コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

11月29日(木) 不連続面  -コンピュータ - 動画-

 御し難い苦痛のひとつとして例示されるお馴染みの事柄に、他人の子供のビデオを見せられるというシチュエーションがあるが、家庭用ビデオはそもそも親自身にも繰り返しの視聴に耐えられるものではない。それは手持ち撮影によるフレームのぶれ以上に、素人の撮影は故・相米慎二も吃驚の長回しに陥り易く、必然的に固定アングルに縛られるからだろう。
 だからこそわが家では録画段階から可能な限り細かいカット割りと複数位置からの撮影を心掛けているが、それでも編集の手を汚す必要なしには到底到らない。そこで既に単独編集した祐旭の運動会、お誕生会映像を含め、ここ半年分の集積「ザ祐旭 公資0704-11」を又もやWindows Vista付属ソフトで切り貼りしたのだが、いざDVD-Rに焼いてみるとあにはからんや再生が叶わない。幸いDVD-RWで再試行すると無事見られ胸を撫で下ろしたが、録画中のDVD視聴のために購入した再生専用機ならRでも動くとは今更ながらDVD仕様の複雑さを思い知る次第であった。
 それでも編集が一段落ので次たるターゲットは機材の更新に目移りすることとなるが、現行機に著しい支障がある訳ではないから、本来は不具合が生じた時点で新規導入を図るのが筋であろう。しかしながらわが夫婦の成婚二次会「踊るYMO」以来のテープ・ストックに鑑みれば、少なくともDVテープの再生機能は保持されるのが望ましく、だからと言って現下の趨勢にテープメディア機を新たに購入することは考え難いし、その際はハイビジョン・ハードディスク機が選択されるのは必定になるから、壊れるのを待つ訳にもいかない。これ自体はレコードからCD、またVHSからDVDへの移行に当たっても当然経験した変遷であるが、今般の大きな課題は次世代技術が未だ発展途上段階にあることではないか。
 ハイビジョン機はAVCHDという新規格に則っており、普通に考えればハードディスクなのだから本体でも簡易編集が出来そうに見えるが、カタログを眺めていても矢鱈とランダム・アクセスばかりが強調されて編集への言及が少ないなと訝っていたら、よくよく調べるとシーンをシームレスに繋ぐことすら無理というのだからお話しにならない。にも拘わらずデジタルカメラに関する情報は巷に溢れていると言うのに、ビデオカメラの雑誌の類は妙に高級、プロ嗜好のものを除けば驚く程少なく、編集機能の制約という事実には、当方のアンテナ不足かも知れないが容易に辿り着けなかった。或いはソフトの課題に起因する部分があったとしても、そもそも新規格なので既存のDVDに落とすこともままならないのでは、危うく慌てて貰いが少なくなるところであった。業界、メーカーには事実を適切に伝播すべく自省を求めるとともに、技術開発の動向も眺めつつ、現行機の寿命を騙し騙し持続させるにしくはなかろう。

11月28日(水) 起きぬと水兵さんに  -政治・経済 - 政治・時事問題-

 思えば年が明けた頃、通常国会は「雇用国会」と位置付けられ、格差是正が最大の眼目と唱えられながら、冒頭のホワイトカラーエクザンプションで躓いたおかげか、参院選を経て対策の重要性は外観上もなお高まったにも拘わらず形を潜めているかと思われたが、ここに来て漸くその数少ない生き残りである改正最賃法、労働契約法の二法が成立に至った。
 味噌は民主党との修正協議を経て成案を得たことであろう。即ち、労働者への配慮という民主党側も根源的に賛成、少なくとも修正協議に応じざるを得ない案件を梃子に所謂ねじれ国会における法案成立の雛形を作りたい、更にはそれを突破口にしてテロ特措法の膠着状態の打開を図りたいとの与党側の思惑があったのは疑いない。詰まるところ、世にも恐ろしいことに与党側が「まくら」を用意したのである。より内容に即して言えば「まくら法案」とは野党側が重要法案の審議を遅らせんがために、先議に供する法案を指す国対用語であって、"寝る"=審議に応じないための手段であるから、野党を"起こす"ための本件は「目覚まし時計」若しくは「洗顔法案」とでも表現すべきなのだろう。勿論その技術的な位置付け故に両法案の価値が失われる訳ではないが、現実には党首会談、大連立協議とその破綻を経て、折角通った頃には歯磨きや髪を梳かす程度で動く状況は超越されていたとは皮肉である。

