コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

7月31日(火) 洗濯バブル

d218.jpg PCに続けでもないのだが、洗濯機も改めることとした。勿論私は洗濯に殆ど携わらないので妻の要望に基づく購入だが、十年来の旧機は確かに汚れの落ち度が低下していた様なのでそろそろ更新時期なのだろう。しかし妻はどちらでも良いと言っていたのだが、買うとなると洗濯をしないにも拘らず最新機種が欲しくなって仕舞う。そうなれば「タイムマシンはドラム式」という映画もあったが、時代はパーシャル、ではなくドラム式だろう。
 単に洗濯層を縦から横にして上空のスペースを有効活用する程度の利便性かと思っていたら、これまでは攪拌により洗濯物同士が洗い合う構造だったのが、ドラムの回転で洗濯物が上部に登り、重力を利用し落ちることで洗滌されるので洗濯物を痛めないし、洗濯層の下部のみに水が溜まるので水資源の節約にもなるという説明だった。何事も技術は進歩しているのである。特段、恐ろしいまでに綺麗に洗えるという訳では無かったが。

 深夜1時過ぎ、祐旭が耳が痛いと泣き出し、連動して公資が目覚める。このところ頓に夜泣きが激しい公資は一度起きたら簡単には寝て呉れない。通例では妻が公資とともに乳母車で近隣を巡回することになるが、今日は祐旭の対応があるので父が連れ出すこととなった。ところが漸く眠りに就き帰って布団に下ろすと再びシクシクし始めるのである。これでは溜まったものではないが、考えてみれば今でこそ異様に眠りが深く、隣で公資が号泣していようと昏々と眠り続ける祐旭も、嘗て乳児時代はこうだったのではないか。往時は対象がひとりだったから、少々泣き喚いても余裕を以って対応出来たのが、今は親のパワーも分散されるからやけに手の掛かる子に思えて仕舞うのだろう。次男の不憫物語にならないよう、常に親の側が自覚を新たにしなければならない。

7月30日(月) 2万40歳  -育児 - パパ育児日記。-

d220.jpgd221.jpg
セブンに変身した小さなモロボシ・ダン(右)
 池袋はサンシャイン・シティで行われているバンダイ・ウルトラマン・フェスティバルを訪れて驚いたのは平日にも拘らず怒涛の集客だったことである。余りの行列に肝心のセブンのライブステージは早々に断念せざるを得なかったが、このところ祐旭は頓に動く着包みに恐怖感を覚えているのでこちらは半ば想定の範囲内である。ところが場内そのものが乳母車禁止で丁度眠りの途に就いた公資を起こす訳にもいかず、折角一家で赴いたのに片肺飛行を余儀なくされたのは大きな誤算であった。
 昨年はウルトラマン40周年で、だからこそ最期のウルトラマンになるやも知れぬメビウスの製作も為されたのだが、蓋を開けてみると今年のお題は「セブン40周年」である。セブンから新マンまで空白期間があるので71年(新マン)以降は74年のレオまで毎年40周年が訪れるし、2015年からはQに戻って50周年の嵐である。一方で2009年はザの、10年は80の30周年があるからエアポケットは来年で、怪奇大作戦かマイティジャックの40周年では間が持たないだろう。と瀕死の円谷プロの経営を慮る筋合いもないのだが、折角セブンの貴重な資料も満載だし、ああソガ隊員も自ら命を絶ったのだったな等と感慨に浸るには余りに人が多過ぎる。
 一方で出口前には定番のグッズ・コーナーが聳えており、祐旭は目敏くセブンTシャツを着ている同世代の御仁を見据えて、あれが欲しいと主張する。しかもレジも異様な行列で漸く並んだところで今度は珍しくお面を所望、結果父子二人旅の弊害が出て並び直しである。ただ本人としてはコーディネートに配慮したのだろう、小さなセブン(写真)は存外に絵になったが。
 早々に会場を後に階下のトイザらスに居を移して、嘗てまだ祐旭が2歳に満たない折に矢張りサンシャインの水族館を訪れ、満員で空しく退散したことを思い出した。嘗ての教訓が活かされなかった訳だが、フェスティバルの遊戯コーナーもTVゲーム系が中心だったし、サンシャインとその周辺は自ら出立先を選択し、そのためには黙々と列に並ぶ忍耐を体得した、祐旭よりももう少し年齢の高い層、即ちある程度単独で動ける児童が主たる対象ということか。勿論、こうした子供向け店舗・遊戯施設が集合した区域は子育て世帯には非常に有用であり、川崎や錦糸町には同様の機能があり、新宿にそれがないのは中央線東部の少子化傾向を如実に示しているのではないか。願わくはウルトラマン倶楽部よりはもう少し大掛かりな、常設ウルトラ遊園地とでも言うべき設備を、熊本や石川県でなくもう少し近いところに、例えば多摩方面にでも設立して貰いたいところである。新たなファン層を新作なしに拡大再生産していかなければならない円谷プロダクションの英断に期待したい。

