コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

3月1日(水) 奴は相撲だ  -ヘルス・ダイエット - 健康-

h840.jpg  月を跨いでの健康診断に市ヶ谷の保健会館を訪れると、保険料で賄われているのかは定かで無いが見事にリニューアルされているではないか。
 元より四年に一度のオリンピック仕様「節目検診」なので伏し目がちになることも無く堂々たる業務扱いだが、前半戦は眼球が風に晒される程度で会社内の診療室と大差無い。わざわざ前夜の宴席も21時を過ぎてからはアルコールも一応は控えつつも、結果的には昨年秋のカメラで胃も大腸も原則無罪放免なのでバリウムは免責、僅かに超音波とCTが物珍しい程度だから、これでひと安心とは到底言えまい。
 些か贅沢に多数誂えられた個室に押し込まれ、矢鱈と饒舌なインストラクター氏に自転車を漕がされ、医師の説諭の繰り返しばかりの保健師のご指導を賜るのは実に苦痛だった。学ぶことは本意だが教えられる行為を嫌悪する性癖にとって、左翼的な響きと受け止めるのは過剰反応としても午後の「学習」を意図的にパスしたのはどう見ても正解だったろう。
 そもそも立ち尽くす事務員ばかり溢れ、その割りに検診自体はスムースに流れるので豊富な待機時間はロハのスープばかり飲んでいたが、腹囲と内臓脂肪の着実な増加という予想通りの結果を経てなお、食生活を変革しようなぞ微塵も意欲が湧いてこない捻りの無さでは、健康増進法の制定趣旨が危ぶまれよう。夜改めて牛の胃袋を賞味したのは反動ではないのだが。
h841.jpg  院内の効果音が妙にテクノで、確かに無機質なベルやブザーよりは病人には優しく響こう配慮だろうが、脳内からクラフトワークの「ロボット」の調べが離れなくなった。  「電卓」は現に日本語版が存在するが、「ロボット」はロシア語部分が「奴は相撲だ、奴はロボット」と空耳に聴こえる。勿論、肥り気味を暗示している訳では無かろうが、深層心理に訴えて潜在意識下の太っちょたる自覚に「ロボット」の歌詞を導き出させたのだとしたら、深謀の極みなのだが。

 昨年、軍人さんの階級が上がって最も実利的なメリットは、社外に許可なくメールを送れる様になったことだった。あにはからんやこの度上官への同報こそ強要されまいが、所定のサーバーにアクセスしない限り留保されるシステムに改悪されて仕舞った。
 取り分け携帯電話からだと逐一自らのアカウントとパスワードを入力しなければならないから、余りに面倒でわざわざ会社に戻って送信する無駄な行動パターンに靡きかねない。
 元より情報漏洩には某省に限らず細心の注意を払うべきだろうが、関係者の自由な往来の拒絶が逆に情報の授受自体を少なからしめるのと同時に、そもそも外部との接触が圧倒的に稀少な部局の発想としか思い難い。詰まるところ重用な話しは個人携帯にという本末転倒がより促進されるだけではないのか。

2月13日(月) 酒と魚とお唄とケーキ  -育児 - パパ育児日記。-

h828.jpg  祐旭は今度は高校受験日による休講、公資は作品展の代休と二人の休みが揃ったところでショートコースからの温泉一泊案もあったものの、本業よりひと足早く五年次の始まった公資のサピックスが月曜に入ることが判明し、詰まるところは父も休みは取って昼の新宿にて一家で48歳を迎えることと相成った。
h829.jpg  ざうお、ざうおとは森山良子氏の囁きが耳に忍び込んできそうな響きだが、自ら釣りに興じた後、店内に誂えられた巨大な船に座して賞味するとの触れ込みには確かに偽り無い。ただ小振りな割りに寿司四貫に化ける鯵こそコストパフォーマンスは高かったものの、勢いの余り鮑や海老を釣ったりするとお値段も張って、仲々予約の取れない人気店とはいえ平日の昼間柄淡々と定食を平らげるサラリーマンも少なくなく、エンターテインメント性を期待し過ぎると幾分拍子抜けのきらいは否めなかった。
 そもそも生物嫌いで餌付けの出来ない父には海老ならぬ餌で鯛を釣るのは臨むべくも無かったのだが。

h831.jpg h830.jpg  夜は一転しておでんの宴席にお声が掛かり、店内には昭和50年代中後期の歌謡曲に溢れるレトロな展開に。更にその延長線上に謳わず映像とともに楽曲に聞き惚れる、恐らくJASRAC的には微妙な二次会と、期せずして盛り沢山な誕生日となったのではないか。
 なお翌14日には妻からのバレンタインを兼ねて改めてケーキを以て祝って貰ったことを付記しておきたい。長島終身名誉監督ではないが「初めての還暦、しかも年男」まであとひと回りである。

