コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

3月30日(火) ポウスト・ポスト  -政治・経済 - 法律全般-

e579.jpg 大詰めに至り迷走した郵政「再」改革が決着した。預入限度額の倍増に国策としての海外インフラ投資への寄与等新機軸の解説は付記されてはいるが、国家としてコントロールする資金の増大には違いなく、財投復活との論評は正鵠を得ている。
 元より一時流行したソブリン・ファンド迄大仰に構えなくとも、民間ではリスクが高いが国として必要な投資先に資金配分するための開銀の如く存在は一葉に否定されるべくはない。ただそれならば「官から民へ」という民主党政権もまた踏襲するテーゼとは異なる方向性であることを国民に丁寧に説明する必要があり、その意味ではこの一点に懸けてきた亀井大臣の方が事の是非は別として首尾一貫していることは疑い無い。
 勿論、国債以外への運用先拡大は必然的にリスクを増大させる一方で、預入する側は実質的にペイオフ上限も切り上がったと受け止めるだろうから双方は合致しない。地域の「窓」としての郵便局の活用は、参院選に向けた特定郵便局長への秋波という要素を除いても時勢には沿っていようが、それならば国民の側もまたあの05年の狂想曲が何だったのか、ひとりひとり検証しなければなるまい。

 GReeeeNの残る一人が国家試験をパスし全員目出度く歯科医師となったとの報道があった。
 音楽的にはラップ型の平板なメロディーをバックボーンに、ボーカル集団らしいポップス色豊かな楽曲で人気を博しているが、吉田拓郎氏に顕著な様に元々叙情フォークとヒップホップには一定の親和性が見られるから、フォーク・ソングの発展形と看做すことも出来る。
 正直なところ音楽的には特段の関心はないが、注目すべきはその立ち位置である。即ち顔出しを控え無名性を保ち、何れは本業に回帰しようとのスタンスは、確かに銀行員と歌手・作曲家を両立させた小椋圭氏の如く前例はあるものの、プロ野球を引退した後に医師となった元広島のホプキンス選手を引き合いに出す迄もなく、二兎を追う生き方を嫌うわが国においては的を射た手法である。
 嗚呼自らも学生の時分にはこうした人生を夢想していたのではなかったかというそこはかとなき嫉妬の念を感じつつ、彼等の前途を祝したい。

3月29日(月) 古今東西  -グルメ - ラーメン-

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(上)「山頭火」と新高円寺の博多ラーメン「ばりこて」
(下)高円寺ラーメン横丁より。「中本」の辛い味噌と「大喜庵」
 妻子が旅に出ている折に限って夜のお仕事もなく、会社も早めに上がれるとは間の悪いこと夥しいが、ひとり夕食にあり付くとなれば八割方はラーメンである。
 単品だと足取りも軽く書店に赴いた対でに中野のメジャー系列店・山頭火に足を伸ばしたりもしてみたが、個人的な嗜好は関東に伝統的醤油・塩よりは豚骨、更には味噌ラーメンである。しかしながら味噌ラーメン発祥の地である札幌ラーメンとして一般にイメージされるコーンとバターは所望しないし、野菜炒めを載せられては元も子もない。取り分けネックになるのがモヤシの存在で、必ず事前に確認して除去を申請しているが、中には汁の製作段階から一体不可分になっているケースもあるから慎重に店舗を選択しなければならない。
 望むらくは濃厚な味噌に葱だけの素ラーメンに近似したものが望ましいが、この類に出会ったのは、本場札幌での札幌ラーメンか、わが近隣では今は亡き旭川ラーメン「旭龍」ぐらいであり、なかなかお目に掛かれない。
 ところでそばとうどんで東西文化が分かれるのと同様に、ラーメンもまた九州を除く西日本は不毛の地であったが、昨今は名古屋駅にもラーメン・ストリートが登場する等、東西の乗り入れが進みつつある。
 勿論、微妙な地域差はあり、名古屋では「お上着の方」等と馬鹿丁寧な積もりなのだろう言葉遣いにも閉口したが、昼の定番がラーメンライスなのは「お好み焼きにご飯」「たこ焼きにご飯」「うどんにご飯」と炭水化物尽くしにする、のと同趣旨でラーメンをおかずに見立てた関西文化圏たるの為せる業だろう。
 そう思ってわが方を顧みると昨今は東京でも「ライス無料」なる標記が増えてきたことに気付く。元より餃子を付け合わせてもラーメンを平らげた後に食する私にとって、白米は白米のままでなければならないからご縁の無い世界だが、吉本や関西弁同様にじわじわと西からの侵食が進みつつあるとも言えよう。地域としては観光誘致のひとつの柱が薄れるのか、或いはアンテナ・ショップとしての役割を果たし活性化に寄与するのか、食文化が豊かになるのは忌避すべきことではないのだが。

