コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

5月31日(月) 京の今を歩く

c441.jpg 昨日とは打って変わって本日は京の都を練り歩く。御所に続いては本年2月に完工したばかりの京都迎賓館。赤坂が"鹿鳴館"時代を象徴する洋風建築なのに対し中央に池を配し、説明されなければ決して気付かない細部にまで配慮を施した和の極みだが、茶室計画がおじゃんになるなど江戸の企みが通用しない1200年の叡智が厳然としたり、京都ならではの苦労もままあるらしい。当方一行に維新の元勲の末裔の方もおられたのだが、嘗て辺りには華族屋敷が渦を為していた模様。
 午後は空き時間に三十三間堂、東寺を拝観した後、見学は抽選三ヶ月待ちの桂離宮へ。迎賓館も確かに綺麗だったが、こちらは想像を超える美。鴨川の支流を堰き止めた池と点在する建物の配置が絶妙で、一見の価値以上のものがある(写真)。子供の頃の伏見稲荷、中高時には知恩院と京都には度々訪れていたが、こんなものが隠されているとは1200年の叡智も捨てたものではなかった。満足。

 二子山親方が逝去。重態が伝えられていたので亡くなったことそのものも、当然予想された元横綱兄弟の確執も、失礼だが意外ではなかったが、報道の大きさには驚いた。実際、往時の取組のフィルムを見ると、サーカス相撲と揶揄されたりもしたが、確かに見応えがある。相撲も真剣に体重制限を考える時期ではないか。
 通夜・告別式には脱税事件以来隠遁した兄・先代二子山親方も登場されたのだろうか(追記:登場されていた)。何はともあれご冥福をお祈り致します。

5月30日(月) 百十の王を超える

c439.jpg c440.jpg  淡路島でラウンドするのは最初で最期かも知れない。海を見渡すアップダウンの激しい快晴の淡路カントリークラブで優雅な一日。前半は平凡だったが、後半は実に久方振りにドライバー・アイアンともに安定し、最終2ホールの連続3パットが痛かったがロングのパーもあり51で実に2年振りに110を切る満足な成績となった。
 先週がいい練習ラウンドになったか、或いは生まれて初めてのスループレーがいいリズムを生んだのか。しかし炎天下のスルー、しかもこの日運転手担当だったので麦酒も飲めず、祐旭同様の帽子嫌い災いしたか、それとも昨日の新神戸経由淡路夢舞台までの長躯移動が応えたか、猛烈な頭痛が襲ってきたのには閉口した。以降フェリーで明石へ渡ってから京都まで移動する電車で眠って何とか回復したが、折角の鴨川沿いの風流なすき焼きも疲労で食が進まず、年を取ると段々肉が食えなくなってくるという一般的な現象かも知れないが。

 前夜泊まったのは豪奢なウェスティン淡路。こちらも01年11月、淡路農業公園にW先生をお連れした際に宿泊、絵に描いた様なリゾートホテルで素泊まりは勿体無いと悔やんだものだが、学習効果なく今回も同じ悔恨を残した。

5月29日(日) 何故この時期に

 比ミンダナオ島居住の旧日本兵の方の存在が怪しくなってきた。「恥ずかしながら」の横井庄一氏、「上官の命令」の小野田寛郎氏から既に30年以上が経過している。「日本に知れれば軍法会議に掛けられる」との発言は、恐らく現地活動中に離脱したか何かで逃亡生活に入り、横井氏、小野田氏とは異なりわが国の敗戦は認識していたが、大日本帝国陸軍が消滅しているとは夢想だにしなかった、というストーリーが想像される。
 もし実在されるならば長らくの勤務にわが国として最大の敬意を持って迎えなければならないのは言うまでもない。しかし事実でないのならば、何故この時期に、この話が出てきたのかに多分にキナ臭いものを感じる。

5月27日(金) 何故この時期に

c438.jpg 森岡政務官の歴史認識に関する発言が波紋を呼んでいる。一日開けてこの日の同氏の釈明を聞く限り、確信犯であり辞任も辞さない構えということだろう。
 この際、発言趣旨の是非は置くとして、事実わが国は先の大戦に敗れ、その敗戦を根源として戦後国際社会は構築されている。確かに東京裁判の「人道に対する罪」が罪刑法定主義に反すると、法的に批判することは可能だが、それを政府高官が公的に発言することは政治的な含意を有し、従って余程周到でなければならない。
 残念ながら今回の氏の発言にその周到さは見られなかったし、戦犯であっても死後その魂は等しく弔うというわが国の風習と、戦犯でないから等しく弔うという見解には自ずと相違があろう。

