コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

7月31日(木) かみさまおねがい  -育児 - パパ育児日記。-

 昨年までの三年間、文字通り北は北海道から南は沖縄まで、軍事施設を中心にわが国全土を巡ったと雖も、振り返れば心残りは少なくない。取り分け卒業後の出向先現役諸兄が硫黄島を訪れたと聞くと、自らの発想と企画力の貧困を今更ながら歎かずにはいられない。それ程高難度の地でなくとも、取り零しが悔やまれるのは対馬であろう。ハワイが48番目のわが県であるが如く日本語に満ち溢れているのと同様に、今やハングルの嵐と化した島を永田町周辺居住者としては確認しておくべきだったのではないか。
 その更に北方にあるわが国固有の領土が再びきな臭くなってきた。政府間の関係悪化が民間経済に響くとも既に考え難く、わが国としては「大人の対応」ではなく、断固たる主張に努めなければならない。そのためには歴史的経緯は言うに及ばず、チキン-・レースを繰り広げていれば拉致問題のみならず万一の国家崩壊後の対応まで見据えた対北朝鮮外交に両国にとって如何なる利害得失が見込まれるのか、彼我の近海海軍力の優劣といった事実関係を改めて国民に広く知らしめる必要性があるのではないか。

d707.jpg 研修が経費節減で通いに変更されお決まりの宴席が割愛されたのを幸いに設営した知人との会合が急遽キャンセルとなり、有効活用するにはと頭を捻ってはたと想い着いたのは家捜しであった。
 三つ子の魂百までもとはよく言ったものだが、幼少時に最も影響を受けた書物と問われれば紛うことなく「かみさまのおはなし」全三巻を挙げることになろう。今上陛下が矢張り幼年時に愛読され、皇太子殿下の教育にと希望され昭和41年に平仮名にて再版されたという経緯を有する書物で、平たく言えば簡易版古事記だが、長じてからも決して手放さず何れ何時の日にかわが子にと後生大事に保存しておいた筈だった。ところが父母の住み処を幾ら漁っても影も形もないのはこれ如何に。恐らくは倉庫と化している愛知県は三好町の東屋に送られ人知らず眠りに就いているに違いないと踏み、父の父の手を煩わせ探索に赴いたのである。
d708.jpg いざ堆く奥深く並べられた段ボール群を前に萎え始める気力を奮い立たせながら開けては閉じを繰り返すこと一時間余り、残すところ後二箱ともなれば悲壮感も漂い始めてくる。そこで登場したのがエジソンやらベートーベン、豊臣秀吉といった艱難辛苦を見事克服した偉人の伝記群とは私の小学校低学年時の愛読書であり、詰まり相当に時代ギャップが埋まっているではないかと類推される。そこで大いなる期待と絶望に苛まれる未来図とを戴き、打ち奮える指でガムテープを剥がした最期のひと箱から現れたのは、嗚呼まさしく地獄で仏ではなく黄泉の国で伊弉諾、まさしくこれに相違ない。
 世の中偶には労苦がストレートに報われる出来事があっても良いではないか。帰ったら夜毎祐旭と公資に読み聞かせよう。本書は昭和61年の三版を最後に絶版となり、児童書専門古書店にも全く出物が無い状態だが、改正教育基本法に「伝統の継承」が謳われる今だからこそ、こうした書物が復刻されるべきではなかろうか。

