コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

2月27日(火) 薬膳の効用  -グルメ - -

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台湾海鮮(築地)/天香回味(赤坂)
 鍋がふたつに仕切られその左側には唐辛子が浮き刺激臭を漂わせている。一方、反対側は穏便な色合いだ。お好みで両方を混ぜ合わせてと薦められるが、辛い方が話のタネにもなる上に薬効がありそうだし、陳麻婆の中盆を平らげて仕舞う性癖とも相まって、思想とは裏腹にどうしても左傾して仕舞う。恐らく多くの人物が鍋を前に同様の思考に囚われるのだろう、明らかに左側の汁の減りが早い。
 しかしこの道は何時か来た道で、
昨年政府高官に推奨され賞味した台湾鍋と寸分違いない。ところが今般の題目は「蒙古薬膳火鍋」とはこれ如何に、と訝しがっていたら程なく説明員が到来された。正式にはモンゴル由来の料理で、台湾で人気を博して日本に輸出されたというのが正解らしい。解説を施して呉れた店員氏には感謝したいところだが、丸で機械の様に注釈が次から次へと溢れ出て、最期まで言い終わらない限り決して無罪放免決にはならない勢いで、この点も台湾・モンゴルとも同様である。確かに汁は非常に美味だが、中身はサトイモやらキャベツやらで特段高価な具が入っている訳でもないし、最期はラーメンで〆るので、注釈がないと有り難味が薄れるのだろう。

 非常に美味だったのは良かったのだが、おかげで本日は腹の調子が今ひとつである。しかし今日は薬膳が確実に影響しているのだろうが、総じてこのところ下り気味で、しかも便器一杯に便が飛び散ることが多い。妻から排便方法がおかしいのではとクレームを付けられるが、特段アクロバチックにウンコをしている訳ではない。このところ食べる量を減らしているが故に軟便化し痩せる前兆であれば喜ばしいが、術後六年余を経て肛門が緩みつつあるのだとしたら大いに問題である。執刀医に「10年は大丈夫なので異常が発生したらまた来てください。その時私はいないと思いますが。はっはっは」と太鼓判を押されたのか煙に巻かれたのかよく判らない指摘をされた記憶が今になって甦る。氏と私の肛門とどちらがよりご健在なのだろうか。

2月26日(月) 人は育つ  -スポーツ - プロ野球-

d28.jpg 渦中の中村紀洋選手の中日入団が決まった。本来、規定以上の年俸減提示に対して自由契約を要求することは選手の正当な権利である。しかしながら年明けまで交渉を継続したからには退団の意志は少なかった筈であり、代理人との意思疎通の問題こそあれ、各球団とも戦力補強の完全に終了した1月になって巧みに交渉打ち切りに誘導したかの如きオリックス球団の姿勢は責められて然るべきであろう。ただ不可解なのは今回の経緯は兎も角としてここまで話が拗れたのは、中村選手の野球能力の評価や怪我の回復度合いのみならず同僚との親和性や外面的な態度に諸所の課題が認められたからであろうし、だからこそ他球団も現場からは戦力として評価する声があがっても即座にフロント側が獲得の可能性を否定するなど断固採用しない姿勢を示すことで、言わば"お灸を据える"効果を、非常に直裁に述べれば見せしめを企図していたのだと思われる。そして恐らく偶然の一致に過ぎないのだろうが、嘗て大洋球団の中山投手が猥褻行為で解雇された後、2年を経て打撃投手として採用しシーズン半ばの6月に至って支配下登録した経緯と、スタッフと育成選手という制度創設に伴う相違こそあれ極めて似通った形で、同じく中日球団が善意で手を差し伸べるべく振舞う役割を演ずることになったのは、落合監督と中村選手の個人的な縁といった要素を除いても、奇妙な既視感に囚われる。
 それにしても今年は契約交渉の縺れが多く報道された。交渉前に他の選手に提示額が伝わっていたというのは論外の球団側の不手際としても、交渉者が欠伸した、携帯電話が鳴った、日程を延期したと不満を述べては大仰に会見して保留と年俸上げの材料とする選手側の姿勢も余り美しい光景ではない。年俸が選手の最大の評価指標であることは間違いないので、双方意を尽くすまで遣り取りを重ねるのは決して悪いことではないが、もう少しスマートに演出する工夫をしてもよいのではないか。

