コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

7月31日(土) 虹と雷雨  -育児 - パパ育児日記。-

e733.jpg 昭和記念公園に赴くのは昭和の日以来今年二度目になるが、前回目途が昭和天皇記念館であったのに対し、夏本番の今般は当然プールである。
 都内広しの中、数ある大型プールの中でも昭和記念公園レインボー・プールの最大の特徴は、国営故の料金の安さである。だからこそ常に来場者多数で駐車場も早々に満載となるので、わざわざ電車で赴いたが、乗り換えを間違え嘗て痔の手術で二週間滞在した立川病院の最寄り駅、西国立に降り立ったのがケチの付け始めである。
e736.jpg 慌て折り返し西立川から無事入場したが、到着後の第一感は民間とは異なるとの表現が適切かは兎も角、近年改装を施したにも拘わらず、何となく寂れた風情ではないか。そもそもパブリックなので一時間毎にプールから追い出されるのも面倒だし、全9種類を誇り、滝や渓流、冒険プール(写真)等趣向を凝らした造詣は立派なものであっても、須く全プール制覇を目指して旺盛な好奇心を発揮すれば移動に次ぐ移動となり、家族に不評である。
 結局のところ波か流れるか、他の如何なる大型プールと同巧のものに落ち着かざるを得ず、折角運転から解放されながら数余りある飲食店にはアルコールも無い。挙句、スライダーに並んだら辺りは俄かに掻き曇り、上空に雷雲到来のため中止の御宣託とはやりきれなかろう。
 慌てロッカーに引き上げ、雨足が一寸収まったところでタオルを被って這々の体で退散した。帰路は青梅特快で中野まで一足飛びだったが、どうやら多摩地区外は殆ど降られなかった様で、だから木馬の会でロハのとしまえんにしておけばと妻に窘められるとぐうの音も出なかった。
 夜は夜で寝かし付けに出座しながら、鼾が五月蝿く眠れないと祐旭に陳情される始末、お父さん空回りの一日であった。

7月30日(金) We're Loving It  -育児 - パパ育児日記。-

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(左)練馬、(右)喜多見。構造は一緒
 大学時代に夕食としてマックフライポテトのLを四箱平らげた実績のある父に似たのか、わが子は何れもマクドナルド・フリークである。
 勿論そこにはハッピーセットのオマケというマック・サイドの巧みな戦略も介在してはいるものの、揚げ物好きの嗜好性にマッチしているのもまた否めない。
 加えて昨今、更に祐旭・公資を魅了しているのが、遊具のあるマックの存在である。 半ば郊外型でドライブ・スルーのある店舗に、敷地の都合もあろうが恐らくは何れも同規格の、嘗てであればデパートの屋上に存在したであろう、キューブ組み上げ型でトンネルや滑り台の付設されたコンポーネントが併設され、寧ろ食事目当てよりこのために訪れる家族も少なくない。
e730.jpg e730.jpg  ただ過日、新規開拓をとネット上で「遊具/マクドナルド」だけで検索し、わざわざ高島平まで赴いてみたらいきなり駅前で、ビルの一角に小ぢんまりとキューブが佇むだけ。定番の「ベンチに腰掛けるドナルド・マクドナルド」すら不在であった。郊外に近く賃貸スペースに余裕があり、かつ子育て世帯の多数存在する地域には屋内型も需要があるということなのだろうが、些か毎度ながら妙な探求心を発揮し過ぎだったか。
 それでも子供達は見ず知らずの同世代の御仁と戯れ、立派に遊具を満喫していたのだから所期の目的は充分果たしていた。マック偉大なり。次はDSを持って訪れるか。

7月29日(木) また会う日まで  -政治・経済 - 経済の疑問-

e735.jpg 過去二回の衆院選程に、さながら民族大移動が如き総入れ替えではなくとも、選挙の後は来る者去る者悲喜こもごもである。それは候補者は元より秘書諸兄も運命を伴にしなければならないのだから厳しい世界に他ならない。
 そもそも欧米における議員秘書とはシンクタンクや民間企業にステップアップする登竜門的な位置付けが強いのに対し、長期雇用慣行の強いわが国においては、国政ナイシハ地方議員への転身の道こそあれ、その多くは職業秘書として永田町においてその職責を全うする。にも拘わらず身分保証には全く欠けるからハイリスク極まりないポジションである。
 だからこそ安住の身に惰眠を貪るサラリーマンでありながら、永田町周辺居住者としてその匂いの僅かばかりに触れた者としては、先ず為すべきは落選者、厳密に言えば落選候補の支援者の慰労である。
 知己を得た方が一時、若しくは半ば恒久的に永田町を去るのは下世話に言えば人的パイプを失うという意味でも非常に痛手ではあるが、同時に人として非常に物悲しい。何時の日にかまたこの地で巡り合わんことを。

