コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

12月31日(木) 賀状認め大晦日

e3.jpg 年末の大仕事と言えば年賀状である。昨年はいきなり新規導入したプリンタが初期不良で妻の実家からプリンタを搬送する羽目に陥ったが、今年はアクシデントも無いのに随分と作成がズレ込んで仕舞った。
 ひとつには意外なる師走の多忙がその要因ではあるが、同時に年々写真のコラージュに凝り先ずデザインに擁する工数が拡大していること、或いは異動挨拶を兼ねるため例年五百枚近い印刷から更に百枚上乗せしたことも作用していよう。
 おかげで日本郵政による推奨投函期限たるクリスマスから漸くコメントの執筆に着手し、結局紅白歌合戦の最中に何とか終焉に漕ぎ付ける始末だった。即ち、多くは元旦に到着しないのは覚悟の上とは一生の不覚である。
 しかし中途で買い増したり賀状操作に追われたおかげでからくりを発見したのは過去の印刷ミス賀状を郵便局に持ち込み、交換を拒否された時であった。即ち賀状には今年度の賀状からしか交換が許されず、過去の賀状や葉書からは手数料5円を払ってなお一般葉書か切手にしか換えられないとの規則だというではないか。
 何ともボロい商売である。これなら民営化した方がとぼやきたくなるが、何方にしろ郵便事業は赤字なのだから、国営郵便事業のドル箱のひとつとして残しておくのもわが国文化の維持・継承のためのひとつのあり方かも知れない。

 おかげで紅白歌合戦はほぼスルーで鑑賞したが、ハプニング扱いの矢沢永吉氏もファンには垂涎だったかも知れないが些か出来レース色が強く、吉田美和氏のミニスカートと熱唱が印象的だったのも赤組トリという好位置故の要素が大きかろう。
 寧ろ審査員の森光子氏の危ういコメントの方が余程スリリングで、紅白でこんなにドキドキしたのは23:45から第二部としてBSに移った瞬間に「皆さんご存知ですか、来年は皇紀2660年でございます」と口上を述べ出した平成十年の三波春夫氏以来であった。美しく老いるのは何時の世も難しい。

12月30日(水) 私は貴方がスキー  -スポーツ - スキー-

e472.jpg 今年も湯沢にやって来たが、最大のモデルチェンジはわざわざ祐旭用のスキー・セットを新規に誂えて来たことだろう。これまではプラスチック製の玩具であったり借り物だったりしたので無理強いする謂れも無かったが、かくなる上はもう後には引けない。
 従って毎度の岩原スキー場に到着すると、父よりは遥かに経験豊富な母に依る、場慣れのための若干の練習を経て、午後には初のスクール入りと相成った。しかし驚くべきは如何にもうら若きお姉様方に楽し気に教えられるボードスクールに対し、伝統的なスキーはこれでもかという程に指導員も思い切りご老体が居並んでおられたことだろうか。
e473.jpg ただ亀の甲より云々とはよく言ったもので、祐旭と小学校四・五年生の併せ三人だけだった全くの初心者組が僅か90分の内にスキー靴で蟹歩きするだけから始めて何処迄辿り着けるのか不安を抱かせたのも、それ程に靴でエッジを効かせる感覚が重要ということだったのだろう。
 そこから片足のみスキーを付け、その逆を経て両足に履いた頃には、確かに覚束無い足取りながらも軽い傾斜で足をハの字に開いてスピードを調節したり、或いは止まったりする初歩のボーゲンが成立したのだから、感覚を頭だけでなく体で覚えさせる教育法とは凡ゆる分野において確立されているものかと端倪した。
e474.jpg 残念ながら蟹歩きで斜面を登るには足首の力が足りずやり場のない怒りを発散させていたのは年端故かも知れないが、嘗てスキーをした時分の若かりし父もまた転ぶ度に立ち上がるのに難儀し、何故に八甲田山の如く刻苦を好んで招かなければならないのかと怒り心頭に達した経験に鑑みれば、遺伝なのかも知れない。
 結局この日も祐旭の教室に付き添った以外は公資と何本か橇を滑っただけにも拘わらず、スキー靴やウェアで足やら体やらを締め付けられるのに疲労困憊し、充分な筋肉痛を醸し出していた。それでも早晩公資もスキーを手にする日が訪れるだろうし、かく私も猫も杓子もスキー合宿だった「私をスキーに連れてって」世代の宿亜として十数年振りに登壇する機会が訪れるのだろうか。
 まだ決心には至っていない。