7月29日(水) ライジンゴー  -政治・経済 - 政治・時事問題-

d706.jpg 今から約二年半前、突如編成された政策検討チームは私に取って、そもそも定量的側面を含めた性経済財政の知見に必ずしも明らかでなかっことに加え、出向先本隊との二足の草鞋であって物理的な居住環境からも指揮命令系統の枝葉に位置せざるを得ず、結果として乏しい貢献に留まる非常に心苦しいポジションだった。唯一の輝かしい思い出はてっきり陪席の積もりで臨んだ現職政調会長への資料説明に、いざその場で説明役を振られ、割り当てられた時間も不明なままに汗水垂らしてお役を務めたら、意外なまでに熱心に耳を傾けて戴いた光景に尽きるものの、記憶は美化されるという訳ではないが、二年も経てば沖田艦長の如く何もかも懐かしく想い出される。
 久方振りに指揮官含めメンバーが集結し、何となくしんみりムードが漂ったのは景気後退で2010年代初頭のプラマリ回復が絶望的になったからか、小泉構造改革路線からの「転向」色濃い政局故か、或いは久々に憚りなく用いることの出来た「わが党」の前途に暗雲立ち込めているからか。それでもこのところ宴席も少ないことが災いしたか、しこたまに酔っ払って仕舞ったが、それはさておき改めて冷静に振り返ってみると、少なくともあの「チーム」が私に残したものは、論理以前に無条件に「上げ潮論者」の側に立つという姿勢である。勿論、所謂"上げ潮"派の全てが正しいとは思わないが、少なくとも可能な限り、理論武装するための思考が反射的に湧いてくる身体反応が生まれた。
 イデオロギーに属する思想信条は兎も角、少なくとも経済案件においては二極の得失を分析した上で評論家的な論評に傾きがちな私の性分にしては珍しく、双方の言い分をある程度理解した上でという前提こそあれ、敢えて一方に立脚して論理を構成することの政治的意義を体得、までは行かなくとも身近に体感させられたのは結果として貴重な経験であった、と二年を経て「総括」することが可能なのではないか。

7月28日(火) 良貨は悪貨を  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

d705.jpg 元来タクシーに乗るのは余り好きではない。それは地球環境に優しく電車移動を心掛けているからではなく、そこはかとなき贅沢感に躊躇いを覚えるから、同時に移動時を充当すべき読書に不適だからである。とは言え仕事柄短距離の移動は頻繁で、時間的制約からタクシーを利用せざるを得ない場面も少なくない。
 然るに頓に隔世の感を覚えるのは運転手諸氏の愛想麗しきである。勿論、都は取り分け有害タクシーの廃除に厳しく、競争も激しかったから近隣諸県に排出されたのかも知れないが、嘗て某県では駅で客待ちしているタクシーに近場の行き先を告げようものなら露骨に凄まれるのを覚悟せねばならず、怖くて到底特定の大タクシー会社しか乗れなかったものだが、今や「近くてすみません」は死語になりつつある。
 もうひとつはここ最近顕著だが、道に不案内な運転手氏の増加である。確かにロンドンの如く二種免許のハードルを異様に高くせよと言う積もりもないし、道を指定すると不快な言動を隠さないのに比べれば良心的なのだろうが、悪意なく明らかに遠回りをされるケースが重なると少しは眉を顰めたくなる。
 恐らく両者に共通するのは今や「規制緩和という名の悪夢」の代名詞とも化したタクシー規制改革の果実ということだろう。小泉構造改革からの回帰現象と期を一にしているのかは定かではないが、昨今タクシー業界の利益低迷を背景に再規制論が囂しい。確かに需要減と供給増とが相まって利益率が悪化しているのは事実だろうが、ただ単に台数規制に逆戻りするのでは能がない。例えば、嘗ての某県の如く明らかにサービスに格差があるのならそれが料金に反映されて然るべきであるし、個人タクシーの様に車格の良さを売りにすることも出来る。或いは話題となった「居酒屋タクシー」もキックバック等は論外としても固定客を掴むための営業努力が否定される謂れはない。現に移動に難があり恒常的にタクシーを利用せざるを得ない高齢者のお抱え介護タクシーと化している事例もまま見られる程である。従って運輸分野の温室効果ガス対策の側面からの規制こそあり得たとしても、台数規制そのものを旧に復するべきではないし、寧ろ銀座や赤坂の深夜進入規制もそろそろ撤廃を視野に入れても良いのではないか。

