コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

12月31日(日) 赤ちゃん対ベビー

c972.jpg 年末年始に折角車を借りたのに何処にも出掛けないのは寂しいし、しかし公資の風邪が続いているので屋外はままならずと反芻した結果、俎上に昇ったのは変わり映えしない錦糸町行であった。再開発の進むこの街は今や全国でほぼ唯一赤ちゃん本舗とベビーザラスの中核店舗同士が競合する乳幼児市場の新・激戦地と化したのである。
c973.jpg 赤ちゃん本舗を5階、百円ショップダイソー7階に構えるアルカキット錦糸町ビルは旧そごうのリニューアルだけあって、三台がほぼ同時にしか動かないエレベーターのシステムの不合理さなど、如何にも二級百貨店ぽい作りだが、圧倒的な駅からの近さと相俟って錦糸町の動線メインストリームを獲得した模様である。これに対し今般初めて訪れたベビーザラスは旧精工舎工場跡地2.7haを再開発した巨大複合施設・オリナス錦糸町にあり、人々が"織りなす"が由来というのはベタ過ぎて少々笑って仕舞うが、都心では滅多にお目に掛かれなくなった31アイスクリームが鎮座在しているところに幾分の場末感を漂わせているとはいえ、総じて中高級志向というか、玩具も舶来の包装が異様にチャチだが存外に高額な商品が並んでいたりするベビーザラスの出店先には合致していると思われる。珍しくしまじろうグッズも販売しており、0歳児用のこどもチャレンジbabyは購入予定がないため、幸便に起きあがりこぼしのしまじろうを公資に入手した。しかしながら錦糸公園隣接と立地は悪くないながら動線が丁度アルカキットの反対になるため、寧ろ自動車利用客を近隣住宅地から如何に集積させるかが鍵となろう。
 ところで先刻訪れたラゾーナ川崎もそうであったし今や再開発型複合施設には必ず店舗展開しているのではないかという勢いだった関西資本の赤ちゃん本舗だが、拡大路線が災いしたか赤字転落し、少子高齢化の中で川下統合を図るタカラトミー傘下に梃子入れが図られることとなった。それでも売上げでは外資系のベビーザラスの約倍5千数百億円になるが、驚いたのは僅差ながら乳幼児・子供用品店首位が西松屋だったこと。ユニクロとしまむらの関係にも似て郊外型ローコスト薄利多売を愚直に追求するのが勝利の要諦か。

12月30日(土) 輝く  -音楽 - 音楽チャート-

c971.jpg 遂に大晦日から離脱したレコード大賞だが、幾ら名誉ある撤退を標榜しようが、小選挙区最初の総選挙で橋本龍太郎氏とのガチンコ勝負を謳いながら最後に比例重複を選択したために三分の一の得票で惨敗した加藤六月氏の如く、直接対決を避けたことが衰退に拍車を掛けるのは必定だろう。
 勿論わが家でも昨今は紅白までのつなぎとしてチャンネルを合わせていただけなので必然的に大賞の瞬間は見逃してばかりでも殆ど支障が無かったし、現実に04年に新国立劇場に会場を移したのはNHK放送センターへの移動の利便性に配慮したためというから事実上この時点で紅白の軍門に下っていた訳である。加えて昨年には直前に阿子島審査委員長が自宅で丸焼きになって発見されるなど賞の威信を低下させる出来事が続いていた。しかし改めて数年振りに通しで見た今年のレコ大は、矢鱈と過去映像の使い回しが多く、大盤振る舞いの結果地に墜ちた感のあった各種特別賞も大幅に削減される一方で、辞退者が多くエイベックスとの蜜月も一段落したためか金賞10組のうち6組が昨年と同じ顔触れで1組は新人賞からの昇格とは大相撲の理事選も真っ青の出来レースに他ならず、挙げ句昨年本命とされながら一年待った氷川きよしの大賞も下馬評と寸分狂いもなく流石に本人も泣顔は作っても旨く泣けない様で嘗ての松田聖子を彷彿とさせる光景であった。
 77年には視聴率50%超を記録紙、多くの年末歌謡賞番組が師走上中旬に繰り上げられていく中で孤塁を守ってきたレコード大賞が今また舞台から去ろうとしていることはレコード乃至はCDという音楽メディアの衰退をもまた物語っているのだろう。