12月29日(火) 横丁へようこそ  -グルメ - ラーメン-

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南口に新登場した
その名も「業務スーパー」
 南口から北口に、それもともに駅から最大七~八分圏内の異動だから生活に大差は無いように思われるが、南口のPAL商店街が若者嗜好を強め、寧ろ高円寺外からの消費を喚起する方向性を辿る一方で、北口は中通りも純情商店街の俗称を名乗る高円寺銀座も或いはその先の庚申通りも、地元生活者向けの古式ゆかしい商店街の姿を保っている。ただ反対に南口は東急に西友、OKマートと、新興ユータカラヤのみの北口に対し飛躍的にスーパーが充実しているから間釈は合っているのだろう。
e470.jpg しかしながら圧倒的な格差を感ずるのは、高円寺の代名詞のひとつたるラーメン店ではなかろうか。例えば南口には旧ホープ軒の後継として既にそれを凌駕した感すらある一蔵や誠屋、或いはチェーン店として著名な風風や大が轡を並べる上に、少し新高円寺方面に足を伸ばせば土地の権利関係が非常に興味深いタロー軒あり、或いは環七にはこれも著名な味噌一や祐旭が友人と同じ名前だと看過したてつや等、目白押しである。
 一方北口はというと中通りの田ぶしや庚申通りのはやしまるの如く近来名を挙げている店もあるが、大陸や萬里といったラーメンと中華料理の中間に位置する古式ゆかしい店舗か、或いは非常に値段の安い店が多く、グルメ雑誌の類に紹介されそうな個性を有し、かつ濃い味好みの私に合ったラーメンにはなかなかお目に掛かれないし、それは早稲田通り迄足を運んでも青梅街道のにおけるそれの充実振りには比べるべくもない。
e471.jpg だから今般去る20日に、嘗ては「クロンボ」といった今や微妙なネーミングの店舗群の並んでいた駅ガード下地下街に、高円寺ラーメン横丁なる昨今流行りのラーメン博物館スタイルの四店舗が誕生したのは望外の喜びであった。
 適度に混まず、だからと言って余りにマニアックで狭かったり、人っ子ひとり居ない店舗でも困るが、適度に隠れ家的なポジションにあり注文から実物の到来迄多量の時間を擁しない、増してや行列等もってのほかのラーメン専門店が好みなので些か昼の喧騒には閉口せざるを得ないが、本日食したつけめんTETSU(右写真)はつけ垂れの濃さが非常にマッチしたし、蒙古タンメンにも猛烈に惹かれるものがある。何よりもガード下の充実度で阿佐ヶ谷に水を開けられていた高円寺の逆襲に相応しいギミックであろう。もう少し落ち着いたところで先ず全店制覇から目指したい。

