コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

2月28日(月) 松山ラウンド

c386.jpg 二日目はゴルフ、平日かつ地方でゴルフとは優雅もここに極まれりというか有難い話(?)である。残念ながら海を見渡せる素晴らしい景色を堪能するにはとても余裕がない成績だったが、ゴルフ場の作りとともに気分は幾分バブリー。しかし常に二打目がウッドでは矢張りスコアは上がらない。もう少し飛距離を伸ばさなくてはと痛感するとともに、アプローチを再構築するためには実践を増やすしかなかろうというのが結論。出直し出直しと言い続け早2年以上110が切れなくなって仕舞い、これが実力ということか、では寂しい限り。
c387.jpg 終了後は松山港に移動し、スーパージェット6300円で広島・宇品港へ。 呉経由だったため護衛艦が次々に登場し目を奪われる。いずれこちらも視察に訪れたいもの。松山に続いて路面電車にも乗り街を眺めて本日の夜は内輪の宴会なので伸び伸びとするが、矢張り某先生事務所にご手配戴き有難い限り。終了後は活況を呈する歓楽街"やげんぼり"に繰り出し夜の部の視察も行った。月曜にも拘らず、広島経済は存外に巡航(?)の様である。

2月27日(日) 風呂の松山

c384.jpg 本日より2泊3日の視察旅行である。というと大仰だが出向先は各社の異動時期により五月雨式に交替するため、帰任を迎える面子が出ると"卒業旅行"と称して地方巡りをするのが慣例になっており、今回はまず松山へ飛んだ。
c385.jpg 松山と言えば大河スペシャル放映も控える「坂の上の雲」の舞台ということで秋山兄弟生家・子規堂視察、更には何故かリフトで登る松山城から街下を一望、商店街を練り歩き中心市街地活性化法の重要性を再認識(?)とコースをこなしたが、メインは矢張り道後温泉。明治27年建立の道後温泉本館の二階に登ってまず浴衣に着替えた後「霊の湯」でひとっ風呂、こちらは存外に狭い。更に夏目漱石も入浴したという「神の湯」にもざぶんと浸かった後は、大正・昭和両天皇陛下が行幸され、実際に浸かられた皇室専用風呂の「又新殿」にもお目に掛かる。存外に歩いたので、風邪引きの体にも熱いお湯が心地よい。恐らく回転をよくするために高温にしているのだろうが。
 本日の宿、何故か黒川紀章氏設計の道後館に入り、夕食には諸所ご配慮戴いたS先生もご出座され恐縮至極。少々硬い(?)話題の宴席となり、教授のエピソードが伺えなかったのは残念も楽しく過ごさせて戴き、終宴後は滅多に再来することはなかろう温泉街も覗きたかったが風邪を悪化させないよう今度は宿の風呂にゆったりと入り、まずは早めに就寝しました。

2月24日(木) 天才とは何か

 1年に亘り断続的に続いた勉強会が漸く終焉に向かい打ち上げに。ところが終電を逃し雪の中彷徨い歩いて命辛々TAXIを捕まえる羽目になり、すっかり風邪を引いて仕舞った。
 飲み会にて、天才とは常人では結び付かない点と点を、論理でなくかつ直感のみでもなく、思考として瞬時に結び付け得るものであり、年齢を重ねるということは経験の名の下にその思考回路を分断し、固定化させるものではないか、とふと感じた。

2月23日(水) 永田町音楽事情

c383.jpg 国会議員4名にて編成されたバンド「Gi!nZ(ギインズ)」のチャリティー公演を鑑賞。ちなみに会費がチャリティーなのではなく参加者が任意を募金を行うスタイル。
 元来は林芳正氏と山本一太氏で始まったらしいが、現在は林芳正(EG,EP,VO)、浜田靖一(Vo)、小此木八郎(Vo)、松山政司(EG,Vo)の四先生方。打ち込みの(恐らく)テープ演奏に乗せて4人がGSスタイルで並んで演奏したり、或いは林氏のピアノ独奏で小此木氏が朗々と唄うという複編成になっている。
 要は林氏のワンマンバンドで、幼少からピアノを習ってて中学生頃ギター少年に転向したというクチか。大半が氏の自作曲というのは驚きだが、流石に打ち込みはプロに頼んでいるのだろうか。
 何時の日か参加したいな(笑)と思いました。

