コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

5月26日(土) 浦和で売ろう  -地域情報 - 埼玉県-

i386.jpg  想い起こせば四半世紀超以前に自動車ディーラーに研修に伺ったのは自動車会社の禄を食む者たるには必定の通過儀礼ではあったが、契約やら納車やらで遠乗りする先達に見習い宜しく随行し、その実道すがら四方山話しのお相手を務める優雅な日々だったと記憶している。
 勿論、「査定」と称して家屋の駐車場に鎮座する自動車の現況を調査する為に、宛も無くピンポン攻撃を仕掛ける責務も課されたが、時は流れ今や選挙運動とは別の理屈であるが、個人情報保護ばかりが喧伝される昨今、自動車ディーラーもまた闇雲な個別訪問は自粛すべく御時世となっている。
 従って昨年の工場実習に続く販売店実習に挑む同僚も、基本的には店舗にて待ち受け対応と言えば美しいが、新車が発表される訳でもなく店に佇んでいたところで平日の真っ昼間からふらっと車を買いに来る様な酔狂な輩は稀少で、些かお茶を引いて仕舞うのも致し方なかろう。
i387.jpg  実際、外環道直下を走る国道298号バイパスの立派さに鑑みれば、郊外型のロードサイド店舗かと思いきや、確かに東西南北に点在する浦和の駅群からは若干距離はあるものの、辺りは古くからの住宅街だから固定客への対応で概ね営業は事足りるのか、土曜日と謂えども客脚は思い切り疎らである。
 工場実習は社内だから人事差配に依り教育プログラムも綿密に編まれていたが、販売店は飽く迄別会社に受け入れをお願いするので、猫の手も借りたくて猛烈に多忙になるのがまな板の鯉たる当人に望ましいかは別として、当たり外れが生ずるのは致し方なかろう。寧ろノルマに追われる自動車販売業の日々のプレッシャーを目の当たりに体感することが、立派な研修ということか。
 なお帰路はわざわざ大宮線から一旦側道に反れ、美女木ジャンクションを見聞してから真っ直ぐ池袋線に戻った。実は池袋線と外環との行き来は何度もしているのだが、こうして南北に抜けると某先生の労作たる狭隘地における信号機付きジャンクションの構造がよく把握出来る。
 何はともあれあと二ヶ月、首を長くして帰還を待ってます。

3月31日(土) さんまよりサクラ  -日記 - -

i322.jpg  目黒川が桜のメッカたることは花見に疎い身の上においてもよく承知している。元より目黒に赴いたのはお世話になった大重鎮秘書の方の葬儀が本旨ではあるものの、斎場たる菩提寺を出て坂道を下り、再三宴会に活用した雅叙園を左に見やれば目黒川は目と鼻の先とあらば寄り道するに如くはない。期せずして二日連続の花見に至ったのである。
i323.jpg  既に満開は過ぎ些か葉桜も混じって絵柄としては桜並木の咲き乱れ感には欠けていたものの確かに豪華絢爛、しかも長いのである。考えてみれば鉄道忌避伝説の真偽は兎も角、現に目黒駅自体が品川区にあり、目黒区の中心部からは相当に距離があるのだが、歩き始めて引き返す訳にもいかず結局中目黒まで徒歩行軍と相い成った。元より草木自然への感受性に乏しいからだろうか、幾つもの橋を超えても異なった光景が現れる訳でもなく後半は多分に食傷気味であったろう。
 異国からの顔触れも少なくなく観光立国に立派に貢献する一大資源には違いないが、川面に目を向ければカヌー・クルージングに興ずる向きもあり、船着き場宜しく川底を段丘型に敢えて溝を設けてあったりと水質改善の効果も大いに威力を発揮している模様である。
 桜はまだまだ遠く池尻まで続くが東横線で渋谷に出る。既に地下化され久しいが、東横線地上駅跡地に南方から埼京線ホームが引っ越して来ると、旧玉電由来の「玉川口」も消滅することになろう。