 経済の話題をふたつ。
 ヤフー・ジャパンがグーグルの検索エンジンを採用し、これで本当にグーグルにヒットしない事案はわが国ネット上に存在しないと同義になる。孫氏曰く「独禁法上の問題なし」とは到底思い難いが、こうした例こそ数少ない経済的な事前規制を維持し続けるべき事案なのではないか。
 一方で独禁法上の制約は無さそうだがパナソニックによる三洋、パナソニック電工の完全子会社化には驚いた。長年の課題だった前者は兎に角、既に住宅関連事業に特化させて住み分けを終えた電工を、何故今更両者併せ一億近い拠出をして丸抱えしなければならないのか。
 余程独立色が強い、換言すれば言うことを聞かないのだろうか。

7月28日(水) 佐武と市

e734.jpg ロジスティクスという英単語は最近ではすっかり「物流」と短絡化された訳語が充てられているし、専らビジネス用語として「ロジ」などと略されると足周りとされればまだしも、イベント設営と同意に取り扱われる始末である。しかしながら本来は兵器、兵員、糧食迄も含めた補給、輸送を意味する軍事用語であり、邦訳は「兵站」が正しい。
「輜重兵が兵ならば、蝶々蜻蛉も鳥のうち」と揶揄するのは旧軍以来のわが国の伝統と言えばそれ迄だが、その兵站、更には人事、経理をも含めた広い概念たる「後方支援」を軽視し、物資を現地調達に頼ったわが国の進軍が時を重ねるに連れ如何に悲惨な運命を辿ったかは歴史がその顛末を示している。
 にも拘わらず「サブ」(サブスタンス)の反語としての「ロジ」という対比でこの語を用いる場合、そこには恰も実質的な中身にタッチせずお膳立てだけの関与であるが如く、ワンランク下の職責として軽んじるニュアンスが込められているのは否めない。
 確かに戦の帰趨が概ね前線のドンパチの巧拙に依るのは論を待たない。ただ実力舞台がそのパワーを存分に発揮するためには、実践的な舞台回しの存在もまた欠くことは出来ない要諦である筈だろう。その中で今日、非常に迂遠な解釈かも知れないが、兵站部隊たる私の前職責が間接的に一定の評価を授かる出来事があった。
 それは勝手な思い入れに過ぎないことを多分に斟酌すれば、「参謀本部になれなかった輜重兵」の過去九年間の集大成のひとつと言っても過言ではないし、極論すれば昼行灯の如くだったこの半年間の存在証明とも言えなくない。
 勿論、それを企業組織において兵站の意義が認められたと短絡的に結び付けるのは曲解であって、兵站から攻撃部隊への脱皮を前提とした栄誉だったのかも知れない。
 だとしても、踏み台として乗り越えられるのもまた、兵站の矜持である、と日記には書いておきたい。

