コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

10月31日(水) ニシエヒガシエ  -グルメ - ラーメン-

d370.jpg 先日「大阪で人気ナンパー1」との謡い文句に惹かれた訳でもないのだが、偶々入った店のラーメン店で気付いたこと。店員の対応が妙に明るくハキハキしていて、決して悪いことではない筈なのだが、半ば鼻に掛かったミドルハイトーンの嬌声が飛び交うのは幾分欝陶しい。馬鹿丁寧にあれも食えこれも掛けろと指図されるのも、人に拠っては親切心に痛み入るのかも知れないが、大きなお世話とも言えなくない。勿論余りに愛想なくムスッとされるのも考えものだが、店員間の会話を聞く限り普通の語調で喋っているので営業向け指導の賜物であることは疑いなかろう。ブックオフの様に従来の古書店のイメージを一変させようという明確な企図が感じられるのは好悪の感は別としてまだ判るが、カレーのCoCo一番屋にも同じ傾向が伺えるということは、西の風流なのだろうか。
 しかし意外だったのはそのラーメンの味が妙に舌に合ったことである。恐らくスープが比較的濃かったのが勝因と思われるが、壁一面に描かれた解説を読む限り、比較的マイナーな味付けで何度か通って初めて病み付きになると謳われている。ということは幼少期を横浜-杉並に過ごし、意識下では西日本文化に抵抗のある私も、味覚は見事に毒されているということか。確かに御御御付は赤出しには拘らなくとも煮込んで仕舞うし、うどんはつゆが黒くなければならない。寿司で稲荷と並んでただ二つ食べられる穴子は煮て垂れである。とても胃腸に優しくなさそうだが、江戸っ子の寿命が長いとも聞かないから、何処かでバランスが図られているのだろう。

10月29日(月) 驕り驕るなら  -スポーツ - ゴルフ-

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名物の18番パー3
ゴルファー生活の終焉を間近に今年は頓に名門ゴルフ場嗜好が高まっているが、大洗霞ヶ関に次ぐ第三弾は東京よみうりCCである。ところが肘痛が漸く癒えてきたことから前週、4ヶ月振りにドライビングレンジに赴いたところ頗る不調で、当日朝の練習で意図的にインサイドから振り抜きフック傾向にすべく修正を図ったものの付け焼き刃に過ぎなかったのだろう、何発か生命線の5Wで目の覚める様な当たりこそあったが、ドライバーがまたお辞儀軌道に戻って仕舞い、距離のあるコースに遂ぞパーオンすることなくまた消化不良のラウンドに終わった。
 しかしより問題視すべきだったのは今般の眼目だった名門コースの有り様だろう。幾ら暖かいとはいえ11月を迎えんとする時勢であるから、スタートが1時間近く遅れて11時を遥かに回っているのでは既に完遂が危ぶまれる上に、直前を走る大コンペがフルバックの上OKなしの割にティーショットを見る限り右に左に大荒れで、一向に進まない。再三当方三組がティーグラウンドに轡を並べて日向ぼっこする始末で打っては休みまた打ってではリズムも崩れスコアにも甚大な影響を、と言いたいところだがそれは技量不足に依るものとしても、疲れること夥しい。
 こうして命辛々辿り着いた18ホール目のアウト9番では釣瓶落としの如く日が暮れ行きこれ以上のプレーは危険と思われる状況に陥りながら、用意されている照明は一向に点灯しない。想像するだに上客であるコンペ最終組まで切り抜けたので必要なしと判断されたのだろう。咄嗟の機転で最終二組6名が一斉に回ることで何とか切り抜けたが、順序よく打っていたら本当に日没コールドだったろう。
 それでも流石に名門中の名門だけあって、特段の詫びはない。僅かにマーカーだけ貰ってはいそれまでよである。少なくとも第二組のキャディー氏は非常に丁寧な上にグリーン上の読みも正確だったので余り文句は言いたくはないし、それでも19時前には家に着く近さは魅力に他ならない。名物の18番200y超ショートをはじめ美しくかつ難しい良いコースであったのも事実だが、昼食30分を含め7時間半は尋常でないし、明らかに詰め込み過ぎなのはクラブ側のミスなのだから、きちんとフォローしてこそ名門であろう。残念である。

