コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

6月29日(月) ぼくら企業人  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

e220.jpg 平成4年に社会人となってから同18年末までの約15年間も属さざるを得なかったユニオン・ショップには最後まで違和感を禁じ得なかった。勿論、製造業であるからには現業系従事者の賃金・待遇闘争としての団体交渉の機能を否定する積もりは毛頭ない。しかしながらそもそも個々人の職責また能力・成果も余りに幅のあるホワイトカラー層を定昇やベアという括りで一括する構造に無理があるし、更には組合費の一部という形で特定の政党への支援をアプリオリに是とされるのは不可解である。
 ただ"搾取される労働階級"たるフィクションに自らを仮託出来る信条を有する個人に取っては幸いにも労働組合たる集合体、政治を様々なバーゲニング・パワーによる交渉のフィールドと見做すのならばひとつの「アクター」に昇華された存在が体感出来るのは有用であり、逆に言えば都市部サラリーマンにおいて労働組合に代わる媒介が存在しないからこそ容易に特定の政党への支持に換骨され、しかしながら当該政党に取っては組織化に馴染み易くかつ数のある現業労働層を優先せざりを得ないからホワイトカラーに最も効用のある政策を望む声は届かない。
 恐らく本日定時総会の開催された「企業人政治フォーラム」なる団体はそのアクターたるを企図したものだった筈である。勿論そこには"緊急避難的"に廃止された企業献金の斡旋再開に向けた米国のPACにも似た組織の雛型たらしめんとする経済団体連合会の思惑があり、従来の業界団体同様に組織内候補を国政に送り込むことによる影響力の発揮という明確な意志も存在した。
 しかしながら前者は既に日本経団連本体に依る政策評価という形で成立し、後者は三回の参議院選挙を通じて費用対効果に見合わないとの判断から事実上撤退するに至っている。従って現在は細々と懇談会の類により政治と経済界の接点を設けるに留まっているが、今こそこの枠組みを活用し、必ずしも利害の一致しない個々人を主に大企業のサラリーマンであるという一点において緩やかな連合体を形成させる試みを加速化させ、また政治の側もそれを活用すべく智恵を絞るべきではなかろうか。確かに既存の団体・組織の如く確固たる支持母体たり得るかは非常に心許ないが、支持なし浮動票として政治的・政策的に軽んじられてきたサラリーマンと国家の紐帯を設けることは、大袈裟に言えばこの国の在り方に一石を投じることにも繋がるのではないだろうか。

 宴席で21時以降酒も飲まず何も食べずというのは非常に厳しかった。おかげで0時近いお開きにも拘わらず存外に元気だったが、四年振りの胃カメラの日程設定は正解ではなかった様である。

6月28日(日) 蜃気楼  -スポーツ - ゴルフ-

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 又もや折角足があるからと今度はゴルフの練習へと向かった。嘗て公共交通機関でアクセス可能で、かつ一定のヤード距離を有する練習場漁りをした経験もあるが、結局常打ち場はわが家から自転車で10数分の松ノ木ゴルフか、かの内藤雄士レッスンプロの御実家としても有名なハイランド・センターに落ち着いていた。
 ただ最長でも100y程度とは果たしてそれを超えた後の軌道が右傾・左傾していても判然としないし、極端に筋力のない私が飛距離増に向けた無駄な抵抗を試みたとしてその成果も体感出来ない。そこで来訪記録のあるストックの中から先ずは三鷹台ゴルフセンターにターゲットを定めてみた。200y近い広さとわが家からの適度な移動時間に加え、バンカー練習場まで併設されている使い勝手の良さが売りである。
 しかしながら虫の知らせなのだろうか、いざ近付いてみてああここだったかと駐車場に乗り入れるとこちらも見覚えある久我山ゴルフではないか。三鷹台よりは幾分小振りだが確かに直線距離にして数百mしか離れていない。従って誤認したとしても不思議ではないが、ナビゲーションに従いながら最後は鳥篭を目視して到達したのだから本来はもうひとつ別の網が視界に入っていなければならない。幾分の不安を抱えて久我山ゴルフを後に再び車を走らせると、案の定三鷹台の存在した筈の空間が完全に更地になっているではないか。
 ゴルフ人口の減少に伴い都心部の練習場の経営不振が騒がれて久しいが、こうして目の当たりにしてみると切ないものである。当然の様に久我山ゴルフに引き返し事無きを得たが、惜しむらくは今一歩の全長が欲しいので、当面再びのゴルフ場漁りが続きそうである。更地巡りのセンチメンタル・ジャーニーにならなければ良いのだが。

