コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

10月19日(木) クラリスを探して  -地域情報 - 静岡県-

i123.jpg  奈良から一夜開けて午前中は愛知漫遊だったが、昼には切り上げ新横浜で下車、若干引き返して藤沢に至る。激励訪問に赴いても登壇して一席ぶてるネームバリューがある訳でもなし、一票にもならないのにお邪魔では無かるまいかと、とくに激戦区においては恐懼するものの、ご紹介先の対応状況を確認するという大義名分は存在しよう。
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 江ノ電で海へと出掛けたいところだったが、昨日と打って変わって本日は分刻み、JRを乗り継ぎ神奈川横断、更に新宿への旅路に、公共交通機関の発達した首都圏の有り難みを今更ながらに実感する。
 期日前投票の促進でハガキ投函のタイミングも早まりつつある現在、選挙戦も終盤となればどうしてもハコ物の連発に頼らざるを得ない。果たして同じ顔触れが民族大移動しているのではないかとの懸念を抱きつつ、それでも空席が目立てば陣営の士気に響くから立ち見満席が目論まれ、愚直に応対しつつなお果たして当然に支援者ばかりの情景に晒され、逆に高揚の余り上方修正バイアスの錯覚を齊す恐れありやなしやと取り越し苦労になれば良い危惧を残す。

 明けて19日は単身、新富士駅にて早朝車を借りて発進である。"創業"メンバーを有する静岡もまた希望扇風が吹き荒れるかと思いきや既にこの時点で台風一過、替わりに本物の台風が西から迫っている。
 県庁所在地から旧郡単位に左周りという選挙区ナンバリングの法則に従っても、東西に長い静岡では、何方から回っても順番通りの行程はあり得ない。しかしながら全くノンアポでの行脚にも拘わらず全事務所須く旧知の方々と懇談出来たとは、自らの引きの強さを誇るよりは、少なくともこの界隈では選挙戦自体が激甚の状況を脱している証佐でもあろう。
i128.jpg  未だ五月雨式に調整の電話とメールが入り、折々に道の駅やPAに留まり事務作業をこなしつつの旅となったが、 亘り歩くには自動車が好都合な地域であり、昼食にラーメンを賞味してなお丁度雨足落ち着いたところで今日もお馴染みのセミ戦線離脱は掛川城となった。
 オーラスは愛知でお役目があり再び浜松に到来するとは思わなかったが、レンタカー返却の直前には浜松城にも痕跡を残した。矢張りお城は小さくても再建でも木造に風情がある。だからと言って名古屋城の天守閣を創り直す前に他に投資すべきは少なくなかろうが。
 残念ながら名古屋駅からは自由な足が消え失せており、清洲会議の舞台は拝めず、元よりそれは余禄としても、いざ集会を終え最寄り駅まで徒歩30分表示では身動きも取れないではないか。一旦コンビニに退避してタクシーを呼ぶものの、時間読みも無く連絡先も聞かれないので不安窮まりない。実際には20分程で到来したのでかく風習なのだろうが、城は木造が美しくても公共インフラにはもう少しコンクリートが欲しい地域の為せる業か。

10月16日(月) 帝都を跨いで  -地域情報 - 関東地方(茨城・栃木・群馬・埼玉・千葉・神奈川)の最寄り駅情報-

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戸塚で札幌ラーメン
 東京・大阪・名古屋の三都物語が喧伝される前から、希望の党は太平洋ベルト地帯、就く東京・神奈川・静岡が鍵となるとの見方があった。それは元より先の都議会選挙に象徴される都市部の浮動票の振れ幅の大きさとともに、"創業"メンバーの多くがこの地域を地盤とし、中でも結接点たる神奈川は焦眉の的となると思われた。
 そもそも神奈川は曾て新自由クラブを生んだ、よく言えば進取の気性に富む、独創性の強い土地柄であり、一方で首都圏には希少な大物政治家を代々排出している。
 ただ逆に言えばそれだけ政治的に敏感ともいえ、地元の有力企業は須くそれなりに政治との接点が欠かせず、だからこそ寧ろ今時の企業が尻込みしそうな選挙対応にも世慣れているのかも知れない。