 午前の部の映画鑑賞は項を改めて

1月9日(祝) 仰ぎみるこそ尊けれ

h797.jpg  総じてこの年末年始はカレンダ配置から休みが短かった感があるが、祐旭こそ土曜に始業だったものの、公立小の公資は今日までと「幸せな月曜日」が機能して逆に空前の長き冬休みだった。
 とはいえ年男にも拘わらず正月らしい行事は皆無で、街中には成人式へと向かう振袖華やかしきを余所に、新年会とは名ばかりの昨年に次ぐ火鍋の集い、卒業から25年弱を経て第二次海外サイクルがピークを迎えて僅か五人とはこじんまりも極まれり。欠員分も平らげて満腹中枢は元より流石に胃腸にも支障を来しそうな膨満感に溢れる。
h798.jpg  漸く年中行事にあり付いたのはSAPIXの組分けテストを終え帰還した公資の〆切前日の書き初めで「お正月を写そう」が成立する。父と兄とは打って換わって存外に手慣れた風情なのは手先が器用なのか、或いは映像として全体を捉える俯瞰性に優れているのか。

 早卒業四半世紀とは若気は気ばかりで体力が覚束無くなるのも致し方ないが、サークル時代の友人のその後を追ったHPも最早休眠中ではあるものの、節目の年とあらば同窓会をとの声が沸沸と聞こえ始めるのも道理であろう。
 全国20数大学毎に委員会の存在するサークルであり、それだけ聞くと左巻きの様だが純然たる総資本下にあり、母数も多いため振り替えれば10年は御成婚二次会プロデュースの延長線上にパーティ・スペースから本郷の合宿擬きの泊まり込み大宴会、20年は子育て世代らしくと言うべきか大江戸温泉物語と趣向を凝らしてきただけに、今更単なる会食では芸が無さ過ぎよう。
 我ながら大広間で飲んで飽きたらひとっ風呂浴び、ラーメンやら軽食も別途所望出来てあまつさえ宿泊も可という温泉アミューズメントは名案だったが、再利用するなら記憶が欠落する程に年老いるまで待たねばなるまい。逆に30年を超えればホテルの一室にてエクゼクティブ・モードもあり得ようがコスト面からも未だ尚早であり、幾ら「励ます会」チックだからと言って憲政記念館に白羽の矢を立てても、この洒落は殆ど通用しまい。
 一案としては御成婚二次会期から遡上に上り続けている屋形船があるが、集合時間がケツカッチンになるネックを果たして解消出来るのかは見通しが立っていない。
 気の効いたプランがあったらご教授下さいませ。

12月28日(水) 今年の賀状地獄は

 嘗て机が二フロアに存在した時代の名残りで過去の荷物を放置していた席から遂に撤去命令が出て、ひとまずは現拠点に集約するもののそのままでは避難訓練の際、尻はおろか頭すら隠せないので勢いよく廃却に努める。
 その過程で大量に発掘された過去の名刺を整理、と言えば美しいがこちらも一挙に廃棄する。長年同じ世界に居ると現下なお知人たる人物とどの肩書、或いは如何なる所属の折りに出会っていたのか、既に忘却の彼方にある過去の情景に再び巡り会う様で暫し思い出に浸りつつ、仕事納めとともに一部は記録として留めながら大凡は再び永遠の眠りに就く。
 思えば一昨年は年末まで永田町に詰め、昨年は受験生を抱える臨戦体勢だったのに鑑みれば実に平穏な、堆く積算された書類の山も消え周囲の見晴らしが良くなって迎える年の瀬である。