e219.jpg 乳幼児随伴での飲食はただでさえ選択が限られる上に偏食かつ新しい物に挑戦しない保守主義者振りを父から受け継いだ息子達だから余計に制約は大きい。本日は妻が開拓してきたBaby King Kitchenなる店を訪れてみたが、一見するとドラマ「流星の絆」におけるカレーハウス「ジョージクルーニー」となった、わが家から程近い旧Planet 3rdに似た光景で、カフェ・アパートメントなる分類に属するらしい。ただ決して広くない店内に小さなブランコや滑り台、或いは輪投げに木製のレールと電車といった玩具類が所狭しと並べられ子供を飽きさせない工夫が為されている。客層も突然見ず知らずの人に親しげに、自らばかりか弟の紹介までし始める祐旭の様な人物が徘徊していても許容出来る範疇に収まるから親としては安心である。
 それは非常に正解だったのだが、帰路唐突にロケーション中の梅宮辰夫・アンナ親子に邂逅し、カメラを向けると露骨に遮られ、それでも構え続けていると中止を求められて思案顔になって仕舞った。タレントであるからプライバシー権よりは肖像権の範疇だろうが、公道でどう見ても占有許可は取っていないから、財産権としてのパブリシティ権への侵害があったか否かがメルクマールとなろう。であれば例えば撮影した写真をネット上に掲載すればアウトに違いないが、その蓋然性を生じさせる撮影行為そのものも損害賠償の対象たり得るのか、あくまで自粛を要請されているに過ぎないのか。子供を撮影しているのであってそんなタレントは知りませんと強弁したら対抗出来るものなのか。

6月27日(土) 海の贈り物  -育児 - パパ育児日記。-

e212.jpg 二日目がディズニーシーであるのは二年半前と変わらない。しかしこれ程にトラブルに見舞われるとは誰が予想し得ただろうか。そもそも昨日、到着直後にビデオの電源を付けるといきなり残り僅かの白ランプが点灯する。8年物のカメラであるから電池の持ちが悪くなっているのは事実だが、あろうことか差し替えた予備バッテリ迄もが未充電ではないか。これは近くの量販店に駆け込んでビデオカメラ自体を買い替えるしかないかと思い詰めたが、すんでの所で先月購入した予備のコンパクト・デジカメの動画で対応することを思い付き辛くも乗り切ったばかりである。それが本日、いざ出陣とばかり借り物の車の鍵を回すしてもウンともスンとも反応がない。紛うことなくバッテリ上がりだが、ライトの消し忘れという初歩的なミスを犯したのは自らだからこのやり場のない怒りを何処にぶつけたら良いのだろうか。
e213.jpg 結果的にはガソリンスタンドから急派された御仁にスターターを回して貰いスタンド迄のランデブー。そのまま充電のため車を置き去りにする羽目には陥ったが、わざわざシー迄の往復送迎して戴けるとはその親切心に痛み入るばかりであった。おかげで僅かなロスでモノレールで先行した一行に合流出来たのだからこれを不幸中の幸いと言わずして何あろうか。混雑する日本料理店の受付氏の対応に、これがアッパーミドル層をターゲットとするシーの流儀かと面食らいはしたものの、ビッグシティ・ビークル、エレクトリック・レールウェイと穏便に乗り物系から攻め、途上ショーも見物すとは定番の導入だろう。次いで電車から見下ろしたばかりのアクアトピア(上写真)へと向かう。要は水上ゴーカートだが適度にスリリングな一方で暗所や著しく激しい動きはなく、一家全員存分に楽しめるという点で今回の白眉であった。
e214.jpg ただシーの難点は高低のある造作の割に、数少ない移動手段である船はショーの舞台たる水路を通るため運航時間が非常に短いことだろうか。とはいえ徒歩にて山を越え「マーメイドラグーン」の屋内部に入ると祐旭は水遊びに夢中で、概してアトラクションそのものよりも全体の雰囲気や風景を楽しむべく構成されたシーの中で唯一とも言える乳幼児向けコーナーに歩を向けたのは正解であった。海中をイメージしているのだろう、光量が著しく足りずすっかり暗所恐怖症と化した公資は不愉快そいな面持ちだったが。
 しかしここに至り遂に携帯電話も電池切れ、またもやの珈琲杯(ワールプール)を終えた父と祐旭、待機の母と公資がはぐれ刑事純情派状態に陥るとは、実にバッテリに泣かされる旅であった。ここから得られる教訓は電話やカメラから果ては自動車に至る迄の"電池インフラの脆弱性"ではなく、お泊り充電器セット一式を持参しなかった自らへの戒めであろう。
e216.jpg ロストリバーデルタまで更に歩き、帰路漸く船(トランジットスチーマーライン)で戻り退散す。振り返りみて身に染みたのはいきあたりばったり度合いである。充電騒動は兎に角、ファストパスも偶然頂戴した以外全く活用せず、多分に妻を除く偏食が差配しての所業ではあるものの初日は終日ポテトばかり食わざるを得なかった。もう少し長じても親の側がコースタものは駄目なのでバリエーションが拡がらないし、ミッキーとの邂逅の次に二人が狂喜乱舞したのが帰り際に風船を買った時であったことに鑑みれば、公資も有料になって更なる大枚を叩く必然性があるのかに疑念も生ずるが、漸く父もTDRの魔力に感化されてきたところなので、次回ご利用は計画的に再戦を期したい。

