コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

2月8日(木) 参議院を制するものは  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

i257.jpg  想えば現在の平成研究会に至る「保守本流」最大派閥の歴史は参議院とともにあったと言っても過言ではない。
 佐藤派周山会は同じ山口出身の重宗参院議長の退任が、田中・福田両派に別れる遠因となっているし、竹下派経世会から羽田・小沢派が新生党として独立した際も、衆院側は真っ二つに割れながら、八人しか同調者を出さなかった参院が力の源泉となって、小渕派平成研は再び最大派閥に返り咲くのである。
 また小泉総理が再選を図った総裁選では自派の藤井候補支援は衆院だけの片肺飛行となるなど参院平成研は独立王国の様相を呈し、現に今もなお参議院は平成研、宏池会、清和会による三派体制が磐石で、清和会一頭支配が喧伝される衆院とは全く異なる世界が繰り広げられている。
 元より第二院が下院と殆ど変わらぬ権能を有するわが国二院制自体の是非は別建てで論じられるべきとしても、厳然としてその制度が存在する以上、大半の法案の出口となる参院の多数を握って党内に影響力を行使するのも生活の知恵に他ならず、皮肉にも重宗議長を蹴落とした河野謙三氏宜しく、寧ろ野党寄りに七・三の構えを採る参院平成研の議会運営が、与野党問わず長年の信頼を集めているのも事実なのである。
 更に言えば、今でこそ大宏会構想が唱えられる程に三分されたものの、嘗ての宏池会が、前尾→大平交替劇にクーデター的要素があったとはいえ、領袖の禅譲を繰り返してきたのも、裏返せは"お公家様"と揶揄される闘争下手の為せる業であって、佐藤→田中→竹下→小渕とトップの簒奪と分裂を繰り返してきた平成研、より正確に言えば経世会の歴史には、業の深さを感じざるを得ない一方で、分裂出来るだけのエネルギー、活力があったと指摘することも出来よう。
i265.jpg  だとすれば今般の一定の決着は、何故このタイミングなのかと、恰も派閥パーティーを人質に取った様な捨て身の戦法が必ずしも洗練されていたとは言い難いものの、参議院の反乱が契機となったという意味では極めて歴史に則った展開であり、同時に分裂回避が至上の目途となった点で、最早分裂も辞さずという活力の根幹たる「数」を失っている事実をもまた、冷徹に露呈していると言っても良い。
 現在建て替え中の砂防会館本館は5月に竣工するが、歴代会長の居城でもあったTBRビル跡にはアパホテルか建造中である。
 角福戦争の怨念を自ら進んで背負った小泉元総理の「ぶっこわす」べき自民党とは経世会支配であり、少なくとも現時点では衆院側は見事にその仕掛けに一敗地に塗れたのだが、折しも一方当事者であった野中弘務氏も大往生を遂げられた。
 保守本流というブランドが今もなお一定の説得力を有するのか、最早永田町界隈においても定かではないが、野球は巨人、相撲は出羽一門、歌舞伎なら市川一派が、憎まれ役であったとしても元気で無ければその世界は活性化しまい。「一致団結箱弁当」の強靭さに、まさに共に弁当を戴かず鰻重で亀裂を示したのは象徴的だったが、時ならぬ田中角栄ブームの中、平成研究会には経世会のみならず、七日会・木曜クラブの歴史まで紐解いて、保守本流の矜持を自認して是非とも再び中枢を歩むべく一致団結して戴きたい。

1月5日(金) 男は三度勝負する  -政治・経済 - 選挙-

i208.jpg  昨日は慣らし運転で仕事始めは実質的に恒例の新年互礼会からとなる。ところが稼働二日のみの金曜午後という悪条件に加え、総選挙から間もない正月は妄りに上京せず御礼周りに専念すべしとの御触れが効果覿面に過ぎ、閣僚級を除けば到来するのは政府役職者か関東近郊選出者に限られ、毎度受付近辺に屯しての新年御挨拶一網打尽攻撃も、立ちっ放しで例年通り足腰に痛みを覚えた割には多分に空振り気味であった。