d222.jpg 土用の丑に鰻というのは平賀源内が編み出したキャッチ・コピーというのが定説で、要はバレンタインのチョコレートやスウィートテン・ダイヤモンドと替わりない。しかし策略だと判っていてもいなくても、矢張り食べて仕舞うのが日本人らしいところだろう。
 丼ものが駄目な私は鰻も必ず蒲焼御飯である。店によっては丼こそ本筋であって蒲焼御飯は邪道と眉を顰められるケースもあるが、主張を貫く他はない。ただ過日、議員数氏との打ち合わせに鰻丼が登場し、流石に議員に奢られて食べませんとは言い難し鰻そのものは非常に好きなので上物だけ平らげたいと思っていたら、幸いにも初対面の先生方が遅れ、主催者である旧知の某先生だけになり白米主義者であると笑い話に持ち込んで事無きを得た。同様に困るのは寿司が出てきた時である。取り調べでカツ丼が食べられなかったという経験は、まだない。

7月29日(日) お灸と火傷  -政治・経済 - 参院選-

d219.jpg 第21回参議院通常選挙は与党の大敗に終わった。事前の予想が余りに悲惨だったので或いはバネが働いてとの淡い期待は木っ端みじんに砕かれることとなった。そもそも一昨年の郵政解散が自民党の勝ち過ぎでその反動から低い発射台が想定された上に、統一地方選と参院選の重なる亥年という組織戦に不利な要因、加えて不祥事や不規則発言が相次いでは勝てる筈もない。実績あるベテランが轡を並べて落選し、女性や新人に有利に作用したのは既製政治への不信を物語っているし、それが端的に表れたのが東京であろう。ただ客観的に見て衆院側には今参院選がバッファとなれば次期総選挙では振り子現象が見込まれるという深層心理が、恐らく無意識の内に働いており、それが初動の遅れに繋がり、燎原の火の如く燃え上がる風の強さに慌て本腰を入れた時には手の施しようがなかったというのが実相ではなかったか。
 嘗て89年参院選で矢張り自民党が大敗した際に金丸信氏はこれを「お灸」と評した。それは確かに巧みな比喩で、国民はバランスというには余りに極端から極端に振れ過ぎではあるが、社会党躍進の「山が動いた」から半年強を経た90年2月総選挙では自民安定多数に回帰した実績に照らせば、政権与党に取っては紛れも無く一過性のお灸に外ならなかったろう。予想通り今般の結果に対しても「お灸」論が飛び交っており、それは敢えて「お灸」と規定することにより今般結果の永続性を否定する思惑もあろうが、確かに来年総選挙を行えば自民党が勝利する蓋然性は高いだろう。ただ89年の公明・民社、98年の公明・自由という中道内至は野党第一党に成果を掠われた他の政党と連携を図るという戦術はもう採り得ない。議会制民主主義の本旨は別として、与党内調整よりも実質的に下位に位置付けられてきた国会審議が最低3年、恐らくは6年、何等かの政界再編がない限り、権能を発揮するのである。それは良くも悪くも与党の政策実効性、スビードを失わせしめる結果に繋がるが、国民がそれを自らがバランス感覚に富み過ぎた弊害と受け止めるか、現に政権運営を担う与党の失点と認識して仕舞うかは紙一重だろう。このお灸に身を委ねている隙にじわじわと百草で低温火傷する危機感をまず与党は再認識しなければならない。

