コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

10月30日(月) 南の島の小さな飛行機  -スポーツ - ゴルフ-

c911.jpg 同僚の送別ゴルフで駅を降りると片面は原野、反対側は一面の早稲田大学という岐阜羽島も吃驚の上越新幹線・本庄早稲田駅を経由、岡部チサンCCへやって来た。先日の練習が悲劇的だったので大きな期待は抱いていなかったが、練習場がアイアンのみだったのが幸いしたか存外に打感が良く気を取り直してスタートすると今度はドライバーが全然当たらず、ほんの気の迷いであったかと途方に暮れた。そもそも飛ばない私のゴルフは第一打である程度の距離を稼がない限り回復の効かない構造なので、飛び道具の不調は覿面にスコアに響く。
 ところがこれで気が楽になったか、毎度の昼麦酒のジョッキ2杯が的を射たのか、前半からパッティングだけは好調でショートアイアンも悪くなかったが、後半も2ホールしかなかったまともに当たったドライバーをイン3番ロングでは第二打5Wも綺麗に飛び残り100y強を9Iベタピンで感動のバーディー、そもそもバーディー自体が1年半振りの上、少なくとも3度好打を重ねなければならないロングのバーディーなど生まれて初めてである。感動の中続く4番ミドルも2オンのパーとゴルファーの如し。結局残りはドライバーが元に戻って仕舞ったが、それでも47の自己ハーフベスト・タイとは、距離の短さに助けられたとはいえ、ドライバーが当たらなくとも50を切ることが出来るという実績を残せたのは大きな自信となった。
c917.jpg なお夜は引き続き送別会で、寂しく怪獣倉庫に眠る筈だったウルトラマンが活躍の場を得て立派に六本木の街を闊歩することとなったのである。

 世間は履修不足問題一色である。そもそも学問は自らのために学ぶものというのは正論ではあるが、締め切りがなければ原稿が上がらないのと同様に、学習は試験に出るという強制力があって初めて身に付くという側面は否定出来ないし、翻ってとくに歴史教育等においては後年になって習得した知識が生活の糧にはならずとも生活の潤いになっていることを実感する局面が往々にして訪れ、尚かつ受験テクニックは個々人の自覚と進学塾に委ねる役割分担が確立している伝統的進学校に対し、地方新興勢力においてはまさに学内の授業において有名大学合格率を向上させることを求められていることに鑑みれば、当然予測された事態に他ならない。根源的には寧ろ大学側の対処を求めるべきではないか。

10月28日(土) Dear Boukenger!  -テレビ・ラジオ - 特撮ヒーロー-

c908.jpg 乳幼児を持つ家庭に取って最大の不確定要素は子供の体調である。ある程度長ずれば無理をする体力も備わるし、更に分別が付く様になれば如何に休息を取るかの自己管理も可能になろうが、小さい内は大事を取って出不精になりがちである。昨日も観艦式終了後急ぎ取って返したが肝心の祐旭が下痢気味でケーキでお祝いは延期となり、本日は友人主宰のハロウィン・パーティに一家総出で戸塚まで遠征する予定だったが、風邪のため見送りを余儀なくされた。
 それはやむを得ない事態ではあるのだが、おかげで折角新調したハロウィン用の衣装が浮いて仕舞い、改めて本日祐旭三歳の仮装誕生会という一風変わったイベントが成立したのである。嘗ては舞踏隊として友人・知人の御成婚二次会に珍妙な衣装で頻出していたものだが、時を経て宴をプロデュースすることも数年に一度となり、かつ目を見張られるか背けられるかギリギリの線の演出に凝る程若くもなくなったので、アフロヘアをはじめとする歴代装束もわが家の倉庫に眠ったままの日々が続いており、既存の品から流用すればよいところをわざわざ新規誂えたのは、丁度2年前の同会で1歳目前の祐旭がウルトラマンコスモスに扮した実績があるので再演では芸がないし、可能なら主催者に敬意を払って一族総員扮装するにしくはないと一念発起したからである。
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まさに"お父さんはウルトラマン"。
2年前のコスモスもまだ着れます。
 そこで公資は乳児仕様はバリエイションも少ないのであんぱんまんとし、新たにボウケンレッドの赤が映える祐旭に替わり、父が初代マンを務めることと相成った。と言うと如何にも合理的な設備投資の如きだが、要は今度は父がウルトラマンになってみたかったのだ。ところが好機敢え無く去り、あんぱんまんは防寒用の文字通り着包みとして流用出来るし、ボウケンレッドも三歳児にせがまれて与えて仕舞った甘い父か、戦隊オタク色の強い一家だと思われるくらいで日常使用は可能なので、残るは父のマンである。お披露目の機会は訪れるのだろうか。

