コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

5月31日(月) 近きにありて  -ヘルス・ダイエット - 健康-

e652.jpg 今の眼鏡を新調したのは約二年前になるが、昨今頓に煩雑に掛け外しを繰り返す様になったためか、蝶番が磨り減りガタ付きが激しくなって来た。原因はどうやら老眼が進んだ為で、眼鏡を取らなければ到底書籍にもPCにも向かえないのである。従ってわが家では至るところで置き去りにして、頻発に所在不明の事態が発生するのでは眼鏡も不憫であろう。
 そこで更新に当たっては先ず黒縁の丈夫な構造の選択が第一要件となったが、そもそも周囲を見渡しても私ほど煩雑に掛け外しを繰り返している御仁は見当たらないし、勿論そこには痛みに弱く、長時間の連続眼鏡使用に耳の負担が耐えかねるとの要因も存在するものの、「眼鏡は顔の一部」のキャッチ・コピー宜しく少しでも掛けっ放しに適するべく、考えあぐねた末に遠近両用の導入に踏み切ることとした。
 少々幅広を選択すれば同額で御用意可能との店員氏の薦めも寄与しているものの、嘗て眼鏡下部にセロハンでも貼り付けた様な四角い窓が印象的で、加齢の代名詞でさえあった遠近両用が、昨今はレンズ下部をそれに充て、シームレスな表面加工のために見掛上は普通の眼鏡と何等変わりなくなったのも大きかろう。
 ただ折角の新兵器もいざで近場が凝視出来るかと思いきや、蓋を開けてみると視線を下に落としてしかめっ面擬きにならざるを得ないし、逆に通常用途としては遠近レンズの結接点周辺がエアポケットになるので微妙に左右が歪んでいる。結論として自ら被験者としてその身を委ねた経験則としては貴重だったかも知れないが、今後も掛け外しは続きそうである。

5月30日(日) 哲学・神学  -音楽 - 音楽-

e3.jpg 4月に始まった坂本教授の音楽教養番組「スコラ」がバッハ編四回、ジャズ編四回を経て遂に、ドラム&ベース編に突入、言う迄もなくYMO勢揃いが売りである。
 これまでの12音階音楽の発展の歴史では、NHKらしく学生・生徒との「ワークショップ」も交え、予期せぬ編曲の意外性等、多分に個人作業でなくバンド或いはグループに依り構築される音楽の愉しさをはじめ、座学と肉体を融合させて素人にも判り易い造りになっていたが、正直に言えば先にYMOありきの企画だったのも疑い無いところだろう。
 しかも教授のレーベル・commonsからCD付属の教則本が出版されており、番組も書籍通りにピーター・バラカン氏と教授の対談と予定調和的に進んでいく。更にはこれ迄の浅田彰氏氏、山下洋輔氏といった講師陣が出ずっ張りだったのに対し、次回がユキヒロ氏、再来週に細野さんと思わせ振りな登場で、従って前振りのみだった一回目ながら、ラストにはしっかりYMOによる「千のナイフ」が披露されるとは、如何ともファン心理を擽る番組作りではないか。
 来週が楽しみです。

 ところで教授や矢野顕子氏の嘗て在籍したMIDIレーベルが唐突にファンクラブを立ち上げ、YMO関連のお宝グッズを抽選景品や、今や廃盤となった同じくDVDの在庫一掃頒布を餌に、立派なお値段の会員募集が始まった。
 勿論、活発な再々生YMOの動きとは何等関係なく、過去の栄光を切り売りして現在の経済的苦境に充当する思惑は「アルファ商法」と揶揄されたALFAレコードと同巧異曲である。
 それでも申し込んで仕舞うのも哀しいファン心理で、こちらも些かの後ろめたさを感じながらも少々楽しみです。

