コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

5月2日(水) 喪くした時は出掛けずに  -車・バイク - 免許センター(試験場)-

i354.jpg  非連合系のみ未だメーデー扱いの黄金週間の狭間、すき焼きに舌鼓を打つ。田中角栄先生ばりの濃厚なすき煮もまた美味ではあるものの、加齢に伴い胃腸が過剰な脂身を受け入れ難くなると、関西風のすき「焼き」が恋しくなるのは必定だろう。
 更に久々に長らくカラオケに興じて宿酔いの上に声も枯れた本日は早々にお仕事を切り上げ、東陽町へと向かった。
 実は2月にも訪れているのたが、あろうことか更新した運転免許が見当たらず、生まれて初めて再交付に及んだのである。
 ところが如何にして紛失したのか判然としないので空欄のまま書類を提出するとご指導が入り、「自宅」と記入すると「家にあるのか」と高圧的に迫れる。あればこんなところには来てないと眉を潜めると「間違って捨てたのではないか」と居丈高に誘導されるではないか。
i355.jpg  いい加減頭に来たが、丁度読んでいた「平沢勝栄・全人像」に、公的サービスの観念が備わっている英国警察に対しわが国は云々との記述があるのが想起され、さもありなんと天を仰いで仕舞った。ただ後列の人物に「免許切れてるから最初から取り直して」と言い放つや否や、書類から写真剥がして投げ捨てるに及ぶのを拝察すれば、恐らくは当該担当者が極めて特殊であるのだと、わが国公安委の名誉の為にも信じたい。
 元よりそれから約二時間半待たされて、退屈の余り交付場脇の四階食堂でラーメンなぞ賞味して尚退屈の極みだったから、再交付たる穏便な呼称を纏ってはいても、国家から供与された証明を紛失した由々しき所業への懲罰、がその本質なのかも知れない。

4月11日(水) 平日ブックオフ  -本・雑誌 - 古本-

i335.jpg  例えばゴルフからの帰路等、少しばかり遠乗りすればブックオフに寄り道するのが習い症になっている。出来る限り大型店舗を狙っているが、昨今は衣類やゲーム機器との複合が増え、期待外れに終わるケースも少なくない。そもそも驚くべき古書に巡り合うのはブックオフに望むべくはないとはいえ、新刊書店以上に在庫は多彩なので、結局は200円ならばと買い溜めして積ん読の増殖に寄与して仕舞うとしても、意外な掘り出し物に巡り会えるのではという期待権は醸成される。
 とは言え効率性に鑑みれば、新刊書においても嘗ての神保町巡りがアマゾンに集約されたのと同様にこちらもネット上へと目を向けると、Yahoo!オークションに店構えがあるではないか。しかも3000円を超えると送料無料とは、丁度実店舗に赴くと手ぶらで帰るのは如何にも無駄足の如くあるので、自らを納得させる為にも成果物を求めて仕舞う様に、政治と検索して片っ端から籠に放り込んでいく。幾ら100円とはいえ気が付いたら50冊を超えていて驚いたが、いざ段ボール箱が届いてみると今すぐ読みたいと食指をそそられる物は少ない。衝動買いは難しい。

i336.jpg i337.jpg i338.jpg
 読売巨人軍の第一次藤田政権の時分、右の代打の人材を欠き、実名を挙げて申し訳ないのだが、自衛隊を凌駕する専守防衛と揶揄された二宮選手を起用する位なら、三年連続で三本塁打を放った江川投手を代打要員とすべきではないかとの声があった。
 それが実現しなかったのは著しく秀でた才能の持ち主故に過剰に自らばかりが目立たぬべく江川氏持ち前の遠慮よりも、二兎を追う者はというわが国古来の一点集中主義が「二刀流」を許容しなかったという社会環境の為せる業だったろう。
 だとすれば野球とアメフトやバスケの兼業という実例のある米国の方が認容性は端から高かったのかも知れないが、現実に88年振りの快挙を実現して仕舞った大谷投手兼外野手には脱帽、を超越してホーミタイ、大阪ベイブルースと上田正樹氏でなくとも謳い上げたくなる。
 元より誰しもが客寄せパンダではないかと訝しむ中に投手兼DHという肩に負担を掛けない形で兼業を具現化させた栗山監督を讃えなければならないのだろう。働き方改革法案が今国会風前の灯火となる今日、兼業規制の緩和への社会受容には追い風となる、とは思い難いが。

