コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

11月29日(日) 選択肢  -ビジネス - マーケティング-

e441.jpg 久々に新宿高島屋を訪れて仰天したのはヤマダ電機があっさり撤退してほぼワンフロア丸々ユザワヤに置き換わっていたことだろう。
 勿論、ユザワヤがデパートメント・ストアに相応しくないとも思わないし、服飾という百貨店の原点に回帰したと言われれば間尺は合っている様な気もするが、新宿南口再開発の旗手であり、嘗て高島屋再生の救世主とされた新宿店が一転伊勢丹の躍進、更には副都心線開通に依り相対的に地位の向上した新宿三丁目の後塵をも配し、大改装を余儀なくされて高級嗜好を強めたのが一昨年だった筈である。そのコンセプトと手作りニット用の大店舗が合致しているのか、世は挙げて家内制手工業の如き世界を目指しているとの認識に基づいた戦略の一環ならば大きなお世話に過ぎないのだが。
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 ただ確かに子供心に抱いたデパートに対する憧憬、湧く湧く感が薄れ、寧ろしまむらや百円ショップの様なキッチュさの中に意外性や発見があり、同時にウインドウ・ショッピングでなく現実的な「大人買い」を具現化させる方が消費者志向を満たすというのは、感覚としてよく理解出来る。
 それを最も身近に体現しているのがコンビニエンス・ストアであって、拡大一辺倒から店舗の淘汰、或いは業界再編の流れが加速しているのも、単なる利便性でなく品揃えや店舗展開においてエンターテイメント性や驚き、"昨日迄とは違う何か"を体現すべく模索しつつある現れなのではないか。
 そうした観点で捉えると、南口から北口に移って改めて驚くのはこちらはセブンイレブン三軒は店舗数からして不思議ではなくとも、ローソンが潰れ残るはサンクスばかり矢張り三軒という偏在だろう。今時都心部でファミリーマートがam/pmを吸収しても何等影響が無いというの珍しいのではなかろうか。
 確かに愛知県資本のサークルKと合併したサンクスには八丁味噌系の商品がまま並んでおり、味覚だけは名古屋色を継承している私にとって貴重な存在だが、それには一軒あれば充分であって、どんな商品が入ったかと帰り道に梯子出来る範囲にコンビニが乱立していて呉れた方がどれ程に有難いだろう。その多様性こそが競争原理の為せるひとつの意義であるのだと、改めて思い知らされる。

 日本人選手同士の世界戦は12ラウンドを費やし放映時間を全うした上にリベンジ物語の完結とTBSの思惑通りとなったが、成る程良い試合で亀田選手のこれ迄の勢いだけに留まらぬ旨さが目立った。好漢・内藤選手には他のスポーツにおいて限界年齢の上昇が目立つのみならず拳闘においても米国を中心に高齢化が進捗する中、勝手な物言いが許されれば"中年の星"を目指して戴きたい。

11月28日(土) そこを曲がれば  -地域情報 - 東京23区-

e440.jpg 子供の頃好きだった遊びに「角を曲がるゲーム」があった。中身は単純で集団で歩いて角に来たら、予め決定しておいたルール―右組と左組に分かれじゃんけんをする、或いは多数決を取る―に従い角を何方に曲がるだけである。徒歩であるから著しく遠方に至ることはないが、見知った場所であっても別ルートが発見されたり、意外なスポットに遭遇したりと微妙な非日常感が味わえる。今思えば「都市変遷評論家」たる原点はここにあったのかも知れない。ただ惜しむらくは単に練り歩くだけでは詰まらないと殆ど賛同者に巡り合えず、遊戯自体が僅か数回しか成立しなかったことだろう。
 そんなことを思い出したのは今更ながらに自動車という移動手段を得て、ゴルフ練習場巡りを再開したからに他ならない。これ迄はクラブを数本背負っていく手前、如何せん駅から徒歩圏内のスポットに限られ、結論として浜田山と高井戸の中間にあるハイランド・センターに腰を据えていた。がその枠が取り払われれば同程度の時間距離でハイランド・センターの100yより長く打球の行末を追える練習場もあろうとの魂胆である。
 行脚自体は緒に付いたばかりで定宿は未だ定かでないが、見知らぬ土地に忽然と現れる鳥籠そのもの以上に興味を引いたのが初めて訪れる土地迄の経路であり、唐突に到達した幹線道路に面食らったり、思いも寄らぬマイナー風情の道の拡幅が進んでいたりすることに、人知れず感動を覚えている。
 確かに自動車を日常的に利用するのも11年振りだから、たとえ嘗て訪れた街区や道路であっても様相が一変されていても可笑しくない。勿論義父の車を借りたり、ゴルフ場迄出向時代の同僚に載せて戴いたりもしていたから純然たる浦島太郎ではない。ただ環八と言えば未完の大器で北上すると知らぬ間に笹目通りという全く環状でない放射線に繋がるものと刷り込まれていたから、西武の開かずの踏切が解消された悲願の井荻トンネル開通こそ認識してはいたものの、北区方面へと半地下で続く新設部の立派さには目を疑って仕舞った。
 外縁部がここ迄豪奢になると寧ろ杉並から世田谷に抜ける平地区間の混雑悪化が懸念されるが、実感としては環七より遥かにスムーズに流れており、キロ当たり千億円単位と騒がれた首都高中央環状の渋滞解消への寄与に鑑みても都心部における環状道整備の重要性を改めて認識させられる。
 北部地域にしてみれば後発の利得と言うか長年待った甲斐があったことになるし、高円寺在住者としては改めて環七の貧弱が嘆かれるが、そこは先行者の利便性も享受しておりトレードオフなのだろう。

