コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

2月29日(金) 去る闘将  -スポーツ - プロ野球-

d518.jpg 張本勲氏も落合博満氏も一倫にも満たぬ差で逃した記録が両リーグ首位打者である。にも拘わらずその唯一の具現者である江藤慎一氏の名が現代の球界に必ずしも轟かくことなく、まさに"ひっそりと"との表現が似つかわしい訃報が伝えられたのは、余りにも波瀾万丈な人生故であろう。
 日鉄二瀬時代に監督だった濃人渉氏と巡り会い、中日に入団した江藤選手を逆に追う形で濃人監督が着任すると、生え抜きの河合、吉沢らを放出して迄既に外野手に転向していた江藤を正捕手に据える程の寵愛振りを発揮されたかと思うと、一転して水原茂監督には自動車修理工場をはじめとする旺盛な事業欲が裏目に出て、球場にまで借金取りが押しかける身から出た錆とも相まって任意引退に追い込まれ、タイミングよく濃人ロッテに救いの手を差し延べられる。ここで前述の通り両リーグ首位打者に輝きながら濃人解任後半年で大洋へ放逐。更に新興太平洋球団の兼任監督に就任し、"山賊集団"という当代ならピーッの音を被せられそうなキャッチ・コピーでAクラス入りの大健闘も、ドローチャー招聘で打撃コーチに格下げの上解任、一兵卒に戻って金田ロッテで18年間の現役生活を終えるという振幅の激しさは球界屈指と言わざるを得ない。これに肩を並べられるのは同じく中日出身ながら丁度反対に濃人氏に毛嫌いされて追い出され、最期は何の因果が再びロッテで顔を合わせて引退、東京ドラゴンズを兼任監督で率いて米グローバル・リーグに殴り込みを掛けた森徹氏くらいなものだろう。
 奔放さが祟ったか、現役時代の実績では遥かに劣る実弟の省三氏が巨人、ロッテ、横浜と指導者業に勤しむ傍ら、慎一氏が二度と再びユニフォームを纏う日は訪れず、野球体育学校校長、ヤオハンジャパン監督、果ては01年に自由連合から参議院比例区に出馬と一風変わった後半生を送った。よくも悪くもこうした"傑人"が再び現れる土壌は今の日本プロ野球にはないだろう。ご冥福をお祈り致します。

2月28日(木) 音からモノへ  -趣味・実用 - フィギュア-

d516.jpg 果たしてYMOフリークの如何ばかりが購入に踏み切ったのだろうか。昨年九月に注文後、発売が伸び伸びになってすっかり忘れかけていた増殖人形が送られてきて、まずその箱の大きさに唖然とし、中身を空けてみて更に吃驚、実に一体が40cmに到達せんばかりに甚大なのである。
 これは70年代末からのYMOを起用したフジカセットのCM第三弾にあたり、YMOのお三方の人形を野球場を模した台座に所狭しと並べたポスターには非常なインパクトがあった。更にYMOのアルバム「増殖」のジャケットにも転用され、丁度人気絶頂を極めた時分であるからご記憶のある向きも多かろう。その増殖人形の復刻版であるから冷静に考えればこの程度の大きさであって可笑しくないのだが、そこはフリークの哀しさ、殆ど衝動的に買って仕舞っていざ現物が届くと処置に持て余し気味で、狭いわが家に妻は渋い顔をするし、飾っておいたら一夜にして健康優良児二名に破壊されそうである。結果、29千円がアマゾンで五千円余り割り引かれたとしても大枚叩いて置物にすらなり得ないとは失策以外の何物でもなかろう。だからと言って見送った後に売り切り表示になると今度はプレミアムが付いても欲しくなったりするのだから、ファン心理を巧みに操った商品と言えようか。
 それにしてもYMOを銘しながら衣装だけ「散解」時のナチス風ミリタリー服で揃えながら顔は単なる兎という代物が発売された時には恐らく本人達の許諾が下りないからだろうと得心していたのだが、今般の増殖のみならずアルバム「Solid State Survivor」のジャケット人形まで発売されるとは、嘗てのアルファ商法、ここ数年の再発ブームに乗ったSONY商法も真っ青な乱獲振りである。これもまた乗せられる方が悪いのだが。

