コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

1月30日(火) 窓の眺望  -コンピュータ - Windows 全般-

c997.jpg 話題のWindows Vistaが発売された。これまでの改定に比べ装丁は確かに一新されているが3.1から95になった際の様な変貌はないし、今更大きく変えられても困ろう。実際に細かく触れてみなければ判らないが、iPod-iTunesにすっかり水を開けられたメディア対応を充実させているなどは容易に想像出来る。
 しかし丁度この日に符丁を合わせた訳でもなかろうが、年末より加療休養中であった会社PCが先週漸く帰還したにも拘らず再び動作不調に陥り頭を抱えた。というのも先回outlookの予定表で検索をかけたら固まって仕舞い、それ以降何度outlookを起動してもすぐフリーズしてメール一本読むのにひと苦労、返信するのは更に困難という状況が現出し、慌て会社に持ち込んだらHDD交換の大事になって爾来一月身を清めて改めて興し入れしてきたにも拘らず、再び全く同じ現象が生じたのである。web上を漁っても同様の症状は殆ど記載されていないし、データが多過ぎたかと受信トレイ修復ツールを試してみても破損は見受けられない。会社の"ヘルプデスク"氏に頼っても結局outllokの「個人用フォルダ」を作り直すしかなく、一度持ち込んで下さいとのお沙汰である。ここに至ってどうせドック入りせざるを得ないのであれば壊して元々と腹を決めoutlook.pstを削除して他のpstファイルに充て込んだところ、何故か「個人用フォルダ」-outlook todayが二重になったが無事機能回復したのである。所要半日、復旧したから良かったものの会社PCでなければとても怖くてファイルを削ったり出来なかったし、そもそも偶々HDDに少々の不備が発見されただけであって先のオーバーホールも必要なかったのではないかとの疑念も湧いてくる。企業の独自ソフトもあるので会社OSはWindows2000で止まっているにも拘らずこの状態では、ブラックボックスになったソフトの怖さと同時に矢張りVistaも安定するまでは当分様子を見た方が良かろうと思い直した。何よりもわが家の98マシンはCD-Rへの書き込みが2倍速と極端に遅いことを除けば十分現役で耐えられる範囲なのである。おかげでiPod導入による歌謡曲評論家復興計画はまた遠のきそうではあるが。

1月29日(月) さらば清国  -スポーツ - 大相撲-

c996.jpg 名門・伊勢ケ浜部屋の消滅が現実のものとなった。既に昨年12月に前親方の元大関清國が定年を迎え相撲協会理事も務めた前若藤親方(元幕内和晃)が暫定的に継承していたが、引き取り手なく一門に吸収されることとなった。その一門名自体も既に「立浪・伊勢ケ浜連合」から「立浪一門」に改称されて仕舞ったし、報道自体は淡々と綴られているが、清國が後継者選定を渋っている内に落城したという方が正鵠だろう。よく指摘されている通り、清國は名大関の誉れも高く元横綱照国亡きあと伊勢ケ浜部屋を継承し、元安念山の前立浪親方とともに一門の総帥として78年から18年に亘り理事の重責を担うなど相撲協会を背負って立つ人材のひとりと目されていたが、85年の日航123便墜落で妻子を亡くすという悲劇に見舞われ、再婚後の余り芳しくない行状が身上潰させて仕舞ったとされている。何時の日か再起をと期待していただけに非常に残念だが、人間は矢張りそれほど強い生き物ではないのだろう。

 2008年北京五輪日本代表監督・星野仙一氏に続き三人のコーチ陣も正式に決定したが、アテネ中畑ジャパンから続投の大野投手コーチこそ順当とはいえ、田淵氏・山本浩二氏の同級生二人の入閣には驚いた。勿論星野監督が采配を揮い易い面子構成が望ましいとはいえこれでは投手コーチ二人に打撃コーチ二人でアンバランスではないかと思っていたら、山本守備・走塁担当で二度驚いた。確かに若かりし頃には俊足好守の中堅手だったので田淵氏に走塁を指導されるのに比べれば形にはなろうが、失礼ながら広島監督としての迷走振りに鑑みるに三塁コーチャーズボックスでの振る舞いは不安が残る。大物揃いになる野手は気持ちよくプレーさせられる明るい指導者であればそれで充分という判断か。

