単純な結論である。
 元々、上越新幹線同様の政治路線の側面があり、首都高に直結する旧10号線は着工どころか調査の目処すら立たない盲腸線が混むのは必定だったが、再来年度に迫る圏央道の東名到達と、何れ何時の日かの外環の世田谷延伸が叶えばよりスムースになるだろう。
 兎角公共事業の悪弊ばかり指摘される昨今、道路整備の直接的な効能はもっと喧伝されていい。そうなれば矢張り大学時代に既に工事の始まっていた井の頭道路の中野通り~環七間の僅か1キロの拡幅が未だ果たせず、白地に絵を描くが如き中国の速断即決振りを羨む様な真似にも陥るまい。
 尤も首都圏ばかり優遇かとのやっかみが生ずるのならば、「国土の調和(均衡でなく)ある発展」とのテーゼの国民合意から始めなければならないが。

9月24日(金) 外交の延長  -政治・経済 - 尖閣諸島問題-

e830.jpg レアアースの禁輸、フジタ社員の拘禁と立て続けの中国の対抗措置が世を賑やかしたが、わが国としては領海内で違法操業するのみならず再三巡視船に突入してきた不審船舶を停船検査し、船長を逮捕するという主権国家として当然の措置を取ったまでであり、何等卑屈になる必要はない。
 確かに広大な人口に裏打ちされた市場、安価な労働力を有する"大国"らしい行動原理であり、それが現実のわが国との力関係であることは冷徹に受け止めなければなるまい。
 将介石にせよ周恩来にせよ、嘗ての日中関係において徳を以て為す度量が示されたのは、彼等世代の大人振りに依拠するところもあったろうが、東西冷戦の中に東側諸国に対峙する極東の最前線であったわが国の地理的条件や先方の経済的地位に由来する構造もまた大であったろう。
 だからこそわが国としては改めて「大国・中華」に国境を接する国家として、アジア諸国と手に手を取りつつ抑制剤の務めを果たさなければならない。
 そしてアジアの安定に資するためにも、バーゲニング・パワーとしての米軍の存在とそれに相応しい駐留基地を確保することが必要である。思いやり予算を政策コンテストに掛けるという発想は絶対に削られないとの腹を持った防衛省のテクニックかも知れないが、普天間の解決を先送りして米軍再編のスケジュールにまで穴を開けて仕舞うのでは本末転倒も甚だしく、米国との緊密な同盟関係を維持することによって漸く中国との対等な外交交渉が成立するという構造を、感情を別として先ずわきまえなければなるまい。

 しかしながら逮捕という断固たる手段に訴えるまでは評価に値した現政権の対応が、折角米国と方向性が一致したと思ったのも束の間、地検にその責を帰するが如く「刑事訴訟法の意を体して」との一言を以て釈放に舵を切るとは、言葉を失う。
 兎角中国に対しては贖罪意識が常に蔓延るだけに、漸く民主党らしい"戦後世代"の手腕が試される局面だった中での安易な決着は残念でならない。
 百歩譲って水面下の「家鴨の水掻き」によって交換条件が示されているのだとしても、それが公的に説明出来る論理を持たなければ、事実上領土を放棄したと世界に宣言する結果を斎しかねないし、同じく南沙諸島の領土問題を抱えるアジアの同胞からも大いに失望感が寄せられよう。
 こんな時だけ徒らに「経済界への配慮」を持ち出して矛先を向けられないよう、民間企業も心を鬼にしなくてはならない。

9月23日(祝) 秋の気配  -コンピュータ - 動画-

e829.jpg 三日間を要したデフラグが漸く終了し、残り10ギガを切っていたメインHDDの第一パーティションが25まで復帰したのを受け、義父のビデオ機からの画像のPC取り込み、DVD焼を開始する。
 別に義侠心をも発揮して作業を引き受けた訳ではなく、小学校と幼稚園の運動会が重なっているために分担撮影を余儀なくされ、かつ購入以来の撮影済映像がそのまま体内に保管されている義父機の空き容量を確保せんがための措置である。
 しかし思いのほか分量が多く、分割してDVD化するだけでも結構な時を要する。五日間フル稼働させたバリでも計一時間に満たなかった私の撮影手法は、矢張り一般に比べ相当に単位あたり映像時間が短いのだろう。その分編集の際に何処をカットすべきか悩むことは少なくなるが、相米慎二氏とは話しが合わなそうである。だからと言って小津映画にシンパシーがある訳でもないのだが。

 公資が幼稚園で「秋への節目」を教授されてきたとのこと。こうした報告をマメに行うところにも次男らしい優等生振り、或いは要領の良さが垣間見えるが、見事にそれを体現するかの如くに猛烈な寒波が襲って来るとは教育効果抜群である。
 亜熱帯と見紛いそうだったわが国にもまだ四季があったと思い起こされる一日。