i118.jpg  では希望の党がベルト地帯から更に波及を及ぼすとすれば首都圏の千葉、埼玉が容易に連想されるが、その展開に現実味が訪れなかったのは、勿論希望の勢いが急速に下降線を描いたが故には違いないものの、三政令市を抱え都市領域が太宗を占める神奈川に対し、千葉都民・埼玉都民の住む郊外都市と同時に広大な非都市部という相反する両極を有する両県とは、そもそも土壌が異なるのかも知れない。
 更に言えば"金権千葉"と戯画化される様なストレートな買収行為が現代においてなお実在するのかはいざ知らず、少なくとも代替わりを経てなお当選回数を重ねるベテランの少なくない千葉に対し、埼玉は都心近郊以外の地域においても比較的入れ替わりが頻繁であり、革新含め非自民県政歴も長い。
 だとすれば希望の波を被っても不思議でない筈だが、全く実証の無い感覚に基づいて述べることが許されるならば、政治と経済、社会とに距離感があり、政治に親心的な関与を施すパトリオティズムが育ち難かったのではなかろうか。
i116.jpg  勿論大正製薬の様なケースもあったが、電鉄ひとつ取ってみても、神奈川の東急、相鉄に当たる存在が埼玉には無い。所沢は西武の街だが、曾ての堤家時代は中央政界への関与こそ取り沙汰されても、西武はその名の通り武蔵の国の西側しかカバーしていない。実際、所沢の余りの寒さとタクシー乗り場の長蛇の列に畏れを為し、秋津までひと駅乗って恰も乗換通路の如く商店街を闊歩し、新秋津で漸く空車を捕まえてひと息付いたものの、県内の東西の移動は運良く快速にでもあり付けば兎に角、通常は極めて不如意に他ならない。
 しかし選挙事務所も様々で、自動車の販売店の空き店舗が流用されるケースもまま見られるが、大部屋で来客応接の隣で電話作戦が繰り広げられたりと、玄関と勝手口が同居する様な異空間に陥るのも急拵えであればやむを得まい。この中で、学習塾を間借りとは間仕切りが多くミニ集会も可能な懸命な選択であったろう。元より需要と供給が噛み合うのは多分に偶発性に左右されようが、短期決戦とはいえ前進基地の居住性は陣営の気力を大いに左右しようから、初動は重要である。
 因みに大宮は所沢より体感温度が相当高かったです。

10月15日(日) 遠州の空の下から  -地域情報 - 静岡県-

i110.jpg  元より昨夜が豊橋outで今日も午後は愛知とあらば浜松に居を据えてもと企んだだけだったが、ホテルまでの道すがら「浜松エアフェスタ」の文字が矢鱈と目に入る。どうやらここアクトシティがピストン送迎バスの発着拠点するらしい。
 空けて事務所に赴き痕跡を残せば、航空自衛隊浜松基地は目と鼻の先、とあらば足を伸ばすに如くはない。浜松基地は帝国陸軍飛行学校爾来の歴史を持ち、曾てはブルーインパルスも駐屯し、広報館エアパークも併設される航空自衛隊の主力ベースであり、曾て出向時代の千歳那覇基地から米軍視察、後には百里の航空観閲式と亘り歩いてきた私も、久々のAWACSの勇姿には幾分の興奮を隠せなかった。
i111.jpg ただ思想的には自衛隊に重々の愛着と敬意を抱いているとはいえ、軍事にも飛行機にも然程は詳しくないので、早朝から基地内を駆け巡り、行脚の疲労も徐々に蓄積してきたか、張り切り過ぎて些か右足の裏に傷みを覚える。やむを得ずF4は陳列のみ、T4練習機の編隊飛行に続くブラックホークことUH60救難ヘリの飛翔する後ろ姿を目に納めたところで、たこ焼きを頬張って早々に退散した。(残念ながら、この2日後に同型機が事故墜落に見舞われた。慎んでお悔やみ申し上げたい)
 疲労蓄積なら足か箸かを休めればよいものの旅先とあらば無駄に好奇心が湧き出でて活動的になる性癖故に、帰路はまだガラガラのバスで戻り矢鱈と横に長いアクトシティの最東端、楽器博物館にも闖入してみた。
i113.jpg 同根のヤマハとカワイに加えてローランドの製造拠点であるだけに、民族楽器のみならず電子楽器コーナーが充実していてYMO楽器展の如しだったが、チェンバロ擬きの旧式ピアノと電子ドラムも少しばかり実演賞味して浜松を堪能したところで移動、名古屋市内巡りから原隊復帰する。

