コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

5月30日(金) アフリカの朝  -海外情報 - アフリカ-

 恐らく南極大陸に赴く機会が訪れる可能性は極めて薄いだろうが、出向中の三年間には印度や伯剌西爾まで長躯遠征したのだから阿弗利加まで足を伸ばしても可笑しくはなかったし、現に着任前年には何班かに分離してその内幾人かは元総理とともに大陸を縦横断しているのだから決して荒唐無稽な話しではない。ただ一般的にわが国において"大陸"と言えばイコール漢満人系国家を示してきた様に、文字通り嘗ては欧州の領域であったアフリカが日本国にとって物理的な距離以上に縁の薄い地域であるのは疑いの無いところだろう。
 ところが頓にここ数年のサミットでは飢餓に対する人道的支援をはじめアフリカ開発が大きなテーマとされ、御他聞に漏れずわが国も五年に一度のTICADの開催など遅ればせながらアフリカに熱い視線を注いできた。勿論その背景には過度の中東依存を抑える複線的な資源外交の展開や国連安保理の常任理事国を嚆矢とする国際的ポスト獲得に当たっての支持取り付けがあり、ODAをツールに既に積極的な対す弗外交を展開している中国の動きも念頭にあろう。
 ただわが国としては"バスに乗り遅れない"外交感覚も大切ではあるが、同時にわが国の基盤が亜細亜にあることをゆめゆめ見失わずかつ無定見な博愛主義にも堕することなく、あくまでわが国の利害に基づく応分の負担を引き受けるという割り切った視点に依拠することが必要ではないか。勿論気候変動問題における途上国の役割に鑑みても「応分」は決して小さいものにはならないのかも知れないし、兎角貧困がクローズアッブされると感情的な義侠心が先立ちそうになるが、以て「情けは人のためならず」を銘すべきだろう。

d624.jpg わが家から味噌汁の冷めるか冷めないかの圏内にあるラオックスが唐突に閉店を発表した。若者向けの古着・服飾店ばかり増殖する商店街の、しかも中央・丸ノ内両線駅の中間辺りに妙に小振りな量販店を拵えて採算が取れるものか素人眼に見ても訝しんでいたが案の定何時訪れてもガラガラで、一年二ヶ月の短い生涯で近隣のでんからんどを潰したという汚名のみを残して立つ鳥が跡を濁す結果となった。如何なる店舗戦略を持っているのか企業としての見識を疑いたくなるし、矢張りTSUTAYAがこの地を立ち去った後にラオックスを当て込んだかは定かでないがわざわざ建て直したビル側としても上階のテナント入室状況も必ずしも芳しくは見えないだけに頭の痛いところだろう。何より極短期での出退店は住民にしてみると非常に迷惑である。
 後継は生活に資する店舗が誕生して呉れるのだろうか。商店街のシャッター通り化が全国的に懸念される中贅沢な悩みかも知れないが、今更ながらアーケイドの更新にコストをかけ過ぎたのではないかと恨めしくなる。

5月28日(水) 大地の闘い  -政治・経済 - 食糧政策-

d623.jpg 農業に勤しんだ経験が無いので実感がある訳ではないが、起伏に富み所謂中山間地を農地として活用せざるを得なかった歴史的経緯から、よくも悪くもわが国農業における農業土木の占める意味の大きさは形而的にはよく理解出来る。
その農業土木の象徴とも言うべき梶木又三氏が89年の長寿を全うされた。嘗て事実上参議院議長の待機ポストであった自民党参議院議員会長を目前に同じく参院幹事長を病を以て退任された経緯からして正直なところ御健在であることも初耳に近かったが、全国土地改良事業団体連合会会長たる"土地改良のドン"として君臨されていたという事実に対しても認識不足であった。
 ただ振り返れば梶木氏は71年の参議院選挙全国区において初当選し三期を務めているが、以降岡部三郎、須藤良太郎、佐藤昭郎、段本幸男の各氏が事実上の業界代表として表裏でそのポストを継承している。何れもに共通しているのは農林水産省の構造改善局次長若しくはそれに類する役職の経験者ということだが、一聴しただけでは名は体を表すとは言い難い構造改善局こそが農業土木を司どってきた総元締めであり、その次長とは同省における技監のトップに他ならない。代々の農林文官代表が少なくとも嘗ては次官であった事実を比較考量すると、如何に農業土木の同省並びに国家における地位が甚大であったかが伺える。
 しかしながら昨年の参院選において農林水産系候補が乱立し、JA出身の新人山田候補が圧倒的な得票で当選、一方現職の段本候補が落選し、権勢を誇った構造改善局も既に一現課と化している。大規模集落営農の推進や小規模多品種による地域消費と輸出促進の両立、或いは環境に資する多面的機能と裏腹の農産物の高騰といった様々な課題が山積するなか迎えた巨星墜つの報は決して公的資本形成の意義を軽んずるものではないが、時代の大きな転換を象徴するかに響く。

