コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

4月30日(祝) 1.2%の関係  -政治・経済 - 環境・資源・エネルギー-

d99.jpg 黄金週間唯一の完オフのこの日、早朝のゴルフ練習から一旦帰宅した後、祐旭とともに軽サイクリングを兼ねて訪れたのはGSであった。三歳児にも「自転車でガソリンスタンド行くの」と訝しがられる程、自動車を持たない身としては意外な行動であったが、去る27日より首都圏50箇所においてエタノール3%混入の、所謂E3ガソリンの販売が始まり、そのひとつがわが家からツーリングには丁度快適な杉並区和田であったからに他ならない。訪伯以来エタノールに造詣を深めた身としては実物をわが眼に収めるのは最早責務と言えよう。しかも通常のGSであれば自転車で乗り付けるのは如何にも不審者もどきだがセルフならば目立たない、と強引に出立したのであった。
d98.jpg いざ到着すると確かに垂れ幕が幾つか掛かっているし、給油口の下にも小さく「バイオガソリン」と記されているので "環境に優しい"を喧伝しようとの意志は伺える。しかしながら単にバイオガソリンと言われても凡その人には何のことだか意味不明だし、愈々ガソリンが食物分解にて精製させる様になり、わが国にとって中東地域の重要性が著しく低下したとの誤解を招くのも本位ではなかろう。事実関係としては03年の揮発油等品質確保法改正でガソリンへのエタノール3%混入が合法化されたが実用化は必ずしも進まず、世界的な原油高、米・伯を中心としたバイオエタノール・ブームを背景に漸くわが国でも実用の途に着いたというところだろう。
 但しバイオエタノールの燃費はガソリンの約6割とされており、厳密に言えば3%混入により1%強は効率が悪化している。一方でさとうきびに代表されるバイオエタノールの原材料を安価に確保することが難しいため、国内ではガソリンよりもコストが掛かる。当面はガソリンと同価格とし、差額は補助金で補填することとなるが、ブラジルの如く「燃費は良いが高いガソリン」と「少々燃費には劣るが安価なアルコール」を価格相場を睨みながら消費者が自由にブレンドするスタイルでなく、環境のために少々のコストは我慢して下さいでは、人為的に普及を図ることは可能であっても好意的に受け入れられるか否かの判断は分かれよう。或いはエタノールは水溶性が高いことから、石油連盟は含有水分が内燃機関に悪影響を与える恐れがあるとしてETBEに化合させてからのガソリン混入を実践しているが、世界的に余り実例はないという手法の課題もある。実際に利用実感を報告出来ないのが辛いところだが。

4月29日(祝) 昭和の熱海  -旅行 - 子連れ旅行-

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左奥は宿泊した熱海後楽園タワー
 遊園地と温泉を満喫したので成人なら朝ゆっくりと惰眠を貪りたい誘惑に駆られるが、体内時計の確立したばかりの幼児には許されない。6時には目覚めし時計と化した祐旭に「お父さん、お母さん、起きなさ~い」と叩き起こされれば早朝より活動する他は無かろう。そこで朝食もそこそこに熱海サンビーチに出掛ける羽目に陥った。ただ海で泳いだことのない祐旭には砂浜で波と戯れるだけでも充分刺激的だったらしく、公資も精力的に這い這いを試み、"砂塗れの公資くん~"と桑田佳佑氏に唄われそうな勢いとはまさに三文の得を地で行ったとは言えまいか。
d97.jpg 更に近隣の児童公園にも足跡を記そうかと交番に伺うと、流石に熱海らしく観光案内所も兼務しているが如き風情で推奨された姫の沢公園へ足を伸ばすこととなった。ところがラリー然ながらに乳母車の手動運搬となった砂浜に続いて、ここでも我々を待ち受けたのは万里の長城もかくあらん長大な階段とはまさに苦行の如し。しかも折角登り切っても美しい筈のツツジは未だ満開には程遠く、花より遊具の祐旭には「寂しい公園だね~」と酷評される始末である。万事休すと天を仰ぐところこの事態を救ったのは、命辛々の階段昇降を経て到達したアスレチックであった。運動音痴の父も幼少の砌、アスレチック好きだったのは意外に思われようが、はさみっこにおいても到達回数により勝敗を決めようと主張し、長じては他者との勝負のみならず自己記録との数字による比較が明白になるゴルフに嵌ったことに端的に示される競争を好む性癖が作用していたのだろう。同時に体を動かすことに喜びを覚えるより寧ろ、数十に亘る種目を制覇する達成感に主眼があり、現実には時間的制約により完遂は滅多に実現しないがためにアスレチックへの憧憬が幼心に染み付いたものと思われる。元より祐旭に未だかく気質は認められず、体力的にも起終点の幾つかの競技で充分で、父の希望により一箇所のみ次ポイントに遠征したという実績を残し、公園を後にした。競技は公園全域に及んでおり、また何年かして訪れてみたいとの欲望を沸々と抱きながら。
 未だ昼過ぎにも拘らず熱海駅で足湯に浸かり、幸便に三連席の空いたひかりに飛び乗って早々の帰着を果たす。結果として早め早めの行動が余裕の時間配分を可能にしたのは昭和天皇陛下のご利益か望外の成果であった。熱海がこれ以上寂れずもせず、かつ恐らくは不可能であろうがリゾートの聖地の座を取り戻し混雑を極めないことを望む。

