コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

5月16日(火) サンパは旨く揃わない  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

 新たな囲碁の団体でも設立されたかと思いきや、派閥でない有隣会から分裂した小集団のネーミングだと言うのだからややこしい。わざわざ論語チックな二文字+会を用いたのは派閥らしさを演出するものであろうし、その心はひと時は四派大宏池会構想すら遡上に登りながら、本家を除く三派、更には2+αと縮小されつつなお、飽く迄三派の対等合併の形式用件を揃えて跡目争いを含む今後の人事のあり様に布石を打ちたいという思惑か。
 しかし早ければ七月にも合流が見えているにも拘わらず敢えて一派を構えるとは、恰も政治改革から新進党解党に至る過程において、雨後の筍宜しく現れては消えた新党の如しである。
 元より政党の場合は事の是非は別として、文殊の知恵ではないが五人集まれば交付金という明確な現世利益があるので意図は明瞭であるのに対し、同様の現象が派閥において発生しているのは、まさに二大政党から自民党基盤政党型に回帰した結果、党中党と揶揄された派閥のウェイトが確実に回復している証佐なのだろうか。
 ともあれ派閥全盛期の70年代から脈々と継承された第二世代・五大派閥の一角が初めて消えるのである。小選挙区導入以降、党中央の権限拡大とともに緩やかな弱体化と離合集散を繰り返した第三世代から、派閥は今新たな第四世代の時代を迎えようとしているのかも知れない。

h925.jpg  その文脈で捉えれば、安倍総理がこのタイミングで敢えて「細田派四天王」に言及したのは興味深い。
 勿論、加藤、三塚、森、塩川の「安倍派四天王」に準えているのは明らかだが、何れ訪れる「安倍後」における自派の行く末を占ったものとも言える。
 しかも国会議事堂に居並ぶ銅像の如く四人目を空白にしているのは「民主主義は完成しない」のと同様に「清和会の天下もまた終わらない」との比喩と読むのは些か牽強付会だろうか。
 三羽烏に四天王、奉行は竹下派には七人いたが佐藤派五奉行が本家である。一般論としてかく呼び名は六以上はバリエーションが減るので、吉田十三人衆はそもそも派閥揺籃期であるし、一派閥に集う実力者に七人は矢張り許容範囲を超えていたのかも知れない。

吉田十三人衆益谷秀次、林譲治、池田勇人、佐藤栄作、保利茂、大橋武夫、橋本龍伍、
愛知揆一、福永健司、小坂善太郎、田中角栄、周東英雄、小金義照
佐藤派五奉行保利茂、愛知揆一、田中角栄、橋本登美三郎、松野頼三
大平派三羽烏斎藤邦吉、伊東正義、佐々木義武
竹下派七奉行橋本龍太郎、小渕恵三、小沢一郎、羽田孜、渡部恒三、奥田敬和、梶山静六
安倍派四天王加藤六月、三塚博、森喜朗、塩川正十郎
三賢人灘尾弘吉、椎名悦三郎、前尾繁三郎
御辞儀三人衆(三木派)丹羽兵助、森山欽司、毛利松平

5月10日(水) あさひが丘の  -政治・経済 - 国際政治-

h913.jpg  「なせばなる、ナセルはアラブの大統領」は1960年代には有名なフレーズだったが、ぼく大統領と聞いて「ぼく、ドラえもん」を連想するのは、暗殺と現在までのブームに至る二度目のTV放映開始が同じ79年なので、後付けの知恵でしかない。
 元より日韓両国は84年に相手国の現地読みに統一しているので、ぜん・とかん氏はチョン・ドファン氏になったが、ノ・テウ氏は遂ぞ、ろ・たいぐ氏と呼ばれたことは無い。
 大統領としてはキム・デジュンだった金大中氏がきん・だいちゅうの方が通りがよいのは、拉致当時は自国読みだったからである。
 従って実父はぼく大統領であっても、今回退陣されたのはパク大統領である。