 ニッポン放送増資で対抗。これが通るなら最初からそうすれば良かったのではと思って仕舞うが、時間稼ぎ出来るだけでも堀江氏には痛手かも知れぬ。

2月21日(月) 事実の判明

 金曜日に泥酔して失礼なことをしてなかったかと不安のまま過ごしたが、本日出席者諸兄にヒアリングした結果は、先方を普通にお送りして三次会にも行こうとしていたが、周囲の静止でTAXIで帰った。とのことで先方に支払いをさせて仕舞ったという失態を除けば、無難にこなしていた模様で一寸安堵。 人間無意識でも理性は働いているものか。
 しかし大変はしゃいでいて大声で唄って盛り上がっていた、とはストレスが 溜まってるのか、或いは念願の出向で舞い上がってるのか。

 週末調子の悪かったBフレッツがマンション全体の設置機を交換することで無事回復。私のPCが古いから壊れたかと焦ったが早めに連絡して良かった良かった。

2月20日(日) 私の息子は左利き

c382.jpg ボールを投げるのも、スイッチ遊びをするのも、飯を食うのも左手を使う祐旭。これは明らかに左利きだろう。さて矯正するのが良いのか。世の中は殆ど右用に出来ている。レフティーは食事では肘が当たるし、定期券は挿入しにくいし、ゴルフの練習では顔と顔を付き合わせて気まずい。
 それでも折角左手が使えるのだから、右も練習して両方を活用出来る様にすれば右脳も左脳も活性化して好都合かも知れない、現に欧州ではそういう教育もある様だし。未だ嘗て両手を使って字を書いている人はコロコロコミックに連載されていた受験漫画「とどろけ!一番」の主人公ぐらいしか寡聞にして知らないが。

2月18日(金) 嘔吐の嵐

 出向後15人規模の宴会が続く中、今回は初の幹事ということもあり緊張が祟ったか、二次会に移動する頃から記憶が断片的にしか残っておらず、気付くと朝でしかも昼まで起きられず。その上、何と今週二回目の風呂での嘔吐と妻に告げられ怒られる。ここまで来ると人間として大変恥ずかしい。。。

2月17日(木) タンクたん九郎

 私の所属する研究所も一応、シンクタンクなのだが党内では現在、シンクタンク設立論が旺盛。次期総理の呼び声も高い御仁が音頭を取っておられるが果たして政党にとってのシンクタンクとは何かと問われると恐らくわが国に数多存在する企業系・営利型シンクタンクではないのは一致しているのだろうが、まだ確たるイメージは固まっていないのではないか。
 米国の如く、政治をアクター間の利害調整の場と捉え、その勝敗を票とカネという反対給付に直結させ、それを制度として担保するロビイストを設けるというシステムを肯定的に捉えるならば、米国型シンクタンクも成立し得る。しかしシンクタンクそのものが本来政党が担うべき政策調整機能を有して仕舞うという事象以上に、そもそも大統領制の下、純然たる三権分立の成立する米国において立法府にとってのこの現実的な「機能としての政治」が成立し得るのに対し、議院内閣制下で立法府の多数派が行政府を構成するわが国においてはアクター間の利害相反はそのまま行政官庁間の相反に帰すというマイナス面がある上に、嘗て事実上成立していながら公式には認めてこなかったその構造を、況やそれがより肯定的に捉えられなくなっている現代において-その本質的な是非は未だ不明ながら-改めて肯受することが出来るのだろうか。
 極論すれば議院内閣制下における政策立案システムとは、いかにアクター間の競争とその勝者の直接の影響力を政策決定の場から如何に遮断し、かつその取捨選択に有効な情報からは遮断されないという、微妙なバランスに乗るべきものではないか。となれば所詮、わが国におけるシンクタンクとは政策手段の外注先たる存在を超え得ないのではないか。或いは雇用の大幅な流動化が進展すれば、人材プール機関としての有用性は生まれるのやも知れないが。

2月16日(水) 「何故か多忙」

 出向先は時間的には余裕があって自由に活動を、と散々十年前から聞かされてきた筈なのに、何故か会社よりも忙しく、ふらふらと出歩いてもいられない。色んなことに首を突っ込み過ぎか?。
 本日、中部国際空港開港。

2月14日(月) 公演始動

c381.jpg 新宿厚生年金会館隣の「LIVEたかのや」を下見し公演開場に決定、遂に中国男l'homme chinoisの第二回公演が本格始動する運びとなった。前回から約11ヶ月を経て、新練習曲も交えて披露、第一回が事実上"プレ"扱いで極少数を招いての招待公演だったのに対し、今回は動員百人規模を目指す初の本格(?)公演となる。
 新宿駅から歩くと徒歩10分以上と多少遠いのが難だが、開店1年少々、会場禁煙(喫煙所を場外に設置)の綺麗なライブハウスなので、皆様是非お越し下さい。因みに今般より「YMOコピーバンド」から「YMOカヴァーバンド」に肩書きが変更。要は完コピではなく手弾き重視のアバウト・コピーのため。
 よろしくお願い致します。
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