7月26日(月) 江夏と江川  -スポーツ - プロ野球-

e726.jpg 我々の世代にとって長島茂雄と言えば「90番のチョーさん」でしかないのと同様に、全盛期の江夏豊の姿もまたフィルムの中の光景に過ぎない。勿論、まだ現代の如く中継、抑えといったリリーフの職務分担が確立されず、二イニング三イニングも当たり前の様に連投していた史上最高の救援投手、江夏豊には間に合っているからその偉大さは十二分に認識しているが、若き日に出会った大投手という意味では、矢張り江川卓こそがその名に相応しい。
 実際20勝した翌82年の江川は前半戦だけで無四球試合10を数えるなど30勝も狙えるかとの勢いで、引退時に明かされた様に、オールスター休暇時のCM撮影で肩を痛めて以降は平凡な好投手に堕していくが、それでもこの年の31試合登板全てが責任投手で19勝12敗、勝利は全て完投というのは80年代プロ野球において既に常軌を逸する成績であったろう。
 だからこそ引退会見の映像には不覚にも止めどなく涙を流して仕舞ったし、江川以降、あれ程の思い入れを抱いたスポーツ選手はいない。
 その両者がオールスター前に対談を行うとなれば野球評論家として見逃してはなるまい。しかも当然話題は両者がオールスターにて打ち立てた三振記録が主になるが、幸運にも私は後者、江川の八連続をナゴヤ球場にてこの目で見ている(写真)とあれば録画鑑賞にも熱が入って然るべきだろう。
 しかして両者とも引退後は片や覚醒剤使用による逮捕、片や期待された監督就任もなく小器用な解説者止まりと、前半生の華やかさに比すれば一抹の寂寥こそ禁じ得ないが、少なくとも感じられたのは二人の会話の旨さ、即ち頭の回転の速さであった。
 ただ江夏が無理に笑いを取ろうと構えることなく自然体で、結果として座を湧かせているのに対し、九人目の打者、近鉄・大石にツーナッシングからカーブを投げてセカンドゴロに終わった経緯を振り返り、「振り逃げで10連続を狙った」と滔々と述べてみせた江川は、確かにそれは嘘ではないとしても、「針を打てば投げられない」と捲し立てて鍼灸協会から猛反発を喰らった引退会見同様に、余りに説明過剰であった。
 恐らくそれは江川のサービス精神であり、かつ九連続を為し遂げられなかった照れ隠しなのだろうが、こうした後付けに近い論理を悪びれず開陳する姿勢こそかの江川事件の際の落ち着き払った対応に始まり、何事もストレートな球界という世界に受け入れられ難い所以であると同時に、私がまた喩え様もなく愛着を抱いた理由のひとつであるのだろうと、妙に納得させられた。

7月25日(日) 甦れウルトラマン  -テレビ・ラジオ - 特撮ヒーロー-

e720.jpg 長年の懸案となっていたぐりんぱを三年弱振りに訪れる。夏休みの日曜とあって気合いを入れて一家揃って5時起床で旅立ったおかげで、懐かしき富士演習場の中を貫く、恐らく行軍中に横切ったであろう道路を滑走し、富士の裾野の遊園地に開園9時の一時間も前に到着した。
e721.jpg  前回は丁度祐旭が今の公資の年頃で、当然公資は多くのアトラクションを指を加えて見ているだけだったから再訪に期すところがあったかも知れないが、マックスでも小学校低学年向けの小遊園でウルトラ装束の電車や臆病な父でもスリルに欠けるコースターが数少ない売りに過ぎない。しかもゴルフ明けと睡眠不足の著しい疲労感かつ高原にも拘わらず灼熱続きで親の方は些かグロッキー気味である。

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こんなに大きくなりました(07/10⇒10/08)
 それでも新設備「考えるアスレチック」ピカソのタマゴが存外に楽しく、ウルトラマンとは何等関係が無いのが今後の「ウルトラマン・パーク」継続に一抹の不安こそ抱かせたとはいえ、遠路遥々赴いた甲斐があったというものだろう。前回年齢的にパスせざるを得なかったゴーカートのウルトラマン・グランプリも賞味し、園本体ではゴルフカートで富士山を眺めたりしながら丘を巡るフジヤマの風、日本ランド時代はメインであったろう半分に縮小された池でのボート、おもしろ自転車と数をこなしても未だ15時前で余裕を以て帰路に付いた。
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在りし日の円谷プロ(06/9)
 しかし東富士五湖道路の無料化実験を実見しようと欲を出したのが災いし、ETCで0円表示になるのは発見だったが、そもそも夏休みの日曜はこれが常態なのか、少しは無料化の恩恵があったのかは定かではないものの、自専道に入る前が既に渋滞で、しかも中央道に繋がる大月から20キロ渋滞とは大失策であった。怒り上野原で降りると甲州街道も混みはじめ、相模湖で再度乗ると既に渋滞が解消されつつあるとはチグハグ極まりない。好奇心も時と場合を選びましょう。

 わざわざウルトラマン・パークを再訪したのは昨今ウルトラ離れが進んでいる息子達へ警鐘を鳴らすという明確な意図があった訳ではない。ただ先週の世田谷巡りでも帰路、円谷プロ跡地がすっかりマンションに建て替わっている光景とともに、その足で八幡山の新社屋を訪ねると嘗ては広い敷地の入口でお迎えしていたマンが閉じられたドアの中にうっすら伺えるのみで、一抹の寂寥を覚えざるを得なかったが、祐旭の車内に奏でるCDの選択にウルトラ回帰傾向が見られつつあるのは、二度に亘るウルトラ・シフトの成果と言えようか。