10月27日(金) 海行かば  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

c903.jpg つい先日三軍制覇を果たしたばかりというのに留まるところを知らぬ国防族への道、陸に火力大演習あらば海に観艦式ありである。
 朝はてっきり横須賀発と思いきや東神奈川とは驚いた。少々朝がゆっくり出来ようかとの思惑はその分乗船時間が早くなるので大いに外れたが、更に驚いたのは乗船地が瑞穂埠頭と如何にも大和言葉の名称を掲げながら対米軍提供施だったことである。従って、現役で走っているのかよく判らない貨物引込線含めドック内の撮影は許されず、入場者のボディーチェックは日米共同のシーマンシップにより実施されている。それでも早めに集合したため登場鑑「まつゆき」後部甲板二列目という、比較的風にも吹かれぬ好位置を占めることが出来た。
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立錐の余地なきまつゆきの甲板/回転する短SAM(シースパロー)発射台
  3000t級護衛艦DD「まつゆき」は所謂駆逐艦クラスとしては最軽量級で最新のイージス鑑に比べれば古色は否めないが、何しろ軍艦への乗船からして初めてあり、かつ揺れも殆どなく、曇り模様だった空も沖へ進むに連れ陽光が射してきたため、意気揚々と艦内見学に明け暮れる。短SAM、ハープーン、アスロックと聞き馴染みのあるミサイル達も実際目の当りにするとイメージが膨らみ記憶と理解の促進に役立つ。前後ランチャーの回転をはじめとする武器展示、甲板での喇叭吹奏、消火服の着脱など適度にアトラクションも織り込まれ、優雅に日向ぼっこする内に昼が近付くに連れ艦隊が徐々に集結してくる。ここに至って漸く気付いたが瑞穂埠頭と対岸のみなとみらい脇にある新港埠頭を出た計5隻は「観閲付属部隊」に位置付けられ、横須賀発の観閲艦・随伴鑑で構成される本隊の横隊後衛にて観閲を実施することとなる。即ちアリーナでなく2階席Aの類でチケット要望に出遅れたことが少々悔やまれた。
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イージス鑑ちょうかい頭上を飛ぶ
陸自ヘリCH-47J
 というのもいざ相模湾に到着し観艦が始まると前半の艦艇・航空機の順次縦隊航行・飛来こそ観閲本隊と付属部隊の丁度間を通過するが、幾ら予行演習とはいえ二日後には安倍首相が来臨される観閲艦くらま側に各受閲艦乗組員は総員整列・敬礼しているし、東郷元帥率いる連合艦隊の如く全艦縦列のまま180度折り返した後半戦は、潜水艦の潜行・浮上や対潜哨戒機P-3Cの爆弾投下等、何れも本隊の向正面で行われるため肝心の瞬間は艦艇の陰に消え幾分爽快感に欠けるものがあった。
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ASROCを発射するいしかり
 とはいえ例えば対潜爆弾の衝撃波が水中を伝わり乗船艦に届く感覚は戦車の大音響とは違った意味で実際その場でなければ体験出来ない感慨があるし、何よりも自らの後方に艦艇の隊列が並ぶ絵姿は、俗に男と生まれてきたからには成ってみたい3つの職業としてオーケストラの指揮者、プロ野球の監督と併せて連合艦隊司令長官が掲げられるのも宜為るかなと思わせるに充分な感動であった。本観艦式には60億円の費用が掛かり、それが故に3年に一度と間引かれた訳だが、隊員の士気高揚と海上自衛隊への一般の理解促進という役割は充分に果たしているのではないか。
 1時間半弱で式自体は終了するが行程が長いのが船旅の辛いところで、帰路はいい加減艦内も見飽きて仕舞い、軽やかに眠りに付こうとすると固定翼機が船上程なくに飛来して貧乏根性で写真撮影に躍起になり、そうこうしている内に速度も上がって甲板は非常に寒くなり午睡どころではなくなった。最初から最期まで恐ろしい定時走行で瑞穂埠頭に着眼したのは一七一○(ひとなないちまる)である。