 野菜不足の男達のビタミン不足解消のため妻の周到な配慮により先月半ばからわが家の米が七分搗きに替わっていたとは鈴木梅太郎博士ならずともなかなか気付くことは出来なかったろう。それは精米の巧みさにも依るのかも知れないが、丼モノや寿司といった混合物はカレー、炒飯、穴子と稲荷の数少ない例外を除き食さないユニークな嗜好性から、実はコメそのものの味が解る崇高な舌の持ち主ではないかとの肯定的な評価もあった私だけに、事実を告知された暁には白米主義者-キング牧師に怒られる方でなく-としての矜持がガラガラと崩れていく想いであった。広岡西武にも入団出来そうというのは飛躍のし過ぎだが。

5月27日(火) 初めの一歩  -政治・経済 - 政治家-

d622.jpg 道路が一段落して凪に入った現状を象徴する出来事なのか、或いは「捩れ」から一年近くを経て漸く話し合い通じた与野党歩み寄りの風土が醸成されてきた望ましい帰結と言うべきか、与党内でも見送りの目算が高かった公務員制度改革法が一転、成立の運びとなった。
 珍しくと言っては失礼だが明確に首相のリーダーシップが発揮されたケースとして評価すべきであるし、更には「ステルス複合体」に立ち向かう中川秀直氏の執念が実を結んだとも言える同時に野党そのものより寧ろ支持母体である連合の強い意向に基づくスト権賦与の是非は別として、政官の接触規制を対面記録を保存しての透明性の確保に緩和した点などは、英国型の理想形としては確かに旗を下ろすべきではないが、漸進的な姿としては寧ろ実効性が増したのと受け止めることも出来よう。
 勿論、感情的な公務員叩きに走るのは厳に戒めなければならないし、民間大企業もまた同様にグループ内における"民下り"の構造を有している状況の中で官のみ蛇口の先を絞るのは現実性に欠けるとの指摘も一概に的外れとは言い難い。実際、中川元幹事長が現役政治家としては異例の、自らの来し方を振り返りその過去に裏打ちされた思想背景をも綴った新著「官僚国家の崩壊」に記されている様に官民の垣根を超えたリボルビング・ドアが定着し、「あるときは名誉、あるときは権力、あるときは富」の多羅尾伴内状態が機能する方向性は歓迎すべきだし、私もまたその最末端に携わった如くのプロジェクト・チーム型期間任用の効能は推奨したいが、民間側もまたそれに対応出来る組織を超えた柔軟性は持ち合わせていない現状に鑑みれば、内閣人事庁か局かは兎も角、幹部人事の一元化は必要だとしても再就職斡旋にあたりある程度省庁別に各省官房が関与することにそれ程の違和感は感じ得ない。

 ただ敢えて問うならば多様なアクターの行使する影響力相互の調整過程という多元主義的な政治アリーナの捉え方に既に限界が生じており、だからこそ縮小されつつある公的領域において取り分け迅速かつ統一的な国家意志な発揮が求められており、わが国の労働慣行に先んじても省庁の垣根を下げるのは先駆的な試みの一態様と位置付けるべきなのだろう。デメリットに目を向け過ぎるのでなくまず変えてみるという信条が変革期の基本姿勢であると自戒も込めて認識したい。

