コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

8月4日(金) 胡蝶蘭飛び交う  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

i17.jpg  ひと口で言えば永田町的には玄人受けする堅実な顔触れであり、取り分け再入閣組が多く、就く同じポストへの再任が目立つ。抜擢に他ならない農水大臣も副大臣二年の実務者であるし、噂されたスターの目玉人事も無かったが、本来組閣とはかくあるべきなのかも知れない。
 "実力者内閣"を希求する余り、既に入閣している官房副長官経験者の再起用まで真しやかに囁かれ、実際閣僚経験者の副長官には小沢一郎、与謝野馨、鈴木宗男といっ錚錚たる顔触れの前例があるものの、直近大臣からの"降格"となると佐藤内閣において保利茂氏を大官房長官として遇する為に、官房長官から副に下がった木村俊夫の名が持ち出される程であった。
 恐らく意外性を以て受け止められたのは河野外相で、これを見る限り対米交渉の指揮官たる麻生副総理が外交担当の総理補佐官含め大蔵・外務の要職を実質的に手中にしたという意味で、かの米内大将しかり安倍・麻生連立内閣色が更に強まったとも見える。
 ただ最大の焦点は矢張り次代を担うとされる岸田前外相の党三役への転出であり、この成就により逆に宏池会と官房長官を基調に政策の軸は幾分リベラルに移り、留任の二階幹事長、或いは総裁選出馬の取り沙汰される候補の取り込み等、石破・谷垣両派こそ厚遇はされてはいないものの、一強から総主流派体制への危機管理が奏攻しているのではなかろうか。
 一時は来年末が通り相場だった次期総選挙は三分の二議席を喪うであろう可能性が高く、憲法改正の旗を掲げ続けてなお、支持率との見合いで常在戦場状態が続くことになろう。確かに、華やかさという意味で必ずしも選挙向けの布陣とは言い難いものの、或いは急展直下で代表選に至った民進党の身の振り方に依っては自民・公明・維新のこれ迄の「改憲勢力」の観念が改められ、逆説的に総選挙へのハードルが低くなるのかも知れない。
 ところで今回密かに注目を集めたのはギインズの動向ではなかったか。実際、浜田元防衛大臣の再登板説もあったのでもう少しでギインズ改メ「DaIj!nZ」誕生だったのである。
 第三次小泉改造における経産副大臣のダブルあきらや、前内閣のワンツースリー・トリオを含む山本カルテットなど、過剰に格式張ることなく政治を愉しく語るのも民主主義の習熟のひとつの証しではないか。

7月21日(金) 忘れた時は出掛けずに  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h963.jpg  ドラマとは世相の鏡であり、たとえ歴史に題材を求めていても同時代の嗜好性が須くそこに投影される。例えば映画「バブルへGO」はかのバブル景気への憧憬に依居するものであろうが、同時にその後のリーマン・ショックで局面は一変したものの、少なくとも製作された2006年の時点では感覚的にはミニ・バブルとも言うべき経済情勢にあったことが伺われよう。
 この段に則れば漫画「疾風の勇人」の意外な人気は、元より高度経済成長期に至るダイナミズムへの郷愁が多分に作用はしていようものの、現下が景気循環の上昇期に位置しているとの認識が、暗に受け止められている証佐でもあろう。
 「吉田学校」たる枠組みをベースに置いている時点で既に小説吉田学校史観の影響が見られるが、かの戸川猪佐武氏は寧ろ三木武吉氏、河野一郎氏から田中角栄氏に至る党人派の軌跡が主眼にあり、小説吉田学校に描かれなかった池田勇人氏を筆頭とする宏池会の歩みを加味したものとも言える。
 ただ結果的に保守本流を形成することになった吉田氏から池田氏、佐藤栄作氏の流れを受容するにしろしないにしろ、須く戦後わが国の骨格を編み出したのが吉田茂総理との解釈は一致している。
 渡辺謙氏の演じた吉田茂「負けて、勝つ」が2012年のドラマである事実は、或いは"吉田"のアンチテーゼであった"鳩山"に端を発する民主党政権の崩壊を視野に入れたものと懐旧するのは些か後読みが過ぎるのかも知れまい。
 とは言え多分に本筋には余分としか表現の仕様の無い親子ドラマが混入されている点を除けば、一貫して戦力無き国家を希求して経済成長を優先した「吉田ドクトリン」が肯定的に描かれている。
 そこには勿論、タイトルにも透けて見える外交官の陸軍嫌いが強く反映されているとしても、果たして経済復旧が一定規模に達した後の自衛力に如何なる想いを馳せていたかは必ずしも窺い知れない。
h964.jpg  五年後の眼から見る時、それは多分に示唆的である。本来、憲法とは国の統治機構の在り方であるとの前提に立てば9条ばかりがクローズアップされるべきでは無いとの議論はあろうが、「負けて、勝つ」を「負けるならいくさ以外で」と読み替えるにしても、晩年の吉田茂氏の恐らくは定着し過ぎたドクトリンへの幾分の悔恨を秘めた静かなる転向に、今ならなおスポットライトが当たっていたのだろうか。