1月27日(土) 梯子をハシゴす  -育児 - パパ育児日記。-

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中野区栄町公園/丸太公園
 延期に追い込まれた公園行が七日振りに具現化し中野区に赴く。折角目新しい地に舞い降りたにも拘らず祐旭は砂場で山を作っては固めて壊す、の繰り返しでこれでは別に何処の公園でも一緒だったが、父が巧みに幅広滑り台に誘導すると斜面を昇るために敷設された鎖や柵を用いて昇降を楽しんでいる。して小1時間も遊んだだろうか、余り遅くなっても困るので方南通りを西下し丸の内線中野車庫を見学してプチ紀行を終えようと企んだところ、何となく高台から居並ぶ車両達を見下ろす光景を想像していたが、実際には格子越しに赤いラインを垣間見る程度で満喫して大人しく帰路に付かせるには程遠い。やむを得ず善福寺川に沿って足の向くまま辿り着いた丸太公園を覗くも傾斜地を巧みに利用した公営としては出来過ぎのアスレチックが非常に蠱惑的ではあったが、流石に三歳児にはまだ早い。それでもまだ帰りたくないと主張するので、丁度区境を挟んで対面する杉並区和田公園に改めて居を据え、再び滑り台に戯れる公園巡りの旅となった。
c993.jpg 円形だったり丸太だったり異形の階段も祐旭は巧みにクリアしており、クライン教授も吃驚の成長振りを発揮していたが、再三述べている様に中野区の公園は水遊び系に秀でているので砂場の砂質もよく練れている、というのは流石に思い過ごしにしても遊具も充実している印象があった。しかし和田公園と比較する限り杉並も特段引けを取ることはないようで矢張り他人の芝生の類か。ということで次回は阿佐ヶ谷方面を攻めたい。

 久々にウルトラマンメビウスを見る。今回はウルトラマン80の後日譚で「ER」中期以降におけるGクルーニーほど大物ではないが最期に長谷川初範が満を持して登場する。ネクサスで仮面ライダーに倣って大人向きに難しくしてソッポを向かれマックスで痛快活劇路線に回帰したものの、遂にメビウスでは"ウルトラ兄弟"の設定に番組開始当初から全面的に頼り切り、殆ど遺産で食べている感がある。財布の紐を握る親世代を主たるターゲットにするのもマーチャンダイジング上やむを得なかろうが、これでは次回作が成立するのか心配だ。

1月25日(木) CSのCS  -テレビ・ラジオ - TV-

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 "スカパー"の受信機を購入したのは旧PerfectTV!が開局直前のJスカイBを吸収合併し両放送対応機が出始めて間もなくだからもう8年以上前の話になろう。往時は多チャンネル化の黎明記で商社連合のパーフェク、乗っ取り劇騒動でTV朝日の大株主が旺文社であったことを世間に知らしめたマードック+ソフトバンクのスカイに加え、米ヒュースとTSUTAYAが組んだディレクTVも参入したCS(通信衛星)業界は混沌としていたが、今やBSデジタルとアンテナを共用し、かつ多くのTVでチューナー機能も標準装備されたスカパー110に移行しつつあり、冷暖房機の配管口の粘土で埋め戻された部分を穿って自らアンテナ配線しなければならなかった旧スカパーは時代の遺物と化しつつある。
 それでも決して安くはない契約料に見合うべく充分に視聴していればまだしも、子供がしまじろうやアンパンマンを見るほかは思い出した様にゴルフチャンネルとゴルフネットワークにチャンネルを合わせるくらいで、大半は無用の長物と化しているのだ。そこで契約見直しも企図し果たして自分が如何なるパックに入っているのかを確認しようとしたところ、HPのカスタマーサービスに入るのにパスワードが必要で、申請してチューナーに送られてくるのを待たなければならない。ここ迄でも既に面倒なのに待てども暮らせども送られてこないではないか。やむなく電話をすると散々待たされた挙句に個人情報なので教えられない、もう一度受信機に送信するの一点張りである。確かにパスワードが判明すれば住所氏名等基礎登録情報も判明するので厳密な管理は必要だが、それが届かなかったから電話しているのである。結局数日後には送られてきたので受信機からカードが外れていたなりこちらの不備だったのだろうが、余りに杓子定規というか個人情報保護を隠れ蓑に本人確認の面倒な電話問い合わせを封殺する魂胆があるのではと疑って仕舞う。或いは迂闊に回答するとそれを以て管理が杜撰だと文句を付ける個人情報監視団の如きうるさ方が存在するのか、それ程情報漏洩事例が多いのか。
 腹は立ったが契約を確認すると私の入っているのは既に消滅したパックで現在は概ね同額でより幅広のプランがあるためそちらに移行した。大分とチャンネルが増えてひとつひとつ確認するだけでワクワクしたが、恐らく今後も大して見ないことに変わりはなかろう。結局策略に嵌っているのだ。