i324.jpg  考えることは皆似通うもので、夜には馬橋小にて夜桜見物が行われており、友人宅に赴いた祐旭を余所に三人でライトアップを眺めた。
 今日は正門も開放され、校庭には相応しからぬ酒盛りに興ずる人々が見受けられる。周辺住民の苦情で遂に靖国神社の中も会食厳禁となったと聞くが、上野公園を除いて公共の地での花見が難しくなりつつある昨今、本数こそ少なく絶景スペースは限られるとはいえ、学校は新たな穴場なのかも知れない。
i325.jpg  隣の馬橋公園にも足を伸ばし、こちらもそれなりに賑わっているかと思いきやほぼ人っこ一人も見当たらなかったのは矢張り時宜を逸したからだろうか。
 公園脇に廃墟と化しつつあるアパートは旧気象庁官舎である。馬橋公園が旧帝国陸軍気象研究所跡地たるのは有名で、現に私が馬橋小に通っていた時分には未だ建屋が健在であったし、だからこそ駅前の氷川神社内には全国唯一の気象神社が今も鎮座している。
 どうやら更地にして公園拡張に供される模様だがこの財政窮乏の折、区に払い下げても国・地方併せての債務削減には少しも寄与しないのだから、一見して何故に民間に売却しないのか不可解である。
 高南通りの駅を挟んで北側同様に再開発が頓挫したのだろう、馬橋小に面して恐らくは阿佐ヶ谷方面に延伸すべく名残りか、馬橋地域には全く不似合いな歩道の広い二車線道が拡がっており、明らかに低層地域ではないし隣接する秀和レジデンスも大分とお齢を召しているので建替地か一体開発すべきではないかと思うのだが、そこは革新・杉並、合理性だけでは話しは進まないのだろう。
 来年の桜は何時咲くのだろうか。

3月30日(金) 枝垂桜の下には  -日記 - -

i318.jpg  「花見」と聞いても多分に胸踊る感受性に欠けるのは、恐らくは赤緑色弱のため色彩を受容するレセプタの機能が弱いからであろう。勿論、色盲ではないので桜のピンクは判別出来るのだが、想像するだにLEDで青色が薄くなった信号も緑にあらず水色としか認識されないのと同様に桜も実際にはより艶やかで、その秀麗に預かれないが故に花見への関心が惹起されない。元より小説は殆んど手にしない事実至上主義からも美学への興味が導かれないのだとしても、それもまた自覚せぬまま刷り込まれた色彩への忌避感に由来しているのかも知れない。
 にも拘わらず人心とは不可解なもので、年々早まる満開の時期も今週一杯などと喧伝されると妙に名残惜しくなり、そこに「花見はされましたか」とのメッセージが加わり、いそいそと設営に勤しむことになったのである。
i319.jpg  ところが日程決まったのが火曜、かつ当日は年度末の金曜とあれば日比谷公園にしろ、芝公園にしろ、花も団子もとばかり優雅に会食しつつ桜香を愛出る様な豪気な店が抑えられる筈も無い。だからと言って上野公園に茣蓙を引くのは憚られ、慌て都内の桜の見処一覧と首っ引きになり、六義園に辿り着いたのは閃きを超えるものでは無かったが、同僚に依れば程近くに嘗て訪れた名古屋コーチンの店があるという。早速電話するとライトアップ中なので混雑が予想されるとの解説付きながら八席を確保出来、ここに無事開催が約束された。
 ところが今度は定例のメンバーに声掛けするものの、見事な迄に全滅である。結局主賓の手を煩わせ四方八方に募って戴き、形になったとは却って申し訳ない限りであろう。

 さて当日は、この期間のみ開放される駒込駅至近の染井門に19時集合、早めに到着したものの存外に肌寒い。しかも主賓が現れない限り参加者の顔も判別せず、確かに多分に場違いなスーツ姿の御仁も見受けられるものの、いきなり声を掛ける訳にも参るまい。
 やむを得ず暫し喫茶待機したものの、間も無く到着の報を受け寒空に及ぶと、俄かにチケットを求める隊列が数珠繋ぎに伸びていて、なる程メッカであることが伺われた。
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 日比谷や青山の如く軍用地を転用した巨大な緑地を除けば、都心の公園の多くは大名屋敷とその庭園に由来し、維新の元勲のそれが残さていても民間施設と化しているのとは好対象であろう。
 こちらは側用人の代名詞たる柳沢吉保邸跡で、中央に立派な池が配され回遊する構造になっている。結局首尾よく計五名にて散策し、正門前の巨大な枝垂桜よりも寧ろ奥まった方がライトアップで角度に依って色合いが異なり、人工的とはいえ風流であった。暗闇に光が当たっていないと葉桜なのか単なる葉っぱなのか判然としないのは、目のハンデに関わりなかろう。
 正門を後に店に着いたのは読み通りの20時。残念ながら桜には間に合わなかった後発組も合流して俄か政官報民交流と相成り、最早桜の記憶も薄れるが如くに、年度末31日を迎えてなお二次会が続いたのであった。