5月26日(月) クスリと笑って  -スポーツ - ゴルフ-

d621.jpg 年明け間もなくに「名門東京よみうりに異例の再来」「当分は訪れることのない平日ゴルフ」などと勿体振って記しておきながら、舌の根も渇かぬ僅か4ヶ月後に議員同伴という大義名分に大手を振ってとは問屋が卸さないものの、又もや休暇を取得しての参戦である。
 距離がたっぷりあり、つい二週間前には福嶋晃子選手がプレーオフ5ホールの上辛勝したハードセッティング故か、上に着けたらとめどなく速くかつ曲がるグリーンに苦慮した結果が折角のパーオン2ホール何れもの3パットではあったが、存外に寄せワンを多発し、取り分け50y前後のアプローチがズバズバ決まるとはもしかしたら私も旨くなったのではと感慨に浸りそうになる。スコアは前後半ともダボペース換算で借金を少しづつ返済する展開でこの粘り腰も自賛したいところだろう。何よりこれ程迄にコースに通い二桁も通算二回記録しながら、初めての二ラウンド連続110切とは我ながら恥ずかしい限りではあるが、同時に恐らく二ラウンド連続で同じ打ち方-今般は早めのコックとスリークォーター・スイングであるが-で成績を残せたことは非常な収穫である。この高揚が単なる錯覚に終わらぬべく次回の自らに大いに期待したい。

 ゴンザレス内野手の突然の薬物による退団が球界に大きな波紋を呼んでいる。昨年のガトームソン投手の際には既に届け出ていた毛生え薬に含まれていた成分という情状酌量から20日間の出場停止に留まり、幾分ユーモラスな印象を残したに過ぎなかったし、元日ハム野村投手の覚醒剤逮捕は米大リーグ経験者による対岸の火事で済ませられたが、ゴンザレス前選手は「科学的事実の前では抗弁できない」と事実上容認した形であり、遂に本邦プロ野球にもドーピング問題が襲ってきたかと戦慄せざるを得ない。
 勿論、米大リーガーの五輪参加が実現しないのは野放図な薬物管理故と揶揄された如くに、球界のドーピング問題への取り組みの遅れが招いた帰結かも知れないが、全くの偶然だが同日には昨年同じく在籍したゴンザレス(登録名GG)投手の事故死も伝えられ、故障者続出で風前の燭になりつつある原政権を象徴する様な不吉さである。時恰もTV中継では元気溌剌がトレードマークであった中畑清が妙に理路整然と、選手に耳の痛そうな解説を繰り広げている。ジャイアンツはお祓いでもした方が良いのではないか。

5月24日(土) 傘がない  -ファッション・ブランド - -

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粥川祐旭撮影
 殆ど天気予報に気を配ることがなく出掛けに現に降っていない限り傘を持たない習慣は濡れることを過度に厭わない性癖も作用していようが、傘の存在による片手の不如意が近未来における被雨の現在価値より負の要素が大きいと無意識の内に考量しているが故の判断なのだろう。それでも妻から豪雨予想を示唆されれば残留放射能の頭髪への影響も危惧されるところだから非常に不本意ながら傘を携帯せざるを得なくなるが、その際両手の自由との両立を重視すれば必然的に折り畳み、しかも腕一本で開傘しかつ閉じる際に傘上端部の留め金で親指を傷める恐れのないワンタッチに帰結する。
 ただ折り畳みの選考理由には雨が止んだ際には鞄への搬入が可能という利便性と同時に、傘立てに置いたまま失念する危険性を物理的に回避する効能も決して小さくない。というのも前述の通り傘の携帯に非常な嫌悪があるために、当然意図的ではないのだが驚く程頻繁に傘を紛失する事例に事欠かないのである。
 遂には先般、愛用の三段折り畳みすら知人宅に置いたまま何等後ろ髪を引かれることなく帰途に着いて仕舞ったので、数年振りに新調する羽目に陥った。しかし意外だったのは折り畳み傘の人気薄で、一般論として広げても大量雨を防御するに足る大きさが得られない、壊れ易いといった不評が耐えず、わが家においても管理の繁雑さ、即ちまめに洗い干ししなければ異臭を放つなど頗る評判が悪い。確かに家に持ち帰った後の傘の動静に思慮を及ばせたことはなかったが、ビニール傘ならばコンビニで500円にて購入出来るから、万やむを得ない際には使い捨て感覚で対応した方が寧ろ合理的かも知れない。