5月29日(土) 長モノに懲りて  -スポーツ - ゴルフ-

e650.jpg 途上いきなりの雨、更にはラウンド面子にスタート時間を間違えて伝えていたことが発覚し焦ったが、俄か雨のお陰でそそくさとゴルフ場を後にしたメンバーらしき人々もおり、おかげで約20分遅らせて無事スタート、その時分には雨も上がるとは怪我の功名である。
 その御利益か、いきなりパーで期待を持たせた前半は、先週の練習で最左翼に陣取ったのが運の尽きだったか、ここ最近の手首捏ね打法にスライス病が現れ、普通のフルスイングに戻したドライバーが当たっている替わりに、近付いてからが丸っ切り駄目で行ったり来たりとは相変わらずゴルフは難しい。
 それでもアップダウン激しくも距離の短い鶴ヶ島ゴルフ倶楽部の構造に助けられ前半51とは一応の及第点だったが、後半に入ると5ホール目までトリ・ペースとはこれ如何に。飲み過ぎに依る緊張感の欠如も影響しておろうから自らを責めるより他はない。ドライバー復活とともに同じくゼクシオのレディース3Wを初めて多用出来たのは収穫だったが、アイアンは右にすっぽ抜け、アプローチはトップと悲惨で、大きな課題を残したとしか表現し様がない。
 しっかり腰を回す、球をよく見るという基本に帰るべきならば、暖かくなってきたことだし、先ず御座なりになっているルーフバルコニー・スイングの再起動からか。メンバーが多いためかトリッキーなコースにも拘わらず、とくに前半は約二時間で回り、早々に帰着出来たのは有り難かったが、スムーズな進行のためか名物であった筈のアイランド・グリーンが練習場に転用されていたのは営業政策上望ましくないのではと疑問わ抱いたことを付記しておこう。

5月27日(木) 新しい革袋  -政治・経済 - 経済-

e649.jpg 戦後財界が最も財界らしくあった代名詞として石坂退三氏第二代会長時分の経団連が指摘されるのは定番だが、独立回復から経済大国を目指す高揚期において、市場開放と民族資本の維持といった経済界の大命題に付き調整し政府に物申した往時に比して、個別業界の利害の錯綜する昨今、財界の地盤沈下が囁かれるのはやむを得ない要素もあろう。
 ただ「政治寄付」という有効な政策誘導手段を失った米倉経団連の、政策提言能力の強化というアジェンダ設定には「この道は何時か来た道」感もまた否めない。それが正しいかは別としてカネも票も政策もという米シンクタンク・システムへの脱皮が政権交替で灰燼に帰したが故の日本型シンクタンクへの転向路線に如何なる成算があるのだろうか。
 右と左、或いは総資本対総労働の構図を体した対立様式は、既に昨今生じている業界単位でのドミノ理論の如き支持政党の転向の図式に典型的である様に、完全に崩れつつある。その中でたとえ今後、政治が保守とリベラルに大まかに再統合される日が訪れたとしても、資本サイドの支持は米国ばりに業界、個社や単一法人、更には個人単位の判断に分かれていく光景もまた容易に想像される。
 勿論そこにアプリオリにリベラル・サイドを支持する既存労組がある限り経団連の存在意義は逆説的に続くのかも知れないが、再三申し上げる通り、労働組合に代表されない都市部サラリーマン層の声を政治に結び付ける、そのチャネルに変貌することは最早経団連には不可能なのだろうか。或いは寧ろ時流に乗って、NPOの類の緩やかな連合体を目指すほか、ホワイトカラーの糾合は叶わないのだろうか。

5月26日(水) 僕と君  -政治・経済 - 経済-

 朝刊の辞任報道を否定して試合に臨んだ高田監督だったが、9連敗を喫して万事休す、退陣に至った。別所、三原、荒川、広岡、武上更には代理の中西と途中休養の見本市の如くだったヤクルトも昨今は任期を全うする政権が続いただけに、直前にアドバイザーに復帰した伊勢大明神ではなくとも「誰がこんなチームに」と嘆きたくもなろう。
 ただGMとしては日ハムを二年連続優勝に導いた高田氏も監督時代は凡庸な成績だったから、幾ら嘗ての神宮の華とはいえ還暦を過ぎての現場復帰には無理があったのかも知れない。
 お疲れ様でした。

e648.jpg コスタリカが日本式の地上派デジタル放送を採用との報には感慨深くなった。と言うのも四年前、ブラジルを訪れた際に、当時の旬であるエタノール担当であった私とともに、ワンセグの売り込みという大役を担った幹事が団長議員とともに盛んにブラジル閣僚・高官にデモ映像を見せ付けていた光景が甦るのである。
 勿論それだけが引き金ではなかろうが、結果として中南米諸国が雪崩を打ってわが国地デジを採用したのだから、昨今話題の「インフラによる外貨獲得」の先駆けとも言うべき事例だろう。
 コスタリカが日本式を採用する傍ら、わが国選挙ではコスタリカ方式を廃棄しつつあります、というのは悪い冗談。

