コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

7月31日(月) そして福岡  -地域情報 - 福岡-

 福岡を訪れたのは学生時代のサークルの国内総会(89年)、トヨタ自動車九州視察対応(92年)、経団連の九州・山口地方懇談会対応を4年連続4回(94~98年)、衆議院補選(05年)と記憶にあるだけでも8回目となり居住地を除く国内都市では伊豆方面に次ぐ自身国内第二位の土地柄となる。
 取り分け今回はわが出向先とも縁の深い福岡の大実力者との会食というメインエベントまで設けられる豪華版。詳述は避けるが人の上に立つ、或いは衆望を集める御仁は一文の得にもならない様な我々との問答であっても一人一人に誠実に回答する人間性にその所以があるということに改めて感じ入った。大向こうを唸らせるが如く大演説家も勿論国政には必要であるが、少人数に座談の妙を発揮し真摯に語りかける姿勢もまた、時代の潮流には必ずしも整合的ではないかも知れないが政治家として欠かせない素養であることを強調しておきたい。

c789.jpg なお恒例のゴルフは前回99を記録しただけに今後を占う一戦だったが、KBCオーガスタ発祥の地にして遠く海と町並みを遠く見下ろす名門コースは暑さ極まりない上に名門らしく一見のセルフ・プレーは想定していないとみえ、ヤード表示木もロクになく距離が全然判らず途中でティーグラウンドをやり過ごして徒歩で引き返す始末で、というのは言い訳に過ぎないのだが大型建築機が入っていないため天然の高低や微妙なアンジュレーションがそのまま活かされ、かつバンカー過多と苦しく、ドライバーとパターだけ好調だったが120の撃沈。アプローチは真剣に考えて打つことが鍵というのが残された教訓だろう。つづく

7月30日(日) 関門海峡夏景色  -地域情報 - ■*福岡県 北九州市*■-

 思えば今の仕事になって一年半、全国色んなところに旅道楽、ではなく視察に赴いた。松山~広島淡路~京都柏崎鹿児島ときて6月の大分は公資誕生直前だったためパスしたが、都合五度目となる丁度梅雨もあけ夏真っ盛りの門司・福岡紀行は結論から言えば関門海峡の船の往来を司る海上保安庁第七管区、その船を出す物流拠点の響コンテナターミナル、その内容物となる車を作るトヨタ自動車九州、更には二日目の夜は福岡の重鎮との会食と門司・福岡間を再三往来する首尾一貫かつ充実した視察となった。

c787.jpg 初日はまず昨年10月誕生した九州国立博物館を見学。タイトな日程の上、ICをひとつ乗り越したため僅か1時間弱の滞在の中、本展示もそこそこに山をくり貫いた動く舗道を経由し17年前にその帰路、街のバッティングセンターで居合わせた鬼頭政一元クラウンライターライオンズ監督に打撃指導を戴いたことだけが鮮明に記憶に残る大宰府天満宮に足を伸ばしたが、バブル末期の構想らしく豪奢な造りかつ豊富な学芸員数も天満宮と双方相俟って観光振興に寄与出来るのならば及第点とも言えようか。一階無料のアジアの原っぱを意味するという「アジっぱ」スペースには三線(さんしん)や民族衣装等が実際に触れることの出来る形で並べられており、子供向きとはいえ対アジアの拠点を冠に掲げる福岡らしい展示として好感が持てた。
c788.jpg ここから一路門司を目指し午後は海上保安庁第七管区本部にて350トン級巡視船「きくち」を視察する。わざわざ75年建造の老巧艦を案内戴いたのは箇所付けアピールの意図もあったやも知れないが実際居住環境は著しく劣悪であり、続いて足を運んだ海上交通センターにて垣間見た関門海峡の船舶通行オペレーションとともにわが領海・内海の守り手の日々研鑚に深く頭を垂れる思いに駆られた。とくに海峡通過時に3000トン級超船舶はセンターに通告義務があるがそれ以下は船側の自由裁量であり、危険の発生可能性を見通した保安庁側から通行の指図をするが、強制力はないのでお願いすることなる。現に視察中にも法令違反の3ノット以下となったノロノロ小船に丁重に呼び掛け、注意を与えている光景が現出し苦労の程が伺われた。太平洋へ抜ける中国・韓国船が増加する中、パナマ運河の如く寧ろ通行料を貰ってもの感すらあるが自然の海峡となるとそれは難しいのだろう。米Coast Guardに範を取り戦後新設された海上保安庁が専守防衛たる海上自衛隊と別途存在する意義として例えば不審船等への対応に一義的に国軍が乗り出していっては事態の拡大を招くばかりなので警察力を以ってワンクッション置くべしというのは妥当な解釈だが、水上警察との線引きとの議論もあり危機管理機能全般として再検討もいずれ必要となろう。
 なお宿泊は門司港レトロ地区のシンボルである門司港ホテルに居を据えたが、日曜夜とはいえ商店街は閑散とし小倉・下関の繁華街にともに程近い地方中堅都市の生き残りの難しさを再認識した。つづく