d517.jpg 混迷の続いていた空港会社への外資規制は結局先送りとなった。所詮物品販売会社程度でウィンブルドンとは大仰に過ぎるというのも、蟻の一穴と目くじらを立てるのも何方も一局だとは思うが、少なくともここ数年のわが国の方向性としては外資の積極導入を謳っていた筈だし、電力や電波といった社会インフラにおいて安全保障上の観点から資本制限を図るのは当然としても、本件に限って言えば行為規制で充分ではないだろうか。三角合併等解禁の際にも俄かに禿鷹からの企業防衛の必要性が高唱され導入が延期された経緯があったし、遥か振り返ればグリーンカード制であるとか法審議時はすんなりと事が運びながら、いざ施行の段になって右往左往したケースは少なくない。それは総論賛成各論反対の一環と捉えることも出来るし、今回は閣議決定前の早い段階で顕れたというのは健全性の発露とも言えようが、少なくとも何等かの結論を得ることが出来なければ、政治主導の名が泣くというものだろう。

2月27日(水) その下には何がある  -地域情報 - 名古屋・愛知-

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建設途上のタワー(05/9)
 JRセントラルタワーズ(00年)に続く道を挟んで向い側に位置するミッドランドタワーの新造によって名古屋駅前はその様相を大きく変え、オフィスのみならず商業集積地としての人の流れも、古くからの繁華街である栄近辺から駅周辺に移りつつある。
 物理的な出生地は名古屋であっても言語、精神形勢期の大半を横浜、東京で過ごした私に取っても、中高校期を過ごした名古屋市東端部には何となく人里離れた仮住まいの居心地が抜けなかったのに対し、両親の実家の立地する名古屋駅周辺だけは愛知県で唯一と言っていい幼き日の憧憬の対象たり得る土地である。
 中でも名古屋における地下街の充実はつとに有名で、それは車道の過度の拡大に伴う地上商店街の衰退、人影の減少による寂寥感と裏腹ではあるが、名古屋駅から東に伸びる大通り下に位置するユニモール地下道は、建設を請け負った大成建設の事務所が地銀支店の後釜としと祖父の家に間借りしていた経緯から目の前に入路があり、年末年始や夏場に名古屋に出向いた際の、大仰に言えばハレの日のバザールの如き煌びやかな遊び場であった。そのユニモールから名古屋駅に向かって少し足を伸ばせば何時の間にかビルを通り抜け、別の地下街に入り込んでいく。そして途上のひとつであり飲食店や診療所、果ては映画館まで入り組んだ迷路の如き旧毎日ビル、豊田ビルの再開発がミッドランドタワーなるものだから懐古心を擽られないと言えば嘘になろう。
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左は古式ゆかしき地下街、
右はブランドショップが並ぶ
 ただ禄を食む会社が一部に入居している訳だから既にお馴染みなっていて然るべきにも拘わらず、中に入るのが初めてとは些か遅きに失した感はある。折角なので大枚七百円を叩いて展望台へも登ってみたが、吹き抜け伽藍構造の回廊に小雪ちらつき、晴れていれば違った光景があるのかも知れないが、些かシャビーな絵柄が展開され拍子抜けである。一方で地下はどうなったかと確認に赴くと、そもそも建物自体が幾分セットバックしている分英国のグラウンド・フロアの如く半地下に近い趣きで、接続部分はいきなり旧道と高速道路が繋がった様な微妙な違和感が醸し出されている(写真)。このパッチワークのキッチュさこそ変遷する=活力ある都市の見本かも知れないが、地下特有の、地上の地理感覚と隔絶された不如意性と閉ざされた小空間たる猥雑さに欠けるのは、予想通りではあるが幾分の不満も禁じ得ない。今後の再開発には適度なレトロ感覚と同時代性を如何に配合するかが鍵を握るのではないか。