12月29日(金) 天使と悪魔の間に  -サブカル - ウルトラマンメビウス-

c968.jpg ヤフオクで一旦は断念しながら次の出物を待って、ギリギリだったため前日は到着するまで家で待機と尋常でない気合いの入れ方で漸く掴んだチケットを握り締め、祐旭とともに赴いた先は博品館劇場、ウルトラ・ヒーロー・バトルである。しかも開場前に着いて仕舞い先着順でもないのに並ぶ始末で、早期入場の特典とばかりにピグモンと撮影をといそいそと歩を向けたところ、肝心の祐旭が怖がって近寄らず前途多難を思わせる幕開けとなった。
 しかしいざ開幕すると昨今のウルトラ・シリーズ主題歌を唄い続けているユニット、ProjectDMMが登場しさながら歌謡ショーの如し。青い人は作曲家でもあるようだがどう見ても可成り年輩である。閑話休題そこにCMキャラクターから誕生したお笑い担当のウルトラマンナイスが割って入り、以降狂言回しを務めるというのがショーもDVDも昨今の円谷パターンの様で、そこから現行ウルトラ・シリーズの主役メビウスと悪役ハンターナイト・ツルギから正義の心に目覚めたキカイダーの如きキャラクターで現時点の一押しと思われるウルトラマンヒカリの二名を中心に物語の導入部分までで約30分、第一部が終了する。ところが幕間には「ウルトラマンチャックは出るかな~」などとマニアックな余裕をかましていた祐旭もオープンセットで痛快活劇のボウケンジャーショー等と異なり、閉鎖的な劇場を更に真っ暗闇にして、しかも勧善懲悪なり弱さの克服なり、人を守る大切さなり教訓が盛り込まれた内容からして明らかに小学校低学年程度を対象としているため宇宙人・怪獣の類が存分に恐怖心を擡げさせたか既に逃げ腰で、後半戦が始まってメビウスがババルウ星人に「もういいだろう」と啖呵を切ると祐旭が反応して「もういいよ~」と帰ろうとする始末である。それでも半べそのところを何とか宥めすかして椅子に座らせ続けるとゾフィー以下タロウまでのウルトラ兄弟が現れメビウス・ヒカリ組に花を保たせながら怪獣軍団と大激闘のお約束の展開で漸く祐旭も応援に熱中し肝試し状態から脱した様である。ここでもレオ兄弟はL77星からやって来た"外人"扱いのため混ぜて貰えないらしいが、不思議なのは第一部のラストで登場した父はカーテンコールにも現れず、後半戦はキングと母のペアで話が進んでいたことである。職場が同じなので夫婦関係が悪化しても云々といったサイドストーリーが明らかにされる展開は決して無かろうが、要らぬ心配を抱かせないで欲しいところである。
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(左)DMMとナイス/(右)左よりゾフィ、新マン、メビウス、マン、
キング、母、ヒカリ、タロウ、エース、セブン
 さて本編が終わると愈々大枚800円払ったポラロイド撮影会である。どうせメビウスだけだろうとタカを括っていたら二人も並んでいたので非常に感激したのは父だけで、辺りには「二人だけか」「何だジャックか」なぞ不遜な言葉が飛び交うのに大いに気勢を削がれたが、当の祐旭は「新マン新マン」と燥いでおり、ウルトラ・フリークにした甲斐があったというものである。
 総じて幾らウルトラマン11名が大挙訪れるとはいえ正味1時間強のステージで大人2500円子供2300円はお手軽とは言い難いのではないか。次回は三ヶ月後のようだが、また新米ウルトラマンの登場後、来年末にでも足を運びたい。