 従前は寧ろ父の膝でミルクを飲んで眠りに就くことが多く、眠くなると椅子を叩いて父に「ここに座れ」と主張していた次男・公資がトワエモアの如くある日突然父と寝るのを拒否する様になって既に数ヶ月が立つ。一方で長男・祐旭は母による絵本の読み聞かせが就寝時のパターンだから二人揃って父とはベッドを共にしないことになる。
 それでも祐旭は不定期に「父と寝る日」を設定しているが、昼間には「お父さんと寝てあげるからゴーオンジャー買ってなどと男娼の如くに強気な姿勢を見せていても、いざ寝る段になると母の元へ回帰するのが大宗なので父には寂しい限りに他外らない。ただ両名とも比較的睡魔が強い際にはこの限りでなくなるし、例えば母が体調を崩して先に休んだりしてやむを得ず父しか選択肢が無いケースもある。
 この数少ない機会に共通しているのは触り心地が良いのか脂肪に富んだ父の腹をまさぐりながら眠ることで、祐旭に至っては嬉しそうに「お腹触る」と言いながら、触手は上方に移動し懸命にお父さんおっぱいを触りながら満悦している。昨今では巧みに父の乳首を弄っており、父にも新しい感覚が芽生え、ということはないが微妙なこそばゆさとともに、このままでは徐々に肥大しそうな勢いである。美しき親子のスキンシップということか。

5月21日(水) 年中行事  -スポーツ - プロ野球-

 前夜が4時お開きだったので非常に眠い。こういう日に限って朝8時から勉強会、蜻蛉返りで一旦会社に戻りとって返して与党にレクと気の抜けない午前中だが、本当の疲労は一段落して緊張感の弛緩した午後に現れる。更に言えば年甲斐もない無理は翌日以降にそこはかとない倦怠感として確実に忍び寄ってくるのである。妙にふくらはぎに違和感を感ずるのはその予兆かも知れない。

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オリックス輝かしき頃のイチロー
(西武球場,95年)
 シーズンの三分の一も終わらぬ内にオリックスのコリンズ監督が辞任、ディーバス、ブラウン両コーチも一蓮托生で退団帰国する事態となった。が真に異常なのは01年の仰木退陣以降、02年就任の石毛が翌年開幕直後に解任されレオン・コーチが代行から昇格。04年伊原招聘も近鉄との合併で一年で仰木が復帰。しかし病篤くシーズン終了後に勇退し年末には逝去したため中村がGMから現場復帰を経て07年からコリンズで、久々に二年目を迎えられたと思ったらこの始末という前代未聞の指揮官のローリングであろう。しかも本籍が近鉄であるのがネックなのか、後任の大石ヘッドは代行に留め、早くも前日ハムヘッドの白井や清原の選手兼任といった来期新監督構想が取り沙汰されているとは、わざわざ8年連続監督交替の記録更新でも狙いたいという球団の意志なのか。
 昭和が大団円を迎える最中に南海、阪急の両関西老舗電鉄からダイエー、オリックスへの職業野球親会社の移動は、バブル期におけるサービス業の興隆を物語るとともに、取り分けオリックスについてはリースという出自、オリエント・リースからのCIに伴う社名そのものの宣伝という明確な意図が存在しただけに、ネーミング・ライツや早期の球団売り抜けを危惧する声は当初から絶えなかった。その懸念は阪神大震災の95年と翌年の連覇により一度は払拭されたが、イチロー選手の売却以降、球団の命運は暗転し、結果的には球界に一石を投じた形となった合併騒動も球団には"発祥の地"である神戸からより観客動員の見込める大阪ドームへの転居しか齎さなかった。04年末に退場したダイエー同様、オリックス球団はその歴史的使命を既に終えているのではないか。

5月20日(火) 而立  -政治・経済 - 政治・時事問題-

d616.jpg リアルタイムでは殆ど記憶していない成田闘争だが、土地住民にとっては確かに正当な係争であったろうが、今となってははけ口を失った70年代新左翼運動の残照との側面が色濃く映る。ゲリラ行為により開港が約二か月遅れたことも懐かしいと言っては不謹慎だろうが、既に懐古の域に達していよう。
 ただ多くの犠牲を払ってきた千葉県への失礼を顧みず述べるならば、成田空港の使い勝手の悪さは開港から30年を経てなお世界有数の部類に入るだろう。それは成田新幹線が頓挫した時点から拭うことの出来ぬ宿命なのかも知れないが、亡霊の様に甦っは雲散霧消してきた成田新線に今更の如く京成が社運を懸けたところで、JRと京成の単線並列になった空港近辺の終端部分を見れば推して知るべし、何等根源的な解決にはならないし、地理的要件は過去の記憶以上に昨今の新興空港に特徴的なエンターテイメント化も難しくしている。
 そもそも羽田の沖合拡張が技術的に進展した時点で成田の相対的価値は下がっており、取り分け成田までが航程の過半にも等しい近隣アジア航路は羽田に振り分けるとともに、羽田成田間のアクセス改善も含め両者の旨い住み分けを図るのが、今や遅過ぎるかも知れないがわが国旅行者に利便性に留まらずビジット・ジャパン政策にも資することとなろう。わが国も必要なインフラ整備は今後も進めていくべきだし、作ったからには料金を下げてでも利用者増大に努める姿勢も勿論重要であるが、捨てる乃至は縮小利用しコストを切り下げる名誉ある撤退の道も選択すべき時期に来ているのかも知れない。

