コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

4月29日-5月6日② 同胞の慶び  -海外情報 - ブラジル-

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サンパウロは大都会
 旅の前半はサンパウロである。今回の視察における最大の危惧は面談・訪問先に日本関係者が多過ぎるのではないかということだったが、当地を訪れその疑問の大半は氷解した。視察団が街を訪れても特段の違和感がない程に我々に似た顔付きも少なくなく、実際にサンパウロではポルトガル語を修得せずとも日本語で何とか暮らしていける程、"わが国"が息づいており、それは広大な荒れ地を切り開き野菜を食べないブラジルに農業をもたらした約100年前(1908年)に始まる日系移民の足跡に由来する。
c699.jpg 早朝当地に降り立ち先乗り部隊と合流したこの日は、開拓戦没者慰霊碑に献花、南米最大のイビラプエラ公園内に立地し日系人の誇りでもある日本館訪問、移民史料館(写真)視察と定番コースを廻り、更には東洋人街でお買い物の上、どう見てもラテン系の顔立ちの方々が法被を着込んでたこ焼きを焼いていたり、ブラジル庶民が砂を鋤いて心を落ち着けるミニチュア日本庭園セットが平積みされていたりとシュールな絵柄の広がる露店も見物し、夜には日系人団体の方々と懇親会と"NIKKAY"漬けの一日と相成ったが、話を伺えば日系人社会の前途も多難である様だ。
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 二世・三世と世代が下がるに連れ混血も進み、たとえ顔は日本人でも日本語の喋れない層も少なくない。必然的に日系社会の結び付きも薄れ、国会議員も今やタカヤマ氏ひとりという。従って、わが国においては技術・技能研修のみならず短期の語学留学も受け入れてほしいという要望になるのだが、勿論それも外国人労働者受け入れ全般の問題の中で簡単ではなかろうが、更に言えば「失われた10年」を経てともに経済回復の過程にある日伯両国において21世紀を迎えて以降、再び日系企業の進出が増加しているにも拘わらず、日系人を採用はしても幹部登用は少ないという日系企業の姿勢にも課題が潜んでいるのではないか。ならば町中で殆ど英語の通じない"南米の中華"ブラジルにおいて英語を学んで欧米企業に勤めようというインセンティブが働いてもやむを得なかろう。
 これまで訪れた中で、「同胞」の活躍する姿をこれ程拝見したのはこの国が初めてである。その輝かしき日系社会の維持・発展に寄与していくことは、国連常任理事国入りをも目指さんとするわが国にとっても今後とも大きな課題に他ならないと思いを新たにしたが、ブラジルを訪れる邦人の大半がこの日の行程がメインとされる中で、外務省も吃驚の我々の旅はまだ始まったばかりである。

4月29日-5月6日① 遠くて遠い国  -海外情報 - ブラジル-

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サンパウロ東洋人街の街並み
 そもそも今年の視察先に伯剌西爾を選んだのは中、露、昨年の印度ときてBRISC制覇になること、団長のO議員の意向もあったが、ブラジルなら行くだけで話題になるので内容を深く検討しなくて済むというのが最大の要因だった。何故に考えないで良いからと言えば答えはひとつ、直行出来る旅客航空機の存在しない現在、南米は余りに遠い彼方だからである。
 それでも眠い状態で昼前に成田を発ち、半日掛かる北米大陸までの間に眠り、昼夜逆転した米ワシントンDCのトランジットで半日無理に起き続け、最期の半日は米-伯便で寝続けることにより、到着時に朝を迎えるサンパウロで時差を解消出来ていたことに鑑みれば一日半の大行程は得策であった。NYで給油2時間の"直行"便も存在するが、一日の内22時間を飛行機に揺られ続けるのと果たしてどちらが体力を消耗するかは微妙なところだったろう。
c686.jpg ここに辿り着くまでは幾多の変遷があった。会社規定のビジネス・クラスでは伯往復だけで120万円とわがグループの予算が年度始めにして吹っ飛んで仕舞う。そこで世界一周チケットを活用すれば半額で済むことが判明し2週間の大行程に切り換えたが職責のおかげで黄金週間内のみに短縮せざるを得なくなり、結局エコノミーで南米に渡るという新任の坊主の如く苦行を強いられたのである。実際には議員同行のため少々気疲れはしたものの、ワシントンでは半日観光(写真)、機中を出れば行く先々の外務省職員氏が現れ入出国も特別待遇で、乗換の間はラウンジで待機と大名旅行のおかげ随分と緩和されたが、荷物抱えて空港で彷徨っていたら悲惨だったに違いない。

