コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

3月31日(土) 花よりアルフィー  -音楽 - 演歌&歌謡曲-

d62.jpg 暖冬から一寸寒くなったと思ったら俄かに春めきはや桜も満開、丁度この日に隅田川の屋形船が設営されていたのだから幸運極まりない。しかも何度かお声掛け戴いている会なので既に顔馴染みの方もおられる中、面子を聞いて驚いた。メンバーの方の同級生としてアルフィーの坂崎幸之助氏が到来されるという。果たして本当にそんな大物がひょっこり現れるのかと訝る間もなく御本人が姿を見せる。参加者の太宗を占める年輩の方々にとっては顔と名前で著名人と判別は付く程度の感慨かも知れないが、我々の世代にとっては特段ファンという訳でなくとも"スター"には違いない。しかし飄々と、極普通に「坂崎です」と挨拶され、大仰に感動を表していいものか、市井の人として花見に来てるのだから騒ぎ立てない方がいいのか、却って困惑して仕舞った。
d64.jpg これだけの有名人なのだから如何にも大物然として四方八方にオーラを漂わせていそうなものだが、全く芸能人っぽくない気さくな方で、最期には生ギターで「If I Fell」なぞ唄って戴けた。おかげでこちらも何時になく激しい船のローリングと焼酎のダブル酔いに臆面もなく一緒に写真を撮って貰いミーハー振りを発揮したのだった。折角の機会なのでわが国フォーク・ロックについて蘊蓄を賜りたいところだったが、残念ながら当方は吉田たくろう氏であるとか坂崎氏の系譜に連なる音楽が余り好みでないし、坂崎氏がメインであった時代、即ち高見沢氏主導に歌謡ロック化しメジャーになる前のアルフィーの活動にも疎いので、昨年も折角の満開時に屋形船に乗りながら隅田川はライトアップされていないため夜桜を殆ど拝めなかったが、本年は土曜の昼に繰り上がったため観桜に勢が出て、坂崎氏が愛用のカメラでせっせと桜を撮影しておられる傍らで私もシャッターを切り続けたのであった。そして一旦船着き場に戻り氏が途中下車されたところで主宰者からご指名がかかり何故か余興に「星空のディスタンス」を絶叫して何となく務めを果たした感に至った。一期一会とはこのことであろう。

3月30日(金) 別れることは辛いけど  -テレビ・ラジオ - NHK-

d61.jpg 年度末と言えば企業人は総じててんてこ舞いを極めているのだろうが、幸か不幸か就業以来斯様な経験がなく、寧ろ予算制度の弊害で交際費を使い切るために連日連夜の宴席で体調を壊していた記憶が生々しい。別に予算制度が廃されて稟議制になった訳もないが、滑稽なまでの実績主義が緩和されここ数年来は随分と平和な年度末となっている。にも拘らず激しい下痢を伴う風邪と思しき症状に見舞われたのは、寄る年波の為せる業だろうか。
 しかしながら床に就いていたおかげで、NHK教育「いないいないばあ」の年度末放送にありついたのは僥倖であった。というのもこの時期は最大の番組改変期に他ならないが、同番組においてワンワン、うーたん両氏とともに平成15年度よりメイン出演者を務めていた原風佳氏の引退興行だったからである。私が見始めたのは当然祐旭が生まれてからだから、「いないいないばあ」イコール風佳氏であったのは当然だが、現在9歳とは思えない程に巧みなキャスター振りを発揮するとともに、年を経る毎に美しく成長し、矢張り女性が他者の視線を浴びることによって磨かれていくというのは年齢を問わない要素であることを如実に感じさせて呉れた。などと余りに力説していると特異な嗜好の持ち主であると誤解されそうだが、何時の日にか更に美しくなった原風佳氏にまた別の番組でお会い出来ることは期待し、洋々たる前途に大いなるエールを送りたい。

 旧防衛庁跡地を核とした東京ミッドタウンがオープンした。この手の再開発複合施設は、六本木ヒルズもそうだが、美術館やお洒落なブティックが並ぶと言われても乳幼児連れには存外に足の運び辛い場所である。しかし「東京ミッドタウン」という地理性に乏しいネーミングは如何なものか。六本木と赤坂に跨っているので地名が付け辛かったのか、下町でも山の手でもない港区だから"ミッド"なのか。