d409.jpg 和田龍幸氏が逝去された。確かに01年から五年間に亘る経団連事務総長時代に胃を全摘されたことはよく聞いていたが、痩せられたとはいえ随分と回復され、つい一ヶ月前にも知人の結婚パーティーでお元気そうな姿を拝察したばかりだったのである。個人的には豊田経団連のスタートともに事務局若返り策の一環として経済広報センターから経団連常務理事に異例の復帰を遂げられ広報担当としてお会いして以来、財界政治部長という本業のお仕事柄からその後も遭遇する局面が多かっただけに、70歳という早い旅立ちは余計に残念でならない。
 謹んでご冥福をお祈り致します。

11月26日(月) 回る、回る東芝  -地域情報 - 東京23区-

 師走の声を聞く前から早くも忘年会モード突入である。例年、夜の日程が如何に埋まるかと戦々恐々とする割には、一旦決まった日程が唐突に消えたりしながら予定表が真っ黒に染まる事態には至らない年末であるが、幸い今年も、嘗て交際費潤沢なりし時分の年度末の如く、予算消化のための強化月間と化す様な事態には陥ることなく年の瀬を迎えられそうな風情である。
 ただ連日連夜ともなれば体力的にも自然と単位宴席あたりのアルコール摂取量は減らざるを得なくなるが、二連荘程度に留まっていると下手をすると吐いては飲みの繰り返しでも何とか乗り切れて仕舞うからそれはそれで微妙である。単なる自覚不足と言われればそれ迄だが、体質的に口が渇き易く、だからと言って酒と水とを両方備える訳にもいかないし、焼酎をチェイサー付きで貰っても気が付くとロックの方ばかり煽っている、と言うのは本末転倒だが、なかなか有効な対策を講ずるのも難しいのは事実である。
 しかしそれにしても本日二次会で訪れたゴンドラという店は面白い趣向ではあった。創業36年で世にキャバクラなる営業形態を齎した発祥の地との説もあるらしいが、カウンターが回るのである。有楽町の交通会館スカイラウンジの如く外縁全体とはいかないが、中心部と外側の円周上に客席があり、その足元が回転する。とはいえ公転が体感出来る程の速度だったら目を回す恐れもあるから、暫く雑談してハッと周囲を見渡すと確かに動いていることが自覚される程度なので、確かに独自性はあり話しの種にはなり易いだろうが、そもそも何故回しているのかはよく判らない。恐らく一周100分間なのでその間客の固定が謀られるとともに、席毎の回転ペースに予測が立ち易く、満席でも案内のタイミングを図るのが容易になるので潜在的顧客を逃しにくいというメリットはあろうし、もしかしたら酔いを促進させる効能があるのかも知れないが、そうであれば逆にアルコール出荷が減りかねない。価格も手頃だし石原都知事のおかげで健全化著しい歌舞伎町で、裕次郎氏も出没したという由緒正しい店に訪れるというのも乙ではあるが。