h914.jpg  閑話休題。
 パク大統領は陸士卒の父の日本との浅からぬ関係性から逆に反日の姿勢を示さざるを得なかったとされるが、この度当選された文新大統領は端から対北朝鮮融和論者らしい。
 この文脈からもほぼ同タイミングで行われた仏大統領選とともに、世界共通の民族主義的な保守路線に歯止め、とひと括りにする向きもあるが、寧ろ着目すべきは「政権交替」には違いないものの、交替先が旧来からの政党組織に基づく候補者ではなかったという点ではないか。
 両国とも大統領制とともに議会選挙は小選挙区制であるから長らく二大政党、二回投票の仏ならば左右二つずつの四大政党であったのが、明らかに崩れつつある。
 勿論、スキャンダルが契機だった韓国は今後も政党の離合集散が予想されるし、保守党の突出から再び二大政党に回帰した英国の例もある。何よりも中選挙区か比例の日伊にしか成立し得ないとされた基盤政党型が小選挙区下のわが国において再現されているのだから、少なくとも保守と革新乃至はリベラルという構図自体に揺らぎが生じつつあるとは言えるのかも知れない。
 世代交替、に付いては替わりに奥様が二回り上だからではなく、現時点ではまだ一過性の事例に過ぎないか。

4月25日(火) 譬喩と演技  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h888.jpg  怒濤の四月が漸くひと山超えて黄金週間まで余すところ数日、強靭な派閥の講演会を拝聴する。出遅れて座席も確保出来ず、正直に言って余り抑揚の無い淡々とした内容に聞き流していただけで、米寿の金馬師匠の落語がお口直しの感があったが、同じホテルでの懇親会にて呑んだくれている内に事態は風雲急を告げていたのである。
 勿論、言葉狩りを憂うには余りに直裁な物言いには違いないが、そもそもがお経読みに近い講演の中で数少ない本人の声が伺えた部位が失言に帰結するとは皮肉であろう。
 嘗ての「生む機械」や「暴力装置」にも多分にそのきらいはあったが、詰まるところ話し言葉を活字に起こした際の印象の相違が作用している要素も小さくはないし、かく鵜の目鷹の目で狙われては当意即妙なアドリブの面白味は益々望むべくも無くなるだろう。
 何よりも敢えて譬喩的な言葉を用いるには相当な注意を払わなければならないのでは、再三述べている様に椎名外相が「米国は番犬」と豪語したのを指摘され「番犬さま」と訂正して議事堂が笑いに包まれた様な光景は二度と訪れまいし、長ずれば言論そのものの減退に繋がりかねまい。今般発言の非を充分に認識しつつも、敢えて警鐘を鳴らさざるを得ないのではないか。
 しかしながら永田町周辺居住者としては注意力散漫以外の何物でも無かった。この点に付いては猛省したい。