 予算の成立に伴い先週末から各省で「箇所付け」が発表されつつある。例年この時期、永田町では数時間のタイムラグで入手した資料をいち早く地元に回送したり、或いは地方支分局にはこれを求める県庁やら市役所の御仁の群れが門前市を為していたものだが、今年はHPへの一挙掲載に変革されたので、配布する中央官庁の側も、貰う側も大いに事務手続きが簡略化されたろう。
 言う迄もなくこれは2月に発覚した箇所付け(案)の公的漏洩の反動として透明化に舵を切らざるを得なくなったものだろう。元より不馴れな新政権であり著しい悪意はなかったのだろうが、思わぬコスト削減効果は試算して堂々とアピールしてみては如何なものだろうか。

3月28日(日) 亀甲船  -スポーツ - プロ野球-

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蚕室総合運動場野球場(01年)
 野球選手に朝鮮半島出身者が多いことはよく知られた事実で、韓国プロ野球コミッショナー特別補佐を務める張本勲氏を筆頭に、400勝の金田正一氏や82年韓国プロ野球誕生の年に凱旋し監督兼選手で4割打った白仁天氏、或いは著書で在日韓国人であることを公表した金村義明氏に至る迄、戸籍上の国籍はかくあれ韓国・北朝鮮にルーツを持つ選手は枚挙に暇ない。更には企業としてのバックボーンを韓国に持つロッテが日韓両国で球団を持つなどその関わりは長年に亘り密である。
 だからという訳でもなかろうが、本日二年目のペナントレースの始まった関西リーグには今年から韓国選手を主体とする「コリア・ヘチ」が新参入した。日本初の独立リーグたる四国リーグを立ち上げながら早々に遁走した石毛宏典氏を最高顧問に戴き、シーズン後半には運営する親会社が傾いて給料の遅配が続き、話題の吉田えり選手にも逃げられた同リーグとしては存続すら危ぶまれただけに、朗報には違いなかったろう。
 勿論、朝鮮半島系の方が多いとされる大阪を本拠地とすると言っても、これを民主党政権の焦点のひとつたる外国人地方参政権の問題と結び付けるのは些か牽強付会である。
 ただ憲法違反か否かといった法的な課題以前に、地続きで半ばEU単位を一国と擬制する欧州とは全く状況が異なるし、わが国に韓国人チームが誕生しても韓国野球界に日本人球団の生まれる事態は考え難いように、韓国が外国人地方参政権を解放してもその恩恵に預かる日本人は殆ど存在しないのだから、相互主義の主張は名ばかりである。
 これまで生まれた四国(→四国・九州)、北信越の両リーグが高校、社会人野球の盛んな地域でありながらプロ球団不毛の地であっただけに潜在需要を取り込めたのに対し、日本プロ野球機構と直接バッティングする関西というハンデの中で、特色・話題性ある韓国チームの誕生は、わが国野球振興の観点からも非常に歓迎すべき事態である。だが地域と雖も一国の政には国籍を有する者のみが関与を許諾され、それを求めるならば不幸にして亡くなられた新井将敬氏を例示として挙げるのが相応しいかは別として、帰化という手段求めなければならない。