1月23日(火) 窓を開ければ  -テレビ・ラジオ - CM-

c990.jpg 映像・画像に対する感応度は人それぞれに異なるらしい。例えば間違い探しの様な例に留まらず、暗算の速度等も画像ソフトがキャプチュアするが如くに画像を画像のままに脳内に収容出来るかに左右されることもよく指摘されている。その段から述べると私は映像に強い質ではなく、TVドラマにも一定の造詣は有してはいるとはいえ寧ろ後付けで活字媒体から獲得した情報が少なくない。それ故にCM談義になると必ずしも記憶が賄えず困惑に陥ることも少なくないのだが、その私でも近頃著しく目に付くのがwebにおける検索を促す、所謂「検索窓」を設けたTVCMである。
 登場仕立ての頃は如何にも突飛で思わせ振りなキーワードで興味を引くというキワモノ手法だったが、猫も杓子も採用し始めてからは企業名や商品名そのものをストレートに検索させる、捻りのないスタイルに移行しつつある。これからデジタル放送化がより進めば文字通りTV上で別画面を開いて検索先に切り換えることも可能になろうが、そこまで要求されなくともTVとネットの融合の一形態であることは間違いない。ただ時間の限られるTV広告はよりイメージ重視、曖昧な情報提供に留め興味をそそって検索に誘導し詳報はweb上でという棲み分けが謀られるのかも知れないが、それは自ら首を絞めているというか、TVがネットメディアに兜を脱いだ証左であり、CFが「タケダタケダタケダ」の認知度向上のみに専念する世界に回帰せざるを得ない脆弱性を露呈したとも言えなくない。

 月に2回程度は神保町に本の買い出しに出向いているのに、漸く三省堂カードに入った。購入前に新規入会すると宣言したにも拘わらず、「クラブ三省堂カードはお持ちですか」と詰問されたじろいだ。妻が安売り紳士服店に私のスーツを引き取りに行った際、「ご試着なさいますか」と聞かれて店員氏と顔を見合わせたのと同類で、口癖になっているということだろう。思索を経由しない反射脳の域にまで到達しているのは職務に忠実とはいえ少々恐ろしくもあるが、私も嘗て家の電話に無意識に「広報部です」と出て仕舞ったこともあるから人のことは言えぬ。

1月22日(月) 赤い衝撃  -趣味・実用 - 鉄道-

c989.jpg 朝初めて昨年12月にお目見えした中央線の新型電車E233系に乗り合わせた。液晶パネルの案内表示やCM放映には既に全車両がE231系に置き換わった総武線や山手線でお馴染みだが、黒い三角の吊革と録音済の女性の声による案内放送が新鮮だった。これまで若い車掌氏だとやけに懇切丁寧かつ大声で長々とお経読みされスピーカーとの位置関係によっては本を読んでいると非常に耳障りだったが、一方でベテラン氏だとその点弁えているのかぼそぼそと殆ど聞こえない。中央線のラッシュ時の様に乗客の大半が毎日の通勤客である場合は後者が望ましいだろうが、中にはアナウンスで飛び降りるべく睡眠を取っている人や偶々乗り合わせた旅行客もいるだろうから、テープ導入による平準化は妥当な判断だろう。地下鉄同様に英語放送も付随されている。
 内装で気付いたのは以上だが、矢張り最大の相違は外観の彩色がラインのみになったことで、ステンレス剥き出しでも耐久性が向上したことに加えコスト面からも合理的なのだろうが、赤くなった昭和30年代当初は当然知らないものの54年に新型201系が投入された時分には、杉並区立馬橋小学校の舎窓から疾走する赤い勇姿を目敏く視野に入れた誰かしが「201系だ!」と叫ぶと男児は窓際に押し寄せた記憶がある位、全面赤というかオレンジだからこそ印象が強かったのだし、妙なこじ付けではあるが革新・中野、杉並から三多摩を駆け抜ける路線を象徴するが如き色だったので、一抹の寂寥感も否めない。

