コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

1月3日(祝) 書を仕舞い棒を振ろう  -スポーツ - ゴルフ-

i210.jpg  湯沢行が一同より一日遅れになったのは義父のセダン車には総員搭乗出来ないからではあるが、この休養日を活用して、身動きの取れない本の山積みを些かでも解消に努めたいとの思惑もあった。
 そもそも書斎の本箱が向かって右翼、部屋の最奥部だけ色違いなのは、当初はここに安置されていたキーボードとスタンドをPC机に90度相対に移動し、椅子周りをYMOのステージ上の如く模様替えして収納を拡大させたからに他ならない。
 結果的には後付けの本棚が崩壊して二年前には新調しているのだが、中間三列はCDラック仕様であり、旧配置の名残りでうち一列のみは窓向き、即ち嘗ては演奏の際に取り出し易い様に今となっては明後日の方向に対峙したままの上に、多分に余力が残されていたのである。
 従ってCDを二列に纏め、残る一列は方向転換した上で中間の棚木を間引きつつ本棚に転用したところまでで年を越し、湯沢から帰還して思い切って文庫本の多くをブックオフ送りとしてお片付けに勤しんだものの、なお結局は仕舞い切れない。最早対症療法では到底購えないものの、ひと先ずは足の踏み場を確保したことで所期の目的は果たしたとしようか。

i207.jpg  さてもうひとつのお題は悲惨だった打ち納めからの脱却だったが、こちらも30日早朝からホーム練習場のファーストゴルフを訪れるも年末仕様で8時オープンに愕然とし、やむを得ず城西ゴルフへと南下急行に及んだ経緯があった。
 して年も改まって三が日から桜台へ向かうと今度は危惧された通り強風のため閉場で、又もや関町の打ち初めを余儀無くされた。元より両者は距離も似通っており、ティーアップが自動か否か程度の違いしかないのだが、慣れ親しんだ常打ちの御縁に巡り合わないのは正月早々不祝儀であろう。
 生命線の3Wを新調して以来左巻きに流れているのが気掛かりで、しかしなから何箱打っても力み過ぎずという当たり前の結論位しか得るものはない。何時になったら眼が開くのか。

12月28日(木) 時にまかせて

i198.jpg  日程上は昨日が最終出社で今日は休暇扱いだが、積み残しの町田まで遠征するお役目をこの日に充て、阿佐ヶ谷を経由して自走し、仕事納めとなった。
 直接距離からすればこどもの国に至近とはいえ、県境を超えるからか幼少時の青葉台在住者にも町田は馴染みが薄い。実際走っていると再三東京・神奈川を往来することになるが、この期を利用して近隣三軒のブックオフを巡り政治と野球本を大量に仕入れて御用収めとした。

 さて平成29年を振り返ってみると、本年は色々な節目が到来した年であった。取り分け前半戦は同僚の試験である。愈々佳境に入ったのは昨年来だが、謂わば2010年代初頭からの積年の課題が漸く大団円を迎えたことになる。元より四月までは会食の合間を縫って連日深夜まで"シケタイ"状態が続き、いざサクラサクの一報には感慨一入であった。おかげで6月半ばからの3ヶ月はひとり立ち状態となり、幸い夏場は比較的余裕があるとはいえ、今更ながらにパーティー券処理の実務に習熟したりと、改めて自らの職務を見直すのには良い機会となったろうか。と優雅に回顧出来るのは現職議員が遠い目をして落選時を想い起こす様なもので、往時は矢鱈と独り言ばかり増えていたのだが。
i205.jpg  しかし首を長くして待っていた同僚が帰って来る、まさにその週末に俄かに解散報道が溢れ、絶妙のタイミングで秋の陣は総選挙一色となったのが本年のハイライト2であったろう。衆参併せて思い切り国政選挙に携わるのは六度目になるが、全国行脚のお付きばかりに奔走した従来に対し、首都圏近郊と愛知に特化し、平選手兼任ながら曲がりなりにもコントロール・タワー役に就き得たのは新たな展開だった。
 ただ所与の結果に到達したとは言い難いので、国政選のエアポケットとなる来年以降に課題を残したというところだが、考えてみれば地方選の割には大騒ぎした都議選の記憶が消滅する程に、ジェットコースターの如く上下しながら全体としては鼠一匹に終わった総選挙とともに今年は暮れ、残り2ヶ月は流して仕舞った感が強い。
 家庭的には勿論、父の死である。1月までは自ら運転してゴルフに勤しんでいたのだから、高齢者はひと度体調を崩すと文字通り致命傷になりかねない、という事例を切実に目の当たりにしたと言える。恐らく急な展開に本人が一番驚いていただろうが、以て銘すべしである。
 何方様も今年も有り難う御座いました。来年は如何なる年になるのでしょうか。