 引越を機にわが家も読売を朝刊だけに切り替えたが、ネット時代の新聞経営は益々厳しくなろう。勿論、毎日新聞の58年振り共同通信加盟とのニュースは、朝毎読と並び称された「全国紙」たる生命線である独自の取材網を戦線縮小し通信社電に委ねる決断であり、時を相前後して発表された高校野球の春の選抜=毎日、夏=朝日の住み分けからの相互乗り入れとともに毎日新聞の凋落を示す指標には違いない。
 ただ西山事件から37年との注釈を加えなくとも、よくぞここ迄維持出来たものだとの感慨の方が強い。今後、毎日新聞はライト・ウィングの産経に対する左サイド、全国紙と夕刊紙の中庸といった社会部系紙面に特化していくのではないか。それがひとり毎日に留まらず、マスメディアが「不偏不党」の大義名分の呪縛から取り払われる契機となるならば、この"英断"にも歴史的な意義が齎されるであろう。

11月27日(金) 松本は槇原を裏切らない  -アニメ・コミック - アニメ-

 「非核三原則」に纏わる所謂"密約"検証の有識者委員会がスタートした。外交機密もまた一定期間経過後には公表し歴史の検証に供する姿勢は国家として必要である。ただ国論を二分し、まさに革命前夜の如くであった60年安保の時分において"密約"を結ばざるを得なかった客観的な情勢と、70年代に至り「非核三原則」の定着する中でその"密約"と背馳する環境が生まれたとして、その過去を徒に現代の視点に当て嵌め断罪することに意義があるのではない。
 寧ろ日米間の外交上の重大な決定が"密約"として闇に葬り去られる寸前に至らざるを得なかった経緯を明らかにした上で、それが現代に照らして齟齬があるならば現実か政策決定かの何れかを何方かに引き寄せるべく働き掛けるのが政治の為すところであろう。その際には「非核三原則」も憲法同様不磨の大典とすることなく、冷静な検証が行われることを忠心より期待したい。

e439.jpg すっかり現代風の絵柄に改ためられ旧作とは似ても似つかなくなった宇宙戦艦ヤマト"復活編"だが、真の原作者と法的にも認められた西崎プロデューサーと著作権を争った、嘗てのヤマトの産みの親のひとりには違い作画者たる松本零士氏の不参加が作用していることは明らかだろう。
 そこにタイミングよくと言うか悪くと言うか、槇原敬之氏に喧嘩を売った訴訟合戦の敢えない結末である。そもそも歌詞の一部の類似性だけを根拠に他者の作品を盗作呼ばわりし、名誉棄損で逆提訴された挙げ句の果てが全面降伏による和解とはメーテルも呆れはてよう。
 漫画好きの麻生前総理の差し金なのか政府の宇宙開発委員会への参画をはじめ、御本人は大真面目であったとしても客観的には首を捻らざるを得ない言動の続いてきた松本氏には、太り過ぎてすっかり唄の下手になったタケカワ・ユキヒデ氏同様、999やハーロックで育った世代の夢を裏切らない、美しい老いのあり方を描き直して戴きたい。