2月25日(日) 冷たく冷やして  -ライフ - 家電・パソコンパーツ-

d26.jpg 一般的にいわゆる「三種の神器」の寿命は10年程度と言われるが、これを裏付けるかの様にわが家の冷蔵庫も11年目を迎えた今年に入って眼に見えて効きが悪くなってきた。少なくとも飲料や野菜が少々生温かろうが致命的ではないが、積み上げられた冷凍品が上から溶け出すとなるともう一刻の猶予もない。そこで躊躇い無く更新することとしたが、電器店には非常に立派な金額の商品が並んでいる。勿論省エネ度合いでランニング・コストに響くのだろうし、自動製氷システムに若干惹かれるものはあったが、別に飲食店を開業する訳でもないし、高額だからよく冷えるというものでもあるまいとシンプルな6万円円台の逸品に決め、無事本日到着したのである。技術革新により壁面が大幅に薄くなったのだろう、若干臥体が大きくなっただけで内容量は1.4倍程度になっているし、何となく冷えが鋭くなった感があるのは御愛嬌かも知れないが、如何に旧機が弱っていたかを実証してもいよう。
 ところで妻とよく話すのだが人には長年の間に構築された固有の価値観があり多くの場合それは経験則に拠るが、根源的に体に染み付いた事象の多くは親の躾に基づくものが多い。例えば妻は冷蔵庫のドアを開け放すのは生理的に受け付けないが、これは果たしてドアの開放により冷蔵効果が低減するという効率性に依拠した判断ではなく、妻の母の教えに他ならない。確かに義母の冷蔵庫の高速な開け閉めはさながら軽業師の如くであり、妻はコンビニでアイスクリームを購入する際にも実に手際よく種別の選択を行い窓を閉じて仕舞うので同伴者には判断時間が不足する。一方で私は過度に煩雑な開閉は却ってパッキンを傷める恐れがあり、少々の時間であれば寧ろ開け放したまま処理した方が合理的と考えそれを実践してきた。これはこれで閉め忘れるという大きなリスクも抱えているのだが、繰り返すがこの比較考量によって確立された冷蔵庫は可及的速やかに閉じるという価値観が左右される余地はない。だから今後も互いに理解しながらも冷蔵庫開閉に伴う小さな軋轢は決して消え失せることはないのだが、同時にこの程度の価値観の相違が特筆される程同質的であることを喜ばしく思う。

2月24日(土) 戦い  -政治・経済 - 選挙-

d27.jpg 私が1歳から9歳までを過ごした横浜市緑区青葉台一帯はバブル目前の"金妻"時代に一躍高級住宅街と化し、今では緑区から青葉区として独立する程の隆盛を誇っているが、往時は渋谷に出るにも一苦労の片田舎に過ぎなかった。必ずしもその縁という訳でもないが、もう5年以上横浜関係者の勉強会に参加しており、2月に1回土曜日に行われる研修会には湘南新宿ラインの誕生で相当に緩和されたとはいえなお残る物理的な距離感から必ずしも精勤していない不真面目な会員ではあるが、一昨年の万博やその前の年には浜名湖花博へのアテンドを担い、その直後に要人を花博にお連れすることになり望外の貴重な「下見」と化したこともあった。
 して本日、用賀で所要を済ませた上に例会に赴いたのだが、通常の集まりと異なったのは場所が青葉区市ヶ尾に変更されたことで、それは毎度お骨折り戴いた会の主催者が来るべき4月に向けて活動を展開されているからに他ならない。氏は実にこまめに会の運営に尽力され、それは地理的に部会者である私に取ってもここまで配慮戴けば同会に何等かの貢献は為せねばなるまいと首肯させるに充分な気配り振りであった。所詮人の出会いは袖振り合うに端を発するのだとしても幾重に袖を交わしたかによってその深度は如何様にもうつろう。折角縁を戴いたからには可能な限り尽力したいと思うし、青葉区にお住まいの方がおられれば一報お願いしたい。