12月28日(木) 18年と18年  -日記 - 雑記-

c967.jpg 結婚式二次会や送別・壮行会など理屈を付けて集まる機会が減ったためか、大学時代のサークル仲間においても惰性の様に毎年恒例で続けてきた忘年会の比重が高まり、ここ数年却って集結度合いが高まっている。この日、しかも新橋に設定したのは多くの企業が仕事納めだろうと予測したためだが、既に休みに入っていたり日常から普段着だったりとスーツ姿の来訪者が少なく、わが国ビジネスマン生活体系の変容を実感させられる結果となった。
 しかし思えば大学に入ったのが88年4月ということは爾来丁度18年余、入学までの苦労度により若干の相違は生ずるが概ねこの日のメンバー同士は出会ってからの人生が出会う迄より長くなった訳である。思えば遠くへきたものだ。

 年末の閣僚辞任と言えば竹下内閣が消費税法案成立直後の88年12月26日に内閣改造し、4日後にリクルート社からの献金発覚で辞職した長谷川峻法相が思い出されるが、忙しないことである。大臣の辞任は概ね①病気乃至は死亡、②監督責任、③本人の事由に分類され、②はなだしお事件の瓦防衛庁長官、大蔵省接待問題の三塚蔵相等が該当するが、③は更に主に戦争責任や改憲等先の大戦の解釈に拘わる発言による引責と、金銭・女性関係等のスキャンダルに詳別される。
 今般のケースは③-2で00年以降でも森内閣の久世金融相、額賀経財相、小泉内閣での大島農水相に次ぐもので決して珍しくはないが、丁度安倍内閣に暗雲漂い始めるかといった形勢だっただけに如何にもタイミングが悪過ぎた。恐らくこれも本間前政府税調会長同様、以前から温められていたネタであろうことに鑑みれば、任命責任といった重い台詞以前に脇が甘過ぎるということか。幸い年末・年始の休みを挟むだけに、世論が早急に忘れて呉れることを願うばかりである。

12月25日(月) サンタが家にやってきた  -サブカル - 特撮-

c965.jpg 一体私は何時までサンタクロースの存在を信じていただろうか。小学校に入るか入らないかの頃に朝起きてみたら枕元にプレゼントが置いてあったという記憶があるので、比較的物心付くまで純真であったことが伺える。わが家ではこれを踏襲するのみならず、昨年はサンタ衣装に身を包んだ父がベランダから現れベランダに去っていくという凝った演出を試みたが、今年は既に児童館で化けて仕舞ったので、オーソドックスに枕元パターンで純真な児童心理の涵養に努めることとした。祐旭は勘違いしているのか控え目なのか何度聞いても靴下が欲しいとしか応えないので、ウルトラマンタロウの限定版ラメ仕様ヴァージョンと光の国からXmasメッセージの非売品DVD、と要望通りの靴下、公資はおニューの歯固めである。
 そこで目覚めて祐旭が「サンタさんありがとう」と目を輝かせているのを確認して所期の目的を果たしたところでウルトラDVDを観賞したがマンとセブンが出てきて「寒いのは苦手です」とか言い訳したと思ったら、「お父さん、お母さんに有難うと言おう」などと教訓を垂れて僅か5分程度で終演して仕舞った。純粋な販促品であるトミカ・プラレールDVDとは趣旨が異なるとはいえ、3000円以上購入でオマケに貰える頒布方式は一緒で、幾らなんでも安易ではないか。何よりAの38話「復活!ウルトラの父」で父がサンタクロースに扮しているのだからこの映像を流用して貰いたいところだった。
 というのも先日偶々借りてきた03年の劇場用作品「新世紀ウルトラマン伝説」が旧作の焼き直しを新撮部分と噛み合わせて誂えるウルトラ・ファイト方式で布川敏和扮する父親と息子が旧作に合成されて科特隊の替わりに怪獣に砲撃したり、セブンにエネルギーを与えたりしながら狂言回しを務める構成がよく出来ていたのを思い出したからである。加えてこの作品では純粋な新撮として28人に及ぶウルトラマン達が丁度体のラインがレオタードに近いからという訳でもなかろうが、ジャズダンスかエクササイズなのか、全員でスペシウム光線のポーズを取ったりしながら踊り続ける映像が随所に盛り込まれるレビュー仕様で、間抜けと言えば間抜けこの上ないが、ウルトラマン達に表情がない分非常に真剣に映って笑えること請け合いで一見の価値ある作品に仕上がっていた。ここまで求めるのは酷だが、無償品とはいえもう少し手を掛けても良かったのではないか。円谷プロには基督教徒であろうヤプール人に誓って猛省を求めたい。