7月29日(土) 運転士は僕だ  -育児 - パパ育児日記。-

c784.jpg 今はなき交通博物館地下鉄博物館埼玉新交通システムに次ぐ鉄道探訪第四弾は、東急田園都市線・宮崎台駅に隣接する電車とバスの博物館と相成った。丁度祐旭の年配の頃を含め8年に亘り青葉台に在住した父にとって東急電鉄は都市変遷フリークとなる端緒に他ならならず、着々と複々線化工事の進む姿には隔世の感抑えきれないものがあったが、その郷愁を別にすれば館そのものには特段の期待は無かったものの予想は良い方向に大きく裏切られた。というのもCCDカメラを搭載したミニゲージをはじめ、展示された殆どの電車が運転シュミレーターを兼ねており、しかも今日も10時開館と同時に入館という早起き父子のため待機時間も極々少なく、当然祐旭一人では操作出来ないのでお父さんと一緒にとの名目のもと父がハンドルを握ることとなったのだが、電車のみならずバス、果てはこれも今はなき日本エアシステムの前身、東亜国内空港の大株主でもあるため別館には国産機YS-11まで鎮座在し、こちらは空の映像ではなくチャチなCGだったのは若干興醒めとはいえ係員も大量に配備され、「電車でGO」にはまる人の気持ちも判ろうという勢いだった。
c785.jpg 恰も父ばかり楽しんでいた様な書き振りではあるが、祐旭も興奮は隠せず嬉々として模擬運転に勤しんでいたことは父の名誉のためにも銘記しておこう。そこでふと脳裏に過ったのは彼是三ヶ月に亘り週末の父子行脚を続けているが、果たしてこの記憶が二歳児にどの程度蓄積されているのかという疑問である。自らを振り返っても例えば先週の向ヶ丘遊園にしても何となくウルトラマンタロウに会った様な覚えはあるが、それは写真が残っているからであり跡付けで記憶が再生産された可能性も否定出来ない。或いは前頭葉の下層に焼き付けられた記憶がデジャブの源となる様な現象も生ずるのかも知れないが、公資が物心付いたら同様の行程を再訪し、祐旭の反応を確かめてみたい気がする。