7月28日(土) UFOの還暦  -音楽 - ライヴレポ・感想-

d216.jpgd217.jpg
右は冒頭いきなり登場したYMOの三人
 5月のYMO公演は非常に需要が大きかったのだろう、何度応募を試みてもチケットが手に入ることはなく、結局ネットオークション頼みだった。勿論合理的なダフ屋に他ならないから主催者側としては疎ましい存在だろう。現にYMOの三人が小児癌撲滅のチャリティーという公演の意義に鑑み高額化を憂慮する発言もあったが、14年振りの復活が一夜限りでは圧倒的に供給量が少ないのは目に見えていたろう。チケット予約代行業者が蔓延っていることは否定出来ないし、阪神・赤星選手が盗塁の度に寄付している車椅子が出品される様な事態は論外としても、よりその価値を重んじる者の手に渡るという点でネットオークションの効用を否定することは出来ない。しかしながら前回応募したサイトから案内が来て、如何なる手段を弄してもとの切迫感は丸で無かったが駄目もとで手を挙げてみたら、今度は正規に当選とは皮肉なものである。本日の公演、それは「細野晴臣と地球の仲間達」であった。
 細野さんのトリビュート・アルバム参加者が交替で登場して1曲ずつ歌うという構成は豪奢だが予定調和的で、セッティングに時間を要する際は司会の竹中直人氏が旨く繋いでいるが、それでも悪く受け止めれば幾分の間延び感は否めない。後半は15分の休憩を挟んで真打の細野さんが登場し、「Body Snatchers」や「Sportsmen」といった旧曲のカントリー化は面白い試みではあるが、基本的には東京Shynessの延長線上なので新味は少ない。一方で特筆すべきはこの為にわざわざ来日したと思われるVan Dyke Parks氏で、1曲目の「Yellow Magic Carnival」でのノリノリの指揮に加え、何故か唄も披露。最期にはYMO三人とともに司会よろしく登場し「Yellow Magic Orchestra!」と叫び、愈々YMOかと思わせてそのまま終わりとは見事な肩透かしだったが、"大物"扱いに相応しい活躍振りだったろう。また最終曲の「さよならアメリカ さよならニッポン」から「Happy Birthday」にかけ、教授が久々にフュージョンっぽいエレピ演奏を惜しみなく披露していたのは初期YMOファンとしては非常に懐かしさを感じさせるものだった。
 恐らくこれも場のムードと現在の彼等の"非常に良き間柄"の為せる業なのだろう。公的には本人には伏せておく形のハプニング扱いで結婚行進曲を突然演奏するという演出は御成婚二次会の類でよく見られる光景だが、こんな大掛かりなイベントで主役の還暦祝いで壇上にケーキまで出てくるとは驚いた。とは言えそれも含め、日比谷野音というハコの趣きとも相まって、非常にリラックスした雰囲気を満喫出来る公演だったのではないだろうか。おかげで幸便にも通路に面した席だった私は小水に立ったり麦酒を買いにいったりと、「Sketch Show」ファースト・アルバムの最初の2曲に身を震わせた様な、もう一度回顧趣味でない"YMOっぽさ"を醸し出して欲しいという見果てぬ願望を心に秘めながらも、ほろ酔い気分で楽曲に身を委ねる2時間半を過ごさせて貰ったのであった。