2月25日(月) コミック雑誌なんか  -アイドル・芸能 - タレント-

 ロス疑惑と言われて真っ先に思い浮かぶのは人事不省となった夫人をヘリコプターをチャーターして日本に移送し、ヘリポートで一心腐乱に手を振り夫人の名を叫ぶ三浦和義氏の映像で、不謹慎ながら物真似にも屡々用いられていた記憶がある。84年の週刊文春のスクープ「疑惑の銃弾」が一斉を風靡して以来、三浦カズヨシと言えば南米に武者修業に出掛けていた若きサッカー選手ではなく、ターキーこと水之江滝子氏の甥にして当時は実子説も盛んに囁かれ、「弁護士を通して下さい」を連呼しながらマスコミに登場しまくる黒サングラスの男に他ならなかった。
 しかしながら銃撃事件に先立つ一美さん殴打事件においては実行犯の元にっかつポルノ女優の証言から有罪、収監されながら、肝心の銃撃事件では二審で一転無罪となり、三浦社長、三浦容疑者、三浦被告、三浦受刑者、そして三浦さんと様々な呼称を渡り歩いた。一方でマスコミによるプライバシー侵害裁判に連戦連勝したり、或は偶に万引きで捕まったりして折々に話題を提供しながら、徐々に過去の人となりつつあると思った矢先の今回の逮捕劇である。
 ただ腑に落ちない面持ちが残るのは、捜査には当初から当時はすっかり日本でもお馴染みになったロス市警ジミー佐古田氏が関与しており、日本での立件にあたっては両国で管轄権の調整が行われた筈である。それが事件発生から27年を経て、容疑者の国籍国において既に無罪が確定しているにも拘わらず立件に踏み切るとは、国境を越えた一事不再履は働かないのかも知れないが、或いは更に先立つ白石千鶴子さん事件までも含めた新事実でも発掘されたのかと、被疑者本人ならずとも疑問符は巡るのである。
 思えば劇場型犯罪の先駆けとも言うべきロス疑惑が墓場から蘇ってくるとは、月並みだがこの犯罪多様化の時代に相応しいと論評出来るのも哀しいし、特異なキャラクターとして"三浦さん"を弄んだたわが国に対する米国が与えた鉄槌であるとするならば厳に戒めなければならないだろう。

 ところで「三浦和義事件」という半ば推理小説仕立ての本を持っていた筈なのだが、どうしても見付からない。折角蔵書三千冊をリスト化しておいても、どの棚に所蔵されているかも明らかな図書館システムでなければ価値薄いことを改めて思い知らされた。

2月24日(日) 迷い道クネクネ  -地域情報 - 東京23区-

d513.jpg 渋谷に宿泊中の母を一家で訪ねる予定だったが公資が中耳炎で外出が憚られたため、祐旭と二人旅となった。して帰路、未だ電車は強風のため止まり気味だし、はしゃいだ祐旭もお疲れモードだったので、清水の舞台から飛び降りた積もりで大枚叩いてTAXIで帰ることとした。と言うと大袈裟に過ぎるが、貧乏性なのかどうにも自費でTAXIに乗るのは躊躇われる。にも拘わらず敢えて今般選択したのは首都高速中央環状新宿線が昨年末に開通したことが大きく寄与している。
 道路関係者の端くれとしても市井の一サラリーマンとしても、折角わが家から恐らく直線距離にして最短のインターチェンジが竣工したならば、通過してみたいと思うのは人情であろう。だから先般、銀座からの帰り道に敢えて4号線を幡ヶ谷まで突っ切らず西新宿ジャンクションを右に折れる経路を試みたのだが、残念ながらそれは叶わなかった。何故ならば中央環状の建設は都内を目的地とせず首都高を経由するだけの車両を都心環状に流入させないのが主眼だから、都心側からの入路がないのである。となれば純粋に中央環状だけを走る他はあるまいと思い詰めていたところに、本日絶交の機会が訪れたのだから胸を踊らせざるを得ない。
 が再び事態は暗転する。運転手氏に伺うとここ渋谷から最も近い中央環状ICが弥生町のあたり、即ち中野長者町とは既に下線予定地である。新宿線開通とは渋谷までの全線を意味するものと思い込んでいたが、実は新宿~渋谷間が平成21年度であったとは夢想だにせず。確かに山手通りを走ると未だ工事中、これでは当面百歩譲っても東北、常磐道方面から長躯帰還する際くらいにしか杉並居住者には使い道がない。自動車を所有せず道路オタクになる道は、遠くはかない。