7月28日(金) 出掛ける時は  -育児 - パパ育児日記。-

c783.jpg 初めて一家でお買い物に新宿へ赴く。四人一斉に出掛けるとなると乳母車二台では嵩張るし、母子三名での活動を可能にするためには祐旭には一層歩き癖を付けなければならない。そこでAB兼用型の旧乳母車を水平A型仕様としたものに公資を乗せ、祐旭はお手手つないで全ホームが新南口に連結されアクセスの向上した新宿高島屋へと旅立った。
 して到着すると内祝はじめ本来の趣旨であるお買い物に勤しむ母・公資組を尻目に父・祐旭組は9階玩具売場へと一目散に歩を向けた。出立前から「おもちゃ、おもちゃ」を連呼するとは祐旭も一端の"子ども"になりつつあったが、有言実行木製・プラスチック製を問わずデモ用の電車遊具に熱中する姿に、「トミカ、トミカ、プラレール」と空で唱和する程繰り返し観賞したトミカ・プラレールのDVD、要はタカラトミーの販促Vなのだが、3000円以上購入の方にこれの06年版が特典として与えられるという誘い文句に父は散々迷った挙句、収納不足に悩むわが家の窮状に鑑みトミカのクレーン車一台に収束した。
 ところが昼食後再び9階に居を据えるものの平日にも拘わらず人も増え、段々とお友達との玩具の奪い合いの様相を呈し、眠気も手伝って段々と祐旭が不機嫌になる。結局妻自らのお買い物巡りは全て割愛しせざるを得なかったが、祐旭は父が担当すると豪語した手前、15kgに及ばんとする体躯を抱えたまま帰路に付くこととなった。人は黄泉路につく際、魂が抜ける分ふっと軽くなるとされるのと逆にか、乳児は重さが倍加されることで眠った瞬間が把握出来る。恐らくは自発的に物体にしがみ付こうとする感覚が意識の無くなると同時に消滅するからなのだろう。既に何度か眠る祐旭を運搬したが、段々と筋肉痛の度合いが非道くなりそうである。結論として予備にダッコ紐を用意して公資を、往路と立場を替えて祐旭を乳母車にというクロス・ライディングが妥当な選択だろうか。いずれにしろ短距離輸送用には自転車の買い替えを真剣に検討しなければなるまい。

7月27日(木) 美しい国  -政治・経済 - 政治家-

c782.jpg 福田氏の不出馬で多分に注目度が下がったとはいえ28日の東京都連大会を前に俄かに風雲急を告げてきた。
 総裁選出馬を前に本を上梓するのは王道で、橋本龍太郎「Visions of Japan」、渡辺美智雄「新保守革命」といった書名が浮かぶが、政策提言集だけに総花的で内容は殆ど記憶にない。逆に言えば現在も版を重ねている小沢一郎「日本改造計画」が珍重されるのも理解出来るが、これ以上知名度を上げる必要もなく却って控えめが日本的で好ましいと判断したのか事前の宣伝も少なかった安倍晋三氏の初の著書「美しい国へ」はさり気なく書店に並んでいた。しかも新書という形態は単行本が売れにくい時流に乗っているとも言えるし、この時点で無理に森羅万象固定的にコミットするのでなく、得意な分野に集中して心情を述べるというスタイルには新書の手軽さは合っているだろう。しかしながら埒問題や教育に関する章は氏の思いの如きものが伝わってくるのに対し、外交は対中関係の必要性を訴えるだけで評論家の様だし、少子化は単に年金制度の解説に終始している。その落差が大きいので、統一感を持たせるためにという訳ではなかろうが矢鱈と取って付けた様に映画のエピソードが盛り込まれることとともに果たして一人の人物が筆を取っているのかという疑問さえ生まれかねない。と少々厳しい評価となったがまだ書けないことも多かろうし、巷間経済に弱いと揶揄される通り経済に関する記述は極端に少なかったが、無理に捻出するよりは好感を持てるし実際にも経済運営を誰に任せるかが鍵になろう。
 他方谷垣禎一氏は正式に出馬を表明した。A級戦犯分祀を靖国神社の責に委ねるのは賛同しかねるが、消費税率10%の明示、地方の活性化等概ね小泉構造改革路線の逆目を張るという意味で順当な主張だろう。以前短時間ながら席を同じゅうさせて戴いたことがあったが大衆受けよりも寧ろ適度な人数の会合を重ねることが出来れば好感度も大いに上がるだろうし、何よりもわが国に取って有用な人材に違いないので来るべく敗北に旬度を失うことなく思った道を進んで戴きたい。

