コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

7月31日(日) 再開

c487.jpg 4月の公演の後小休止していたYMOカヴァーバンド・中国男の練習再開。12月に初めて対バンのひとつとしての出演が決定し、新たな課題曲2曲を初音合わせ。毎度のことだが初めて合わせて見事に演奏が決まる程の技量は勿論なく、悲惨な状況。ここから修正を繰り返し人様に(何とか)聞いて戴けるレベルまで持っていく課程が一苦労である。間に"政治の空白"を挟むかも知れないが、さてさて頑張りましょう。

7月30日(土) 逆回転

c486.jpg 余りに何度もプラレールを追加購入するために遂に近所の玩具店でオマケにプラレールの宣伝DVDまで貰って仕舞ったが、性懲りも無く今日も組み立てる。これまで2回大掛かりにセッティングしたが何れも8の字をベースに円内に斜めに分岐路を繋ぐことにより逆回転が二方向に可能になることを目途としていた。しかしながらレールが足りず逆回転路がひとつしか結べなかったが故に、一度逆回転になると後は同じ方向にしか回らないという代物だった。
 そこで今般更にレールを購入したのだが、矢張り旨く行かない。それでも何時までも祐旭にDVD見せて待機させておく訳にもいかないのでいざ走らせてみるとあら不思議、見事二重に逆回転するではないか。検証してみると8の字の一方の輪が自然と回転が逆になるべく接続されていたのは無意識の成果か。 暫し親子二人で感慨に浸った後、床にカメラを置いて祐旭にシャッターを切らせてはしゃぐお父さんの姿も撮影しました。

7月29日(金) 水遊びなんてどう?

c484.jpg c483.jpg 小泉総裁自ら述べられた様に夏休みがなくなるかも知れないので休める内に休んでおかなければと思い立って、某事務所秘書の方から1歳児に適した初級水遊び推奨地を伝授され、当初は木場親水公園を想定していたが、過日児童館でのプール開きでは「イヤン」を連発して水に触れようとしなかったとの妻の証言もあり、近隣に目標を再設定、上鷺宮公園が俎上に上がった。
 早々10時前に到着すると閑散とした水溜まりがひとつ。ハテお休みかと戦慄が走るが恐らく近隣住民の方が「開場は10時ですが、11時頃の方が暖かくていいですよ」と親切にも情報提供戴いた。しかし今更如何ともし難く待機した後、10時いの一番に入場した。
 水深最大35cmのジャブジャブ池だが幼稚園児と思われる世代も浮輪で駆け回っており、案ずるより生むが易くはしゃぐ祐旭。11時に休憩が入り辺りを見回すと母子連れの山で、地元では著名なのか。住宅街の平凡な区営公園にして監視兼掃除係員1名常置は立派、と中野区に拍手。それでもわざわざTAXIで訪れる輩はわが家位しかいまい。車がないのはこういう際に苦しいもの。

 更に帰って午後には水着も替えてビニールプール。幾ら猫の額のベランダとはいえ75×50cmは小さ過ぎたかと思いきや、これまた祐旭は楽しそう。お父さんも一緒に入れないのが残念だが、続きはお風呂で遊びましょう。

7月28日(木) 謎解き

c485.jpg 「亡国のイージス」の原作を読む。ミステリー仕立てなので先に映画を見たのは本来失敗の筈なのだが、却って映画で意味不明瞭なシーンの謎が解けて面白かった。ということは映画単体ではストーリーが読みとれないという逆証明でもある訳だが。
 原作では「攻撃されない限り手を出せない」という自衛隊の"専守防衛"の是非を問う要素が色濃く出ているのではないかとの想像は全く外れ、敵役がこれでもかと日本批判を繰り広げ敵愾心を煽らせるという点では寧ろ映画の方が右寄りに出来ている。時流に身を寄せたということか。