7月26日(木) 拡散と収縮

 人には各々役回りというものがある。例えば何等かのイベントを企画・実行するに当たっても、それが自然となのか意図的かはいざ知らず否応なく落ち着くべきポジションに配置される。この際、まとめ役に取っては一旦広げた風呂敷を閉じに転じてからは一目散に収束を図るのが主眼で、そのプランに則れば労働、費用等様々なコストが如何ばかりで、その内どの程度を自らが負担すれば確実に期日内に準備万端に到達出来るかも読んでいる替わりに、そこから脇道に逸れることを嫌う。周囲も彼が'書記長'であると黙認しているから、少々の異論が生じたとして敢えて自説を展開しても負担は提案者に返ってこないこともまた明瞭なので多くは語らない。しかそこに攪拌要員が混じっているとそうは問屋が卸さない。果敢にアタックする人物は既にプランが固まりつつある場の空気が読めないのではない。寧ろそこで臆して黙ってはアイディアマンの価値はないと自覚しており、勿論程度問題ではあるが、結果として為すべき事項が増えたとしてもよりよい内容を目指すことに第一義を置いているのである。
 しかしまとめ役としても角の取れた、落とし所ともいうべき案を提示していることは先刻承知であるから、改めて指摘されれば耳が痛い点も出てくる。せめてこの段階に至る局面の、もう少し早くに伺えれば両手を挙げて賛成出来たのにと葛藤を抱えながら工程表が先立って顔が強張って仕舞う。逆に敢えて毎回真っさらな観点で俯瞰すべきと心掛けているのがアイディアマンだから必然的に両者は相入れない。
 しかしそれでいいのだ。まとめ役気質は概ねブレインストーミングが虫酸が走る程嫌いだが、歩く先例集ではない。ただ事前に個々人がよくよく吟味しアイディアを練り上げてきて欲しいという合理主義が勝っているに過ぎない。しかし経験則として膝突き合わせてああでもないこうでもないと時を費やした方が時には斬新な閃きが訪れるのも事実だし、まとめ役ばかり揃っては迅速だが新味に欠けがちになる。要は多様な人物を取り合わせ、互いにポジションを自認することが鍵ではないか。取り分けまとめ役には脱線を許容よりは寧ろ面白がる余裕が寛容だろう。自戒を以て心したい。

d214.jpg このところカップ麺の沖縄そばに凝っている。直接の動機は沖縄で食べたそーきそばが思いの外美味だったことだが、5年前訪れた際は感じなかったから極端に濃い味を好み動脈硬化が憂えられる私でも徐々に重いものが食べられなくなってきたということか。
 沖縄の長命の秘訣に肖りたいところだが実際に南の島の食卓で口に合うのは麺以外は肉ばかり、しかも豚中心だから脂分に鑑みれば健康には程遠くなるのかも知れない。

7月25日(水) よこはま・たそがれ  -政治・経済 - 参院選-

d212.jpg 幼少時の約8年を横浜市民として暮らしたとはいえ未だ新玉川線の存在しない往時の緑区、分割された現在の青葉区なので、繁華街に辿り着くには自由が丘経由渋谷行を余儀なくされた。がそれでも長津田で乗り換え、戦災で焼け爛れたままかと見紛うほど真っ黒の横浜線を東上するよりは帝都に向かう方が便が良かったのは間違いない。詰まり所謂港町たる本来の「横浜」には存外に御縁が薄かった。寧ろ横浜の勉強会にカウントされたり、新横浜でパーティーに出席したりと、湘南新宿ラインの開通で東京西部から物理的に近くなったことも相まって、ここ数年の方が横浜との関わりが増えている。
 それでも改めて車窓から横浜の街を眺めていると、取り分け貨物を中心とした旧国鉄用地が近いからもあろうが、この街は今も再開発の嵐に見舞われ続けているのかと端倪せざるを得ない。時節柄どうしても選挙目線になって仕舞うが、嘗て無党派層が多い各県の中心地が自民党に取って不利とする「一区現象」が取り沙汰されたことがあったが、寧ろ都市部では一区をはじめとする古くからの市街地は開発が収束しており、郊外に人口が拡大している。例えば選挙区によっては選挙から選挙の間に半数は居住者が入れ替わるというのでは、後援会名簿の意義が薄れるのも然りである。小選挙区制の定着とともに選挙の"都市化"が全国に波及しつつあることは、職業政治家にとって実に生き難い時代の到来を意味しており、就中その象徴が神奈川・横浜ということではないか。

 トヨタ自動車は従来のハイブリッド自動車を発展させた「プラグインHV(Hybrid Vehicle)」を発表した。ハイブリッド自動車は発進・低速時や急加速など低いギアの領域、即ちガソリンのエネルギー効率の最も悪い部位を電気を以て代替させることにより低燃費化を実現したもので、電気の発生は電車等と同様にブレーキの回生エネルギーをその主としている。これに対しプラグインHVは停車時に家庭用電源等から充電することによって電気の担う割合を大きくしたもので、蓄電器の性能向上、小型化の実現により可能となった。
 燃料電池が隘路に入りつつある昨今、ますます電気自動車への回帰が明かになりつつあるとも言える。

