コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

5月31日(土) Welcome to the School of Thought

 台風のなか楽器担いでバンド練習に。今回より「School of Thought」が加わり遂に幸宏ソロ曲にも進出、"79-80年YMO+ソロcopyバンド"に昇格した。元々キーボード3台持参、1台据付の上もう1台をスタジオから借りて、更にギターという大所帯にドラマーが見付かってシーケンサーが消えたと思いきや、キーボードのY氏が弦ベースも兼務することとなり、ステージにところ狭しと機材を並べていた本家の労苦も少しは分かろうかというもの。

5月27日(火) 5時から男

 相変わらずのパターンだが昼は暇で夜が忙しい。18時半より神楽坂で風流なお席、続いて日比谷に移動し22時より勉強会。しかしながら昼も夜も忙しい方々に比べれば楽なものなのだろう。暇だと昼に眠くなって仕舞うのが困りものだが。

 民主・自由合流協議、自民党と民自党になったらどうしようかと思ったが、民主が妥協案の統一会派を提示し、予想通り小沢氏がハードル高く掲げてこれを蹴り白紙撤回に。自由党が民主党に決断を迫るという構図を作り上げるというのは、一人で20数名を体現しているが故でもあるが、流石に小沢氏は交渉事を演出するのが旨い。しかし合流が得策とはいえ羽田氏らは良くも悪くも懲りない面々だ。

5月25日(日) 腰を使え

 約3週間振りにゴルフ練習を再開。肘痛の根幹が手打ちにあると観做し、上半身を大きく回して打つ様打法改造に取り組む。片山晋吾も素振りの時は必ず顔も右に振っているのでこれを参考にしてみた。最初としてはまぁまぁか。肘に負担少なく腰が痛むのはゴルフの本来の姿だろう。

 深夜、坂本龍一のラジオ番組「Radio Sakamoto」を聴く。嘗て火曜夜10時のNHKサウンドストリートを毎週欠かさず聴いていたことを想い出す。またデモテープ特集だが教授の、機材の進歩で発想が面白くなくなったという弁は 理解出来るものの、その反動で敢えて手作り感の強いものばかりオンエアしていた様でサンストの佳作を集めたアルバムDemo Tape 1にも収録された「Marble Water」の如く圧倒的なセンスの光るものは無かったのが残念。

5月24日(土) コラム復帰

c50.jpg 先週は夜の予定を全てキャンセルする事態に到ったが漸く若干落ち着いたのでコラムも再開。本日は昨年12月に全線開通した東京臨海高速鉄道に乗ってみた。鉄道フリークというと全国路線派(所謂「てっちゃん」)、電車派等が一般的だが、私は都市部路線、とくにその変遷に興味の対象が特化している。明治期に東京駅経由の東北-東海道連接が難航したため赤羽・新宿周りの路線を設営、山手線の成立に伴い池袋以北は赤羽線、以南は山手貨物として営業されてきたが鉄道貨物の衰退に伴い埼京線として再構築。更に大井と京葉工業地帯を結ぶ貨物線として計画され、新木場以東は京葉線として東京接続に組み替えられたが、以西は大井のトンネル含め長らく放置されたままだった路線を臨海地帯の再開発に伴い旅客化、大崎迄繋げてりんかい線としてお目見え、というのが本線の変遷である。
 当たり前だが大崎からは地下に入るので面白くも何ともない。新設の品川シーサイド駅で降りてみたが創成期の幕張の様でまだ何もなく、大井町まで戻って漸く生活空間に帰ってきた。特徴は運賃の高さ。別会社化することで臨海開発の補助金でも受けられるのやも知れないが、初乗り200円では新興地下鉄並。JRが執拗にスイカ使用を呼び掛けるのは埼京線からスルーで乗らせ、この高額に気付かせないためではないかと疑われても仕方あるまい。