 こうして4月30日朝(現地)、伯サンパウロに降り立った。珍道中の模様は次号より。

4月28日(金) 政治的に正しいアンパンマン  -育児 - パパ育児日記。-

c685.jpg ヒーローのアンパンマンが窮地に陥りながらも悪玉のバイキンマンに勝利するという判り易い勧善懲悪のストーリーと愛くるしい作画の妙により、アンパンマンは幼児に絶大な人気を誇っている。しかしこのアンパンマンも仏国では放映が見送られたという。そのこころは主たる設定である、アンパンマンが自らの顔であるアンパンを食べさせることにより仲間の体力を回復させるという日本的奉仕の精神に富んだ設定が、唐十郎氏の芥川賞作品の主人公の人を食った話が影響している訳でもあるまいが、かの地では子どもに見せるのに相応しくないと判断されたかららしい。そう思って見てみると最近のわが国アンパンマン放映作品も、顔が濡れて力が出なくなりジャムおじさんの作った「新しい顔」に取り替えて元気百倍というシーンはお馴染みだが、顔を食べる場面そのものはお目にかからなくなった気がするのはこの種の配慮が働いているからかも知れない。
 わが祐旭は毎週木曜の本放送と矢鱈にスリムな実写の着包みアンパンマンが狂言回しを務めるBS帯一時間の再放送とまさにアンパン漬けだが、新しい話には関心が薄く録画して繰り返し視聴した作品を好む傾向がある。恐らく重ねて見ることで理解が深まり、既知の内容を目にすることの方が喜びが大きいのだろう。ちなみにこのアンパンマン、1973年絵本初登場だが69年生の父母の幼児期の記憶には登場せず、私がその存在を初めて知ったのは名古屋に異動し中学生となった後、友人達が"子どもの頃に見たアンパンマン"の話題を上程した際である。原作者のやなせたかし氏は高知県出身であり、西方から火が付いていったということか。

 昨年の印度に続き今年の黄金週間は伯剌西爾に参上する。直前まで何かと忙しかったが、元気に行って参ります!。

4月25日(火) 命題  -政治・経済 - 経済-

 財政再建論議が華やかである。ここまで盛り上がれば財政改革待ったなしという雰囲気に今更逆らうことは極めて難ししだろうが、そもそも何故財政再建をしなければならないのか、海外から借金をしなければというのは極論にしても、世界的な低金利の中、著しい国債の増発を制限出来れば、充分に日本国は持続可能ではないかと問いに誰しもが納得する解を求めることもまた難しい。
 想えばオイルショック以降、赤字国債の常態化の中、79年の一般消費税解散の敗北と四十日抗争に始まり、鈴木内閣の行革三昧と中曽根内閣の三公社民営化という歳出削減策を経て、竹下内閣と参院選大敗という犠牲を払った上で漸く消費税の導入に漕ぎ着けた。しかし当初の消費税は直間比率の是正が主たる命題であり、短期的に大幅な歳入増をもたらすものではないから、結果としてバブル到来により漸く90年代に赤字国債からの脱却を実現したに過ぎないし、鳴り物入りで始まった橋本財政構造改革は1年で撤回に追い込まれた。従って「経済成長なくして財政再建なし」というのは過去の歴史が立証しており、俄かに好況を迎えつつある昨今、この命題に応えるのは時宜を得た対応だろう。それでも尚かつ何故にとの問いを重ねるのならば、それはわが国の30年来の最大の政治課題であったからに他ならない。
 四十日抗争により福田、大平両氏が本会議で首班指名を争い、その翌年には野党提出の内閣不信任案が反主流派の欠席で可決するという分裂の発端を生成したのが消費税議論であり、それが大平総理に死によって購われたというトラウマが財政再建というテーマを必要以上に重く、大きなものにしているのではないのか。或いはこの戦後経済の総決算とも言うべき事業をを成し遂げた時、或いは超越した時に自由民主党は新たな命題を見出すことになるのだろうか。