10月25日(水) 諸肌脱いでべらんめぇ  -テレビ・ラジオ - 時代劇-

 このところ会合となると著しく終了が遅くてTAXIでなければ帰れない時間帯ばかりだったおかげでもなかろうが、久々に0時前後に電車で帰ったら目覚めると国立だった。国立は国分寺と立川の中間に拵えた合成地名でなどという薀蓄を垂れていても仕方なく、以前八王子から中央高速経由帰還したり、湘南新宿ラインで上尾で降りたのに比べれば被害は少ないとはいえ、折り返しの上りは終電の中野止まりしかなく30分以上空しくホームに佇み、今や都心では滅多にお目に掛かれなくなったタンクローリーを積んだ長編成の貨物列車を見送る羽目に陥った。気を付けたいところ。

c907.jpg 「歌舞伎俳優の中村梅雀氏が25歳年下の女優と結婚」との報道に接し、一瞬梅雀って誰だったかと錯覚に陥ったが、顔を見るとあのNHK御用達の、やけに大河ドラマに毎度毎度登場してくる梅雀氏である。あの御仁が二回り以上年下の方と再婚という事実にも驚いたが、もっと驚いたのは梅雀氏が中村梅之助氏の御子息であったことである。歴代の遠山金四郎を演じた中で最も男前でないが故に最も"金さん"らしかった、主題歌の「気前が良くて二枚目で」とは必ずしも整合的でないが「ちょいとヤクザな」の部分は如何にもハマリ役であった梅之助である。ずっと「捕れないものは悪だけさ」だと思い込んでいてそれじゃ意味ないだろうと突っ込んでいたが、「惚れないものは」だった主題歌である。高校の時課外授業で学年全体で劇場に赴き、客席が余りに煩いので主役が劇を中断して「お静かに下さい。これでは芝居になりません」と冷静に怒りを表現していたのが梅之助氏だったのも懐かしい。と感慨に耽るのもいいが、芸能評論家としてはこんな基礎的な親族関係を把握していなかったのは非常に不覚であった。今後かく事態のない様こちらも肝に銘じたい。

10月24日(火) 痛みに耐えてよく  -ヘルス・ダイエット - 歯の事-

c902.jpg 月三度程の割合でのべ4ヶ月通い続けた歯科治療が漸く終幕を目前とすることとなった。本格的な歯医者通いは20年以上振りで、嘗ての麻酔注射そのものの痛みと、麻酔が効きにくい体質のため通常の分量ではなお痛く、注射を追加され更に痛いという悪循環を記憶していたが、針の性能も向上したかその点は随分と緩和され、寧ろ治療が後段に差し掛かり麻酔を打たなくなってから、実際にはそんな事態は生じないし「痛ければ言って下さい」と再三呼び掛けられるのだが、いつ何時神経に触れ急迫に激甚の痛みが生ずるのか、孤独に待ち受ける恐怖感の方が大きかった。その上私は幼少期のアレルギー性鼻炎の後遺症というか今でも意図しないと鼻呼吸がスムースに行えないので、水泳の息継ぎもそうだが口を塞がれると呼吸が荒くなり苦しく、非常な疲労を覚えながらの治療であった。
 更に悩ましかったのが、冒頭陳述で見栄を張った訳でもないのだが歯科医の心証を良好化するためにも「一部保険外診療でも構わない」の項に丸を打ったためいざ被せモノを造るに当り料金表を提示されると、大層な金額が並んでいるのである。別に芸能人は歯が命でもないし、既に金歯も幾つかあるので上位に鎮座するセラミックはご遠慮申し上げたが、白金にも三種類あり高額な方が適度に柔らかくて長持ちするとのご説明を賜ると、今更保険の範囲でとは言い出し難く、再び見栄も働いて金歯の最上位を選択する事態に陥って仕舞った。改めて歯磨きの経済効果を痛感する今日この頃である。