11月24日(土) 4分33秒  -音楽 - 音楽のある生活-

d407.jpg 歌謡曲評論家の最期の砦として責めてカウントダウンTVを見るだけはと誓ったにも拘わらず宣言倒れに終わり、折角Windows Vistaに切り替えてもiPod導入は言うに及ばず、iTunesも稀に気が向いて起動させる程度で、すっかり現代音楽-、と言っても別にジョン・ケージでも聞こうという訳ではないが-に疎くなって仕舞った。それでもPC更新の僅かな恩恵として、動きの衰えてきたCDレコーダに替わりCDのダビングが高速化された為に、縮小傾向だったレンタル店通いが、嘗ての様にCDシングルの集積によるヒット曲集造りには到底及ばないが、アルバム単位の複製を旨に回復基調にあり、例えば東京事変の「娯楽」といった、思いの外耳馴染む瓢箪から駒もあった。
 しかし無類のウルトラ音楽フリークへと健やかな成長を遂げさせて仕舞ったのは父自身の責任に他ならないが、祐旭が自ら歌唱出来る楽曲以外の聴取を許諾しないがために、父の嗜好に基づく音楽鑑賞をする機会に恵まれないという、より根源的な課題も生じている。一方で通勤をはじめとする移動時は読書、或いは執筆が逼迫した際には本コラム執筆に充てており、だからこそi-Podにも食指が伸びないのだが、幾ら昼が暇だとは言ってもイヤホンを被って議事録でも書いている振りをして鼻唄を歌っている訳にもいかないし、自動車の運転中がもっとも適合しそうだが、そもそも車がない。分娩室から坂本龍一を聞かせて刷り込みを図っているバンドメンバーU氏の如く強の者もいるが、今後は親子で興じられ、かつ親好みの音楽を模索し、誘導を図る試みが音楽評論家復興への一里塚かも知れない。

 二夜連続ドラマ「点と線」を流し見る。北野たけし氏の独特なオーラにも拘わらず、短い小説を無理に引き伸ばして映像化したためか妙に間延びしたのは否めない。そもそも電車トリックだけではありきたりで話が持たない様に感じて仕舞うがこちらがオリジナルなのであって、チャップリン映画の笑いの取り方が恰も二番煎じの如くに既視感を持って受け止められるのと同様の錯覚がある。推理小説の大衆化には貢献する一方で、失礼な物言いをすれば半ば粗製濫造を続けてきた西村京太郎氏の大きな弊害であろう。

11月23日(祝) んじょょぉ  -育児 - パパ育児日記。-

d406.jpg 祐旭も公資も風邪気味で取り分け常日頃肛門全開で気張っいる祐旭が下痢気味なので、折りからの三連休も寝正月の如く風情と相成った。
 ただ二人とも幸い熱がある訳でもなく元気なので買ってきたウルトラマン・カードでじゃんけん札取りに精を出したり、厚紙で切符を作ってみどりの窓口業に興じたり、ビニールテープを千切っては貼り白地に絵を描いてみたり。公資は公資で黙々とプラレールに取り組んで脱線すると窮状を訴えに飛んで来る。与えられるだけでなく自ら新しい遊びを発見というと大袈裟だが工夫乃至は編み出すことに腐心するのも意義あることだろう。偶には家に篭って遊ぶのも楽しいものである。新嘗祭らしく豊饒を祝うとはいかなかったが、いい夫婦の日、寧ろいい親子の日であったろう。
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兄は外でも
 ところで一歳半にならんとする公資だが、この頃の祐旭はどうだったかと振り返ってみると、ひとつには仕切りと公園に通っていたことが思い出される。今や近隣の中央公園が長期縮小中であり、かつ春先と秋口から冬という季節の違いこそあれ、どうしても行き先の選定も兄主体になる煽りを喰らっているとも言えなくない。往時の兄に比べて母への後追い度合いが小さく感ずるのも、4歳になった祐旭が再び母恋し症状が強まっているから認識され難いのだとしたら弟の悲哀に他ならないが、こんなものだろうと親の方が慣れて仕舞ったという要素もあろう。ただ言語能力は、わんわんやちんちんといった単語の語彙が増えつつあり、恐らく兄と同じくペースではないか。敢えて差異を見出だすならば持ち芸の多彩なバリエーションで、バルタンと言えば指をチョキにして「フォフォフォフォ」、「俺、参上!」には両足を踏ん張り(上写真)勢い余って尻餅を付いたりするものの、どうやら本人としては掛け声も模倣している積もりと観察され、従って表題もプレイステーションのCMジングルではなく、公資の呟きである。何れも本物よりは寧ろ兄の真似と言うべきで、オリジナルは父が仕込んだ「天皇陛下!」の号令一関、万歳よろしく両手を上げる仕種だが、徐々に簡略化され昨今は右手で応答するだけになって仕舞った。丸で自らが皇族の如し。如何にも不敬なので人前での披露は控えよう。