 プレ統一地方選第一弾において圧倒的な注目を集めた宮崎は出直し選挙で全く毛色の違う人材色が求められたこと、保守系の分裂、野党の擁立断念など様々な要素は挙げられようが、開票直後に当確の打たれる予測以上の大差に終わった。勿論、青島幸男氏、山田勇氏、田中康夫氏という過去例があったからと言って、行政能力未知数の東国原新知事が宮崎県を正鵠に導く見通しが小さいと断言することは出来ない。しかしながら多くの投票者にとっての変革願望とは恐らく知事が誰になろうとも大差はあるまい、ならばここは一度お灸を据えてとの諦観乃至は暗黙の了解が根底に存在するが故に存立し得る類のものではなかったか。
 中央から地方への時代における首長は従前以上に地域間競争に勝ち抜くための経営感覚と自治体経済への責任を求められよう。後年になって県民が自らの判断を取り返しの付かぬ愚行ではなかったかと悔いることのないよう、奮闘をお願いしたい。

1月21日(日) ただくしゃみをひとつ  -育児 - パパ育児日記。-

c987.jpg 公資の風邪がなかなか全快しないので今週末は久々に祐旭と二人旅と企んで本人の意向を探ったところ、公園に行きたいという。それは安上がりというか拍子抜けの感なきにしもあらずだが、まだ祐旭が2歳になるかならないかの頃、近隣の公園は粗方二人で制覇して、徒歩で出掛けられる範囲の公園の遊具・設備に大差は見受けられず、従って中遠征に特段の誘引はないというのが結論だった。妻もわが家に程誓い近所の公園の方が本人も慣れているので望ましいと正論を述べるのだが、そこは矢張りアクセントがないと詰まらなかろうと再度公園探索に時を費やしてみると、中野区の公園は杉並とはまた異なった風情がある様である。但し中型以上の公園は地下鉄丸の内線支線沿線に点在しており乳幼児が徒歩で赴くには少々厳しく、それ故に以前は対象から外した訳だが、何を隠そう現下のわが家には自転車という強い味方がいるのである。
 と勢い勇んで土日を迎えたのだが結局祐旭も再び風邪気味になり、小雨も降ってきたので皮算用に終わった。挙句丸二日間家に篭り切りとなり、いい加減遊びのネタも尽きTVやビデオを見ようと促すが、あれ程ウルトラマン好きだった祐旭が触手を示さないのである。では飽きてきたかのかというと"踊っているウルトラマン"(新世紀ウルトラマン伝説)は見たがるので、どうやら段々と筋が判ってきたのみならず、映像に恐怖感を覚え始めたらしい。このため画面を消しては昔話やこどもチャレンジを読ませたがる。教育上良い傾向であるが折角ウルトラ・シリーズの編集モノを幾つもレンタルしてきた父としては少々寂しくもある。その上、大人でも家にずっといるとストレス気味になるのだから子供は当然で、就中運動が足りないのか食が進まない。とうとう夕食も終わらぬ内に「もう終わった~?」と何度も急き立てられた上に「闘おうよ」と促され怪獣ごっこに勢を出し、「腰痛くない?」と息子に慰められ、ふと気付くと寝入っていた祐旭は翌朝38度台の熱が観測された。
 乳幼児に冬は鬼門である。