 書籍「黙殺」は、新聞紙上に"独自の戦い"と切り捨てられる泡沫候補にスポットを当てたものである。しかしながらメディアは彼等を文字通り"黙殺"せず主要候補と同等に取り扱うのが民主主義であるとの筆者の主張には全く以て賛同出来ない。
i209.jpg  現実に五回目の挑戦でバッジを射止め、衆院選通算3勝6敗ながら異彩を放った田中秀世氏の例を挙げるまでもなく、最初は保守系無所属の「泡沫」扱いでも出馬の度に票を積み上げていった候補者は少なくない。書籍にも登場する中川暢三氏は地元の加西市長になっているし、典型的な記念受験派と見られていた故・羽柴誠三氏が夕張市長選で次点に輝いたのは記憶に新しい。
 彼等に共通しているのは、特定の選挙に的を絞っているか、そうでなくとも当選の蓋然性のある選挙戦に狙いを定めている戦術性であり、少なくとも当選しようという意志と努力の跡が伺えるのである。
 他方で多くの泡沫候補には、選挙活動をアピールの場とする意図は明快だが、その主張を以て当選に結び付けるべくステップを踏んでいるとは言い難かろう。
 それは映画「立候補」を見ればより明らかで、最早選挙運動という錦の御旗を掲げることで示威行為の大義名分を確保する手段にしか見えない。供託金を納めた引換の権利と看做したとしても、それをメディアが報道素材として採用するか否かは当選可能性を以て判断されて然るべきだろう。
 嘗て東京の選挙における風物詩と言えば赤尾敏氏と東郷健氏という時代があり、戦前に衆院議員だった前者を同列に並べるのは失礼かも知れないが、大川総裁が彼等を「インディーズ候補」と名付けて一冊に纏めていた様に、ユニークな存在としてスポットを当てるのは、選挙をハレの場と捉え政治への親しみを醸成するという意味で、余程民主主義の本旨に叶うのではないだろうか。

12月26日(火) 酔い痴れず、やがて哀しき  -政治・経済 - 自衛隊/JSDF-

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 食べ納め、今日で本年の宴席もオーラスである。先週は熟成肉を鱈腹賞味して満腹中枢を麻痺させていたが、このところ頓に痛感するのはアルコール耐性の凋落であろう。
 嘗ては記憶が欠落するに至ってから肝臓が赤信号を発していたのが、徐々に酔い痴れる前にアルコール分解力が先に悲鳴を挙げ、平たく言えば「酔う前に吐く」状態で定着していたところ、今度は酩酊の方が早出しされ、食べ始めて早々に酔いもすれば気持ちも悪くなるという、到底酒飲みとは言い難い症状に陥りつつある。
 ただその時点でケインズ主義者宜しく真水を増やしてアルコール摂取を控えることになるので、そこから後段は存外に長持ちしてピークアウトしない。だから傍目には酒に弱くなった様には見えないのだろうし、酔う前か、逆に酔いも覚めつつある時分かを別とすれば、嘔吐して分解出来ないアルコールをそのまま排出している行為自体は代わり映えしないのだが。

i197.jpg  遂にヘリコプター搭載護衛艦「いずも」が空母に改修されるという。勿論、FC35Bの様な艦載機導入を前提としているが必要となり、コスト的に垂直離着陸は原則行わないとは言ってもパイロットの追加訓練は必定である。
 単艦でも攻撃能力を備えているひゅうが(写真は2011年撮影)型に対し、いずも型は丸裸だからミサイル護衛艦1、通常2との4艦編成も見直しが必要かも知れず、一朝一夕に空母が発艦する訳ではない。
 ただひゅうが型に比しても約1.4倍の基準排水量を有し、建造時から転用の噂は絶えなかったとはいえ、ひと昔前なら蜂の巣をつついた様な大騒ぎになりそうなところ、何と無く既定路線の如くにコンセンサスが図られているのは、わが国が成熟したと言うよりは半島への危機意識の強さの反映であろう。時間は掛かったとしても少なくとも姿勢を示すだけでも抑止力たり得るだろうから、機敏かつ望ましい対応である。
 現時点で政府は公式には是認していないが、次期中期防にて具体化するとしても、問題はいずもがドック入りする間の対応であろう。いずもが五年を擁しているので物理的には間に合わないが、同じく姿勢を示すという意味でも次期DDV建造を遡上に載せるべきではないか。果たして周防か安芸か、因幡ではないですね、と茶化している場合ではない。