7月25日(月) バンドとは何か

c481.jpg 夕刻台場へ赴く。時間が早かったのでパレットタウン1階サンウォーク奥の書籍他諸々雑貨店を覗き早速トーマスのガチャガチャを発見するも2000円投資の挙句特段の成果なく空しく後にと思いきや、NHKキャラクターグッズ店で、祐旭のトイレ練習を前にお母さんといっしょでお馴染みの"トイレ様"の縫い包みを購入すべきか散々悩んだ挙句に断念したところで再びガチャガチャ発見。ここでも苦悩し手元に残っていた最期の200円だけと投下してみると何とトーマスではないか!。遂に邂逅、思わず小躍りして妻にメールして仕舞ったが、目出度いのはここ迄であった。

 わざわざ海を越え雨中台場までやって来たのは軍事遺構の視察のためではない。そもそもYMOカヴァーバンド「中国女」のM氏がバンドメンバーで翌26日に坂本龍一の公演を観賞すべく手配して貰ったにも拘らず当日に夜のお仕事が入り、どうしても悔しくてネットオークションでチケットを手に入れてこの地に至ったのである。会場ZeppTokyoは仕事で何度か入ったことはあるが、公演を見るのは初めて。指定券を持っていながら勇躍早々18時前には現地に到着した。
 何故本公演がそんなに見たくなったかと問われれば、それは教授の"10年振りバンド公演"という題目に惹かれたからに違いない。坂本氏本人が述べている様に、氏の音楽がピアノ単体か、出なければライブでの再現が難しい構成に なっていくとともにバンド編成でのステージは成立し難くなっていたが、技術の進化によりそれが可能になった。かつ「代表曲は全部やる」と豪語したコンサートとなれば、YMOフリークとしては見逃す手はなかろう。缶珈琲を飲み過ぎた上にワンドリンクで麦酒を飲まざるを得ず小水が近くなって閉口したが、 19時半ほぼ定刻通りに始まった。いきなり素人っぽい演奏の「Behind The Mask」で本当に「代表曲全部」かとボルテージは高まる。「Tibetan Dance」「千のナイフ」「戦メリ」もピアノ中心の新アレンジである。ところが愈々これからと思いきや感動はここ迄であった。
 MCが入る。CO2削減の話ばかりである。会場ではECO-TシャツやECO袋も便乗して売られていた。ここZeppTokyoの電力は自然エネルギー利用らしい。後で見ると2500円もしたパンフレットも3分の2は温暖化の話だった。別にここでそんな話をされてもとも思うが、特定の思想が入ってる訳でもないし、これは許容出来よう。照明が消され蝋燭の灯りだけになったがステージが見えない程でもない。ところがピアノ曲が始まり段々疑問が湧いてくる。演奏している人が少ないのだ。例えば元は戦メリのサントラに入っていた「Rain」は、教授のピアノがベースラインも弾いて仕舞っているのでベースの外国人さんは一応同じフレーズをなぞってはいるが一寸暇そうである。メロディーはオーケストラの弦の音だがこれはもう一人の外人さんが、原曲に入っていた音のボリュームを調節したり適当にエフェクトを掛けて鳴らしている様だ。小山田ケンジ氏はギターで主に効果音を出している。と思ったら取って付けた様に後半はスティーブ・ジャンセンのドラムが8ビートで入ってきた。思えば冒頭の「Behind The Mask」以外は全部、教授だけガンガン弾いて、ベースの人は一応弾いて、左右の二人はPCで原曲の音を加工して鳴らすか、効果音を入れるかで、何故かドラムの入ってない曲でもスティーブはドラムを入れるという構造なのだ。
c482.jpg  そしてriot in Lagosが始まると教授もラップトップになって仕舞った。確かにこの曲は原曲の音を弄って鳴らすために作ったのではないかと思える程格好いい。しかしこのアレンジは既にSketch Showの公演で披露済で新味がない。続く前衛曲に至っては正直退屈、ピアノに戻って「Happy End」が始まる頃にはこの公演の意味が見えてきた。殆どの曲は昨年発売されたピアノ・ベスト盤『/04』と、その続編で9月に出る『/05』収録曲から選曲されている訳だ。要はアルバムのプロモーションだったのか。
 唯一意外だったのは「The End of Europe」だが、全員が効果音だけでまた後半にスティーブの8ビートが入ってくる。しかも効果音が大きくてメロディーが聞こえない。何だこりゃと思ってると、何ともう終わり。アンコール2回で1曲ずつ、オーラスは「World Citizen」、幾ら原曲でもスティーブがドラムを叩いているとはいえこれで終わりはないだろうと思ってると本当に終わり。ここにいないデビット・シルビアンの歌声が木霊する。これではそこにいない今井美紀の唄が空しく流れていた94年の"Sweet Revenge"ツアーと変わらないではないか。およそ100分、最終日はもう数曲あるのかなと消化不良感が残る(編注:無かったそうである)。
 終了後の辺りの反応は二分された。一般販売は極端に少なかった様だから指定の前の方は関係者ばかりなのか最初から最期まで座ったままで淡々と帰路に付いていく。一方で、ステージ付近に押し寄せて携帯で写真を取り捲っている一群、係員も厳しく制止はしない。考えてみれば入口の荷物検査もなかった。 これでは著作権法もあったものぢゃない、と言いながら私も携帯を高く掲げていた。これならカメラ持っていけば良かった。

