コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

8月30日(月) 飲めや唄えや  -海外情報 - バリ島-

e796.jpg e800.jpg
アシタバ工房/レギャン通りの謎の日本料理「電車」とは何か。。
 レギャン通りでTシャツや何故か紛い物のポケモン・カードを入手したり、ウブド近辺では名物のアタで編んだ篭のブランド、アシタバの簡易工房を訪ねたりもしたが、本格的な買い物三昧は空港へと赴く直前の免税店が今般の旅を通じて初めてとなった。
e764.jpg  当然妻の出番であり、父は祐旭に「免税とは何か」を滾々と説く一方で玩具を買うと大見得を切った手前、小さな太鼓とカリンバを所望することとした。
 考えてみれば折角ガムランの聖地に赴いた割には夕食とともに伝統舞踊を拝察したのが一度あったのみ、それもベトナムの水上人形劇には遠く及ぶまいと覚悟していたが、桟敷作りの席に立派な舞台と箱の大仰さにも拘わらず僅か一曲、前座かと思う様なひとり踊りとは、ともにフレームに収まっても甚だ消化不良感は否めなかった。
e799.jpg  漸くあり付いたインドネシア料理に果たして口に出来るものがあろうかと不安視された割には、公資は焼きそば、祐旭にとうもろこし、お父さんには甘辛焼鳥と辛くも単品通しで乗り切れたのは幸便だったが。

e798.jpg ただ結局、わが子達は滞在中の大半をポテトばかりで過ごす羽目になり、油ものに当てられたか妻は後半腹を壊して仕舞ったが、遂に一昨日は祐旭の強い要望によりマックで昼食とは万国何れでも行動パターンは変わらない。  ハッピーセットならぬハッピーミールがここにもあり、矢張りおもちゃが付いて来たのにはマック世界戦略の恐ろしさを体感したが、よい社会科見学になったのはその価格である。
 購買力平価の亜流としてはビッグマック平価が有名だが、ハンバーガーを食さない私にはマックフライ平価が相応しい。そのLは15400ルピア、円高のため換算すれば140~150円程度になるが、この金額は邦価の約半額である。ただタクシー初乗り50円は別格としても、カップ麺が30円から、ビンタン・ビールの小瓶150円に比べても幾分割高に感ずるのは、小綺麗なマックは矢張り現地ではお気楽なファースト・フードであるよりは微妙に高嶺の花なのだろうか。

 こうして旅は終わりを告げ、本日朝成田に降り立った。羽田から会社に直行して資料作りに没頭した昨年とは打って変わってお呼びも掛からないのを嘆くべきか達観すべきなのかは知らないが、ハレの日は儚いからこそ輝くのだろう。

8月29日(日) プール、温めてます  -海外情報 - バリ島-

e792.jpg 到着翌日にパッケージに組み込まれているヴィラの高額なSPAに身を委ねた際に、取り分け祐旭と公資がまとわり付いて妻はゆったり揉まれられなかった教訓を活かし、本日のフット・マッサージは全員参加と相いなった。 二人とも初体験だからとくに擽ったがりの祐旭は嬌声を上げていたが、寝転がった公資がいきなりガバッと起きて「寝てる場合じゃない」と呟くひとり突っ込みが言葉が解らない筈の揉む方々に妙に受けていたのが印象的だ た。
 安価な近隣のマッサージ店にも連日通えたし、矢張り繁華街に陣取った意義は小さくなかったのだろう。