 クラフトワークの本を読んで久々に聴きたくなったのでCDを借りてきた。 実は「Electric Cafe」だけは聴いたことがなかったのだが、実に86年発売当時ぽくっていい。
 一週間コラムを休んだ替りでもないですが、98年の「旧・コラム堀内一三」も再掲載しました。嘗ては"コラム"に拘る余りネタ回しに苦しんで半年持たずに消滅に到ったのだが、今読むと辛口路線だ。

5月17日(土)-18日(日) 昇仙峡再び

c49.jpg 某事務所K氏主催、横浜在住者による勉強会の特別研修会の名目で山梨に1泊旅行。緑区(現青葉区)青葉台に8年間在住経験があるとはいえ横浜には直接の縁はない私だが、折角のお誘いだったので昨年参加、3ヶ月に1回の例会では毎度のネタだが「プロ野球の歴史」を講義したこともある。
 さて8:20谷保駅待ち合わせで中央高速に乗る筈だったが起きると集合時間まで5分、珍しく完全に寝過ごして仕舞った。止むを得ず甲府迄あずさで駆けつける羽目になり、今会もっとも"研修"らしかった第一行程の山梨大・田中教授による超伝導見学を見逃して仕舞った。11時過に合流しその足で昇仙峡へ。甲府に赴任していた友人H氏の案内で2回、更に妻と2回と特段昇仙峡フリークでないにも拘わらず4回も訪れたことのある、腰痛続くなか延々登るのは辛かろうと思っていたところ、流石に40代の多い会だけに滝まで赴きそのまま引き返し安堵。ほうとうを食し、店に奨められた獣道を歩いていく様なもうひとつの滝を覗いてから八ヶ岳方面に移動する。
 15時過サントリー工場着。蒸留酒工場はギリギリで間に合わなかったため、 天然水の方を見学。試飲会場で「サントリーだけに三通りの飲み方で」などとベタな笑いとともに賞味する人々。更に八ヶ岳アウトレットを経て泉郷へ。ここも大学卒業直後に来た筈なのだがどうも往時と異なる感あるのは記憶の混同か。幹事のH氏親御さんが大量の食材を抱え登場され多謝、馬刺が実に美味でした。多忙な方々で早々21時前にオヤスミになられる方もおり、0時就寝。

 ところが一寸飲み過ぎた様で5時に気持ち悪くて目が覚める。部屋で吐く訳にもいかず駐車場のトイレ迄歩いて嘔吐。戻ってもう一眠りしたが何と6時半には全員起きている。もう一度風呂に入り9時の送迎バスで私は一足先に退散したが、この後一行は清里経由、天文台見学等所定の行程を満喫された模様。

5月15日(木) 個人株主

 昨夕は歩行に困難を来たす程再び腰が悪化、飲んでる内に血行が良くなったか多少は治まったがここで無理すると危険なので、今夜も二次会待機の予定だったがパスさせて戴く。人の体は不思議というか当たり前か、朝左腰が痛いと無意識に右に体重掛けて、昼頃には今度は右が痛み出す。真剣に針か電気でも考えた方が良いのだろうか。

 株式市場対策が盛ん。仕舞には国家予算で株買うか、無税になるか、インサイダー取引も解禁されるかという勢いだが、塗り薬と一緒で対称療法には違いあるまい。勿論、企業業績自体が回復しても資産価値の減少で差し引き零になるから、並行して短期的な株価対策も必須という論理は分かるが。
 ところで私も批判ばかりしてても仕方ないので、個人株主市場に身を投じてみようかと思うのですが、お勧めの証券会社はありますか。所詮金のない個人顧客なので儲けようというのでなく、株について実感を高めるという観点で小額をオンライン・トレードに投入してみたいのですが。詳しい方おられればご指導下さい。

5月13日(火) 肘痛治療

 愈々肘の痛み激しく、3ヶ月振りに篠宮クリニックへ。ここが痛いんです、と肘付近を示すと一言、「使い過ぎですね」。電気治療が望ましいが週2~3回必須なので時間に余裕のある年寄りでもない限り無理、とのことで対症療法の注射(局部麻酔とステロイド、筋肉を緩和し血行を良好に)と飲み薬、湿布の替りの塗り薬を貰って退散。スイングから見直す必要があろう。先ずは当面肘を休め、再起を期したい。

 AERAの特集に大学時代の後輩S氏を発見。辞めないで頑張って!