3月29日(木) お父さんはウルトラの父  -育児 - パパ育児日記。-

d60.jpg 世のお父さんは総じてどれ位育児に携わっているものなのか、寧ろ大半は職務多忙のため望んでも関われないのかも知れないが、幸い私は時間に自己コントロールの効く仕事にありついているので、楽しく摘み食い参加している感が強い。夜は遅い日は極端に遅い替わりに早い日も尋常でなく早いため、家に居る限りは風呂担当を長く務めてきたが、長男・祐旭の幼稚園入園を目前に時間サイクルが繰り上がり、平日は単身風呂を余儀なくされることとなったのは非常に残念である。こう書くと如何にも理想的お父さん像の如しだが、有り体に言えば子供に合わせるよりも寧ろ自らの領域に子供を引き込んでいる訳で、ウルトラ・フリーク化には成功し、戦いごっこから更にはソフビによる"ウルトラ家族ゲーム"へと発展しているが、YMOには些か戸惑いを覚えている様で今後の課題である。子供が遊んでくれるのも所詮小学校に入るまでとの先達の卓見もあるので、今の内に精一杯遊んでおきたい。
 そんな私でも長時間子供と三人キリとなるとなかなか辛いもので、本日は妻が夕食時にお母さん同士の会合のため、研究会終了後一目散に帰還した。次男・公資に離乳食を食べさせたり、幼稚園を目前に遂にトイレ排便が定着し襁褓の取れた祐旭の尻を拭いたりするのは日常茶飯事だが、難儀なのは寝かし付けで、三歳を機にあむあむ(おしゃぶり)を脱した祐旭は絵本の読み聞かせで就寝に至る。ところが普段も父がしばしば朗読の任に与っているにも拘らず、こんな日に限って床に就く前の放尿をグズっている内に、母がいないと泣き出して仕舞う。こうなると如何ともし難く結局号泣するのに疲れて寝入る羽目に陥ったが、論理的な説得は必ずしも功を奏さず、誘導する対象に自発的に興味を発するべく促す、いわば北風と太陽の如く転換手法が父には必ずしも得意でないことが儚くも露呈された形になった。幸い祐旭は一度睡眠に入れば少々の物音では決して目覚めない父と似た性癖を有しているが、逆に公資はミルクを与えているとスヤスヤと寝息を立てるものの、度々泣きながら覚醒して必ずしもすんなりと再び導眠に至らない。わずか数時間だが到底主夫は務まらないと実感した。矢張り母は偉大である。ジョン・レノンにはなれそうもない。

3月28日(水) 競争と協調  -スポーツ - プロ野球-

d59.jpg プロ野球の今秋におけるドラフト会議は、一転自由枠の撤廃に落着する雲行きである。事の発端が西武ライオンズの裏金問題発覚にあったのは言う迄もないが、これは大相撲の八百長疑惑と同種の、長年に亘る業界のタブーとも言える問題であった。敢えて差異を求めるならば八百長は角界内にしか波紋を及ぼさないが、ドラフトは大学・高校生が主対象であり、教育機関が大きなアクターとして存在するだけに頬かむりするには影響が甚大に過ぎよう。
 既に2年前に現楽天の一場投手への金銭供与で巨人・阪神・横浜の三オーナーが辞任しているだけに、それ以降も黙秘を続けてきた西武球団に風当たりが強くなるのは致し方なかろう。同球団が嘗て現横浜の工藤投手を6位で強行指名し入団させた際には内定していた熊谷組に系列企業の受注を相当額回して手打ちを図ったとか、他球団に1位指名された高校生を入団拒否させ社会人プリンスホテル・チームをトンネルとして三年後の入団を企図するなど、よく言えばドラフト制度の盲点を巧みに突いた、悪く言えば法の趣旨を悪用した事例を繰り返してきたのも事実である。しかしながら西武球団だけの問題で片付けられる筈もなく、例えば当該球団は疑惑を否定しているが、何故今般木村投手は西武球団以外の球団への入団を希望していたのか、そのからくりは定かではないし、最期まで希望枠維持に拘った読売巨人軍は韓国籍に目を付けた新浦・松原両投手の高校を中退させての入団や「空白の一日」問題など脱法行為は枚挙に暇ないし、昨今ではヤクルトを希望した高橋由伸選手を逆転入団させたのは父親の借金清算が鍵だったと噂されるなど、とても西武球団を非難出来る筋合いではない。
 畢竟、プロ野球人気が払底する昨今、ドラフト制度のあり方で揉めている余裕はない。今こそ後発のサッカーの後塵を拝するのは忍びないには違いないが、将来のプロ・アマを通じた日本野球機構の設立をも視野に入れた、プロアマの垣根を撤廃するべく施策に大胆に着手しなければならない。勿論それは衰退の一途を辿る企業スポーツに替わり地域クラブチームの台頭、四国・北陸といった独立プロリーグの興隆する社会人野球にとっては受け入れるところ大ではあろうが、プロへの選手排出に既得権を有しながら、かつ"教育の一貫性"を標榜する学生野球との軋轢を生じよう。しかしながらことこことに至っては、既に多くの指摘がある様に、独立プロと二軍チームとの交流戦の定期化や、クラブチームの緩やかな下部機関としての取り込み、或いは選手育成を主眼とする二軍独立チームの導入、マスターズリーグ人気に乗じた興行を主体とする独立OBチームの二軍リーグへの受け入れ等、すぐにでも着手出来る手段は幾つもあろう。或いはバレーボールを見習うことがいいかは別としてスピードアップのための短時間ルールの厳正化や、例えば指名代走制の導入など新制度の試みも真剣に考えてよい時期ではないか。
 その中でドラフト制度は戦力均衡と職業選択の自由、或いは米大リーグへの人材流出阻止の両立を図るには、完全ウェーバー制に並行して新人選手の移籍解禁とその補償制度導入が望ましいと考える。その際、補償の度合いは均衡と競争促進の何方に比重を置くかで勘案することとし、教育界がアマチュアリズム絶対主義から職業スポーツ選手養成機関としての側面を肯定するのならば、著しく過剰でないアマチュア選手への栄養費は公的に拠出することで奨学金的な要素に転換することも或いは可能かも知れない。残された時間はもう多くない。