11月26日(木) ミニ・ディスク再び  -音楽 - 音楽-

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手前MD機。向かって奥は
パナソニックのコンポ
 簡易物とはいえコンポも導入し、かつカーステレオを鳴らす機会もまま訪れる様になったから、常にPCにヘッドフォンだったこれ迄に比べれば、CDナイシハCD―Rの奏でる楽曲に耳を傾ける時間は確実に増大した。
 そこで何枚かチェンジャーに投入して悦に至っていたところ、何時迄待っても読み取りの進まない、秘伝ディスクならぬ不良ディスクが散見されるではないか。翻ってハタと気付いたのがCDレコーダの存在(下写真)である。07年7月に98SEから一挙VISTAに乗り換えてからというものほぼ御蔵入りしていたマランツ機は、CD―Rに暫定的に独自仕様のファイル形式で記録する替わりに事後的な追加を可能にし、最終的なファイナライズで汎用性を持たせる構造は昨今のDVDレコーダ機に近い。ファイナライズにより閉じていない状態でも録音・録画した機材では再生可能だから当該機が健在である間は支障が無いのも同様である。
 ならば開いたままのCD―Rがかく大量に生き残っていたのかと訝しみながら、引越以来ロフトに眠ったままのマランツ機の封印を解き再稼働させたところ、右舷再生側こそ支障なく動作するものの、肝心の左舷録音サイドがCD―Rを読み込まないではないか。僅かに空CD―Rは認識したので、右舷再生側の未ファイナライズCD―Rからダビングし、漸くファイナライズ迄到達したかとひと息付いて再生してみると、あろうことかPCやコンポばかりか、レコーダ自身にも反応しない。
 どうやら録音機能、取り分けファイナライズに関わる部位が完全にイカれている様で、それが証拠に当機でダビングしたCD―Rでも昔のものは立派に機能するのに対し、ここ二~三年の間にファイナライズされたであろう円盤は、安手のフリスビー位にしか使い勝手が無いのである。
 勿論、既商業用のCDから複製したものはどうしても聞きたければ再度借りてくれば済むが、そもそもわざわざ大枚叩いて既に時代遅れになりつつあったCDレコーダを導入したのも、嘗てテープに収めたYMOのライブや坂本龍一氏のラジオ番組サウンド・ストリートのエア・チェックを苦労してMDにダビングしたので、その資産を眠らせることなくCDメディアに引き継ぎたいというのが最大の眼目であった。厳密に言えば元がアナログのカセット・テープであるからMDtoCDをデジタルにする価値は小さいのだが、カウントダウンTVをマメにチェックしながらCDシングルを借りてきてはMDに落としていた時分のコレクションも溜まっており、敢えてMDデッキにCDレコーダという仰々しいシステムを構築したのである。
e437.jpg 従って現下に舞い戻るならばフリスビーを産んだCDレコーダを旧態に復させるよりは、半ば死蔵されつつあるMDデータを如何に吸い出すかに着目した方が合理的だろう。先ずは折角パナソニックのコンポにSDオーディオが付いているのだからとMDtoSDを試みる。拍子抜けする程に簡単にダビング出来たがSDオーディオ自体i-Pod対抗の、保存用であるよりは携帯用規格でありかつ著作権に厳格なフォーマットらしく、ここからPCに移すのがままならないのでは所期の目的に全く叶わない。
 翻ってCDレコーダを導入した折りにはMDtoPCの手段はPC側に外付けUSBによる入力ジャックを設けMDデッキの光デジタルoutからオンタイムで繋ぐのが唯一にして最良の策であった。がそれではカセット・テープから直接取り込むのと大差なく、即ちMDメディアにおいて折角一曲毎にファイルを分割し、タイトルを付した手間が灰燼に帰して仕舞う。
 では時は流れ、MDtoPCの新たな技術も開発されたかとネット上を漁ってみるが、そもそもMDというメディア自体が普及から20年も保たず風前の灯火と化しているから、既にMD再生機たる範疇が極小化されている。僅かにMDの産みの親であるSONYの、自らが希代の音楽ハード・メーカーであった栄華の時の残滓の如くに三年前に発売したMDウォークマンが、楽曲をネット上からダウンロードしてPCからMDに送り込む「NetMD」機能の恐らくは行き掛けの駄賃として、逆流するMDtoPCもまた満たしていることが判明した。
 かくなる上はここで会ったが百年目、今更MDに三万円強の投資は馬鹿らしくもあるが、いつ何時生産終了しても可笑しくないから早急に手を打たなければならないし、少なくともマランツ機を修理するよりはローリスクであろう。早速・もWindowsVista用に入れ替え繋いでみたが成る程便利で、想像するだに世の中にはMDメディアを抱えて時代の潮流を読み間違えたわが身の不遇を嘆いている向きも決して少なくない筈である。そうした需要に対するSONYとしての回答であるならば、ベータの苦い教訓も今に活かされているのかも知れない。