 藤波孝生元官房長官が亡くなられた。想えばロッキード事件を契機として旗揚げした新自由クラブへの参加に踏み切っていればリクルート事件に連座することも無かったであろう。何方が良かったのか外部からは窺い知れないが、人の運命は判らないものである。

10月28日(日) 鰯の頭

d367.jpg 僧侶であれ神父、牧師であれ、聖職者の最大の使命は信心を通じた大衆の救済であり、そのために自らの教えを広めること、有り体に言えば信者の獲得である。従って法人としての宗教にはすべからく客商売としての営業力が必要であり、それは教祖のカリスマ性や偶像等の舞台設備に依るところも多かろうが、営業マンたる個々の宗教者の腕次第という要素は決して小さくない。
 勿論毎週礼拝に通う様な熱心な基督教徒でもない限り日常生活において聖職者に触れる機会は殆どなく、考え得る接点としては冠婚葬祭だろう。その中でも三々九度の後に神主が喋り出したケースにはお目に掛かったことはないから、結婚式の神父牧師か、法事の坊主ということになる。
 ただ我が身を振り返ってみると、これまでは"ご講話"に遭遇する度に、過度にストレートな発言に歯の浮く様な思いに駆られ当惑するか、或いは何か裏があるのではと勘繰らざるを得なかったり、高みからの物言いに辟易したりと、説伏されるよりは寧ろ反感を覚る方が多かった。と言うと如何にも本日の法事では身に染み入った、矢張り歳を取ると高邁な世界に近付くのだ、と話しは続きそうなのだが、残念ながら旧来以上に退屈して仕舞った。取り分け同じ話しの繰り返しのみならず、簡潔に話せば一言か二言で済むところを無理に引き延ばして間を持たせている、失礼ながら時間給と勘違いしているのではないかと皮肉のひとつも言いたくなったのである。恐らくご本人に当然悪気はなく、安定した檀家に恵まれた住職ほど営業力としての話術を磨く必要性に迫られなかったのだろうが、個人的には八百万の神への信心は深い方だと自負しているし、情操としての宗教教育の必要性に鑑みても、伝統的な国産宗教の説得力不足は残念でならない。

d368.jpg さてその間、大人でも耐え切れないところ乳幼児が大人しくしている筈もなかったが、すると祐旭の眼前に体操選手の如くに体の捩じ曲がったティガが現れた。これこそ信心の為せる業かと魂消たが別に奇跡でも何でもなく、又従兄のお古が与えられたのであった。よく見ると顔や手の平、足首より下はソフビだが、胴体と手足は恐らく骨格はプラスチック製で、皮膚が布なのでよじれると皺が出来て、却って初期のウルトラマンぽい。聞けばガチャガチャの類らしいがそれにしては全長は17cmソフビと同じである。今だ小学校低学年の又従兄氏は既に特撮には飽きた様だが、思わず父と祐旭と奪い合って繁々と眺めて仕舞った。ご講話がお経の如く奏でられる中に。

10月27日(土) 雨の日は家に居て  -育児 - 予防接種-

d365.jpg 既に先週、誕生日記念のイベントは一泊二日で済ませているので当日は新宿で祐旭の所望する肉でも食べてと企んでいたところ、俄かに台風が迫りとても夕刻から出掛ける状況ではなくなってきた。替わりに浮上したのが一家揃ってのインフルエンザの予防摂種で、父とともに痛みに弱い祐旭には跳んだ誕生日だったろう。事実常軌を逸する号泣であったが、父母のみならず凡ゆる親類縁者からケータロスに始まり自転車にベスト、当日には日本地図のパズル、恐らくまだなにがしかが期待出来る状況だけに、少々痛くても充分に間尺は合っているとの見方もあるが。
 寧ろ不思議なのは公資で誕生以来の対注射連続不泣記録を又しても更新することとなった。泣かないだけでなく針を刺されても一瞬不快な表情を見せるだけで、後は馬耳東風なのである。女性は痛みに強いと聞くが、母に似たという訳でもなかろうが。