 美浜と言えば今や福井県が有名になって仕舞ったが、こちら知多半島もかの戸塚ヨットスクールで一斉を風靡したものである。
i114.jpg ガラガラのパノラマカーの先頭車両を後にすれば、風雪に耐えかねた様な知多ビーチランドの観覧車を眺めつつ、そもそも公共交通機関と徒歩行軍にて辿り着こうという都市居住者らしい企みが無謀だったのだろうが、歩くこと20分余で漸く漁協に到着した。
 昨日同様に如何にも場所柄に不似合いな、目付き鋭く独特の立居振舞でひと目でSPと分かる顔触れが取り巻く中、応援弁士は遅れて現れ梯子するのが通り相場であり、先に席を立つのが常なるとはいえ、今般ばかりは定番のフレーズ「公務ご多忙のため」は、明らかに政務であるのが見え見えで使い難かろう。ただ幾ら重鎮でも霞を喰らっては生きていけないから、食事を介して選対会議が催されるのもまま垣間見る光景と言えようか。
 思想信条により排除されたか、自ら反旗を翻したか、或いは訳あって新党に相応しからずと門前払いを突き付けられたかは別として、結果的には理屈の如何を問わず寧ろ無所属の肩書きが有利に働くとは、選挙とはげに見えざる力の働く魔物である。

10月14日(土) 重荷はなくとも急ぐべからず  -地域情報 - 名古屋・愛知-

i107.jpg 八年も住んでいたとはいえ近隣の景勝地を巡るであろう小学生期を欠いているので、今年初めて犬山城を訪れた様に、愛知県巡りは新鮮である。
 今般は、選挙事務所から小高い丘に聳える小牧城の鯱を眺めつつとは幸先の良さそうなスタートだが、関係者が集結して俄かに弔問外交ならぬ選挙外交の風情である。
 その足で県下漫遊、スタートは尾張だが名古屋市には入らず西三河から東三河まで点々とする。手始めに小牧から西進とは大河ドラマの先を行くが如しだが、長久手ならず瀬戸に入った。ここからは一挙に南下して蚕都転じて製造業の街を経由し、再び西へ向くんだとばかりに家康の本拠から、更にラリーの街まで足を伸ばして再び警護対象の御仁に遠目から拝謁する。
i108.jpg ここまで至れば静岡、長野への県境は目と鼻の先だが、そもそも「東海地方」には静岡が含まれ、比例東海ブロックも四県とはいえ、寧ろ行政圏としては「東海三県」の方が通りがよい。逆に信州も松本あたりは中部文化圏だし、電力管内では長野は中部の扱いになる。実際、比例の削減案では東海と北陸信越両ブロックの合併案もあったが、ブロックによっては続々と純粋比例まで薔薇の花が飾られるケースもあるから、地域割りの編み方に依っては運命を紙一重で分けかねない。
i109.jpg それでも選挙モードに毒された頭には最早県別の区割り変更地図しか存在しないので、一部前後しているものの概ね選挙区の数字が移動する毎に増えていくと、基本的に県庁所在地から円を描く様に番号が割り振られているので、思えば遠くに来たもんだ感が高まっていく。
 出向時代、僅か一日だけだがポスターの貼り替えに従事した記憶からも、普段から移動の折には自然と政党の掲示板に視線が止まる様になったが、漠然と眺めていても彼我の量の多寡により微妙な勢力図が伺われよう。
 愛知県に本拠を置く企業の禄を食みながら、これまではかく事態においてなお全国行脚が常だったが、期せずして愛知に屡々闖入したおかげで、旧知の県議の方に偶然再会したりと有意義な旅だったのではないか。
 そしてオーラスは矢張り順番通り、こちらも花火が上がる喧騒の中の15区で締めた。果ては在来線にて、向かうは浜松である。