4月28日(土) 線路は続くよ  -育児 - パパ育児日記。-

d94.jpg ここ2年間印度伯剌西爾と黄金週間は外遊だったので、すっかり過ごし方を忘れて仕舞った。元よりそれ以前も特段精力的に活動していた訳ではないが、二日間の平日を巧みに活用し温泉と遊園地でもと安易に構えていたら、その平日1日に祐旭が幼稚園の遠足とは盲点であった。幾ら幼稚園だから少々の自由は効くと言っても、初めての遠足をサボらせる訳にもいかない。而してぐりんぱでウルトラショーを見て、富士急ハイランドに回遊する二泊三日との壮大なプランは、既に一ヶ月前時点で祝日の宿は満杯で断念、熱海一泊と大いにスケールダウンした黄金週間前半旅行に落ち着いた。
 ならば責めて短い二日間を満喫しようと勢い勇んで9時過の新幹線で熱海へ、未だ駅から送迎バスも運行していない11時には熱海後楽園ホテルに到着したが、肝腎の遊園地を一目見て愕然とした。小さいのである。これではデパートの屋上遊園と大差ない。宿泊客は入園料無料と大仰に謳いながら、フリの客でも300円なのも肯ける。昼食を挟み全てのアトラクションを制覇してもまだ14時でやむを得ずチェックインと同時に部屋に引き上げることと相成った。
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僕は一寸退屈
 しかし新設のタワー館だけあって部屋から熱海湾を一望、この時間なので一番風呂。思えばチェックイン前に利用出来る授乳室も誂えてあったし、夕食バイキングも刺身、天麩羅、揚げ物と海老尽くしでお父さんが喜んだのみならず離乳食完備と乳児連れには非常に手厚い対応で、かつ時間が早かった為もあろうが過剰に子供ばかりでせわしないということもない。経営的には喜ばしくないのかも知れないが、適度な場末感がプチ・リゾート気分には丁度いい。祐旭も遊園地に巨大な風呂を満喫した様だし、結果的には折角セブンに会っても逃げ出して、草臥れ儲けになっていたであろう山梨遠征からの方向転換は正解だったのではないか。
 夜は夫婦交替でマッサージを受けたがやけに長いなと思っていると「凝っていたから中途半端に40分でなく60分にしたよ」と如何にもサービスの如く諭されながら、蓋を開けてみるとしっかり延長料金を計上されていたのはご愛敬か。