12月27日(日) 敵は旅順にあり  -テレビ・ラジオ - 大河ドラマ-

e468.jpg 製作発表から実に六年余、撮影開始から二年、放映完了まで後二年という超大河ドラマ「坂の上の雲」第一部が完結した。
 確かに正岡子規役の香川照之氏やその妹律役の菅野美穂氏、或いは秋山兄弟の父に伊東四朗氏と脇を旨い役者で固めた上で、主役には豪快な兄に阿部寛氏、神経質でストイックな弟に本木雅弘氏と如何にも明治の軍人の似合いそうな二人を充てるとは絶妙の配役であろう。
 ただ大河ドラマの前半部はどの作品でもそうならざるを得ないのだが、社会そのものの歴史的事実の動きと主人公達の成長たんが必ずしもリンクしないから、加藤剛氏の伊藤博文、大杉漣氏の陸奥宗光らが年齢的にこんな老人ではあるまいとの突っ込みもそれとして、本編と全く別個に時代背景の解説として官邸の場面が唐突に挿入された様な違和感を覚えるのは否めない。
 だからこそ原作を読んだ者には判り易い展開でも、中国大陸の三國志映画の如く、粗筋の紹介と有名シーンを繋ぐのが主眼と化して、ある程度ストーリーを把握していないと楽しめない作りになってはいまいかとの疑念も湧いて来る。
 考えてみれば秋山兄弟と国家そのものとの距離感は日露戦争の一点において極めて近接するが、それは結局のところ大日本帝国外交百年の計におけるひとつの手段たる戦役内のドラマツルギーに過ぎず、国家の歴史を築いた軍上層部も含めた「政治」の領域に秋山兄弟は最期まで登場しない。従って「利家とまつ」における前田利家が歴史の結接点では何時も傍観者でドラマ自体が臨場感に欠けたのとはまた別の意味で、第一部に顕著だったストーリーの二重構造は最期迄解消し得ないのである。
 しかも司馬遼太郎氏自身が述懐している様に、結果的にこの作品は主人公のひとりであった筈の正岡子規の時代における存在価値を描き切れぬままに中途で降板させたに近い扱いとなっている。従って第一部最終回たる第五話はこれまでのまとめと来年への繋ぎのために秋山真之と子規に語らせる展開としていたが、原作に沿う限りこれからの子規は病篤くして愈々国家とは縁遠くなっていく存在に過ぎない。
 頼もしいことに渡辺謙氏によるナレーションでは日清・日露戦争の正統性とともに日本という国への誇りを惹起させるべく思いが語られていたので、取り分け第二部においては子規の領域に無理に配慮することなく、或いは政治ドラマは政軍の共通部分たる児玉源太郎迄に留め、純然たる「日露戦争」を先ず描き切ってほしい。その上でワンチャンスに懸けた戦勝を如何に政治が繕い、国家外交の勝利に持ち込んだのか、そしてその事実を往時の政府は如何に冷徹に理解していたかを第三部において描くことが出来れば、単なる過ぎさりし明治期への憧憬でも、或いは安易な平和主義礼賛に陥りかねない凡百の戦争ものにも堕さぬ、大河スペシャルたる意義も生まれるのではなかろうか。

 とはいえ些か閉口するのは流石にノンストップ90分を一挙に見るには気合いを擁することである。
 しかも漸く五回完了し続きは来年と言われてもう幾つ寝るとと心待ちにする以前に、どんな話だったか忘れて仕舞う方が自然である。恐らく来年の11月頃には坂本竜馬がオーラスに向け佳境に入る一方でBSでは第一部の再放送が目白押しになろう。一回の放送枠が倍増しているから三年で通常枠でも30回程度の放映分はあるのに何故にこんな中途半端な扱いになったのだろうか。そこに国営放送として諸外国へのそこはかとなき配慮があるならば残念なことである。