11月25日(水) 痛みに耐えぬ

e3.jpg 一家に風邪が蔓延する中、週初めに2時過迄赤坂でがなり立てていたからだろうか、喉はおろか鼻迄悪化してきた。加えて既に治癒したかと安穏と構えていた逆流性食道炎が再発気味で慌て医者に駆け込むと、「裂けて筋が入ってるんだから薬飲み続けなきゃ」とあっさりあしらわれ、昨今の荒れた食生活の為せる業ではなかったかと、却って安堵する始末では情けない。
 寧ろ風邪で辛いのはマスクで、生来のアレルギー性鼻炎から鼻呼吸に弱点を抱える身の上には息苦しさが募る上に、長時間使用していると紐の圧力が直接振り掛かる耳の上部に非常なツウヨウを覚えるのである。肌が弱いのか、痛みに耐えるべく心根が弱いのかは兎も角、少なくとも耳が頑丈に作られていないのは中国男より以前のニセYMO時代にはシーケンサー演奏との同期のためにクリック音の鳴り続けるヘッドフォンを被り続けなければならなかったが、ひとスタジオ終えると耳当て部に抑え付けられた耳の表面が痛くて堪らなかったことからも明らかだろう。
 それでもこのところはインフルエンザ騒動から、痛みに耐えかねマスクを外した瞬間に咳のひとつでも刻もうものなら非国民扱いだから、風邪本来の苦しみに加え付随する空気の薄さと耳の鈍痛を甘受しなければならない。勿論よく拳拳服膺してみれば、肉体の如何なる部位への締め付けも忌避する性癖の為せる業かも知れないが、だからと言って冬でもゴムの短パンを履き続けたり、わが家の外でもノーパンを貫いたりするのは無謀であって、精々熱射病のリスクを負ってもゴルフ帽を割愛する程度だろう。
 従って眼鏡も軽くて弦の細い材質に拘るようになったのは、生活の知恵に違いない。だとすれば眼鏡そのものを掛けたり外したりするのも多分に耳への加重回避から自然に備わったスタイルと言いたいところだが、確かにその要素も否めないものの、寧ろこのところは着用してもいない眼鏡を上げようとして不存在に驚く光景がまま見られるようになって来た。詰まり本を読んだり、ネットブックに向かったりして焦点が合わないからてっきり眼鏡のせいだと思うと既に外していて、老眼の進行に留まらず近場を凝視する裸眼の視力も確実に衰えが進んでいることに慄然とさせられるのである。近頃は外した眼鏡の所在を求めての家捜しもまま到来するに到っているから、愈々次の眼鏡は遠近両用かつ弦に紐を付けて首から下げなければならないかも知れない。最早風邪の治りが遅い位で嘆いている場合ではないのである。

 穴吹工務店の倒産と千代大海の大関陥落。後者は景気とは全く関係ないのだが、つい昨年までオリックスバファローズ二軍を「サーパス」として来たネーミングライツのスポンサーが穴吹工務店だっただけに、同じ日の勃発には何となく野球と相撲に一挙に不況の波が伝播したかの如く錯覚に囚われる。

11月22日(日) 熱さのせい  -ライフ - 家作り日記-

e431.jpg 昨年に引き続いての幼稚園のバザーだが、雨模様のため屋外展示・アトラクションが須く園内に移設されたため、まさに寿司詰め状態の中、景品釣りや輪投げといった古風なゲームコーナーに戯れる。
 更には離れでの、どんぐりやら木材を駆使しての「となりのトトロ」のジオラマ製作は、指導役の父兄の巧みな誘導の賜物か、乳幼児自ら手を拱いている割には一端の素人工芸の如く出来映え(舌写真)に驚く。
 と家族想いの良き父振りをアピールする一方で、雨も上がれば健康優良な乳幼児達が大人しく建屋に留まっている筈もない。しかしながら新陳代謝も衰えた四十男に十一月の、しかも真冬並に気温の急降下した園庭での戯れは厳しく、バザー主催側の使用人のひとりとして従事する妻を余所に、戦隊シリーズの映画でも見ようかと、わが子達を我が家へと誘って仕舞った。子供は風の子である筈なのにいけないお父さんである。