7月24日(火) モビライズ  -政治・経済 - 参院選-

d211.jpg 出陣式であれ、決起大会の類であれ、況や街頭演説においておや、そこに馳せ参ずれば会社の封筒を抱えたり、人の分まで名刺を余計に受付に置いたりと、アピールに余念のない企業・団体の永田町担当者の姿を見ることが出来るだろう。彼等は決して暇つぶしでも、伊達や酔狂でもなく、れっきとした職責としてその場を訪れている。その重大なる責務を人は若干の含羞を込めこう呼ぶ。「動員」と。
 動員が必要とされる局面は何も政治に限らない。例えば新人歌手のコンサートがあるとして、余りに観客が少なくては当人も気合いが入らないだろうし何より見栄えが悪い。従って、サクラを頼んだり収益を度外視してタダ券を広く頒布したりするケースは少なくない。政治資金パーティーにおける動員がこれに近く、パーティー券の購入とは必ずしもリンクしない一定数の動員依頼は日常茶飯事である。しかしながら選挙の局面においては陣営の鼓舞やマスコミへのアピールの要素も欠かせないものの、肝心なのは動員そのものの有する意義に他ならない。
 動員の引率者は当然、当該候補者乃至は陣営と近しい関係にある。だからこそ動員を要請される訳だが、10人単位でのオーダーがあれば必ずしも関係者だけで構成出来るとは限らず、当該部局近隣の政治とは必ずしも縁の深くない人員にお願いして頭数を揃えることになる。これで飯も豊富なパーティーならまだしも、炎天下の街頭、或いは自宅から近いからという理由だったとしても土日に駆り出されるのでは却って逆効果、即ち候補者に悪印象を持って仕舞うのではないかと逡巡するのは素人考えで、実際に自分が四方八方に動員され感じるのは、人は接点が多ければ多いほど好感を抱くという当たり前の法則である。
 国政選挙において候補者と一般有権者が直接接する機会は個別訪問の禁止をはじめ雁字搦めのわが国公職選挙法においては驚く程少ない。しかしながら幾ら政策本位、或いは政党主導色が濃くなろうとも、所詮政治が人と人の為す営みである以上、当該候補者との邂逅、それが難しければ顔を見た、名前を聞いたというだけでも、いざ有権者が投票所に赴いた際に脳裏に蘇るべき何等かの引っ掛かりを持たせることは非常に重要である。勿論更にそこからネズミ講的に支持者が増やせれば願ったり叶ったりだが、そこ迄求めなくとも候補者に対する心理的な距離感の収縮、極言すれば恰も自らが陣営の一員となったが如く擬似的な共同体意識を僅かでも抱かせることが出来れば、大きな効能がある。中には会うことにより却って忌避感を生じさせる人物も存在するかも知れないが、それは端から候補者としての資質に欠けているということだろう。
 だからこそ今日もまた全国各地で多くの人が動員されているのである。鉄の軍団もひとりの動員から、ではないか。

 立川からの帰路、改めて上り線から中央線高架化工事の進捗を眺める。この工事は複線を北側に隣接する土地に移した上で、旧線路上にまず下り高架橋を建設、先頃6月30日には三鷹-国分寺間下り線が先ず高架新線に移設された。更に今度は上り線を同様の課程で移管し、2010年に完成予定の一大都市再開発事業である。
 勿論高架による開かずの踏切解消が実現しても中央線には三鷹以西の複々線化という更なる課題が潜んでいる。単純に考えれば現行仮線を活かせばそのまま複々線になりそうなものだが、それでは肝心の踏切解消にならないし、そもそもこの用地は高価化に伴う日照、騒音等の近隣住民への緩衝地帯なので、地上で複々線化するには少なくとも現行の1 5倍の敷地幅が必要という計算になる。従って、地下化が俎上に上っているのだが莫大な費用を前に計画は進んでいない。中華人民共和国の如く一夜にして住民を立ち退かせる公権力による地上げが機能し過ぎるのも問題だが、沿線住民の利便性に大きく寄与するのだからもう少し公共の福祉への配慮があって然るべきではないか。