4月19日(水) クワマンダーを問う  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h889.jpg  19世紀に自らに有利な選挙区割りを作った知事の名とその形状が蛇に似たことから双方を併せた造語が、恣意的な区割りを意味するゲリマンダーである。
 元より今般は寧ろ機械的な数合わせが疑問視される位だからそうした批判は当たらないものの、減員区における自民党内の熾烈な選挙区争い以上に、着目すべきは余りにも多数行政区が千々に分散されたことだろう。
 勿論、区割り審の労苦は窺われ、例えばわが杉並東京八区は方南地区を割譲しているが、環七の東は生活圏が異なるという小学生期からの個人的な実感にも則しているし、埼玉で電車や河川を線引きに用いているのも恐らくは同じ文脈に基づくものだろう。
 ただ結果だけ眺めてみれば、全25中無傷で済んだのは4区のみという東京都では、昭島が切り離され新たに国立が加わる21区の様に入れ子の玉突きすら生じている。就く全国一複雑になったのが東京七区であり、そもそも中選挙区制下の東京四区、即ち中野・杉並・渋谷三区時代から東西に比べ南北の移動手段に乏しい東京西部特有の、実面積以上に縦長の悲哀が痛感される選挙区だったが、従来の中野・渋谷から中野区の北部が消えた替わりに、前述の杉並に加え品川、目黒両区の北部が追加され、実に五特別区に跨がる長細い形容はまさにクワマンダーの象徴である。
 この結果東京23区はうち15区が分割される形となり、最早自治体と選挙区は全く別物の有り様である。確かに最大1.1倍までに厳格化された英国を筆頭に行政区を考慮しない機械的な数合わせを肯定するのが世界的潮流ではあるし、アファーマティヴ・アクションで人種割にも配慮する米国の様な与件はわが国には存在しない。
 しかしながらその是非は別として国会議員が国民代表性とともに地域代表性を色濃く有するわが国においては、分割された地域は複数の地域代表への関与を余儀無くされ小選挙区制のメリットが台無しであるし、しかも今回は暫定措置に過ぎず五年後には47都道府県に一議席ずつ貼り付けてから議席配分を行う一人別枠方式を根元から改めることにより都市部は増員が必須とあらば、今回拡大された選挙区は再び切り離される蓋然性が高く、囁かれる任期満了に限り無く近い総選挙が実現すれば今般改正の賞味期限は当該一回のみに終わる可能性すら秘めている。
 都市部住民の声を正当に反映させるべく一票の格差是正自体には賛同したいが、長年培われた過去の経緯を重んじつつ変革を試みるならば、寧ろ自治体を小選挙区毎に再編成する位の地方自治制度そのものの大幅な見直しが必要なのではなかろうか。

 区割り案の勧告は総理の解散権を縛らないと改めてのアナウンスが囂しいが、その喧伝自体が制約を物語っていよう。元よりそれは首相が専権事項として解散権を行使出来るとの前提に基づいているが、必ずしも自明ではなかったのは現行憲法下初の解散となった昭和23年において、解散は内閣不信任案成立を受けた69条に限られるのか、或いは天皇陛下の国事行為に列挙された7条のみに基づくことが可能なのかの解釈が定まらず、形式的に不信任を成立させ、解散の詔勅に7条及び69条に依ると記載されたことからも明らかである。
 英国においては2011年の法改正で解散権の行使は内閣不信任成立時と下院の三分の二の同意を得た際と明示的に制限されたが、今般の解散は野党に有利とは言い難いにも拘わらずEU離脱という国家の枠組みの大きな変更を受けるとの大義名分のもとに、ほぼ全会一致で話し合い解散が認められた。この決定に矢張り首相の解散権を尊重すべきとの配慮が働いたのだとすれば、新たな一石を投じたとも言えよう。

4月17日(月) 国民の信託に応える  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h887.jpg  愈々陛下のご譲位法制も大詰めを迎えつつあるが、国会論議を避けるべく提出前に周到な合意が図られている様に、須く議員はじめ関係者が貝になる傾向が強まる一方で、学術等諸兄の意見開陳は囂しくなってきた。
 ひと昔前なら皇室関係は河原敏明氏の独壇場だったが、昨今はジャーナリズムと言うよりは寧ろイデオロギッシュな視点が目白押しである。例えば"臣下"を自称し旧宮家の出身者で無ければ街宣車に囲まれかねない、笑いを交えた直載な物言いが却って皇室拡大論に却って水を指さないか危ぶまれる御仁や、アジテーション風であるものの存外に主張は穏当な漫画家出身者はじめ、勉強会の類にも多数登壇している。
 ただ押し並べて陛下のご意志の尊重から論を発し、共産党ですら陛下に一定の敬意を払っている素振りが伺えるのは、政治性を否定し恰も天皇機関説が如く解釈を採用してきた日本国憲法下においてなお、皇室の法に表れない権威の存在を裏打ちしていよう。
h888.jpg  従って、その法に表れない権威の継承を法的に担保するのか、或いは敢えて法はそれを明確には規定せず、天皇陛下と上皇陛下の権威の相違はじめ歴史と伝統の知恵に委ねるのか。英国同様のSymbol=象徴の解釈にまで先祖帰りしかねない、そしてその論議を広く万般に行う社会的受容性の薄い戦後わが国において、極めてデリケートな課題であるからこそ、皇室を敬愛することでは人後に落ちない私もまた言葉を継ぎ難い。