5月25日(火) アルコール・ハイ  -グルメ - お酒-

e647.jpg このところ家で昼間から飲み過ぎと妻に怒られたばかりだが、確かに酒量が増えている。本日も先方席で初めておめもじした方から飲み助であると指摘されて仕舞ったが、目の前で注がれると蟒蛇の如く平らげて仕舞うのだから、反論の余地もない。
 わが身を振り返れば、大学時代にも潰れるまで酔うことは滅多になかったし、社会人になる時分には寧ろ平均より飲めない口だったにも拘わらず、かく変貌したのは長年の宴席生活の為せる業だろうが、取り分け出向生活三年間のとくに前半で、タクシーから降りずに暴れて送って貰ったり、六本木で初電が動きそうになるまで飲んだ呉れたりしていたのが、今に至る要因ではなかろうか。
 しかも永田町に通い始めてからは、宴席中に人知れずトイレで吐いて復活する術を覚えてからは、そうすれば宿酔いの負担からも回避されるので拍車が掛かったが、頓に昨今は嘔吐なしでも対応出来る様になってきた。この年でアセトアルデヒトが増大する筈もなかろうが、いい気になっている場合ではなく、そろそろ自らの年齢を弁えなければなるまい。

5月23日(日) 雨に唄えば  -育児 - パパ育児日記。-

e646.jpg まだ公資が全く文字も読めない時分に初めて一家でカラオケに及んだ際にはいきなりの大音響に恐れをなして早々に退散せざるを得ない事態に追い込まれたが、あれから二年余を経ての再戦である。
 生粋の特撮フリークだった往時に比べ、ウルトラ、戦隊、仮面ライダーのみならず、ドラえもんやポケモン、怪傑ゾロリとレパートリーも増えた祐旭は快調にマイクを握り続ける。何よりルビの振られていない簡単な漢字も含め、文字を追うのに馴れて歌詞を見ながらスムーズに唄える様になったのが大きかろう。
 ならば前回の祐旭よりも小さい公資はと問えば、流石に歌詞こそ覚束無いものの、兄のアグレッシブな姿勢が伝わったか、サビや冒頭といった自らの記憶にある範囲で立派に対応しているではないか。
 思いの外の適応力には却って驚き、万一盛り下がったためにと持参したmicroKorgを開封することもない一家団欒であった。惜しむらくはカラオケの鉄人は5機種が使えるとの触れ込みながら、毎度マイナー社に当たったか、子供向きの楽曲はおしなべてそうなのか判らないが、演奏も画面も余りにチャチだったことか。
 思えば父が初めてカラオケ屋なるものに足を踏み入れたのは高校生になってからだから、この年から馴染んでいれば総じてわが国の一般人歌唱力が向上するのも宜なるかなだろう。

5月22日(土) ピアニストに憧れて  -音楽 - ピアノ-

e645.jpg なかなか新規導入に踏み切れない父の代役という訳ではないが、祐旭のキーボードを新調することとなった。幼児期のヤマハ音楽教室時代に半年間ピアノのレッスンも受けながら、以降エレクトーンに地歩を移したために、未だに重い鍵盤に長時間向かうと爪先に痛みを生ずるのみならず、ピアノらしい左右両手の独立した演奏方法を体得出来なかった父を反面教師にこの春からピアノに転向した祐旭には早期に指力を鍛えて欲しいという親心と言えば美しいが、要は何か新機軸が欲しかったのである。
 それならば鍵盤だけの置きピアノでも、台座も固定された本物風でも金額に著しい差違はないから後者をと検討に入り、ハテ悩ましいのが設置場所である。
 現行は建築制限ギリギリまで居住スペースを広げたために生じた居間のデッド・スペースに低層の棚―当初はここに腰掛けてのノートPC操作も企図していた―を設け、その上にポータブル・キーボードを置いているが、当然そこに立端のある電子ピアノを乗せたらバスケットの岡山選手の息子でもなければ手が届かない。だからと言って折角祐旭も暇を見付けては嬉々として練習に励んでいるのに一階の子供部屋に移管したらお茶を引きそうである。
 委細勘案しても居間の何処か別の地点ではスペースの無駄が大き過ぎるし、すわ棚を削ってもと過激な案も飛び出したが、よくよく調べるとそこには上置き型でないとギリギリ幅が収まらない。家を造る際には極限まで先々の見通しを立ててと言っても後の祭りだが、結局着座しての演奏スタイルに合致すべく、現行の棚にもう一段積み増しして上置き型を導入するプチ・ピフォーアフターに落ち着いた。さて演奏力は向上するだろうか。