 仕事柄クラブで踊ることはまずないが、女性の座るクラブに赴くことは少なくない。今日は実に五次会コースだったから、すっかり市民権を得た薬膳鍋と〆のショット・バーを除けば、ラス前のマスターのみの店舗にも掃けた店の女性陣が雪崩れ込んできたので、行程の6割程度は関係者以外の人物と話す機会があったことになる。
 女性に限らず元来初対面から打ち解けた会話の成立する質でないし、意図的に話題を提供することにも長けていないから、言葉のキャッチボールが著しく表層的であるか、或いは議論乃至は親しい間柄で多分に声を潜める噂話という両極端で、当たり障りのない会話が弾まない。だからこそ思えば銀座に5~6年、赤坂には8年根城にしているにも拘わらずなかなか馴染みの店というものが出来ないのだろう。こればかりは性格なので今更如何ともし難い、と諦観してよいものだろうか。

5月19日(月) Cut The Mustard  -音楽 - サザンオールスターズ-

d615.jpg 嘗て田中派木曜クラブからの実質的な独立=創世会の旗揚げを控え逡巡する竹下登氏を前に、後に竹下派七奉行の一人とされ「大乱世の」との形容詞で語られた梶山静六氏は「期待権」との表現を用いて決起を促したとされる。曰く「竹下氏は世代交替をするべく自ら立つ期待を我々に抱かせた。従って我々にはその期待を実現すべく行使する権利がある」と。その説得性を得るための巧妙なロジックの是非は別として、政治家に限らず凡ゆる衆寡の支持を要する存在において、自身の望むと否とに限らず「期待に応える」義務は必然的に内包されているだろう。
 但し、中選挙区制下においては特定層の支持を集めれば当選が可能だった様に、必ずしも全ての期待に応えなければ存立し得ないかと問われれば、必ずしもそうではない。例えば芸術家の場合、所謂"売れ筋"に合致しなくとも一定の固定客を得れば職業としては十分成り立ち得る。増してや過去に多大な報酬を得た身分であれば「判る人だけ判ればいい」という、大衆芸能の側から見れば極めて尊大な態度であっても、芸術性の追求として許容されるケースは少なくない。恐らくここ十年来の"ジュリー"沢田研二氏のスタンスはこれを意図的に体現したものだろう。こうした視点から捉えるとその対極、過去からの一般ファン層の期待権に極めて誠実であったのが桑田佳祐氏であると規定出来るのではないか。
 79年の「いとしのエリー」の大ヒットにより国民的バンドとなったサザンオールスターズにはこれまでも幾つか転機があった。そのひとつはよく指摘される通り夫人である原由子氏の出産に伴う休業とKUWATA BANDの活動であるが、以降はサザン本体と桑田氏個人の活動が不定期に繰り返されることとなった。バンドの主役が個人活動を展開する場合、当然にそれは個の選好により近い芸術的所産の追求であり、最終的には音楽性の相違からバンドは分解に向かう傾向が見られるが、幸か不幸かサザンはバンド内に家庭が存在したこと、学生時代からの友人という結節の強さ、そして多分にこれが大きな要因であろうが桑田夫妻と他メンバーの創作力の乖離から命脈を長らえてきた。それでも90年代にはバンド外活動で得た要素のサザンへの還元を含め、必ずしも従来の音楽性の延長線にない楽曲の創造という実験を試みていたが、支持を受けるのは圧倒的に80年代の"サザンらしい"曲であり、00年の「TSUNAMI」がレコード大賞を受賞するに至ってより身動きの取れない状況に追い込まれた。
 残念ながら芸能における期待権とは-加藤茶氏がピンになっても「ちょっとだけよ」と言い続けなければならない様に-保守的、と言って語弊があれば残酷なまでに守旧的である。しかしながら人間の創造性には限界があるから求められるサザン像を演じる為には、過去の楽曲の縮小再生産に堕する他ないという帰結を一番よく理解しながら、それでもなお消費者の満足する商品を提供する義務を果たし続けてきたのが21世紀の桑田氏の姿ではなかったか。端無くもある音楽番組におけるサザン楽曲の人気投票で一位を獲得した「TSUNAMI」に寄せた「視聴者は馬鹿」と言わんばかりの氏のコメントがその構図を証明していたが、それはファンを愚弄したものでは勿論なく、それでもなお愚直にサザンを演じ続けて仕舞うへ自らへの自嘲ではなかったか。
 だからこそなし崩し的に開店休業を続けても非難される謂れはなくとも正式に無期限活動停止を表明したのも、頑なな解散の否定も、忖度するだに甚だ無原則な期待権に対する責めてもの誠意と受け止めるべきだろう。義務感という鎧を脱いだ桑田氏に新たな音楽を創造する余力が残されているのか、改めてソフトな"期待"を抱いて見詰めていきたい。