7月26日(水) 間諜のひみつ  -政治・経済 - 外交-

 映画「Mission Impossible」は事前の広告でキメのシーンを目に焼き付けられていたために初めて見た時から強烈な既視感に襲われたが、次作「Mi-2」は第一作の荒唐無稽さ、絵に描いた様な場面作りを欠いたため地味な物語になって仕舞った。6年振りの第三作はアクション主導に回帰しているらしいが初陣を超えることは出来るだろうか。
 何故に映画の話かというと、過日とある報告に政府高官をお尋ねした際、北朝鮮問題はじめ時節柄か情報-intelligenceについて学んでみたらとの示唆を受け、あまつさえ指定図書までご指定戴いたためで、何十年振りかでスパイについて思いを巡らすこととなった。ではわが人生において初めてスパイを学んだのが何時かと問うと深夜枠で大平透ナレーションのスパイ大作戦の再放送に熱中した頃、ではなく驚くなかれ学研の「スパイのひみつ」を読んだ小学校低学年期であった。今でこそ「燃料電池車のひみつ」であるとか協賛を前提に企業による消費者囲い込みの一貫と化しているひみつシリーズだが、往時は「発明・発見のひみつ」「宇宙のひみつ」など素朴な秘密を対象としたベストセラーであった。それにしても「スパイのひみつ」では秘密過ぎるし、何故子どもスパイについて学習させようと思い立ったのか意味不明ではあるが、確かにこの本ではゾルゲ、マタ・ハリ、川島芳子、アラビアのロレンスら煌びやかな有名人からギョーム夫妻といった一般に馴染みの少なそうなスパイの方々も多数紹介され、学習効果は高まったのであった。

 遠き日の記憶ははさておき改めて連々と眺めてみて疑問に思うのは、わが国では「情報」に関する活動が不当に軽視、乃至は貶められてはいないかということだろう。情報の収受、分析は国家に限らず凡ゆる活動のすべからく前提となるのは言う迄もない。しかしながら「国家」という存在自体を否定的に捉えてきた戦後わが国において、国家の情報活動たるは短絡的にスパイに結び付けられ、国民の自由を阻害するが如き悪印象を強く抱かれてきたのは、我々にあ与えられた最重要課題図書がA.ダレス著・鹿島守之助訳「諜報の技術」であり、即ち以降40年に亘り本方面の名著が表れていないことからも伺われる。元より日露大戦時における明石元二郎大佐の騒擾活動を正当に評価し後世に伝えることは重要であるが、わが国が再び明石元大将を必要とする時代は訪れまいし、googleが瞬く間に世界中のニュースを再編集しお茶の間に無償で届ける時代にボンドやバンコランの如く人智を超越した間諜力が威力を発揮する領域は小さくなっていよう。従って地道な積み重ねを通じ収集された対外情報が一元集約され錯綜する情報を調整評価出来るシステムと組織、更には経験に裏打ちされた独創性・想像力を背景に仮説を検証し真の"intelligence"を産み出すことの出来る情報官の育成が現代の外交関係において如何に重要か、その必要性をまず国民が認識することが求められているのではないだろうか。

7月24日(月) 夏の日  -日記 - 日々のつれづれ-

c781.jpg 会社に入って三年目に経団連担当になってからというもの、夏といえば仕事がないというのが当たり前だったが、それは相手先が永田町になっても変わらず、しかも早々に国会が閉まりプロジェクトも終わりを告げた今となっては何時になく暇である。人の行き来も少なくなった職場に一人居を落ち着けていると本ブログの執筆も進むものと思いきや、手慰みにフリーセルに精を出したりして存外に捗らない。何しろ私は家のPCでフリーセル115連勝の記録保持者であるので始まるとなかなか終わらないのだ。こんなことでは宜しくないと思い起こして再び執筆活動に励むが思い起こせば、というか思い起こす間もなく私は随筆家ではない。だから執筆環境の整備という発想は根源的に位相がズレているのだが詰まるところ長年の夏の過ごし方で体得したのは、忙しくなる契機は突然に、勝手に訪れるのだから暇な時は暇にして無理に忙しくすることはないし、同時に忙しそうな素振りをする必要もなく暇な時は暇そうにしていればこそ次たる多忙の端緒となるのである。
 従って堂々と宣言しよう。現在私は暇であり、机のお片付けに勤しんでいる。今年の夏は二児の父に徹しよう。