4月23日(日) 帝都の秘密  -育児 - パパ育児日記。-

c684.jpg 土曜日は祐旭と二人して銀座まで歩く。と言っても突然に黄門様の如く健脚をわがものにした訳ではなく、妻の実家からだと近いのだ。それでも2歳の乳児には大業だったらしく、博品館で小振りなウルトラマン像に会いボウケンジャーを1体購入した後、歩行者天国を闊歩する辺りでは再三座り込み、左手で祐旭とお手手つないで右手で空の乳母車を押す父の腰も悲鳴を上げており、懇願して何とか車上の人となって貰った。乳母車に乗ると寡黙になるところを見ると、矢張り歩きたい盛りなのだろう。
c683.jpg 二人で出掛けるとなると遊園地の類はまだ早いし、近隣の公園は粗方制覇して仕舞ったので、ウルトラマン倶楽部交通博物館といった、趣味の領域とオーバーラップするが一人で行くには気が引け、妻は一緒に行ってくれなさそうな施設が浮上することとなる。そこで本日は折角東側が拠点なので地下鉄博物館に目を付けた。東西線・葛西駅の高架下という地下鉄らしい立地の交通博物館擬きだが、定番の運転シュミレーターは矢張り盛況で、これでヤマハ音楽教室に通わせれば男の子は押し並べて向谷実になりそうな勢いである。ただ丸の内線・銀座線の懐かしい車両の奥には地下鉄の父・早川徳次像が聳えていたりと、電車好きの子供達、鉄道マニア、研究者の何れもを対象としてコンセプトが拡散している感がある。とくに車輌の仕組みはまだしもシールド工法の模型が展示中央を占めているが、幾ら何にでも興味を示す年頃であっても「僕も大きくなったら地下鉄の穴を掘りたい」と思わせるのは難しかろう。それでもこのところ特撮の比重が高まっていた祐旭もクルマ・電車フリーク振りを幾分は取り戻した様で、帰路には再開発中の駅前に据えられたクレーン車に興奮を隠し切れない素振りだった。
 次回は更に遠征し、船橋の「しましまタウン」を目指したい。

 千葉補選自民敗北。結果としてはよく追い上げたということなのだろうが、 沖縄、岩国等の市長選敗北と合わせ、事実そうなるかは別として小泉内閣の終わりの始まりであり、小沢神話の再興と新聞は論評するのだろう。

4月21日(金) 狙われた街  -サブカル - おもちゃ-

c678.jpg ブログ華やかりし昨今は一億総評論家時代である。小学生の頃から友人達の野球をネット裏で解説していた私に取っては当にわが世の春だとも言えるが、評論家を名乗って恥ずかしくないのは順にプロ野球、政治、歌謡曲/YMO、特撮、将棋、大相撲ぐらいで、皇室、TV・芸能、軍事、都市・交通となるとマニアに毛が生えた程度に過ぎない。
 しかし今や職業と化した政治を除けば大半が紙から得た知識である中、先般は珍しく都市論の専門家の方と夕食を共にする機会があった。これは女系天皇を認めるか否かで某議員に食って掛かった以来の論戦を吹っかけようかとおっとり刀で駆け付け、幻の環状三号線であるとか如何にも私の食い付きそうな話題も振られたのだが、十年以上前に祖父の家を取り壊した際、増改築を重ねた挙句に半世紀以上を経て過半は空き家となり皆目判らなかった巨大な建築物の全貌を探索するために記録と称して写真を取り捲ったが如くに、元来が地下鉄は戦前に作られていたの類の考古学的興味が主なので、結論から言うと余り議論は噛み合わなかった。
 ひとつ印象に残ったのは"商店街の減反"という指摘で、それは活性化の対象となる中心市街地のあり余る都市的、乃至は東京的な発想との批判こそあれ、商業地区と住居地区の意図的な再配置が商店街の生き残りには欠かせないという意味では真っ当な指摘だろう。卑近な例を挙げれば、中野・高円寺・阿佐谷は何れも幹線道路と並行した旧道という好立地を背景に中央線沿線屈指の商店街を誇っているが、PAL商店街が天蓋の改装を機に共益費を大幅に値上げし、商品流通が乏しそうな老舗店舗が次々とその座を明け渡し、古着屋を大量に増やしたのはまさに旧店舗を間引きして商店街の魅力向上を図ったとも言えなくはない。勿論その結果として日曜ともなれば辺りには「これから原宿行こうか」等と呟く若者が溢れ、恰も小竹下通りが如くの様相を呈することが地元住民に取って住み良い住環境であるかは別問題であり、七五三用衣装を持ち込んだらロハで糸を切って直して呉れる呉服店といった昔ながらの商店街情緒が低下することは否めない。