9月22日(金) ヒトも街も宇宙も  -地域情報 - 名古屋・愛知-

i86.jpg  常在戦場の衆議院において総選挙は常に突然訪れる、とのコンセンサスは昨今頓に高まっている感があるが、必然的に凡ゆるスケジュールが大幅な変更を余儀無くされるケースも増大している。
 関係者との会食は元より、政治資金パーティも法的には公示後であっても開催は可能だが、選挙中に東京に人を集めても詮無いので概ね延期になろう。
 逆に解散前の絶妙なタイミングに予定されていれば、決起集会を兼ね得るので好都合極まり無いが、事前には到底読めないので運不運の領域である。
 勿論、その幸運が実際の選挙戦にどの程度奏攻するのかは全く以て定かでは無いものの、少なくとも人為的で無い好循環が気勢を揚げる効果は、システマチックな様で人間の営みが左右する選挙戦においては小さくない。
i87.jpg  本日の愛知県における会合も当然今回の事態を想定したものでは無かったが、要人の愛知訪問に併せてのセッティングが期せずして関係者が一同に会するキックオフ宜しき様相を呈し、遠路赴いた甲斐が大いにあったと言えよう。しかもお役目なくお膳立てに乗って動くだけなので個人的には却って恐縮しつつ。

 ところで公共交通機関不毛の地なので移動は亡くなった父の車を拝借する積もりだったが、いざスターターを押しても点灯はするものの肝心のエンジンがうんともすんとも掛からないではないか。
i85.jpg  諦めてタクシーを拾おうと思っても基本的にひとり一台の世界だから然う然う流しの車はいない。成長戦略の嚆矢として自動運転が喧伝されている中、乗り手が優雅に街中を乾杯でもしながらという絵柄は未だ夢物語の域を出ないものの、現実的には物流の効率化と安全性の確保両面からの高速道路におけるそれと、高齢者対応を主とするゴルフカートの豪華版擬きが当面の視野に入っている。
 ただ地域の自動運転以前に、そもそも自動車が無ければ生活そのものが存立し得ない様な、言わばモービル・デバイドたる課題は何故かくも与件の如く受け入れられてきたのだろうか。
 考えてみれば東京や大阪といったわが国都市部の極限られた地域だけが特殊なのかも知れないが、点在する都市に資本を集中投下するコンパクト・シティ的な有り様とは逆位相にある国土の均衡ある発展を愚直に追及したが故の、負の側面なのかも知れない。
 結局単にバッテリー上がりだったのだが、ハイブリッドが常態化しつつある昨今ではJAFの売上も減少しているのだろうか。相続を前に早晩この車も手放さなければならなくなるのだが。

8月18日(金) 都心を歩く  -地域情報 - 東京23区-

 朝からスムースに胃カメラを味わい、意外にも潰瘍は治癒しつつあるとは湯沢では運転もあり必然的に酒絶ちに近かったのが短期的に奏功したのかも知れないが、逆流性食道炎も薬を処方されただけで何と無く痛みが和らいでおり、病は気からであろうか。