11月22日(水) ラッシュアワー  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

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 選挙中の一ヶ月が空白地帯になったので、愈々例年に無いパーティー・ラッシュがやって来た。月曜は朝のオータニに始まり、昼はグランドヒルから東プリに急行してカレーを食べ、夜も再び東プリから全日空、赤坂まで徒歩行軍して会食とは激しい往来である。
 昨日は昼が会食で夜は定番の憲政記念館から。タクシーを停め辛い微妙なポジショニング故に、中山間地の孤老ならずとも自動運転のコミューター擬きが欲しくなりそうだが、その替わりホール側にも導線があって開会前に人知れず消える荒業が可能なので、来訪者が降りたタクシーをそのまま捕まえる裏技でキャピトルへ、双六の様に進む。絶好の立地から高価格と言われていたが、噂では些かダンピングされた模様で、現に最近のパーティー開催地としては全日空を逆転した感がある。そして更にスルーしてオータニへ。会食が無いケースでは、乾杯後に主役以外の顔見知りの方々にご挨拶してみたりとお仕事らしく振る舞ってみる。
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 然して本日は朝が帝国、夜は憲政からルポールまでは順調だったが、折角捕まえたタクシーが接触に見舞われ、雨のなか放り出されてテクテク四ッ谷まで歩いた上で京プラとは難儀であった。
 気付けば年末に向け宴席も右肩上がりで、そうなると物理的にパーティーの梯子は難しくなるが、折角の選挙痩せから体重も右肩上がりの回復を見せないよう心したいところ。

 「小泉進次郎と福田達夫」を読む。ご本人達の口調を可成り忠実に再現していると思われるところが対談にも拘わらず読み応えを生ぜしめるライターの妙だが、その面白さと話題性を借りて、仲々利害関係者以外には伝わり難い農政改革の成果を訴える二重構造もまた旨い。
 「小泉純一郎と福田康夫」も読んでみたいが、成立しなさそうですね。

11月10日(金) 希望のスカイウォーカー  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

 初代共同代表選は予想通りの結末だったが、果たして希望の党は如何なる方向を目指すのだろうか。
 党内には未だ安保を巡って路線論争が燻っている模様だが、政権交替を視野に置いた健全なる保守政党として、基本的に外交・安保政策においては自民党と争わないのならば、政権に対峙する野党のポジションにある限り、他の政策で差異を示さなければならない。
 ただ自民は財界・大企業対応と景気循環に呼応する財政出動と持ち分が明確だった時分ならいざ知らず、80年代までは須く社公の領域だった中小企業に大企業以上に政権が秋波を送る昨今、対峙する施策を示すと言っても残る分野は益々ニッチに限られよう。
 或いは生産者と生活者、という二分論もあり得るが、民主党政権がこのロジックに基づいて惨憺たる幕引きに至った経緯は記憶に新しいし、この文脈を用いるのは社会(民主)主義政党としての立憲の方が明らかに相応く映る。社会保障や子育て支援の充実も今や政府の十八番であり、その為の財政健全化は消費税上げ繰延を主張した政党には訴え難かろう。逆にバラ蒔き批判で支出削減も現に金融緩和とともにアベノミクスが奏功している根幹である以上、訴求力には乏しい。
 ここで欧米ならば生命観や家族観に纏わる概念が遡上に登るのかも知れないが、信仰が政治的主張に結び付き難いわが国には無縁だし、そもそも保守の間に相克は生じ得ない。詰まるところ社会政策的な領域で争点を作るならば原発に収斂されそうだが、こちらは"リベラル"の得意分野であり、反米反基地といった安全保障における「左翼」との親和性が高過ぎるので、現実保守として余りに声高に主張するのは憚られようし、民間労組の離反を益々正当化しかねない。
 結局、自由民主党よりは幾分低所得者層に居依して「分配」を重視する位しか思い当たらないが、二大政党下ならば両極から中道に収斂されるのが常道とはいえ現下は紛れも無い第二党が左に鎮座しており、これでは安保は右、経済は中道社会民主主義たる曾ての民社党が現実的である分、判り易い先鋭的な主張たり得ず、自民・社会の両極の間に埋没した二の舞が容易に想像されよう。
 ならば思い切ってより新自由主義の側にウイングを振り、外交・安保に異論のある層も切り捨てて純化路線という荒業も考えられるが、そうすれば最大の支持母体たる中道右派の民間労組という票田を丸ごと期待出来なくなる。勿論、当面国政選挙が無く、次回となる19年参院選が憲法改正のひとつの契機であり、同時に統一地方選と重なる12年に一度の"亥年現象"と呼ばれる自民党に不利な条件が重なるのであれば、敢えて補完勢力を嗜好するのも試みではあるが、その戦略で"ゆ党"を目指した維新の末路は意識せざるを得まい。そもそも立憲が判り易い須く反対で脚光を浴びよう中に、中途半端な立ち位置でマスコミと無党派層の白い眼に一年半も耐え得るだろうか。
 悩みだけは新進党よりも遥かに深い。