c682.jpg 先日もPAL商店街に並行する幹線通りである高南通りで孤軍奮闘していた玩具店・トイメートが遂に閉店セールに突入した。店にはガチャガチャのミニ・ソフビ人形が所狭しと並べられ、フリークでもないのに息子のためと自己正当化し、大量に購入して妻に呆れられながらも再び訪れると後から後から湧いて出るが如く補充されているのでまた食指が伸び、コンドールマンや電人ザボーガーなど、その筋の店に行けば高額で取引されるのでなかろうかという一品も仕入れて仕舞ったが、これで高円寺駅周辺の玩具店はここ数年で4つから一挙に北口の「ぼうや」のみになる。何れ祐旭が大きくなっても、小学校の頃、LS社の拳銃プラモデルを物色するために友人と日参した父と同じ体験は出来ないのかと思うと一抹の寂しさは禁じ得ないが、街の発展のためには都市住民が甘受しなければならない試練なのかも知れない。

4月20日(木) 内面から美しく  -本・雑誌 - 読書メモ-

c681.jpg 最近、本を失くすことが多い。家に居る時はTVを見たり、フリーセルに明け暮れたりと易きに流れるから 読書はそれ以外に用途のない時間帯を充当することになるが、ひとつは電車の移動時でありもうひとつが排便時で、トイレに置き忘れるのである。気付いて取りに返ると既に片付けられた後で、党本部も議員会館も清掃が行き届いていることがよく判るが、小説を殆ど読まないので結末が判らず地団駄を踏むことさえなくとも、読み終わったら二度と手にしないであろう本でも、中途で取り上げられて仕舞うと何か人生の転機にでもなりそうな重大な知識を得損ねた感に陥り、結局再度買って余計に詰まらない思いをすることも少なくない。それはまだいい方で同じ本を再び購入して読み始めて悔恨の念に捉われたり、あまつさえ古書店で手に取った本が自分が売ったものだったりすると何をか況やである。
 それでも書店通いは止められず、生来の収集癖からなかなか捨てられもしないので、数えてみたら2500冊に達していた。平岩外四氏が蔵書2万冊で話題になったのは経団連会長在籍時だから70台半ばの頃の筈で、単純計算ではとても追い付けそうにないが、年を重ねるに連れ購入数も増え謹呈もされるだろうから、私もタメを張れるかも知れない。ただ内500冊を占める野球関連本の大半はじめ全体の半数を親の家に搬送しているが、ここも外数である20数年分の週刊ベースボール(写真)とともに床が抜けそうであり、勝負の鍵は少子化問題同様に住居の広さが握ることになろう。
 本が手放せなくなったのは恐らく、幼少時の習慣の賜物ではないか。父が商社マンで長期出張が多くかつひとりっ子だった私は、母の友人との会合に同席して単身本を与えられ読み耽っていたり、百貨店に連れられてはお買い物の間、書店で待機していたことを鮮明に記憶している。多分その影響は息子にも投影され、時には「にっぽんのかみさまのおはなし」など父の思想も投影され、セミライトな読書フリークに育成されつつあるが、面白いのは同じ絵本を空きもせず繰り返し読み返すのである。思えば本に限らずレコードにしろ、子どもの頃は一冊一枚が貴重だった。それが量の増加に伴い当然単位当たり価値は減耗し、その多くは右から左へと通り抜けていく。即ち幼少期に覚えたことは忘れないというのは、勿論加齢による記憶力の衰えもあろうが、脳への刷り込み度合いの著しい格差にその根源を求めることが出来るのではなかろうか。或いは次から次へと対象を取り替えるのは、集中力の減退と、常に新しい知識を補充しなければならないという強迫観念と、更に言えばモノを考えるという崇高な作業への従事を回避するために読書という易きに流れているためではなかったか。量から質への回帰、そろそろ平岩外四氏に対峙することは諦めた方がよいのかも知れない。