h790.jpg  夜半からは一路、賀状作成に邁進しなければならない。しかしながら写真を抽出した後、バージョンの改まった筆王の写真の面取りを探索するのにひと苦労、漸く発見してなお周囲のぼかし量が昨年比大幅減となり悪戦苦闘の末に代替手法は断念して貼り付け作業に入ったところ、仮眠ののちPCが固まりゼロからやり直しとは気力も萎えよう。
 更に一旦完パケに近付きながら昨年準拠では虫眼鏡でも見えないとわが家から駄目出しを喰らい、穴埋めに用いた写真を削ぎその穴を残る写真を少しずつ拡大して塞ぎ、昨年比概ね三十枚減を以て漸く裏面の印刷に及んだのである。
 更に更に足りなくなったインクをオリンピックまで買いに走り、遂に完成に至るもここ迄で折り返し、当該年の賀状を一枚一枚捲り住所の確認とともにそもそも送付すべきかからの判断が始まる。完成しても住所録は01年来のエクセルだからこれを筆王にコンバートし、住所の区切りやら連名やら微調整して再び印刷工程に及ぶも、子供名義は表面にもコメントを施せるべく宛名を横書きにしなければならないし、議員は「様」なのに教員が「先生」とはややこしい。
 かく膨大な作業量を費やした挙げ句が大半は賀状のみの交友とはふと我に返れば虚しくなりかねないが、ひと仕事終えた充実感を以て自らを慰めてみる。

12月22日(木) 年の瀬に龍は登る

h778.jpg  年末の恒例行事と言えばカレンダ配りだが、現体制になり二廻り目とあらば各人相応に馴染みの相手先も増え、集中日に一気呵成箱詰め持ち込んで事務的に配布するスタイルから、適宜訪問に則して顔見せ興業に準ずる方式に改められた。
 ただ必然的に永田町稼業の長い者が落ち穂拾いも兼ねることになるから、大きな袋を抱えて練り歩いていると憐憫の眼差しに捉えられるケースも少なくなく、だからと言って一箇所に腰を据えていては到底完遂は臨めないので、結局は独り廊下鳶とは寂寥感に溢れよう。
 ただ時には昨日の如くゆるゆると回遊しようかとの思惑が外れ、呼ばれたり説明したりと案件が増大した結果、参院から衆の第一・第二と絶妙の導線にてアポが並び、無聊を託つ暇がほぼ皆無だったのにはオーラスを前に我ながら自画自賛であった。
 今日に至り遂に終着駅が見えてきて余裕も生じ、幾許かはアクセントも欲しかろうと場所柄政治的にも著名な麹町の中華料理店にて昼食を挟む。何時も担々麺ばかりだったが麻婆豆腐も美味であった。
 財政難の折りか年々簡略化される予算折衝も概ね本日まで、永田町にも年末モードがやって来る。

12月4日(日) 臭い臭いは元から断たなきゃ  -ライフ - 家具・インテリア-

h762.jpg  ここ数ヶ月、二階の御不浄が些か臭う。以前同じく二階の風呂に幾分の下水臭が漂った際はパイプの洗浄にて概ね回避されたものの、どうやら排水溝の傾斜が幾分小さく逆流の懸念との指摘があり、トイレも同工異曲かと半ば諦め顔だったが、雨が続くと愈々耐え切れぬ域に達してきた。
 だからと言って封鎖する訳にもいかず、藁をも掴む思いでネットで見付けた洗浄会社に電話すると幸い当日の夕方には作業員氏が現れた。
 妻は曾て到来したにも拘わらず御手上げのまま放置され、あまつさえ出張費だけ巻き上げられた哀しい記憶のお陰で半信半疑だったが、一見ならぬ一嗅して備え付けの手洗いは利用しているかとの御宣託が告げられるではないか。
 要は便器に異常は認められないから犯人は手洗いに違いないとの推理にますます怪しくなったが、いざ文字通り蓋を開けてみると配管が必要以上に結露している上に下水口へのパッキングが外れているのだから矢張り玄人に委ねて正解であった。
 縷々解説を聞けばそもそも剥き出しの管の長さ自体が微妙に短いとの見立てで、こうなると建築会社に改めて文句のひとつも呟きたくなったが、驚いたのは急激に信頼感が高まり任せていたところ、取り外した手洗いのカバーが旨く嵌まらず原状回復されなかったことだろう。
h761.jpg  そもそも答弁通り建築時の構造に問題が秘められていたのかも知れないし、臭気は確実に緩和された上に部品の実費のみで技術料はロハになったのだから、先ずは善しとしようか。