4月27日(金) 一抹模様  -地域情報 - 東京23区-

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 わが家の周りでは道路工事が盛んである。環状七号線から高南通りに直行する二車線道路があるが、PAL商店街に突き当たったところでその後は北の高円寺銀座~庚申通り同様に今は西友と化した映画館「エトワール座」の名を留めるエトワール通り商店街が存在するため、革新杉並らしい拡幅反対運動の所産なのだろう、阿佐谷方面まで到達する準幹線化は挫折している。結果として高南通りとPAL商店街の間の百米程度は盲腸線と化し、半ば無料駐車場の如しであったが、遂に区も諦めたらしく歩道を拡幅して有効活用する方向転換が図られることとなった。ここだけという訳にもいかないのか拡幅の波は高南通りにも一部はみ出しており、今や自転車愛好者と化したわが家には喜ばしい事態である。
 しかしながら道路を挟んで反対側に目を点ずると、右写真の如く無惨な姿を曝している。道路が定期的に掘り起こされるのは、年末恒例の予算消化云々という定番の批判はさておき、上下水道をはじめとする共同溝の永久沈殿を可能にする技術革新は見込まれ難いし、もし可能であったとしてもコスト的に到底見合わないであろうから、甘受せざるを得ない。ただ当然にメンテナンスが予見されているにも拘わらず、何故に今般に限ってアスファルト剥き出しの舗装なのか。予算削減の折り余録がなくなったという事態は容易に想像が付くが、これでは余りに醜悪な景観だし、ならば端から美しいタイル貼りなぞしなければ良かったのではないか。そこまで過去に遡って糾弾するのが酷だと言うのなら、責めてタイルとアスファルトが混在しても違和感が少なくなるべく幾何学的に剥がして欲しい。その程度の配慮も出来ないのでは地公体の中では明らかに比較的裕福であろう杉並区の名が泣くというものである。

d102.jpg 吉野金次という人の名前を知ったのは、「細野晴臣の作曲講座」ではっぴいえんどの二枚目のアルバム「風街ろまん」のエンジニアとして、それまではミュージシャンがセッティングされたマイクの位置を触ろうものならギっと睨まれたのを吉野氏はイチからはっぴいえんどの面々と音作りから始めたというエピソードを聞いた時だったか、或いは「笛吹銅次ショー」で大滝詠一氏のエンジニア名「笛吹銅次」は吉野金次、伊藤銀次の両氏が居らから金・銀・銅で命名したとの逸話を耳にした際だったのか。何れにしろレコーディングに置けるエンジニアの重要性を吉野氏の名とともに初めて認識したと言っても過言ではない。
 その吉野氏が脳梗塞に倒れ、氏を激励するために昨年行われた「音楽のちから~吉野金次の復帰を願う緊急コンサート」がDVD化され発売された。内容は呼び掛け人である矢野顕子氏の弾き語りライブや同時期に行われていた細野氏の東京シャイネス公演を繋ぎ合わせた様なものなので特段目新しいものではない。にも拘わらず購入したのは、YMOフリークとしての責務の如き観念である。氏の早期復帰を祈念したい。

4月26日(木) 左右に綱引き  -政治・経済 - 地方自治-

 法人に課せられる税はそもそも景気動向に左右される要素が大きく税源としては安定性を欠く。従って、対象範囲の拡大と全体の実効税率引下げを図るのは、赤字法人の中にも限りなく意図的な課税回避のための"赤字成り"に近いものもあれば、真の赤字もあろうという現実的な要請にどう折衷を図るかはさておき、方向性としては理解出来る。
 ただ地方方法人二税の地域間の偏在が大き過ぎるから配分方法を改めるという話は如何なものだろうか。3割自治と揶揄された地方自治体の自主性を高めるために三位一体改革を推進し財源委譲を図った結果、地域間の競争が激化することは自明の理であった。加えて地域間の財政格差を平準化するための地方交付税も"新型"となうって人口・面積による単純割部分が増幅される。即ち出来る限り地方の独自性に委ねる、有り体に言えば国家は墓場まで面倒見切れなくなったので自分の尻は自分で拭いてほしいというメッセージなのである。にも拘わらず法人二税は逆に財政調整機能を強化する、のみならずそのためには国税への還元も検討とは地方消費税が同様の構造を持っているからと言って如何にも逆方向で筋が悪い。よしんば三位一体路線に行き過ぎがあったとするなら、寧ろ交付税を充実させるべきであり、地方六団体の主張する交付税の地方共有税化-国家プールによる再配分でなく地公体の共有税源として自ら山分けする-の方が、実態としては大差ないかも知れないが、論理的には一貫していよう。
 単純化するばかりがよいとは決して言えないが、改革路線か格差是正路線か基本的な行先は一方に置かなければ、何方の方策も霞んで仕舞うのではないか。

d103.jpg 祐旭が家で父と遊んでいる様に幼稚園の友人と戦いごっこに興じ、教諭に諭され「僕はやめた。○○くんはやめなかった」と帰ってきてから解説してたと聞いて、嘗て今は亡き浅草の旧ウルトラマン倶楽部を訪れ、マックスと邂逅した際に、矢張り帰宅してから「みんな握手してた。僕はしなかった」と報告していたのと似ていて一寸笑った。
 子供は不満を感じない限り記憶に沈着せず、遊びを中断されたとか友人と軋轢を生じストレスを感じると明瞭に覚えていて家で懐古するのだから、幼稚園で何があったかしつこく尋ねないようにとのお達しがよく理解出来るエピソードである。