4月18日(火) あなたの耳へ  -コンピュータ - 通信・電話-

c677.jpg先週から不通でメールも会社からしか見れない不便が続いていたBフレッツが漸く復活。思い起こせば2ヶ月程前、NTTの方がフレッツを50Mから100Mに変えませんかと突然現れ、費用が発生しますがその分は数日後にお送りするアンケートに答えて戴ければ補填しますのでと一見怪しい商売と見紛いそうな勧誘を受け、確かに17千円が送られてきたが、スワその代金を払っていなかったから止まって仕舞ったのかと思いきや、単にVDSL機の故障であった。昨年はマンション全体の交換機が壊れて矢張り修理に追い込まれたし、室内機も古そうな貸与品で度々動作が芳しくなくなっては問い合わせると「電源を入れたり切ったりして下さい」と必ず示唆されるので、元来不安定な機種なのだろう。異様に低速度で接続されることがままあるのは、集合住宅内で映画でもダウンロードしている輩が居られるのかも知れないが。今回は本体そのものの交換となりロハなのは良かったが、ハテではあの17千円はどうなったのだろう。知らぬ間に電話代に加算されているのだろうか。

 三宅宅三・元毎日外野手、ロッテ球団スカウト部長が85歳にて逝去。ロッテ時代に外国人二人枠からはみ出す台湾籍の李宗源投手を養子に迎えるウルトラCの立役者となったことで有名だが、"上から読んでも下から読んでも"では越智通雄元金融相と双璧だろう。実際、三宅氏も実父が市会議員で選挙用の命名だったらしい。合掌。

4月16日(日) 教育という名の実験  -学校・教育 - 子育て・教育-

c676.jpg 読売新聞によれば「経済的理由などで塾に通えない子どもを支援するため、文部科学省は来年度から退職した教員OBによる学習指導を全国でスタートさせる方針を固めた。通塾する子どもとの学力格差を解消するのが狙いで、放課後や土・日曜に国語や算数・数学などの補習授業を行う」という。文部科学省が学習塾を敵対勢力から学校の補完機能として共存を図る方向に転換したことは妥当な判断であるし、07年に大量に定年を迎える団塊世代の活用を図るというも現実的な対応だろう。
 しかしよく考えてみると何か可笑しくないだろうか。学習塾は本来、受験であるとか学校の授業では対応し切れない特殊技能の習熟を趣旨とするものである。それを塾に通わなければ著しい学力格差が生ずるまでに学習塾に負うところが大きくなって仕舞ったのは「ゆとり教育」弊害以外の何者ではなく、先ずは学校の授業において学力格差の縮小を図るべく対応を図らなければならないということを文部科学省は意図的に隠蔽しているのではないか。
 しかもその枠組みとして「地域子ども教室」を活用するとしている。これは厚生労働省の放課後児童クラブ、所謂"学童保育"に対抗して文部省が設営したもので、地域住民との触れ合い等を通じたスポーツ活動等の"子どもの居場所作り"を旨としているが、地域によっては空き教室を使って学童保育を行い、地域子ども教室を保育所等の地公体施設で行うという逆転現象が生ずる程、両者の類似性が取り沙汰されている。詰まり文部科学省は歳出削減喧しき御時世において、事業の生き残りを図るべく観測気球を打ち上げたと揶揄されても仕方がないのではなかろうか。
 例えば各省庁に何等かの説明等を求めると概ね担当局・課から1名と、案件が多岐に亘ったとしても別部局から1名程度が付随して来訪されるのに対し、文部省は課毎に5名程度が本席に並び更に1名ずつ後ろに控えるというショッカー状態で、如何に縦割り行政が浸透しているかの証左に他ならない。
 凡ゆる行政に実験台という側面があることは否定出来ないが、教育は中でも国家にとって長期間に甚大な影響を与えかねない特色を有している。文部科学省こそ民主党以上に解党的出直しが必要だろう。