e794.jpg  して最終日はプール、しかもリゾートらしくウォーターボムなるこれも最近オープンした大プールへと向かう。
 フードコートが支払い一ヶ所のソビエト方式であったり、キャッシュレスの割に当初デポジット額を超えると現金で追加しなければならないといった改善要素も見られたが、としまえんと同好異曲かと思いきや、備え付けの浮き輪で周回する流れるプールで祐旭とはぐれ号泣されるハプニングはあったものの、子供プールに水マシンガンや豪快な水掛けバケツが天空に設置され、水風船による対決的当てゲームも楽しめる。文字通りのプール・バーが併設され水中で飲酒を謳歌出来るとは如何にも海外仕様らしいではないか。
e1.jpg e2.jpg
 それもその筈で辺りは欧米人ばかり、結構なお値段の上に端からドル表示しかなく、住民は眼中にないことを如実に示している。
 ただここも観光スポットに加えられたのは最近であり、結局今回の旅を通じて殆ど日本人に邂逅しなかったのは、夏休みも最終盤という時期的なものかとも考えたが、帰路飛行機にはうじゃうじゃ現れたので、邦人はジンバランやその近辺に屯しているのか、或いはわが家が著しくマニアックな行程を辿ったのか。
 それは判らないが夏の最後を締め括るよい想い出とはなったに違いない。バリにさよなら。

8月28日(土) 海行かば  -海外情報 - バリ島-

e788.jpg e789.jpg
(左)クタ、(右)サヌール
 旅順港には及ぶべくもなくともグアムでも日本人墓地を尋ねた様に、アジア太平洋歴訪には戦績巡りは欠かせない。が如何せん僅か数年の統治、しかも軍事上は首都バダヴィヤや油地パレンバンへの経路に過ぎなかったバリ島に見るべきスポットは少ない。
 それでも我々の降り立ったデンバサール国際空港はわが国占領後に大幅に拠点開発された飛行場であるし、ここサヌール・ビーチはラバウルから暫時西進する蘭印攻略の中、今津中隊が無血開城に近い形で上陸を果たした地とは、遥か内地から水路辿り着いた先達の難業に、大東亜戦争の是非は別として敬意を払いたい。
 確かにかの地は初日に訪れた宿地に程近い西海岸のクタ・ビーチが波高く、サーフィン客に占領されていたのに対し、穏やかで上陸には持ってこいと拝察する。
 だからこそ戦後真っ先に高級リゾート・ビーチとして開発され、往時を偲ぶ痕跡が何もないのも頷けるのだが、リゾート主体が空港南部に移動した今となっては些か寂れており、何よりも熱海を彷彿とさせる海の汚さには正直海水浴を楽しもうという面持ちにはなり難かった。
 それでも子供達は初日に続き砂と戯れたり、公資の発案でグラス・ボートに乗り船頭氏の与えるバナナに群がる魚見物に勤しんだりと、過ぎ行く夏を謳歌していたのだからわざわざ足を伸ばした甲斐もあったというものだろう。

e790.jpg e791.jpg
餌付けする男
 そのまま戻る積もりだったが運転手氏のお薦めに従いもうひと声とばかり赴いてみる。流石に島全体が観光で食べているだけあってタイやベトナムの如く数多タクシーが土産物屋に連れ込もうとする様な素振りもなく、ういすぱー氏のみならず総じてホスピタリティーに溢れているが、いきなり車入場料の発生する港湾地区に連れていかれると、到着したのは亀飼育館である。
 絶滅の危機に瀕する海亀を孵化させ、一定の年齢になれば海に返すという心温まる事業だが、そもそもヒンズーの教えによればバリ島を支える大地の役割を果たしているとの謂れのある亀相手だからこそ、深い宗教的観念に滋養されているのだろう。
 始めは他に客もなく餌付けに勤しんだ上にじっくり解説も拝聴したが、後から調べると地続きになってはいても独立した島で、その名もトータル・アイランド、ツアーまで設営されているとは掘り出し物だったのではないか。 わが家でひもじく待ち受ける亀達に思いを馳せ、かつ何等かの障害を背負い海に帰れない成亀とのひと時を過ごし、再び車上の人となる第三日目であった。