11月22日(木) 地獄の沙汰も  -ライフ - 家電・パソコンパーツ-

d403.jpg PCの更新にあたって最大の難問はデータの移管であった。結果的には外付けハードディスクがそのまま読み込めたので拍子抜けする程あっけなく解決したが、買い替える前には真剣に、一時的に新旧両機を並べてCD-Rにでも焼き、少量ずつ運搬せざるを得ないかと頭を悩ませていたのである。
 だから新機の替わりに旧機を引き取って貰うといった発想は金輪際浮かばなかった。そもそもこれまでPCを廃棄した少ない経験では悪くとも単なる粗大ゴミに過ぎなかったから、その弊害を気にも止めなかったのもやむを得なかろう。して早々に切り替えが終了しても万一積み残しのデータがあるかも知れないと暫く物置の如くに積んで置いたが、モニターにも繋がっていない単体のデスクトップを起動させる筈もなく、漸く三月も経って勇躍杉並清掃局に電話するとエプソンに連絡せよとは勝手が違うではないか。
 電話してみると本体と巨大なモニターで〆て金7350円なりとは嗚呼循環型社会も金次第である。しかもそれから振込伝票が送られてきて、払って今度はエコゆうパックの送表が来るまでに10日、更に杉並郵便局、ではなく郵便事業会社杉並支店の引取が、こちらは当方の帰責だが遅れたため、結局思い立ったが吉日から三週間近く経過して仕舞った。発売時にリサイクル料を徴収していない時代の機種の残存に伴う像加渡的な措置とはいえこれほど繁雑な手続きに行儀よく従うのは、なるほどわが国国民性の為せる業かも知れない。

11月20日(火) 優勝の美  -スポーツ - ゴルフ-

d402.jpg 旅の最期は恒例のゴルフである。年柄年中ゴルフに明け暮れているのではと誤解を招きかねないが、幾らお馴染みの顔触ればかりと言っても10年で300回といったペースではないし、中でも主に視察に付随するラウンドを公式コンペ扱いとしているのでその数は限られてくる。
 それでも新顔だった頃は全体の水準が低かったのだろう、いきなりグロス114で優勝して驚いたことを覚えているが、時を重ね皆精進を遂げ、という訳では勿論なく単に人員の交替により上手いプレイヤーが補充され相対的に低位安定に堕したに過ぎないのだが、優勝は疎か入賞ともとんと縁遠くなっていた。しかも肘痛こそ漸く癒えてきたとはいえ最終戦を目前にしての腰痛では出場そのものが危ぶまれる状況で到底好成績を望むべくはなかったのである。
 悪い予測は的中して4ホール目までに9と10を叩き、アスロックに捉えられた潜水艦の如く大撃沈振りである。ところがここから開き直ったか、腰に負担を与えぬべく胸を張り、更に左足を敢えて流して回転良くさせたのが攻を奏したか、5ホール目から5連続ボギーで復活、スコアこそ54と平凡だが高ハンデの賜物で久々に優勝戦線に絡む心地良い緊張感の中に昼食を迎えたのである。取り分けティーショットが飛んでおり、かつ朝の練習時にフィーリングの合っていたパットにも助けられた。平常心を保とうと日本酒を煽ったのが裏目に出たか後半崩れかけるも12番ショートでダイヤモンドが入ってボギーを拾いまた復活。栄冠に輝く際はかく幸運が寄与しようと高揚に襲われる。
d404.jpg 愈々上がり3ホール、16番ショートでパーを取り意識し過ぎたか、17番ではいきなりティーショットをほぼ空振りに続き天麩羅。しかし長いパットを入れてダボで耐えのが結果的に大きく、最期はトリプルで画龍点睛こそ欠いたが、風呂から上がったところで後続組の二人をネット1打差でかわしたことが判明する。グロス107は自己平均からすればオンの字でも決して特筆すべき数字ではないが、数字以上の充実感があったのは優勝の二文字の為せる業だろう。ただ余りに出来過ぎの大団円には引退試合に花を持たせて呉れたという要素も多分に介在していよう、同僚の皆様に多謝しなければならない。というのも表の通り05年5月に2勝目を挙げて以来低迷を続け、ピーク時の13からスタート時点の20まで2年掛けてハンデを元に戻し、正に内田裕也とフラワーズ「ラスト・チャンス」での桂冠とは筋書きが透けて見えそうだが、加えて00年4月に二日連続200以上叩き初めてにしてゴルフを辞めたいと思ってから数えて丁度百回目のラウンドとは、運命は不思議である。とはいえこれで公式記録は永遠に次回ハンデ14が残るのだから彼我の差は大きかろう。
 バンカーが多過ぎると苦情が相次ぎ相当数埋めてなお九十余個を誇る名門、賀茂CCだったが、実にサービス木目細かく、全国広しと雖も宅配便で送ったバッグから靴袋を出して並べてある光景には初のお目見えだったことを付言しておきたい。