10月21日(土) 大きなスナック  -育児 - パパ育児日記。-

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 夏に続く妻とのラウンドを前に練習に勤しむ。特筆すべきは祐旭が初参加したことで、運動は父の趣向に基づき野球とゴルフを理解しているが、いざ打ち始めると小水をこぼしてズボンをびしょ濡れにしてもクラブを離さないので閉口した。周囲を見渡せば小学校低学年風情の若者もスウィングに励んでおり、確かに父の如く球技の経験なくゴルフを始めるとまず体を回転させる感覚から体得せねばならないので技量の向上に非常な時間が掛かるため、幼少時から自然にボールを打つという行為に馴染ませておくことは有意義なのだろうが、余り熱を上げて貰っても困るので、シャフトが短くヘッドの大きい、と言っても450ccとかではなくアイアン型で恐らくプラスチック系の素材で造られたクラブで軟式ボールを打つ、子供用のスナックゴルフ(下写真)に妻が連れ出し事無きを得た。
c900.jpg この中里ゴルフ練習場/パー3コースもあと一月もすると真の姿を現し湯沢中里スキー場に早変わりするが、西武が撤退してもゴルフ練習場だけは残ってほしいものである。結局父が風呂に傾倒し過ぎたか、ゴルフ熱ばかりでなく端から風邪気味だった祐旭の体熱も上がり、肝心の翌日は取り止めになって仕舞ったが、二人とも練習の調子は最悪だったので延期して正解だったかも知れない。なお公資はその間祖父母に見守られ飛行機ポーズの練習に余念がなかったとのこと。まだ完成には至らないが半年を過ぎてから飛び始めた祐旭に比べ矢張り数ヶ月単位で早い。兄の振る舞いを実見している言語習得等は兎も角、体の動きも総じて次男は成長が早いというのも不思議なものである。

 日経に「農林水産省は農地の集約を進めるため、耕作放棄地など利用が進んでいない農地の流動化を促進する。耕作放棄地の情報を集め、農業に新規参入する企業に賃借を仲介する第三者機関の創設を検討する」との記事があった。38万haに到る耕作放棄地の多くは中山間地域と考えられ、規模の経済が働き難いマイナス面がある一方で、労働集約型にならざるを得ない点を逆手に取って公共事業減により余剰人員を抱える地方建設業の受け皿となり得る可能性を持っている。1兆円輸出産業としての農業の今後を勘考するに当り重要な資産足り得るのではないか。

10月20日(金)- それで身上潰ぬように  -地域情報 - 新潟県-

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(左)街道の湯 (右)宿場の湯
 越後湯沢は開湯800年を超える歴史を持ち、川端康成の小説「雪国」の舞台として一躍全国銘柄となった国内有数の温泉街である。現に町内には多くの公共温泉が点在し、外湯めぐりも観光ガイドの重要位置を占めている。そこで本年二度目の湯沢行に際し、風呂好きに仕立てたわが子とともにお湯巡りと洒落込もうと意気揚揚出掛けたのだが、全土的な老舗温泉街の凋落の中、湯沢も御多分に漏れずなのか中心街には小規模設備が点在するのみで、車で走ること30分内外の三国街道に焦点を絞ることと相成ったのである。
 嘗て若かりし田中角栄氏が初出馬した際に、裏日本と呼ばれた日本海側の開発構想として「三国峠を削って雲を関東に流せば雪は降らなくなるし、削った土砂で佐渡海峡を埋めれば島と地続きになる」と演説をぶった話は有名だが、現国道17号線の三国街道は群馬と新潟を結ぶ唯一の一般道として栄え、その宿場街として三国峠も名を馳せたが、関越自動車道の開通に伴い急速に衰退し、バブル期のスキーブームで苗場の後背地として再び脚光を浴びたという歴史がある。しかし日帰り圏内となったことから温泉宿は衰退し、街道沿いの公共浴場が設けられたが、猫も杓子も白銀に踊ったあの頃から20年弱を経て、今や若者は「彼女が水着に着替えたら」に食指を伸ばしても「私をスキーに連れてって」というフレーズは理解出来ないのであろう程、スキー人口は激減し、しかも季節はまだ秋とあればこちらも紛れもなく閑古鳥であった。恐らくゲレンデを後に冷えた体を温める用途を主眼としているためか中心街も含め概して室内湯構造で、唯一露天付との情報を得た「街道の湯」をまず攻めることとした。すると大人500円で満喫出来たので、翌日は途上大きな看板の出ていた貝掛温泉を目指すも如何にも秘境という絶好の風情ながら立ち寄り客は14時迄だったので泣く泣く引き返し、更に足を伸ばして山ひとつ越え「宿場の湯」に辿り着いたが残念ながらこちらは平凡であった。
c897.jpg 最終日は単独で84年に構内温泉の走りとして誕生したJR越後湯沢駅内の通称"ぽんしゅの湯"に浸り、風呂三昧の旅を終えた。難しいのは如何に湯船内の撮影を行うかで、子供と一緒ならまだしも男ひとりでセルフタイマーで撮っていては一歩間違えば変質者である。それでも児玉清ばりに果敢にアタックし風呂巡りの旅を終えるのであった。鳴呼モットモダー、モットモダー。