 来月には女子プロ野球も開幕する。戦後間もない1950年代に先達があるとはいえ、蹴球はじめ女性球技も活況を呈する中、ここにも男女共同参画である。水原勇気の生まれる日は訪れるのだろうか。

3月27日(土) 戦の跡  -映画 - 映画感想-

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二〇三高地より旅順港を臨む
 妻子が旅に出てわが家にひとり寂しい夜は映画三昧と洒落込んでみるが、単品なので妻の趣味に合いそうもない作品をと選択したのは大東亜戦争ものであった。
 これには伏線があり、過日録画してあった「男たちのYAMATO」を鑑賞した際、何故にこの戦いに至り、大和は如何なる大義があって無謀な死地の旅に赴かなければならなかったのか、或いは国を守る意義や戦いに生き残った者の為すべきことといった戦争映画の描くべきテーマ、わが国にとっての先の大戦の位置付けも殆ど省みられず、最初から最後まで戦争は悲惨という訴えばかり色濃く描かれていたことに、憤懣やる方ない思いを打ち消せなかった。
 それは回天を主題とした「出口のない海」も同様であり、果たして嘗て八月ともなれば毎年の如くに戦争映画が封切られていた時分はかくあったのかと根源的な疑念が湧いてきたからであった。
 そこで手にしたのが新東宝の「明治大帝と日露大戦争」(S31)とは些かアナクロであるし、更に数十年時代を遡っているが、紛れも無く往時の大ヒット作であり、少なくとも1950年代のわが国国民が何を求めていたかの一端は伺える筈だろう。
 見所は後半の旅順攻略と日本海海戦であり、嘗ての日本映画界の資金の潤沢さが彷彿とされたが、ストーリーには戦争批判も織り込まれている。また観衆が押し並べて基本的な事象を了解していることが前提だから、乃木大将の二人の子息が二○三高地で亡くなったことは卒塔婆一本で表現されるなど事実の羅列に近い部分はあり、「杉野は何処」ぐらい迄は把握している私でも些か退屈な感は否めない。
 ただ開戦に至る経緯を嵐寛十郎演ずる明治天皇陛下の苦渋の決断を以て昇華し、勃興する新興・大日本帝国において日露戦争が何を齎したのかを想起させる内容には、往時の戦争映画が求めていたもの―カタルシスと歴史への敬意―が確かに存在したのではなかったか。
 元より戦時下の「ハワイ・マレー沖海戦」を引き合いに出すのは些か語弊があるし、既に1950年代の段階においても「ひめゆりの塔」に代表される、戦争の悲劇に焦点を当てた作品は少なくない。しかし大和であれ回天であれ、滅びの美学と言うよりは寧ろ、わが国の嘗ての輝かしき足跡に蓋をしたいが如く思想が垣間見えるのは、歴史への冒涜と断ずるのは早計に過ぎるのかも知れないが、軍備という実力組織を徒に否定する思想を助長しかねない。
 語りつがれるために新たな戦争映画が製作されるのは望ましい傾向だが、もう一段の脱皮を今後に期待したい。