11月1日(水) 今日は正門から入ろう  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

i135.jpg  会期を巡ってもギリギリ迄合意が図れなかったのは、詰まるところ衆参の首班指名で「二位」の人物が異なることに象徴される野党内の衆参捻れが大きく起因していようが、況してや質問時間の配分見直しになぞ容易に決着が付きそうにない。
 野党に国会における質問時間を大幅に譲る「申し合わせ」は国対戦術的な配慮には他ならないが、そもそも議員内閣制下において内閣と与党は一体であり、国会は政府対野党の構図になるから与党から内閣への質問自体がナンセンスである。
 ただこの構図の中でも取り分け議員内閣制の祖とされる英国においては政府にポジションを得た議員とそうでない議員との落差が大きく、政府に入れなかった与党議員は中身もろくろく知らされないまま機械的に政府提出法案に賛成票を投ずる、押しボタンの代替と言っても誇張とは言い切れない。
 だからこそその替わりに若手議員には自己アピールを兼ねて質問の機会が自由討議という形で与えられ、頭角を表せば後衛からフロントの幹部席へと昇進するシステムが構築されてなる。
 これに対しわが国では、恐らく55年体制下の政権交替の可能性が極めて小さい基盤政党型国会における生活の知恵であろう、与党の事前審査という形で政府役職の無い、英国ならばバックベンチャーに過ぎない議員にも法案への関与の機会が認められており、英国以上に極めて院内民主主義の行き届いた制度設計になっている。
 今般の配分見直し論は、多分に安倍政権の瑕疵とされる緒事案において野党側の主張ばかりが国会論戦においてマスコミの偏向を除いてなお囂しい現状への不満が背景にあるのは理解出来るとして、実際に与党の総選挙大勝が三度続いたことにより、寧ろ中堅の域に入りつつある大量の三回生議員が、事前審査の場である政調各部会においても物理的になかなか発言機会が得られないという主張が前面に掲げられており、強ち否定し難い心理も働こう。
i139.jpg  では英国宜しく自由討議の時間を設ければとの"国会改革"論は容易に想像されるが、鳴り物入りでスタートした党首討論が結果として滅多にお目に掛かれない希少生物と化している現状では机上の空論に過ぎないし、個々の委員会における法案審議の過程で与党への配分を増やせば党内の部会との重複感が出るのは当然だろう。
 ただだからと言って事前審査を割愛して政府内の法案審議のみとする「政府与党一元化」は、理論上は理想的であり、現に民主党政権初期には小沢一郎氏の年来の主張として具現化されたが、詰まるところ審議には蚊帳の外の押しボタン議員を大量に排出して与党内に怨嗟の嵐を呼び起こすに至り、「政府与党一元化」を貫くならば副大臣・政務官を五人ずつ位増やして、与党全員を政府内に取り込まざるを得ないという結論が導き出されたが、元より非現実的である。
 事前審査は一見、院内の機能を一部代替している様に映るが、実際にはこの政府内の議論を党政調に肩替わりさせるものであり、(セミ)クローズドな分、寧ろ国会よりもストレートな論戦が繰り広げられるという意味でも、貴重な歴史と伝統に他ならない。
 勿論、半ばプライベートの党内議論では働き振りが支持者に伝わり難いというジレンマは残ろうから、各委員会は現行のままか、寧ろこれまで以上に野党に手厚く配分し、TVの入る予算委員会を幾分与党寄りに改めるのが落とし処であろう。実質的にわが国においては予算委員会こそが慣例として自由討議の機能を果たしているのだから当を得ているのではないか。残念ながら衆院第二党の左傾化は、この具現をより難しくしているが、だからこそ敢えてこのタイミングに遡上に登らせたのかも知れない。