d366.jpg http://kayukawa.blog41.fc2.com/blog-entry-1244.html">運動会や誕生会と絵になる行事も続いたので、半年振りに映像編集を行うこととした。前回はDVD/ハードディスクレコーダで単純な切り貼りだったがこれだと機能的な欠陥なのだろうがどうしても繋ぎ目に一瞬の空白が出来るので、折角更新もしたのだからとPC利用に切り替えた。
 もう十年近く前になるが、陸上自衛隊富士学校に三日間の体験入隊をした際に、会社の研究組織としてウェブ化を図るとの命題の元に動画の活用が唱えられ、ラッパの音を宛がったりして3分程度のダイジェスト版を作ったことがある。その際にはすぐ固まるPCを前に悪戦苦闘した覚えがあるが、今やWindows Vista標準のムービーメーカーであっという間に完成するのだから時の流れは恐ろしい。
 とは言え現実にはDVテープからの取り込みに当たってはCPUの能力を超えて仕舞ったのか、一度動かなくなったら遂ぞ再び機能せず別の附属ソフトで難を逃れたという経緯もあったので、次の課題があるとすればデジタルビデオ機の更新、即ちテープ使用のデジアナ混合体系からハードディスク乃至はカードメディアへの進化によるPCとの親和性の強化であろうか。ボーナス商戦の状況を待とう。

10月26日(金) 書とともに街へ出よう  -結婚・家庭生活 - ウェディング-

d363.jpg 今週は四日夜が入っていたのでそこそこに疲労を覚えたが、珍しかったのは当然に四日間とも相手が異なるのみならず、当方側の同伴者もバラバラだったことだろう。中でも本日は単品でもあるし或いは雲隠れしてもと思ったのだが、意を奮い立たせて足を運んだところ、案の定これは失敗だったかと天を仰ぎそうになった。と言うのも年輩の知人の御成婚披露パーティーだったのだが、団体幹部の方が御祝いだけ置いて帰られたり、立席で明らかに知らない者同士が所在無気に立ち尽くしていたりと、案内状に「このパーティーは政治資金規正法8条の2に規定する~」と記載されていないことを除けば、見事に「励ます会」形式なのである。これで来賓の後に主役が挨拶したらそのまま帰りそうであった。多分に「パーティー」という名称に毒され過ぎなのかも知れないが。
 ところが主役の御仁に対し同じ財界銘柄企業の広報担当者として接していた方が受付を務められていたのに驚いたのに留まらず、いざ"ご歓談"が始まると数年振りに某団体の方々と邂逅したり、主賓であった前事務総長殿にも挨拶申し上げられた。更にはTBS NEWS23の次期キャスターに決まられた大物記者殿に先般研究会で御一緒した某議員と、脈略なく-と言っては失礼極まりなく、主役の幅広い人脈の為せる業に相違ないのだが-到来されるのである。矢張り億劫がらずに何事にも積極的に顔を出すべきという啓示であろうか。お声掛け戴きありがとうございました。

 余談だがもうひとつ発見。奥様の趣味とのことでオペラ歌手が美声を聴かせていたが、恥ずかしながら「Je te veux」が本来歌曲であることを初めて知ったのである。この曲は加藤和彦氏のアルバム「Belle Excentrique」のB面最期に坂本龍一氏アレンジで演奏も教授を中心にインストで収録されており、後にサティ版を聴いて、教授が原曲に忠実に終盤にリズム体等を加えたものとは理解していたが、ピアノ曲に他ならないとこの瞬間まで信じていたのである。矢張り窓を開けてみるべき、ということか。