2月14日(水) 天地茂と石坂浩二  -本・雑誌 - 今日の一冊-

i267.jpg  再三述べている様に、私の文体は取り分け文章のリズムという観点から、江戸川乱歩氏をひとつの手本としている。
 元より二十世紀最大の児童文学者と称しても過言でない乱歩氏であるから、少年探偵団も大人モノも須く作品としても魅惑的であり、果ては氏そのものへの評論、解釈もかの映画「RAMPO」に至るまで各種取り揃えて漁ってはみたものの、持ち前の収集癖からもご本人が自らを解説し過ぎており、それが意図的なのか単なる後年の記憶違いなのか、必ずしも事実に即していない要素も少なくなく、所謂伝記の成立を困難にせしめるとともに、オムニバス的な評伝が多くなり読み物として面白みに欠けるきらいを齋している。
 況してや横溝正史氏については、幼少時に角川の洗礼を受けた世代に他ならないから、白いお面を佐清と称し「いえ、青沼静馬です」等と応える位の人並みの知識こそあれ、作品自体は殆ど読んでいないので、両氏を比較題材とした書籍には非常に惹かれながらも、その分厚さからも果たして何時読み始めるかには逡巡させられていた。
 しかしながらいざ手に取ると一挙に、とは些か筆が滑ってはいるものの、早々に読了した。推理小説と言えば、ひと昔前は事実を左巻きに拡大解釈する松本清澄氏ばかりが珍重されたのに対し、戦後を「書かない大記者」の如くに過ごした乱歩氏の再評価に共鳴するばかりでなく、伝記の類は当人が世に出る前、登場人物の大半が見ず知らずの人物である間が極めて退屈なものだが、丁寧に時系列を追っているにも拘わらず、功成り遂げてからの回想では後講釈になる恐れを、同時代の回想も調べ尽くして徹底的に事実関係を明らかにしていく姿勢には端倪させられた。
i274.jpg  勿論、必要以上に書簡が残されている分、当人同士の接点が思いのほか明瞭たり得るとしても、矢張り大宗は想像に頼らざるを得ず、往々にして多分に牽強付会な主人公の回想で物語らしく繕われるところ、断片的ではあっても丹念に事実を追って僅かなミッシング・リンクに筆を入れるだけなので、少々の飛躍があっても説得されて仕舞うのである。
i275.jpg
i276.jpg
 と読み終えて気付いたのだが、かく二人の人物の現実の交錯を踏まえて時系列に比較対象する手法は、少し前の阿久悠、松本隆両氏の論評においても同じ、と思ったら同一の作者であった。時代が新しく、かつ当事者の一方は現役なのでより客観的な事実から紐解かれていたが、休載中の週刊ベースボール「記録の手帳」の千葉功氏宜しくと評するのは修辞が突飛に過ぎるとしても、事実関係のどの部位にスポットを当てるかという切り口に豊富なバックグラウンドが寄与するという意味で、こちらも読み物としても非常に快適であった。
 歌舞伎からSMAPに至る芸能、クラシックから歌謡曲、文学・映画と著作は多岐に亘り、マニア気質なのかイマジネーション豊かなアンカーマンなのか、中川右介たるお名前の割には出自柄か思想的には左側におられる模様だが、乱歩の謎には及ぶまいものの非常に気になる。

 このところ赤坂で飲んだくれる事態も希少になったからだろう、飲み屋からのそれも消え失せて、詰まるところチョコレートは当日のパーティのお土産も含め、広義に捉えれば永田町関係者からばかりだった。元よりそれも有難や節なのだが、わが家では改めて定番のトップスのケーキにお迎え戴く。
 なお写真は画角を間違え下半身まで写ることを想定していなかった、ヨシヒロ50%のアウトテイクである。