8月27日(金) 演技する象  -海外情報 - バリ島-

e782.jpg e783.jpg
夜のレギャン通り/片側拡幅状態
 中心街クタから北に伸びるレギャン通りは絵に書いた様な繁華街であり、米国資本サークルKの点在する雑多な街並みは利便性は高いものの些か家族連れには高値の華の感もある。
 更に辛いのは渋滞で、日中の一方通行を抜けるまでがひと苦労だが、何処に出掛けるにもこの通りを経る必要があるので時間読みはその分増幅させなければならない。タクシー運転手氏に依れば「渋滞はここだけ」の筈だったが、ラウンドアバウトと二線合流を基本とする信号の少ない、わが国では高速道路に典型的な欧米型道路なので、車両流入が一定値を超えると一挙に流れが悪くなる。
 しかも朝から北上し、バリ・サファリへと遠征する間も幹線道路は至るところ拡幅作業中で、今後益々観光立島に勢を出すであろうバリ島にとっては、わが国のノウハウを移管したい位にインフラ整備が最重要課題であるのは疑いの無いところだろう。
e784.jpg e785.jpg e786.jpg
 おかげで車に弱い子供達には非難轟々だったが、到着すると一変、動物達との戯れに狂喜乱舞す。バリには旧来からの象に特化したサファリも存在するが新設されたこちらが観光客のメッカらしく、確かに貨幣価値からすれば些か割高には違いないが、ポニーと象と駱駝に試乗、オランウータンの赤子との撮影と、動物愛護と安全性への過剰配慮の行き届いたわが国では長続きしそうにないアトラクションが目白押しである。
 象ショーが芸の披露というよりは物語仕立てなのもお国柄なのかも知れないが、最後にはバスでのサファリまで満喫してお腹一杯であった。穴場として子連れには是非お薦めしたい。
e787.jpg  勿論、効率よく巡回出来たのは追加料金なく園内ガイドを買って出て呉れた自称「ういすぱー」氏の辣腕に依るところは少なくなく、偶々ネット上で邂逅したバリ・ツアーズには大いに敬意を表したい。

 帰路は渋滞に鑑み遠征は取り止め、唯一の純粋な観光となったウブド近辺の名も知らぬ寺を尋ね、腰巻きして俄かヒンズー文化に触れた。インドネシア全域が圧倒的にイスラム文化圏である中、インドの影響の強かっバリ島はヒンズーで、中には仏教と混交した寺院もあるらしい。まさに東西文化の結接点の様相を呈しているとも言えようか。

8月26日(木) 裸族で行こう  -海外情報 - バリ島-

e781.jpg 昨深夜、到着して先ず驚いたのは宿地の過半を占めるプールであった。前宣伝は豪奢だが実見すると嗚呼成る程と興を削がれるケースは多々あれど、実物が写真を上回っているとはただ事ではない。
e778.jpg
e779.jpg
 一夜明け早速プライベート・プールに身を浸してみるが、存外に深く浮輪仕様の子供達と競争に興じて実に久方振りにクロールを披露したりと、ここに籠っても時間を持て余しそうにない。しかもグアム同様の風呂とプールが隣接し、交互に往来出来る構造が排他的に成立するとは感嘆符が留まることを知らないではないか。必然的に全裸での水泳に何等支障ないし、果ては水乃至は湯から上がっても太陽の季節とばかりにすっぽんぽんを貫き家族の白い眼に晒されたが、衣服を厭う性癖の私に非常に似つかわしい生活が具現した。
 勿論そこはリゾートに相応しく悠久の時の流れを満喫するには相反する貧乏性、退屈嫌いなので、のんびりしたい妻と空路持参したソフビでの遊興に戯れている二人の尻を叩いて出掛けていくことになるのだが、不思議なのはでは何故今更物見遊山でもない国内の南国的観光地でかく「ヴィラ」が存在し得ないのだろうか。
e780.jpg  確かにここ「ヴィラ・デ・ダウン」も職員氏が再三繰り返した通り「クタ唯一のヴィラ」であり、繁華街であるレギャン通り沿いという好立地にわが家より遥かに広い土地区画を十二棟も抱えているだけあって繁忙期価格が円高で相殺されても一家一泊四万円強と、バリ島にして決して安価ではない。だから同趣の試みを国内で行うにはプールを清廉に保つ維持費、朝食、ハイ・ティー、ベッドメイク、お掃除と再三登場する人々の人件費に鑑みれば、余程辺鄙でない限りとんでもないゴージャスなお値段になりかねず、精々露天風呂の併設された離れが関の山というのも理解出来なくはないのだが。