3月20日(月) ああ茨城に涙あり  -地域情報 - 茨城県-

i303.jpg  嘗てミュージアムの奥の院で「印籠」にお目に掛かったのは最早十年以上前である。爾来選挙やゴルフで再三茨城県には訪れてはいるものの、光國公のお膝元、水戸に降り立つのはそれ以来である。既にスーパーひとし君ならぬスーパーひたちも、上野東京ラインの開通に伴い旧名のひたち/ときわに復して利便性も高まっている。
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徳川ミュージアム(07/4)
 折しも大河ドラマ「西郷どん」には一橋慶喜が登場し、遠山金四郎の如く遊び人の「ひーさん」は脚色が過ぎるとしても、九代斉昭公の「紀尾井町に水戸が無い」発言は、敢えて水戸家を中納言に留めて大日本史を編纂させ、皇室とのパイプ役を担わせたとする某大臣の慧眼を裏付ける感もある。
 残念ながら偕楽園はおろかまさに花盛りの梅の木一本も拝めず後ろ髪引かれる様に車窓から遠く眺める蜻蛉返りだったが、南口の面妖な納豆記念碑を拝謁し、印籠ティッシュを土産にしたのが僅かな痕跡であったか。
i304.jpg  実は今月は水戸に御縁が深く、月初には大政奉還150年に合わせて15代当主の還暦の会が催され、いきなり「彰往考来の会」とあって面食らったが、光國公の彰考館の語源となった「過去を明らかにして未来を考える」との意らしい。
 明らかに分不相応ながら馳せ参じたのは嘗て沖縄にて九死に一生お救い戴いて以来、「風車」を僭称するが故であり、「うっかり」の方があるべき姿なのかも知れないが、所属が異なるので間諜を自認すべきであろう。
 愈々本物の「水戸のご隠居」になって仕舞われる訳でも無かろうから、引き続きご指導賜りたい。

10月19日(木) クラリスを探して  -地域情報 - 静岡県-

i123.jpg  奈良から一夜開けて午前中は愛知漫遊だったが、昼には切り上げ新横浜で下車、若干引き返して藤沢に至る。激励訪問に赴いても登壇して一席ぶてるネームバリューがある訳でもなし、一票にもならないのにお邪魔では無かるまいかと、とくに激戦区においては恐懼するものの、ご紹介先の対応状況を確認するという大義名分は存在しよう。
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 江ノ電で海へと出掛けたいところだったが、昨日と打って変わって本日は分刻み、JRを乗り継ぎ神奈川横断、更に新宿への旅路に、公共交通機関の発達した首都圏の有り難みを今更ながらに実感する。
 期日前投票の促進でハガキ投函のタイミングも早まりつつある現在、選挙戦も終盤となればどうしてもハコ物の連発に頼らざるを得ない。果たして同じ顔触れが民族大移動しているのではないかとの懸念を抱きつつ、それでも空席が目立てば陣営の士気に響くから立ち見満席が目論まれ、愚直に応対しつつなお果たして当然に支援者ばかりの情景に晒され、逆に高揚の余り上方修正バイアスの錯覚を齊す恐れありやなしやと取り越し苦労になれば良い危惧を残す。