 世界のキタノが「おいら」ならゴーマニズムは「儂」が代名詞だが、実際には舌足らず気味で「わたし」の真ん中の「た」が割愛された活用形に近く、小さな「た」が音便の如く残置しているケースも少なくないと、初めて講演を拝聴して認知した。
 従って響きは傲慢と言うよりは、意外に可愛らしい。

4月13日(木) この国を託そう  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h882.jpg  出向先は異業種交流会の様な、より平たく言えば大学のサークル的なノリも多分に有していたから、多くのメンバーが通例のサラリーマン生活とは異なった郷愁を抱いていよう。
 だからこそ当然母数は年々増え、同時に先任の幹部陣はそろそろ激務が一段落して来し方を振り返る余裕も生まれて来る世代に差し掛かっているとはいえ、55人という大所帯のOB会が成立したのだろう。
h883.jpg  有り難いことに皆様から幹事役への労いを頂戴したが、自らが関わり始めてからは関与の度合いに軽重こそあれ、毎度率先して事務方を自任していたから、持ち回りで他者に委ねる位なら自ら取り回した方が余程楽だし、多くの人々がこの組織に愛着を抱いていることが確認出来るのは歓びでもある。
 秘録に書かれなかった逸話を"広く"拝聴したのもまた貴重な機会であったし、一同履けた会場にて主賓主宰の二次会を経て六本木の三次会含むカラオケまで、愉しき一夜であった。

h884.jpg  派閥パーティ・メッカの季節、昨夜は合流を取り沙汰される当事者が顔を揃え、普段はスマートな語り口の次代を担う御仁が珍しく派閥の効用を熱く語る構図ありの興味深い絵柄であった。
 よくよく眺めれば当事者の口端に登る先達の名の系譜を引く血筋も重なり、挨拶のひと言ばかりか登壇する顔触れにも意味が込められている様に見えて来る。実に政治的と言えば負の印象が漂おうが、様々な利益集団の代弁者相互の集合体の大きなひとつが派閥であり、その切磋琢磨を通じて利害得失が調整されるアリーナこそが政治であるという意味において、久方振りに桟敷席から眺める舞台の活力に触れた感。

3月23日(木) 恩讐を超えて  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h862.jpg  五代に亘り禅譲を繰り返してきた宏池会が初めての分裂に見舞われたのが98年、その当事者たる故・加藤紘一氏の子女・鮎子氏の朝食会にもう一方の河野洋平氏が現れるとあらば、永田町周辺居住者の耳目を集めるのは当然だろう。
 嘗てのプリンス河野氏も既に80歳、久方振りの講演に如何なる昔話に花を咲かせてくれようと思いきや、宏池会分裂の経緯は元より河野談話にも全く触れず仕舞いの穏やかさで、連立与党での選挙の難しさを述べたのが政治評論家的には貴重なオーラル・ヒストリーだったろうか。
 立ち位置からすれば反安倍であろうから、野党の不甲斐なさを愁い、返す刀で自民党内の左派を鼓舞する姿は、親蘇と親中を今となっては十把一絡げに看做して良いならば父譲りのオールド・リベラリスト結託の絵柄である。
 ただ新自由クラブそのものが中道左派と保守第二党の左右に触れて瓦解した記憶こそあれ、恩讐は超えても思想は変わらないという意味では首尾一貫していると言える。公に姿を見せるのは控えておられる様だが、ご健在でした。

h863.jpg  この日、永田町はこちらも久々の証人喚問に緊張感ある一日だったが、本来ならその話題を紙面から追い出す効果を期待されたWBCは残念ながら前日に散って仕舞った。
 そもそも大谷投手兼外野手が辞退した時点で国民的関心は下がったものの、その割にと言っては失礼だが、よく打線がカバーして健闘したのではないか。
 h864.jpg 結果として米国に敗れ、その米国が初優勝を遂げたのは日米対話を前によいお土産になったとは言い過ぎとしても、毎度存亡の危機が憂えられるWBCの未来には却って朗報だったのではなかるまいか。
 東京五輪を控えるだけに些か中継ぎ感のあった小久保氏には、初代常任代表監督の大任を終え改めて指導者の道を歩まれんことを餞けに祈念したい。