2月9日(金) 免許を替えよう  -車・バイク - 自動車全般-

i266.jpg  記録を紐解いてみれば前回の平成25年、遡って20年、15年、更に12年とミレニアムを越えてからは何れも運転免許の更新は都庁の免許センターだったから、試験場まで足を運ぶのは平成九年以来になる。
 しかもその際は何を好き好んでか鮫洲まで遠征していたので、実に東陽町にやって来たのは何時以来か最早定かではない。 都内有数のゴルフ練習場、メトログリーンが至近なので練習がてらが望ましかったが、生憎この休みにはゴルフバッグを送らなければならないし、土曜祭日は休業なので、日曜にラウンドを想定するとなると伺い難くなる。
 そこで年初来、休暇を取ったのはシンガポールに旅立つ午後のみ、これも職休相半ばであったからもう半日ぐらいは良かろうと、金曜の午後に赴いたのである。
 元より試験場を回避し続けた得たとはいえ全くの無違反では無かった筈だが、「軽微な違反」一回は特赦されるという恩典条項に救われていたのだろう。ところが今般は確かにスピード違反と子供達=後席同乗者の高速シートベルト不着用の二回の記憶があるから、講習二時間の長丁場を強いられても文句は言えない。
 ただビデオを見て不快な想いに捕らわれる以外、講習で説かれるべき中身自体は30分だろうと一時間、二時間でも大差無いのだろう、説明者もフィリバスター宜しく話しを長引かせることに最大の留意がありありで、失礼ながら時間潰しの感は否めない。
 勿論、自転車の危険運転の罰則強化など道交法の改正も有用な知識には違いないのだが、折角先進安全技術の記載あるのだから、自専道における運転補助の進化なぞ語ってくれたらもう少し受講者の反応も高まるのではと考えるのは、警察行政とは相容れない思想なのだろうか。
 そもそも自動運転の世界における運転免許の存在意義たる気の早い議論もあるが、幸か不幸か免許制度自体が不要になる時代を拝むことは恐らく出来まい。
 ところで優良運転者として五年のゴールド免許、新宿で30分更新の特典が与えられるのは次回三年後の次と思い込んでいたのだが、丸五年違反なしが条件だとすると、最後のシートベルトが二年前の二月七日だから焦って一月中にいそいそと更新する様な愚挙を犯さない限り、次回は新宿30分なのである。
i117.jpg
札幌の大倉山展望台
 成る程、この苦痛な二時間を過ごさなくて良いのならば、今更違法駐車はしないとしても、一時停止で必ず止まろうか、ぐらいには違反を忌避する充分な誘因になっているではないか。
 良く出来たシステムである。立法意図とは少々異なったとしても。

 札幌の日の丸飛行隊、長野の原田選手の号泣と、冬季五輪の花方と言えばジャンプの印象が強いからか、何と無く盛り上がりに欠ける感の強かった平昌だが、開会式を前に既に競技がスタートしていて驚いた。
 しかし氷上では妙に色気満載だったヨナ元選手が、化粧の具合なのか、普通の人に回帰していたのは、逆説的にアスリートは競技において輝くという現実を体現している様で、少し残念だったが。

