コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

3月30日(月) 地に足が付く  -ライフ - 家作り日記-

e56.jpg 遂に土地が引き渡されることとなった。同日銀行ローンが実行され即日数千万の大枚を先方に履行することとなる。折角銀行の一角で僅か一時間程の登場だけで一万円も巻き上げる司法書士氏まで同席しているのだから恭しく現金が運ばれてくるのかと思ったら、当然先方の口座への振込みであった。現生が現れればその瞬間は確かに私の資産なので恥ずかし気もなく撮影に及ぼうかと待ち構えていたが残念であった。
 これで遂に私も土地持ちである。勿論厳密に言えば現有マンションにも土地の持ち分は存在するが、所謂平たい土地は初めてである。ただいざこうなってみると前所有者の現に建っている旧宅を壊しての建て替えになるので、都市計画に基づいて3.5坪もセットバックしなければならないのが惜しくなってくる。同じ杉並でも荻窪近辺は元が東京郊外の別荘・隠遁地として開発されたが為か比較的幅広な生活道路により格子状に整然と区画が為されているが、わが高円寺はスプロール的に宅地化の進展した典型的な都市計画の失敗例と揶揄される程で、「接地する道路を拡幅することで土地の利用価値を高める」との題目の基に微々たる下賜金と引き換えに召し上げられるのである。当然それを了承した上で替わりに幾許か値引いて購入したのだから文句を言う筋合いにはないし、日頃都市変遷ウォッチャーとしてわが国都市計画における強制力の不在、一日先秋の如く遅々として進まぬ道路の整備・拡幅に苦言を呈していたにも拘わらずいざわが身に振って来るとこの体たらくである。責めて須らく辺り一帯拡幅が完結する迄は少々自動車が現時点ではわが地である道路供出部分にはみ出しても大目に見て戴くこととしたい。

 元財務官僚にして渡辺喜美氏らのブレーンとして名を馳せている高橋洋一氏が唐突に書類送検された。国庫から発掘するのはなるほど価値ある行為だが、他人様の財布に埋蔵する金子を戴いていては、幾ら出来心であっても案配が悪い。ミラーマンの称号を与えられた元大学教授氏と同列に並べるのは流石に失礼かも知れないが、氏もまた"どす黒い何か"に取り付かれたのだろうか。

3月28日(土) デンジマン  -育児 - パパ育児日記。-

e54.jpg ヘルニアの治療というからどんな大仰な細工が待っているかと思ったら電気治療とは即ち、人間の手の替わりに電磁波を用いたマッサージに他ならない。治療の間、些かピリピリし過ぎであるのみならず機器を外してなおクラゲにでも刺されたかの様に痺れ続けるのには一寸驚いたが、確かに効能明らかで痛みが随分と緩和されている。これで15分450円なら腰が痛くなくても肩や脹脛に当てて貰いたくなるが、三割負担を割り戻せば1500円とはマッサージに照らしても妥当な相場であり、須らく経済合理性が働いているというか、それならば人に揉んで貰った方が良いに決まっていよう。とはいえ当分毎日通えとのお達しであるので、日々ビリビリされて回復を期したい。

e55.jpg 従って祐旭と約束していたウルトラマン倶楽部も当然パスだが、それでは祐旭の期待権が不渡りになって仕舞うので妻が承継することとなった。毎月の様に川崎まで遠征するのも酔狂だが、全ウルトラマンとの撮影制覇という大望を抱いたからにはほぼ全月二柱ずつ邂逅しない限り、公資は兎に角祐旭の方が先にウルトラマンに飽きて仕舞いそうである。
 加えて今月はハンターナイトツルギ=ヒカリの変態前というマニアックな登場人物だったから逃し難い機会だったが、そのためには朝早くから旅立つか、夕刻まで粘らなければならない。妻にそれを強要するのも忍びなく、結局責めて昼のタロウとはと父のコレクションを増やして呉れたのが左写真であった。妻に依れば祐旭が矢鱈と段取りに詳しくかえって恥ずかしかったとは、流石にヘビー・リピーターに仕立てただけの成果は芳しかったということか。来月はレオなので父と再戦を期したい。