11月19日(月) お空の散歩  -地域情報 - 山口県-

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上空より臨む江田島
 9時半、岩国基地に到着し早速カメラを構えると「Hey!」の怒声に当地が米海兵隊管轄であることを思い知らされる。更に敷地に足を踏み入れると如何にも米軍らしい9ホールのゴルフ場にアルファベットの店舗が並ぶ。日米共用の駐屯地は数あれどここ岩国は取り分け米軍基地に海自が間借りさせて貰っているという風情が強い。
d395.jpg 本日は通例通りの概要説明に始まり、いきなり岩国にしかない新進の水陸両用機US-2の体内を鑑賞す。多数飛行機を目視している訳ではないが、流石にこのフォルムは美しい。格納庫周辺は極めて微細な海自管轄の土地なので「米軍機がフレームに入らない限り」撮影自由とは嬉しいが、ここまでなら贅沢に慣れ切ったわが方には驚くに当たらない。
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 しかし白眉はここからであった。認識票に救命具、爆音から聴覚を防御する耳当てまで付け、捜海・救難ヘリMH-53Eに試乗、乗るだけでなくシートベルトに身を包まれると、程なくヘリは鎌首を下げ衝撃もなく飛び立ったのである。しかも存外にすぐ安定飛行に移ると皆起立自由で、機体をよく見ると後部搬出口はビニールを紐で結んであるだけで部外者を近付けまいと微妙なガードが施されていたのを尻目に、文字通りのお上りさんと化す我々であった。まさか昨日海路から眺めた江田島を空から眺められようとは、更にはこれから訪れる宮島の大鳥居を上空から見下ろせようとは、感激も一塩である。轟音のなか会話は全て身振り手振りだが、わざわざ空路の地図とともに「間もなく宮島です」などとサイレント映画の様な字幕ボードが用意されていたことを考えると、恐らくこの様な体験搭乗を多くこなしているのだろう。岩国市議会は市長はじめ革新勢力が強く、普天間から給油機、厚木から輸送機と空母艦載機が移転してくる米軍再編問題を抱え、理解促進の一環としての広報活動はますます重要となるだろう。最期は視察らしく岩国基地滑走路沖合移転のための埋立事業の進捗振りを空から観察するために新滑走路周辺を一周し約20分で帰還する。当初はメインの呉・江田島の付随に過ぎなかった筈の岩国がかく充実するとは、F先生に厚く御礼申し上げるとともに、改めて冒頭、群司令のジェネラルが「サービスし過ぎかな」とぽつり呟いていた光景が重く感じられるのであった。
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 今日も忙しく基地に程近い清酒五橋の醸造元、酒井酒造を訪れ、檜で改めて蔵も作ったりと全国酒造組合副会長としての日本酒の再普及に賭ける情熱に触れ、絞り立ての生酒をしこたま煽って昼間からいい気分になる。ここからは観光で錦帯橋を経て宮島からは奇しくも二年半前、初めて参加した視察行程と重複することとなったが、通例昼は予約を受けないあなごめしの老舗うえのの二階でたんまりと遅い夕食も採れたし、何よりも空撮した場所をその足で訪れるというのもまた異なった感慨が湧いてくる。
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 最終行程は広島に戻り昨日に続き閉館直前、陽も陰りゆくなか定番の平和記念資料館を経由し、慰霊塔ではくどい様だが「過ちは繰り返させません」を心に誓い、明治期の高揚から先の大戦の悲劇を経て最新設備まで、軍事に明け暮れた旅を終えた。