3月25日(木) 金の草鞋  -スポーツ - プロ野球-

e571.jpg パ・リーグからはや開幕した職業野球だが、一昨年の首位打者・横浜の内川内野手とフジテレビの長野アナが目出度く御成婚に至った。嘗てのスチュワーデスに替わり女子アナは野球選手の妻たる最右翼だが、今般はその職業分類が主題ではない。
 注目すべきはこのカップルもまた女性の方が年長であり、俗に金の草鞋を履いてでもと称される二歳の年の差であることだろう。ただ比較的若くして世に出、スターともなれば高収入を手にするスポーツ選手は、寧ろ若き時分に身を固め、生活に落ち着きをもたらす方が成長に資するとされるだけに、二歳の差など全く目立たないばかりか、まだまだひよっことも言うべき姉さん女房である。
 例えば野村克也氏は4歳、東尾修氏、江川卓氏、松坂大輔選手は何れも6歳、イチロー選手8歳と一般社会では珍重されそうな夫婦が目白押しである。これを超えるのは中日の落合監督で9歳差かつ夫人の強烈なキャラクターが往時の話題を浚ったのは記憶に新しい。が上には上があるもので、氏の現役時代にも南海の岩木捕手という10歳差の強者が存在したが、この度これを超える記録保持者が誕生したとは、野球評論家として論評を加えずには居られまい。
 話題の主は去る8日に入籍した横浜の山崎憲晴内野手で、実にその隔たり13年とは、同選手が産まれた際に夫人は既に中学生なのだから見上げた根性、ここに至れば幼少時に親しんだテレビ番組やヒット曲の相違どころの騒ぎではない。
 確かに国外に目を転じれば、この程夫人の前夫との子息子がに第一子が誕生し、35歳にして祖父になられたラミレス選手の14歳や、同じく元ヤクルト―巨人のペダジーニ氏の24歳と想像を絶する前例が見られるが、山崎選手も国内最高峰には違いない。
 と改めて記録を紐解いてみて新たに発見されたのは、杉山元巨人捕手の同じく13歳である。流石に暴行事件で巨人退団を余儀なくされながら、台湾或いはマスターズ・リーグ、野球塾と流浪の旅を続けるだけの粘り腰と畏れいったが、厳密には月の差で山崎選手の優位は動かなかった。何はともあれ御目出度ふ御座います。

3月24日(水) 海行かば

 自ら禄を食む企業は世にも珍しい正月異動を貫いているが、世間一般には春は人事の季節である。
e3.jpg 出向生活の終わりから二年余を経て、先に娑婆に戻った、或いは後から還俗した嘗ての同僚達も各々の道を歩みつつある。先週は木曜に発表された勤務地を違えて移りゆく御仁に対し、唯一の休肝日であったろう翌金曜の夜を急遽送別会に充当させ、古に還ったかの様な弾ける夜を過ごした(写真)が、引き続き今日もまた去り行く友を見送ることとなった。
 政治に深く関わる出向先だっただけに、帰任後も引き続きその世界に関わるメンバーも少なくなく、何くれとなく情報交換に勤しんだり、互いに宴席の乗り合いを果たしたりと、陸に上がっても日々の交流を続けてきた同志との別離は、人脈の減少という現世利益の損失以上に、ひと塩の寂寥がある。
 それを政権交替の余波と結び付けることは余りにも短絡的だし、長期滞留が当然の自組織の方が寧ろ異端であろうが、今や体の一部を永田町に置くだけの身の上であっても、自らはこの地に留まり、我々の「宝物」であったあの出向先の行く末を見届けながら、この世界に関わり続けたい。

3月22日(祝) 入学写真  -育児 - パパ育児日記。-

e568.jpg 古びたガラスの中にサンプルが幾つも掲げられるような街のカメラ屋を訪れ、定期的に家族写真を撮るという風習が廃れた替わりに、昨今の流行りは子供をメインにしたカジュアル写真館である。恐らく背景には少子化の進展の中、子供ひとり当たりへの投下資本の拡大が存在しようが、御他聞に漏れずわが家でもこれ迄祐旭、公資の初節句、七五三に当たってのみ、公式写真が残されている。
 そこで今般は二人のダブル入学・入園に合わせて撮影に挑んだが、毎度のこととはいえ兄弟ながら性格の差は出るもので、スタジオに着いた頃にははしゃぎ捲っていた祐旭はいざカメラを向けられると緊張感からか俄かに表情が硬くなり、やれスーツのここが痛い、やれ疲れたと不平屋風情に陥り、撮影後半はすっかりやる気なし。一方公資は終始満面の笑みで次男らしいおおらかさを体現している。
e569.jpg おかげで祐旭ひとりのカットはまだしも、兄弟二人、更に家族写真と進むに連れ祐旭の仏頂面が増大して採用候補が減っていくのに対し、公資単独は矢鱈とバリエーションが多く、一枚選んで他をそのまま捨てるには忍びない。ところがあにはからんや旧来のピノキオからスタジオありすに転向したのが失策だったか、前者にあったデータのみ販売、就く全カット一括の割引CD―R化サービスが後者に存在しないとはこれ如何に。採用カットのみ一枚5000円という暴利なjpgで入手出来るが、それ以外は自動的に廃棄に追い込まれるのである。
 よくよく調べてみるとシールであるとか安価な紙焼きを駆使して採用カット扱いを増やすことでデータ販売対象も拡大することが可能な模様だったが、かく提案すらない。豊島園内、トイザらス併設という立地は子供達には好都合で、早速ダイスオーに戯れた祐旭も機嫌を直して帰路に就いたが、写真収集癖のある父にはミスチョイスであった。責めて完成品の仕上がり具合いには期待したいところである。