 と文句ばかり垂れたが、どう仕様もなく詰まらなかったということはない。 しかし残念だったのは、"10年振りバンド公演"を謳いながらバンドの音ではなかったということである。教授が昨今自らのキャリアを、敢えて御本人の嗜好に合うが如くの言語を用いれば"総括"すべくベスト盤やピアノ・ベストを次々にリリースしているのは、53歳という年齢を迎え、公演中に自身語っていた様に、好意的にみれば今回のバンドというスタイルもそうだが、体力のある内に出来ることはしておきたいという意思の現れと解釈出来る。また幾ら技術が進歩したとはいえ、楽曲と"音"という要素が切り離せなくなればなる程、ライブでの再現は鍵盤に制約された既存の楽器を操ることよりも、ラップトップを駆使したステージ上の即興アレンジに集約されていくことも理解出来る。
 にも拘らず納得がいかなかったのは、バンドメンバー各々が、教授本人も含め、既存楽曲の音源に合わせて、勝手に演奏している様にしか見えなかったのだ。実際、今回ツアーの練習は全員が一同に会するよりは、電子媒体上の通信を主に繰り広げられたと聞く。ラップトップで既存の音を加工することを否定しているのではない。現にそれでもriot in Lagosは充分に気持ち良かった。 しかしメンバーが勝手に音を附加しているだけならば、わざわざ"バンド"を謳う必要はないし、練習よりセンスが問われるといえば聞こえはいいが、それは余りに楽をし過ぎではないか。
 期待過剰、と言えばそれまでなのだが。

7月24日(日) ヘルパンギーナ

c480.jpg  先週夏に乳児がよくかかるウィルス性のヘルパンギーナという風邪の一種と診断された祐旭だが、8度5分程度の熱が出ますと言われた割に、結局平熱のまま治ってきた模様。1歳までに必ず経験するとされる突発疹もやらなかったし、高熱の出にくい体質なのだろうか。現在身長約90cm、体重約12kgは順調でよかったが、体重を量る時単独では大人しくして呉れないためお父さんと一緒に載り差っ引く計測を行うので、お父さんの体重が72kgまで増幅していることも判明して仕舞った。
 ここのところ昼夜更に寝る前の輪切りパインも食い過ぎか。

 ゴルフ。前半メロメロも持ち直した後半あと1ホール残し45。最期は中間が浮島になっている短めのパー4で、第一打を4Wで打ち残り125ヤード。これを見事乗せてパーを取れば初のハーフ40台、と気張ったのがいけなかったのか チョロって池に突入。更に打ち直してまた池。結局このホール10打で撃沈した。ここ一番に弱過ぎる。

7月23日(土) 野球も相撲も

 空席の目立ったオールスターが終了、昨今の球界で明るい話題といえば横浜・クルーン投手の161km位だろう。相撲も外国人同士の争いの末、また朝青龍が優勝した。癪には障るが野球も相撲も蹴球を見習わざるを得ないだろう。相撲は伝統芸能として生き延びることが可能だが、プロ野球界は崩壊しつつある社会人野球を早急に傘下に納めるべく模索するとともに、高校・大学野球との提携を真剣に検討すべきではないか。文部省が簡単に首を振るとは思い難いが。