 先週の議員会館は、選挙後には必ず訪れる引越の寂寥感に包まれていたが、議席確定後僅か4日の退出期限の前に早々に一覧表上に斜線が引かれている事務所は、公示時点で引越を済ませている引退議員の部屋である。
 しかしながら何と無く引退した顔触れより斜線が少ないのではと繁々と眺めて気付いたのは、親族が出馬している引退議員は現職扱いなのである。
 確かに慣例として後継たる親族には同じ部屋が割り当てられるが、恐らくは議員規則に銘記されている訳ではなく、合理的なのか情緒的なのか微妙な案配だが日本的な配慮には違いない。
 ただ中には二世であっても不覚を取られた方もいるから、金曜になると改めてその親御さんにも斜線が加わり、この時間差がより悲哀を醸し出している。学生時代、三年への進級にあたり見込みで当確が貼り出されながら最終的に単位が足りず名前がマジックインキで黒々と消される悲劇を俗に「黒マジ」と称していたのを思い出した。
 当落は兎も角、公職への出馬という大きな決断をされた皆さんはそれだけで充分に尊敬に値します。何方様もお疲れ様でした。

10月23日(月) 宴の跡  -政治・経済 - 衆議院解散・総選挙-

i30.jpg  終わってみれば都合十議席減の中で与党は横這い、数字だけ追えば公示前勢力に比して希望が減らし、立憲が躍進と言われても、要は旧民進の右側が野に下り、替わりに左側が甦ってきたに過ぎないし、その分共産が減らしているので、野党の軸が少しレフトにスライドして思想信条からは幾分明瞭になった替わりに、コップの嵐が続く分、より野党の存在感は薄れよう結果に終わったと言えよう。
 ただ当初は希望扇風の中、対抗馬擁立を表明した共産に拍手喝采だったのが、終盤戦に至っては寧ろ強過ぎる立憲票を喰うべく希望にエールを送るという丸っ切り主客転倒した事態に陥る、まさにジェットコースターの様な選挙戦だったのではないか。
 詰まるところ自民・希望・立憲の三竦みの構図が成立した選挙区では自民は半ば左団扇だったが、希望のみなら逆風と共産の独自票で自民有利、逆に立憲に一本化されれば漏れ無く共産票が上乗せされるので激戦か野党優勢、という構図だったろう。
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橿原は別格としても選挙事務所が須く神社の近隣に位置しているのは、
駅や幹線道からのアクセスに鑑みれば必然なのか、
或いは矢張り八百万の神の御加護に肖るべく配慮なのか
 現に新潟の様に無所属候補が並んだ地域では全国の 趨勢とは全く違った構図が生まれていたのだから、 野党の分断が与党を利したという分析は必ずしも間違ってはおらず、逆に言えばこの早期のタイミングを選んだ判断は、政治の安定、政策の予見性の担保の為には正しかったと言える。

i134.jpg  台風のため一部議席が確定しないことが確定した段階でラクーアに退避するものの、西方面では万歳もそこそこに選挙事務所を撤収したケースもあった様だが、わが方も濡れ鼠には違いない。
 どうしてかく深夜に大量の人々が戯れているのか不可解だがベッドは満席、椅子に腰を据えても5時に目覚ましを掛けるのは些か憚られよう。ここでハタと気付いたのは、ギリギリ稼働中でガラガラのマッサージに陣取れば確実に起こされるし一挙両得との発想の転換であった。
i129.jpg 実は長丁場に備え昼間にわが家に程近い整体に赴いていたので、ここ数ヶ月御無沙汰だったのに期せずして日に二度、しかも高額出費を余儀無くされたのだが、最早背に腹は変えられまい。
 明けて資料をまとめ一段落して午後は早めに退散の見込みだったが、翌日開票分が開かないことには動きが取れない。1990年総選挙以前は即日開票の方が寧ろ夢物語だったのだから、公職選挙法6条「(略)選挙管理委員会は、選挙の結果を選挙人に対してすみやかに知らせるように努めなければならない」を呈しているとはいえ、無理に人海戦術に頼らなくてもと思わないでもないが、今宵ばかりは早々に札を開いて戴きたいところだった。
 何方様もお疲れ様でした。台風は永田町周辺居住者の体力にも如何ばかりの爪痕を残したのであった。