5月21日(金) 数字の魔術

e644.jpg  還付を見越して敢えて予定納税の後期分を滞納し、印字された予定納税額を半額に手直しした確定申告は無事税務署に受理され、差し引き少額の還付金も頂戴したが、なお国税庁から支払の督促状が来たために、わざわざ杉並税務署に足を運ぶこととなった。
 話しは簡単で予定納税額を当初記載通りに戻す替わりに還付金が増え、両者を相殺すれば済む筈だったのだが、何故か計算が合わない。スワ延滞分が上乗せされて余分に徴収される羽目に陥ったかと、税理士も通さない自己流処理の悲哀を嘆きそうになったが、不思議なことに更なる還付が発生するとのお達しではないか。
 先方の為すがままに数字を記入しているだけなので当方の帰責ではないが、何故か追加の還付は当初とピタリ同額、丁度倍増した計算になる。狐に摘ままれた様な面持ちのまま少額でも元預金が増えるなら有難い話しには違いないと退散したが、冷静になって考えてみると、国税庁としては半期分の予定納税が未納のままの扱いで、書類上そこから更正前の還付額を差っ引いた分の督促状を発信した。しかし現実には還付は為されており、還付額を再相殺して未納扱いの予定納税額を当初の額面通りに戻さなければならないところ、その確認を怠り督促状の記載通り転記したがための、過還付が生じているのではなかろうか。
 切手を購入し、直後にその切手を返して既に支払った切手代と併せ倍額の切手をせしめるトリックが漫画・パタリロに面白可笑しく描かれていたのを一瞬思い出したが、時そばでもあるまいし平日に再度召喚される事態は避けたいところである。

5月20日(木) タイミング  -スポーツ - ゴルフ-

e642.jpg 口蹄疫問題に付き政府の対応が後手に回ったとして赤松農相が批判を浴びているが、成る程黄金週間の一斉外遊を寧ろ促進した総理も、律儀に外遊日程をこなした農相にも責めを負うべき要素はあろう。
 ただまたぞろTBSの勇み足だったとはいえ、果たしてゴルフに興ずることが、人の道に外れる程の悪事なのだろうか。
 勿論、公費に依る海外出張時に遊興に戯れるとは言語道断というのもひとつの見解ではあろう。ただ「外遊」という用語が示す通り、公人の海外渡航が政策担当者相互の直接の接触による政治活動であると同時に、私人として見聞を広めることも決して否定される要件ではない。
 だからこそタージ・マハールイグアスの滝を視察したのも立派な職責の一部と自らを正当化する謂われは毛頭ないが、直接の職務に結び付かずとも当該国の文化に触れるために、折角の機会を利用して観光地を訪れることは、半ば容認されて然るべき了解がある。
 確かに、それとゴルフを同一視するなとの指摘はあろうが、例えば野球好きで外遊先で現地日本人関係者と草野球に興じていたとすれば鬼の首でも取った様な非難に直面しただろうか。
 職務上の関係者との人間関係を深化させるために、丸半日行動を伴にするゴルフの効用は否定されるべきではないし、電子技術の発展した昨今、事に及んではプレーを中断して陣頭指揮に当たれば済むことである。森元総理のえひめ丸事件の際の様に、余りに間の悪いタイミングはあろうし、それが更に印象を悪化させたきらいもあるが、世間はゴルフに対し余りに目が厳し過ぎるのではなかろうか。
次のページ

FC2Ad