4月25日(水) 開発しよう  -政治・経済 - 労働問題-

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 このところ視察づいているが今日のお出ましは永田町から遥か西方、小平市小川町である。ジョブカフェ(飯田橋水戸)に続く雇用シリーズ第二弾は、職業能力開発総合大学校東京校。場所柄旧軍施設なのかは不明だが広大な敷地にモノづくり系の実技施設が配備され、最大四ヵ年のカリキュラムも労働省系なので所謂「大学」ではない。
 眼目は座学と施設内実習、更には三ヶ月の企業現場での実習を組み合わせた「日本版デュアルシステム」の実態把握で、専門課程9科のひとつ「住居環境科」がこれに該当する。ただデュアルは企業実習を経ることから就職率が向上するのみならず、単なる職場体験に留まらず雇用契約を結んだ就労になるので所得の少ない対象者に"稼ぎながら学ぶ"機会を提供出来るとの提言の実証検分を目論んでいたところ、現実には2年39万円の学費を納めてまで「訓練」に来るのは寧ろ就職意欲に比較的乏しい層で、自らの懐と相談して積極的に社会との接点を持ちたいと思っている所謂フリーターには他地域で行われている1年コースの方が圧倒的に人気が高いとの指摘を得て、鳴る程現場を訪れてみないことには体感出来ないものだと深く感じ入ったのである。確かに大層立派な、即ち雇用保険三事業の予算を皮肉でなくふんだんに消費しなければ成立し得ない施策であり、かつキャリアコンサルティングや学生4人に一人の指導員等、非常に手間暇かけなければ就業まで送り込めないとなれば、この「デュアル」を増殖させるとの解決策は現実的ではなく、寧ろ短期訓練も含め検討をという提言の別個の要旨と整合する。視察というのは研究のもっと早い段階で消化しておくべきと思っていたが、寧ろ提言の実効性を担保するための確認作業として、この大詰めに及んで設営されたのは、今般においては正解だったのかも知れない。

 ところで再三大詰めを連呼している雇用の研究会だが、第四コーナーを回ってからゴール迄が遠く息切れしてきた。提言本文に対しポイントをキャッチーにまとめるべしとの沙汰があり、それは当然最期に集約する積もりだったので急ぎ作成したまでは良かったが、以降は殆どその"ポイント"の一枚紙を主軸に検討が進み、ポイントが変更される度に本文に還元し、更にそのベースとなる提言の「考え方」に割り戻すという孤独な作業を余儀なくされたのである。
 想えば昨年、末席を汚した大型研究会においては、まずポイント乃至は概要を誂え、了解を得てからこれを膨らませて本文を作成していた。有り体に言えばポイントさえ万機公論に付されていれば、本文の隅々まで丹念にチェックする様な酔狂な人物にはまずお目にかかれない。この手順を砂被りで観閲する機会に恵まれながら技術的な要請に過ぎないと安易に思いこんでいたが、自らがライターの立場に立たされてみて初めて、それが通例のペーパー作成過程の要諦であることを思い知らされたのである。何事も経験が肝要ということか。