 久々に一家で新宿まで買物に出掛けたが、祐旭が乳母車のバギーボードに居を据えたままでなかなか歩こうとしない。それだけならまだしも鼻歌でとなりのトトロの「さんぽ」を口ずさみ始めたではないか。「歩くの大好き~」、思わず歩いてないじゃないかと突っ込んだら、一瞬の空白を経て「乗~るの大好き~」と唄い直した。笑いの壷は"間"即ちタイミングであることを良く掴んでいると賞賛すべきなのか。

12月24日(日) 創造の昇華  -学問・文化・芸術 - 演劇-

c964.jpg 渋谷に出掛けることも数える程しかないが久々に訪れるといきなりハチ公前に旧玉川電車が据えられていたのには驚いた。3階に銀座線が滑り込んで来る現在の東急東横店西館が旧玉電ビルであり、その微かな証左が山手線内回りホームからこのビルに繋がる改札が「玉川口」であることを記憶しているのはこの渋谷の街に戯れる人々の僅か如何ばかりであろうかなどと都市フリークっぽい思いに浸っていると、妻が現れた。結婚8年目のXmasデートと洒落込んだ訳ではないのだが、丁度2年弱振りの観劇がこの日に当ったため乳呑児2名を義父母に預け渋谷の街に繰り出したのであった。目指すは東急文化村、2年前と同じく野田秀樹率いるNODAMAPの「ロープ」である。
 前回と異なったのは旧作のリバイバルでなく全くの新作であることだが、予想通りこれは甚大なる相違で、近作になるほど笑いの要素も野田氏本人の出演シーンも減少し、筋立ては解釈し易くなる替わりに思想性がストレートに現れる傾向が強くなることは承知していたが、結論から述べれば矢張り面白いとは言い難かった。恐らく嘗ては樹形図の如くに後から後から言葉が湧き出して、作者本人が論理を組み立てなくとも半ば天啓の如くにストーリーが編み上げられ、その中に判るような判らないような形で巧みに主張を盛り込んでいくことが出来たのが、年を取り微妙に築かれゆく構造物を操ることに疲れたのか、想像力の根幹となる才能が磨耗されてきたのか、直接的な言質で著わされるようになった。氏の世代からも経歴からも新左翼に通底する信条であろうから、それを前面に掲げて仕舞えばよく出来たプロレタリア演劇を超えるものではなくなる、と言うのは辛辣に過ぎるのかも知れないが、今作を見る限り野田氏本人が過去の才気溢れる若き日の自らとの差異に葛藤を抱くよりは、現在の氏が描きたいもの、或いは描くことの可能なものなのかは判らないが、その範疇で新しい作品を生み出していくのが使命であると、蟠りを吹っ切ることが出来たのではないかという、よくも悪くも肯定的な雰囲気はよく伝わってきた。それは嘗ての野田演劇を追い求める者達に取っては必ずしも朗報ではないだろうが、創作家であり続ける為は二度と帰らない過去との決別こそ避けて通れぬ道なのだろう。或いは演劇には再演という手段があるので、過去の焼き直しと新機軸への挑戦を交互に創出し、圧倒的に前者のみ支持を得て仕舞う桑田佳祐氏よりは苦悩は少量に留め得るのだろうか。