5月12日(月) マニフェスト

c48.jpg c47.jpg 20時より5若手議員の「マニフェスト・シンポジウム」に参加。内容に興味があったからと言うよりは会場の六本木ヒルズを一度覗いてみたかったという誘引の方が強かったが、かつて友人達との勉強会「四木会」で公約策定に着手して見事ポシャったことを想い出した。厳密に言えば私が作ろうというのは個人の「公約」なので、マニフェスト=党としての政権公約とは異なるが。講師として訪れた北川前三重県知事曰く「まず入れてみる」も一理あるが、鶏と卵とはいえ、結局は政権交替可能でない限り機能し得なかろう。政権与党が悪いのではなく、労組以外にサラリーマン層を糾合する組織形態が無いのが問題ではないのか。
 六本木ヒルズは予想通り、恵比寿GPを上下左右に拡大した様な場所で服宝飾に興味のない私には向かなそう。門の辺りで教授(坂本龍一氏)の音楽が不定期に大音響で流され、如何にものやっつけ仕事振りに改めてげんなり。一歩外に出ると何等変り映えない六本木交差点近辺から大江戸線経由23時帰着。

 (日本)経団連が実質的に企業献金斡旋復活、存外に新聞が叩いてないのは隔世の感。果たして効果や如何に。

5月11日(日) その仮面を取っておやり

 暴飲が祟ったか肘、腰、胃と体中が痛く終日半ば横になっての一日。CSで録画しておいた「人間の証明」を実に久々に見る。妻とともに錯覚していたのだが、高峰三枝子だと思っていたら、いきなり岡田茉莉子が出てきて吃驚、どうやらTV版と混同していた様だ。ああフルムーン、デコちゃん、それは秀子。脚本の松山善三氏はその夫君、何故かつながりました。
 音楽にどうも聞き覚えが、と耳を澄ますと程なくこれはルパン似ではないかと気付く。確認すると矢張り大野雄二氏だった。流石に角川映画の最盛期で大物俳優が続々とチョイ役で出てきて驚いた。

5月9日(金)-10日(土) 房総の宴

c46.jpg 夕刻から出発して永田町で某党の重鎮方と合流、アクアラインを抜けて前上司の別荘、千葉県は岩井へ赴く。中途うみほたるでは閑散とする風景に振興策を練るも難しいところ。既に車中から飲み続けていたが、20時半着早速改めて宴会が始まり、宿に戻って風呂に入って更に飲んで0時には早めのオヤスミ、というのも翌早朝から船を仕立てて釣りに勤しむからだが、殆ど雑魚寝に近いし布団が足りず一寸寒い。
 と翌朝は5:30起床だった筈なのに、いきなり全員が5時前から活動している。年寄りは早起きなのか(失礼御容赦)、気合が違うのか。が私はまず船酔いが恐い上に、生き物に弱いので釣りの餌なぞ到底触れない。幸便に先方にも船が駄目な方がいて待機組と相成る。6時、港で船をお見送り後、辺り一面くさやの臭い漂う市場を鑑賞して宿に戻ると優しいおじさんなので余り気を遣うこともなく、沖の軍艦か護衛艦か分からぬ船を眺めながらゆるりとした時が流れてゆく。がその間只管飲み、11時に大漁を抱えて釣り組が帰ってきてから更に道の駅での昼食時も飲む、と酒浸りで帰路車中ではすっかり眠りこけて仕舞った。
 夕刻帰って嘔吐。胃潰瘍が一寸悪化して仕舞ったでしょうか。
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