11月2日(木) 顔見世興業  -車・バイク - 自動車・バイク関連ニュース-

i146.jpg  選挙後だから来賓は少なかろうと踏んでいたモーターショーだが、想定よりは遥かに千客万来で、元より自動車産業の禄を食む者としては喜ぶべき事態とはいえ、結局今週は毎日有明通いで、選挙が終わっても土日無しの事態が避けられただけでも以て冥すべきかも知れない。
 その名の通り帝都有数の箱モノたる東京ビッグサイトを全館貸し切るイベント自体希少なのかも知れないが、白地に絵を描ける埋立地にも拘わらず西と東がほぼ別個の躯体として独立した構造は、取り分け関係する出展が東西に分離しているとアテンド役としてはひと苦労である。
i144.jpg  それでも到着時間の前後は想定の範囲内とはいえ、VIP入路が東端であるにも拘わらず、「陸の孤島」として忌避される西館を概ね行程の冒頭に配置戴いたおかげで、著しい待ち惚けこそ回避されたのは僥倖で、これが遅延の積もる第四コーナー辺りに位置していたら待機するだけで発狂していたろう。尤もオーラスにVIP応接室前に来たらぬ待ち人を求めて待機し、当然押しに押すので要人が応接に腰を落ち着ける暇も無く、文字通り一瞬の「お見送り対応」なる落とし穴に嵌まって、虚しく時を空過する局面も少なくはなかったのだが。
 しかしこの種イベントの常として報道効果で日を追う毎に来場者が増えるので、後半に至るに連れ立錐の余地無く、巨人でも無い限り肝心の自動車にお目に掛かるのすらひと苦労になってくる。ただ要人が近付くと恰も十戒の如くに人の波が割れて通路が出来上がるのだから、流石に小人の靴屋さん宜しくイベンター各位の職人技の魅せ処なのだろう。
i145.jpg  勿論、ご案内はプロの仕事師に委ねるのだが、重なって人手が足りなくなれば役立たずのアテンダーも門前の小僧で俄か説明員を装わざるを得ず、水素やら自動運転やら持てる知識をフル活用して話しを繋ぎ、個々のアイテムの技術者のご到来を待つのだが、漸く全容が掴めてきて、さて独り立ち出来ようか、何方かご案内申し上げましょうか、という域に到達する時分には会期末というのも毎度のパターンか。
 漸く来週からは日常が帰ってくる。

9月19日(火) 凶悪怪獣倒すため

i84.jpg  慣れて仕舞ったからこそ所与の如く響くものの、今更ながら「帰ってきたウルトラマン」とは秀逸なネーミングであったろう。後にウルトラ兄弟たる概念で各ウルトラマンは同一の遡上に位置することになるものの、番組自体は全く別個の世界観に基づいており、登場人物にとっては幾らその風貌が初代マンに酷似していようとも、ウルトラマンが帰ってきたという認識は生まれ得ない。元より本人にとっても初の来日にも拘わらず、勝手に「新マン」、一部には「帰マン」などと名付けられたのは不可解だったろう。あまつさえヤプールには「ウルトラマン二世」などと呼ばれて仕舞ったが、今では「ジャック」と命名され、却って違和感が大きい。
 過日のコンペも昨年久方振りに再開されたからこそ敢えて「帰ってきた○○カップ」と名打ったのだが、幹事を引き継いだ今回も何故か「帰ってきた」がそのまま継承されており、それだけウルトラマン効果でこのフレーズが一般名詞の如くに人口に膾炙しているという証佐たろう。
 とここまでは前振りで、本題は漸く同僚が帰ってきたのである。遥か光の国ならぬ企業城下町に旅立ってから三月、 内閣改造前夜に慰問に訪れてからも既にひと月半が経過している。 折しも俄かに臨戦体制となり、丸でそのために帰ってきた様だが、何はともあれ頼もしい限りである。
 時を同じくして国会議員要覧も更新され、アプリ版もリニューアルされて流石に日本地図からには至らないものの、密かな要望通り都道府県別の検索が可能になって永田町周辺居住者にはより利便性が高まったろう。惜しむらくは、程無く十一月改訂版が発行されようから今版は長持ちしないことだが。