4月24日(火) 飲み過ぎたのは  -グルメ - 焼酎-

d88.jpg 夜の席で初対面の方と面と向かうと、互いに話題に事欠いて間を持たせるために杯を重ねて仕舞う。或いは相手が相当に大物だと緊張の余り異様に饒舌になれればいいが、ここでも言葉を失うと酒が進む。しかもそんなペースで飲めば"酒の強い人"とカウントされて、たとえ焼酎の水割りでも注がれる度に濃度が高まっていくが、それに気付いたとしても今更薄くとは申し出難いし、往々にして濃くなっていることすら認識不能になっている。一方で、余りに親しく気のおけない人物でも箍が緩んで量が増える。適度な距離感があり、大半はそうだが先方が目上で、かつ酒量が必ずしも多くないケース、前夜の酒が残っていて端から自ら控えようとの意志が極めて強いケースなど殆ど酔わない症例もあるが、これまで掲げた五類型でも内三つに許容量を超える危険性があり、実際屡超越しているのである。最近は嘗て程当日中に嘔吐出来なくなったが、寧ろ少々翌日に二日酔い感を残置させた方が、総摂取量は削減されるかも知れない。
 して昨日も西麻布から神楽坂に移動し、吐く程に気持ち悪くはなかったにも拘わらず、TAXIを降りた瞬間に眼鏡がない事実に直面した。思えば二次会では矢鱈とお腹が空いて柿の種ばかり摘んでいた記憶があるが、恐らく五年振り程に訪れた一次会の店は同じメニューでも肉量が減ったのではないか。果た又広報部時代はバブルの残り香が未だ鮮明であった時代だから高いコースを頼んでいたのか。そもそも往事より馬齢は重ねたが酒歴も嵩んだので、一概に食物摂取が少なかったからともアセトアルデヒト脱水素酵素が加齢により現象したからとも判断が付かない。等と無定見な想いが走馬灯の如く錯綜するが、眼鏡の存在しないことには何等影響がない。やむを得ず朝から探索に勢を出したが、チケットで帰っているので車も判らない。同伴者から東京無線らしいとの傍証を得たので取り合えず電話はしてみたものの確証はないし、財布を落とした際に比べれば切迫度合いも低いので、身が入らない。そもそもTAXI内で眼鏡を取る習性は持ち合わせておらず、財布同様にTAXIを降りた瞬間に崩落したものと想像されるが、ならば対処の仕様がない。
d89.jpg つい一月前に眼鏡が増えたと勝ち誇っていたのも束の間、また更新しなければならなくなった。これは老眼にも対応すべきとの八百万の神様の思し召しなのだろうか。

 今日のパーティーは芋煮が実に旨かった。

4月22日(日) ベータマックスはなくなるの?  -コンピュータ - DVD-Rなどの光学メディア-

d87.jpg DVDに±やRAMといった多種多様の規格が存在することは認識していたが、少なくともノーマルなDVD-Rの世界は単一準拠と思い込んでいたところ、折角編集した公資誕生から祐旭の幼稚園入園までの約10ヶ月を90分に編集したDVDが見れないと祖父母からクレームが付いた。そこで調べてみて初めて判ったのは、VR方式は必ずしも現行再生機の全てには対応しておらず、確実に再生を担保させるためにはビデオモードでなければならないという事実である。詰まり今般は家庭用ビデオが元ネタなので何方でも対応可能であり、送り直すだけで話は済んだが、コピーワンスのデジタル放送はCPRM対応ディスク=VRモード限定なので、安易にダビングして渡すことは出来ないのだ。ただ考えてみればDVDに焼いた時点で原本のハードディスクから消えて仕舞うのでダビングは想定していないし、そもそもコピーワンスの概念からして人に録画を頼んでDVDに焼いて貰う行為は推奨出来ず、自ら録画用DVD機を買えということなのか。
 しかし世の中には自明の様で事実を厳然と突き付けられて認識を改める事象は決して少なくなく、ダビングしたCDの名称、曲タイトル等は人力で入力しなければならないものと決め込んでいたところ、CDレコーダーを購入して2年近くを経て、初めて自動入力即ち文字情報もコピーされるCDに出会った。殆どのPC上のCD再生ソフトではサーバー側に曲名等の情報が蓄積されつつあるのでCD本体に納められていなくとも支障は少ないのだろうが、希少な単体機ユーザーのためにCD-TEXTをもう少し普及していただきたいものではある。

 参院補選、取り分け沖縄は天下分け目の決戦と喧伝された割には存外に早く21:30頃には当確が出た。しかし四方やそんなことはなかろうが、与党陣営に取ってはこの1勝1敗を以て過剰な安堵感に浸るのは厳に戒めなければならない。ほっとひと息、であるのは事実だが。