 日曜にも拘わらずというか休日だからこそなのだろうが、「安否確認」なる災害対策訓練が行われる。単にメールや電話に連絡が入り、災害が起きたとの想定で家族を含めた無事や家屋の倒壊状況を折り返し報告するだけなので特段の手間は掛からないが、そもそも企業が何処まで地方自治体の補遺、乃至は代替を務めなければならないものなのか。大会社の社会的責務としてシステムを構築しておくことには意義があったとしても、所謂企業城下町の如く関係者が密集し企業体が避難なり災害対応に主導的な力を発揮し得る環境にない限り、効用は低かろう。
 勿論当該企業が見事にその条件に合致しているからこそ挙行されるのだが、であったとしても東京勤務者への適用は現実的とは言い難い。考えてみれば昨年までの出向時代は放し飼い状態で何の音沙汰も無かったのだし、何事も一律、調和を重んじる組織としての矜持とも呼ぶべきもの、と受け止めておくか。

2月23日(土) もうひとつのフルスイング  -学校・教育 - 教師のお仕事-

d511.jpg プロ野球コーチを30年務め、59歳にして教師に転身しながら程なく志半ばにして亡くなられた高畠康真氏を描いたドラマ「フルスイング」が6回に亘り放映され、本日最終回を迎えた。同僚教師として吹石一恵氏がキャスティングされていたのは単にNHK御用達だからか、矢張り実父が元近鉄内野手という血筋を買ったのかは判らないが、ドラマ自体は原案標記のある門田隆将氏著「甲子園への遺言」をどうこねくり回したらこの絵に描いた様な文部省推薦ストーリーが産み出されるのかという代物だった。確かに同書そのものにもプロ野球時代の記述は思いのほか少ないとはいえ、本来なら教育者たる高畠氏の根幹であろう野球界、就中その大宗を占めるコーチ時代を語らずしてドラマツルギーを形成出来る筈もない。
 恐らくはその謎を解く鍵は、当然物語に甚大な痕跡を残して然るべき人物の存在が氏の人生において抹殺に等しい状態になっているという事実に依ろう。高畠氏は昭和43年南海ホークスに入団。ノンプロ時代は強打者として鳴らしたが、故障から殆ど実績を残すことなく29歳で現役を退きコーチに就任した。その高い打撃理論は往時の兼任監督野村克也氏に高く評価され、野村監督が昭和52年シーズン後二試合を残し"公私混同"問題から電撃的に解任され一兵卒として金田ロッテに移籍すると、高畠氏も行動をともにした。翌年の野村捕手の西武移籍には同道しなかったが以降ロッテにてコーチを続け、89年オフにヤクルト監督として十年振りに野村氏が球界復帰するとヘッドコーチとして馳せ参ずることとなった。その際の「話し相手が居ないと困るから高畠だけは連れていく」という野村氏のコメントは、氏の高畠コーチに対する信頼の厚さをを如実に物語っている。
 ただよく知られる通り野村ヤクルトは三シーズン目にしてリーグ優勝を遂げ黄金時代を築くのだが、そこに高畠コーチの姿はない。何故ならばヤクルトにおける一年目のシーズンを終えた時点で氏は退団していたからであった。その際氏が残した「野村さんは変わって仕舞った」という台詞が何を意味していたかは正確には判らない。ただ高畠氏はその後もダイエー、オリックス、中日、再びロッテと打撃コーチとして引く手数多の野球人生を亡くなる2年前まで送りながら、阪神、楽天と夫人の脱税問題を経てなおユニフォームを着続ける野村氏とその足跡が再び交わることはなかった。どちらの何が正邪であるか外野から窺い知ることは出来ないが、野村氏が実績、存在感から未だ球界に君臨する以上、そのエピソードを高らかに盛り込むのは憚られたかも知れない。ただだからこそ通り一遍の美しいドラマに留めず、師との蜜月と確執が、人を教えるという氏の辿り着いた天職に如何なる影響を及ぼしたかを紐解いて欲しかった。