7月26日(土) 未来予想図  -グルメ - カップめん-

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 二日目の会議も大過なく終え、いっそ小田急で帰ろうかと小田原のホームに降り立ち、ふと覗いた自動販売機に仰天した。驚くなかれ、カップ麺ならぬ「缶麺」がラインナップされているではないか。
 いざ実例に直面し、改めてその偉大さが思い起こされるのは、既に数年前に漫画でこの来たるべき未来を描いていた「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の先進性である。インスタント食のメッカであるわが国においてこれ迄缶麺が実現しなかったのは恐らく、麺を長時間水分に浸したまま放置することが不可能だったからであり、漫画では缶内部に物理的な仕切りを設け、蓋を開けるとともに汁と乾麺とが交わると描写していたが、実際にはその構造は不可能だったのだろう、「こてんぐ」社は麺そのものをこんにゃくに置き換えることで処理している。
 ただその進取の気性とアイディアには敬意を表したいが、昼食を鱈腹食べた直後という悪条件を勘案しても、決して美味とは言い難かったのもまたこんにゃくだからだろう。相性に鑑みればまだカレーうどんの方がマッチしたかも知れないが、電車による移動等お湯が使用出来ない状況下においてのみカッブ麺への比較優位が存在する状況下に320円は些か高額ではなかろうか。間もなく全国展開される見込みなので今後の改良に期待したい。

 15時過に戻りその足で商店街主催、子供の山車引きに合流する。そこそこに車通りのある歩車非分離の道路を練り歩くのは一寸無理のある感もあったが、幾ら乳幼児と雖も、友人と会話しながらという訳でもなくただ紐を持って歩くだけで楽しいのだろうか。「祭り」という雰囲気に心踊らされるのだろうか。父は足中カニ刺されムヒを塗りたくる行脚でした。

7月25日(金) 遠き風呂  -ビジネス - ビジネス-

d700.jpg 「さがみの小京都」湯河原に恐らく電車で降り立ったのは初めてではないか。平日まだ日が明るい内から温泉街に身を寄せるとは恰も高貴な御身分の様だが、実態は末席に名を連ねる研究会の"合宿"なので気が重い。宿は流石老舗らしくメンバー企業の有する研修センター、古風な温泉旅館と轡を並べる立地麗しき環境だったら腹に一物も溜まりそうだが程よく奥まった、しかしながら相当に巨大な建物である。
 この種の企業横断型会議の常として、皆適度に遠慮しつつかつ互いに過度な責務を負わないよう牽制しつつ、話しが一向に煮詰まらないのは見慣れた光景ではあるが、取り分け本日は他の委員会がお題とするテーマを選ぶ鳩首会議だから、研究組織という点では昨年まで所属した組織-厳密に言えばその親元である党-のネームバリューによって、驚くほど安価かつ急な日程でもホイホイと講師が飛んできて呉れる環境に慣れ過ぎたが故の糊代を割り引いても、盛り上がりに欠けること夥しい。
 更に合宿と称されるからには当然夜の宴席もある。職務柄一献傾けるのは嫌いではないが、互いに全く異なるバックグラウンド同士の懇親だからこそ当たり障りない食べ物の話題に流れたのは致し方ないとしても、恒例の偏食話で座を持たせたのもツカの間、時代的な要素が色濃くなってきて口数が少なくなる。と言うのも古い話しは年齢の割に非常に得意な性分だが、体験に裏打ちされた「わが国が貧しかったあの頃」の懐古談となると、流石に頷くのが関の山で口を挟み難い。それでも相手がロビイング先で是が非でも認知されなければならなければ否応なく食い付いていくが、そこ迄気合いを入れて会話に腐心する必要性にも欠ける。結果として嗚呼早く温泉に浸かりたいなどと夢想しながら愛想笑いに終始するのである。元来、馴染みの薄い人と話すのが不得意だからやむを得ないが、こうした縁が将来如何なる形や瓢箪から駒もあり得べしと心して、産みの苦しみを味わっていると以て瞑すべしか。