4月20日(金) 保保は遠くなりにけり  -政治・経済 - 政治-

 開会から約三ヶ月を経過した今国会において、党首討論が一度も成立していない事態に対し、与党側からは廃止を含めた見直し論まで出始めた。そもそも党首討論制度は小選挙区制導入に伴い二大政党化が促進されたことを踏まえ、英国議会制度に倣って当時の自由党が自由民主党との連立政権に参画するにあたって小沢党首の強い主張で政策協定に盛り込まれたものであり、言わば生みの親である小沢氏が登壇に積極的でないというのは間尺が合わない。或いは、党首討論は与野党対等に主義主張をぶつけ合う場であり、寧ろ野党に取っては攻守立場の明瞭な予算委員会の方がポイントを稼ぎ易いという実利に基づいた戦術故だとすれば、予算委員会を本来の予算そのものに関する審議に専念させ、全閣僚並び大名で他の委員会を一切止めざるを得ない制約をも取り払うことが出来るという制度創設の趣旨にも大きく逸脱している。
 勿論、改廃を図るのであれば、再び英国式を踏襲し登壇者を党首に限定しない自由討議の導入という方策もあろうが、幾ら自由討議といっても全くお題なしという訳にもいかず、結局テーマを絞るのであれば常設委員会制を採るわが国においては他の委員会との重複が避けられない。ならば「国家基本政策」の討議との趣旨を変えず、党首乃至はそれに準ずる代表者と幅を広げる替わりに毎週一回開催を厳格適用するのは如何だろうか。そうすれば少なくとも物理的事情等で万止むを得ず出席出来ない際は代理を立てることが可能になる。但し今度は野党側は影の内閣を含めても党内序列が基本的に一本であるから選定は容易であろうが、長年政権与党が不動であった"生活の知恵"として政府・与党が必ずしも一体でないわが国慣行の中では、総理の代役は自動的には定まらない。論理的には「党首」討論であるから党のナンバー2たる幹事長であって可笑しくはないが、そうなると連立与党党首は登壇しないこととの整合性が取れない。従って、やや非対称ではあるが政府・与党は閣僚とすることで総理乃至は副総理格に絞り、野党は代表者乃至はそれに準ずる者とすれば、本旨である基本政策討議の機会を増大させるとともに、登壇回数の頓に少ない党首は国民から容易にその資質を問われ得るという効用も生ずるのではないか。

4月19日(木) プリ赤  -旅行 - 国内ホテル情報-

d83.jpg 我々の重要な職責のひとつにパーティーへの出席がある。パーティーと言っても踊り明け暮れる訳もなく、「このパーティーは、政治資金規正法第22条に基づく政治資金パーティーです」と案内状に記載された政治資金パーティーだが、出身企業の購入如何に拘らず有り難いことにご招待を戴ける。勿論、資金集めが最大の眼目だとしても、当日の集客度合いも重要な要素であるから、枯れ木も山の賑わいで壁の花を演じる集団がいるのも無意味ではないし、誰が挨拶し、何を言うかに耳を傾けることで当該主役の人脈や政治的ポジションを確認する意義もあるので、確かに職責の一環ではある。ただ会社時代は目立たぬように出来る限り乾杯が終わった時点で塩が引く様に会場を後にする一群とともに早々に失礼していたが、現在は次の予定がない限り有り難く食材の処理にも貢献させて戴いているので、これを仕事と呼ぶのはお叱りを頂戴しても吝かではなかろう。
 ところで案内状を連々と眺めていた訳でもないのだが、昨今頓に感ずるのはホテルの名称変更の多さである。それもANAインターコンチネンタルやシェラトン都の様に、提携先のブランド・イメージを利用する為の改名であれば実利的で理解出来るが、赤坂プリンス→グランドプリンス赤坂は何を意図したものかよく判らない。しかも東京プリンスは東京プリンスのままなのである。調べてみると、4/1よりプリンス系は最上級を「ザ・プリンス」、次席を「グランドプリンス」、それ以外はこれまで通りと等級分けしたとのことで、では東京プリンスは下位ランクかというと、ゴルフ練習場跡に新設されたタワーのみが「ザ・プリンス パークタワー東京」として最上位に位置付けられている。看板から何から変更の経費も馬鹿にならないだろうし、プリンスのまま据え置かれた36ホテルには却って経営を圧迫しないのか心配である。逆に言えば赤プリのイメージでプリンス系ホテルを捉えてはいけないということを自ら明言したということか。しかも東プリは東プリのままでいいにも拘らず、赤プリはこれからはプリ赤と呼ばなければならない。グラプリでは如何かというと高輪、新高輪もグランドなので、少なくとも東京では通用しない。その手間は大したことではないけれど。
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