 映画「大奥」CMのキャッチコピー、「大奥にクリスマスはない」には笑った。妻曰く糞真面目さとキッチュな笑いというドラマ「大奥」そのものの構成要素を見事換胎奪骨し名コピーである。

12月23日(祝) 川崎の星光るとき  -育児 - パパ育児日記。-

c961.jpg 今は無き川崎球場を訪れたのは昭和63年10月のロッテ-南海戦だった。その二三日前、こちらも今は亡き杉浦忠監督(当時)が「(福岡へ)行って参ります」と挨拶を締め括った、諄いがこれも今は無き大阪スタヂアムにおける最終主宰試合が「南海ホークス最後の日」と歴史に記されることが多いが、本当の南海最終戦はこの川崎球場の試合であり、雨中僅か数百人程度の観客のひとりが私だった。あの頃の川崎はその日が雨だったから、或いは川崎球場周辺の如何にも旧態依然とした、明らかに球場より賑わっている場外馬券売場の風情に圧倒されたからかも知れないが、随分とどんよりとした印象が強かった。
 而して本日、JR川崎駅に降り立ってみると、駅に直結した旧東芝工場跡地に9月オープンした商業・住居複合施設「ラゾーナ川崎」の威容が聳えている。この決してわが家から近くはない地にわざわざ遠征したのは、5月に浅草でその使命を終えたウルトラマン倶楽部が心機一転、この地に舞い降りたとの情報を掴んだからであった。いざ到着すると案内板には「ナムコ・ヒローズベース」としか表記されていないので幾分不安であったが、ゲームセンターやカプセルトイ販売コーナーの一角という位置付けでビル1階外観にマンの立像がお出迎えして呉れた浅草時代に比べると比重は下がっている様である。しかも旧来はジム内のみ有料でウルトラマンの登場する舞台はロハだったのが、しましまタウン形式というか時間制料金に変更されている。
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 近代化され却ってコストパフォーマンスが下がったかと危惧を抱きながら入場すると、場内はお決まりのボールプールとジムと思いきやスポンジボールを網越しに幾つも設置された機関銃で発射するシューティングがその太宗を占めており、壁の前に怪獣の絵を描いた板を並べ、中心に穴を空けてここに打ちましょうというセットは確かに子供は喜びそうだが如何にも子供騙しだし、スペースが勿体ないのではないかと思っていたら、俄かにその疑問は氷解した。入口で「ウルトラマンが何時パトロールに来るかは未定です」と告げられて大いに落胆したが、昼前にメビウスが登場したため却って写真撮影の順番待ちが少なく好都合という一幕があり、祐旭は父が仕込んでスペシウム光線のマンと新マンの違い、即ちマンは指先をピンと張り、新マンは和らげるという並みのマニアにも引けを取らない仕草まで身に付けていたが、いざとなると腰が引けて旨くポースが取れなかったが、更に昼食も後回しにして粘っていると、ウルトラ・フリークとしては非常に不覚であるが恐らく最近の出演者と思われる怪人が登場、威嚇しながらステージに消えると先程のシューティングの的の前に現れ、来場者を煽って彼に向けてスポンジボールを打たせるではないか。一頻り子供達の攻撃に晒されるとステージに戻り、メビウスも登場して怪人と一騎打ちである。お約束の様にメビウスが苦境に陥るも声援を背に立ち上がり勝利を収めると握手会である。勿論、我々が幸便に二度もメビウスに出会えたがための結果論に過ぎないのだが、これならウルトラマン出演時だけ立錐の余地なく後は閑古鳥ということもなく、リピーターも増え、非常によく出来たシステムであると感心した。
 ラゾーナ内にはこれも定番だが赤ちゃん本舗やディズニーショップもあり、乳幼児を持つ家庭にはお薦めである。次回は是非新マンに会いたい。