d512.jpg 春一番で総武線が大幅に遅れ、高円寺に辿り着くと目を疑うことに上り4盤線ホームに中央線が止まっている。どうやら三鷹折り返しとなる総武線上りの遅延が激しく、土曜日にも拘わらず中央線を停車させたらしい。幸い高円寺だからこうした緊急避難が可能だが、端から中央線ホームのない東中野、大久保にこの対応は望むべくもない。勿論その替わりに中野折り返しを臨時に走らせることで対処したのかも知れないが、そもそも高円寺、阿佐ヶ谷、西荻の三駅は複線化による中央快速線設置時に、当初は停車の計画がなかったところを住民の懇請により妥協策として休日通過に落ち着いた経緯がある。先達の有り難みを風のおかげで痛感することになろうとは夢夢想わなかった。

2月22日(木) 貸しレコード屋と呼ばないで  -ビジネス - ビジネス-

d510.jpg 無料キャンペーンを謳うTSUTAYAディスカスのテレビCMがお茶の間を賑わしていたのは概ね一ヶ月程前のことだろう。広告に躍らされ早速アクセスしてみると確かにお試し期間の一月間、最大四回八枚分が無償で送られてくるというのだから有り難い話しである。勿論、美しい薔薇には刺があるというのと同じで、星マークで在庫度合が開示されているとはいえ下手に予約すると無料期間を経過して仕舞いそうだし、巧みに「間もなくRelease」とポップアップされ、しかしながら新作は無償の対象外だから、それを選択すると「今すぐ正会員に移行」ボタンが現れるなど抜目ない作りになっている。そもそも一月を経てなお退会手続きを忘れ、継続して仕舞ったからには借りざるを得ないと思っている内に確かに店頭まで返却に赴くより楽だから慣れが生じ、惰性で会費を払い続けながら限度枚数まで借りない、という構図を狙ったものだろう。レンタルCD、DVDは延滞料商売とされるところ、一歩進めて固定売上高を増やそうという魂胆はよく理解出来る。送られてきたビニールの封書の上書きをハグとそのまま返送出来る造りは面白いし手間が掛からず拍手したいところだが、料金別納でなく切手が貼ってあるのがビジネスモデルの立ち上がり期であることを示唆している。残念ながらからくりには引っ掛からず本日満了3日前にして最終四度目の返送を終え無事退会を完了した。ただほど高いもの、には付かなかった様である。

 ダン池田氏が昨年12月に亡くなっていたことが明らかになったが、確か芸能界の暴露本を出した後に病に倒れてからは長年の闘病生活で再び表舞台に立つことは無かったと記憶している。
 思えば嘗ての唄番組は押しなべて生のビッグバンドをバッグに唄う、則ち毎度毎度微妙にアレンジが異なるのが通り相場だった。そのバンドの代表格がダン氏率いるニューブリードであり、氏が退場した後バンマスの座を襲ったのがブルコメの三原綱木であったのには驚いたが、今や懐メロや演歌番組で偶に顔を見るに過ぎないのは寂しいというか、音楽が楽譜に記された符号の再演から固定された実演そのものへと、この20~30年程度に大きく変化したことをよく表している。ご冥福をお祈り致します。