 元より私はクレージーキャッツの現役時代には間に合っていない世代なので、いかりや長介氏の死ほどの寂寥は覚えなかったが、大人から子供まで判り易いドリフに対し、社会風刺であったり一瞬の間の持つ面白さであったり随分と都会的というか、「高尚な笑い」との印象を抱いている。例えば植木等氏の映画を見ていると、ゴルフで社長の打った明後日の方向の球を澄ました顔でグリーンに置いてといった、如何にも使い古されたが如くのギャグが散見されるが、こちらがオリジナルであって余りに流用されたがために後年の我々が慣れて仕舞ったのだろう。ハナ肇氏の葬儀で植木氏が「今日でクレージキャッツは解散です」と宣言した光景は印象的だったが、矢張り氏の逝去を迎えた今日、クレージーは真に終焉したとの感がある。合掌。

3月26日(火) 淡々と  -政治・経済 - 政治-

d58.jpg 平成19年度予算が淡々と成立した。年度内成立は9年連続であるから全く驚くには当たらないが、閣僚の疑惑問題に明け暮れる委員会審議を見るに付け、嘗てであれば野党は予算を盾に全委員会をストップさせ、年度内はおろか暫定予算編成、更には予算書の書き換えまでに追い込むべく躍起になっていたであろうと思うと、世の移ろいの激しさには驚きを禁じ得ない。
 表はここ20年間の予算成立時期をプロットしたもので、予算成立が5月を越えたのは売上税導入が食言か否かで紛糾した87年、リクルート事件で竹下総理が退陣と引き換えに予算を通した89年、住専で野党が院内にピケを張った95年、6月までズレ込んだ94年は金銭疑惑で細川総理が4月に退陣し、羽田少数内閣が総辞職を前提に漸く予算だけは通したもの、と見事に大事が並んでいる。90年は2月に総選挙があったため6月となったが、今ならこの時期の総選挙は避けるべきとされるだろう。
 一方で面白いといっては不謹慎かも知れないが、86年以前は見事に4月を微妙に越えた時点での成立が続いており、93年に年度内成立した際には実に22年振りと大きく報道された。これは往時の第二位政党・日本社会党が予算の年度内成立阻止に血道を上げながら、自治労・日教組への給与改訂の成果反映が遅れることを避けるために、暫定予算に至らない数日間の年度跨ぎで成立させていたためであり、実に技術的である。予算が政治的駆け引きに使われなくなったことは野党が物分りが良過ぎるとの指摘もあろうが、民主主義の成熟を示す一定の成果ではあろう。或いは経済財政諮問会議による「骨太」システムが定着したがために、予算編成の焦点が前年の4~5月に前倒しされるとともに、予算の単年度主義が実質的に崩れつつあり、本予算そのものの価値が低下していることを示しているのかも知れない。