e432.jpg 然していそいそと帰ってみて再び気付くのは生まれて初めて一軒家に住んでみて約ひと月、驚くべき屋内の寒さではなかろうか。
 流石に床暖房を設置した二階リビングは、常時人間も居るからそろなりの保熱があるが、取り分け一階に降りると底冷えする。今更ながら六面中四面を他の占有区域に囲まれたマンションの保温効果の高さを思い知らされるが、裏を返せば古来よりわが国伝統の木造建築の通しの良さを物語っていると看做すことも出来る。
 加えて生来の汗っかき、暑がりの上にこのところの体重増で更に脂肪分を増したため、旧家では風呂上がりは常にすっぽんぽんのまま居間を横切り陰部のみ覆ってベランダに出るか、冬でも寝室で冷房に浸っていたのに鑑みれば、暑さで倒れ込みそうにもならず脱衣場で体を拭い、あまつさえそのまま衣類を羽織ることさえ出来る適度な涼しさは非常に有り難い。
 そもそも壁ばかりの風呂で息苦しさに耐えながら親子三人押し合いへし合いしていたのに比べれば、ミストサウナで熱したところで窓を開放する爽快感は何事にも変え難いではないか。夏になれば更に喜びを感じ得るのか、心して期待したい。

11月21日(土) かっぱのマーク  -グルメ - 魚介類-

e435.jpg 二週間前の日曜日、19時前後という最も繁盛するであろう時間帯におっとり刀で訪れたわが家は、その認識の甘さを深く思い知らされ、公資には三歳児とは思えぬ「もう勘弁してくれよ~」とのぼやきを浴びながら、結局近隣のガストでお茶を濁したのであった。
 そもそもサビ抜きの穴子かプレーンの稲荷しか口にしなくとも、体面や寿司職人の不興といった課題さえクリアされるならば寧ろ好んで寿司店に訪れたい父にとっても持って来いの回転寿司だったが、祐旭のいくらフリーク度が増すに連れ俄かに需要が高まり、そこにタイミングよく到来した情報がかっぱ寿司のコスト・パフォーマンスの高さであった。だから二週間前は半ば物見遊山に過ぎなかったのだが、長蛇の列に退散を余儀なくさせられると、かっぱ寿司練馬貫井店が恰も桃源郷に聳える白亜の殿堂が如くに見えて来るから人間心理とは不思議なものである。
 そこで本日わざわざ遅めの昼を狙って再訪、目論見は当たり些かも待機することなく入店出来たのは良かったが、期待が大き過ぎたのだろうか、先ず穴子に垂れが付いていないことに軽くジャブを受ける。実は垂れは別途用意されていたことに最後に気付くのだが、ひとつケチが付けば白い物も黒く、子供にはお楽しみの「新幹線による運搬」も徒に機械的に映って来るとは悪循環である。取り分け誤ってメロンが現れ、そのまま返送したら数分後に正しく注文通りのプリンに変わって再送された折には、勿論意志疎通の少なさは人件費軽削減とのトレードオフであり、新幹線もまた乳幼児向けキャラクターのお面を被った省人化の手先に過ぎないことは重々承知の介ではあるが、表現は悪くとも東南亜細亜の片隅に放り込まれた様な、不思議な感覚に囚われた。
e434.jpg 極め付けは祐旭の反応で一巻手を付けただけで、言うに事欠いたか「空気でお腹が一杯」と宣い大好物のイクラに見向きもしないとは、幼児において尚明瞭に口に合う合わないを知覚し得るという現実を雄弁に物語り過ぎではないか。「どんな味なんだろうね~」と浮かれていた公資のみ唐揚げと玉子焼きを前に喜色満面だったが、回転寿司もリターンは価格に比例することを思い知った。御託を並べながら、昼にも拘わらず父は十皿以上平らげたが、二人とも新幹線システムには妙に興味を示していたので、祐旭がイクラ以外をも所望するようになったら再訪を期したい。