3月21日(日) 遥かなる散財  -写真 - デジタル一眼レフ-

e566.jpg カメラが趣味と言える程に撮影技術に長けていたり、その道に精通している訳ではないが、常にコンパクト・デジカメを携帯し、撮影機会を逃さない構えを示しているという意味では、立派にカメラ小僧の末席に連なっていると定義しても過言はなかろう。
 三年前には遂に一眼にも手を出し、わが子を連れ歩く際には一眼と予備のコンデジ、更にはビデオカメラの三台を背に駆け巡るに到っているが、そろそろ買い物道楽の虫がまたざわめき出してきた。
 と言うのも現行のニコンD30は一眼のエントリー機に過ぎないが、概ねPモード(プログラム自動露出)しか使えない身の上には過分な機材であって特段の不満も感じていなかったものの、強いてあげれば18-55、55-200mmのWレンズ構成であるだけに、発表会や式典の類では着座位置に依って煩雑なレンズ交換が必要とされることに、一抹の煩雑さを覚えていたのは事実である。
 そこに来て過日の卒園式には見事に望遠側を持ち忘れ、引きの絵柄ばかりとなる事態が出現し、価格コムをチラチラと捲ってみると、昨今は18-200mmの一本ものが主力になりつつあるではないか。
e572.jpg こうなれば矢でも立ってもいられずビックカメラに馳せ参じ、お目当てのニコンD300sを手に取ると、お値段の張り具合いもいざ知らず如何とも重過ぎる。それならばワンランク下げてD90に落ち着くのが現行機からの上昇度も私の技量にも合致している筈だが、新し物好きとしてはどうしても最新機を求めたくなる。
 迷い迷った末にふと隣のキャノン機に目を転ずれば、EOS7Dに270mm迄に伸びるタムロンのレンズの組み合わせが鎮座在しているではないか。そもそも高倍率を求めるところから始まった探索であるからして、これを僥倖と呼ばずして何と言えようか。ところが当該機に電源が入っておらず、店員氏に声を掛けたのが運の尽きか、果た又八甲田山並の邂逅だったのか。ほぼ同額で250mmのシグマのレンズの方がズームも焦点を合わせるのも早いと解説されるとすっかりその気になる。
 元よりニコン・ブランドに固執する謂われはなくとも、折角売上に寄与しても自由と民主主義の維持・発展に貢献出来ないのは甚だ遺憾ではあるが、結局薦められるがままに購入とはしおらしい客である。〆て二十万超、散財第二弾は随分と高く付いたが、これで心安まるだろうか。