1月19日(金) 白い襟  -政治・経済 - ホワイトカラーエグゼンプション-

c986.jpg 今国会政府提出法案の目玉のひとつであった「ホワイトカラー・エクゼンプション」が早くも腰折れになった。ここ10年以上、会社社屋にデンと構えていては仕事にならない身の上を続けてきた者にとっては感覚的に非常に馴染むのだが、企画・裁量型労働で拘束・実働時間とも短いというケースは実際には希であろうから必ずしも世論がその実感と一致しないのは理解出来る。
 とはいえ日本版成果主義等と意訳されていたが、エクゼンプションとは免除の意であり、これまで管理職か労働組合員か、即ち使用者か労働者かで峻別されていた時間管理の有無を労働組合員たるホワイトカラーにも免除するというのが本旨であって、残業代ゼロとの標語は労働時間量に比例しない報酬体系となることによる結果論に過ぎず、恰も残業代金がカットされ給与が下がるが如く意図的な報道に終始させたのはマスコミの偏向に帰する部分もあろうが政府側の戦術ミスも否め無い。あくまで時間管理との決別に意義があるのだから、長期的には成果主義による賃金の多寡は当然生ずるだろうが、移行期は恐らく一定額の見なし残業分が基本給に一律賦課されるだけに留まろう。
 しかし何よりも欠けていたのは時間管理からの解放が、対象サラリーマン層にとって如何なるメリットを有するかを喧伝出来なかったことではないか。極論すれば会社に現れなくとも成果を残せば良いとも解釈出来るが、個々人に請負の如く独立して業務と権限が委ねられていれば在宅勤務の様なスタイルも成立するだろうが、現実にはそれはクリエーターや研究者といった特殊な職種に限られるだろうし、それらの多くは既に裁量労働制になっている。従って、日本企業の集合体として職務を遂行する強みを維持するとともに、「その場に存在する」参画意識の共有を重視する大部屋主義との両立を図るならば、非時間管理型企業人は在社時の全てを職務のみに奉ずることを求められないし、携帯電話の普及した現在、短時間で会社に駆け付けられる範囲内であれば、昼間にフラフラ出掛けていようと関知されない。空き時間に自らのブログを更新するなど文化的活動として推奨されて然るべしである、というのは幾分手前味噌に過ぎるかも知れないが。
 問題は第一に時間管理型と非時間管理型の並存を平等社会である大企業文化が許容するかであり、第二には対象者個々が単に自由ばかり主張するお気楽サラリーマンに堕す恐れとそのデメリットを推してなお企業が非時間管理に意義を見いだせるか、そして最後にその危険性に応ずる形で時間管理と非時間管理の対象者を如何に一律でなく分別することが可能かである。
 単なる一斉適用であれば自己規律を図れぬ対象者の存在によって一律に拘束時間だけ長くなって賃金単価が下げる"残業代ゼロ"が実現して仕舞うだろう。これまではその状態を管理職という一定以上の年齢・賃金層に限定することで辛くも成立させてきたのだが、労働慣行の変容の中で若年期においてもホワイトカラー層に時間管理が合致しなくなったがために一挙に制度改正を図ろうと試みた結果、"格差"社会が問われいわゆる構造改革路線からの逆コースが求められる中、わが国固有の悪平等主義が再び目を見開き逆襲してきたとは言えまいか。メリットを訴えながら企業文化を変容させるべく根気よく説得を続けていくことは大切だが、格差を表面に露呈させることを官民ともに拒むならばひとまず預かって漸増主義で進むのもやむを得まい。