 明けて19日は単身、新富士駅にて早朝車を借りて発進である。"創業"メンバーを有する静岡もまた希望扇風が吹き荒れるかと思いきや既にこの時点で台風一過、替わりに本物の台風が西から迫っている。
 県庁所在地から旧郡単位に左周りという選挙区ナンバリングの法則に従っても、東西に長い静岡では、何方から回っても順番通りの行程はあり得ない。しかしながら全くノンアポでの行脚にも拘わらず全事務所須く旧知の方々と懇談出来たとは、自らの引きの強さを誇るよりは、少なくともこの界隈では選挙戦自体が激甚の状況を脱している証佐でもあろう。
i128.jpg  未だ五月雨式に調整の電話とメールが入り、折々に道の駅やPAに留まり事務作業をこなしつつの旅となったが、 亘り歩くには自動車が好都合な地域であり、昼食にラーメンを賞味してなお丁度雨足落ち着いたところで今日もお馴染みのセミ戦線離脱は掛川城となった。
 オーラスは愛知でお役目があり再び浜松に到来するとは思わなかったが、レンタカー返却の直前には浜松城にも痕跡を残した。矢張りお城は小さくても再建でも木造に風情がある。だからと言って名古屋城の天守閣を創り直す前に他に投資すべきは少なくなかろうが。
 残念ながら名古屋駅からは自由な足が消え失せており、清洲会議の舞台は拝めず、元よりそれは余禄としても、いざ集会を終え最寄り駅まで徒歩30分表示では身動きも取れないではないか。一旦コンビニに退避してタクシーを呼ぶものの、時間読みも無く連絡先も聞かれないので不安窮まりない。実際には20分程で到来したのでかく風習なのだろうが、城は木造が美しくても公共インフラにはもう少しコンクリートが欲しい地域の為せる業か。

10月16日(月) 帝都を跨いで  -地域情報 - 関東地方(茨城・栃木・群馬・埼玉・千葉・神奈川)の最寄り駅情報-

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戸塚で札幌ラーメン
 東京・大阪・名古屋の三都物語が喧伝される前から、希望の党は太平洋ベルト地帯、就く東京・神奈川・静岡が鍵となるとの見方があった。それは元より先の都議会選挙に象徴される都市部の浮動票の振れ幅の大きさとともに、"創業"メンバーの多くがこの地域を地盤とし、中でも結接点たる神奈川は焦眉の的となると思われた。
 そもそも神奈川は曾て新自由クラブを生んだ、よく言えば進取の気性に富む、独創性の強い土地柄であり、一方で首都圏には希少な大物政治家を代々排出している。
 ただ逆に言えばそれだけ政治的に敏感ともいえ、地元の有力企業は須くそれなりに政治との接点が欠かせず、だからこそ寧ろ今時の企業が尻込みしそうな選挙対応にも世慣れているのかも知れない。

i118.jpg  では希望の党がベルト地帯から更に波及を及ぼすとすれば首都圏の千葉、埼玉が容易に連想されるが、その展開に現実味が訪れなかったのは、勿論希望の勢いが急速に下降線を描いたが故には違いないものの、三政令市を抱え都市領域が太宗を占める神奈川に対し、千葉都民・埼玉都民の住む郊外都市と同時に広大な非都市部という相反する両極を有する両県とは、そもそも土壌が異なるのかも知れない。
 更に言えば"金権千葉"と戯画化される様なストレートな買収行為が現代においてなお実在するのかはいざ知らず、少なくとも代替わりを経てなお当選回数を重ねるベテランの少なくない千葉に対し、埼玉は都心近郊以外の地域においても比較的入れ替わりが頻繁であり、革新含め非自民県政歴も長い。
 だとすれば希望の波を被っても不思議でない筈だが、全く実証の無い感覚に基づいて述べることが許されるならば、政治と経済、社会とに距離感があり、政治に親心的な関与を施すパトリオティズムが育ち難かったのではなかろうか。
i116.jpg  勿論大正製薬の様なケースもあったが、電鉄ひとつ取ってみても、神奈川の東急、相鉄に当たる存在が埼玉には無い。所沢は西武の街だが、曾ての堤家時代は中央政界への関与こそ取り沙汰されても、西武はその名の通り武蔵の国の西側しかカバーしていない。実際、所沢の余りの寒さとタクシー乗り場の長蛇の列に畏れを為し、秋津までひと駅乗って恰も乗換通路の如く商店街を闊歩し、新秋津で漸く空車を捕まえてひと息付いたものの、県内の東西の移動は運良く快速にでもあり付けば兎に角、通常は極めて不如意に他ならない。
 しかし選挙事務所も様々で、自動車の販売店の空き店舗が流用されるケースもまま見られるが、大部屋で来客応接の隣で電話作戦が繰り広げられたりと、玄関と勝手口が同居する様な異空間に陥るのも急拵えであればやむを得まい。この中で、学習塾を間借りとは間仕切りが多くミニ集会も可能な懸命な選択であったろう。元より需要と供給が噛み合うのは多分に偶発性に左右されようが、短期決戦とはいえ前進基地の居住性は陣営の気力を大いに左右しようから、初動は重要である。
 因みに大宮は所沢より体感温度が相当高かったです。