7月22日(日) ビスタへようこそ  -コンピュータ - Windows Vista-

d209.jpgd210.jpg
大幅省スペースも程無く本で埋まるか
 1月にWindows Vistaが発売された際には当面見送ると宣言したPC更新だが、衝動的に購入に踏み切った。驚く莫れ88年に初めてパソコンを導入してから4年、6年、9年と代替えの度に年数が開いている。丸でバブル崩壊後の自動車の保有年数の如し、ドッグイヤーならぬ鶴亀算の世界だが、98SEから一挙にVISTAに移行したので、大正デモクラシーから一夜明けたら支那事変といった風情で、判り難い比喩だが浦島太郎である。
 ここに至るまで旧機を引っ張ったのは2000以降のWindowsサポートを打ち切られた仰々しいオーディオ入出力機に拘り一時は複数PCの切替使用をも検討せざるを得なかったのも要因のひとつだが、矢張り現行のPC環境並びにPC内の方々に飛び散った膨大なデータの移管に確信が持てなかったが為だろう。所与の要件に何等の変化が訪れた訳ではないのだが、過度に神経質にならず時間を掛けて移行すれば良かろうと割り切ることによって、何の前触れもなくサクラ屋を訪れ比較もそこそこに売れ筋を採択と、時間コストも非常に少なく現代人へと舞い戻ることが出来た。
d215.jpg
こちらもゴミに
 いざ蓋を開けてみると案ずるより産むが易しでIEE1394経由だった旧HDDも無事読み込め、早々に旧PCの廃棄が可能になったのは拍子抜けする程だった。こんなにスムーズだと却って物足りなく感ずるとは人は身勝手なものである。ただ説明書に「セッティングには半日ほど時間を見て」とあったので、幾ら何でも大袈裟だろうと夜半から取り掛かったら、データのコピーが大半とはいえ確かに待ち時間が長く、期せずしてゴルフ全英オープン最終日、初日から首位を走ったガルシアがプレーオフで逆転負けを喫し泣きそうになっている姿までしっかり鑑賞する羽目に陥った。
 漸く動かす段になるとメモリを2GBに増設したからだろうか、確かに体感速度も早い様だがそもそも98と比較すること自体ナンセンスで、2倍速でしか書き込めなかったCD-R機能は充実されて当然だろう。一方で「ファイル」→「整理」などと微妙に用語が変換されているのはMicrosoftの悪い癖か、日本語訳の問題なのか不明だが、少々画面が美しくなった程度で、Windowsの基本構造に大差はない。次はマウスも廃絶され画面に直接触れるタッチパネル位の変革が訪れない限りはWin3.1から95の際の様な大きな感慨は訪れないだろう。

7月21日(土) 三つ子の魂  -学校・教育 - 幼児教育-

d208.jpg お稽古事は幾つから、幾つ習わせるべきかは悩ましいところである。祐旭は父に倣いヤマハ音楽教室がその端緒となったが、幼稚園の夏休みを迎え公文式の短期教室にも顔を出すこととし、そこでご案内あった公文の様々な教材を紹介するイベントに赴いた。
 大々的な見本市の如く光景を想定していたが、会議室の隅々に教科毎に担当教諭とともにサンプルを供しただけのささやかな舞台である。しかも終わり際に訪れたためか、流れ作業で体験学習が進んでいく。平仮名を読んだり、簡単な英単語を発音したり、本旨である数字のマグネットを並べたりと祐旭は順調にこなしているが、何故か1歳1月の公資も参加させられ、「お話しを聴く」という項目なのか勝手に童話を読み聞かされ首に提げたカードにシールが貼られていく。おいおい1歳児は素直に聞かないだろうと突っ込む暇もない。
 しかし公文式も手広くなったものである。父が対象者だった頃はテキストに則って黙々と自主的に数式の計算を重ねるだけで、果たして学力向上に資するのかとの指摘は当時からあったが、自らの体験を振り返る限り寧ろ反射神経の向上に役立っており、逐一考えなければ設問が解けない段階になったら退会して差し支えないと考えていた。恐らく数学だけでは少子化社会において市場規模が小さ過ぎるし、早期の顧客囲い込みのためにも英・国のバリエーションが編み出されたのだろう。ただ一方で本人の意欲と家庭の環境作りに大きく依存する公文の特性が薄れている感はあるが、保護者の側も学校外学習においてもまた強い指導力に導かれることを望んでいるのだとすれば、それはそれでまた日本的ではある。
d213.jpg 而して祐旭に感想を尋ねてみると「また公文行こうね」と宣う。これは将来有望かと何がお気に召したか尚問うと、「ワニが出てきてバン、バン、バン」。それは見本市の後、荻窪タウンセブンの屋上遊園で勤しんだモグラ叩きのワニ版、ワニワニパニックであって、公文ではない。その趣旨を説明すると「ああ、そうだね。そうだね」と"判ったの角さん"もかくやの早々の納得振りだったが、実態は怪しいところである。しかしながらおかげで公文への好感度は印象付けられた様だった。公資も本格的に参画出来る段になったら改めて正規入会を検討してもよいのではないか。