 ゴルフの今田竜ニ選手がAT&Tクラシックで見事米国ツアー初優勝を遂げた。丸山選手が三年連続計三勝以降伸び悩む中で新スターの誕生は誠に喜ばしいが、過去の優勝経験者である青木、丸山両選手との最大の相違は今田選手の国内ツアーで腕を磨き海外に飛翔するというステップを踏まず、いきなり米国に武者修業に赴き下位ツアーから這い上がってきたという経歴だろう。
 野球やサッカーにおいては三浦カズ選手の様な希少な事例は存在するものの、少なくとも職業たらしめるに足る興行価値が本邦に存在する限りにおいては、国内プロを経ての海外進出が得策との認識は、マック鈴木投手の如く逆説的な事例を挙げるまでもなく未だ揺らがざる地位を占めている。がことゴルフに限っては端から海を超え荒波に揉まれるべきとの風潮が蔓延する契機たり得るならば、JPGAは大いに危惧すべきであろう。ともあれまずはその栄誉を讃えたい。

5月17日(土) 呼んでいるあの声は  -テレビ・ラジオ - 特撮ヒーロー-

d614.jpg め組の時代から火事は江戸の華であったから、暴れん坊将軍における北島三郎の様に火消しが人望を集めるのは決して不思議ではないが、更に長じて火事に限らず災害一般において人命救助を生業とする崇高な職業があれば英雄視されて然るべきだろう。恐らく現実世界においてその存在に最も近似するのは自衛隊であり、外敵からのわが国の防衛という本務のための実力を転用した余技であるが故に兎角素直な称賛を浴びにくいのは残念ではあるが、大仰に言えば専業体としてのひとつの姿を示唆するものが「トミカヒーロー レスキューフォース」ではなかろうか。
 災害救助を主たるテーマに掲げる特撮番組は古くは国際救助隊と邦訳されるサンダーパードを嚆矢としようが、90年代に戦隊モノを御家芸とする東映が製作したレスキューポリス・シリーズに至るまでその多くは、救助を主目的としながらも敵組織の取り締まりが描かれているのは、偶発的な災害発生だけでは演劇性に欠け、組織的な災害蜂起集団を設置するならば警察権の行史が伴わないのは不自然という理論的配慮よりも、アクション・シーンなくしてはマーチャンダイズを含め視聴者の大宗を占める乳幼児層にアピールしないという現実的要請からだろう。
 然るに今般のレスキューフォースは純粋に救助そのものをドラマのカタルシスと位置付け、敵に値するキャラクターには笑いの要素を含ませることでその相克を脱却している点に大いに新味がある。確かにそこにはトミカ・ブランドの商品展開を実車両の模倣から拡大したいタカラトミーの思惑があり、現にハイパーレスキュー、ハイパーブルーポリスといった架空の緊急車両をラインナップに加えてきた延長線上としての「トミカヒーロー」たる戦略性は明確である。
 ただ同時に大規模な操演や特撮を為し得ない予算的限界、或いは過去に子供向け番組では失敗を繰り返してきた松竹の新機軸追求という偶発性が功を奏した所産であったとしても、社会啓蒙の意義は少なくなかろう。惜しむらくは主人公そのもののお世辞にも美しいとは評し難いフォルムであるが、トミカヒーローが静かなブームを巻き起こし、トミカプラレールビデオ2008においては主役級に遇されることを期待したい。