10月25日(木) 今、そこにある格差  -政治・経済 - 地方自治-

d364.jpg 個々人間の所得格差以上に、先の参院選を経て取り分け自由民主党内において囂しくなったのは地域間格差の問題であろう。ただ理論上自主財源の増加額と補助金等の削減が均衡しているからこそ三位一体改革を了解したのであり交付税の総額をも景気回復に伴って当然に生ずる自然減以上削られるとは聞いていなかったと言う地方公共団体の主張は論理的には正しくとも、そもそも地方分権が進展すれば財政面からも国家による関与が縮小されるのは必定であり、それこそが広義の三位一体の本旨でもあるのだから、本来なら今更渋面を作っても始まらない。
 勿論そうした長期的な方向性と、公共事業減に伴う特定地域の構造的な経済の減退への短期的な弥縫策は分けて考えるべきであり、たとえ少々の揺り戻し、よく言って試行錯誤による蛇行であったとしても激変緩和策として交付税の配分等に匙加減を加えるのにはやむを得ない要素もあろう。
 しかしながら地方分権という大義名分を否定する論理を持ち得ないのであれば、何等かの形で「地方」が自立の道に向かっていかなければならないのは自明の理であり、そのためには交付税を増やして当面の安寧を図ると同時に、何処までのインフラが国土の均衡性確保のために必要で、そこから先は地方の自主制に委ね得るという分水嶺を見極めることこが今そこにある課題ではなかろうか。
 その集大成が嘗ての全国総合開発計画であった訳だが、半ばフィクションと化していることを暗黙の了解としながら、一方でその完遂を理念的なゴールとしてバラ撒きと揶揄されながらも掲げ続けなければならない勢力があり、対極に歳出削減の正論のもと地方を疲弊、と言っては一方に組みし過ぎであるのならば地域間の競争促進を最大の眼目とする主張、とがあって結論は双方の間を揺れ動いている。恐らくこれもまたその中庸に着地すべきであり、則ち地域における未来図のマスタープランも地域自身が策定し、限られた予算を何に充当し、何を捨てるのかを自ら導き出させることであろう。例えば道路整備の中でも幹線道優先か生活道路重視かはこれまでの整備状況や広域圏における当該地域の位置付けにも依ろう。そこからの積算と財政状況からの逆算を突き合わせれば自ずと必要な額が幾らで、足りない分は国からの移転か地域間の税収再配分にて賄うとの腰溜めの構想は得られよう。
 その際、昨年は「地方共有税」を主張していた地方六団体が、充当率が法定化されていても上乗せ等の余録に預かり易い交付税そのものの増額に要望を転換させてきたのは現実的な戦術かも知れないが、或いは実質的に交付税のクラガエに過ぎないのだとしても、地方全体の自主財源を地方自ら分配するというストーリーを持つ地方共有税の方が筋がいい。勿論、出来るだけその分配基準を単純化することは必定だが、財政面からも地域が当時者意識を持ち、描かれる絵図面相互の策定競争を促進させるのが第一歩であろう。観光地としての街づくりなら拠点からの高速鉄道かも知れないし、産業振興なら高速道路、或いは港湾整備や第三種空港という選択もある。農林業の多面的機能への助成や防災の拡充もあろう。重要なのはあれもこれもでなく取捨選択の決断であり、同時に国も地方自ら選択を行った事実をまず評価し、省庁の垣根を越えた補助金等の一括化、使途の自由化に舵を切っていくべきだろう。
 当然その過程で単独では生き残りを図ることが極めて厳しい自治体も明らかななってくるだろうし、絵図面を元にそこまで住民が理解出来て始めて基礎自治体の広域化とその内部における役割分担にも踏み切れるのではないか。その時わが国は初めて列島改造の呪縛から逃れられるのだろう。

10月24日(水) 紙芝居とは呼ばないで  -アニメ・コミック - アニメ-

d362.jpg すっかり日本文化の象徴と化した感のあるジャパニメーションだが、特撮が80年代初頭から四半世紀を経てマイブームとして再燃する一方で、アニメはそれよりもう少し長く、中学生期頃まではリアルタイムで視聴していたとはいえ、今や世界に冠たる主要ジャンルのひとつ、ロボットものへの感心は特撮とほぼ同時期に失ったまま現在を迎えている。だから敵将ガルーダが実は精巧に作られた機械仕掛けで、大量に廃棄された自らの不良品を前に愕然としているボルテスVの名シーンは目に焼き付いてるし、恐らくあれが明瞭な勧善懲悪から敵味方とも人間模様の相い乱れる、ガンダム以降の複雑化する作品群への分水嶺だったのだろうが、記憶は概ねそこまでである。言わんや劇場でアニメとなると、過去思い起こしても東映まんが祭りの類を差っ引けば、ドラえもん、うる星やつら、クラッシャー・ジョーにペンギンズメモリー位ではなかったろうか。
 従って今般、急に「エクスマキナ」を見ようと思い立ったのも、アニメーション技術の発展振りを観察するためでもなければ、麻生太郎氏に感化された訳でもない。再々生したYMO、HASYMO名義で主題歌ほか3曲、細野さんが単独5曲と他の実演家との協同で2曲をサウンドトラックに提供しているのが最大の眼目であった。しかしいざCDを買おうとして困惑したのが通常版と豪華版の2種類が売り出されていたことで、その相違はスコア盤の有無だという。楽譜でも付いてくるのかと思ったら、最近はサントラと言っても著名な音楽家達が必ずしも映像作品そのものに合わせて製作したとは限らない楽曲が主流なので、純粋にBGMとして誂われた曲の方はスコア盤と呼称するらしい。
 こうした先入観に基づいて見るから余計にそう思うのかも知れないが、大半の楽曲は些か取って付けた様に使用されており、細野さんの肩書も「音楽監修」という曖昧なものである。だからと言って単品のコンピレーション・アルバムとして聞くには妙に伴奏っぽい曲もあり、却って通常の音楽監督の方の苦労が偲ばれよう。現にその話題性故に劇場に足を運ぶ私の様な者が沢山生まれれば、興行的には正解ということになるのだろうが。映画そのものはサイバーテロと人間の尊厳をテーマに恋愛ものの要素を交えた話で、CG主体で作る限り製作費には大きな差を齎すだろうが実写もアニメも似た様なものというのが感想であった。