10月19日(金) 華麗なるカリー  -グルメ - カレー-

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(左)TAJ山盛り、(右)わが家のカレー
 カレーは私の食すことの出来る数少ない御飯の混ぜ物で、他には穴子・稲荷寿司、炒飯しかない。因みにピラフは食べない。中でもカレーはうどんと並んで凡ゆる食物の中で一・二を争う好物でわが家でカレーが出ると三晩乃至は四晩連続となるが、非常に幸福である。特筆すべきは大鍋に何杯も作る割に早々に無くなって仕舞うことであり、ひとつには毎度非常に大量に摂取し胃に負担を掛けてふうふう言っているからだが、同時に知人に健康のためと称してカツカレーを頼んでカレーを残す御仁が居て非常に不思議なのだが丁度その正反対で、御飯に対するカレーの垂れ比率が尋常でなく多く、殆ど液体カレーの中に肉や人参とともに御飯も浮いているという盛り付けを好むからに他ならない。
 ところでここ数年における推奨カレー店は月一度程度は訪れる赤坂のTAJ(タージ)で印度系の客層も多く見受けられる本格カレーが昼食1200円で味わえるのは大変な優れモノである。普段昼食を食べないにも拘わらず、TAJではたっぷり2杯食べて満腹にも拘わらずまだ食べ足りない欲求が残るのだ。しかしながら実は味の旨さもいざ知らず、肝要なのはバイキングであるが故に垂れが掛け放題で、到底本格印度カレーとは思えぬスタイルで味わうことが出来るが故に余計に評価が高まっているのかも知れない。わが家の近くのリトルスプーンもチェーン店の割に標準垂れ比率が高いのが高得点の一要因であり、CoCo壱番屋は垂れの追加は可能だが注文が煩雑になるので足が遠のいて仕舞った。そもそも垂れと御飯を分けて盛り付けられるのが非常に不快であるし、垂れが足りずに白いまま御飯を食べざるを得ない様な事態は言語道断である。
 今後も垂れまみれのカレーを食べ続けよう。因みにシチューは御飯には掛けられない。

10月18日(水) 拳拳服膺して  -学校・教育 - 教育再生会議-

 教育再生会議が華々しく幕を開けた。またぞろ審議会方式に味を占め過ぎた感なきにしもあらずだが、非常に多彩な顔触れであり先ずは突飛な意見が生まれることを期待したい。ゆとり教育により自由な発想を伸ばし秘めたる才能を開花させることと、最低限の学力レベルを保証するための履修時間の確保を遺漏なく両立させるのは難しく、その両端を揺れながら収斂させていく他はないのだから、国家百年の計たる教育に実験は許されないというのはその通りだが、ある程度の試行錯誤はやむを得なかろう。
 これまでわが国に存在した躾や知識習得を前提とするならば詰め込み或いはある程度理解・納得を超越した体得であれ強制力は必ず必要となるし、その強制を如何に苦役と感じさせないかは教師の力量に委ねざるを得ない。そして免状の再審査や競争の導入により教師の選別を行うことは可能でも、最終的には教師全体の質を上げなければ結果的に国としてのコストはより大きくなろう。 そして所詮育つのは当人であり、高等教育に進むに連れ教師の役目は迷いに陥った際にそのヒントを示して手助けする、いわばコーチ業が主眼となるのだから、取り分け全人格的な教導を擁する初等教育期における優秀かつ意欲ある教師の確保が肝要であり、ひとつには教員養成課程の強化や教育界外との流動性拡大等により教師の社会的地位の再確立を図ることが有用であるが、文部省をはじめとする教育関係者の質の向上も必定だろう。また同時にとくに初等・中等教育においては課題ある公教育機関・地域等を是正すべく国・公的機関の関与を深める一方で、高等教育以降では学業と職業人の相互乗り入れ・身分の行き帰りも社会的風潮として一般化させ、地域特性等にも応じた特色ある教育を可能とすべく、喩え私立優位になろうともバウチャーの導入等も検討すべきだろう。