6月26日(金) 吉野或いは安川  -育児 - パパ育児日記。-

e206.jpg 暑い程の快晴の中、公資も愈々三歳90cmの第一の壁を越えたところで初めての、祐旭に取っては二年半振り三度目のディズニーランドである。しかし乳幼児向けトゥーンタウンの「グーフィーのはずむ家」で転んだ公資が、続く「ガジェットのゴーコースター」に言われるがままに運び込まれ全行程「嫌だよ」を連発する羽目に陥ると、頑なな保守主義者振りを開花させ、以降は凡ゆる乗り物に「僕は待ってる」と及び腰になったのは、日常の大人(たいじん)振りからして意外であった。それは親切にも見ず知らずの方からファストパスを譲って戴き、人気アトラクションに初めて接した父が四十にして漸くディズニーランドの神髄に触れた様な感慨を味わったファンタジーランド「プーのハニーハント」においても変わらぬばかりか暗所恐怖症が追加され、降り立って母の顔を見かけるや否や「怖かったよを」と号泣したのである。
e207.jpg 寧ろウルトラマン・ショーでも始まる前から腰が浮いている祐旭がジェットコースターもどきにご満悦だったの方が収穫だったろう。しかしながら定番の珈琲杯(アリスのティーパーティー)とメリーゴーランドを経て、疑心暗鬼になった公資を口説き漸く久々に全員揃ったウエスタンリバー鉄道には祐旭が物足りない顔で案配が難しい。更にはジャングル・ファイヤーならぬジャングル・クルーズに至っては飽きて来た祐旭の説得から始めなければならない始末で一旦ホテルに身を寄せることとした。
 ランド本体から微妙な距離感のあるシェラトンで有料のSPAに入るという贅沢な行動に出た後は、わざわざ高額を費やし宿泊の挙に出たからには元を取らなければとの行動原理からだけではなかったが、夜のランドに再び赴く。実に20年半振りにお目に掛かったエレクトリカル・パレードだが、昼も夜もパレードの〆めにしっかりsponsered byが表示されているのは費用対効果に鑑みれば致し方ないところか。
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不安気な表情
(ハニーハントにて)
 ただ中途からだったため冒頭に登場したのであろう、「ミッキーが居なかった」との公資の訴えを受け、再びトゥーンタウンはミッキーマウスの部屋を目指す。閉園も近付く時間帯にも拘わらずの45分待ちに驚き、時間潰しに再び訪れたグーフィーのはずむ部屋で係員に「危ないから見てるよ」と自ら事情を説明している公資のテンションの低さも懸念されたが、いざ撮影の段(冒頭写真)に至ると祐旭・公資のみならず父母までも感激の面持ちになり、大スターのオーラに圧倒され終わり良ければ全て良しムードに包まれ初日を終えたのであった。[27日に続く]