7月23日(日) 太郎、太郎、岡本太郎  -テレビ・ラジオ - 特撮ヒーロー-

c779.jpg 今年はウルトラマン生誕40周年に当るので何かと催し物が多いが、過日チャンネルを捻るとNews23が特集を組んでいた。内容は先祖帰りした如くに左傾著しい同番組らしく、ウルトラマンにおける弱者からの視点とも言うべき解説だったが、初期ウルトラシリーズにはメインライターである金城哲夫氏をはじめ沖縄関係者が多く、内地に対する沖縄という独特の感情が織り込まれており、それを"反権"という概念で再構築するのが容易に可能であるのは既に再三指摘されてきたところである。
 その解釈の是非はひとまず放置しておくとして、私の目を引いたのは岡本太郎美術館で開催されているという「ウルトラマン伝説展」であった。ハテ「芸術は爆発だ」の岡本氏が円谷プロと如何なる関係がと調べてみても大映の「宇宙人東京に現る」の破天荒な宇宙人のデザインを担当したという以外に特段の関連はない様だが、幸運なことにこの23日にはウルトラマンとの撮影会も開催されるという。昨今ウルトラ成り切り度が高まり過ぎて父に「ね~ジャミラ~」などと呼びかけ、妻の目が厳しい最中に心は千々に乱れたが会場は奇しくも三十数年前、父がウルトラマンタロウと手に手を取って撮影した今は亡き向ヶ丘遊園に程近い。しかもウルトラ、岡本と名字は違えども同じ太郎ではないか、これは天の配剤に違いないなどと尤もらしく理由を付けていそいそと出掛けたのであった。
 c780.jpg 愚図付いた天気の中、駅から長躯徒歩にて生田緑地に到着するが人気も疎ら、それもその筈で撮影会は13時からなのに未だ10時とは明らかに早過ぎる。やむを得ず喫茶休憩を挟み館内を三度も巡って仕舞った。本展示の冒頭で赤く浮かび上がる「太陽の塔」の顔に怯えた祐旭は、入口を通る度に反射的にダッコをせがむ様になったが、特別展示自体も特撮フリークである父には予想を超える物ではなくいい加減退屈したが、昼が近付くに連れ俄かに人が増えてくる。これは先般確認した撮影場所に急がなくてはと焦り辿り着くと既に長蛇の列で、係員が「お並びになっても撮影出来ない場合があります。ウルトラマンは三分間しか活動出来ないところを本日は特別に30分お願いしております」と真剣な顔で説明して回っているが、どの親も目が血走っていて誰も笑わない。しかし前説に引き続きウルトラマンが現れると声にならない歓声が上がった。
 現れたのは初代マンであった。この種のイベントでは稼動可能な着包みの体数からも若手のコスモスかマックスが定番で、現に先刻の係員もそう応えていたところに突然マンが現れたので寧ろ親の方が恐れ入り、マンは恰も後光が指したかの如く輝いている。祐旭が手に取るソフビ人形も圧倒的に基本フォルムであるゾフィー、マン、新マンの人気が高いのを見ても判る様に、矢張り40年に亘るウルトラマンへの絶大な支持にはその特撮の妙やストーリーの明快さのみならず、マンの菩薩顔そのものに人を惹き付けてやまぬ何かが隠されているのだと改めて感じた生田の昼であった。

 福田康夫氏の総裁選不出馬が伝えられた。安倍氏に代表される小泉継承路線が今後も揺ぎ無いものだとしてそれをより明確にするためにも、世代間論争という側面からも、たとえ敗れるのだとしても福田氏の出馬とそれによる政策論争に意義があるという見解と、徒に国論を二分する様な争いを、しかも勝敗が目に見えている中でわざわざ惹起させるのは対外的にも得策でないというふたつの見解があろうが、私は前者を取る。福田氏に抱かれた期待権が行使されないままに終わるのは非常に残念である。