4月15日(土) おぉちぃウルトラマン  -育児 - パパ育児日記。-

c675.jpg 正月に訪ずれるも怖がって乳母車から下りなかったウルトラマン倶楽部だが、祐旭の発言が"大きいウルトラマン怖いね"から"もう大丈夫"、更に"行こうね"に変化したことを梃子に、復辟の機会を伺ってはいたものの本人の風邪や雨・寒冷と天候にも恵まれず、一旦決まった3/18もタカラトミーに変更されるなどなかなか実現に至らなかった。満を持しての再登板となる筈だった先週末はお母さんがトイレに入るだけで号泣する母恋し病いの再発によりどうしてもお父さんでは駄目と主張するので泣く泣く断念に追い込まれていたところに、性懲りもなく今週もである。
 予想通り抵抗が強く父と二人で外に出るだけで既に号泣滂沱の嵐、駅に着いても事態は好転せずこれはこのまま帰るしかなかるまいと落胆も露わに踵を返そうとした瞬間、逆方面に入ってきた三鷹行に向け、引き続き泣きながらではあったが発せられた「乗りたいよ~」の一言を父は見逃さず、続いてやって来た総武線千葉行に押し込んだ時には遂に哀しみは収束に向かい一路浅草へと旅立ったのである。
c674.jpg しかし早々開館前に浅草ROXに到着し、玄関に聳えるマン像を見上げ「怖くないね~」と自答するのを耳にして、父は勝ったと心中祝杯を上げたのは未だ浅薄であった。いざジムランドに入るべく乳母車の紐を解き始めると、何時か来た道「降りないよ~」攻撃が始まった。大きいウルトラマンが怖くないことは確認済である。以前に比べれば同世代の子供達への耐性も相当に獲得している。にも拘わらず後込みするのはこのところ渋谷の東京都児童館でもそうだった様にジム系の遊具を嫌う傾向が出てきた為か。事務系が嫌となると将来の選択肢がいきなり半分になって仕舞うがジムが駄目でも大きな支障はあるまい等とひとりごちている場合ではない。鳴呼最早これ迄と観念しかけたがここで引いては朝の号泣行程が水の泡、ウルトラマン本を発見するとそれを読もうと誘い出し、オヅオヅとも入って仕舞えばこちらのものである。ジム本体こそ最期まで足を踏み入れなかったが、バルタン星人玉入れに熱中し、11:30からは着包みウルトラマンマックス主宰のクイズ・ショーを堪能。そろそろ二人とも疲れてきたので長蛇の列となった握手はパスして帰路に付いた。本人にも確認を取ったが帰ってみると「ウルトラマンとバイバイした」「みんな握手してた」「僕はしなかった」と母に報告しており一寸心残りだったのだろうが、お父さんとしては満足の一日であった。
 なおこの日17:30からのウルトラマンメビウス第二回放映は見送った。第四期以降のシリーズは各々の番組毎に世界観が完結しており、従ってヒーロー同士の相互乗り入れはない替わりにウルトラマンが複数登場したり、何段階にも変身して一人二役も三役も務めることでマーチャンダイズ上の利点にもなっていたのだが、メビウスは80以来25年振りにウルトラの父・母・兄弟という ザを除く第一~三期ウルトラマンが勢揃いする運びになっている。恐らく子を持つ親となった世代の郷愁に訴えようとの魂胆であろうが、その分子供にも判り易く、ただ直截なだけに祐旭にはまだ刺激が強過ぎる様で第一話放映終了後も興奮し過ぎて泣き喚いていた。幸い一話を見る限りお父さんも熱心に鑑賞したいとは言い難かったので氷川きよしの偽物の如き主人公を毎週見る羽目に陥らないのは幸いでもあった。

 夜は二ヶ月振りに中国男の練習で終了後、ともに公演をとネット上で呼び掛けたところ反応戴いたバンドの方を招いての顔合わせ会。是非本年中にYMOフリークの会を実現に漕ぎ着けたい。
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