7月22日(金) レコーダー

c479.jpg 成仏したCD再生機の代替は結局マランツのCDレコーダと定め本日到着、早速設置した。その課程でバンドメンバーのHa氏から色々と御教授戴いたのだが、そもそもCDをPCでコピーするという行為が一般化し、単体CDレコーダという存在自体が世の中から消えかかっている現在において何故今更の決断に至ったかというと、これを買えばMDのダビングが可能であることが判明したため。
 即ちMDは著作権法上の制約からデジタルで録音したものを再度デジタルでコピーすることは認められていない。即ち、CDをデジタル・コピーしたMDを再度デジタルで他の媒体にコピーすることは本来出来ない相談なのだが、このCDレコーダは、勿論そんな解説は何処にもないのだが可能である。謎を解く鍵は"業務用"との標記で、これが「Digital to Digital可ですよ」という符号なのだ。しかしCDレコーダでも最近発売されているものは"民生機"扱いでDigital to Digitalを不可にしている機種も少なくない。もしかしたら"業務用"は過渡期の産物で一般販売から姿を消していく運命にあるやも知れぬ。5年前かつ最大2倍速のPCではCDを焼くには負荷が大き過ぎるという固有の事情も存在はしたが、業務用の一般販売がある内に購入し、ダビングも出来ずPC取り込みも労力の大きいMD地獄から抜け出さなければ、との思いが今回の決断を喚起した。
 それでも実際機械を手に取ってみるまで半信半疑だったのだが、いとも簡単にコピー完了。"業務"でもないのにいいのだろうかとの気もするが、業務でないからこそ法の趣旨には合致しているとも言える。不思議な話。

7月21日(木) 恵比寿の夏休み

c478.jpg 大学時代のサークルの同窓会で今年は幹事に任命された。恵比寿を場所に選んだのは当時の事務所があり、足繁く通った場所だから。学生で優雅な事務所を持ってること自体泡まみれで今の若い人にはとても言えない。7月に入って尻に火が付いてから恵比寿の街を練り歩き、土曜の昼に、区切られたスペースで、乳幼児参加者多数という条件の下に、座敷を所望したが結局見付からず、西班牙料理店の貸切と相成った。
 本日は幹事団と事務局が集まり現場を見ての打ち合わせ。往時、まだ恵比寿ガーデンプレイスもなかった頃に比べ恵比寿の街、とくにJR東日本が勢力を注いだ駅ビルは異様に豪奢になったが、事務所のあった東口は突堤の斜面をスイッチバックの如く降りてくる階段こそ消え失せたが、オフィスビルが1棟出来た程度で建物は存外に変わっていない。それでも店舗は変容している。「ここは何の店だっけ?」と問われると、ハテ思い出せない。学生時代も遠くなりにけり。

7月20日(水) ここは何処

c477.jpg 夜は浅草で宴。何時もは近隣のスナックで二次会なのだが今回はタクシーでワンメーター北上、カウンターのみの小料理屋にお連れ戴いた。やけに風情のある店だなとは思ったが、会話が進む内に漸く気が付いた。
 ここは向島である。そもそも下町の地理に不案内な上、向島は川を越えていくところという固定観念が働いていたが、考えてみれば最初の店に行く際に浅草駅からアサヒビールのウンコオブジェを左に吾妻橋を渡っている。向島は浅草の目と鼻の先だったのか。
 続いてもう一軒、明らかに座ってウン万円という料亭街を抜け格子戸を開けると、何故かビルの一角に着物姿の女性が溢れ、ある人はカウンターで酒を飲み、ある人はカラオケに興じている。詰まり向島の料亭も本来の御席だけでは必ずしも経営が成立せず、如何にも"知る人ぞ知る"風に二次会様別経営体を設けているということか。
 バブル経済遠き昨今、滅多に無い社会勉強をさせて戴きました。
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