7月12日(水) 働く男  -写真 - ★カメラ&レンズ・機材-

 同僚が長旅に出たのは六月第四週だが、その前週後半から事前演習だったので、はやひとり立ちも実質ひと月になる。
 正味三人半の小所帯からひとりが欠ける戦力減は甚大で、何かに急き立てられている様な焦燥感と常に背中合わせではあるものの、人は良くも悪くも柔軟性に長けた生き物なので、少しずつ生活パターンが確立されて来る。
 昼間は人に会うのが商売だから、従来から文章や書類を認めるのは不意の電話や来客に惑わされない、宴席の無い夜を用いてきたが、溜まった事務処理は寧ろ朝を活用するというのが体得した解である。
 元より朝食会があればより気忙しいが、幸い国会の閉まった夏場はそれも幾分疎らになる。何れにしろ7時までには家を出るから、オータニやらルポールやらに向かわなければ7時40分頃には出社するとして、何と無く部局全体が稼働モードになるまでの約一時間を、これまでは些か怠惰に時を刻んでいたのを宗旨変えして、集中して作業に充てれば効率性は高い。
 ただ郵便物の多くは午後イチに到着するので、昼食会から帰着すると机上に堆く積み上げられて萎える事態も少なくはない。元より一刻を争う処理ばかり要求される訳では無いからパターンに即して翌朝送りにすればよいところ、いつ何時不測の事態が訪れるやもという、美しく言えばリスクヘッジの習性が染み着いているのか、或いは単なる貧乏性か、寸暇を惜しんで処理に血道を挙げ、今度は纏まった暇が生じるアンバランスにも事欠かない。
 そもそも茶々を入れたり、永田町での、周辺居住者で無ければ理解を得難い笑いを披露する話し相手が居ないと、黙々と作業に勤しんでは独り言ばかり増えて一見危ない人の様相も呈している。
 物理的な多忙さよりも心理的な潤滑油に欠ける日々、暑さもピークの八月を迎えればひと息付けるのかしらん。

h961.jpg  そのストレス解消でも無いのだが買い物ブギ、そろそろ新しいモノが欲しくなるタイミングで時宜を得てダイヤルがガタガタになるとは、流石のソニー製品ではないか。
 記録用が主のコンパクトは望遠が鍵なので光学40倍のキャノンに牽かれたが、敢えて一眼との重複を避け35倍のニコンを選択する。
 しかし実物を不見転のまま購入したため常日頃携帯するには微妙に大振りだし、飛び上がるフラッシュの土台が如何にも華奢で長持ちするか不安である。人の安全に直結しない工業製品は、定期的な代替わりを促す位が経済的合理性を有するという示唆だろうか。決して安心には資さない気もするが。

6月28日(水) 父の死

h948.jpg  その一週間と少し前に意識を失って病院に緊急搬送され、小康状態を保ってはいたものの23日に至って血圧が下がり続け、父は力尽きた。
 想えば一月に齡85を迎えるまでは自ら運転してゴルフに興じていたのだから、二月に腸閉塞を患ってから足腰が俄かに衰え、頭はしっかりしたまま急坂を下る様に末期を迎えたのも、父らしい最期だったろう。
 結局病院には間に合わず葬儀場に父を迎えたのだが、早速湯灌の儀式が採り行われる。真光教宜しく手を翳して洗い、髭を剃り、足はアロママッサージと映画『おくりびと』と覚しき光景が眼前に広がった。30年程前に胃の大半を切除しているとはいえ、薄化粧を施してなお仙人の如く痩身と化している。矢張り人は食べられなくなると著しく生命力を消耗するのだろう。
 厳粛な時の流れの中にも、残された側は休む暇も無く葬儀の段取りを詰めなければならない。父は次男だが墓守り役だったので菩提寺は確定しており、一報を受けた住職が枕経に飛んで来る。戒名には院号が称されようとの漠とした理解はあったが、実際交渉の局面が訪れると高額に一瞬怯むものの、金に糸目を付けている場合ではない。葬儀社との細々とした打ち合わせが完了する頃には23時を迎えようとしていた。
 奇しくもこの日は、一部上場企業の専務取締役まで勤めた父の古巣の株主総会が行われており、虫が報せた訳でも無いのだが、丁度息子に週末のゴルフも翌週の宴席も無い金曜の夕刻まで頑張って、リスケに右往左往させることも無く逝ったのも、企業人らしい締め括りだったと言えようか。