2月23日(金) 三台目にはそっと出し  -写真 - デジカメ-

d23.jpg 昨秋カメラを更新したにも拘らず早くも新作である。勿論カメラ収集が趣味ではないからわざわざ購入した訳ではない。目出度く労働組合を"卒業"したのに伴い組合からお祝い品リストが送られてきて、こんなことに金を使うなら高額の組合費を少しでも値下げして欲しかったと真剣に憤りそうになったが、ヤミ米を口に入れず餓死した山口判事の如き気概もないので有り難く頂戴することとした。しかしながら謎の絵画であるとか、地上派デジタルの付いていないDVDレコーダー、旧式のビデオカメラ、電子辞書など品目が少ない上に微妙に実用性の低い賞品のオンパレードで、戴けるモノに文句を付ける筋合いはないが体よく在庫一掃に活用されているのだろうと容易に想像が出来る。結局選択したのがCASIOのEXLIM Z-70、ということでコンパクトデジカメばかり三台併用という世にも奇妙な物語が成立したのだ。
d25.jpg 元々FUJI-F10がISO1600対応で暗がりに強いのがウリだった半面、フラシュが強烈過ぎて顔が白飛びしたり、屋外でも比較的ノッペリした画面に感じられる特性に加え、ズーム時にレンズに影が生ずる不具合が発生したためにRICOHのR4を追加したが、7倍ズームや屋外撮影には満足出来るもののとくに室内での集合写真など弱点を露呈したために、両者の併用を余儀なくされていた。そこで飛んで火に居る冬の虫のZ-70は総じてアンダートーンでこれ自体はホワイトバランスを上げれば解消出来るのだろうが、未だ掴み所のない印象である。
 当面は退役迫るF10はゴルフ等乱雑な用い方をする際に限定し、新参2台を持ち歩くことになりそうで、写真にある様に台を追う毎に体積・重量が文字通りコンパクト化されていることが救いと言えようか。このままだと何れデジタル一眼レフに手を染めて仕舞いそうである。

2月22日(木) ここは警察じゃないよ  -株式・投資・マネー - マネー-

d22.jpg 従前、企業の出張族は溜まったマイルで近場の海外旅行くらいは当然の役得に過ぎなかったが、世知辛い現代社会において航空券は企業による直接契約に切り替えられ、余禄に預かる機会は殆ど失われた。それはそれで止むを得ない措置ではあるが、独自に手配を行わざるを得ない出向者の強みで、幸いにも未だ数少なくなった社用族の恩恵に預かっている。しかしながら乳幼児2名を抱える身の上では早期の日程確定を必要とするマイレージそのものの利用はなかなかに難しく、少々効率は落ちるとも行き着く先は電子マネーへの変換が妥当な措置になる。
 そこで期限も迫ってきたので今般初めて電子マネーEdyを取得し、更に使用してみたのだが、特定のコンビニ・チェーンで変換も出来るし、一業種一社とはいえ大手量販店での使用も可能なので著しく不便ではない。にも拘らず氷解しないのは、この電子マネーに如何なる利便性が存在するのかという単純な疑問である。
d21.gif JR東日本のSUICA、或いは間もなくSUICAとも共同運用の始まる私鉄各社のPASMOの類であれば、切符を買う替わりに、或いはプリペイドカードを挿入する替わりに、財布に包まれたままに改札口に触れるだけでゲートを通過出来るという実に明快なメリットがある。一方で意図的に普及を促進させるのならばキャッシュレス化という点で等しいETCの様な割引が考えられるが、そこまでの社会的意義には乏しいし、汎用が進み利用店舗が拡大すれば逆にポイントカードの如き顧客囲い混みの利得も薄れる。生き残りの道としては銀行取引を介さない決済システムとの連携くらいかと思ったら、既にヨドバシカメラの店舗でも新ヨドバシ・カードに自動的に附設され、大々的に宣伝が行われているSONY系の「eLIO」と既に提携、というよりは包含されているらしい。なればこそEdyの端末はひっそりと、半ば存在感を抹消されたが如く、わざわざ店員氏に「Edy使えますか」と聞かない限り登壇してこない日陰の存在と化している。例えおサイフケータイになったとしても財布がカード1枚分薄くなる以上の大きな効用は望み難いだろう。まさにこれでは「エディはここにいないよ」と返答されても文句は言えまい。

2月21日(水) 幼児の品格  -テレビ・ラジオ - ハケンの品格-

d24.jpg HDDR効果かこのところドラマをよく見ているが、「ヒミツの花園」の様に馬鹿馬鹿しくも気軽に楽しめるものは、偶々TVの前に座っていたら見ようとのスタンスである。一見すると「ハケンの品格」も同工に映り、ややもすると製作サイドは単に荒唐無稽なエンタテインメントの積もりで番組作りを行っているのかも知れないが、番宣にはしっかり「今や彼女(達?)なしでは企業は成り立っていきません。いま『正社員イズベスト』の時代は終わろうとしています」と記載され、しかもヒューマンソリシアとテンプスタッフがスポンサーに付いている。ということは深読みすれば正社員を増加させることの難しくなった古式ゆかしき大企業と、商圏拡大のためにも派遣並びに派遣業そのものの地位向上を図りたい雇用就職産業双方の思惑に則った慰撫宣伝の一環と看做すことも出来るのではないか。意図的に派遣社員業が美化されるのを危険と解釈すべきなのか、雇用形態に関する戦後わが国の漠とした一般認識を改変させんが為の有用な一策と受け止めなければならないのか。所詮テレビと笑って見ていられる内が花ということか。