 何度壊しても学習しないのだが、掛けたり外したり手荒く扱うにも拘わらず、上湾部にしかフレームの無いスタイルを好む為にまた破損して眼鏡の作り直しである。
 かく事態もあらんかとつい ひと年も経ぬ前にわざわざ二点拵えたのに既に在庫も見当たらず、数ヶ月前にひとつ目を紛失した記憶が朧気に甦る。
 今回は一点は全フレーム版を採用する程度には知恵が付いたが、髪の毛も切り揃えた今日は修理の一日。

5月19日(木) パニオン・スタイル

h496.jpg  所謂業界団体の総会が五月に集積しているのは、六月後半たる企業の株主総会に先立ち人事の固まるタイミングを見計らっての設定だろうか。今や個別企業が総会に準拠せず四月の会計年度を以て実質的に役員人事を行う為に、それを受けての団体人事には五月はより好都合になった感がある。
 元より企業以上に反主流派や特殊株主は存在しないから総会自体はシャンシャンの儀式であって、附随するパーティへの出席がわが方の職責となる。それでも一昨日の様に挨拶に薬玉割りと段取りが明確なケースは逆算すれば出席者もまた限られるが故の場繋ぎに他ならず、こちらも要人を迎えてご案内を口実に、パーティで立礼に立つ関係者に握手するのと丁度裏腹に、要人に存在をアピールするのが関の山である。
h498.jpg  他方、大規模なものとなると形ばかりの出欠表こそあれ、誰が現れるかは蓋を開けてみなければ判らない分、入口間近に陣取って訪れた旧知の御仁と懇談する即席の社交場と化すのが通例である。しかも主催者面していても実は微妙に招かれる会員企業サイドだから形而上の職責に乏しく自由は効くし、同じ世界に16年も居ると未知乃至は記憶に無い人物からも挨拶されて恐縮する事態すら生じる。
 こうなると立ちっ放しでも90分位は早々に経過して、かつひと仕事こなした様な根拠無き満足感にも包まれるのだから、大半が捌けて後の階下のラウンジにて今後に向けての即席の反省会まで、思いのほか濃密な一日であった。

 議員会館の金属探知機の奥に俄かに現れた液体検査機、サミット前の小道具かと思いきや恒常的な措置らしい。元より航空機の搭乗には理に叶っていても、人の集う場所であるべき議員会館にはハードルを上げ過ぎの感も否めない。
 しかも安普請のなのか構造上致し方ないものなのか少量には反応しないらしい。おかげでいきなり「飲んで下さい」と告げられて毒味と言うよりは人体実験に供される羽目に陥った。
 悶え苦しむ演技力も無いので大人しく口に含んだが、明らかに怪しい風体ならば兎も角マニュアルが行き届き過ぎてはいまいか。世知辛い世の中。

4月21日(木) かぼちゃ畑で捕まえて

 講演原稿のライター業も全く経験則に欠ける訳では無いものの、昨夕の国際TV会議を経て追加執筆作業の御鉢が回ってくると、勘所を取り戻す迄の余裕を見計らい今日は5時起床の早朝出勤だった。実際には筆が滑り始めればスムーズに脱稿して出立までの猶予を、もうひとつの筆まめに充てる。
 次いで午後は名古屋に総勢40名を超える方々への情勢報告に赴く。元より弁論部時代から人前で話すのは馴れているし嫌いでない質だが、地域には地域の状況や風習もあり、皆相応のポジションの面々が一見神妙に聞き入って戴きながら、裏を返せば関心は薄く寧ろ震災後の多忙な最中に正直なところは迷惑千万ではと気後れしても始まらない。
 充分に慎重にひと言ずつ紡いだ積もりだったが、日頃の早口から意図的にトーンを落とした結果、寧ろ深刻に響き過ぎで、だからと言って初対面が大半では笑いも取れないし、そもそも笑いのツボも判らない。にも拘わらず関係者の受け止めは前のめりに過ぎた様で、聴衆を前に微妙なニュアンスを伝える難しさを改めて思い知らされ、自覚症状には乏しくとも些か高揚していたかと反省にも囚われた。よい経験になったと言える様に今後の糧にしたい、と纏める位しか能なく頭を低くして退散する。

h463.jpg  名古屋への移動は万一寝過ごしたらとの強迫観念が働くのか睡魔が訪れ難いが、最近は帰路も覚醒したまま東京駅に舞い戻る事例が少なくない。ひっきりなしに飛んで来るメールへの返答を余儀無くされるのも然りだが、嘗ては朝昼構わず絶好の子守唄だった講演者の声にも誘われなくなった様に、眠る体力自体が喪われているのかも知れない。
 それでも豪雨のなかパーティを二本梯子して帰着し、来週に向けた重大なる課題への準備に勤しんだ。ことここに至っては人事を尽くしてではないが、永田町周辺居住者の神頼みとあらば山王日枝神社より他は無かるまい。
 社を後にしたのは23時に近い。長いだけでなく盛り沢山の一日だった。