 夜は欧米資本の五つ星ホテルの立ち並ぶジンバランは移動距離から断念し北上、クロホガンの飲食店にてサンセットを鑑賞したが、最後は太陽が隠れて仕舞い、かつ欧米人溢れる店は料理が妙に高かったのが画竜点睛を欠いただろうか。

8月25日(水) 初めの一歩  -海外情報 - バリ島-

 インドネシアには五年前のインド歴訪の岐路、トランジットのシンガポールはチャンギ空港から海路国境を越え、棒降りに挑んだ勇猛な同僚達を尻目にひと足先に帰国したために足を踏み入れなかったのが今となっては悔やまれるが、従って今般のバリが初の訪尼となる。
 所帯を持ってから泰王国大韓民国ベトナムと、更に昨年は初めて子連れでグアムと歴訪してきたが、祐旭が小学生となった今では夏休み期間に限定される上に飛行機も四人分とは清水の舞台から飛び降りる様な高額リゾートである。

e775.jpg しかも出向先で同僚となってからは可能な限りANAにシフトしているが直行便を優先するからにはJALを選択せざるを得ないとは忸怩たるものがあった。
 ただ実際に機上の人となってみれば七時間のフライトも、懸念された子供達もアニメ映画とゲームで暇潰しが出来たようだし、ブラジルで遅延常習犯のバリグ航空利用を余儀なくされたのに比べれば、経営再建中であっても特段の支障はない。
 寧ろ新聞配布の中止は両社機を一にした様だし、相変わらず飲み物はお代わり無制限なのが不思議な位だが、ペットボトルを取り上げられるのならば水分補給の自由は確保せねばなるまい。
 当然、機内食は殆ど手を付けられないので、「うどんdeスカイ」を所望したところ「エコノミーの方には」と断られたのは残念だったが、替わりにおつまみのあられを呉れたのだから良しとしよう。
 残念だったのは期待した「TRICK~霊能力者バトルロイヤル」がこれまでの焼き直しに近く、もう一本見た「アイアンマン2」も如何にもアメコミの実写という評価を超えるものではなかったことだが、何れわが国でもこうしたサービスを割愛しても原価低減に努める格安航空会社が勃興するかも知れないとはいえ、現状では妥当な接偶振りであろう。
 要らぬ機内放送で再三中断されることもなかったし、旅は先ず順当な立ち上がりであると第一報を記しておきたい。

8月24日(火) スワロウテイル  -政治・経済 - 経済の疑問-

 わが国経済が現状、その是非はいざ知らず現実に外需頼みである中で、総理と日銀総裁の電話会談、更には蔵相の緊急会見までもが「口先介入」に留まった余波は決して小さくなかろう。
 元より既に金融緩和の手は尽くしたとの認識が常識的には正しかったとして、この非常事態においては、少なくとも追加国債発行と買いオペの同時実施や、未だ如何なる国々も為し得ていないデフレ化におけるインフレ・ターゲットの導入といった非常手段に、バブル再燃を恐れることなく踏み切る決意の一端を示すことが必要だったのではあるまいか。
 詰まるところ現下の喫緊性にはたとえ対症療法的な手法であっても躊躇する暇はなく、緊急経済対策を講じるならば円高対策とともにインフラ輸出促進や医療・介護といった、NPOが喜びそうな「新しい公共」でなく感覚的な表現を用いれば雇用創出に寄与する従来型公共の延長線上にあり、かつ民業に転換出来る可能性のある「古くて新しい公共」による雇用対策が第一に遡上に上がろう。
 同時に需要対策も有用であるとしても、平時であれば市場から退出を迫られかねない企業を延命させる危惧を厭うことなく、毛細血管にまで至る金の巡りを再構築する措置ではないか。
 勿論、何等かの経済指標(それは消費者物価を含めても良い)が達成されれば財政再建に向けた税制改正が発動されるターゲットを定めた財政目標が定められれば望ましいが、時は緊急を要する。富裕層が円を見捨てかねはじめない今こそ、解り易い対策を期待したい。