 越すに越されぬ大井川を越えず、その畔の島田駅から程近くに遠征した。永田町稼業に長らく携わっていても、企業と政治家の関係性が永田町とは一変する「地元」の日常的な光景を目の当たりにする機会は稀少なだけに、貴重な闖入であった。少し遠かったけど。

7月4日(火) 大きいことはいいことだ  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h951.jpg  確かに過去にも派閥の合併には、角福戦争における福田支持の各集団を統合した、現在の清和会の前身たる八日会や、山崎派の独立した旧中曽根派と清和会から別れた亀井グループが対等合併した志師会という実例がある。
 だから新・麻生派「志公会」も元号選定の如くに過去例と文字の重複を避けるという観点からは些か意外な命名ではあったし、八個師団の派閥第一世代から継承されてきた旧三木派の終焉という点に注目が集まってはいるものの、前例が何れも総裁選を契機としていることに鑑みれば、今回もまた単に数の論理を追う為の拡大と片付けることは出来ないだろう。
 元より都議選後たる日程は勘案したろうが、大敗を織り込んでいた訳では無かるまくとも、このタイミングではどうしても「次」を意識した策動に映らざるを得まい。
 だからこそ麻生氏の復辟が否定される訳では無いが、明確な総裁候補を抱える陣営としてはより慎重な対応が求められる局面に、「宏池会60周年シンポジウム」とは余りに時宜を得た企画であったろう。
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有隣会(6/16)
 経済成長と格差の是正、競争と協調は二律背反とは言い過ぎだとしても競合する概念には他ならない。現政権の嗜好が前者が比較優位にあるとすれば、小説吉田学校史観における保守本流たる宏池会は中道、リベラルに近いとされ、自由民主党が長年政権を維持してきた生活の智恵、疑似政権交替を可能にするチェンジ・オブ・ペースのもうひとつの雄としては最適との連想は容易に想起されよう。
 そこまで生臭く思考を巡らせずとも、少なくともシンポジウムでも語られた様に常に代替の選択肢を提起する意義は誰しも否定し得ないし、それを大平元総理の「楕円の哲学」を以て表象するのは実に巧みである。即ち同じく大平氏の掲げた「田園都市構想」の先達としての渋沢栄一氏の末裔と、多様性の一類型たる「女性の品格」をパネリストに並べる絵柄もまた秀逸であろう。
 そして時を同じくして、もうひとつの保守本流たる平成研究会の30周年が、敢えて「経世会」を看板に掲げて行われたのも符号するが如くに見えてくる。
 一部が志公会に合流した、宏池会の正当な系譜のひとつたる有隣会と近未来研究会の連衡も囁かれる中、良くも悪くも来年に向けて一挙に物事が動き出した観がある。政治の安定は言う迄も無く肝要に他ならないが、このダイナミズムもまた政権政党の強味ではないか。