10月10日(火) いつもの様に幕が開く  -政治・経済 - 衆議院解散・総選挙-

i103.jpg 公示日と言えば早朝から神社で神事をこなしつつ事務方は正式に立候補を届け出し、選管から届いた七つ道具を携えて概ね10時から事務所前で第一声の出陣式が定番だったが、例えば応援に引っ張り凧の幹部となれば地元入りはこの日と最終日のみのケースすら少なくないから、ここぞとばかりに数ヶ所を転々として地域毎に第一声を発したり、多数の駅を抱える都市部では駅頭のリレーであったりと、時代を追う毎に多様化が進んでいる。
 実は永田町周辺居住者としては好都合であって、時間が流動的にならざるを得ない選挙期間中の街頭演説に対し、出陣式は候補者本人を確実に捕捉出来るメリットがあるが、幾ら複数で分担したとしても同時刻に行われたら、文字通り身体が幾つあっても足りないところ、時間が相違すれば複数会場の梯子が可能になるのである。
 勿論、どこでもドアもワープ航法も具現されていない現代においては、如何に多数候補の出陣式の案内を集めたところで赴くのは物理的に首都圏に限られるし、分散しても定番の10時、或いは選管との時間距離に鑑みて11時、昼を挟んで13時、後は夕刻とある程度は集中するので、概ねプロットして移動中にここでひとつ出陣式があればと望んでみても、必ずしも問屋は卸さない。
i104.jpg 結局綾瀬まで赴き、到底十月とは思えない直射日光に照らされて、党創立記念日たるかの国に不穏な動きが生じたものか、次なる目的地が中止となり、今更八王子まで長駆北上する気力を欠いて帰還したのであった。

 そして夕方からは第二弾、珍しい候補者同士の第一声のリレーが行われる三軒茶屋は複雑怪奇な帝都の区割りを象徴していよう。勿論、有権者は異なるが応援弁士と動員のサクラ達には便利である。無党派層の増大に伴い選挙戦術は寧ろハコ物から街頭重視に変わりつつあるとの声は後を絶たないものの、人は実際に接した相手には何等かの好意を抱く生き物であり、選挙中に実見して共感を覚えないようではそもそも候補者たる素養に欠けているが、何度も動員されれば親近感を超えて恰も陣営の一員になったが如くに、被動員者を周囲にも波及するインフルエンサー化させる効用も決して否定し得ない。
i105.jpg  いま一度北上し、連続立体交差で産まれた新たな空間に帯の如く建物が連なる、調布の巨大な駅前広場には、下からライトに照らされた応援弁士の満面の笑みが幾分ホラー・チックに映りつつ、20時を迎えると拡声器の使用はお開きになる。非都市部においてはこの後はハコ物に限られようが、帝都においては日付が変わるまで、候補者は駅頭で只菅頭を垂れるのも最早選挙戦の風物詩となってきた。
 53年前もまた晴天だったこの日に開幕した第18回オリンピック競技大会は同月24日に、整然たるべき行進が解放感の中に会場に雪崩れ込む、宴の終演を象徴する様な閉会式を以て幕を閉じている。第48回総選挙はその二日前にフィナーレを迎える。