 バレーボールの北京五輪世界最終予選が始まった。そもそもここに致るまで五輪出場権が得られず、最終予選への出場を余儀なくされている事態が、嘗ての日本バレーに照らせば隔世の感があるが、米国を中心とすれ西側諸国が国家としてバレーに本腰を入れたからにはわが国の劣勢は否めなかろう。
 加えて高卒で実業団スポーツへという就職形態が日本社会で希少になりつつある中で、「東洋の魔女」再びを夢見るのならば、せめて労務管理の一策としての資本投下に価値を見出だす企業が残存し、かつ視聴率の取れるTVコンテンツである内に、選手供給層がバッティングしそうな排球に人材を漏出しないべく国家としてインセンティブを措置することが必要ではないか。徒に手を拱いていては上田桃子選手にヤユされた通り「先の無いスポーツ」と化して仕舞うだろう。

5月16日(金) 会議は進む

d613.jpg 研究員生活を送っていた三年間には何本かのレポートに関わってきたが、最も手数が掛かった替わりにその反響も大きかった「少子化」に携わったのも早三年前のことになる。思えば往事に比べて所謂少子化対策の必要性の浸透度合いは勿論、実際の施策も著しく進展しており、返す返すもこの研究会の主導者の先見の明には感服せざるを得ないが、個人的にも元々非常に思い入れの深いテーマであったから、研究会そのものは報告書を上げて終焉しても引き続き折りに触れ政策の動きは注視してきた。一度テーマを総掠いすると土地勘とも言うべき感覚が備わるから、連々と羅列された官庁の資料に目を通すだけでも、嗚呼あの提言はこういう形で具現化されたかとか、ここはまだ残っているなとか、或いはこの観点があったかと気付かされたり、一端の政策通にでもなった様な感慨が味わえたものである。
 然るに昨年末、その後継として改めて小子化をお題に研究会をというオーダーが舞い降りた際には極めて正直に言えばわが意を得たりというか、この時を待っていましたと狼煙を上げたい様な高揚感に駆られたのも事実であるが、如何せん"卒業"を目前に控えた身の上では自らそれを差配することは最早不可能で、後事を同僚に託すこととなった。ところがいざ研究会が再編されて、元官吏が退官後に審議会等に参画する際の学識経験者枠-というものが明瞭に存在する訳ではなかろうが-の様な形で「外部顧問」なる肩書を拝命する運びに到ったのは、一会社員としてはなかなか研究活動に従事してばかりいる訳にも参らず、かつ既に手仕舞いした者がのこのこと後ろ髪を引かれる様に参画し続けるのは組織体として望ましかるまいとの真っ当な指摘はあろうけれども、矢張り有り難い御配慮と言うべきなのだろう。そうであれば余り幽霊部員に終始するのも御期待を裏切る様でもあるしとの大義名分のもと、時間をやり繰りしていそいそと勉強会に出席させて戴くこととした。
 ただ地域における少子化施策の実態ヒアリングという内容そのものに多分に興味もあったが、久々に政策立案のひとつの"現場"に身を接してみたい誘惑に抗し切れなかったという方が正鵠を得ていただろう。僅か半年前までこの生活を送っていたのが嘘の如しと言う程に永田町界隈から離れて仕舞った訳ではないが、絶えず提言の案分をイメージしながら講師の声に傾聴し、先を争っても質問が湧き溢れる緊張感に満ちた勉強会の過ごし方と縁遠くなったのは肩の荷が下りた様でもあり一抹の寂しさもあり。責めて今後も一市井人としても「少子化対策」の行く末見守っていきたい。

 如何とも雲を掴む様なお題であっても、関係者が雁首並べて言葉のキャッチボールが交わされていくと、何となく事案が一歩進捗したかの如く満足感が得られるのが会議の効用である。勿論、三人寄ればではないが頭数が増えると発想も拡散して豊かになるし皆目成果がない訳でもあるまいが、その実殆ど進展は図られていなかったとしても精神衛生上の効能は少なくない。こうして会議を駆け込み寺にしながらゆるゆると昇華していく案件も偶にはあってもよいではないか。
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