2月19日(火) 盾という名  -政治・経済 - 政治・時事問題-

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左があたごと同型のあしがら、
右は一世代前のこんごう
(長崎にて07/7)
 米兵の不祥事が続き国防、安保に対する国民の不信感が高まる中、イージス艦あたごによる漁船転覆は大きな衝撃を以って受け止められた。ただでさえ軍備アレルギーの強い戦後わが国社会において憲法改正をはじめ漸くその妥当性が認識され始めただけにより綱紀を引き締めるべきこの時に、てぐすね引いて待っている反勢力に恰好の批判材料を与える結果を齎したのは返す返すも残念でならない。最新営のレーダーシステムと黙視による航海の同居に対する猛烈な違和感は実用性、費用対効果の側面から導入の是非が問われているミサイル防衛そのものに対する素朴な感情についても影響は必須だろう。
 ただ報告、初動の遅ればかりが強調されているが、勿論それは大きな課題のひとつには違いないとはいえ、自衛艦と民間船の混在する東京湾の密集性であるとか、同時に疑問視すべき点は幾多もあるのではないか。人命が危険に晒されたという事実を前にはマスコミならずとも最早冷静な議論たり得ないのも致し方ないところかも知れないが。

 東芝はHD-DVDからの撤退を正式に発表した。思い出されるのは嘗てのベータ・VHS戦争であるが、ビデオテープ程に一般化する前に決着が着いたことは消費者に取ってみれば幸いであるし、撤退によるブランド・イメージの失墜よりも音楽ソフトをはじめ東芝の進めてきた非コア部分の早期「転進」が経営資源の集中として好意的に受け止められ、株価も好反応を示していることには時代の差を感ずる。
 しかしながら規格が定まったことにより急速に次世代DVDの普及が進むかと言えば、既に安売り商戦が続いていた東芝製品が市場に多数出回っているからという理由のみならず、そもそも家庭用映像機器としてそこまでのグレードが必要なのか。確かにテレビ電波のアナログからデジタルへの変貌は肉眼でも非常に画期的だったが、余程巨大な家に家庭用シアター設備でも設けない限り、現行DVDで特段の支障があるとは思い難い。勿論そんなことを言っている内にテープからMDへと全面的に乗り換えるべく試みたらCD-Rの時代になっていたという前例もあるから安穏としているばかりでは済まされないが、黄門様に倣ってもう少し様子を見てみましょうか。

2月17日(日) ピアノに登って  -育児 - パパ育児日記。-

d507.jpg 人の親になった時、自らの成功体験をまた子供に与えたいと願うのは自然の摂理だろう。差し詰め私に取ってみれば、独創性豊かな音楽家たるにはもしかしたら却って余分かも知れないが、市井の人として演奏に興ずるには非常に有用な絶対音感の獲得に寄与したのが3歳から通ったヤマハ音楽教室であるのは疑いの無いところだから、当然の様に祐旭にもまた教室通いを薦めたのであった。
 本日はその発表会というと大仰に聞こえるが、最年少クラスは皆一列に母親とともに並び、唄と若干のお遊戯を披露するだけなので幼稚園の「楽しい発表会」程に保護者ともども負担の大きいものではない。祐旭は正直なところ練習には全く身が入っていない様子だったが、いざ本番になるとノリノリでこなして仕舞うのは、矢張り本番に強かった父の血を受け継いでいるのだろうか。 ただ意外だったのは年長者のパフォーマンスに至り、一様に観衆に背を向け半身の構えで演奏する姿はエレクトーンそのものの宣伝の要素が強いからやむを得ないのかも知れないが、最期の指導員による模範演技に至るまで殆ど足を用いなかったことだろう。エレクトーンの独自性とは足でベースライン、左手はコード弾き、右手でメロディという三位一体の演奏方法であり、だからこそ後天的に容易にピアノへの転向が効かないという支障も生ずる替わりにリズムボックスさえあれば一名単独でもアンサンブル的な操演を可能にする特典がある訳だが、我々の眼前に繰り広げられたのはシーケンサーの自動演奏をバックに手弾きを乗せるという、殆ど後期YMOの如く形態でしかなかった。
d508.jpg 忖度するだに30数年前は幼稚園時から音楽教室に通わせる家庭は限られており、半ば職業音楽家指向、少なくともレッスンプロとして食べていける程度迄は視野に入れてのレッスンが主体であり、だからこそ3年間修了時にはエレクトーン、ピアノともにヤマハ指定の試験を受け一定の級数を獲得することが義務付けられていた。これに対し音楽教育の大衆化が先か、少子化の進展に伴う音楽産業側の戦略なのかは定かではないが、現在は幼児期はリトミックに始まり少しづつ鍵盤に馴れる程度に、音楽高等教育指向をアプリオリに是とすれば"後退"しているというのは、昨年一度だけ教室を実見した印象からも明らかだろう。
 事実上単独で演奏が完結に至らないのであれば、何方を楽しいと感ずるは個々人次第かも知れないが、淡々とパイエルに勤しむのに比べれば確かに楽としても、果たしてエレクトーンのみを以てして音楽的素養が滋養されるものなのかは、極めて微妙と言わざるを得ない。勿論出来る限り本人が楽しむ中で自然と音感が備わるのが美しいには違いないが、祐旭も必ずしも積極果敢でもないし、右手中心の集合レッスンだとどうしてもサウスポーには不利だし、果たしてこのまま継続すべきか、思い切ってピアノの個人レッスンに切り替えた方が良いのか、思案しどころである。
 なお「たのしい発表会」 は風邪で自宅待機だった公資も今回は兄の出演直前にむっくりと昼寝から目覚め、その勇姿を目の当たりにした。さぞや秘めたる対抗意識を燃やしたのかは窺い知れないが、何れもう幾年して刷り込み効果が顕れるかも知れない。