3月20日(土) 電子社会の陥穽  -車・バイク - -

e565.jpg 嘗て録音メディアがカセット・テープだった時代には、稀にテープがレコーダーに捲き込まれ、折角の録音が音飛びしたり、最悪の場合一部の欠けることはあったとしても、余程強力な磁場にでも近接しない限り丸々全体がダメージを受ける恐れは少なかった筈である。
 然るにテープがMDに取って替わり、操作性や音質が飛躍的に向上する一方で、突然のエラー表示で二度と再び読み込めなくなる不幸な事態に遭遇するケースがまま生ずることとなった。その頻度はCD―R、DVDという昇格に伴い著しく減じられて来たとはいえ、今度は個々の電子メディアの耐用年数、更には果たして現行媒体が何時迄広く一般に通用するのかという新たな苦悩を抱えざるを得なくなった。
 こと程左様にデジタル化とは1か0かの二者択一の世界に身を置くことだから、ひと度不具合が生ずればバックアップに依る以外に何等の対処も執り得ないのは今更論を待たないが、これが緊急時に発生すると非常な困難を催すことになる。
 翻って本日、早朝出立しようと車に手を掛けてもウンともスンとも動かない。すわバッテリー切れかと旧来型の鍵を抜き出し抉じ開けてみたが、どうにも様子が可笑しいではないか。結論として解ったのは電子キーの電池切れであったが、はてどの電池を買って来るべきか、幸運にしてそれが見付かったとして如何に電池交換をすべきなのか、宿酔いのなか眠い頭には想像も付かない。
 あれやこれやと模索して最終的には電池の切れたままでも電子キーを起動ボタンに5秒間押し付ければ反応することが判明したが、おかげですっかり出るのが遅れ、三連休初日の上に事故渋滞に捲き込まれ、大磯まで実に三時間半、八年振りのゴルフの背広幹事に実に三時間以上の遅参という恥ずかしい結末に陥った。
 遅刻者が続出してスタート事態も二時間近く遅延したため失態も目立たなかったのが不幸中の幸いだったかも知れないが、以て銘すべきであろう。しかも優雅に風呂でも入ろうかとの思惑も外れ、役員の新幹線チケットの時刻変更に二ノ宮駅迄赴いたり、果ては相方の幹事社御持参のシステムが機能せず手作業で集計に勤しむとは、終日"デジタル"に悩まされる一日であった。
 帰路はドライバー氏のお奨めに従い、小田原厚木道路を急行し、東名に繋がる直前ので厚木西で降りてみたが、こちらも帰着迄四時間とは、何事も経験と割り切ろう。

3月19日(金) カセットの呪い  -音楽 - CD・DVD-

e564.jpg 何かと心理的な圧迫が続くと人間の欲望は形を変えて現れるものである。例えば特段必要の無い物品に手を出したり、まだ立派に機能する機材を買い替えたくなったりする「衝動的な散財」はその解り易い兆候であろう。
 東京スカイツリーからの帰路、久々に新宿の石橋楽器に寄り、早速ヤマハの練習の成果発揮とばかりにあらゆる鍵盤を弾きまくる祐旭を尻目に、父が目を奪われたのは、カセット・テープからUSB経由で音源を取り込めるテープ・デッキであった。
 確かにそこにはコンポを修理に出す際にも根源的な疑問として残された、今後もテープ・メディアの再生環境を維持し続けるべきかとの命題に対するひとつの回答がある。
 ただ実際にわざわざ方々探索して入手した、SONYのMDtoPC機も、暇を見付けてはYMOのライブ音源等移管作業を試みてはいるものの、到底全てを移すには至らないだろうし、たとえ移管しても原本たるMDを廃棄出来るものではない。
 だから新機も何れお蔵入りにと不吉な予言を自ら発する積もりはないが、扱い易いCD―Rへのシフトを、居ながらにして可能にする環境を構築しただけで満足し、いざ月日を経て思い出して機材に触れてみた時には経年劣化に直面する、CD―Rライティング機の二の舞を演じないと、誰が言えようあろうか。
e567.jpg その場で購入せず、わが家に戻ってからより安価な販売店を探して入手したのが、責めてもの理性の発露であったろう。かくなる上は昔のテープが聞けなくて困っている方おられれば、お気軽にご相談下さい。

 円谷プロ株式の過半51%を握っていた謎の映像コンテンツ企業TYOが早々に同株をフィールズ社に転売した。これでウルトラ一族は49%を玩具(バンダイナムコ)、残りをパチンコ傘下に生きていくことになる。
 マーチャンダイスにおける商品価値の高さを示していると言えばそれまでだし、夢よもう一度とばかりに過去のヒーロー達がパチンコ台に現れるならばそれも余生のひとつの過ごし方ではあるが、表現の巧拙は兎も角、嘗ての憧憬の対象にどさ回りの果ての場末の酒場で出会う様で、少し寂しい。
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