7月24日(木) 開いてて良かった  -ビジネス - ビジネス-

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 わが家は駅から徒歩五分圏内だからコンビニエンス・ストアには事欠かない。下表は近隣の順にコンビニ・チェーンを並べたものだが、一時は二店舗が閉鎖し淘汰が進んだかと思われたが、今年になって二店が間もなく開店しとまさに栄枯盛衰である。
ローソン 
ファミリーマート×
サンクス×
99イチバ
スリーエフ 
セブン・イレブン 
ミニストップ
サークルK 
デイリーヤマザキ 
ファミリーマート 
am/pm×
 ここ迄来ると後発組は何等かの個性を売りにしなければ顧客獲得もままならず、従来は山崎パン系の二チェーンが購入物をそのまま食べられる座席を用意していたなが目立つ程度だったが、99円均一かと思いきや499円の商品もありかつ外税表示の99イチバも登場している。勿論「99」表示そのものも独自性ではあろうが、スーパーの如く生鮮食糧品を扱ったり、レジが如何にも臨時誂え風でコスト削減努力が目に見える替わりに警備面に不安が残りそうなところも、新たな試みなのだろう。
 ただ漫然と並んでいる様で、立地に見合う品揃えは経営戦略だから当然としても、自然とその場の空気に見合う雰囲気、例えば飲み屋街のど真ん中なら何となく昼間でもウォーター・ビジネスっぽさが醸し出されているし、一寸人々の導線から離れると自然と寂れて更に客が寄り付かなくなる。
 小口配送や深夜営業で環境派からは目の敵にされつつあるコンビニ業界も、タスポ効果もあり売上高ベースでも百貨店を逆転し、流通の雄たりつつある。ボウフラの如くに沸いては消える、新規開店と不採算店舗の閉鎖が相半ばする自転車操業状態からピークアウトし、郊外型大型スーパーと異なり中心市街地活性化の一翼をも担う成熟産業としての生き方の道を如何に模索していくかがこれからの課題となるのだろうか。

7月22日(水) 映像の美  -コンピュータ - 動画-

d699.jpg Adobe Photoshopに手を染めたのは、画像縮小時に解像が悪化しデジタル特有のギザギザ感が生ずる、往時のソフトには一般的な悪癖に無縁だったからで、安価なLE=Limited Editionから数えればかれこれ十年近い愛用歴になる。やがて同じく廉価版ながら機能の増えたElementsが発売され、折りを見ては1バージョン置き位にはアップグレードしてきた。実際コラム、HP用画像の加工と写真印刷以外には、極稀にウルトラマンと祐旭や公資の顔を合成してみたりといった程度の使用頻度なので繁雑な更新は到底必要なく、今般珍しくElementsの5から6へと昇格したが、実感として少々砂時計が揺れる間が伸びた程度で殆どメリットには預かっていない。にも拘わらずわざわざ購入に踏み切ったのは、弟分に当たる動画編集ソフトPremiere4を使ってみたかったからで同梱でダンピングされるAdobeの商売気に乗せられたからに他ならない。
 公資の誕生と相前後してハードディスク・レコーダを導入し、当初はこれで編集を試みたが、映像間のシームレスな継承に著しい難が見られたため、昨年のPC更新後はWindows VistaのデフォルトやUleadのバンドル・ソフトにて対応してきた。嘗て旧PC時代、CPUもメモリも明らかにオーバーキャパシティのなか、自衛隊体験入隊Vを三分に編集するのに膨大な時間を要したことに鑑みれば時代の進化に恐れ入ったが、それに比べれば今般の進化は名だたるAdobe製とはいえ特段の驚きはない。勿論、小津安次郎には遠く及ばずとも撮影段階から細かなカット割りを心掛けている私に取っては、取り込み時から既にシーン毎にファイル分割される機能は非常に有り難いが、一方でマニュアルも開かず見よう見真似で実践に取り組んだ当方の落ち度かも知れぬものの、静止画像の貼付けに融通が効かないといった課題も残された。とはいえ次回の編集が恐らく半年後では熟達するには到底至らないだろう。人は如何にブランド・イメージに弱いということか。これではジェネリック医薬品が敷延しないのも責めらまい。