2月16日(土) 君に会いたい  -アイドル・芸能 - 気になる芸能人-

 このところやけに新幹線に乗る機会が多いが、過日いきなり通路を挟んで逆側におかあさんといっしょの面々がスタッフともども鎮座在していたのには目を見張った。恐らく地方巡業の帰路だろうがグリーンでなく普通席とは御苦労様なことという労いの心持ちとともに、スタアに近付いた幾分の胸の高鳴り、更には彼等の生態、人間関係を観察すべく覗き見根性とが相俟って、写真かサインかでもお願いしようか、しかしながら体操の前任・弘道お兄さん程メジャーでもないしという躊躇いの中、結局洞が峠を決め込んだがその数日後には5年振りの出演者交替が発表され、何となく惜しいことをした様な想いに駆られた。
 仕事柄政治家や財界人は知り合いではなくとも掃いて捨てる程に見かけているから有り難みのかけらも感じないが、例えば坂崎幸之助氏と屋形船に同乗した際には別にファンでなくとも非常に得をした気分になったし、沖縄でゆうこりんに遭遇した時は流石に実物はお人形さんの様で綺麗だなと感じ入ったものである。高校生の時分、友人の修善寺の別荘を訪れるとすぐ近隣が押坂忍氏の矢張り別荘で、地味な我々の花火に浴衣姿の本人が近付いてきて「面白うてやがて哀しきですな」と声を掛けられたのを明確に記憶しているのは、あれが初めての芸能人との会話だったからだろうが、ベルトクイズQ&Qを知る世代も相当に減少しているから今ではその価値も微妙だろう。場所柄近隣に頻繁に出没する森本レオ氏や唐十郎氏には見飽きる程に遭遇しているが、友人がまだ売れ始めの頃、高円寺に住んでいた矢野顕子氏と同じ駐車場で幾度か会話も交わしたと聞いた時には随分と羨んだものである。

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穴子寿司(広島=左,名古屋=右)
 随分と話題が逸れたが、新幹線移動の楽しみは土地土地の名産までいかなくとも独自色豊かな食の追求だろう。ただ単品大量主義の私に駅弁は最も苦手な部類であるし、大概の混ぜご飯には手を付けられないから「貝尽くし」といった魅惑的な商品も泣く泣く見送らざるを得ない。従って殆どの場合、何故か混合物にも拘わらずカレー、炒飯、稲荷とともに食べられるばかりか非常な好物である穴子寿司を探し漁ることになる。
 ただ名古屋駅のバラエティの乏しさは食文化の未成熟を表していると勝手な得心をしていたのだが、よく考えてみれば等しくJR東海である東京駅の東海道新幹線部分も、恐らくタイムラグに鑑みれば東京-名古屋間の物品が送られて来ている訳で、だから名古屋駅に降り立っても変わり映えせず感ずるというからくりなのだろう。失礼致しました。
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