1月18日(木) みかんは機械仕掛け  -コンピュータ - トラブル-

c985.jpg 15年前私が社会人になった頃はワープロ普及率が社員何人かにひとつという程度で、年配の職員達は女性事務員にワープロ打ちさせるか、口述筆記が当たり前の時代だった。程なくワープロ-富士通OASYSだったと記憶しているが-の台数が増え概ね個人で確保出来る様になり、やがてポツポツとPCに置き換わり、文字通りパーソナルになったのは二十世紀も終わりに近づく時分である。ネット環境が整備されたのは当然それ以降だから、経団連会長会見の想定問答集を作っていた90年代半ばは、経団連事務局とワープロ通信で資料をやり取りし、回線が旨く繋がらずフロッピーを持ってTAXIを飛ばす本末転倒の事態も暫しであった。
 と回想に浸ってみたのは他でもない、年末に会社のPCが不調で整備に出したところ、ハードディスク破損の恐れがあるため丸坊主にして入れ替えとの御沙汰で、地方企業の哀しさ東京ではその作業も出来ないために異常な長時間が擁され、未だPCの無い職務生活を送らざるを得なくなった為である。いざ徒手空拳になってみて非常に困るのは第一にメールの読めないことで、党のアドレスを間借りさせて戴いている身の上なので、代替機を用いて読みにいくことも能ず、結果何の連絡が来ているのかも判らないし、もしかしたら年始の挨拶を戴いても音沙汰なしで非常に失礼を働いているかも知れないという不安感を抱えたまま日常生活を送らざるを得ない。しかもPCが無ければ過去の資料も読めないし、そもそもペーパーひとつ書けない。とうとう業を煮やして出張用パソコンなるものを寸借したが、ここまで旧機のデータバックアップに半日、更に代替機のセットアップに半日と出向以来こんなに長く会社に詰めたことは初めてである。悪戦苦闘してPHS経由何とかネット環境は揃ったが、今度は作った紙が外部メディアに出力出来ないとは余りにパーソナル過ぎるではないか。慌て問い合わせるとセキュリティ解除の暗号を伝授されたが、今度はネットに繋ぐと自動的に会社サーバーを経由するため、おまじないの霊験が切れて仕舞う。即ちネットに繋いで資料のアウトプットを諦めるか、その反対かの二者択一なのである。機密管理は確かに重要ではあるが、幾ら何でも杓子定規に閉鎖社会の中だけで物事が完結する世界を念頭に置き過ぎではないか。結局おまじないを選んでPHSのカードは外したためこのネットワーク社会において 世にも珍しいスタンドアロン機とともに当面を過ごすこととなった。何よりも情報伝達の手段に乏しいとなると、職務柄人に会ったり仕事をする覇気そのものが薄れるのは非常に困った事態である。だからPCに頼らず仕事すべしとの反動思想でなく、自力救済・自己完結可能なシステム構築が肝要といのが今般の教訓か。

1月17日(火) 美しい墨、墨汁  -グルメ - ラーメン-

c984.jpg 公式行事を"魅せる"ためのアトラクションを如何に設営するかは非常に重要な判断である。取り分け年に一度の党大会ともなれば本編が硬いだけに、余り羽目を外しても叱責を頂戴しそうだが無味乾燥では芸が無く、運営側の労苦が偲ばれる。
 その点、本日開催された第74回自民党大会において、冒頭徐に書家・川又南岳氏が登壇し、黒々と「美しい国」を墨書した後、安倍総裁にバトンタッチして「日本」と記すというのはコストも小さい割に味な演出だったのではないか。寧ろ「美しい国」が掠れたり重なったりだったのに対し、「日本」は如何にも素人臭い筆ながら綺麗に描けていたのはご愛嬌というか、型通り書かないのが芸術ということだろうか。
 議事そのものは恐らく参院選候補者紹介に時間を取られることを見越して宮本亜門氏、中島啓江氏といった場違いな文化人の妙に明るさの突き抜けたスピーチもなく、幹事長が反対党の荒波に航海するTVCMを揶揄したのが唯一湧いた場面で極めて地味に推移したが、守りの姿勢を示すには妥当だったのではないか。
 一方、我々がわざわざ赴く意味は物見遊山を除けば思いがけぬ人に再会したりすることで、この日数年振りにお会いした方からは開口一番「太りましたか」と指摘されて仕舞った。ここ数年の増加量は精々2~3kgに過ぎないが、加齢に伴い顔への肉の付着が増加していることだろう。厳に戒めねばならぬ。

c988.jpg と言いながらも終了後は性懲りも無く、小泉前首相もいきつけだった衆院高輪宿舎に程近いラーメン店「壇太」にて昼間から麦酒を煽り、餃子も賞味す。1年2ヶ月前の党50周年大会後に矢張りこの店を訪れた際には奥に某大臣がSPとともにラーメンを食されており、と話していたら当の御本人が登場して驚いた。ラーメン店に忘れ物を自ら取りにやってくるという庶民性が微笑ましい。
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