1月3日(祝) 書を仕舞い棒を振ろう  -スポーツ - ゴルフ-

i210.jpg  湯沢行が一同より一日遅れになったのは義父のセダン車には総員搭乗出来ないからではあるが、この休養日を活用して、身動きの取れない本の山積みを些かでも解消に努めたいとの思惑もあった。
 そもそも書斎の本箱が向かって右翼、部屋の最奥部だけ色違いなのは、当初はここに安置されていたキーボードとスタンドをPC机に90度相対に移動し、椅子周りをYMOのステージ上の如く模様替えして収納を拡大させたからに他ならない。
 結果的には後付けの本棚が崩壊して二年前には新調しているのだが、中間三列はCDラック仕様であり、旧配置の名残りでうち一列のみは窓向き、即ち嘗ては演奏の際に取り出し易い様に今となっては明後日の方向に対峙したままの上に、多分に余力が残されていたのである。
 従ってCDを二列に纏め、残る一列は方向転換した上で中間の棚木を間引きつつ本棚に転用したところまでで年を越し、湯沢から帰還して思い切って文庫本の多くをブックオフ送りとしてお片付けに勤しんだものの、なお結局は仕舞い切れない。最早対症療法では到底購えないものの、ひと先ずは足の踏み場を確保したことで所期の目的は果たしたとしようか。

i207.jpg  さてもうひとつのお題は悲惨だった打ち納めからの脱却だったが、こちらも30日早朝からホーム練習場のファーストゴルフを訪れるも年末仕様で8時オープンに愕然とし、やむを得ず城西ゴルフへと南下急行に及んだ経緯があった。
 して年も改まって三が日から桜台へ向かうと今度は危惧された通り強風のため閉場で、又もや関町の打ち初めを余儀無くされた。元より両者は距離も似通っており、ティーアップが自動か否か程度の違いしかないのだが、慣れ親しんだ常打ちの御縁に巡り合わないのは正月早々不祝儀であろう。
 生命線の3Wを新調して以来左巻きに流れているのが気掛かりで、しかしなから何箱打っても力み過ぎずという当たり前の結論位しか得るものはない。何時になったら眼が開くのか。

12月28日(木) 時にまかせて

i198.jpg  日程上は昨日が最終出社で今日は休暇扱いだが、積み残しの町田まで遠征するお役目をこの日に充て、阿佐ヶ谷を経由して自走し、仕事納めとなった。
 直接距離からすればこどもの国に至近とはいえ、県境を超えるからか幼少時の青葉台在住者にも町田は馴染みが薄い。実際走っていると再三東京・神奈川を往来することになるが、この期を利用して近隣三軒のブックオフを巡り政治と野球本を大量に仕入れて御用収めとした。

 さて平成29年を振り返ってみると、本年は色々な節目が到来した年であった。取り分け前半戦は同僚の試験である。愈々佳境に入ったのは昨年来だが、謂わば2010年代初頭からの積年の課題が漸く大団円を迎えたことになる。元より四月までは会食の合間を縫って連日深夜まで"シケタイ"状態が続き、いざサクラサクの一報には感慨一入であった。おかげで6月半ばからの3ヶ月はひとり立ち状態となり、幸い夏場は比較的余裕があるとはいえ、今更ながらにパーティー券処理の実務に習熟したりと、改めて自らの職務を見直すのには良い機会となったろうか。と優雅に回顧出来るのは現職議員が遠い目をして落選時を想い起こす様なもので、往時は矢鱈と独り言ばかり増えていたのだが。
i205.jpg  しかし首を長くして待っていた同僚が帰って来る、まさにその週末に俄かに解散報道が溢れ、絶妙のタイミングで秋の陣は総選挙一色となったのが本年のハイライト2であったろう。衆参併せて思い切り国政選挙に携わるのは六度目になるが、全国行脚のお付きばかりに奔走した従来に対し、首都圏近郊と愛知に特化し、平選手兼任ながら曲がりなりにもコントロール・タワー役に就き得たのは新たな展開だった。
 ただ所与の結果に到達したとは言い難いので、国政選のエアポケットとなる来年以降に課題を残したというところだが、考えてみれば地方選の割には大騒ぎした都議選の記憶が消滅する程に、ジェットコースターの如く上下しながら全体としては鼠一匹に終わった総選挙とともに今年は暮れ、残り2ヶ月は流して仕舞った感が強い。
 家庭的には勿論、父の死である。1月までは自ら運転してゴルフに勤しんでいたのだから、高齢者はひと度体調を崩すと文字通り致命傷になりかねない、という事例を切実に目の当たりにしたと言える。恐らく急な展開に本人が一番驚いていただろうが、以て銘すべしである。
 何方様も今年も有り難う御座いました。来年は如何なる年になるのでしょうか。