10月23日(火) 政と球  -スポーツ - プロ野球-

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平和台球場跡(05/4)
 ロッテ・オリオンズ、太平洋クラブ・ライオンズのオーナーだった中村長芳氏が、奇しくも福岡の現ホークスに続きロッテ球団のクライマックス・シリーズ敗退が決まったその日に亡くなられ、本日葬儀が執り行われた。つい先日、総裁選に関する著作もある自民党OBの方と懇談していて話が第一回総裁選に及び、石橋・石井の二三位連合により一回目の投票ではトップだった岸信介氏を七票差で逆転した、「その時結果の紙を持って青ざめていたのが、あの中村長芳ですよ」と言われて、そう言えば中村氏は今何をしているのだろうと思っていた矢先の訃報であった。
 昭和42年末、倒産寸前の大映、ラッパの永田雅一社長の懇請を受けた岸元首相が東京オリオンズのスポンサーにロッテ製菓を担ぎ出し、岸事務所からの代理人として送り込まれたのが岸氏の秘書だった中村氏であった。氏は球団がロッテ本体の経営に移行した後の47年末には黒い霧事件から立ち直れず西鉄が投げ出したライオンズを結果的に個人企業で引き受け、太平洋クラブ、廣済堂に今で言うネーミングライツで広告費負担をさせることにより、国土計画に転売するまでの六年間、貧乏球団に君臨したのである。言わば一昨年のパ・リーグ存亡の危機の先駆けであり、毀誉褒貶に激しい人物であったのは事実だが、一面では球界の救世主であったことも否定出来ない。
 残念ながらそれらの経緯に付いてはロッテ、福岡と氏とともに歩み、後に西武、ダイエーの球団代表を務めた坂井保之氏の著作に一端は記されているが、全貌は闇の中である。球界に取っても貴重な過去の歴史であると同時に、西武球場の杮落しにおいて岸氏の系譜に連なる福田赳夫-安倍晋太郎両氏の豪華バッテリーによる始球式が行われたことに象徴される様、政治と野球、或いは清和会と西武鉄道をはじめとする嘗ての"政商"との関わり等、多くを墓場まで持って行かれたのだろう。氏の球界との大きな縁を示す痕跡は現在も子息の芳夫氏が永く西武球団の非常勤取締役を勤めていたこと位か。ご冥福をお祈りしたい。