11月18日(日) 同じ兵学校の庭に咲く  -地域情報 - 広島-

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 二日目だが正規の日程では初日となるこの日、一行は早朝羽田を発つので呉港出帆はもう昼である。赴くは江田島旧海軍兵学校、現海上自衛隊幹部候補生学校である。
 富士学校で匍匐前進した身の上としては腰を落ち着けてカッター訓練に勤しみたいところだが何しろ時間が限られている。大正期の建築である大講堂(上写真左)には御座が据えられ、戦前には兵学校の卒業式に昭和天皇陛下も訪れたとは有り難い。ここは歴史の証人として一般公開もされているが、明治の英国式煉瓦積みが美しい、兵学校時代の宿舎である生徒館(上写真右)の内部公開は特別待遇らしい。英国からわざわざ煉瓦を移送したとは応時の富国強兵が国策に如何に重きを為していたかを思い知らされる。改装中の教育参考館から移設された仮展示場で旧海軍の先達の顕彰を拝み、旅順に続き再び軍神広瀬中佐に邂逅す。旧陸軍との断絶を必要以上に自戒させられた陸自に対し、海軍の伝統継承を喧伝出来る海自は幸せである。呉に取って返すと落ち着く間もなく呉地方隊のゲートを潜る。
d388.jpg 江田島も呉も同じ海自だからと安易に構えていたが前者は教育機関、後者は鎮守府に所属する地域海域の守り神であるから全く連動していない。しかもこの手の視察の際は通例、隊舎に入り概要説明から始まるものだが、いきなり護衛艦に乗り込み士官室でレクを受ける。しかし如何とも見覚えがと首を捻っていると、昨年観艦式で搭乗したのがこの現役最古参のやまゆきと同形のはつゆきであったとは何たるご縁の深さだが、有り体に言えば些か残念ではあった。折角丁重に解説戴くも、何しろ昨年半日近く乗ってアスロックが回転するのも実見しているのだから今更の感は拭えない。とはいえCIWSという新たな兵装も覚えたし、何事も反復が重要という思し召しだろうか。

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呉基地に身を委ねる現役とてつのくじらと化した退役軍人
 大分と時間が押しているにも拘わらずてつのくじら館へ。あの第一富士丸を撃沈したなだしおと同型のあきしおの内部公開が最大の眼目だが、この狭い空間に75人居住とは実に劣悪な環境に他ならない。消防法の関係で一部公開に留まっているとは、これこそ宮内委員会に奏上すべきだろう。
d391.jpg 猛烈なスピードで駆け抜け、閉館寸前の大和ミュージアムに職員通用口から滑り込む。学芸員の方の大和への類稀なる愛情が伝わってくる説明振りだったが、この調子では1階で時間切れは必定なので離脱して3階のアナライザーにもお目に掛かる。どうせなら大和の艦橋を再現して呉れれば館長席に座って目を閉じ「地球に還った沖田館長」の図も再現出来たのに。観光名所として既に大盛況なのは同慶の至りだが、この上は江田島やIHIとも共闘して連絡船に退役フリゲート艦を充てるなり、船上ホテルに改装してボーイは全てセーラー服とか、軍都に徹するべきではなかろうか。
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 過去に類を見ぬタイトな日程だったために、何処かで土産を買いたいと思ってもそんな自由行動は露ほども許されなかったが、私の卒業視察には相応しかったとも言える。
d393.jpg 夜は季節柄か何故か呉森沢ホテルのボジョレーヌーボーの会に参画し最期には檀上で万歳三唱も御唱和して仕舞ったのだから類稀なる新機軸には違いなかったが、ワインと合うと評判の肉じゃががもう少し食べたかったし、肉じゃががウリならば演奏はストーンズにするなど演出が欲しかったところ、というのは不遜の極みか。宿地に広島に戻って更にお好み焼きを賞味し一日を終えた。T先生並びに事務所の方々に心より深謝申し上げたい。