11月2日(木) 顔見世興業  -車・バイク - 自動車・バイク関連ニュース-

i146.jpg  選挙後だから来賓は少なかろうと踏んでいたモーターショーだが、想定よりは遥かに千客万来で、元より自動車産業の禄を食む者としては喜ぶべき事態とはいえ、結局今週は毎日有明通いで、選挙が終わっても土日無しの事態が避けられただけでも以て冥すべきかも知れない。
 その名の通り帝都有数の箱モノたる東京ビッグサイトを全館貸し切るイベント自体希少なのかも知れないが、白地に絵を描ける埋立地にも拘わらず西と東がほぼ別個の躯体として独立した構造は、取り分け関係する出展が東西に分離しているとアテンド役としてはひと苦労である。
i144.jpg  それでも到着時間の前後は想定の範囲内とはいえ、VIP入路が東端であるにも拘わらず、「陸の孤島」として忌避される西館を概ね行程の冒頭に配置戴いたおかげで、著しい待ち惚けこそ回避されたのは僥倖で、これが遅延の積もる第四コーナー辺りに位置していたら待機するだけで発狂していたろう。尤もオーラスにVIP応接室前に来たらぬ待ち人を求めて待機し、当然押しに押すので要人が応接に腰を落ち着ける暇も無く、文字通り一瞬の「お見送り対応」なる落とし穴に嵌まって、虚しく時を空過する局面も少なくはなかったのだが。
 しかしこの種イベントの常として報道効果で日を追う毎に来場者が増えるので、後半に至るに連れ立錐の余地無く、巨人でも無い限り肝心の自動車にお目に掛かるのすらひと苦労になってくる。ただ要人が近付くと恰も十戒の如くに人の波が割れて通路が出来上がるのだから、流石に小人の靴屋さん宜しくイベンター各位の職人技の魅せ処なのだろう。
i145.jpg  勿論、ご案内はプロの仕事師に委ねるのだが、重なって人手が足りなくなれば役立たずのアテンダーも門前の小僧で俄か説明員を装わざるを得ず、水素やら自動運転やら持てる知識をフル活用して話しを繋ぎ、個々のアイテムの技術者のご到来を待つのだが、漸く全容が掴めてきて、さて独り立ち出来ようか、何方かご案内申し上げましょうか、という域に到達する時分には会期末というのも毎度のパターンか。
 漸く来週からは日常が帰ってくる。

9月19日(火) 凶悪怪獣倒すため

i84.jpg  慣れて仕舞ったからこそ所与の如く響くものの、今更ながら「帰ってきたウルトラマン」とは秀逸なネーミングであったろう。後にウルトラ兄弟たる概念で各ウルトラマンは同一の遡上に位置することになるものの、番組自体は全く別個の世界観に基づいており、登場人物にとっては幾らその風貌が初代マンに酷似していようとも、ウルトラマンが帰ってきたという認識は生まれ得ない。元より本人にとっても初の来日にも拘わらず、勝手に「新マン」、一部には「帰マン」などと名付けられたのは不可解だったろう。あまつさえヤプールには「ウルトラマン二世」などと呼ばれて仕舞ったが、今では「ジャック」と命名され、却って違和感が大きい。
 過日のコンペも昨年久方振りに再開されたからこそ敢えて「帰ってきた○○カップ」と名打ったのだが、幹事を引き継いだ今回も何故か「帰ってきた」がそのまま継承されており、それだけウルトラマン効果でこのフレーズが一般名詞の如くに人口に膾炙しているという証佐たろう。
 とここまでは前振りで、本題は漸く同僚が帰ってきたのである。遥か光の国ならぬ企業城下町に旅立ってから三月、 内閣改造前夜に慰問に訪れてからも既にひと月半が経過している。 折しも俄かに臨戦体制となり、丸でそのために帰ってきた様だが、何はともあれ頼もしい限りである。
 時を同じくして国会議員要覧も更新され、アプリ版もリニューアルされて流石に日本地図からには至らないものの、密かな要望通り都道府県別の検索が可能になって永田町周辺居住者にはより利便性が高まったろう。惜しむらくは、程無く十一月改訂版が発行されようから今版は長持ちしないことだが。