10月15日(日) 遠州の空の下から  -地域情報 - 静岡県-

i110.jpg  元より昨夜が豊橋outで今日も午後は愛知とあらば浜松に居を据えてもと企んだだけだったが、ホテルまでの道すがら「浜松エアフェスタ」の文字が矢鱈と目に入る。どうやらここアクトシティがピストン送迎バスの発着拠点するらしい。
 空けて事務所に赴き痕跡を残せば、航空自衛隊浜松基地は目と鼻の先、とあらば足を伸ばすに如くはない。浜松基地は帝国陸軍飛行学校爾来の歴史を持ち、曾てはブルーインパルスも駐屯し、広報館エアパークも併設される航空自衛隊の主力ベースであり、曾て出向時代の千歳那覇基地から米軍視察、後には百里の航空観閲式と亘り歩いてきた私も、久々のAWACSの勇姿には幾分の興奮を隠せなかった。
i111.jpg ただ思想的には自衛隊に重々の愛着と敬意を抱いているとはいえ、軍事にも飛行機にも然程は詳しくないので、早朝から基地内を駆け巡り、行脚の疲労も徐々に蓄積してきたか、張り切り過ぎて些か右足の裏に傷みを覚える。やむを得ずF4は陳列のみ、T4練習機の編隊飛行に続くブラックホークことUH60救難ヘリの飛翔する後ろ姿を目に納めたところで、たこ焼きを頬張って早々に退散した。(残念ながら、この2日後に同型機が事故墜落に見舞われた。慎んでお悔やみ申し上げたい)
 疲労蓄積なら足か箸かを休めればよいものの旅先とあらば無駄に好奇心が湧き出でて活動的になる性癖故に、帰路はまだガラガラのバスで戻り矢鱈と横に長いアクトシティの最東端、楽器博物館にも闖入してみた。
i113.jpg 同根のヤマハとカワイに加えてローランドの製造拠点であるだけに、民族楽器のみならず電子楽器コーナーが充実していてYMO楽器展の如しだったが、チェンバロ擬きの旧式ピアノと電子ドラムも少しばかり実演賞味して浜松を堪能したところで移動、名古屋市内巡りから原隊復帰する。

 美浜と言えば今や福井県が有名になって仕舞ったが、こちら知多半島もかの戸塚ヨットスクールで一斉を風靡したものである。
i114.jpg ガラガラのパノラマカーの先頭車両を後にすれば、風雪に耐えかねた様な知多ビーチランドの観覧車を眺めつつ、そもそも公共交通機関と徒歩行軍にて辿り着こうという都市居住者らしい企みが無謀だったのだろうが、歩くこと20分余で漸く漁協に到着した。
 昨日同様に如何にも場所柄に不似合いな、目付き鋭く独特の立居振舞でひと目でSPと分かる顔触れが取り巻く中、応援弁士は遅れて現れ梯子するのが通り相場であり、先に席を立つのが常なるとはいえ、今般ばかりは定番のフレーズ「公務ご多忙のため」は、明らかに政務であるのが見え見えで使い難かろう。ただ幾ら重鎮でも霞を喰らっては生きていけないから、食事を介して選対会議が催されるのもまま垣間見る光景と言えようか。
 思想信条により排除されたか、自ら反旗を翻したか、或いは訳あって新党に相応しからずと門前払いを突き付けられたかは別として、結果的には理屈の如何を問わず寧ろ無所属の肩書きが有利に働くとは、選挙とはげに見えざる力の働く魔物である。