 先週はごはんミュージアムの帰路に、有楽町の交通会館三階に寄ってみた。よみうり会館や元都庁のパノラマの中、次から次へと各種新幹線が左右行き来する絵柄は、電車好きの乳幼児にはやめられない無償スポットだが、かっぱ寿司内を処狭しと往来する新幹線皿の姿にデジャブの如く甦ったのでここに改めて紹介した次第である。お粗末。

11月20日(金) 紙に刻む  -ライフ - 家作り日記-

e428.jpg 引越を挙行した10月23日時点で、まだ家作りが完了していないのは織り込み済であった。幸いロフトへと通り抜ける「建築確認後の改造」行為こそ無事完了していたが、表札やベランダの屋根、道路提供部分の舗装を含めた外構工事が完了する迄には尚数日を要しなければならなかったのである。
 一方家具も食卓のテーブルと椅子が到来したのが10月末、それから子供用の椅子を別途手配したりしたから、更に机を覆うオーダー・ビニールの類迄勢揃いしたのは実に今週の日曜であった。それでも未だ電柱の移設作業が滞っているが、セットバック前の境界上に年間・円程度の賃借料で建立されており道路通行には障害物以外の何物でもなくとも、わが家に取っては幾分離れたまままの方が使い勝手が良いから、敢えて事を荒立てる必要はない。
 そこで家作りの完了を待っていた訳ではないのだが、仕事もひと段落したので平日の午前中を費やし、引越の総仕上げとして住所変更に伴う諸手続きに行脚することとした。と言っても住民票や郵便局への転送届出はとうの昔に済んでいるから、残す大物は不動産登記となる。何も難しい話しではなく、紙一枚書いて杉並区今川の法務局出張所へ持ち込むだけなので、何事も経験かと意図的に自ら手続きに赴いてみた。ただ相談窓口で指導・修正されたのはよいが、一度一階に下り印紙を買い、二階に戻り隣の窓口に提出すると、完了証を送付するなら切手をと求められ、同じ法務局にも拘わらず「一階で売っているかも」と曖昧な示唆のもと再び階段を降りると案の定笑顔で否定され、結局環八沿いの郵便局まで80円切手一枚のために行軍する羽目に陥った。皆一様に物腰柔らかで丁重ではあるが典型的な役所仕事である。土地の売買にしろ銀行ローンにしろ、頼んでもいないのに現れる司法書士の手を煩わせれば一人前の報酬を課されるのは、この七面倒臭さの代償であったかと体感出来たのが半日の休暇と代償としておこう。
 車庫証明から取り直さなければならない車検証の変更はパスすることに決め、杉並警察で運転免許証に新住所を裏書きされて大団円となった。後は送られて来る郵便物に地道に返送葉書を出し続けよう。

11月19日(木) 陽はまた昇る  -政治・経済 - 政治家-

e427.jpg 仕事柄議席を失った方々の慰労の席は少なくないが、最期の一太刀に賭ける長老や、喩え四年間浪人しても時間的に挽回の余地の生じ得る若手層は存外に意気軒昂であっても、先の見えない徒労感と先が見えて仕舞った虚脱の相半ばする中堅組の悩みは決して小さくないのではないかと見受けられる。
 それは極論すれば政治家は常にバッヂを付けていなければ政治的にも経済的にも生きていけないという社会システムと、それには非常に似つかわしくない、選挙の度に大挙して現職の入れ替わる恐れの大きい―そしてこの二回でそれが極端に実証された―小選挙区制度の同居に、最早職業政治家たる存在そのものへの懐疑さえ惹起されているのではないかとの疑念に由来する。
 現政権の「雛型」である英国においてもまた嘗ては七割程の選挙区は勝敗が固定しており、残る三割が左右何方に靡くかで雌雄が決するとされてきたが、取り分け21世紀に入ってからの選挙では振幅が大きくなる傾向にある。ただ少なくとも無名の新人は対立政党優位の選挙区から腕試しを行い、好成績を挙げれば楽勝の選挙区へと昇格していくシステムは、政党組織よりも個人後援会と地元の結び付きに依拠した、これ迄のわが国選挙事情に照らし合わせれば非常な違和感を感ずるだろうが、政党主導たる小選挙制下の選挙戦術としては合理的である。何よりもわが国では一旦厳しい選挙区を選択すれば、事実上生涯苛烈な選挙戦に悩まされ、地元事情に足を引っ張られ続けられざるを得ず、一方で安定した地盤・看板を譲り受けた候補者は新人時代から安泰というのでは有利不利が大き過ぎよう。
 それでも長期雇用慣行の中に政治システムをもまた位置付けるならば、ひとつの選択肢は中選挙区制に回帰することにより職業政治家の地位を安定させることとなるが、社会全体の雇用もまた流動化する中で、バッヂの有無だけが政治を担う唯一のメルクマールという現行から「政治に携わる職業」もまた普通の仕事へと導いていく方が、より建設的ではないだろうか。