i54.jpg  お馴染みのルポールで昼食会だったので雨続きで猛暑もひと休みかと帰路は散歩に興じてみた。20号線を跨いで日テレ通りを進むと市ヶ谷駅に出る。書店で小休止を挟み、私学会館とギリシア神話の組み合わせが不可解なアルカディア市ヶ谷を超えると、嘗て派閥宜しく第四木曜開催の「四木会」なる勉強会を行っていたビルを横切る。ノンジャンル各人お題持ち寄りのアバウトな運営だった為、一年も持たない企画倒れに終わったが、雲散霧消する時分になって改めて「何故よつぎかいだったのか」と尋ねられ、言葉を通ずるのは難しいと痛感した記憶がある。
i55.jpg  永田町関係者にとっては地元から支援者の到来する8月15日はお盆休みを分断する大きな関門であるが、周辺居住者にその責務は無い。とはいえ帝国臣民の末裔として靖国神社を通り過ぎる訳にはいくまい。残念ながら公職は持ち合わせていないので、私人としての参拝である。
 そのまま北向きに突っ切り街宣車と警察の点在する小道に入って白百合学園を遣り過ごせば広大な空間が現れる。「ふじみこどもひろば」は嘗ての衆議院九段宿舎であり、都心の一等地に美しい芝生が拡がる光景は圧巻だが、土日のみ開放のためグラウンドを踏み締めることは叶わない。確かに平日真っ昼間に九段で球技やら駆けっこやらに興じる富裕層も少なかろうが、如何にも勿体無い仕様で老朽化した赤坂宿舎の建替統合など、跡地利用が定まるまでの暫定なのだろう。

i56.jpg  空襲を免れたため旧い日本家屋が点在している地域だが、ひと際大きなそれはフイリピン大使館公邸、旧安田善次郎邸らしい。隣接するのはグランドパレスで、異様な傾斜地への立地を裏から視認して、この辺りが「富士見」を称する高台であることを実感する。
 御本人にとっては災厄以外の何物でも無かったろうが、金大中氏にわが国が理屈抜きの親近感を抱いていたのは、矢張りここを舞台とする拉致事件の記憶故であったろう。元より金大統領時代は韓国経済が昇り坂にあったからこそ、対北のみならずわが国にも太陽政策を採り得たのかも知れないが。
i57.jpg  比公邸との間には飯田橋方面から九段への抜け道があるが、段差解消の為とはいえ何故に隧道にしたのかは都市変遷評論家としては有力なお題である。

 広大な貨物ヤードであった旧飯田町駅の遺稿はJR貨物本社脇を走る線路跡擬きのモニュメントのみかと思いきや遊休地風情の細い土地が点在しており、細長い廃線跡地の使い勝手の難しさを物語っている。
こ れを最後に会社に帰着した。お盆の週はかく弛い感じです。

4月11日(火) よみがえる王と神の子  -地域情報 - 東京23区-

h880.jpg  豪雨のなか会場に辿り着けない程の車列と我先に受付へと急ぐ旧ソ連もかくやの大行列を掻い潜ってなお「鳳凰」前のサテライト会場に鎮座するしかない大混雑が選挙戦の厳しさを物語っていようか、「勝つ!」の標語も鮮やかな東京の陣である。
 実は本日は、一年の改修休業を経た東京プリンスの政治的な柿落としでもある。
 鳳凰の名を戴く大宴会場は嘗ての東京ヒルトンとニューオータニにも存在するが、奇しくも何れも先の東京五輪に合わせて開業しており、ヒルトン改めキャピトル東急は既に七年前に建て替えが終わっている。遥か後発の赤坂プリンス既に亡き今オータニの長命が際立つが、折角装いを新たにした東プリも五輪需要に向けた弥縫策に留まり、2020年以降に取り壊される運命らしい。
h881.jpg  そう想って見るからか、扉と柱が妙に豪奢になった以外に大きな変貌は認められず、開業中には高級ショッピング街だった地階に鎮座する、老舗ホテルには如何にも不似合いなローソンも健在である。
 パーティ・ラッシュのなか改修前より会場として登場する頻度が若干減り気味に感じられるのは、薄化粧により料金が嵩んだからと言うのは邪推なのだろうか。