 今日は仲々物事がスムーズに進まず疲れました。気を取り直してさぁ来週。

5月26日(木) 空転直下

c437.jpg 郵政法案が漸く審議入り。愈々お盆明けまでの長期延長が見えてきたが、国会の動きは各方面に影響を及ぼし、御多分に漏れず我々もその範疇に含まれる。今日も火曜日に13時から本会議の情報が漏れ聞こえはじめ、丁度その最中に予定していた印度議員団の訪問を我々のみ、議員なしで迎えるという役不足極まりない事態となって仕舞った。野党欠席のため本会議がスムーズに進み、時間前に終わったので何とか後半は議員が現れ事なきを得たが、空転していた24,25日は逆に議員の予定はガラガラになっていたし、日程の読みは難しいところ。

5月24日(火) 譜面の魔術師

c436.jpg 思い立ってMIDIファイルから楽譜に起して呉れるソフトを探索。先の中国男ライブの際には矢野顕子の「David」を一曲丸々MIDIから手で採譜したのだが、労力が多き過ぎるので今回の"新曲"にとても手作業しようという気力が起こらなかったもの。
 いざフリーソフトに毛の生えた様なものをダウンロードして試行してみると、存外に綺麗に出来る。こんなことなら最初から機械に頼れば良かった。しかも嘗ての「音楽春秋」社楽譜でも思いのほか簡略化されていたり、楽譜が実際に鳴っている音と必ずしも合っていなかったりするから、これで補足すれば完璧。取り敢えずは肩の荷が降りた感。どうも常に切迫感に煽られていて、ひとつひとつ課題をこなしていかないと。

5月23日(月) Revolution No.8

 マンションの駐車場第八号が遂に埋まったとの発表があった。他の駐車場に比べひと回り小さいことから入庫しにくく、長らく空席となっていたが遂に契約者が現れたとのこと。遊ばせておくのも勿体ないので、ここ数年間は安価で使える来客用駐車場として活用されていたが、使用実績の半数以上を占めていたのはわが家。管理組合としては収入が増えるので喜ばしいだろうが拙宅には痛手、嗚呼。

 副首相が総理会談をドタキャンして帰国。共産国家らしいと言えばそれ迄だが。

5月22日(日) 環境の変化

c435.jpg 先週後半から三泊で実家に行っていた妻と息子が帰ってきて久々に一緒に風呂に入るが、髪を洗うと号泣していたのが すっかり治っている。一方で、実家では夜泣きが激しかった様で短期間の環境の変化の功罪、と言うべきか。

5月21日(土) 朝から朝まで

c434.jpg 今週から三週連続仕事ゴルフ。バッグはゴルフ場からゴルフ場へと飛び回る。食えないプロの如し。千葉ニュータウン駅に到着すると広大な掘割鉄道用地に複線がポツリ。高額で有名な北総公団線が成田新幹線の兵どもが夢の跡であることを再認識する。2010年には成田まで繋がる様で、新橋まで最速1時間とはいえ、矢張りベッドタウンというよりは、郊外のゴルフ場最寄駅の方が相応しかったのでは。
 今回もスコアは悲惨だったが、一緒に回った元慶大ゴルフ部の方が前半1オーバー。ここ迄上級者だと旨い人と回ると参考になる、という域を越えて声もない。ところが午後は渋滞して仕舞い、途中でコンペの4組が揃って仕舞い、始球式再びの状況。名門コースとはいえ詰め込み過ぎではないか。

 ここから東京を横断して夜は原宿にて昨年に引き続き公演ビデオを鑑賞しながらの「中国男」反省会。例によってドラマーH氏がYMOに関連するCDやDVDを持ってきて戴いてこれ等を回しながら"新曲"も検討。更に終了後ノリでカラオケに突入して仕舞ったまでは良かったが、3時を過ぎるに到って腹に殆ど入れずに麦酒ばかり飲んでいたためか気持ちも悪くてダウン気味。飯を食いにいくという一団を残して這う這うの体で退散した。一寸無理をし過ぎだったか。

5月20日(金) 溜まる資料達

 今週は勉強会が4本と目一杯「少子化」の一週間だった。そして来週も。1月半ばから経済情勢の報告作成が始まり、加えて2月から少子化。4月には経済情勢が終わったと思ったら福岡対応、黄金週間は印度、今月は少子化の大詰めである。
 毎月「来月になれば。。。」と淡い希望を抱いてきたが、6月一杯で本当にゆったり出来るのではなかろうか。しかし出向してからの方が会社時代より忙しいとは話と違い過ぎる。矢張り"メーカーは楽"だったのだろうか。。。
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