 この中で本日は既に四年も前になる少子化対策研究会の方々をお招きしたが、俄かに本会議が騒がしくなったおかげで現職の皆様が軒並み欠席とは対決国会の意外なとばっちりである。
 民主主義の根底に多数決原理があり、選挙から選挙迄は全部委任を受けたのだから批判があるなら次の総選挙で反対勢力に投票すればよいというのは道理である。ただそれだけでは四年に一度国民投票が実施される直接民主制に過ぎず、代議制を採用しているからには争点の発見と衆知のためのアリーナ機能も発揮される必要がある。それを過度に主張して弱者の脅迫に堕して来たわが国の歴史に鑑みれば、強面に徹するのもひとつの壮大なる実験なのかも知れないが。

11月18日(木) ソノヒロ  -政治・経済 - 政治家-

e426.jpg 園田直という政治家の名を知覚したのは小学生の時分に見た週刊朝日連載の合本「山藤章二のブラックアングル」で、暗殺されたイスラエルのベギン首相の葬儀に外相として参列し、「ソノダ(その他)大勢の扱いだった」と嘆いている戯画であった。その後、"ソノチョク"と称される氏が若き日には国会議員同士の「白亜の恋」の主人公であり、河野一郎氏亡き後に一派をも率いた大政治家であることを知ったが、驚いたのは糖尿病で逝去された後の86年ダブル選挙に際し、前妻の子息である博之氏のみならず、白亜の恋のもうひとりの主人公であり博之氏の義母にあたる天光光氏も凡そ三十年振りに名乗りを挙げ、中選挙区時代の熊本二区が一躍「骨肉の争い」の繰り広げられる注目区となったことだった。
 結果的には天光光氏に大差を付け初当選を飾った博之氏は93年にはさきがけ結党の一翼を担い、細川連立内閣の官房副長官を務めるが、多くが民主党へと合流するなかさきがけの解党を見届け自民党へ復党、以後は"出戻り"の汚名を晴らすが如くに仕事師に専心し、取り分け郵政民営化の党内取り纏めに奔走したことで株を上げたのは記憶に新しい。
 その園田博之氏の講演を久々に拝聴したが、政策に明るく仲間内での勢いはあっても他者の言を受け入れられず上世代からも下世代からも受け入れられ難い中堅と若手の中間域と、情に篤く利にも敏いボス層とに二分されがちな自由民主党において、政策も語りながら調整能力を発揮し落とし所を拵える腹も座った園田氏のあり様は、古き良き日本の政治家とはこうした存在ではなかったかと古を彷彿とさせるものがある。
 例えば「単に引き摺り下ろすでなく、民主党の政策をよくしていくのも、与党であった自民党の野党としての役目」といった発言は、弱小政党に転落したさきがけでの野党経験からも導き出されたのかも知れないが、兎角エキセントリックな民主党の粗探しか、魂を失った様に民主党の更にお株を奪う社会民主主義への転向を図る、野党慣れしていない野党議員が目立つ中で、非常に立ち位置を弁えた発言である。勿論、紋切り型でなくAであればBであれば、或いはなかりせばと仮定やエクスキューズの多い物言いは氏の頭の良さの現れに他ならない反面、評論家的に響き、まとめ役として右に出る者はいなくとも政治的信念は何なのかとの批判的な見解が生ずる遠因ともなっている。
 漸く喪が明けた様に政調会長代理から幹事長代理と日の当たるポジションを歩みつつあるが、器用貧乏から更に一歩脱皮して自由民主党の顔のひとりになれるかの正念場に違いない。園田指揮官のコントロール下に河野太郎氏の如き尖兵が突撃する、対案を出す野党・自由民主党の姿が早く見たい。

 田英夫元社民連代表逝去。政界再編が一段落した後の95年参院選に際し、「DENと大書してあるからDemocratic某という新党でも出来たかと思ったら"でん"だった」と友人が語っていたのが想い出される。御冥福を祈念致します。
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