12月22日(金) 券あるよ券あるよ  -趣味・実用 - ネットショップ・通販-

c960.jpg 旧来、雑誌の類には必ず読者のお便り頁に「売ります・買います」コーナーが存在し、「貴方の○○選手の写真と私の△△選手の写真を交換」というのならまだしも「貴方の◇◇選手のサインと私の××選手の絶版本+切手5枚」といった、如何なる相場観で等価が成り立っているのか理解に苦しむ投稿が相次いでおり、それを見るだに凡そ魑魅魍魎の世界で一体誰がこんなものに手を出すのかと思っていたが、今やヤフーオークションを舞台に素人も玄人も凡ゆる層が群れを為し、ダフ屋稼業が成立しない程再交換市場は活況を呈している。
 全く競合しない様なマニアックな逸品なら兎も角、複数入札者が予想される限り、ヤフオクの基本は終了時間に確実にPCの前に座っていられるか否かである。しかしながら締切前10分以内に入札が行われると自動的に残り10分に延長される仕組みのため激しい応札が展開され、熱くなって気付いてみると随分高額になっている事態も少なくない。勿論チケットであれば自ら赴く予定だったのが行けなくなったのでやむなくというケースもあろうが、最初から転売目当ての出品の方が寧ろ多く、比較的安価なチケットなど2枚組合わせがほぼ同タイミングで複数出品されていれば、値上がり度合いを見ながら参加者が双方に入札を試みるし、これに推奨はされないが恐らく多数存在するであろう複数IDによる自己入札を絡ませれば、相当な値上がりを実現させることも難しくない。過日も年末に銀座博品館で開催される「ウルトラ・ヒーロー・バトル劇場」のチケット入手を試み、原価の3倍まで至ったところであと数日間の内に次たる出物もあろうかと撤退に転じたが、従来なら相当のコネクションを駆使しなければ入手出来なかった代物が、少々の高値さえ甘受すれば実働コストは小さく購入出来るシステムは、需要と供給の論理に鑑みても決して悪い事態ではない。
 ただ丁度昨日の会合でヤフオクの達人が2名居て、森下のちゃんこ店だったのでこの箸置は売れるのではないか、相撲カレンダーはどうかなどと、殆ど学生時代サークルの新歓活動の合言葉「人を見たら5000円と思え」状態だったが、個人的には買うことには積極的だが、売る方は中古品の状態を的確に表現出来るか、平たく言えば契約成立後にクレームを付けられるのではないかとの恐れが先立って未だ踏み切れていない。その領域に闖入する際が私も達人への一歩を刻む時になるのだろう。

12月21日(木) 最後に確認しよう  -スポーツ - ボクシング-

c966.jpg ボクシングほど"興業"の要素の大きいスポーツは他に類を見ないだろう。今や主力協会からしてWBA・WBCに留まらず4団体があり、各17階級に及んでいるばかりか、そもそも粗製濫造気味の世界王者に至る道筋、即ち対戦相手を定めるルールすら明確には存在せず、従って不惑のチャンプを誕生させたり、引退から数年を経て奇跡の復帰劇を演出したりと、決して八百長でなくプロモーターの腕次第で商品価値を高めることによって初めて、タイトル戦のマッチメイクも可能となるのである。
 この中で亀田興毅選手の世界戦は、拳闘の批評眼に欠ける私には判断しようもないが、前回は公平に見て敗北で今般は勝利とされている。しかしながら70年代には対戦相手の食事に事前に薬物を注入したなど、凡ゆる疑惑が取り沙汰されたのに比べれば、少々のホームタウン・ディシジョン程度は可愛いものだし、先方も半ば納得済みだろう。寧ろ興行主としてマスコミが関与し過ぎたが為に、却って判定に寛容たり得ず引っ込みが付かなくなって仕舞った感がある。それ故余計に亀田選手がメディアも観衆も誰もがKOを期待しているところ、冷静に12R戦った末の判定を視野に入れて試合を行ったのは、一家ともども事前の言動を抑制気味に努めたこととともに、長い時を掛けて生み出される「世界チャンピオン」という作品の意義をよく理解した行動であったのではないか。嘗て"浪速のジョー"と持て囃された辰吉丈一郎選手は、父子関係の構図からして亀田選手と重なって映るが、典型的なインファイターとして常に対戦相手をマットに沈めることを求められた挙句、網膜剥離を患った末に規約を改正してまで復帰させ、結果として三度の王座にこそ輝いたもののデビュー当初の甚大な期待からすれば尻蕾みの成績に終わった(厳密に言えば引退表明はないので終わりそうというのが正しい)。日本ボクシング界は焦らず騒がず亀田王者をより王者為らしめていくことを期待したい。