d20.jpg 祐旭は毎週水曜のプレ幼稚園で「哀歌」を熱唱した上に、「お母さんが好きな歌なの」と力説して勝手に母を平井堅ファンに仕立て上げていたらしい。ここまでなら単なる歌唱フリーク乳児に過ぎないが、続けてフルコーラスを完唱したのが「君が代」と聞いて、折りに触れ風呂で唄って聴かせた甲斐があったと感慨に浸って仕舞った。近隣の基督教系でなく、神社経営の幼稚園を選択したので思想的に白眼視される恐れもなかろうし、プチ・ナショナリストとして今後も歌い続けてほしい。

2月19日(月) 来たのは誰だ  -スポーツ - ゴルフ-

d18.jpg NIKEの正規カバーが硬くて不評なのを受けて代替に注文したウルトラマンは余計に入り難かったにも拘らず、以前紛失した11W用にバルタン星人もと無駄な追加投資を誘発して仕舞った。もうこれ以上クラブ漁りで手の打ち様も無くなったからという訳でもないのだが、ヘッドカバーで幻惑作戦とは情けない。
 それでも藁にもすがる思いが通じたのか、本日は距離の短いコースとはいえ先週の汚名は挽回し110強と可もなく不可もなくの成績に回復した。まだアイアンは復調も得意のウッドでシャンクしたりと試行錯誤が続いてはいるが、少なくともアプローチが安定したのは天に祈りが通じたのみならず、前々日に練習場に足を運んだ成果だろう。長らく浜田山をホームグラウンドとしてきたが電車かコミューターバスで往復すると半ば半日仕事で乳飲み児二名を抱えてはどうしても足が遠のきがちだった。しかしながら長男の入園を前に自転車を導入したことから松ノ木ゴルフ練習場に転向してみたところ、バスではあれ程不便だったのが嘘の様に僅か15分程度で到着、9時過には家に帰還出来る好都合とは灯台下暗しではなかったか。練習そのものは目が覚める様な当たりが飛び出した訳では決して無かったが、練習で開眼したと思った時ほど例えば脇を締めるとか、ハーフショットとか実戦ではピンポイントの修正部分を過剰に意識して失敗に終わる例が多いだけに、却ってもやもやとした状態のまま4箱打ち尽くしたのが良かったのかも知れない。
d19.jpg 勿論、今回もグリーン周りでトップして行ったり来たりも再三見られたし、池に気前よく放出もしたが、今後も嘗ての毎週には遠く及ばずとも練習場通いを増大出来そうな可能性と、練習は人を裏切らないという実証が微かにでも得られたのは朗報であった。シュワッチ。

2月17日(土) 夢のデパート  -政治・経済 - 経済-

d17.jpg わが家の最頻来訪百貨店は圧倒的に新宿高島屋である。96年に誕生し総会屋問題で疲弊した高島屋再建の祖ともされた同店は三越がテナント貸しのドンガラと化した現在において、電鉄系でない所謂古式ゆかしい百貨店としては、伊勢丹をどう扱うかで論の分かれるところではあろうが事実上新宿唯一の存在であり、コンサバ家系であるわが家としては自然に足の赴くお買い物先となっている。
 ところが本日訪れると売り場の大半はベニヤに覆われ、レストランは殆ど閉まっている状態で、スワ朝の一面報道「大丸・松坂屋経営統合」の霊験あらかたかと錯覚に陥ったが、新宿店も一時の勢いなく伊勢丹に水を開けられたため百億円超を投じて大改修に臨むのだという。しかし半ば開店休業状態では顧客にとっては非常に迷惑で、大規模に告知するか思い切って全面休業にして貰いたいところだが、業界一位の座をみすみす奪われる事態に直面する中、そんな悠長なことも言っていられないのだろう。
 大日本麦酒復活やエディオンとビックカメラではないが、業界毎に企業統合が進んでいく過程は、或いは設備、雇用、債務の三つの過剰が解消しつつあるわが国経済構造の必然的な次たるステージであり、百貨店業にもその波が押し寄せてきたという証左なのだろう。一億総スーパー・コンビニ化に堕することなく、中元・歳暮における包装紙のブランド・イメージにこそ価値を有する、流通大手というよりは文化的存在に変幻したデパートメントが生き残りを図るためには越えるべからざるハードルなのかも知れない。