7月24日(土) 逃した魚  -スポーツ - ゴルフ-

e719.jpg 前部署の年二回の定例コンペには腰を痛めたり出張と重なったりで飛び石ではあるが可能な限り高出席率を維持してきたおかげか、OBとなった今もお声掛かりがあるのは有り難いことである。
 しかも特段気合いを入れてこの日のために調整に臨んでいる訳ではないにも拘わらず、110超が定番だった時代に高ハンデに肖り二位に輝いたり、昨年は河川敷参考とはいえ92の三位と、存外と成績には恵まれてきたが、今回は前役員氏ご提供のプレミアム・ドライバーという賞品の存在に心中期するところがあったのである。
 しかも出足からドライバーがやけに好調で、持ち味の毛利松平、丹羽兵輔、森山欽司宜しくお辞儀ショットでなく、中途から球が伸びる好回転なので距離もそこそこ出る。四番では長物の好調がウッドにも波及し、6組24人でのニアピン・パーとは出色だろう。アプローチにミスが多くトリプルもあったが結果48とは、ハンデ18と幾分きつめながら後半もこのペースならば優勝争いにも絡めるかしらと、早くも取らぬ狸である。
 恐らくそれで力が入って仕舞ったのであろう、後半はドライバーが少しずつ崩れ出し、12番のダブルパーで緊張の糸が切れそうになる。更にラスト2ホールをボギー、ダボで乗り切ればと炎天下で体力を消耗し足がつりかけている中、気力を振り絞り臨んだ17番ショートがダボで意気消沈し、オーラスのティーショットは遂にチョロ。しかしここから3Wのナイス・ショットを二本続けてボギーを拾い、ギリギリで今年初の二桁とは、執着至極であった。
 結果的に順位は平凡で、夢想した95で上がった同ハンデの御仁が三位に食い込み、優勝が提供者御自身、二位が女性で見事ドライバーを射止めていた姿には悔しさを禁じ得なかったが、有森裕子氏の如く「I was gay」ではなく、自らを誉めてやりたい。

 先の全英オープンは時間帯と最終日翌日が海の日という毎度の好条件で連日TV観戦したが、還暦前のトム・ワトソンが死闘を繰り広げた昨年と打って変わって無名の南弗人が独走する味気ない展開だった。
 僅かに自身も原音に近いのはフーセンらしいグーセンがウーストハウゼンなのかウェストハイゼンなのか、インタビュアーに指導していたのが数少ない見処だったか。

7月22日(木) よみがえり  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

e718.jpg 参院選敗北から十日を経て漸く再始動したとも言うべき菅内閣の第一手、政調の復活は何を齋したのだろうか。
 恐らくは政権交替に伴い政治主導、政府・与党一元化の象徴として導入された政務三役による各省政策会議は維持し、党側議員を常時参加させる拡張方式か、政調各部会を独立させても政策会議にぶら下げる形だろうと見込んでいたところ、逆に党部会に一元化するとは意外であった。元の木阿弥と言っては失礼だが、自民党時代の、昨日まで平場で怒鳴っていた議員が政務官になった途端に役所と一緒に頭を下げているという極端な党主導に回帰はしまいと言っても、折角の政策決定プロセス改革が頓挫した感は否めない。
 確かに英国型に徹すれば閣内に入らない議員に政策にタッチする機会が著しく限られ、一年生議員の多い民主党の構造と合致しないというのも現実的な判断だが、そこはミニ部会として発足された議員研究会を部会の有していた登竜門、議員教育の場としての機能に充てれば良かったのであり、突き詰めればポストの問題と言うならば、寧ろ閣外相含め政府ポストを増やすという、それこそ英国の知恵に倣うべきだったろう。
 政調会長の入閣という一元化の残滓は残されているし、恐らくは副大臣をパイプ役にするなりして、党の事前審査を経なければ法案提出も覚束無いといった強い権限は持たさず、飽くまで政策の最終決定は政府就く大臣にあるという大義名分は変えないだろう。しかしながら鳴り物入りだった国家戦略室も局昇格の法案成立に見通しが立たないためもあろうが、長年の課題である予選編成権を通じた官邸機能の強化がまた小休止した形になりつつある。 行政と立法府は完全に独立した存在であるという大統領制下における純然たる三権分立の美名を長年に亘り刷り込んできた戦後教育が、政府・与党の二元化を無意識下に是認させているのだとしたら、その弊害は小さくなかったということだろう。