3月27日(金) お腰、煮付け、焚火、団子  -ヘルス・ダイエット - 膝痛、腰痛、肩こりよ、さようなら!-

e53.jpg 早朝から会議だったのを思い出し敢えて時間稼ぎに微妙に短絡している東西線に乗ったのが運の尽き、強風に曝された地上部分が止まりノロノロ運転の揚句に飯田橋から疾風怒涛の如く駆け抜ける羽目に陥った。そして一時間の会議を終えると、あら不思議立てないのである。老境の如く腰の曲がったまま、それでも座っている分には耐えられるからと昼は環境省に、夜は神楽坂で宴席と無理をしたのが月曜の話しだった。
 爾来五日、これ迄も子供を抱っこしたり、無理な姿勢で演奏に臨んだりしてぎっくり腰もどきの症状には三年に二回程度のペースでは見舞われていたから余り深刻に感じなかったのだが、こんなに長引くのは初めてである。そこで久々に整形外科を訪れるとずばりヘルニアで、腰の軟骨のひとつが相当に曲がっており神経を圧迫しているからと、早速毎日の治療を宣告される。
 おかげで足掛け二年振りの練習再開予定だった中国男も、年度末の駆け込みで計画した夜の日程も、雪辱に燃えていた来週のゴルフも当然全てキャンセルである。腰痛は人類が二足歩行に移行したことに伴う必然的な宿業であるとするならば、痔疾とともにその双方に羅漢した私は最も人間らしい体格の持ち主、というのは肯定的に捉え過ぎであって、愈々腰も真剣に対策を考えねばならない年恰好になったと冷徹に受け止めるべきか。

 昨年の様に関連法案の採決が年度を跨ぎ執行が遅れるのか、或いはすんなりと年度内に予算とともに通るのか、駆け出しの政治部記者よろしく国会日程を追い続けた年明けからの日々も、あっさりと決着を迎えた。
 これで政局はサミットをゴールに外交日程を睨みながら補正成立後の解散・総選挙を見据えた動きとなるが、先ずは一挙に水面に浮上する第一次補正の差配であろう。そうした意味でも愈々麻生・与謝野連立内閣の様相を濃くすることとなるが、小磯・米内を連想させるというのはここでもまた不謹慎であろう。

3月24日(火) 野球の力  -スポーツ - WBC-

e52.jpg WBC効果でわが国の株が上がるのみならず文字通り株価まで上がったのには驚いたが、何はともあれ目出度い話しである。会社の中の凡ゆるTVが静かに、音声を絞って画面だけオンにしている光景は、前回WBC決勝は出向中かつ確か休みの日だったので、大袈裟でなく1998年の長野五輪日の丸飛行隊以来だったろうか。A級戦犯目前だったイチロー選手においしいところだけ持っていかれたのは釈に障るし、日韓戦の3勝2敗は出来過ぎの感以前に些か対戦し過ぎだが、よくぞ9回裏に同点に追い付かれ如何にも負けそうな展開から盛り返したものである。米国が敗れれば次回開催すら危うしとの予測は幸い外れそうだが、開幕直前のこの時期に先発投手の中継ぎでのスクランブル待機も酷としても、殆ど出番が無い選手は心理的にも調整が難しそうである。こればかりは保険会社の悪巧みによる球数制限も功を奏さず却って故障に追い込まれかねないから大リーグ各球団も追加供出には尻込みしていたが、一方で中日球団の如く国族呼ばわりされても飽く迄ペナントを追求する球団が利を得るというのも釈然としない。勿論、山口投手や亀井外野手を潜り込ませてちゃっかり教育の場とした読売もお手盛り過ぎる感はあり、四年後迄には客観的な選出方法と正当な理由の無い辞退には遠慮なく非難を浴びせるナショナリスティックな世論を維持しておくことが、今や職業野球の最期の砦となったWBC三連覇への絵図面たろうか。