10月9日(祝) 希望の党のエクソダス  -政治・経済 - 衆議院解散・総選挙-

i106.jpg  華々しく希望が立ち上がり、スワ与党に暗雲かと大山鳴動し始めた時には、野党共闘から離脱し希望への対抗馬擁立を宣言した共産党に、内心自由民主党は拍手喝采で、皮肉な物言いをすれば共産党頼みたる事態すら想起されたのである。
 ところが民進党の衣替えでないことを明示する為の「排除の論理」が意外にも世論受けが悪いのみならず、現実に塾生始め既にプールされていた候補者を優先したが為に、スクリーニングからは逃れても国替えを余儀無くされる合流組が続出し、思想・政策の違い故か、或いは俄かな退調モードに機を見るに敏だったのか、勿論現実的な比例救済の側面も含めて様々な思惑が交錯しているのだろう、敢えて希望の公認を求めないばかりか、内定を辞退する候補者すら現れる始末になってきた。
 結局、東京・大阪・名古屋の三都物語も掛け声倒れとなったが、希望にとって最大の誤算はマスメディアの豹変であったろう。詰まるところ反政府色の強いとされる新聞・TVは反安倍であり反自公を最優先に、合理的に須く野党を後押しするかと思いきや、寧ろ先祖帰りして新左翼的な"革新"の信条に基き、立憲民主党支援という極めて情緒的な反応を示したのである。
 この文脈において希望は既に憲法改正、安保推進を唱えるという点で安倍政権と何等の相違無い「保守反動」に過ぎず、マスコミ的には左右の対立に埋没する運命が導かれた。
 結局、共産党は立憲との共闘を嗜好する政策的には合理的な判断に落ち着いたが、公示前から選挙後の政局を占うのは鬼が笑うとはいえ、この過程において官公労と反政府プロ市民は立憲・社民・共産陣営という形で整理されたのは、恐らく曾ての竹下登氏の如くに絵図面を描いた人物は存在しない偶然の産物だったろうが、わが国政治に新たな局面を齊すのではなかろうか。
 戦後長らく四ナショナルセンター体制が続いた労働組合は総評の民間労組を母体とする全民労協に同盟と中立労連が合流した全民労連が、最後に官公労と合併して連合に収斂されている。果たして今般の政党の離合集散は、同時にその支持母体たる労働組合、連合の再編をも迫るものとなるのではないか。
 即ち、官公労は社会主義協・新左翼系の全労協・全労連との緩やかな協調に向かうのが合目的的であり、緊急避難として希望支持となった民間労組側は、恐らく今後は単産、単組が独自に、政党ありきでなく政策と政治家個人の属性に依居した支持、の名の下に与党嗜好を強めていくであろうし、現にその動きも漏れ聞こえ始めている。
i102.jpg  その意味で希望の党は確かにわが国にひとつの希望を齊した、と述べるのは些かエスプリが効き過ぎだが、小選挙区制という所与の要件を除いて考えれば保守二大政党と鷹と鳩たる分別におけるところの"リベラル"の鼎立する構図は非実用的ではなく、希望がその一極の萌芽に位置を占めるという姿も決して夢想であるとは言えまい。
 従って、今選挙を第一ステップとしてその次で政権をとの発想は理知的な発想に他ならない。惜しむらくは政権交代にドラマを求めるマスメディアの嗜好とともに、出鼻が派手だった分選挙戦術としては全く当を得ないので、結果としては単に敗北感が残るだけに終わりそうだが。

 本日は千葉の中心部から北上し、一転して会社に戻ってから夜は国分寺である。住民票は杉並にしかないので候補者と握手しても気は心、に過ぎないのだが枯れ木も山の賑わいで許して貰おう。

10月1日(日) 風呂に入って寝るだけではないが  -政治・経済 - 衆議院解散・総選挙-

 選挙が始まれば土日も無い、と宣うのは自らを鼓舞すると同時に半ばワーカホリックに陶酔するが如くでもあるが、実際休日は当然電話も少なく、事務作業が捗るとともに、関係各位へのご連絡も携帯電話という文明の利器の効用で実にスムースに進む。
 当然先方は押し並べて稼働しているから、土日に働く者同士、同病相憐れむ連帯感が生まれるが、辺りを見渡しても人影は皆無。これだから選挙の時だけ生き生きとしている等と揶揄されるのかと苦笑せざるを得ない。とは言え8時に会社に現れて、ふと気が付けば17時を回っており、最初から飛ばしても息切れするだけなので、後はマニアックな候補者一覧表作りも一段落した処で退散する。
i94.jpg  かく昨日熱中したおかげで今日は昼前に手持ち無沙汰になり、永田町経由地元を回遊する。元より電話して送って貰えば済むところわざわざ回収に赴くとはこれ見よがしで小聡明いが、暴漢でも無い限り選挙事務所を訪問すれば須く歓迎されるとの心理に導かれている。以前は休日の深夜に多摩地区を周回し、敢えて候補者との邂逅を狙っていたのに比べれば寧ろ戦術的に退行しているのは、加齢に伴い体力温存を図るべく自制が働いているのかも知れない。
 ただ胃が悲鳴を訴えていないのは、丁度一週間、ピロリ菌除去の為にアルコールを排除の論理だったのが確実に寄与していよう。便が緩くなる懸念を指摘されたが、このとこれまま柔便ならぬ硬便化してお通じの際、力まざるを得ない事態が生じているので痔疾治療経験のある身の上には却って好都合だろう。
 当面、宴席はほ簿皆無なのでこのまま続けていれば休みが無くても乗り切れそうなものだが、そうは問屋が卸すまい。肝心のピロリ菌を退治出来たかは三ヶ月たってみないと判らないのだか。
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