 渋谷のHMV閉店との報に接する。記録を紐解けば大学時代にHMVの一号店としてオープンしていた様だが、寧ろセンター街移転後に異様に充実したYMO関連コーナーに、渋谷を訪れる度に足を運んでいた記憶がある。 最早渋谷をぶらつくこともなく遠い存在ではあったが、CD不況を体現するような退場劇には感慨を禁じ得ない。

8月22日(日) 亀は万年  -育児 - パパ育児日記。-

e773.jpg ベネッセの策略に乗せられこどもちゃれんじからそのまま小学生向け通信講座に昇格したおかげで、しまじろうの後任「コラショ」にも毎月お目見えしているが、一年生にも拘わらず早くも初歩の鶴亀算が登場したのには驚いた。
 鶴亀算とは鶴と亀の足の数が各々二本、四本であることを利用して、個体数と足の総数から両者の内訳を導き出させる算数問題であり、当然XとYの二次方程式を用いれば簡易に解答が得られるが、敢えてそれ無くして導き出すところに意義がある。通例では例えば全量が鶴であったらと仮定し、実際の足の数との差異から亀が何匹居れば現実に即すかと思考を巡らせることになる。
 元より小学一年生にそれを求めるのは酷であり、仕立てとしてはAなる集合がa,a,b、Bがa,bで構成されているとして、その際における両者の差異が総和のA-Bのみならず各々の構成要素を相殺した結果のaとしても表し得る、との設問の発展形として初歩の鶴亀算仕様が現出した形になっている。端的に述べれば上記のaが一方の回答Yとなり、そこからXに到達する構成である。
e774.jpg  しかしこれを見た祐旭は、何等合理的な過程を経ることなく「○○じゃないかなぁ」と言いながら、一瞬の内にXとYを当てて仕舞った。それは単なる霊感、山感、第六感に過ぎないと言われればそれ迄だし、よしんばそれ以前に蓄積された練習問題から類推し、フル回転して脳が持ち主が自覚する前に全ての過程を通過して得られたと好評価しても、ではその自ら通過してきた過程を説明せよと問われれば、甚だ難しかろう。
 基礎的な課題においても計算式という誰の目にも解り易い形で過程を顕わにする効用は、たとえその問題に一瞬で答えを与えられなくとも誰しも正解に到達出来るべく道筋を切り開くこと、これ即ち標準化の含意である。従って過程の意義とは取り分け他者への伝播とともに説得性を増加させるという点で非常に重要であることは、今更論を待たない。
 ただ同時に複雑な過程をひとつひとつ丹念に辿ることなく解答が得られた者にとってその過程とは自明の理以外の何物でもなく、それを語ることも、増してや語られることも苦痛極まりない。
 大多数の存在する巨大組織における標準化の必要性を十二分に是認してなお、感性で解を得られる者同士の阿吽の呼吸に魅了される想いを禁じ得ない。