 iPod導入も叶わず歌謡曲評論家復興計画は、結局カウントダウンTVを毎週欠かさず録画して見るという極めて地道な作業を端緒とすることに落ち着いた。従って、再びCDシングルを借りてダビングする原始的手法に回帰し、新宿TSUTAYAでレンタルとなると翌朝返却という訳にもいかないので存外に金銭負担が大きく、矢張りダウンロードを模索すべきではと頭を悩ませたのは余談としても、同時に余りにヘビー・ローテーションで聞かせ過ぎたためかヤマハ音楽教室とウルトラ音楽集以外に受け付けなくなって仕舞った祐旭に、普通の音楽にも触れさせたいとの意図もあり、無理にCDTVを見せたところ存外に興味を示したのが平井堅の「哀歌」であった。
 そこで改めてCDを借りてくると「ぽんぽんなって、そのてで~って唄ってるの」と解説して呉れる。確かにPVでは全裸、ではなかろうが平井堅が腹を見せて唄っているので的確な注釈なのだが、乳児の心を捉えたのは覚え易いメロディーか、歌唱力か、映像の強い印象か、矢張り男性を魅了する何かを秘めているのか。

2月15日(木) と日記には書いておこう  -ブログ - ブログ紹介-

 私が数多いブログ提供システムの内からこのFC2を選択したのは偶々既にブログを開設していた友人に肖ったに過ぎないのだが、無償にも拘らず概ね満足出来るサービス内容であると感じている。ただ一定時間を経過するとパスワードを再度入力せねばならず、それはセキュリティ上の対処としてやむを得いとしても、問題は一旦保存する前の状態に戻って仕舞い、折角書いた文章が全て水の泡と化す大きな問題が存在したが、恐らく苦情が多かったのだろう、今般の更新で無事解消された。未だ唐突に円マークが挿入されるなど完璧とは言えまいが、絶えず改善を期す姿勢は多としたい。
 この「コラム堀内一三」も五年目に入ったが、昨年初にhtmlのコラム形式からブログ・スタイルに移管して圧倒的に単回当たりの分量が増えている。それは所謂"ブログ"を意識した半ば意図的な変貌ではあるのだが、一年余を経て実感するのは、執筆者にとってブログの意義は文章を書く鍛錬であり、常に好奇心を充満させる意欲惹起であり、自己顕示欲の発露でもある訳だが、何よりも沸々と沸き上がる思いに駆られてペンを取るというケースは当然希で、恐らくはブログという形で執筆する必要性に迫られなければわざわざ自らの考えを取りまとめることは無かったであろう様々な事象に対し、その時点での思考を無理にでも読み物として成立し得る範囲で記録として残し、かつその為には各事象に付き最低限の知識は調査なりして習得せざるを得ないという強迫観念の効用である。
 ほぼ1年前に私がホームページ作成の途に就いたのは、ふと私がPR局長というものを生業にしていた時分にこのような手段が存在すれば、利用していたに違いない、との思いにかられたことが発端と言えば発端である。
 果たして「AIESEC」で検索してみると主だった委員会は頁を掲げており、成程何時の世も人の考えることは大して変わらないと得心したが、さてこの様子では身近な関係者が次々と頁を立ち上げる日もそう遠いことではあるまい、私もバスに乗り遅れてはならぬと一念発起した次第である。
 あれから1年、私の懸念は杞憂に終わったというか、果た又そんな物好きはそういないと言うべきか、個人で頁を作りましたという方にはトンとお目にかからない。実際、殆どロハで出来る、こんなオイしい手段を見過ごす輩はいまい、と冗句でなく思っていたのだから、矢張り私には「広報」の職が似合っているということだろう。
 度々の引用になるが、これは当ブログの"本体"である私の大学時代に属していたサークル「AIESEC」の同時代メンバーの、その後の足跡を追ったHPが発足約1年を迎えた97年夏時点での文章を、累計アクセス五万を迎えた00年1月に回想して引用したもので以下、今(平成12年)は漸く時代も追いついてきてHPも増えたが肝要なのは継続との手前味噌の感想が続く。しかしながらそれから更に7年を経て、技術的な簡便さとともに日記という主題の取っ付き易さも相俟って1億総ブログ化時代と言っても過言でない平成19年の世になってみると、最早継続性だけでは埋没し内容そのものの問われる時代となったと言えよう。ブログを書けるのも暇が故、とは言うなかれ。
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