c901.jpg 初めて日テレの「NEWS ZERO」を見て驚いたのは、いきなり長島一茂氏が北朝鮮問題にコメントしているシーンに出くわしたからである。父・茂雄氏の病気に伴い従来のぼんぼんイメージから一躍男を上げ、寧ろ今では巨人軍球団代表特別補佐として腹黒フィクサーの風格を身に付けつつある一茂氏が喋っていけないとは言わないが、本人が真剣だけに余計に奇妙に映る。しかし教育再生会議についてもコメントしているので単にスポーツまでの場繋ぎでもないらしい。調べてみると何と日替わりコメンテーターで他の曜日は嵐の櫻井翔氏、モデルの川原亜矢子氏らと聞くと益々不安である。三重県知事選に出馬した元大蔵省の村尾メインキャスターの喋りもたどたどしいし、小林麻央氏は綺麗だが読み上げマシンの如しである。NEWS23を更に若者向きにアレンジしようとしてとんでもないキメラを生み出して仕舞ったのではないか。事実を淡々と伝える、わが国最期の古式ゆかしいニュース番組だった「NNN今日の出来事」が52年の歴史に幕を下ろしたのは、何事も一定の方向性を解釈して貰わなければニュースの意味を判断することが出来なくなった、受け身の時代を象徴している様に思えてならない。

10月17日(火) 筆と音符  -音楽 - テクノ・エレクトロニカ-

c892.jpg 細野晴臣氏の近著「アンビエント・ドライヴァー」は氏が90年代にアンビエント音楽に傾倒する過程と、21世紀に入りポップスに回帰する様を綴った連載エッセイをまとめたもので、細野さんの文章そのものは読み辛くはないが内容が観念的で、とくにアンビエント期に顕著だが近代化・進化の否定と表裏を為す環境信仰、更には宗教というかアニミズムへの傾倒と読んでいて段々怖くなってくる。
 教授やユキヒロ氏のYMO期の回想では揃って匿名性への強い憧憬とそれが否定された反作用として神経症状態に陥ったことが繰り返し述べられているが、この本に拠れば細野さんも同様であったことが伺われ、何故そんな人達が百万枚のヒットを目指したのか、"セレブ"になって見なければ判らない苦悩というものを割り引いても理解に苦しむが、その疑問は脇に残しておくとして、改めて感ずるのは環境問題やYMOへの見解における細野さんと教授の感覚の類似性である。或いは似通った波長を持っていたからこそ反発したのか、そこには同じ近代化の否定という概念から反権実力行使に向う教授と民族・宗教原理に辿り着く細野さんという根源的な気質の違いが存在するのか、それは当人達にとっても恐らく詳らかではなかろうが、正直なところ出来れば音楽家には思想・信条ではなく、音楽そのものの種明かしを平易な言葉で解説してほしい。大瀧詠一氏や山下達郎氏の様に。

 横浜ベイスターズの歴代監督の顔触れを見ると、78年末のニッポン放送・TBSの経営参画以降に就任した12名の内、OB4名(土井、江尻、近藤昭、山下)、他球団監督経験者の移入4名(近藤、古場、須藤、森※但し須藤は巨人二軍監督から)、フジ系解説者からの昇格3名(関根、大矢、権藤)と分かれており、01年末にニッポン放送とTBSの持株比率が逆転した後に満を持して出陣させたTBSから昇格の牛島前監督が球団と対立の末2年目のシーズン中、唐突に退陣を表明したのは記憶に新しい。結果として大矢氏の再登板とは再びOBでもTBS系でもないフジ・サンケイ・ホエールズ時代の人脈に頼らざるを得ない姿を露呈した形で、6年目を迎えるTBSベイスターズの前途は引き続き混沌の様である。
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