3月25日(日) 八百屋の長兵衛  -スポーツ - 大相撲-

d63.jpg 嘗て大相撲の八百長追求といえば週刊ポストのお家芸で、元十両四季の花に始まり、90年代にはNHKの解説で千代の富士の連勝をストップするのは誰かと問われて「ガチンコは大ノ国しかいませんから」と答えてブラウン管から追放された元関脇高鐵山の大鳴戸親方がその名もズバリ「八百長」との著書とともに一世を風靡したものである。その元大鳴戸が支援者とともに同じ病院でほぼ同日に亡くなった際には流石に背筋の寒い想いを禁じ得なかったが、その後も大鳴戸の弟子で国技館での引退興行が認められなかった元関脇板井が外国特派員プレスで講演を行うなど八百長疑惑とその追求は折に触れ浮上している。
 そして今般ポストに替わって主導権を握った週刊現代の報道は、中盆と呼ばれる八百長仲介の元締めが自ら顔出ししして証言するスタイルでない点に若干の弱みが認められ、だからこそ相撲協会も告訴に踏み切ったのだろうが、一方で現職の横綱という特定個人を主たるターゲットとしている点に特徴がある。では一体週刊現代は何を意図し、また如何なる結果を求めて追求報道を行っているのだろうか。
 嘗てプロ野球の黒い霧事件が摘発された際に、幾つかの試合では投手が敗退行為を試みながら結果として自球団が勝利して仕舞ったケースが指摘された様に、八百長行為は集団スポーツでは極めて成立し難いしレギュラー選手全員を買収するのではコストが大き過ぎる。逆に言えば一対一の競技においては当事者間の合意があれば可能だから成立し易い。勿論それが故に八百長が是認される訳ではないが、競艇等における敗退行為が公的賭博であるために即犯罪を構成するのとは次元を違えるのもまた事実なのである。実際に、人間の限界に迫るまで意図的に体重を増加させ、多くは中学卒業後入門し、引退後も業界に関わる職業を得られる人はほんの一握りという大相撲は、同様にといっては誤解を招きかねないがマッチメイクの妙など当事者の力量以外の要素が介在し易いボクシングにおいても現役として発揮出来なかった成果をジム経営者・指導者、或いは市井のレッスンプロとして活用する手段が残されているのと対比しても、余りに選択リスクの高過ぎる職業に他ならない。それが故に外国人力士の旺盛が目立つ訳だが、凡ゆる職業スポーツが第一に興行であることに鑑みれば、嘗て"大関互助会"が揶揄された時分、角番の北天佑が思わず前に落ちそうになり慌てて朝潮が掬い上げている、思わず目を覆わんばかりの光景が繰り広げられるならば兎も角、巧みな"大相撲"が演じられている限りにおいては過度に目くじらを立てて非難する必要性が何処にあろうか。例えば相撲が国際化し、五輪競技を目指すというのならば別の生き方もあろうかも知れないが、それは大相撲というわが国独自の伝統芸能を維持・発展させる結果には必ずしもつながらなかろう。大鳴戸氏も述べていた様に、八百長は強くなければ成立し得ない。即ち、ガチンコで戦っても到底勝てないと思わせる横綱だからこそ、安価でも事前に星を売った方が得と判断させるある種合理的な世界であり、弱い者が八百長で地位を保ったとしても到底投下資本に見合わぬ構造になっている。事実、かどうかは五里夢中だが、八百長の少なかったであろうと目される今場所においても矢張り番付通りの成績となっている。
 更に言えば、これも全くの想像でしかないが、元大関魁傑が審判部長として重用される様に、或いは貴ノ花親方があと少し智恵と協調性があれば当然に衆目の高い人望を集めるであろう様に、果た又一門同士の派閥抗争とは別途に、現役時代の高い番付にも拘らず必ずしも引退後の協会における地位を得られぬ人物も多いと見受けられるが如く、八百長の多かった力士かそうでないかは自ずと評価されるものなのである。世の中にはそっとしておいた方がいいこともある。