 私も一端の中間管理職もどきになって来たのだろうか。段々と自らこなすよりは敢えて配下のメンバーに仕事を振るケースが増えてきた。それは勿論、教育的効果も含めて集団の潜在能力を最大に発揮するための組織運営の一貫に違いないのだが、度が過ぎて最終形のイメージも無いままにただ振り続けているだけではマルナゲドンになって仕舞う。だからと言って上官が常に優れて全てお見通しの筈もなく、端から課員の力に委ねた方がスムースに運ぶこともあるから兼ね合いが難しい。

3月23日(月) 嘆きのブローカー  -政治・経済 - 経済-

e51.jpg 同じ台詞を同じ人物が述べたとして昇り調子の際は笑って済まされるか寧ろ豪気なエピソードと好意的に捉えられることが、別のシチュエーションでは非道くマイナスの波紋を齎す恐れもある。だから現下の局面では折角の麻生太郎氏の放言キャラクターも活きてこないが、「株屋は信用されてない。田舎じゃ怪しい」というのは誰しも本質的には心根にある感情をストレートに言葉にしたという点で、内閣総理大臣の言として相応しいかを別とすれば、一定の共感を得られたのではなかろうか。
 ただそれを文字通りに証券業界は胡散臭いとの意だけに受け取っては建設的とは言い難い。何故"株をやっている"人が怪しいかと言えば、株の売買とは本来の商行為に伴う収益とは異なった不労所得を、濡れ手に泡の如く生み出す資産家の特権といった印象が醸し出されている、より正確に言えばわが国の多くの"一般庶民"を自称する人々が思い込んでいるからだろう。それはピューリタニズムとはまた異なった労働の尊さ、金銭の産む果実=金利に対する嫌悪感と見做すのもまた不可能ではないが、株=金の成る木、乃至は暴落局面には個人株主のみ大きな痛手を負わされ売り抜けるもの勝ちという、一面では事実でもあるだけに一概に否定し難い側面のみクローズアップされ過ぎたが故の悲劇とも言えよう。
 元より株式とは売買により利鞘を得るためだけの虚しい紙切れではない。株式会社の商業活動の将来性に一票を投じ、首尾よく当該企業の業績芳しければ持ち分に応じた恩恵に預かるシステムの一貫として、上場株式には売買可能な値付けが行われているに過ぎない。則ち株屋とは定められたシステムに則りその売買を仲介、幾分現実に則しても教唆するアドバイザーに過ぎず、取引そのものを差配する個々人が自覚的である限り"怪しい株屋"の蔓延る余地は有り得ない理屈になる。
 にも拘わらず多くの個人株主が証券会社の思うままに操られている様に見えるのは、敷延してみればステイツマンの質は国民の鏡であるとの比喩と同じであろう。即ち小学生に株取引を教える前に資本主義社会において資本を集めるとは如何なる意義を持っているのか、親世代に考えさせてみるべきではなかろうか。

 しかし麻生総理も連々とそんなことに思い巡らせる暇もなかったろう。
 例えば株屋の住家を兜町、政治は永田町、官を霞ヶ関と隠語の如くに特定の地名を用いて代替するケースがある。今でこそ一億総庶民化で少なくなかったが、嘗ては政治家そのものもまたその居住地で呼ばれたものである。田中角栄は目白、岸信介が御殿場、佐藤栄作の淡島に三木武夫の南平台と枚挙に暇ない。
 しかして大磯と言えば吉田茂であった。何よりも政権前期は兼務した外相公邸を住み処とし、後年は大磯から官邸に通うためにわざわざ第三京浜を誂えた吉田茂翁の、その大磯旧邸が全焼したのである。これが何等かの終わりを示唆するのかと囁くことすら現下の情勢では非常に憚られよう。