 元蜂谷真由美氏が来日。罪そのものは既に償っているのだから今更それをあげつらうことはしたくないが、国賓ともおぼしき厚遇の末に特段の新情報も齋さなかったのだとすれば、この来日騒動こそ新たな罪になりかねない。

7月21日(水) 世田谷巡り  -育児 - パパ育児日記。-

e3.jpg 一昨日は山河の湯を謳歌し、昼食を終えて車に乗り込み祐旭がドアを勢いよく閉めた瞬間、公資の号泣が響く。
 スワ何事かと駆け付ければ、目に映るのは左手を抱えて佇む公資の姿。ドアと自動車本体に挟まれたのは明白で、その証拠に人差し指から小指までの付け根に紫色のラインが色濃く浮き出ている。確かに祐旭の不注意には違いないが、小学一年の児童に弟のシートベルト締めからドアの開閉までも委ねた父の責任は否めない。
 青くなり近隣の救急病院を探し急行するとおっとり刀で診察に及んで呉れるかと思いきや、看護士氏が登場して「指が動くなら大丈夫ですね」との御宣託である。それでも診察をと促しても一向に順番は回ってきそうにないし、一旦自費診療になるのはやむを得ないとしても、後日保険証を当該院まで持参せよとは救急病院としては不親切に感ずる。
 改めて公資の手を眺めてみると紫の刻印は嘘の様に消えていて子供の回復力の早さに目を見張るとともに、本人申告も「親指は大丈夫。中指がまだ少し痛い」と冷静で、結局診察は御遠慮して足早に立ち去った。ここ慈恵第三病院が二人の誕生した慈恵医大病院の分院であったのは何かのご縁だったかも知れないが。

e725.jpg 一大事件が収まり帰路に付くかと思いきや、当初予定通り更に公園を目指したのは豪気なのか無謀と言うべきか。
 嘗て住宅展示場の帰路訪れた、ゴルフ場跡地の砧公園西端に位置する大蔵公園はまたの名を世田谷区総合運動場と称し、隣接する厚生年金センターと併せ、室内運動場からプール、テニスコート、ゴルフ練習場に野球場と、世田谷区の住民税収入の高さを彷彿とさせる一大スポーツ空間が聳えている。
 にも拘わらずお目当てのアスレチックは駐車場から一番奥で、確かに都心の一角としては立派な佇まいには違いないが、わざわざこれだけに狙いを付けたのは如何とも間抜けであった。
 性懲りもなくもうひとイベント世田谷区巡りを続け、帰路は荒玉水道道路を抜け、甲州街道手前で迂回させられたものの30分強で帰着。充実の一日を過ごした三連休最終日となったことを、改めて記しておきたい。

7月20日(火) 新しい皮袋  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

e717.jpg 選挙も終わり引越の概ね完了した新衆院議員会館が竣工した。
 昭和40年完成の旧会館の劣悪な職務環境、取り分け最低三名以上の秘書諸兄の机が処狭しと並び、来客の待機スペースすらなく、議員室で秘書氏と懇談していたら本人が帰還され慌て部屋を明け渡す事態も日常茶飯事。果ては廊下に並ぶ箱積みの中元・歳暮の山がステータス・シンボルになっていた絵柄は、国政を預かる議員の執務空間として相応しくないばかりか、職務に停滞を来すのではとの疑問はかねてより指摘されていた。
 だからこそ一定の当選回数を重ねた議員はわざわざ永田町近辺の高額な賃貸料を費やしてなお所謂「外事務所」を構えていたのは、勿論大物振りを誇示する見栄えや、人目に付かず密談をこなしたいという要素こそあれ、それが無ければ仕事が回らない現実的要請も少なくなかったろう。
 して新会館に一歩足を踏み入れれば、取り分け一階の伽藍としたスペースに驚かされる。定数削減議論もある中でかく豪奢な建築が必要かとの批判は容易に想像されるし、いきなりセキュリティ・ゲートが待ち構えて溜まり場で時間潰しも出来ず、かつ慣れないのか逐一入館者情報をシステムに登録するためか異様に待機時間の長い構造は経団連会館同様に敷居の高さを感じさせるものの、占有面積の2.5倍増した各部屋は長く伸びた秘書溜まりに加え応接スペースも用意され、漸く議員会館の名に相応しい姿に邂逅した思いであった。
 見処は第一会館の最上12階国会側に椅子も用意された眺望用としか喩え様の無い一角で、何よりも議事堂を見下ろすという嘗てない絵柄に圧倒された。偶には此処に腰を据え、国政の行く末に想いを馳せたい。
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