3月24日(土) みみりんに会いたい  -育児 - パパ育児日記。-

d57.jpg 京王百貨店にウルトラマンタロウ来訪と聞き付けて、この時勢に何故タロウなのか、若いメビウスやマックスは営業で出払っているのか、それともウルトラ40年の歴史を通じて年少者におけるタロウ人気は根強いのか、タロウのリアルタイム世代が丁度子育て期に当たっているかからなどと思いを巡らせ、しかしながら握手は先着30名なので1階入口から7階催物会場へ、導線確認にわざわざ2日前に下見に訪れるほど気合いを入れていたにも拘わらず、肝腎の祐旭が風邪で発熱では父だけでタロウに会う訳にもいかず、断念のやむなきに至った。
 ところが外出のままならぬ日に幸便に、こどもちゃれんじ4月号が届く。DVDを鑑賞するとしまじろうのチャレンジ園への入園に伴い友人構成も一新されているが、何よりも島野しまじろう氏に次ぐベネッセの看板スター、緑原みみりん氏の雌伏三年、満を持しての登壇が今般の特記事項である。しかも先月号ではわざわざ公園でみみりんの後姿を描き、「今度はあの娘も誘ってあげたいな」としまじろうに前振り(上図)させる程の念の入れ様である。すべからく人と人とは一期一会で出会いと別れは何時訪れるのか判らないという教訓か、或いは最初に会った際の関係が両者間においては一生を拘束するとの暗喩か、そこまで遠大な世界観を想起するのは恐らく考え過ぎだろうが、手の込んだ演出には違いない。
d56.jpg 一方でこれまでの友人達は一掃されるというのも世知辛い世の中ではあるが、家庭と公園等その近辺から幼稚園へと社会フィールドが著しく拡大されることに伴う環境の激変を無意識の内に乳児に体感させる趣旨かも知れない。しかしながらだとすると新たな疑問も生じ、4月号からこどもちゃれんじは3タイプに分かれわが家に届いた幼稚園入園版と保育園入園版では環境が一変しても不思議ではないが、幼稚園二年保育用版は如何なる契機でみみりんとの邂逅が訪れるのか。単にみみりんの転居で公園にて知り合うのか、果た又来年までお預けなのだろうか。そうなると同年同士の集まりで皆がみみりんの話題で盛り上がっている時に、二年保育児だけ「みみりんWHO?」では可哀相である。心配するほど致命的な出来事ではなかろうが、興味深いところである。ご存知の方がおられれば是非御一報願いたい。

3月21日(祝) 真夜中をぶっとばせ  -携帯電話・PHS - 機種変-

d54.jpg 夫婦揃って携帯電話が限界を迎えつつあるので2年余振りに更新を図ることとした。この間の大きな変化と言えば電話会社間の番号ポータブル制導入だが、同時に旧J-PHONEからの利用者としては二度目の身売りを経過したことである。
 ところがvodafoneに移行した際は契約形態に特段の変動はなかった筈だが、今般は制度が一新されているのみならず非常に複雑化が謀られている。取り分け新機を2年2ヶ月以上利用すれば旧来と同程度の価格で機種変更出来るという新システムは、煩雑な機種変更を防止するとともに顧客抱え込みを意図したものだろうが、購入代金は2年に及ぶ分割払いとなるため恰も携帯電話そのものの爆発的普及をもたらした94年の端末売切制導入以前の世界に舞い戻ったが如くの違和感がある。その上に虚偽記載スレスレの広告で物議を醸したホワイトプランへの加入をしつこく勧められる。ソフトバンク間の通話は無料とはいえ携帯電話でやり取りをする様な間柄でソフトバンクを使っている人は妻だけなので、確かに従来型の契約形態とどちらがお得かは一概には示すことは難しかろうが、判断を迷わせるが如くの料金体系そのものが不信感の端緒となるし、余りに熱心にホワイトプランを勧められると幾ら元巨人のロイ・ホワイト選手のファンであったとしても何か特別な誘因があるのではないかと勘繰りたくなる。
 更にであるが、妻の新機への電話帳の移管が誤っており、再度出向いて手続したところ、当方の旧機の問題であるとの趣旨を紋切り方に告げられたので、「そこはすみませんではないのですか」と申し上げた。客が怒るまでは積極的に謝るなと社員教育しているとは邪推したくないが、これなら幾ら継続使用のポイント割引があっても他社への乗換を検討すべきだったかも知れない。矢張りソフトバンクは野球に限るということか。

d55.jpg タイミングを合わせた訳ではないが、眼鏡も更新した。家では子供に放り投げれても支障のない安価かつ頑健な品を利用してきたが、昨年末に紛失して代替えするも、余りに安易に選択しためか頑丈なのはいいが重いし固くて耳が痛い。ところが幸運にも古いものが発見され一段落したのも束の間、勤続疲労で真ん中から折れて仕舞ったのである。結局この紆余曲折を経て再更新することとなった。定期検診で近見視力(50cm視力)が落ちていることが確認されたがための改変ではないのである。看護士の方に「それは老眼ということですか」と尋ねても笑顔で何も答えては呉れなかったが。