12月26日(土) 明けましてレイモン  -テレビ・ラジオ - 特撮ヒーロー-

e465.jpg 昨年は何故か「明けましてまる子ちゃん」に宗旨替えされていたので二年振り三度目の東京ドームはプリズム・ホール「あけましてウルトラマン」改め「お正月だよ!ウルトラマン」である。
 毎度の通り入場すると写真撮影に続くジオラマ回廊を経て、中央の要予約のショーは祐旭も公資も怖がりパス、後は縁日風の遊具が並びお帰り間際には玩具ショップとお決まりのパターンである。
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レイとともに怪獣呼び出しの
ポースを決める
 僅かに例年と異なるのは年少児向けの演劇の類が繰り広げられていた簡易ステージに、映画「大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE」の人間サイドにおける一応の主役たるレイ役の南翔太氏が連日到来していることだろう。しかも朝イチの餅付きに始まり、トークショー、午後は大怪獣バトル体操、果ては締めにショー本体にも出演と連日出ずっぱりとは見上げたプロ根性と言えようか。勿論、他に仕事が無いのかとの突っ込みも入れたくなるが、矢鱈と子供あしらいが旨く寧ろイベント俳優として食べていけるのではないかという程の成り切りレイ振りである。
 ただレイ登壇を除けば今更の輪投げや射的は子供騙しに過ぎるし、川口に続き二度もボイジャーの口パク・ステージに遭遇するとは全くの誤算であった。そもそも毎年このイベントを心待ちにしている方が希少であって、毎回来ていれば飽きるのも当然なのだろう。そろそろわが家も新しい余暇の過ごし方を模索しなければならない時期か。

12月25日(金) Wのクリスマス  -テレビ・ラジオ - 仮面ライダーW(ダブル)-

e464.jpg 今年は恒例の児童館クリスマス会も欠席しサンタに扮する機会も失ったが、本職たる二人の息子達の父サンタとして例年に無い労苦を味わうこととなった。
 というのも既に二ヶ月前、祐旭の誕生日の時点で仮面ライダーWの変身ベルト、Wドライバーが品薄極まりなく、前作ディケイドのベルトで急場を凌いだために余分な出費を余儀なくされたにも拘わらず、その折にはベルト以外の付設品は在庫も豊富で高を括っていたのが運の尽きだった。いざクリスマスが近付くと、幸いわが家は近隣の玩具店で幸便に入手出来たベルトも含め、何れもバブル期さながらの高騰振りとは全く経験則が活かされていないではないか。
 取り分け公資の所望したトリガーマグナムはベルトに続いて既にわが家に鎮座在しているメタルシャフトと並ぶ大物戦闘グッズなので到底掘り出し物はあるまいと腹を決め、プレミア付きでネット上から手配したのが21日、果たしてイブに枕元に並べるのに間に合うかも定かではない。
 ただ捨てる神あらばではないが、幸いだったのはこの日の宴席が久方振りに銀座だったことだろう。それでもビックカメラ本店にW関連の一切の商品が陳列から消えていた時には青ざめ、虚しくウルトラマンゼロのゼロスラッガーを保険として購入するに留まったが、最期の頼みの綱とばかりに博品館に足を伸ばすと見事にバッドショットとスパイダーショックにあり付いたではないか。
e467.jpg 結局バッドショットがネット注文のキャンセル漏れでダブって仕舞うアクシデントこそあれ、トリガーマグナムも無事間に合い、クリスマス当日の朝に父子三人にてサンタからの贈り物を開封、改めてスパイダーショックを父母からと手渡し、ガイアメモリ溢れるクリスマスを無事迎えたのだった。
 しかし戦隊一月、仮面ライダー九月の新番組サイクルを続ける限り、今後もクリスマス商戦はライダーの独壇場となろう。勿論戦隊シリーズにはお年玉で財布が緩む時期に新玩具登場という利点もあるものの、このまま水を開けられては担当者としては面白くないのではなかろうか。これまでは番組終了後まで玩具が残存して投げ売りのケースも少なくなかったから、供給を絞るという意味では見事戦術の勝利に他ならないのだが。

 トリガーマグナムに電池を入れた後、今年最期の永田町へと赴き、何時になく感傷的に去る。再びこの地に煩雑に訪れる日はあるのか、或いはあったとしてそれは何時の日のことだろうか。