 夫婦でPGAツアーをCSにて飽きもせず連々眺めていた時分、最も強烈な印象を残しているのは世界ゴルフ選手権の最終18番ロング、二打差の米国がプレーオフ進出を決めるタイガー氏のチップイン・イーグルである。
 既に15年余を経て、その第二打を右に大きく外したデュバル選手はおろかウッズ選手すら過去の人と化しつつあり、久々にエルス選手の名を耳にしたのが総理とのスリーサムであったことに鑑みれば、まだ37歳とはいえ往事から第一線にあるセルヒオ・ガルシア氏がメジャー74戦目にしてマスターズを制したのは特筆すべき事態に他ならない。
 改めて録画を見ると解説の中島常幸氏も「このパッティングでメジャーで戦ってるんだから凄いですよね」などと失礼極まりないコメントをしているが、逆に言えば恰も長年の同士の如くガルシア氏への愛情、更には応援モードが溢れている。ラウンド中に怒りの余り自らパットを折り、ウェッジでパッティングしていた姿も懐かしいが、年輪を重ねて老獪さを増した訳では全く無く"神の子"のままグリーンジャケットを手にした姿は頼もしい。

3月10日(金) 道は拡くても  -地域情報 - 名古屋・愛知-

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 盛り沢山の熟成肉を平らげた上に巨大なパフェが現れ米国人の胃腸の強靭さと彼我の差を改めて自覚した昨夜から、明けて本日は早朝から遠征である。
 大学病院と言えばひと昔前は絵に描いた様な白い巨塔であったが、いきなり呼び出されて無しの礫で待ち惚けでも泣き寝入りするには及ばず窮状を訴えれば、寧ろトラブル・リスクに過敏になり過ぎているのか、ひと言文句に及ぶだけで現れる人須らくお詫びモードで、それはそれで声の大きい者勝ちに陥る懸念は否めないものの大分とサービス業たる自覚が進んだものである。
 元より外科医氏は入院客馴れしていない内科の対応に御不満の様子で、財前対里見の立場の相違のみならず科あって院なしの縦割り構図は不変とは、病院らしくて逆に少しばかり安堵した。
 父の転院に伴い介護タクシーが手配されていたのは手際良いが寄り道ひとつ了解を取るのもひと仕事で、これを揺るぎない計画性と見るか杓子定規と捉えるかは紙一重であろう。
 しかし中途から父の車を動員して物資の調達やら移動を重ねたのだが、改めて強烈に想い知らされたのは愛知県の信号の長さだろうか。県道レベルに至らなくとも一本道相互の交叉点が多く、かつ右折レーンが少ないので実距離以上に体感としての移動時間を擁するのである。
h853.jpg  元より公共交通機関で殆どの移動を賄い得る帝都が特殊であって、病院ひとつにも自ら足の手配が必要ならば循環バスに準ずるが如く地域の自動運転を求める声が生まれるのも宜なるかなであろう。
 現実には公共準拠の補助を戴いたとしても採算の取れるレベルに至るには相応の時間が掛かろうし、愛知県の様に中途半端に都市の様相を呈して交通量の多い街路には尚更望むべくも無かろうが。
 乗り馴れないクラウンを長丁場で操舵したおかげで右股関節に鈍い傷みを覚えたのは五十肩ならぬ五十足の前兆か。息抜きは病院に程近い岩崎城跡を一瞬覗いて小休止のみながらも6時発で帰着は21時、長旅でした。平日だからまだ良かったのかは近い内に明らかになろうか。