8月21日(土) 退化  -音楽 - 音楽-

 安静にし過ぎてもいけないし、安易に出掛ける訳にもいかない宙ぶらりんの腰痛発症者は全ての予定をキャンセルして時間潰しに努めなければならない。
 それでも東京ラブストーリーの主人公には程遠くとも快方に向かってきたため読書と音楽鑑賞とビデオ編集とを、何れも長時間姿勢を固定しないよう持ち回りで繰り返す日々となり、半年振りに子供達のビデオが出来上がったが、素材が多過ぎ60分もので二ヶ月分も進まないのでは先が長い限りである。
e771.jpg 溜まっていたダビング済CDもひと亘り消化したが、久々にわざわざ購入した復刻もの、清水信行氏のセカンド・アルバムに付いて一言触れておきたい。

 氏の名前を認識したのは、ウッチャンナンチャンのバラエティー番組のエンディング曲として、丁度前任にあたる「オレたちひょうきん族」における「ダウンタウン」や「土曜日は大キライ」の位置付けにて用いられた平松愛里氏の楽曲に耳を奪われたのがきっかけだったろう。
 実際、大多数の歌謡曲がギター中心にアレンジされるる中で、キーボードを主体に分数コードを多様する氏の難解な編曲は異彩を放っていたものである。恐らくこれに匹敵するのは、初期の今井美樹氏における上田知華氏の作品位であったろう。
 遡れば「う・ふ・ふ・ふ」や「ニュアンスしましょ」といった所謂テクノ歌謡も氏が手掛けたものであったし、これは最近知ったが故・加藤和彦氏の名盤「ベル・エキセントリック」において、YMOがバッキングを務めなかった楽曲は氏が須く演奏しているとの事実に到っては、アルバム構成上の違和感の無さに改めて驚愕した。
 だからこそ初CD化のアルバムに手を出してみたのだが、結論から言えばテクノよりはピコピコせず、フュージョンよりはメロディのはっきりした耳心地のよい楽曲郡には違いない。ただ煩雑に聴くかと言われれば非常に疑わしいのは何故だろうか。
 先刻「ベル・エキセントリック」を名盤と評した謂れは、勿論優れた作品であることは事実だとしても、若かりし時分は経済的にもひとつのアルバムを繰り返し聴き回さざるを得なかったから耳馴染み、長じて愛聴盤と化したからではなかったか。であるならば今般触れた「ANYTHING GOES」に名盤の誉を与えられないのは疎か、大袈裟に言えば鳩尾をワクワクさせる様な音楽には未来永劫出会えない換算になる。それを以て「感受性が衰えた」と言うのならば、寂しい話しだけれど。

8月19日(木) 説明責任  -ヘルス・ダイエット - 肩こり・腰痛など・・-

 前日重い荷物を抱えて炎天下歩き過ぎたのが祟ったのか、昨日はどうも朝から腰の調子が微妙であった。それでも上官とともに社内部署巡りを続けていたが、最後の訪問先を前にピリッと痛みが走ると、哀れ腰の曲がった高齢者体型を取らないと歩行もままならないではないか。
 今日は無理を圧して出社してみたが如何とも耐え切れず午後に引き上げ、そのまま近所の整形外科に駆け込んだ。
 昨年も二度程お世話になっているし、電気を浴びれば快方に向かうだろうとタカを括っていたが、休み明けで散々待たされた挙げ句、痛み止めのみとの御沙汰では仰天せざるを得ない。
 出来れば電気をと食い下がってみたが、前傾可能で背中側に痛みが集中しているから返って電気は支障がある、治療内容は医者が決めることと素っ気ない。ただよくよく話しを聞くと、単に安静にして寝ているだけでは筋肉が劣化するから宜しくない。だから敢えて痛み止めで症状を和らげて日常に近い生活を送れる様にしているとの解説であった。ならば最初からそう言って呉れればの感もあるが、結局今日は休んでお説に従い、座ったり立ったり横になってみたりの怠惰な生活に終始した。
 メタボ予備軍として万歩計も貸与されているが、歩き過ぎも腰に悪いし、動かず太ってもそうだし、アンビバレントである。私はどうすればよいのでしょう。
次のページ

FC2Ad