 「腹ぽんぽん、おつむてんてん」や「ばいばい」「にぎにぎ」といった伝統的な乳児芸の持ちネタを増やしつつある公資だが、呼びかけに応える様になってきた。例えば「おいしいですか」「はーい」といった簡単な応答に過ぎないが、何を問い掛けても肯定的に回答するところが味噌で、その効能を活用したバリエーションが以下である。
 「最高ですか」「はーい」。わが家ではこれを福永法源ごっこと呼んでいる。一寸古い。

7月20日(金) アトム大使に  -政治・経済 - 環境・資源・エネルギー-

d207.jpg 秋葉原に代表されるサブカル分野に明るい麻生外相が講演でよく用いるエピソードにロボットに関する内外の感覚の相違がある。そもそも"ロボット"の語は1920年にチェコの作家チャペックが、機械文明批判を主題とする戯曲において用いたもので、ロボッタ=強制労働に由来する。詰まり本来人間の為すべき労働、苦役を代替する存在であり、だからこそネガティブ・リスト的なアシモフのロボット三原則(人間に危害を加えてはならない、人間の命令に服従しなければならない、自らを守らなければならない)も導きだされるのである。
 翻ってわが国においては鉄腕アトムに代表されるべく、ロボットといえば人間に類する未来文明の代表選手であり、そこには技術革新への強い信奉とともにわが国の崇高な労働感が存在するというのが麻生氏の趣旨である。勿論それは的確な解釈には違いないのだが、アトムの本来の寓意は妹ウラン、兄コバルトのネーミングからも明らかな様に、夢のエネルギー、原子力への憧憬だったのではないだろうか。
 嘗てわが国において原子力は、再生可能かつ環境負荷も少ない未来の申し子として持て囃された。それは後年の智慧ではあるが、唯一の核被爆国として少々無邪気過ぎたとの自覚はあり得よう。勿論、チェルノブイリを経てなお仏を筆頭に欧米中心に原子力発電は一定の規模を賄い、世界総発電量の10数%を担っているが、輸出版アトムがアストロボーイと改称されたことひとつを取っても、国際的にも原子力は常に礼賛ばかりを戴いてきた訳ではない。ただ化石燃料の有限性と人類の輝かしい未来のエネルギー需要に鑑みれば極めて現実的な対応として原子力との共存が図られている。翻ってわが国においては、社共両党主導で導かれた歴史的経緯からも多分にイデオロギッシュに、「反権」の代名詞として反原発勢力が構成され、ひと度何等かの落ち度が露呈すれば鬼の首でも取ったかの様な原発叩きが展開されるのには、違和感を禁じ得ない。
 確かに今回の地震規模が想定を上回るものであったのは危機管理上の失点には違いないが、ならばこの教訓を踏まえより安全な原子力発電を如何に構築するべきかを建設的かつ冷静に、議論すべきだろう。

 日本共産党の宮本顕治議長が亡くなった。戦前獄中非転向を貫き、戦後徳田球一との路線闘争に勝利してからは共産党のドンというのが氏の足跡であるが、我々の世代には88年2月、当時の浜田幸一衆院予算委員長が、突如「私が言いたいのは宮沢顕治君が人を殺したということだ!」と吠え、小畑元共産党中央委員のリンチ事件を指摘しているのか、「注文の多い料理店」をはじめとする童話作家の作品の残虐さを訴えているのか判らなくなって仕舞った光景が鮮明に甦る。即ち"ミヤケン"は既に歴史上の人物に他ならなかったのである。
 氏の逝去により、愈々日本共産党の変貌、究極には党名変更も聳えるが、少なくとも全選挙区擁立による「独自の戦い」路線から、事実上の全野党共闘への転換は視野に入ってこよう。そうなれば必然的に自由民主党にとっては望ましくない事態も生ずる。今参院選で弔い合戦で共産党が票を伸ばすということはなかろうが。
次のページ

FC2Ad