9月22日(水) 哲学しよう  -政治・経済 - 正論-

e764.jpg マイケル・サンデル氏の「これからの正義の話をしよう」が人気を博しているが、哲学への礼賛が混迷の中に何かすがるものを求めたいとの国民意識の体現であるならば、わが国も漸くエコノミック・アニマルから脱却かなどと悠長に構えている場合ではない。
 そもそも哲学とは凡ゆる事象を論理的、理性的に分析し絶対解を導き出すがために「自明の理」を許さず、結果的に皮膚感覚と異なる結論をも受容せざるを得ぬものというのが私の解釈であり、経験則を重んじる保守主義の否定という観点からも個人的には余り惹かれない。
 事実同書も頁を捲るに連れ興が削がれていったが、基本的に全編に善悪や正義といった理性的な視座と、功利主義的な文字通り考量的概念の対立軸から前者の優位を導き出す構成の中で、寧ろ前段の功利主義を論じた部位に思うところがあった。
 わが国においては儒教的観念の産物なのか資本主義的な富の蓄積をアプリオリに礼賛しない特性があり、それは確かに謙譲や福祉の美徳をもまた醸成はしているものの、一方で数値的な効率や合理性を必ずしも肯定的に受け入れない、更に言えば受け入れるべきでないとの観念もまた涵養している。
 だからこそ全体の最大効用を求める功利主義には懐疑的な見解が少なくなかったが、現実には誰しもが本質的には抱いている数値に基づく比較考量の視点を、ひとつの手段として堂々と採用することを躊躇う余り、必要以上に情緒的な「善」や「正義」の観念に左右される傾向に流れがちになっているのではないか。
 勿論、過度に功利主義を強調するのは社会民主主義的なわが国の美風を損なう恐れがあるが、功利主義的な概念を一方に現に存在し有用なものと認めた上で、双方の交錯の中から「善」や「正義」との中庸を模索する、バランスある精神こそが、哲学的勘考の中から生まれて来ることを、切に望みたい。

 労省元局長の冤罪事件は特捜検事の逮捕という衝撃的な展開を迎えた。
 勿論、証拠の改竄は言語道断だが、検事個人の勇み足として片付けるには余りに疑問が残る。
 全くの想像に過ぎないが、村木氏は背後に蔓延る「巨悪」に至る過程のスケープゴートに過ぎず、見込み捜査に行き詰まった挙げ句の暴発ではなかったのか。そう考えるとより怖い。

9月20日(祝) メダル気狂い  -育児 - パパ育児日記。-

e764.jpg 先週は荻窪駅にバスのみ可の右折禁止で乗り入れ反則切符を切られた上に、肝心のタウンセブンが改装中で玩具店は休みと踏んだり蹴ったりだったが、性懲りもなく今週も目指すはデータカードダスである。
 そもそも三枚から二枚使用かつじゃんけんの要素を加味し大幅に低年齢化させた大怪獣バトルは設置箇所も著しく縮減されたために練馬の西友まで足を伸ばす羽目に陥ったが、駐車場から遥々徒歩、ガード下を流用した横長の店舗を通り抜けてのお目見えである。
e764.jpg 先 ところが久々邂逅の大怪獣もそこそこに仮面ライダー・オーズ仕様に改変されたガンバライドに父が先ず目を奪われる。本物同様にベルトのバックルがでんと据えられているにも拘わらず、そこに設置すべく三連のメダルは別売とは如何にも好奇心と収集癖を擽る作りではないか。
 「メダルは菓子売り場にて」との案内に基づき再びガード下を横断するものの販売されている気配すらなく、最後の砦と踏んだメダル同禽のオーズ・ベルト本体も売り切れ。ならば大人しくカードだけで遊んでいればよいものの、手に入らないとなると沸々と挑戦心が湧いて、祐旭を焚き付けて店舗を梯子するのだから困った父である。
 しかも移動先の石神井ヨークマートは到着した瞬間に「ここにはないでしょ」と祐旭にすら見抜かれる始末で、確かにガンバライド本体こそ稼働しているが、当然メダルは置いてない。
 結局、先に母と訪れた阿佐ヶ谷のゲーセンに落ち着くとは又もや鼠の嫁入りの如しであった。
 どうやらメダルと菓子の抱き合わせ販売はこれからで、ゲーム機だけ先に運用して飢餓感を煽る戦術にまんまと載せられた様である。大量に買い付けたWのメモリも未だ紐を解く前に早晩メダル買いに走りそうである。千葉すず選手に怒られないよう以て銘したい。