7月12日(水) 働く男  -写真 - ★カメラ&レンズ・機材-

 同僚が長旅に出たのは六月第四週だが、その前週後半から事前演習だったので、はやひとり立ちも実質ひと月になる。
 正味三人半の小所帯からひとりが欠ける戦力減は甚大で、何かに急き立てられている様な焦燥感と常に背中合わせではあるものの、人は良くも悪くも柔軟性に長けた生き物なので、少しずつ生活パターンが確立されて来る。
 昼間は人に会うのが商売だから、従来から文章や書類を認めるのは不意の電話や来客に惑わされない、宴席の無い夜を用いてきたが、溜まった事務処理は寧ろ朝を活用するというのが体得した解である。
 元より朝食会があればより気忙しいが、幸い国会の閉まった夏場はそれも幾分疎らになる。何れにしろ7時までには家を出るから、オータニやらルポールやらに向かわなければ7時40分頃には出社するとして、何と無く部局全体が稼働モードになるまでの約一時間を、これまでは些か怠惰に時を刻んでいたのを宗旨変えして、集中して作業に充てれば効率性は高い。
 ただ郵便物の多くは午後イチに到着するので、昼食会から帰着すると机上に堆く積み上げられて萎える事態も少なくはない。元より一刻を争う処理ばかり要求される訳では無いからパターンに即して翌朝送りにすればよいところ、いつ何時不測の事態が訪れるやもという、美しく言えばリスクヘッジの習性が染み着いているのか、或いは単なる貧乏性か、寸暇を惜しんで処理に血道を挙げ、今度は纏まった暇が生じるアンバランスにも事欠かない。
 そもそも茶々を入れたり、永田町での、周辺居住者で無ければ理解を得難い笑いを披露する話し相手が居ないと、黙々と作業に勤しんでは独り言ばかり増えて一見危ない人の様相も呈している。
 物理的な多忙さよりも心理的な潤滑油に欠ける日々、暑さもピークの八月を迎えればひと息付けるのかしらん。

h961.jpg  そのストレス解消でも無いのだが買い物ブギ、そろそろ新しいモノが欲しくなるタイミングで時宜を得てダイヤルがガタガタになるとは、流石のソニー製品ではないか。
 記録用が主のコンパクトは望遠が鍵なので光学40倍のキャノンに牽かれたが、敢えて一眼との重複を避け35倍のニコンを選択する。
 しかし実物を不見転のまま購入したため常日頃携帯するには微妙に大振りだし、飛び上がるフラッシュの土台が如何にも華奢で長持ちするか不安である。人の安全に直結しない工業製品は、定期的な代替わりを促す位が経済的合理性を有するという示唆だろうか。決して安心には資さない気もするが。

6月28日(水) 父の死

h948.jpg  その一週間と少し前に意識を失って病院に緊急搬送され、小康状態を保ってはいたものの23日に至って血圧が下がり続け、父は力尽きた。
 想えば一月に齡85を迎えるまでは自ら運転してゴルフに興じていたのだから、二月に腸閉塞を患ってから足腰が俄かに衰え、頭はしっかりしたまま急坂を下る様に末期を迎えたのも、父らしい最期だったろう。
 結局病院には間に合わず葬儀場に父を迎えたのだが、早速湯灌の儀式が採り行われる。真光教宜しく手を翳して洗い、髭を剃り、足はアロママッサージと映画『おくりびと』と覚しき光景が眼前に広がった。30年程前に胃の大半を切除しているとはいえ、薄化粧を施してなお仙人の如く痩身と化している。矢張り人は食べられなくなると著しく生命力を消耗するのだろう。
 厳粛な時の流れの中にも、残された側は休む暇も無く葬儀の段取りを詰めなければならない。父は次男だが墓守り役だったので菩提寺は確定しており、一報を受けた住職が枕経に飛んで来る。戒名には院号が称されようとの漠とした理解はあったが、実際交渉の局面が訪れると高額に一瞬怯むものの、金に糸目を付けている場合ではない。葬儀社との細々とした打ち合わせが完了する頃には23時を迎えようとしていた。
 奇しくもこの日は、一部上場企業の専務取締役まで勤めた父の古巣の株主総会が行われており、虫が報せた訳でも無いのだが、丁度息子に週末のゴルフも翌週の宴席も無い金曜の夕刻まで頑張って、リスケに右往左往させることも無く逝ったのも、企業人らしい締め括りだったと言えようか。