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 マイケル・ジャクソン氏と言われて即座に連想するのはとんねるずが一番勢いのあった頃にかの「Bad」のプロモーション・ビデオの相当に手の込んだパロディを演じていた光景である。詰まりは亡くなった方に申し訳ないが、猿のバブルス君に関するエピソードをはじめとする一連の奇行であったり、例えば今般親族代表として会見に臨んだ実兄の余りのオーラの無さに驚かされた等、氏の音楽性そのものよりワイドショー的な興味が相当に、従前から上回っていた。だからこそその死もまた多分に"芸能"的であったという点で、「ポピュラリティの王」たるに相応しい最期だったのかも知れない。

6月25日(木) いざゆけ、ぼくらの  -テレビ・ラジオ - ウルトラマンシリーズ-

e204.jpg 折角半月も余分に駐車場を確保したからにはと車の到来に先立ち妻の実家から一台借り受け、合わせて搭載するCDも整備することとした。当然、戦隊シリーズやらアンパンマンであったりする訳だが、主軸はウルトラマンに他ならない。過去に当該義父車に常置すべく編集したウルトラCDに倣い一曲の短いTVサイズ、則ち通常三コーラス存在するレコード版でなく番組で実際に放映されるバージョンで揃えたのは曲数を稼いで飽きさせない為の工夫でもあるが、同時にTVサイズそのものが父の小学生の折、友人達と熱中したウルトラ劇伴レコードに依り認知されたという父自身の嗜好にも由来している。
 幸いマックス迄の主立った楽曲を集めたCDは市販されているので、これをベースにマンはみすず少年少女合唱団の声質=年齢層の違いやコーラスのコーロ・ステルロの有無による3バージョン、或いは1話のみ放送されたAの歌詞違い版は元より、お蔵になったセブンや新マンの主題歌パートⅡ、果ては商標登録の関係上、番組タイトルそのものがNGになったウルトラエース等、マニアックな楽曲もかき集めて仕舞った。
 かくなる上は大怪獣バトルニ作も揃えなければ画龍点睛を欠くとばかりに大怪獣バトル、同NEOのサントラを探すも頼みの綱のTSUTAYA新宿店も御茶ノ水のジャニスでも貸し出しをしていない。しかし拾う神あれ、嘗て無料期間のみ活用したTSUTAYAディスカスで検索するとお誂え向きに両者とも勢揃い、しかもこんなマイナーな盤は貸出順位第一位に他ならない。こうして漸く成立したCD「拡大TVサイズ・ウルトラマン」のラインナップを以下に記したい。
e211.jpg eternal traveller(大怪獣バトルop)/JUMP UP(大怪獣バトルed)/誓い(大怪獣バトルNEOop)/愛のしるし(大怪獣バトルNEOed)/ウルトラマンメビウス/Another day comes(ULTRASEVEN X op)/ウルトラマンマックス/Spirit(コスモスop)/君にできるなにか(コスモスed1)/心の絆(コスモスed2)/ウルトラマンネオス/ウルトラマンナイス/ウルトラマンガイア!/Lovin' You Lovin' Me(ガイアed1)/Beat on Dream on(ガイアed2)/ウルトラマンダイナ/君だけを守りたい(ダイナed1)/ULTRA HIGH(ダイナed2)/TAKE ME HIGHER(ティガop)/Brave Love,TIGA(ティガed)/ウルトラマンパワード/STARLIGHT FANTASY(パワードed)/ぼくらのグレート(グレートop)/地球は君を待っていた(グレートed)/アンドロメロス/ウルトラマン80/レッツ・ゴー・UGM(80ed1)/がんばれウルトラマン80(80op2)/地球人だよ(80ed2)/ザ・ウルトラマン/愛の勇者たち(ザed)/ウルトラマンレオ/ウルトラマンレオ(同NG-MIX)/戦え!ウルトラマンレオ(レオop2)/ウルトラマンタロウ/ウルトラマンエース(1話使用版)/ウルトラマンエース(2-52話使用版)/ウルトラエース(NG版)/帰ってきたウルトラマン/戦え!ウルトラマン(NG版)/ウルトラセブンの歌/ウルトラセブンの歌 パート2(NG版)/The Theme of Ultra-7(英語版)/ウルトラマンの歌(1,7話使用版)/ウルトラマンの歌(2-6,8-30話使用版)/ウルトラマンの歌(31-39話使用版)/ウルトラQ メインテーマ/ウルトラQ メインテーマ(同編集済版)/(補遺)キッズのチャチャチャ(ウルトラマンキッズのことわざ物語op)/コスモスアドベンチャー(ウルトラマンキッズ 母をたずねて3000万光年op)/Twinkle Twinkle Wink(ウルトラマンキッズ 母をたずねて3000万光年ed)
 他にも既発の未使用テイクは存在する筈だし、映画主題歌のレコード仕様よりは短尺なものを如何に扱うかとの課題も残されている。しかし問題は流石の祐旭もそろそろウルトラ音楽に食傷気味な事で、だからこそ新たな発掘に向けての意欲も惹起されるとはいえ、父の奮闘も空回りに終わる公算が高いのである。かくなる上は秘蔵のバージョン違いを少しづつ蔵出しする、アルファ商法の如く戦術を採る他ないか。