9月19日(日) ジョブ・カードには書かないで  -育児 - パパ育児日記。-

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警察とERならぬ救急救命士
 どろ警という遊戯を覚えておられるだろうか。地域によっては警どろ乃至はどろ巡とも称されるそれは、警察と泥棒に分かれ、前者による後者の逮捕拘禁を目途とする集団鬼ごっこであるが、児童の遊びに欠かせない「ごっこ」の様相もまた多分に有している。
 その「ごっこ」を究極まで進化させ、豊洲という埋立地特有の非日常空間に現出させたのが、キッザニアの人気の秘訣ではなかろうか。開場一時間前の15時にはららぽーと三階を埋め尽くすが如き長蛇の列が構成されていたが、そのからくりは入場して一目瞭然、既に人気職種は一時間待ちは当たり前である。
 それでも何とか警察にターゲットを定めると、単にコスプレに身を包むのみならず、捜査に付いての事前説明、事後の解説、犯人の種明かしまで懇切丁寧で臨場感を増幅させる替わりに、保護者はその光景を外から眺めるだけで蚊帳の外なのが飢餓感を煽るのだろう。
 実際の捜査は他の店舗に出掛けていくが、次の新聞社の取材も同様で、更に救急救命士に紛しての人命救助では現場を他の職種であるカメラマンが撮影していたりと、コラボレーションの妙が発揮されるのも醍醐味に違いない。
e824.jpg それが如実に表れたのがこの日オーラスとなった車周りで、身長110cmをクリアしている祐旭が運転免許を取得した上でレンタカーを借り華麗にドライブへと赴くと、公資がガソリンスタンドで「いらっしゃいませ」と迎える構図(写真)。しかも前者はこれまでの報酬を原資に「地域通貨」を消費し、後者はまた労働の対価を獲得するとは、公資が嬉々として兄の車を拭き、ガソリンを入れているだけに余計に、資本主義の縮図を垣間見るが如し、しかも帰り際には三井住友銀に入金さえ出来る。
 流石にその通貨は実際の飲食店としても機能している店舗では流通していなかったが、警察は土地柄かIHIが、救急車はジョンソン&ジョンソンが受託と究極の民営化が為されていて、「公共」の概念に乏しいところもまた現代風である。
e825.jpg  だからと言って「代議士」を設けて選挙演説に精を出したり、「自衛官」に就任して災害救助に勤しむ訳にもいかないだろうが、一考の余地があるとすればこうした側面だろうか。
 演劇的要素の中に楽しんで労働の意義を学ぶ趣向には、ディズニーランドも真っ青の激混み振りもよく理解出来る。次回は平日訪れて、人気の消防やCAに就業させたい。

 夕刻からのお仕事だったので事前に「がすてな~に」も訪ねてみた。
 二階は調理は兎も角、直接ガスに関わるのか微妙な温度に関するギミック等、半ばこじつけも交えてガスから敷衍したアイテムが並んでいたが、一階の半ばを占めるガス管コーナーは、水道管ゲームが現に存在する様に、構造物があるだけに電線よりは子供の感性に直接訴え得る利点を感じさせる。加えてガス管は燃料電池という未来の切り札にも転用し得るだけに東ガスの高揚感が伝わってくるではないか。
 営利企業でありながら微妙に公益性のお面を被った「ガス」の真髄を見た想い。撮影禁止はいただけないが、ロハだからやむを得かろう。前座には適任だったのではないか。

9月18日(土) 半歩半歩  -スポーツ - ゴルフ-

e821.jpg 三連休初日で遅滞が危ぶまれたが、前回体得した過度に腰を回さぬ打法が功を奏したか、前半はドライバーが安定。但しウッドがチョロったり、ワンパットなしとアンバランスで52とは平凡である。
 しかし一時間以上空いた昼に飲み過ぎたためか、或いは腰の回転を抑える感覚が時間を追う毎に却って振り切りまでも必要以上に留めるべく、ままならぬ筋肉に脳が指令を出して仕舞ったか、長物がスライスか手打ちの引っ掛けに収斂される苦渋の展開に至る。
 それでも上がり3ホールを何れもロングパットを押し込み51とは底力と言うべきなのか単なる幸運か。
 ただ実戦向きのゴルフ気質になって来たとは言えそうである。この調子でラウンド数を増やしてスパートをかけたい。

 荒木、小川と真っ向から報道が異なって来たヤクルトスワローズ次期監督はシーズン半ばにして小川代行の昇格発表に落ち着きそうである。
 勿論、高田前監督の辞任時に二桁あった借金を返済し、CS進出の期待まで抱かせた同氏の手腕は看過出来ないが、既定路線であった荒木ヘッドを覆しての苦渋の人事であり、しかも当の荒木氏が二軍監督として待機するのだから小川氏にとって座り心地のよい座とは言い難い。
 嘗て星野復帰を前提に星野人脈のコーチ陣を誂えながら、巨人との最終戦決戦に破れた高木守道氏を残留させざるを得なくなった中日球団の苦悩を彷彿とさせる。結果、再契約した高木氏は半年で球団を去ったが、小川氏はこの千載一遇の好機を活かせるだろうか。
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