7月21日(祝) 北北東に進路を取れ  -育児 - パパ育児日記。-

 全英オープンの、取り分け決勝ラウンドに入ってからは少々夜更かしすれば視聴出来る時間帯、かつ翌日が明治大帝御巡幸帰濱の日で休みなので、日本でも存外に視聴率を稼げるコンテンツであると思料される。
 その中で本年はただでさえウッズの長期欠場に続き日本勢の全員予選落ちで前途が危ぶまれたテレビ朝日としては何とか華のある選手に活躍して欲しいという思惑が憑依したという以上に青木、戸張両解説者の世代的な願望が誰の目にも明らかなグレッグ・ノーマン贔屓の放送を齎していた。結果的には面白みに欠けると言っては失礼だが、ハリントンが抜け出し緊迫感の欠ける終盤とはなったが関係者は53歳「土曜の帝王」ノーマンの復活に足を向けては寝られないだろう。

d696.jpg 睡眠時間も足りず腰も快癒しないままに乳幼児二名を連れお出掛けとは我ながら父はタフである。
 帝都西部を主な活動領域とするわが家にとって、幼少時に長らく唯一身近に存在した私鉄である東急と、戦時下には大東急の傘下に入った京急、京王、小田急の各社に西武くらいが「電車」と言われて脳裏に過ぎる名前であり、東武や京成といった北をフィールドとする電鉄企業の存在感は極めて薄い。
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 しかしながら旧交通博物館に始まり、地下鉄博物館電車とバスの博物館(東急)青梅鉄道公園新鉄道博物館ひかりプラザと辿ってきた電鉄系ハコもの巡りも、新京成と京王は模型だけなのでパスすれば残すところ実質あとひとつなので、虎視眈々と狙っていた最期の東武博物館に満を持して出陣することと相い成った。
 向島の料亭でチントンシャンと洒落込んだ経験はバブル崩壊後にこの世界に足を突っ込んだ身の上らしき未だ恵まれないが、浅草駅から東武線で三つ目、東向島駅に目指すべきところはある。渡し船が飾られたり七福神が掲げられていたりと下町情緒も演出されているが、ありがちな高架下利用と思いきや中三階の一角が丁度ホーム下の縁石部と同一平面になっており、ガラス越しに行き交う車輪を覗く構造が秀逸である。とはいえそれ以外は運転シュミレーションであったり、模型によるパノラマショー、特急やバスの実車展示と凡百に過ぎず、独自性の高い蒸気機関車の操輪実演も乳幼児には汽笛の嬌声が驚異だった様で、正直杉並からわざわざ一時間以上掛けて馳せ参ずるのは酔狂に違いなかった。
 ただ祐旭が閉塞信号による向かい合い路線のHOゲージ操作に熱中するのは想定内だったが、名前を記入すると本物さながらに発行される定期券を駆使し、兄弟揃って自動改札機の往来にに釘付けになっていたのには目を見張らされた。自ら動かせるギミックという共通点に鑑みれば巧みな子供向け配慮と称賛すべきなのだろう。
 なお根津嘉一郎コーナーには「マニアックで全然面白くない」と辛辣なコメントだった。

7月19日(土) 腰痛リゾート  -育児 - パパ育児日記。-

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 明けて翌日は目一杯真夏である。徒歩にて初島アイランド・リゾートに向かい、獣道の様な裏口から入ると先ずはゴーカートだが、何代舗装が行き届いていないのでスリル満点である。更に園内を遥々横切り夏休み最初の土曜日として幸運にも本日から開幕の海水プールへと赴く。年少者向けの足がすっぽり入る浮輪が安全面の配慮から使用禁止とされており、辺りは虚しく打ち棄てられた浮輪の墓場と化していたが、おかげで公資が二歳にしては思いのほか巧みに通常の浮輪を操り水泳らしく手足を操作していたのは怪我の功名だったろうか。