 着のみ着のままの訪名だったため翌日一旦帰宅して週明けに再度訪れ、遺影を確認する。火曜が友引なので日月で済ませることも可能だったが、父の縁の方々への連絡に鑑み火水とした為、小休止を挟んだ形になる。
 ただ米寿も視野に入った大往生なので友人自体が限られ、供花・香典辞退とあらば葬儀社との協議も沙汰止みである。従って結局父の戻って来れなかったマンションや主を喪った小別荘兼菜園の土地を巡り、替わりに別れを告げるとともに日常生活の痕跡が残るままの空間を、何から手を付けたらと途方に暮れるままに整理を始める。
 残念ながら分別に無駄に煩雑な愛知県では迂闊に塵も棄てられず、一向に進まない。

h949.jpg  火曜の午後になって妻は再び、子供達は亡骸になってから初めて体面し、早晩通夜に至った。会葬者の焼香を喪主が立って迎えるのは珍しい光景だが、確かに理に叶っていよう。
 父の弟妹諸兄や従兄弟にお会いするのも数十年振り、飽く迄父の葬儀であり私の関係者への連絡は極力控えたとはいえ、同僚に足を運んで貰い恐懼する。
 葬儀社と葬儀場が一体であるのは冠婚葬祭に派手な、と言えば角が立つならば儀式を重んずる愛知県らしいが、確かに利便性は高い。とはいえ当然辺りは閑散としており、止むを得ずジャスコで食糧を調達して、線香を絶やさぬ様に控室で一家四人床に就いた。著しく体を酷使している訳では無くとも疲労は嵩んでいるのだろう、程無く睡魔に取り込まれる。

 明けて葬儀である。禅宗の葬式が賑やかしいのはこの地域の特色ではなく、木魚のみならず鼓や鉢を駆使したガムランの如く調べに載って、南無阿弥陀仏でも南無妙法蓮華経でも無く、南無喝  那   夜耶(なむからたんの とらやーやー) 、僧侶も総勢四名の豪華版で読経が繰り広げられる。
 そう言えば父の父の際もそうだったと36年前の記憶が甦り、中途にはいきなりメインの住職が渇を入れたりと、本会議もこの位起伏に富んでいれば睡魔も襲うまいと余計な思惑も脳裏を巡る。流れ解散で無いので参列するにも気合いが求められようなどと鎮座しながら客席を慮っても何も伝えられず、結局喪主の挨拶も昨日と同内容に終始した。会葬者ひとり一人を見送ることも叶わず、喪主とは不如意なポジションである。
 霊柩車と言っても神輿を担いだ様な仰々しいスタイルでなく黒塗りのリムジン擬きで八事の火葬場へと向かう。流石に父子禄を食んだブランドの車で外車ではない。個室で待機すること90分、順番待ちではないから時間を掛けて焼いた方が骨が残り易いという配慮だろうが、正直少なからず退屈である。
 やがて放送に導かれ、肉体を喪った父に再会し、文字通り骨を拾う。骨壺に納まり切らなかった分は廃棄されるらしい。葬儀場に取って返して住職に骨を預け、長い様で気付いたら過ぎていた五日半も幕を閉じようとしている。
 長い間ありがとうございました。お疲れ様。
次のページ

FC2Ad