3月4日(土) 大仏の効能  -地域情報 - 関東地方(茨城・栃木・群馬・埼玉・千葉・神奈川)の最寄り駅情報-

h847.jpg  帝都西部からは明らかに距離のハンデのある茨城方面がゴルフ場のメッカとして機能しているのは、嘗ては全てがバブリーであったのだろう今なおクラブハウスは豪華絢爛なそれが安価にプレイ出来るメリットとともに「常磐道は混まない」という神話に由来する要素は少なくない。
 確かにラウンド中は殆ど拝めないとはいえ霞ヶ浦を睥睨する豪快なコースには違いないが、その分距離も豪快で前半は実に3300ヤード。前回のアプローチ・シャンクこそ影を潜めたものの悉くパットに嫌われ、ダボペースにも至らぬ冴えないスコアだった。
 とはいえ後半南は3番ロング、4番ミドルで何れも寄せワンのパーとパッティングも復活し47と頑張り、ダブルぺリアのハンデにも恵まれ七人コンペとはいえ優勝の栄に浴するのだから、ゴルフは判らないものである。
h848.jpg  しかし艱難辛苦はここからであった。スタートが遅く桜ゴルフを後にしたのが既に17時を回っており、いきなり圏央道の渋滞にはまる。つくばジャンクションまでには事故標示もあるが、付加追越車線の切れ目とSAからの合流が一致する構造が渋滞の先頭を形成しているのだから明らかに暫定二車線の罠である。
 おかげで対向車のヘッドライトに浮かぶ牛久大仏を長々と眺める羽目に陥ったが、肝心の常磐道もまた事故渋滞と三郷の恒常的なネックのダブルパンチとは途方に暮れよう。
 ここで閃いたのがマメに「乗り物ニュース」をチェックしている功徳か、先週26日の圏央道茨城方面開通の記事であった。元よりカーナビ上は未だ道亡き途を往くことになるが、確かにVICSの渋滞情報には出現しているのだからミッシング・リンクに涙を飲む事態には至るまい。ままよとばかりに突っ切ったが、失礼ながら原野を突っ切るが如く街の灯りには殆ど肖れないにも拘わらず、矢張り一車線への合流時は処々に混んでいる。
 何とか東北道まで辿り着き、幾ら道路族の末裔を自認しながらも流石に関越まで疾走する気力は微塵も現れず都心へと回帰したが、緊急時のバイパスとしての価値を少しも否定するものではないとはいえ、日常的な迂回路としては機能するとは到底想い難かろう。
 ひと口に「首都圏三環状」と言っても、所詮帝都居住者が恩恵を被るのは外環までとの論を受け入れざるを得まい。疲れ果てました。次回は幹事特権でゴルフ場のグレードを落としても、時間距離を優先したい。

2月2日(木) 渋谷で6時半  -育児 - パパ育児日記。-

h813420.jpg  5時に目覚めて朝風呂に浸っていると友人が迎えに来て既に祐旭は出立したというではないか。渋谷まで引率するべくの早起きは一日違いだったとはよくぞこの出た処勝負の綱渡りが命脈を保っているものだが、今日は舞浜ディズニーランド、明日は富士急ハイランドの辻説法ならぬ放蕩三昧には浅沼稲次郎も眼を白黒であろう。
 私学らしい受験シーズン第二の春休み、思い起こす迄もなく昨年の今頃は当人が受験だったのだから謙信公ならずとも天と地の境遇を想えば、親として早起きの空振りくらい何のそのには違いないのだが。

 結局翌日も5時に起床し渋谷へと向かったのは、元より中学生なら単身でも一向構わないのだが、マークシティのバスターミナルというマニアックな待ち合わせだったからである。
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七年前の富士急ハイランド
 渋谷が文字通り「谷」であるのは銀座線が地表を突き破って現れる構造からも明らかだが、嘗ての山手線の旧玉電本社ビル側となる玉川口改札を出ると、銀座線へ向かう細い階段を上りそのまま抜けると井の頭線というコンパクトな構造を、敢えて井の頭の頭端式ホームを後退させて利便性を削いでなお京王帝都の威信を懸けて編み出したのがマークシティに他ならない。
 だから恐らく祐旭は迷うに違いないと踏んだのだが、実際友人達と偶然合流しながらも肝心のバスターミナルに臨むエスカレーターは始発ギリギリまで稼動せず、慌て西口側への迂回を余儀無くされたのだから先導も無駄では無かったのである。
 こちらは何と無く嘗ての面影があるが、確かにマークシティ以前にもこの辺りは旧玉電の停留場をターミナルに、廃線跡は東急バス専用線として活用されていた筈だから、土地の記憶と言うべきかも知れない。
 渋谷駅再開発により玉川口のネーミングも愈々改められようからこの導線もあと僅かなのだが。
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