 愛人と官舎に住むことが不適切なのか、妻と別れて現・愛人と新たに暮らすというなら大阪の自宅は存在しなくなるから単身赴任用に官舎を提供している根拠が無くなるということか、そもそも特別職国家公務員が愛人を囲っていることこそ不届き千万なのか、理由は明白ではないが「一身上の都合」で本間政府税調会長は辞任した。
 恐らく御本人の環境は諮問会議委員時代と変わらないだろうにも拘わらず、堰を切った様に本間バッシングの嵐が吹き荒れたのは、明らかに同氏が政府税調会長であることを喜ばしく思わない層が計画的に仕掛けたに違いない。官邸の任命責任が取り沙汰されているが、寧ろ政府としてギリギリまで慰留発言を続けながらあっさり本人の辞意で片が付いて仕舞った連携の悪さが問題ではないか。矮小化すれば御用学者同士の路線争いということだろうが、官邸としては性懲りもなく吉川氏を任命して旧諮問会議路線を貫いてほしい。それこそが問われる任命責任への回答となろう。

12月20日(水) I am Celing  -政治・経済 - 時事-

 20日大蔵原案内示・25日政府原案という幾数十年来変わらぬ予算編成スケジュールにおいて、天皇陛下が師走に降誕されたことにより、祝日が増え大蔵官僚の悲鳴が聞かれるかと思いきや、逆に半ばセレモニー化つつあった復活折衝が年を経る毎に簡略化され、党の各部会が財務省との交渉に臨む所管大臣を拍手で送り出す儀式も形骸化が目立ち、年々予算の時期が静かになっていく。
 しかも来年度は公共事業こそ骨太時点を上回る3.5%の大幅減ながら、大山鳴動した交付税も上乗せ分の圧縮に留まり、税収増を受け全体としては2年振り増額、新発国債は大幅減とプライマリー・バランス黒字化も政府目標が前倒しされそうな勢いで、景気頼みと言って仕舞えばそれまでだが、まさに「成長なくして財政再建なし」を地で行くような予算案となり、総じて安穏とした空気が漂う替わりに、予算の分捕り合戦という高揚感には欠けている。勿論、いわゆる"族"政治のマイナス面と指摘される、希少なパイの奪い合いに血道を上げるのは決して望ましくないが、シーリングが徹底され予算配分が固定化され過ぎるのも美しくない。

 年末になると必ず「今年の惜別」特集が組まれるが、タイミングよくと言っては失礼だがこの時期に亡くなるとマスメディアの扱いが大きくなる傾向がある。岸田今日子氏逝去。ムーミンの声よりも早くに亡くなったウルトラ・シリーズでもお馴染みの従兄弟・岸田森とともに怪異な演技が非常に印象深い。青島幸男氏逝去。希代の才人であったことを誰も否定し得ないが、都知事に当選したことは御本人にとってもわが国とっても汚点だったろう。
 合掌。
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