7月21日(金) ジ・エンタティナー  -育児 - パパ育児日記。-

c775.jpg 祐旭が踊り出したのは今年に入った頃だったと記憶している。それまでも例えば「いないいないばあ」の「ぐるぐるどか~ん」に合わせてゴロンゴロンと転がったりはしていたが、ある日突然”アグジー、アグジー”と節を付け机に登って踊り始めた。第一弾アグジーはスローテンポで盆踊り風の穏当な動きだったが、春を迎え今度は”ピチアヤ、ピチアヤ、ピチアーヤー”と、誰が教えた訳でもないのに自然と三三七拍子で、こどもの城でも日比谷公園でもハイテンションで踊り捲くり、祖父が来れば「僕はピチアヤ唄うの」と主張し、母の友人には「ねぇねぇオトモダチー」と呼び止めては自ら手を打ちながら「上手?」と首を傾げて問い掛け拍手を強要するなど金○日総書記も吃驚の大物振りを発揮することとなった。それでもリクエストを求めれば”アグジー”も再演するので自らの軌跡はしっかり把握しているらしい。
c776.jpg  昨今では頓にマックス、コスモスといった現代ウルトラマンの縦ノリ楽曲でジャニー喜多川氏に目を細めて戴けるかは判らないが、要所要所で歌舞伎の如く見栄を切りながら長時間踊り続けた挙句に「僕疲れちゃった」とへたり込んでいるが、一番のお気に入りはV6歌唱のティガなので間尺は合っているということか。時には”マックス、マックス、マックス、しんかんせんマーックス”と替え歌も披露するとはエスプリが効いている。父も嘗ては友人の御成婚二次会で舞踏隊を指揮していたことがあったが、音楽家のみならず舞踏家という果てしない夢も広がらんとは親馬鹿も極まれりか。

 メンバーの不祥事から萩本欽一氏がノンプロ野球チーム、茨城ゴールデンゴールズの解散を突然に発表した。自ら広告塔となって低迷する野球界に一石を投じたいという氏の姿勢は率直に感銘を持って受け止めていたが、今般は恐らく先手を打って解散を発表すれば同情論が沸騰し発足3年目を迎えてそろそろ飽きられるところを逆に災い転じて福となすという冷徹な計算が伺える。その算段を本業にも少しは活かしてほしいとは言わないが、ただこれが算盤ずくでなく単に悲劇のヒーローに酔い痴れているのだとしたら氏の才能は恐ろしいものだと言わざるを得ない。

7月20日(木) 謎の不快感  -政治・経済 - 靖国参拝-

 靖国神社へのA級先般合祀に唱和天皇陛下が不快感を示し、以降参拝を控えたとする当時の侍従によるメモが発掘されたと大々的に報道された。明らかに本年8月15日に行われるのではないかと目される小泉首相による最後の参拝への牽制であることは間違いない。また対中韓関係に鑑み本件への何等かの対処が必要との立場から合祀という行為そのものへの合理性を失わしめ、しかしながら靖国神社に対し公権力が祭祀の内容を強制することは望ましくなく、とはいえ一宗教法人の自発的な分祀に結論を委ねるのでは国家としての責任の放棄に他ならないので、千鳥ヶ淵戦没者墓苑の拡充を含めた別組織の設営、或いは儀式としての宗教観のみを残した形での靖国神社の宗教法人以外への別法人の鞍替えと国家関与の拡大といった具体案の議論を促進させようという主張は伺われるが、その是非は別として報道機関としては自然な物言いであろう。
 問題はこのタイミングで、かつ日本経済活性化が命題である筈の日本経済新聞が何を意図してこの報道を行ったのかという点である。一見して右寄り対外強行路線で小泉後継・安倍政権への警鐘とも取れるが、小泉内閣の承継を掲げる限り前政権の"実績"を否定することは難しい安倍政権の大きな課題、即ち対アジア外交における"障害"を他律的に除去して進ぜようとの親心も感じられ、直感的には後者ではないか。

c778.jpg 祐旭が初めてトイレで排便した。小まめに小水に連れて行くことにより一日中りおむつ使用量が少なければ2枚程度まで減少してきたが、これまでうんこは気が付くと突然行動が止まって気張り出すパターンが続いていた。本日も偶々小を促したところ大もご相伴に預かったとのことだったが、今後は前後を問わず自発的にトイレに向うべく習慣付けることが鍵となろう。「便器でがいいね」と君は言わねども七月二十日はうんこ記念日。
 そして本日はもうひとつ記念すべき出来事があった。公資が初めて笑ったのである。口の端を歪めニタっと笑ったかに見受けられる所謂新生児微笑はあったが、あやし・呼び掛けに反応し意識的に笑顔を発したのは初めてだった。こうして人は育ってゆく。
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