3月22日(日) ユトリロ  -ライフ - 家作り日記-

e50.jpg 金利が最終的に何パーセントになるのか、或いは毎月の返済額は幾らになるのか、そもそも土地・建物に関わる総費用が如何に積み上がるのか、綿密な数字の読みを全く欠いたままに銀行との金銭消費貸借契約を迎えて仕舞った。だから印鑑証明がすっかり電子化されカードを翳せば指定の駅前コンビニにて休日でも気軽に交付されるとは時代も進歩したものと端倪したのは当方の無知の為せる業かも知れないが、驚いたのは変動金利のからくりである。
 現有マンションの際は米国に倣って民業圧迫回避の大義名分のもとに証券化という錬金術に専心したら民間の住宅ローン自体が縮小・貸し渋りに陥り旧態復帰迄が取り沙汰されている旧住宅金融公庫の35年固定金利だったから、変動というのは例えば三ヶ月単位程度で刻々と返済額が改定されていくのかと夢想していたら大間違いであった。五年の長きに亘り毎月の負担は変動しないのである。勿論その間金利が低下していればより元利金をも減少させるが、現下の情勢に鑑みれば上昇局面しか想定されないので、実質的にはその時点での金利に伴う本来の返済額よりも少ない負担に留まり、恰もゆとりローンの様な効用を齎すことになる。比較的余裕があるからこそのかく分析であり、通例は返済額の固定見通しが立つことを歓迎する向きが多いのかも知れないが、数年を経て唐突に返済額が上昇する局面でゆとりローンのトリックに気付くケースが、少なくとも米国で多発したことに鑑みればその幅は小さいとはいえ人為的に似た構造が与えられていることは一寸怖い。

 休日にも拘わらず開いている荻窪のローン実施部局を訪れる。店長代理氏の顔が何方かに似ていると思ったら河村官房長官であった。慇懃な対応向きの容貌ということか。

3月21日(土) 魔法のカード  -車・バイク - ETC-

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海ほたるからの眺め(08/12)
 本当に高速道路が値下げされる日が訪れるとはほんの数年前でも夢にも思わなかったから、逆説的ながら恐慌はこれ迄の常識を覆す大きな契機たり得るものである。紆余曲折の末第二次補正予算で認められた都心部を除く1000円乗り放題等の追加施策は所謂"埋蔵金"を活用した時限措置に過ぎないが恐らくは再び元の料金体系に回帰することは叶わないだろうから、現行計画における高速道路網の整備と維持、更には追加的なネットワークの構築にどの程度の国費を、今や一般財源化された旧道路特定財源の記憶から投入していくのかという大きな課題は残されている。昨日から先行実施された本四、アクアラインにおいては早速開闢以来の混雑が現出したというし、爆発的なETC特需という半ば予想外の需要換気効果もあったのだから、結局は作って仕舞ったものは使わなければ損という論理の勝利と開き直るのは、些か費用対効果を無視したような、この期に乗じて過剰なインフラ整備をグリーン某の大義名分の元に掲げる様で、幾分気が引けるが。
e49.jpg ただ実際にアクアラインを通ってみると朝の木更津方面の台数が確実に増えているのは目出度い話しには違いないものの、従前から時間帯によっては渋滞することもあった首都高との連結部が相当に詰まっていて快適とは言い難かった。本来ならアクアラインを割り引くなら迂回路に当たる首都高速湾岸線は更に価格を下げるのが道理であって、勿論不景気で自動車の走行量が絶対的に減少しているが故の今般の掟破りの策とはいえ、レジャーによる消費拡大の代替に環境負荷も単に増大するだけでなく効率性をも悪化させて仕舞うのでは痛し痒しである。料金プール制に基づく料金徴収の絶対額確保という命題から事実上切り離されつつあるたとするのならば、次たる段階では非混雑道路への誘導を主眼として、或いは環状道路未整備の都心部では一般道との連携も視野に、料金再上げをも含め緻密なインセンティブに満ちた料金体系・システムを編み出すことが寛容となろう。

 言う迄もなくわざわざ早朝から房総に足を踏み入れたのはマザー牧場で牛馬と戯れるためでも、鉄は国家なりの好調振りを伺うためでもなく、棒振りである。しかしながら中二週間で挑んだ割にドライバーもロクに当たらず、アイアンはチョロばかり、終わってみて嗚呼腰の回しが足りなかったのだろうかと気付いても後の祭りである。意識的にチェック・ポイントを定めても今度はそこだけに注意が及んで仕舞うから、練習時の素直なスイングがオートマチカリーに再現されるべく体得させておかなければと今更ながらに反省仕切り。今日は高速割引の視察に来たのだと割り切ることにしたい。