 夜は又もやの女子会闖入に続いて大学時代の友人の渡泰壮行会のダブルヘッダー。
 お腹一杯の一日ですね。

3月15日(水) 全民労協の香り  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h854.jpg  75年のスト権ストの記憶が無いのは既に小学生になっていたとはいえ東急沿線で国鉄とは縁遠かったからだろうか。それでも十数年前までは鬼の動労の末裔なのかは定かでないが、集中回答日を大幅に過ぎてなお千葉方面は賑かしかったものである。 時の流れは残酷なもので、今や永田町界隈に現れる筵旗も、ウルトラソウルならぬウルトラレフトの方々は健在であっても反原発より遥かに本数少なく見受けられる。
 元より産別労組の意義を否定する謂われはないものの、曲がりなりにも労働側をベースとした前政権時に比して、三年連続のベアのみならず着実に賃上げが行われているという意味では、言葉の良し悪しを別とすれば「官製春闘」たるレッテル付けも必ずしも間違っているとは言えまい。
h855.jpg  そもそも鉄が隔年となって久しく、重電・弱電ともに経営は国境も跨いで優劣が明瞭となった今は、専ら自動車が春闘の牽引たる機関車の任を務めるスタイルが定着しつつある。想えば80年代から春闘のリード役を担ってきたIMFーJC改メJCM自体が総評、同盟、中立労連の枠を超えて「金属」として共闘することに価値があった時分の産物であり、カウンターパートの日経連が経団連に糾合されたのと同様に、連合が所与のものとなった現在、こと春闘の局面においては歴史的使命を終えたとも言える。
 ただ「官製春闘」であるならば寧ろ対峙するよりは内なる改革を志向すべく労組から政権へのアプローチがあっても良いだろう。既に原発の是非という政治的イシューを抱えているとはいえ電力は労使相手を携えて党派に囚われない支持・支援に切り替えており、JCMに限らず須く民間労組も官公労とともにアプリオリに中道左派政党と一蓮托生を続ける必然性は感じられまい。
 それが安全保障政策では自民党より右と言われた嘗ての民社党の様な形を採り得るのか、 旧社会党が相当数存在したからこそ「自公民」の枠組みが成立し得た数の論理に照らす限り方向性は見えないが、奇しくも確定申告〆切と同日に、年中行事と化したご説明行脚の今年も末端を担いながら夢想する。

3月5日(日) 君こそスターだ  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h849.jpg  近年は企業の株主総会においてもステークホルダー重視の観点からもイベント擬きの趣向が凝らされるケースも少なくないと聞くが、政党のそれに当たる党大会にもまたエンターテインメント性を期待して仕舞うのは、三年前の松崎しげる氏のインパクトが余りに強かったからだろう。
 恐らくそれが期待値のハードルを上げて仕舞ったのか、翌年の中西圭三氏には二番煎じ感しか斎されず、結局昨年は適時性は高かったものの五郎丸氏と、正直なところハプニング的な意外性には乏しかった。
 と言うのも嘗ては政界に転進する遥か以前の田村亮子氏が登壇した様に、党派性が少ないからこそスポーツ選手は定番中の定番メニューなのである。ただ幾ら青学駅伝の原監督が弁舌爽やかだとしても数千人を前に生シンポジウムのコーディネーターは流石に荷が重く、しかも長年マスメデァアに晒され続けた煽りからか、常に無難な発言に終始すべく殻に籠る習性の確立された福原愛氏に、気の効いたひと言を求めるのはそもそも大きな無理があったろう。
h850.jpg  寧ろ兎角「安倍一強」が喧伝される中、奇をてらわずオーソドックスなスタイルを意図的に指向したとすればその目論見は的を射ており、結果的に60年前の祖父・岸信介氏とアイゼンハワー氏との、第一回日米首脳ゴルフの逸話を自らの第二回と対比して笑いを取りつつ語りかける安倍総裁の方が、勿論間の取り方をはじめ弁舌自体が更に巧さを増すとともに心理的余裕の為せる業でもあろうが、ゲストより遥かにスターである事実を如実に浮かび上がらせていた。
 本来は今大会は総裁公選規程の改定=三選解禁が目玉である筈だったが、既定の事実として幹事長の党情報告でさらりと触れられ追認したのみで、逆に総裁自ら述べた憲法改正への強い意欲が印象に残る、見事な構成だったのではないか。図らずも「安倍頼み」もまた改めて浮き彫りになってはいたが。
 ゴルフ翌日の立ちんぼは午前中だけとはいえ足が棒になったのは御愛嬌ということで。