10月14日(土) 重荷はなくとも急ぐべからず  -地域情報 - 名古屋・愛知-

i107.jpg 八年も住んでいたとはいえ近隣の景勝地を巡るであろう小学生期を欠いているので、今年初めて犬山城を訪れた様に、愛知県巡りは新鮮である。
 今般は、選挙事務所から小高い丘に聳える小牧城の鯱を眺めつつとは幸先の良さそうなスタートだが、関係者が集結して俄かに弔問外交ならぬ選挙外交の風情である。
 その足で県下漫遊、スタートは尾張だが名古屋市には入らず西三河から東三河まで点々とする。手始めに小牧から西進とは大河ドラマの先を行くが如しだが、長久手ならず瀬戸に入った。ここからは一挙に南下して蚕都転じて製造業の街を経由し、再び西へ向くんだとばかりに家康の本拠から、更にラリーの街まで足を伸ばして再び警護対象の御仁に遠目から拝謁する。
i108.jpg ここまで至れば静岡、長野への県境は目と鼻の先だが、そもそも「東海地方」には静岡が含まれ、比例東海ブロックも四県とはいえ、寧ろ行政圏としては「東海三県」の方が通りがよい。逆に信州も松本あたりは中部文化圏だし、電力管内では長野は中部の扱いになる。実際、比例の削減案では東海と北陸信越両ブロックの合併案もあったが、ブロックによっては続々と純粋比例まで薔薇の花が飾られるケースもあるから、地域割りの編み方に依っては運命を紙一重で分けかねない。
i109.jpg それでも選挙モードに毒された頭には最早県別の区割り変更地図しか存在しないので、一部前後しているものの概ね選挙区の数字が移動する毎に増えていくと、基本的に県庁所在地から円を描く様に番号が割り振られているので、思えば遠くに来たもんだ感が高まっていく。
 出向時代、僅か一日だけだがポスターの貼り替えに従事した記憶からも、普段から移動の折には自然と政党の掲示板に視線が止まる様になったが、漠然と眺めていても彼我の量の多寡により微妙な勢力図が伺われよう。
 愛知県に本拠を置く企業の禄を食みながら、これまではかく事態においてなお全国行脚が常だったが、期せずして愛知に屡々闖入したおかげで、旧知の県議の方に偶然再会したりと有意義な旅だったのではないか。
 そしてオーラスは矢張り順番通り、こちらも花火が上がる喧騒の中の15区で締めた。果ては在来線にて、向かうは浜松である。

9月22日(金) ヒトも街も宇宙も  -地域情報 - 名古屋・愛知-

i86.jpg  常在戦場の衆議院において総選挙は常に突然訪れる、とのコンセンサスは昨今頓に高まっている感があるが、必然的に凡ゆるスケジュールが大幅な変更を余儀無くされるケースも増大している。
 関係者との会食は元より、政治資金パーティも法的には公示後であっても開催は可能だが、選挙中に東京に人を集めても詮無いので概ね延期になろう。
 逆に解散前の絶妙なタイミングに予定されていれば、決起集会を兼ね得るので好都合極まり無いが、事前には到底読めないので運不運の領域である。
 勿論、その幸運が実際の選挙戦にどの程度奏攻するのかは全く以て定かでは無いものの、少なくとも人為的で無い好循環が気勢を揚げる効果は、システマチックな様で人間の営みが左右する選挙戦においては小さくない。
i87.jpg  本日の愛知県における会合も当然今回の事態を想定したものでは無かったが、要人の愛知訪問に併せてのセッティングが期せずして関係者が一同に会するキックオフ宜しき様相を呈し、遠路赴いた甲斐が大いにあったと言えよう。しかもお役目なくお膳立てに乗って動くだけなので個人的には却って恐縮しつつ。