3月20日(祝) 餡、餡、餡、取っても大好き  -アニメ・コミック - アニメ-

e47.jpg 宿酔で終日体調芳しからぬ中、お出掛けモードは辛いと思っていたら祐旭が風邪で見合わせとは正直に言えばこれ幸い感は否定出来なかったが、少々の発熱をものともしない祐旭が余りにぐったりしているので妻が救急指定医院に誘うと、まさにインフルエンザであった。折角ワクチンも打ったのに緩和されている素振りは微塵も感じられない。既に幼稚園は数日も前に春休みに入っているが、一体何処から拾って来たのだろう。幸いタミフルと頓服で症状は治まったが発祥して24時間を経過すると効能が著しく減退するというから、即断即応が効を奏したのだろう。後はわが家に蔓延せぬべく防御体制か。

 おかげで怠惰な春季皇霊祭を過ごしながら、ダビングしたDVDも流石に在庫が尽きてきたか、珍しく一家揃ってドラえもんスペシャルを拝察することとなった。丁度小学校の高学年になる頃に創刊されたコロコロ・コミックが矢鱈とドラえもんをフューチャーしていて、程なく二度目のアニメ化が帯の10分と日曜の総集編という構成で開始され爾来30年、原作者の藤子・F・不二雄(藤本弘)氏亡き後も、"振り向けば12チャンネル"と揶揄された日本教育テレビ改めテレビ朝日の救いの神として君臨し続けている。
 番組ではベスト30話が放映されていたが、後代に至るに連れ野比家を中心とした日常生活における描写から、異国の地や宇宙、過去未来を題材にドラえもんという登場人物のフレームだけを活かしたスペクタクルに移行し漫画原作とは乖離していく経緯がよく理解出来た。アンパンマンにしても映画版は同趣のスタイルであるから長寿番組の性なのだろう。こうしてみると気まぐれコンセプト同様にネタの使い回しが多過ぎて慎重に"選り抜き"版を作らない限りDVD化も出来ないとの指摘こそあれ、ザザエさんは矢張り偉大である。果たして加齢に伴う声優の交替を目立たぬよう順に入れ替えつつあるサザエさんにおいては、何れ何時の日か加藤みどり氏降板の事態が訪れた際に、寧ろ全員一斉の切り替えでイメージ・チェンジを図り乗り切ろうと試みながら、結局は旧版の声色に近似させることで収束を図らざるを得なかったドラえもんの経験が何等かの示唆を齎すのだろうか。

3月19日(木) Something in the way

e46.jpg 職務をどの程度まで丹精込めて仕上げるかはそれこそコストとベネフィットの関係に依るが、少なくとも製品の品質を高めることを第一義に掲げるならば、長は事務方の労苦を忖度し過ぎてはいけないし、朝令暮改も厭わない開き直りにも通じた潔さを持たなければならないのだろう。  ただそれを実践するためにはプロ野球球団の如く監督と選手が須らく一対一で結び付き、大量の参謀が脇を固める組織構造は、長が個々人の労苦に目が届き過ぎるという点で相応しくない。寧ろ軍隊調に階層が分かれ、長は第二域への下命を通じて指揮を執り、それ以下の階層には直接責任を取らないシステムの方が合理的であろう。但し有能な中隊長・小隊長クラスの人材に恵まれることが前提であり、かつ所謂中間管理職は小隊に関する権限を委譲される分、責任と負担も大きくなるのが必定ではあるが。

 それはそれとして自らが士官の末端クラスに位置するからでは必ずしもないのだが、ここ数日珍しく忙しい。と言っても世間一般のサラリーマン平均からすれば鼻で笑われる程度かも知れないが、世界同時不況にも拘わらず単価を下げるなり割り勘に誘導するなり、果てはここぞとばかりに奢って戴いたりしながらそれなりに夜のお仕事は著しくは減少していないので、十年近くも同じペースで飲んでいると加齢に伴い体力の消耗も激しくなる。  本日はストレートに職務に伴う宴席ではなく年に一度、年末年始に集まる北斗星司と南夕子の如く高校時代の同僚と集まる会だったが、時節柄職務柄昨今の政局に始まり政治談義に花咲いたのは良かったものの、唄いながら痛飲し過ぎて翌日も昼過ぎまで棒に振る羽目に陥った。酒もお仕事も程々に。