12月24日(木) 長じて部下に教えらる

e463.jpg 実際には来週も出社するものの徐々に在籍人口が減っていく年の瀬なので、ひと足早くお別れの挨拶に臨むこととなった。
 現在の部局においてこうした局面で登壇するのは九年前の着任時と、出向の出入りを加えて四度目になるが、揚々たる前途への高揚感よりは些かの郷愁とまだ見ぬ未来への不安の先立つ出立の辞は、出向を終える際の心境がこれに近かったものの、企業内においては初めてである。
 思い起こせば21世紀の到来とともに現下の職責に着任し九年、今更ながら前半の四年間は何をしていたかと振り返ってみれば、永田町における関係者との接触の記憶は幾らでも鮮明に蘇るものの、会社で何をしていたのかは幾ら記録を紐解いても到底思い及ばない。
 それに比して帰任後の二年は、勿論ポジションそのものが管理職となり情報収集屋から美しく言えば官房機構的な萬取り纏め業へと業態が拡大したが故には他ならないとしても、寧ろ企業内の記憶に偏重するのみならず、恰もこの空間が何時までも続く様な錯覚に囚われる程に慣れ親しみ、かつ唐突に打たれたエンドマークに寂寥を覚えるとは、如何にも企業人らしくなった自らの姿に苦笑せざるを得ない。
 ただ中間管理職としてそれなりに思い巡らされる日々の多かったこの二年間は、とくに末端とはいえ人事差配に携わった経験と併せ、大なり小なり組織なるものに身をやつし、或いはその運営を司どる位置に座るべく者に取っては貴重な経験であったろう。取り分け所詮組織運営は人事が全てと論理的には理解していたが、理想的な戦力補強の具現化など読売巨人軍でもあるまいし実際には極めて難しい。だからこそ現有の与えられた戦力を最大限発揮させるための教育や意欲惹起策に意義があり、これ等施策と人間の交替という狭義の人事そのものを組み合わせて始めて「人事」だったということだろう。
 即ち旧帝国陸軍において軍政の陸相、軍令の参謀総長と並び教育総監が同格に掲げられていたのは伊達ではなかったのである。寧ろ教えられることに忌避感が強く、自己コントロールの念の強い気質だっただけに「教育」には嫌悪が先立っていたが、嘗て川上哲治氏が現役時代の自らのバッティングのみ追及する打撃の職人から監督に就任するとチームプレーの推奨者に変貌した様に、管理職とはプレイヤーとは別個の存在であることを認識しただけでも貴重な二年間だったろう。
 ありがとうございました。

12月23日(祝) 26号ライダー  -テレビ・ラジオ - 仮面ライダー-

e462.jpg としまえんには足繁く通ったが併設のユナイテッドシネマズは寧ろ駅から至近で、としまえん本体からは距離があることを初めて体感したのは、又もや特撮フリークの親子三人による映画館詣でを行ったからに他ならない。
 そもそも戦隊シリーズとの玩具購入時期のオフピーク化のために前作仮面ライダー・ディケイドを結果的に話が完結せぬままに終了させ、番組終了と同時にこの続きは映画でと告知を流すという手法には非難が殺到したばかりか放送倫理・番組向上機構から勧告を受ける騒ぎとなったが、後続のwも何の前振りもなくいきなり中途半端にスタートし、両者の終わりと始まりを劇場公開するというのだから見上げた確信犯である。
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よみうりランドにて(10月)
 それでもすっかり乗せられて現に映画館に居るのだから世話はないが、ウルトラマン同様にディケイドとwの世界の連関こそ些か強引だったものの、子供から好事家の成人層迄の鑑賞に耐える作品だったのではないか。
 カードゲームのガンバライドの設定先にありきでライダー同士が戦う制約のあったディケイドは、ウルトラマンとは打って変わって歴代ライダーの本来の出演者を前作のキバ以外起用しなかった方針に賛否両論あったが、却って各シリーズの設定やサブ・ストーリーを旨く摘まみ食いし、所々に辻褄が合う様な合わない様な、若かりし時分の野田秀樹の如く突飛な発想相互の紡ぎ合いと言えば誉め過ぎかも知れないが、ウルトラ同様に存在するであろうライダー・フリークの琴線にも触れ得る歴史の活用法を示したのではなかったか。
 残念ながらディケイドもキバもTV放映を真面目に見ていなかったので今ひとつストーリーを解明出来たとは言い難ったが、替わりにwはこのために全回録画を見直し予習してきたので無事謎も解け一話冒頭の場面に繋がる構造が腑に落ちた。骸骨姿のスカルライダーも原作者の石ノ森章太郎氏が1号ライダー以前にデザインしたプロトタイプとして著名であるし、幾分不可解だったのは主題歌が変身した吉川晃司氏でなく又もやGACKT氏だった位だろう。
 過去の遺産を食い潰している感の強いウルトラに対し、ライダーは次代への架け橋たる変容を続けている。サザンオールスターズではないが旧来のファンの求める拡大再生産と、製作側か消費サイドの要求かは兎別としてそれをよしとしない新奇性とのせめぎ合いは、現時点ではまだ何方も一局というところだろうか。