2月9日(木) 為公会に行こうかい  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

 中選挙区下における派閥第二世代による「五大派閥」の確立から、一転して90年代の小選挙区制導入以降は、党中央への経営資源の一元化と相俟って、派閥は常に拡散の過程にあったと言っていい。
 この中で唯一、第一世代から命脈を保っている宏池会が60周年を期にロゴまで誂え独自の政策立案を試みているのは、"政策集団"たる大義は元より明年の総裁選をひとつの道程として視野に入れているのは疑い無かろう。
 これに伴いまたぞろ幽霊の如くに大宏池会構想が取り沙汰されているのは決して偶然ではない。一見して配下のポスト獲得と自らの領袖狙いに主眼の伺われる甘利グループの為公会合流も、頭領の長期療養で草刈り場と化す懸念を内包する有隣会の今後と近似した文脈で捉えられるべきだろう。
 "お公家集団"と揶揄されよくも悪くも最終的には穏便な代替わりを繰り返してきた宏池会が初めて分裂に見舞われたのは98年、宮澤会長から加藤紘一会長への交替に伴い河野洋平氏が大勇会を立ち上げた際である。更に2001年には所謂「加藤の乱」により真っ二つとなり、双方が宏池会を名乗る異例の事態に陥った。一旦は合流したものの野党総裁だった谷垣氏の総裁再選断念に至る経緯から再び有隣会が離脱して、現在に至っている。
 即ち大宏池会といっても大勇会を継承した為公会は、吉田大勲位の孫たる麻生氏こそ正当な系譜に位置するとしても、実際には昨年移籍した鈴木俊一氏ら宏池会在籍経験者は極めて限定されている。
 勿論、合併には柵が少ない方が良いのか、寧ろ有隣会の方が近親憎悪が働く分ハードルが高いのかは一概には量り切れないが、少なくとも"安倍後"の最有力候補のひとりたる岸田氏にとって、下世話な物言いをすれば数を稼いでも後見人兼小姑を多数抱える絵柄が望ましいのか、更には敢えて二大派閥の構図を求めるのが禅譲路線に背馳しないかは悩ましい選択であろう。
 ともあれコップの中の嵐が騒がしくなり得るのは野党の不甲斐なさ故には違いないとしても、若手を育て次世代のリーダーを編み出していくという派閥の効用に鑑みれば、拡散から糾合の過程へ、また水月会の対決姿勢を含め総主流から多様な立ち位置の齋す切磋琢磨へと局面が転じられつつあるのは、政権与党にとって望ましい方向性と言えよう。

h821.jpg  週末発熱に見舞われた祐旭がインフルエンザと判明、タミフルを服用すれば俄かに小康状態に至るため、先週の受験休講に引き続き長期連休ながら外出もままならず些か時間を持て余し気味である。
 例年、インフルエンザの猛威が増大しているのは実際に流行性感冒が通り名だった時代に比べウイルス自体が強靭化されたのか、或いは認定が厳格化された故か。
 実際、会社の診療所では鼻に棒を突っ込まれて痛い想いを味わいながら陰性と判明したにも拘わらず、初期は反応しないことがあると無理矢理インフル扱いに追い込まれそうになったこともある。
 デフレ下にインフルのインフレ、お後が宜しくない様で。
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