7月2日(日)  艾がでかすぎれば火葬になる  -政治・経済 - 政治・地方自治・選挙-

h950.jpg  都議選最終日、秋葉原の遊説は総理登壇前から反安倍のシュプレヒコールが囂かった。反原発から集団的自衛権、テロ法へと繋がる一連の示意行動も、少なくとも識者の間では、職業左翼の生活の糧と若気の至りの捌け口としての御祭り騒ぎに過ぎぬと、寧ろ憐憫の情以上を斎すものでは無かったにも拘わらず、2006年の総裁選において麻生現副総理の「オタクの皆さん」発言以来、自由民主党の選挙戦術の一環に位置付けられてきた秋葉原という扇情的な舞台装置が却って、実際には少数でしかない勢力を恰も民意であるかの如くに際立たせて仕舞ったとも言える。
 元よりマスメディアの後押しが果たした役割は小さくないが、世相に受け入れ易い報道に傾斜する客商売としてのマスコミが挙って取り上げたのは、逆説的に民意の先行指標たる側面もまた否定出来まい。だからこそその場に居合わせてなお、雨模様の中に急速にスター達が輝きを喪失していく様な想いに囚われたのだろう。
 結論から言えばファーストのみならず共産や民進までもが批判票の受け皿たり得た誤算という意味では、確かに国政側の失策が左右したのも事実だろうが、後付けの論理であることを顧みず述べれば、 少なくとも昨年の知事選からの一年の間に、都知事と何等かの手打ちを果たすべきだったのではないか。
 現に敢えて日和見批判を招いても知事与党の選択を甘受した公明の勝利を観る限り、戦術としては負ける戦いには挑まないという現実路線が「失敗の本質」からの教訓であり、自由民主党が総力を挙げて挑めば逆風を反転せしめ得るとの希望的観測の下に本土決戦に突入したとすれば、少なからずその部分は驕りであったろう。
 如何な良政であろうとも長期に亘る権力には、たとえ非合理的な理屈であろうとも批判勢力が、日常的に声を挙げ難いからこそ余計に、僅かな契機を以て燎原の火の如くに立ち上るのは避け得ない通過儀礼である。
 是非は別として現代風の"透明性"に満たない要素が、それが石原都政の残照乃至は反対給付だったとしても、都議会に存在したのだとすれば必ずしも国政の被害者とばかり捉えるのは当事者意識に欠けており、政府としては御灸を据えられたのが国政選挙でなく、言わば都議選がバッファの役目を果たして呉れたと割り切る他は無かろう。
 勿論、寛容と忍耐の精神で地を低くする姿勢は必要たろうが、窮地であるからこそ「初心」である筈の憲法改正を貫く姿勢を持ち続けて欲しい。寧ろそこに党内の様々なエネルギーを凝結させる位の度量を示しても、長期政権の駆動力は持続するのでなかろうか。

6月21日(水) なが~く愛して  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h946.jpg  コール元独逸首相が亡くなった。氏とミッテラン仏大統領の巨体と鉄の女サッチャー氏は初期サミットの代名詞であり、わが国と伊太利亜ばかりが煩雑に交替して形見の狭い想いをしていたのも今や昔、翻れば安倍総理が二番手とは隔世の感があろう。
 ただ先任首脳は矢張り独逸のメルケル氏であり、そこにはワイマールの教訓から長期政権を担保する制度設計の知恵が秘められているのだろうか。確かに後継首班を明示した上での建設的内閣信任案の否決が無い限り下院の解散権は制約されている。
 勿論、嘗てわが国においても戦後間も無く、解散権は内閣不信任案の可決に依る所謂69条解散のみ是認されるとの憲法解釈に基づき、敢えて不信任を成立させた吉田内閣の話し合い解散の例同様に、独逸においてもかく便法を用いて任期満了前に総選挙を実施した事例はあるが、英国においても等しく解散権を大幅に制約する法改正が為され、にも拘わらずメイ首相による任期半ばの総選挙が予想に反して与党の敗北に終わった事例は記憶に新しかろう。
 だからわが国も来年末任期満了に憲法改正の国民投票と同時に総選挙を設定すべきと結び付けたくなるが、実際にはそれは戯れ言に過ぎない。と言うのも戦後わが国において総選挙の結果を受けた総理の退陣は三木、宮澤、麻生、野田の四例に留まり、他方参院選の敗北に起因するケースも宇野、橋本、第一次安倍の三例を数えている。
 これに匹敵する党総裁任期の満了乃至は再選出馬の断念(中曽根・小泉、鈴木・海部)が、任期の二年から三年への延長と三選解禁によって著しく蓋然性が低くなった今、詰まるところ長期安定政権の樹立は、参議院選挙を政権選択に用いないというコンセンサスに懸かっていると結論付けるべきではないのか。
 それを与野党の意識改革という慣習法に委ねるのか、或いは憲法改正をも視野に入れた参院の権能の新たな制度設計を企図するかはさておき、畢竟、 歴史を学ぶとはそこから仮説を導き出し、現実を以て検証するのが保守の羊蹄であると、綺麗に纏めてみました。