3月18日(水) 間諜がいっぱい  -政治・経済 - 都市計画・まちづくり-

e3.jpg 二週間前に涙を飲んで延期したITS実証実験の議員視察が無事執り行われる。こうしたアテンドものは何度行っても気疲れするが、百聞は一見効果で紛れも無く参加者の脳裏にインプットされ今後発信源と化すことが期待されるし、同時に事前の擦り合わせ作業を通じて事務方同士親交を深めるという副次的な効用も生まれる。
 実験の中身そのものは既に述べた通りなので重複は避けるが、道路からも車からも電波情報が飛び交えば安全やら渋滞緩和に伴う温室効果ガスの削減やら請け負いという夢の世界が想像されよう。更に突き詰めれば凡ゆる自動車が情報端末化することにより、現に自動車の多く走行する道路ほどより細かい時間軸における当該状況が集積され、同時にその情報を解析する参謀本部の如き司令塔を設けてその分析が各車に行き届けば非常に合理的な行動を促すことが出来る。これをプローブカー、プローブ情報と呼称するが、極論すれば徒歩する個人の携帯電話にも同様の機能を与えれば、人は皆プローブ・マン、総員が斥候する歩兵の様なものになる。  この比喩で思い起こすのは今を去ること七年前、会社の研究組織で陸上自衛隊富士学校に体験入隊するとともに話しを齧った情報RMA(Revolution in Military Affairs)ではないか。詰まり古より軍事組織においては前線の情報が本部に齎されて判断材料となり、下された指揮命令が情報収拾とは逆のルートで末端まで降りていく。しかしながら現場のリアルタイムな動きが後衛に伝わる迄にはタイムラグが生ずるし、かつ必要最低限の情報量に凝縮されるから、往々にして必ずしも前線の状況にマッチしない指令も生まれかねない。こうした根源的な問題を解消するために歩兵ひとりひとりが情報端末となり如何なる微量な情報も漏らさず伝播することで正確な判断に寄与するのにみならず、ホスト・コンピュータ機能が向上すれば情報処理を各々の端末が行うことすら可能になる。即ち論理的には嘗ては参謀本部に鎮座在さなければ得られなかった莫大な情報を抱いたまま最前線に踊り出て指揮を取ることすら現実味があり、「事件は会議室で起きてる訳じゃない」と青島刑事が激昂する必要も無くなるのである。
e5.jpg ただ翻って交通流の制御は重要であっても個々の自動車に騎兵隊の如く規律に従わせることはそもそも不可能であるから、飽く迄より合理的な行動の推奨に留まらざるを得ない。寧ろ個々の情報端末は周囲から知覚した情報のみならず、自らの位置や軌跡も雄弁に物語るので観点を変えれば恰も監視カメラが町中に有り触れる様なもので、こうした個人情報を交通管制の元締めである警察が握るというのは、その利便性を充分に踏まえてなお不気味なものがある。コマツやをはじめとする建設機械メーカーは既にGPSで自社製品が地球の何処で如何に活動或いは故障しているかが把握出来るシステムを構築していると言われるが、何れ須らく電化製品にはこうした機能が内蔵され、少なくともファンヒーターを探して広告を打ち捲ったり、リコール紙一重の不具合を販売店が虱潰しに当たったりする労苦は解消されるのかも知れない。

 幾分アナクロな香りも漂うが、今更の様にストが多発されるのも、不況故だろう。多種多様な労働組合を抱える航空会社のそれは年中行事に過ぎないが、過日はアナウンサーのストまで実行されたと言うから驚くではないか。確かに労働条件は過酷なのだろうが団体交渉権を行使する労働者にはどう贔屓目に見ても似つかわしくない。故・上田哲氏も吃驚か。

参考:「組織形態に関する一考察~陸上自衛隊の近未来図探訪を通じて~」
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