3月20日(火) 新しい車とキャビア  -趣味・実用 - 鉄道情報-

d48.jpg 地下鉄の改札機に「調整中」とシールの付されたIC受信機が日に日に増殖していく姿を視認する度にPASMOの到来近しを体感していたが、印象的だったのは過日池袋を訪れた際、西武百貨店前の地下という場末っぽさを大いに醸し出す空間において、チアリーディング風の衣装に身を包み臍出しルックの女性達が踊りに明け暮れている一寸もの悲しい光景で、大々的に窓口が並べられているプリンスカードの宣伝かと見紛いそうながら、それがPASMOギャルであると気付いた瞬間であった。
 PASMO誕生とともにSUICAとの共同運行も始まったので利便性は著しく高まったが、不思議なのはこれまで分割を余儀なくされていた私鉄定期との一元化を声高らかに推奨しないことである。従来の磁気定期を有していながら間違えてSUICAで地下鉄・私鉄に入場して仕舞ったという苦情が相次ぐことが当然予想されるので、混乱を避けるためには寧ろインセンティブを付けても切替を促すべきではないかと思うのだが、実際には払い戻し手数料がかからないのは当然としても、改めて一体型定期を購入する形になるので例えば六ヶ月定期が半分残っていたとして、当初期限までの利用のみが想定されるために三ヶ月定期を購入するとなると割引率の微妙な差異で損をすることになるのである。
d53.jpg しかし一方で、高円寺から大手町まで赴くのに中野で東西線に相互乗り入れするために当然改札はスルーすることになるが、従前は窓口で中野~大手町間の190円を支払った上で、SUICAの出場記録は証明書を貰って別途JRの駅で手続をしなければならないという面倒臭さがあった。これが新制度によりSUICAで自動精算されるのみならず、四谷経由永田町までの定期券を有しているがために永田町-大手町間の金額160円だけと算定される恩恵にまで預かった。高円寺の入場記録と大手町の出場記録しかないのだから明らかに四谷経由の乗車ではなく、他にスルーで大手町まで辿り着くルートは考えにくいので190円徴収されても文句は言えなかろうが、このケースはJRのチラシ「Suicaでご乗車の場合の運賃計算について」にも記載されていないのでどのルールが適用されたのか判然としない。しかしながら定期の一体化にはここに大きな誘引があることを、PASMOのお肩棒を担ぐ訳ではないが宣伝しておこう。

3月19日(月) 牧場の母  -育児 - パパ育児日記。-

d51.jpg マザー牧場を訪れるのは都合三度目になるが以前二回は夫婦二人、厳密に言えば婚前と婚後なので5年に一度位のスパンになる。マザーというくらいだから基督教と関係があるのかと思ったら、産経新聞の創業者・前田久吉氏が亡き母に捧げる意図で命名し、同じく前田氏が社長を務めた東京電波塔、即ち東京タワーが現在も所有しているとは意外な事実であった。
 勿論今般はそんな歴史探訪を企図したのではなく、幼稚園入園を控えた長男・祐旭に「初めての苺刈り」を体験させようとの狙いである。マザー牧場の苺菜園は立ったままでも刈り易い様に棚の斜面に苗を配した"立体型七段式水耕栽培"という、ハトヤの三段逆スライド方式も吃驚な大仰なネーミングのシステムを採用している。苺というものは背の丈よりも高く空中になると誤解を招かないか若干の危惧は残ったが、大人一人300g持ち帰り制でビニールハウス内での試食は一名三個までという規制下に乳児をコントロールするのは勿論不可能で、バクバク食べ漁っていたのはご愛嬌で許して貰おう。本人は非常に楽しそうで所期の目的を果たすことが出来たのは幸いであった。
d52.jpg 加えて昨日購入のD40の早速の初屋外撮影には絶好の機会であったし、動物園ではないので興行時以外は必ずしも各動物が人目に露わな状態とは限らず、触れ合い満願成就とはいかなかったが、牛馬や羊との遭遇は実現し程よい実践学習となったであろう。難を言えばアクアラインが開通して非常に短絡されたもののICを降りてから山道の走行を余儀なくされたことだが、本年秋には館山道が延伸されるのでより簡便になろう。次回訪れるのはまた5年後位かも知れないが。
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