6月23日(火) もう一度  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

e205.jpg ここ数年、注目度の下がりつつあった「骨太」が久々に耳目を集めたのが社会保障関係費の2200億円削減問題であったとは皮肉な話しである。確かにこれだけじゃぶじゃぶと景気回復に向け"借金"を注ぎ込んでいる中で2200億の削減だけ決め事通りに取り計らう必要があるのかとの指摘は道理である。
 しかしながら2200億円を含む大歳出削減策を誂え、2011年のプラマリ回復を描いた骨太2006の首謀者こそ当時も今も同じ経済財政担当相である与謝野馨氏に他ならない。勿論、官から民への"小泉改革"旋風未だ吹き止まぬ往時においては「公」自らの歳出そのものへの強い疑念が存在し、等しく「自助・公助、共助」を訴えていてもも往時は狭義の「公」の縮小を、現在は逆にそれ以外の責任の拡大を促すという意味で、内実は似て非なる物に他ならない。それもその筈で三年前の真の”主役”は中川秀直氏であり、寧ろ与謝野氏に取っては党に歳出削減策を委ねざるを得なかった屈辱の記憶かも知れない。しかしながらよくよく比較してみればpublicのウイングを拡げようとの意志は共通であるし、最終的なゴールが財政再建にあることでは両の思想は完全に一致している。従って「踏まえ」との表現だけでも骨太2006の痕跡を残したのは、双方に携わった与謝野氏、園田博之氏等の矜持であるとともに、良くも悪くも70年代半ば以降、保守のDNAと化したが如く「財政健全」への強い潜在意識が垣間見えるのではなかろうか。

 今年こそは経営陣揃い踏みでけちょんけちょんにされるだろうと例年にない意気込みでリハーサルが繰り広げられていた会社の株主総会だが、開けてみれば拍子抜けというか、オンブお化けをはじめ御馴染みの顔触れこそ並んでいたが大過なく終了した。
 回答のポイントは反省はしても付け込まれぬよう謝罪はしないというのが最大の法的テクニックとは些か寂しい話しで、会社は誰の物かと大上段に振りかぶる積もりは毛頭ないが、総会という最高意志決定機関が形骸化、それが刺激的に過ぎれば年に一度、頭を低くして嵐の通り過ぎるのを待つだけの凡そ非生産的な儀式と化していることは疑い無い様である。