10月21日(日) 昼からクインテット  -育児 - パパ育児日記。-

d358.jpg 将来もしこの縁が続くのならば幼馴染みという呼称がこれ程ピッタリはまる関係もあるまい。近隣の児童館にて誕生日が近いことから知己を得た、別に次の総理総裁を決める訳ではないが、男子五人組の丸四歳にして都合四度目のお誕生会が挙行される。
d359.jpg 一歳では皆ゴロンと横になっているだけだったし、二歳ではまだ互いの意思疎通も覚束なかったが、三つで遊び相手っぽくなり、幼稚園も幾つかに分かれた今となっては持って生まれた資質も環境の相違もあろう、大人しく一家で鎮座在す者あらば、始終はしゃぎ回ってひと所に留まらぬ者あり、五者五様である。無論祐旭は後者で「おしりかじりむし~」と蛮声を張り上げては「みんな聞いて呉れないな」と寂しそうに呟いてみたりしていたが、最後は館内の柱や間仕切りを活用した駆けっこで、息を切らす父母を従え、毎年増加する弟妹達を薙ぎ倒しながら、所々に嬌声と悲鳴の沸き上がる阿鼻叫喚の世界を経て大団円を迎えた。
 切角Dobule Action Piano Formも練習していったのにピアノが封印されていた父は少々手持ち無沙汰気味ではあったし、そろそろ会場をステップアップしてもと思うが、恐らく四十畳程度のこの部屋が目の届く範囲で妥当なのだろう。

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ホテルMt.富士でもヨガに勤しむ
 妻が子育て疲労の解消を目途にヨガに凝り出したのでご相伴に預かることとした。DVDに合わせて実演に供ずるが、体が堅いととてもヨガに見えないし、両足を戻してリラックスしますと指導されても、全然身も心もほぐれない。回を重ねる内に慣れて段々とランナーズハイの如き世界が到来するのかも知れないが、Bill's Boot Campもすっかり"応接間の百貨事典"と化している私には、こちらも敷居が高そうである。基礎コースには足指を伸ばしたり、腕を左右逆側に傾けたり、これは何処かでと既視感に襲われたが、発祥がタイ式マッサージだからつい二ヶ月程前に本場で体験している訳である。望むらくは自ら踊るよりは人に曲げて貰いたい。

10月20日(土) 近づいちゃってどうしよう  -地域情報 - 富士山麓-

d355.jpg 山中湖から再び裾野に引き返すとは不効率だが時あたかも初冠雪の富士山を折々に眺めながらのドライブもまた乙であった。秋の旅二日目は富士サファリパーク、昨日と打って変わった陽気に加えて土曜なので大繁盛である。確かに旅行が決まってから祐旭が日を空けずに「ほんとにほんとにほんとにほんとにライオンだ」と歌いまくっていた様に旺盛な広告投資が効を奏しているのだろうが、お一人様入園だけで2700円も出してわざわざ動物を見に文字通り富士の裾野まで訪れる人がこんなにもいようとは予想だにしなかった。
d356.jpg  勿論まだ公資が生まれる前の三人家族の頃に上野動物園や井の頭恩賜公園は訪れているし、わざわざ雨の旭山動物園を駆け足で視察した経験もあるが、そもそも父は動物園が好きではない。物心付いた頃には既に「臭い」と親の誘いを一蹴していた程である。にも拘わらず更に園内バスチケットが3歳児から大人同額の1200円とは卒倒しそうだったが、いざサファリに入ってみてその疑念は氷解した。何となくサバンナに稀に佇む猛獣を遠巻きに眺めるだけとの思い込みがあったが、金網越しに与える餌に熊やらライオンやらがへばり付く構図は子供ならずとも十分に楽しめる。これは半ば野性を失いつつある動物達の営業精神の発露でもあろうが、総じて巡回している飼育員の巧みな誘導の賜物であり、自家用車ではこの餌付けが味わえないし、かく人件費を擁すれば通常の動物園より遥かに高額なのも理解出来るというものだ。
d357.jpg  一方で子供達には寧ろ、手づから餌を与えたり子馬に試乗したりするふれあい牧場が好評で、始めは尻込みしていた祐旭に帰路何が楽しかったか尋ねた回答は「カンガルーと遊んだこと」であった。ただそれはそれで乳幼児の情操教育から大人のリクリエーションまで網羅したよく出来た造りという証左であり、本来はオマケであったサファリで一家揃って充実した一日が過ごせたのは思わぬ好運だったと言えよう。

 ところで二日間を通して不定期なBGと化していたのは砲弾の音色であった。富士学校に三日間の体験入隊をし、富士演習場で行軍した経験も有し、全国 箇所の基地を視察した国防族の最末端を自認する者としては非常に心苦しい物言いではあるが、住民に取っては大きな負担に相違なかろう。周辺には他にも富士スピードウェイやら行楽地を抱えているにも拘わらずホテルの類に極端に乏しい一因はこれかも知れない。
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