5月16日(火) サンパは旨く揃わない  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

 新たな囲碁の団体でも設立されたかと思いきや、派閥でない有隣会から分裂した小集団のネーミングだと言うのだからややこしい。わざわざ論語チックな二文字+会を用いたのは派閥らしさを演出するものであろうし、その心はひと時は四派大宏池会構想すら遡上に登りながら、本家を除く三派、更には2+αと縮小されつつなお、飽く迄三派の対等合併の形式用件を揃えて跡目争いを含む今後の人事のあり様に布石を打ちたいという思惑か。
 しかし早ければ七月にも合流が見えているにも拘わらず敢えて一派を構えるとは、恰も政治改革から新進党解党に至る過程において、雨後の筍宜しく現れては消えた新党の如しである。
 元より政党の場合は事の是非は別として、文殊の知恵ではないが五人集まれば交付金という明確な現世利益があるので意図は明瞭であるのに対し、同様の現象が派閥において発生しているのは、まさに二大政党から自民党基盤政党型に回帰した結果、党中党と揶揄された派閥のウェイトが確実に回復している証佐なのだろうか。
 ともあれ派閥全盛期の70年代から脈々と継承された第二世代・五大派閥の一角が初めて消えるのである。小選挙区導入以降、党中央の権限拡大とともに緩やかな弱体化と離合集散を繰り返した第三世代から、派閥は今新たな第四世代の時代を迎えようとしているのかも知れない。

h925.jpg  その文脈で捉えれば、安倍総理がこのタイミングで敢えて「細田派四天王」に言及したのは興味深い。
 勿論、加藤、三塚、森、塩川の「安倍派四天王」に準えているのは明らかだが、何れ訪れる「安倍後」における自派の行く末を占ったものとも言える。
 しかも国会議事堂に居並ぶ銅像の如く四人目を空白にしているのは「民主主義は完成しない」のと同様に「清和会の天下もまた終わらない」との比喩と読むのは些か牽強付会だろうか。
 三羽烏に四天王、奉行は竹下派には七人いたが佐藤派五奉行が本家である。一般論としてかく呼び名は六以上はバリエーションが減るので、吉田十三人衆はそもそも派閥揺籃期であるし、一派閥に集う実力者に七人は矢張り許容範囲を超えていたのかも知れない。

吉田十三人衆益谷秀次、林譲治、池田勇人、佐藤栄作、保利茂、大橋武夫、橋本龍伍、
愛知揆一、福永健司、小坂善太郎、田中角栄、周東英雄、小金義照
佐藤派五奉行保利茂、愛知揆一、田中角栄、橋本登美三郎、松野頼三
大平派三羽烏斎藤邦吉、伊東正義、佐々木義武
竹下派七奉行橋本龍太郎、小渕恵三、小沢一郎、羽田孜、渡部恒三、奥田敬和、梶山静六
安倍派四天王加藤六月、三塚博、森喜朗、塩川正十郎
三賢人灘尾弘吉、椎名悦三郎、前尾繁三郎
御辞儀三人衆(三木派)丹羽兵助、森山欽司、毛利松平

5月10日(水) あさひが丘の  -政治・経済 - 国際政治-

h913.jpg  「なせばなる、ナセルはアラブの大統領」は1960年代には有名なフレーズだったが、ぼく大統領と聞いて「ぼく、ドラえもん」を連想するのは、暗殺と現在までのブームに至る二度目のTV放映開始が同じ79年なので、後付けの知恵でしかない。
 元より日韓両国は84年に相手国の現地読みに統一しているので、ぜん・とかん氏はチョン・ドファン氏になったが、ノ・テウ氏は遂ぞ、ろ・たいぐ氏と呼ばれたことは無い。
 大統領としてはキム・デジュンだった金大中氏がきん・だいちゅうの方が通りがよいのは、拉致当時は自国読みだったからである。
 従って実父はぼく大統領であっても、今回退陣されたのはパク大統領である。