6月22日(月) 鍋底への別れ  -政治・経済 - 経済-

e202.jpg 月例経済報告の景気「底打ち」宣言を皮切りに漸く明るさを示す報道が現れ始めている。例えば本日も法人企業景気予測調査は最悪であった1~3月期から大幅な改善を示した。DIという指標は企業による「見立て」であるから大企業向けの本項では余計に先行指標色が強まる。従って個人消費拡大の根幹たるべき雇用への波及は必ずしも早急には望めないが、悲壮感の漂う状況のなか藁をも掴む想いでプラス要因を見出だすという意味では悪い話しではない。
 ただこうした報道の一方で「地域経済アンケート景気後退が7割」との報道を大きく掲げる勢力が存在するからまた面白い。都市部と地方、大企業と中小の差異、タイムラグは当然あろうが、意図的に景気を悪く見せることにどの様な効用があるかと言えば、確かに所謂"弱者"を扶助し結果の平等を指向する政策を後押しするのは間違いない。ただより平たく言えば現政権との距離感、即ち椿元テレビ朝日報道局長の如く非自民政権への願望が仮託されているのではないか。
 勿論、在視聴・購読層に支持される記事の比重が高まるのは、メディアとしてのマーケティングが根源にある限りやむを得ない。だからこそ日本経済新聞には景気の上方バイアスが、朝日新聞にはその逆が働くのであり、エキセントリックなマスコミ悪玉論に組みする積もりはないが、過度に中立性ばかりを謳うのは誤解を招きかねない。
 阪神タイガースのドラフト1位たる栄誉に見舞われながら、同僚だった先輩投手に投げ付けられた携帯電話で目を痛め、楽天に拾われた中谷捕手が12年目の初本塁打を成し遂げた。19年目の元阪神・若生投手の様なケースを除き、打者で遅咲きの記録を辿ると圧倒的に捕手が多い。しかも日本における現役最後の打席で14年目の初本塁打を達成し韓国へと海を渡った元近鉄・石山捕手や中谷捕手同様12年目の当時南海の柴田捕手、即ち後に007と呼ばれた男であったり、大物捕手の影に隠れて"カベ"と蔑称されながら、長じて指導者として大成した例も少なくない。中谷捕手の前途に幸あらんことを。

6月21日(日) からくり不動産  -車・バイク - 駐車場-

e201.jpg 世の中で最も悔しい"間の悪さ"とは何だろうか。例えばTSUTAYAで大量にレンタルした直後に半額クーポンのメールが送られてきた時、前出向先を訪れるも総員出張で部屋に入れなかった時、マンションのエントランスに到着したら目の前でエレベーターが上昇して10階迄駆け上がって仕舞った時。何れも幾分の徒労感こそ漂うものの激情を招くまでには到らないが、それは頻発度合いと空費されるロスタイムの多寡に依ろう。そこでこの観点から真に怒りを禁じ得ないと言えば、新宿駅で目の前を今発車して行った総武線が三鷹行で、次の中野行を挟んで丸10分ホームに佇まなければならない折りではないか。それはまさに、銀行の支店で漸く順番が回って来たと思ったら隣の窓口へとタライマワシにされるのと匹敵すると言っても過言ではない。
 そもそも中央線が土日に通過する高円寺・阿佐ヶ谷・西荻窪に共通の悲哀であり、それは歴史的経緯からも与件と受忍しなければならない。しかしながら責めて土日は東西線との直通本数を減らして総武線の三鷹行を増発し、かつ複雑怪奇な中野駅の乗り換え接続を改良すべく配慮が望まれるというのは、JRを主に利用する者のエゴに過ぎないのだろうか。

 引越しに四ヶ月も先立ち自動車を購入することとなったが、今更ながら痛感させられるのは手続きの繁雑さである。そもそも注文してから商品が届くまで早くとも一月弱掛かるという構造からして今となっては自動車が嗜好品であった時分の名残りの如く感ずるが、実車が現れる遥か以前、申請段階で駐車場の使用権を確保していなければならないとは迂闊であった。おかげで七月初に納車として引越までの当初想定四月に半月分も余計に賃借料を払わなければならなくなった。
 かく規制があるからこそ存立するビジネスもある訳で、自動車そのものも安全という大義名分の下に聳える車検制度が定期的な代替を促して来た面は否定出来ない。だから文句を付ける筋合いにはないのだが、不動産店の御仁が相当な御年配でビビッドな反応に乏しいのには些か閉口した。何しろ土日は休み、平日も17時過には閉まるのだから連絡を取るだけでひと苦労だし、融通が効かないというかサービス業たる観念に乏しいのである。おかげでなのか駐車場システムのからくり上仕方ないのか契約から一週間して漸く車庫証明の書類が完成した。さて車が届くのは何時になるのでしょう。