12月20日(日) 振り納め  -スポーツ - ゴルフ-

e460.jpg 振り納めとなるラウンドは幾分打法改造を試みた影響もあったのか、取り分けドライバーが安定せず妙に綺麗に飛ぶホールあらばとんでもなく右へ出るスライスあり、矢張りゴルフは心根を現すというか如実に精神状態が反映されるものというのは考え過ぎだろうか。
 それでも前半はロングパットが幾つか入り、午後の後半に至って何とか安定し、白眉は第三打で隣のホールに打ち込み、ティーグラウンドに居並ぶギャラリーを尻目におっとり刀で打った林越えのアプローチが見事オン、見知らぬ方々の拍手を浴びた場面だろうか。結局そこからのロングパットもOK圏内に寄せ、満足のダボ。ここ一番にベストショットの出るメンタル面の強さには我ながら感嘆して仕舞った。
 結果は平凡に除夜の鐘だったが、何よりも腰痛により先週のコンペをパスせざるを得なくなったにも拘わらず、少しは鈍痛こそあれ特段の悪化を迎えることなく乗り切れたのが最大の成果だったろう。
 腰のおかげで惜しくも11回と月イチ・ラウンドにこそひとつ満たなくなったが、本年平均は107.5。昨年よりも丸二打向上するとともに後半七ラウンドは110に満たずと亀の歩みながら進歩が見られたと総括して本年の芝刈り報告を締めたい。

12月19日(土) 段取り

e459.jpg  八ヶ月振りの定例の「囲卓の会」をわが家で開催する運びとなった。プレー自体は第一半荘の一局目で当たるかも知れないと予感しながら安易に親マンを打ったのがケチの付き始めでいきなりの飛びが最期迄響き低調なままに終始したが、皆一様に齢四十を迎え、互いに自分自身では若い頃と全く変わっていない感覚だが、恐らくそれは大いなる錯覚に違いないと信条を吐露しながら牌をやり取りする師走も乙なものであった。
 しかし驚いたのは当日の朝になってわが家に麻雀牌が見当たらないことに気付き、慌てメンバーに電話をし捲り調達した経緯だったろう。考えてみれば開催直前の案内も主催者からウォーニングが届く迄殆ど失念していたし、必需品の牌の準備を怠るなど従来の私ならばある筈の事態であり、寧ろ他の面子がかく行動を取れば内心大いなる怒りを覚えて然る程に、大学時代の友人との交流にはひとかたならぬ熱意を抱いて臨んでいたのである。
 勿論それはこのところの多忙やストレスにより糊代が無くなっている証かも知れないが、自らのアンテナの衰えに愕然とさせられた。結局のところ私が常に段取りよき幹事役たり得たのは時間的・心理的余裕の為せる業で、取り分け自由気儘な出向生活から転じたこの二年間で会社人間らしい特性を充分に身に纏って仕舞ったという事実を突き付けられたも同然であった。
 心して肝に命じよう。

 夜は「椿山係長の七日間」なる二時間ドラマに見入って仕舞う。スペシャルらしく比較的豪華な出演陣であったとはいえ妙にほのぼのとしたのは何かと感受性が高まっているが故の所算と受け止めるべきなのだろうか。
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