h914.jpg  閑話休題。
 パク大統領は陸士卒の父の日本との浅からぬ関係性から逆に反日の姿勢を示さざるを得なかったとされるが、この度当選された文新大統領は端から対北朝鮮融和論者らしい。
 この文脈からもほぼ同タイミングで行われた仏大統領選とともに、世界共通の民族主義的な保守路線に歯止め、とひと括りにする向きもあるが、寧ろ着目すべきは「政権交替」には違いないものの、交替先が旧来からの政党組織に基づく候補者ではなかったという点ではないか。
 両国とも大統領制とともに議会選挙は小選挙区制であるから長らく二大政党、二回投票の仏ならば左右二つずつの四大政党であったのが、明らかに崩れつつある。
 勿論、スキャンダルが契機だった韓国は今後も政党の離合集散が予想されるし、保守党の突出から再び二大政党に回帰した英国の例もある。何よりも中選挙区か比例の日伊にしか成立し得ないとされた基盤政党型が小選挙区下のわが国において再現されているのだから、少なくとも保守と革新乃至はリベラルという構図自体に揺らぎが生じつつあるとは言えるのかも知れない。
 世代交替、に付いては替わりに奥様が二回り上だからではなく、現時点ではまだ一過性の事例に過ぎないか。

4月25日(火) 譬喩と演技  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h888.jpg  怒濤の四月が漸くひと山超えて黄金週間まで余すところ数日、強靭な派閥の講演会を拝聴する。出遅れて座席も確保出来ず、正直に言って余り抑揚の無い淡々とした内容に聞き流していただけで、米寿の金馬師匠の落語がお口直しの感があったが、同じホテルでの懇親会にて呑んだくれている内に事態は風雲急を告げていたのである。
 勿論、言葉狩りを憂うには余りに直裁な物言いには違いないが、そもそもがお経読みに近い講演の中で数少ない本人の声が伺えた部位が失言に帰結するとは皮肉であろう。
 嘗ての「生む機械」や「暴力装置」にも多分にそのきらいはあったが、詰まるところ話し言葉を活字に起こした際の印象の相違が作用している要素も小さくはないし、かく鵜の目鷹の目で狙われては当意即妙なアドリブの面白味は益々望むべくも無くなるだろう。
 何よりも敢えて譬喩的な言葉を用いるには相当な注意を払わなければならないのでは、再三述べている様に椎名外相が「米国は番犬」と豪語したのを指摘され「番犬さま」と訂正して議事堂が笑いに包まれた様な光景は二度と訪れまいし、長ずれば言論そのものの減退に繋がりかねまい。今般発言の非を充分に認識しつつも、敢えて警鐘を鳴らさざるを得ないのではないか。
 しかしながら永田町周辺居住者としては注意力散漫以外の何物でも無かった。この点に付いては猛省したい。

4月19日(水) クワマンダーを問う  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h889.jpg  19世紀に自らに有利な選挙区割りを作った知事の名とその形状が蛇に似たことから双方を併せた造語が、恣意的な区割りを意味するゲリマンダーである。
 元より今般は寧ろ機械的な数合わせが疑問視される位だからそうした批判は当たらないものの、減員区における自民党内の熾烈な選挙区争い以上に、着目すべきは余りにも多数行政区が千々に分散されたことだろう。
 勿論、区割り審の労苦は窺われ、例えばわが杉並東京八区は方南地区を割譲しているが、環七の東は生活圏が異なるという小学生期からの個人的な実感にも則しているし、埼玉で電車や河川を線引きに用いているのも恐らくは同じ文脈に基づくものだろう。
 ただ結果だけ眺めてみれば、全25中無傷で済んだのは4区のみという東京都では、昭島が切り離され新たに国立が加わる21区の様に入れ子の玉突きすら生じている。就く全国一複雑になったのが東京七区であり、そもそも中選挙区制下の東京四区、即ち中野・杉並・渋谷三区時代から東西に比べ南北の移動手段に乏しい東京西部特有の、実面積以上に縦長の悲哀が痛感される選挙区だったが、従来の中野・渋谷から中野区の北部が消えた替わりに、前述の杉並に加え品川、目黒両区の北部が追加され、実に五特別区に跨がる長細い形容はまさにクワマンダーの象徴である。
 この結果東京23区はうち15区が分割される形となり、最早自治体と選挙区は全く別物の有り様である。確かに最大1.1倍までに厳格化された英国を筆頭に行政区を考慮しない機械的な数合わせを肯定するのが世界的潮流ではあるし、アファーマティヴ・アクションで人種割にも配慮する米国の様な与件はわが国には存在しない。
 しかしながらその是非は別として国会議員が国民代表性とともに地域代表性を色濃く有するわが国においては、分割された地域は複数の地域代表への関与を余儀無くされ小選挙区制のメリットが台無しであるし、しかも今回は暫定措置に過ぎず五年後には47都道府県に一議席ずつ貼り付けてから議席配分を行う一人別枠方式を根元から改めることにより都市部は増員が必須とあらば、今回拡大された選挙区は再び切り離される蓋然性が高く、囁かれる任期満了に限り無く近い総選挙が実現すれば今般改正の賞味期限は当該一回のみに終わる可能性すら秘めている。
 都市部住民の声を正当に反映させるべく一票の格差是正自体には賛同したいが、長年培われた過去の経緯を重んじつつ変革を試みるならば、寧ろ自治体を小選挙区毎に再編成する位の地方自治制度そのものの大幅な見直しが必要なのではなかろうか。