3月30日(水) 花は桜木  -スポーツ - 大相撲-

h441.jpg  理事復辟を目指した元横綱・千代の富士の九重親方が断念に追い込まれたことにより、先月の理事選自体は泰山は鳴動しなかったが、社団法人改革により公的な理事選任手続きまでにタイムラグが齊され、結果として理事長選がよりクローズアップされる形になったのは、我こそはと名乗りを挙げた両者に如何なる影響を残しただろうか。
 新たな焦点となった評議員制度、或いは史上初めて一門から四理事を輩出した出羽勢が北の湖理事長の遺志を次いで貴乃花親方に与するのではないか等と様々な憶測が流れたが、蓋を飽けてみれば元横綱・北勝海の八角理事長の六対二の続投とこちらは鼠一匹も現れなかった。
h443.jpg  ただだからと言って巡業部長は格式からすればナンバー3には違いなく反主流派を閑職にとの報道は些か穿ち過ぎではなかろうか。何が貴乃花親方をかく駆り立てているのかは定かでないけれど、散り際はまずまず潔かったと言えようか。

 グランドパレスと言えば故・伊東一雄氏の独特の発声とともにあったプロ野球・ドラフト会議の会場というのも既に昭和の時代の物語である。
h442.jpg  年々早まる開花時期を見込んでこの日に宴席を設営したのは正解だったが、年に随一の書き入れ時にも拘わらず特段繁盛している様に見受けられないのは、穴場としては有り難いものの他人事ながら経営が心配になって来る。
 金さんの如くひと肌脱いでとの義侠心からでは毛頭無いものの、二次会も23階に登って売上に貢献してみたが、隣国の金さんが22階から連れ去られた歴史的事実も更に忘却の彼方であろう。尤もこちらはホテル側は忘れてしまいたい夢想花だろうが。
 残念ながら公人の肩書きは無いので私人としてになるが、会の前後には靖国神社に花見がてら手を合わす。なお冬休みの湯沢を訪れている妻子も暖冬のおかげで雪に事欠き、結局ガーラに闖入したらしい。

2月27日(土) やすしのメガネメガネ  -グルメ - 韓国料理-

h403.jpg  老眼の進行以前に痛みに弱い体質から耳への過剰な負荷を回避する為に掛けたり外したりの常態が、蔓への負担になっているばかりか、時には地面に放置して踏み付け変形させたりという乱暴な扱いに収斂し、結果として私の眼鏡の耐久性は驚く程に短い。
 今般も更新して程なく本体と蔓との接合部に不具合を生ぜしめ、一旦は眼鏡店でビスを補充して騙し騙し命脈を保ってきたが、遂に先週月曜会食中にに蝶番が折れセロハンテープで補修する事態に陥り、それでも尚貧乏臭く放置した挙げ句が片方の蔓を喪うに至り万策尽きて更新に至ったのである。
h398.jpg  そもそも破壊せずとも紛失も度重なっており、遅きに失しながら割引の特典を活用すべく二本同時購入に踏み切った。これで再び人災が訪れても準備万端、と安心している場合では無いのだが。

 近隣の塚田牧場跡に御目見えした焼肉店じょんじょんは、食券に始まり食材もカウンターから客自身が運搬し後片付けも自前と、目指すべくインフレ期待には退行著しいコンセプトである。
 わざわざ人件費を三分の一にと大書して謳い文句としているが、それなりにテーブルは埋まっているにも拘わらず店員は手持ち無沙汰で、だからこそか矢鱈に愛想はよいが、もうひとり減らしても回転しますよと助言したくなる風情だった。労働集約型のサービス業が労働力を割愛して生産性を向上させるなど本末転倒、と政府には怒られそうだが。
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