 ところで公共交通機関不毛の地なので移動は亡くなった父の車を拝借する積もりだったが、いざスターターを押しても点灯はするものの肝心のエンジンがうんともすんとも掛からないではないか。
i85.jpg  諦めてタクシーを拾おうと思っても基本的にひとり一台の世界だから然う然う流しの車はいない。成長戦略の嚆矢として自動運転が喧伝されている中、乗り手が優雅に街中を乾杯でもしながらという絵柄は未だ夢物語の域を出ないものの、現実的には物流の効率化と安全性の確保両面からの高速道路におけるそれと、高齢者対応を主とするゴルフカートの豪華版擬きが当面の視野に入っている。
 ただ地域の自動運転以前に、そもそも自動車が無ければ生活そのものが存立し得ない様な、言わばモービル・デバイドたる課題は何故かくも与件の如く受け入れられてきたのだろうか。
 考えてみれば東京や大阪といったわが国都市部の極限られた地域だけが特殊なのかも知れないが、点在する都市に資本を集中投下するコンパクト・シティ的な有り様とは逆位相にある国土の均衡ある発展を愚直に追及したが故の、負の側面なのかも知れない。
 結局単にバッテリー上がりだったのだが、ハイブリッドが常態化しつつある昨今ではJAFの売上も減少しているのだろうか。相続を前に早晩この車も手放さなければならなくなるのだが。

8月18日(金) 都心を歩く  -地域情報 - 東京23区-

 朝からスムースに胃カメラを味わい、意外にも潰瘍は治癒しつつあるとは湯沢では運転もあり必然的に酒絶ちに近かったのが短期的に奏功したのかも知れないが、逆流性食道炎も薬を処方されただけで何と無く痛みが和らいでおり、病は気からであろうか。

i54.jpg  お馴染みのルポールで昼食会だったので雨続きで猛暑もひと休みかと帰路は散歩に興じてみた。20号線を跨いで日テレ通りを進むと市ヶ谷駅に出る。書店で小休止を挟み、私学会館とギリシア神話の組み合わせが不可解なアルカディア市ヶ谷を超えると、嘗て派閥宜しく第四木曜開催の「四木会」なる勉強会を行っていたビルを横切る。ノンジャンル各人お題持ち寄りのアバウトな運営だった為、一年も持たない企画倒れに終わったが、雲散霧消する時分になって改めて「何故よつぎかいだったのか」と尋ねられ、言葉を通ずるのは難しいと痛感した記憶がある。
i55.jpg  永田町関係者にとっては地元から支援者の到来する8月15日はお盆休みを分断する大きな関門であるが、周辺居住者にその責務は無い。とはいえ帝国臣民の末裔として靖国神社を通り過ぎる訳にはいくまい。残念ながら公職は持ち合わせていないので、私人としての参拝である。
 そのまま北向きに突っ切り街宣車と警察の点在する小道に入って白百合学園を遣り過ごせば広大な空間が現れる。「ふじみこどもひろば」は嘗ての衆議院九段宿舎であり、都心の一等地に美しい芝生が拡がる光景は圧巻だが、土日のみ開放のためグラウンドを踏み締めることは叶わない。確かに平日真っ昼間に九段で球技やら駆けっこやらに興じる富裕層も少なかろうが、如何にも勿体無い仕様で老朽化した赤坂宿舎の建替統合など、跡地利用が定まるまでの暫定なのだろう。

i56.jpg  空襲を免れたため旧い日本家屋が点在している地域だが、ひと際大きなそれはフイリピン大使館公邸、旧安田善次郎邸らしい。隣接するのはグランドパレスで、異様な傾斜地への立地を裏から視認して、この辺りが「富士見」を称する高台であることを実感する。
 御本人にとっては災厄以外の何物でも無かったろうが、金大中氏にわが国が理屈抜きの親近感を抱いていたのは、矢張りここを舞台とする拉致事件の記憶故であったろう。元より金大統領時代は韓国経済が昇り坂にあったからこそ、対北のみならずわが国にも太陽政策を採り得たのかも知れないが。
i57.jpg  比公邸との間には飯田橋方面から九段への抜け道があるが、段差解消の為とはいえ何故に隧道にしたのかは都市変遷評論家としては有力なお題である。

 広大な貨物ヤードであった旧飯田町駅の遺稿はJR貨物本社脇を走る線路跡擬きのモニュメントのみかと思いきや遊休地風情の細い土地が点在しており、細長い廃線跡地の使い勝手の難しさを物語っている。
こ れを最後に会社に帰着した。お盆の週はかく弛い感じです。
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