 区割り案の勧告は総理の解散権を縛らないと改めてのアナウンスが囂しいが、その喧伝自体が制約を物語っていよう。元よりそれは首相が専権事項として解散権を行使出来るとの前提に基づいているが、必ずしも自明ではなかったのは現行憲法下初の解散となった昭和23年において、解散は内閣不信任案成立を受けた69条に限られるのか、或いは天皇陛下の国事行為に列挙された7条のみに基づくことが可能なのかの解釈が定まらず、形式的に不信任を成立させ、解散の詔勅に7条及び69条に依ると記載されたことからも明らかである。
 英国においては2011年の法改正で解散権の行使は内閣不信任成立時と下院の三分の二の同意を得た際と明示的に制限されたが、今般の解散は野党に有利とは言い難いにも拘わらずEU離脱という国家の枠組みの大きな変更を受けるとの大義名分のもとに、ほぼ全会一致で話し合い解散が認められた。この決定に矢張り首相の解散権を尊重すべきとの配慮が働いたのだとすれば、新たな一石を投じたとも言えよう。

4月17日(月) 国民の信託に応える  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h887.jpg  愈々陛下のご譲位法制も大詰めを迎えつつあるが、国会論議を避けるべく提出前に周到な合意が図られている様に、須く議員はじめ関係者が貝になる傾向が強まる一方で、学術等諸兄の意見開陳は囂しくなってきた。
 ひと昔前なら皇室関係は河原敏明氏の独壇場だったが、昨今はジャーナリズムと言うよりは寧ろイデオロギッシュな視点が目白押しである。例えば"臣下"を自称し旧宮家の出身者で無ければ街宣車に囲まれかねない、笑いを交えた直載な物言いが却って皇室拡大論に却って水を指さないか危ぶまれる御仁や、アジテーション風であるものの存外に主張は穏当な漫画家出身者はじめ、勉強会の類にも多数登壇している。
 ただ押し並べて陛下のご意志の尊重から論を発し、共産党ですら陛下に一定の敬意を払っている素振りが伺えるのは、政治性を否定し恰も天皇機関説が如く解釈を採用してきた日本国憲法下においてなお、皇室の法に表れない権威の存在を裏打ちしていよう。
h888.jpg  従って、その法に表れない権威の継承を法的に担保するのか、或いは敢えて法はそれを明確には規定せず、天皇陛下と上皇陛下の権威の相違はじめ歴史と伝統の知恵に委ねるのか。英国同様のSymbol=象徴の解釈にまで先祖帰りしかねない、そしてその論議を広く万般に行う社会的受容性の薄い戦後わが国において、極めてデリケートな課題であるからこそ、皇室を敬愛することでは人後に落ちない私もまた言葉を継ぎ難い。

 世界のキタノが「おいら」ならゴーマニズムは「儂」が代名詞だが、実際には舌足らず気味で「わたし」の真ん中の「た」が割愛された活用形に近く、小さな「た」が音便の如く残置しているケースも少なくないと、初めて講演を拝聴して認知した。
 従って響きは傲慢と言うよりは、意外に可愛らしい。
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