11月17日(土) 荒ぶる島  -地域情報 - 山口県-

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夕日に浮かぶ回天発射訓練台跡
 わが身を置く組織には任期満了を迎える直前に「卒業視察」と称して二泊三日で研修旅行に赴く有難い慣例があり、これまで幾度となくその恩恵に浴してきたが、遂に自らが主賓として参上する日がやって来た。機関の性格上、他で見られない施設をと勘案するとどうしても軍事関係に傾きがちであるが、国防族の端くれを僭称する者としてメイン寄港地にと我が儘を言わせて貰ったのもまた旧海軍兵学校、江田島であった。
 しかしながらそのプレとして、折角最期の旅であるならば旅程を有効活用しなければと思い立ったのが山口県は周南市大津島、と聞いてもピンと来ないかも知れないが、回天の島と言えば嗚呼と思い当たる向きもあるのではなかろうか。
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記念館の回天レプリカ/魚雷見張所跡
 広島空港に降り立ちバスで広島駅へ。新幹線で徳山に着いたのが13時半頃だが当然乗り継ぎに配慮されている訳もなく1時間以上船を待ち、大津島着15時20分は如何にも遠い。そもそも明るい内も限られているし、資料より現物主義なので記念館は怒涛の勢いで駆け抜けたが、ここから瀬戸内海を一望出来るとの触れ込みに釣られ展望台へと獣道の様な階段を昇り始めたのが運の尽き、ぽつんと佇む魚雷見張所跡に遭遇したのは僅かな救いではあったが、1キロ近く只管上昇するのは腰痛の身には紛れもない刻苦であった。
d384.jpg 訓練基地であったこの島には現在は幼小中学校になっている調整工場から回天を運んだトンネルと発射台がほぼそのままの形で残されている。トンネルは足元にトロッコを運んだレール跡が残り、中間から複線になっている膨らんだ部分にはパネルが顕彰されており、たったひとりで通り掛かるといきなり説明が流れて飛び上がらんばかりに驚いた。しかし記念館で一緒になった観光風情の一行は何処に行ったのだろうと訝るままに港に戻るとあわれ船は5分前に出たばかりであった。勿論今日は急ぐ旅でもないが、既に沖に浮かぶ発射台に立ち尽くした時点で俄かに風足強く、立っているのもやっとだったし、段々と日も陰っているから動くに動けない。徒に階段昇降に時を費やしたおかげで実に中途半端な結末とはなったが、桎梏の闇のなか敬謙な面持ちで島を後にした。
 幸い徳山駅ではギリギリこだまに飛び乗れたが、思えば石油コンビナートの街である徳山も駅をかい潜る南北自由通路は回天の隧道以上に寂れて不気味だったし、大津島には「回天と観光の街」と看板こそ掲げられていたが、ここを観光で訪れる酔狂な輩が滅多にいないことは記念館を出た瞬間にアンケート攻撃に見舞われた山口大学観光学科の学生達に「東京からです」と応えた際のリアクションが物語っている。空の特攻以上に原始的な作戦であるとともに、再開発の恩恵に与らなかったからこそ遺跡もまたリアルに保存されたのは部外者から見れば僥倖であったが、それを如何に地方活性化に滋養するかは未だ五里霧中である。

 将棋の日に中原誠16世名人が現役のまま襲位した。今更「突入しますよ」が話題にならないのは本人の人柄故か、相手の不徳の為せる業か。
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