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 昼を越し海に面した露天海泉浴で体を温め、以降は明らかに沖縄を意識したアジアンガーデンにてハンモックで寛ぐ。確かにリゾート・モード満載だがそもそも狭い島内とはいえ移動手段が原則として徒歩に限られ、かつプールへは長蛇の階段を経由しなければならないので乳母車連れと高齢者には些か艱難辛苦である。しかも実質的に我々が行脚した行程でキャンプ場以外の設備は概ね網羅しているのだから、これでプールが開いていなかったら一体何をすればいいと言うのだろう。考えてみれば島にも拘わらず海水浴に適した砂浜が無いのが致命的で、乳幼児とともにクルージングや海釣りと洒落込むのも返って難儀そうだし、昨今ありがちな温泉巡りもふたつでは心許ない。思い切って海外にでも来た気分で何日か逗留するのも優雅そうではあるが、退屈を懸念して仕舞う私にはそもそもリゾートが似合わないということか。連絡船も運航している経営母体の富士急には、すっかり途上の石畳も荒れ果て、離れ小島の如くポツンと寂しそうなゴーカート近辺を有効活用して南国風の何等かの催しをもうひと捻りして戴きたいところである。
d694.jpg ところで昨朝出掛けに捻ったか俄かに腰に鋭い痛みが走り、ビデオにカメラ二台を背負いながら、しかも間の悪いことに七階の奥から二番目の部屋なので往復するのに祐旭の肩を借りなければならない程に命辛々になっていった。夜中に一度目覚めた際には文字通り這う様で到底二日目はアウトかと暗澹たる想いに駆られたが、朝湯と杖替わりになる乳母車の重宝さにも助けられ何とか乗り切れたのは幸いであった。今ひとつリゾート気分を満喫出来なかった根幹はここにあったかも知れない。日頃の養生に気を配りましょう。

7月18日(金) バブルの残り香  -旅行 - ビーチリゾート-

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 初島クラブと言えばバブル崩壊直後の1994年に誕生し、日本長期信用銀行の死命を制した豪華リゾートとしてお馴染みであるが、準メイン扱いだった長銀債務の肩代わりなのか、二部屋を会社が買い入れて人気福利厚生施設扱いとなっているので、わざわざ休みを取って訪れてみることとした。
 何よりも驚くのは部屋のバブリーさで四人でツー・ベッドルーム、居住面積はわが家より広い。庭も思い切りバブリーで最盛期には会員権が数千万したものが一家で一万円に満たず泊まれるのだから長銀には申し訳ないがデフレも悪くない。
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 して熱海から船で25分、初島港からバスにて今やXIVグループのフラッグシップ扱いとなった初島クラブに到着すると早速プールへ赴く。日頃幼稚園で水に馴染んでいる祐旭も浮輪の友とはいえ大分とバタ足が巧みになってきたが、水に顔を付ける練習をしていると洗髪の際目鼻を隠さず強引に流す次男故の荒療治が功を奏したか、公資が果敢にアタックし幾度となく顔を伏せている。感心したのは水着のまま風呂に赴き着替えを忘れると祐旭が「すっぽんぽんは嫌」と不興を示したことで、かの楼蘭とは何の関係もないがノーパン好きの父の子にしては教育が行き届いていると唸って仕舞った。
 旨く出来ているもので宿泊料が安くても食事が高く、明らかにコストパフォーマンスが良さそうな港の食堂街はお祭りで休みとは不運だったが、マリーナ沿いの伊太利料理店は美味かつ量もあって意外な良心的経営であったことを付記しておこう。
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