6月20日(土) 空に電球がある限り  -ライフ - 家作り日記-

e2003.jpg 屋根や外装、内では壁紙、果てはドアに至るまで色合いや形状のコーディネートは家造りにおいて存外に悩ましい選択である。それは須らく一部位のサンプルで判断せざるを得ないが為だが、何倍にも連なった際に如何なる印象に変化するかは素人では到底想像が付かない。勿論、CGで完成予想図を作成することは可能でも、今度はモニターやプリンタの特性に作用され実物を文字通り絵に描いた様であるかは保証の限りではない。だから最期にはエイヤッで審判を下すしか無いのだが、対してインテリアにおいては常人の発想で充分対応可と思っていたら、必ずしもそうでは無かったのである。
 取り分け本日のお題-照明-は些か難物であった。ショールームに出向き専任のプロが差配して呉れるので、書斎なり子供部屋なり通常の洋室であれば、シャンデリアでも誂えたりしない限りそれ程悩ましくはない。しかしながら一部はそこそこの高さこそありながら勾配天井で一部にはロフトが進出しかつ梁もある複雑怪奇なわが居間となると、果たして天空から長躯吊り下げるべきか、間接照明風に左右から照らすか、果た又そのミックスか、豊富な選択肢と言えば聞こえが良いが、帯に短し状態から組み上げなければならない。結局サイドからの光りを優先したところ、今度は光量が足りなくて妙に怪しい雰囲気に陥っても困るとばかりに存外に大振りなスポットライトもどきを5つも配備することになった。スタジオではあるまいしゴテゴテし過ぎではないかとの疑念も湧くが、住宅雑誌を垣間見る限りそうした例も少なくないからと納得して見る。断続的とはいえ二時間以上天空を見上げているといい加減首が痛くなるし眩しくて目に負担も大きいのである。にも拘わらず白熱灯と蛍光灯の相違すら理解出来ていないまま、LEDのコーナーまで覗いたり、玄関は人感センサ付きに、一階のトイレは眠気を覚まさぬよう夜は明るさほんのりにと要求は嵩み、改めて人は順応する生き物であることを体現して仕舞った。
 ところで外周の段になり、はてわが家の面する道に街灯やかくあらんと思い巡らせるも全く思い浮かばない。それもその筈で未だ夜半に赴いた経験が皆無なのである。結局これも幾分多めで落着したが、事実確認に赴くと立派に存在したのである。だからと言って電灯を減らす訳ではないが、安心して即断即決に至るべくショールームにはよく調べてから足を運びましょう、との教訓は導き出せるか。

6月19日(金) 蜘蛛はひとりぼっち  -ゲーム - ゲーム-

e199.jpg 小休止に当たって自然とWindowsデフォルトのゲームに手が伸びる同好の士は決して少なくないだろう。とはいえ統計に裏打ちされている訳でもないし、個人的には決して嫌いではないのだが、マインスイーパに興じている絵柄は希少でカードゲーム、就くフリーセルとソリティアの頻度が高い様に伺われる。
 それは一重にルールと動作の単純さにあるのだろうが、少なくともフリーセルには一定の経験則を積めば可成りの確率で勝利を得られる確実性があるので、ヒットに致ったのは頷けるところである。一方で不可解なのはソリティアではないか。造作自体はフリーセルより寧ろ単純だが、であるが故になのだろう、最善手を投じてもゲームを勝利に導けない配札が相当に見受けられ、これで勝率を問われるのは腑に落ちないので食指が及ばなくなった。そこにWindowsXPからの新顔として登場したのがスパイダソリティアである。
 キングからAへと並び替える基本フォルムは変わっていないが、単純なシークエンスのみの配列を駆使しながら最終的にはマーク毎へと収斂させるべく複雑化されている。しかしこれ迄余り真剣に取り組んでいなかったためでもあろうが、本日初めて中級=マークふたつ分で最期まで任務を完了し、漸く興味津々になってきた段階に過ぎない。果たしてこのスパイダ版はフリーセルの如く合理的に行動さえすれば完遂が見込めるものなのか、ソリティアの悪しき伝統を引き継いで端から不可能なお題が相当数存在するのか、恐らくは後者でないかと推測されるが今暫く、少なくとも配札さえ的を射れば四組での勝利を得られる程度には熟達を目指したい。
 ところでピンボールは何時の間にかデフォルトから姿を消していた。これも個人的には随分とはまった記憶があるが、思わずPC全体を揺らしてHDDに余計な負担を与えることも屡々だったから、賢明な判断なのだろう。
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