 着のみ着のままの訪名だったため翌日一旦帰宅して週明けに再度訪れ、遺影を確認する。火曜が友引なので日月で済ませることも可能だったが、父の縁の方々への連絡に鑑み火水とした為、小休止を挟んだ形になる。
 ただ米寿も視野に入った大往生なので友人自体が限られ、供花・香典辞退とあらば葬儀社との協議も沙汰止みである。従って結局父の戻って来れなかったマンションや主を喪った小別荘兼菜園の土地を巡り、替わりに別れを告げるとともに日常生活の痕跡が残るままの空間を、何から手を付けたらと途方に暮れるままに整理を始める。
 残念ながら分別に無駄に煩雑な愛知県では迂闊に塵も棄てられず、一向に進まない。

h949.jpg  火曜の午後になって妻は再び、子供達は亡骸になってから初めて体面し、早晩通夜に至った。会葬者の焼香を喪主が立って迎えるのは珍しい光景だが、確かに理に叶っていよう。
 父の弟妹諸兄や従兄弟にお会いするのも数十年振り、飽く迄父の葬儀であり私の関係者への連絡は極力控えたとはいえ、同僚に足を運んで貰い恐懼する。
 葬儀社と葬儀場が一体であるのは冠婚葬祭に派手な、と言えば角が立つならば儀式を重んずる愛知県らしいが、確かに利便性は高い。とはいえ当然辺りは閑散としており、止むを得ずジャスコで食糧を調達して、線香を絶やさぬ様に控室で一家四人床に就いた。著しく体を酷使している訳では無くとも疲労は嵩んでいるのだろう、程無く睡魔に取り込まれる。

 明けて葬儀である。禅宗の葬式が賑やかしいのはこの地域の特色ではなく、木魚のみならず鼓や鉢を駆使したガムランの如く調べに載って、南無阿弥陀仏でも南無妙法蓮華経でも無く、南無喝  那   夜耶(なむからたんの とらやーやー) 、僧侶も総勢四名の豪華版で読経が繰り広げられる。
 そう言えば父の父の際もそうだったと36年前の記憶が甦り、中途にはいきなりメインの住職が渇を入れたりと、本会議もこの位起伏に富んでいれば睡魔も襲うまいと余計な思惑も脳裏を巡る。流れ解散で無いので参列するにも気合いが求められようなどと鎮座しながら客席を慮っても何も伝えられず、結局喪主の挨拶も昨日と同内容に終始した。会葬者ひとり一人を見送ることも叶わず、喪主とは不如意なポジションである。
 霊柩車と言っても神輿を担いだ様な仰々しいスタイルでなく黒塗りのリムジン擬きで八事の火葬場へと向かう。流石に父子禄を食んだブランドの車で外車ではない。個室で待機すること90分、順番待ちではないから時間を掛けて焼いた方が骨が残り易いという配慮だろうが、正直少なからず退屈である。
 やがて放送に導かれ、肉体を喪った父に再会し、文字通り骨を拾う。骨壺に納まり切らなかった分は廃棄されるらしい。葬儀場に取って返して住職に骨を預け、長い様で気付いたら過ぎていた五日半も幕を閉じようとしている。
 長い間ありがとうございました。お疲れ様。

6月19日(月) 三ヶ月待てば

h945.jpg  パーティで立礼する本人と握手するのは政治担当者の日常活動だが、逆に団体の総会の類ではお迎えする側になる。だからと言って団体の構成企業員ではあっても団体職員そのものではないので、受付の列の近場に陣取って自然に挨拶する場所取りが肝要である。人は余程ウマが合わない組み合わせで無い限り、親密度は例え短くとも邂逅の回数に比例するとの原理の応用であり、一網打尽が叶うという意味では派閥パーティ並の高効率である。
 ただITSのそれは関わりが深い分、端から人組としてカウントされ、仰々しくトランシーバーまで抱えてひとり車寄せ待機とは、一体何年同じことを繰り返しているのかと思いやられるが、玄関で立礼している様なものと見做せば、顔見世興行の趣旨には叶っているか。
 会場から駄目出しを喰らったらしく恒例のくす玉割りが割愛されていたが、却って華美過ぎず妥当だったのではなかろうか。

 同僚が今週から暑い夏の研修に旅立った。従って私もひとり立ち、山の中に正ジャが潜んでいて肩を落とすナポレオンの面持ちである。
 このところは永田町への訪問も多分に委ねていたから先祖帰りして外出に充当する時間も倍増するが、何よりも改めて事務作業というパンドラの箱を空けてみれば、よくぞパズルの如く複雑怪奇な、システムが構築されている様で中核はアナログな仕組みを駆使していたものと頭が下がる。
 48の手習いで画面に向かっていると、労苦を分かち合う話し相手の不在に無口になって仕舞うが、二年待ったこともあるのだから三ヶ月ぐらいは首を長くして待ちましょう。

3月1日(水) 奴は相撲だ  -ヘルス・ダイエット - 健康-

h840.jpg  月を跨いでの健康診断に市ヶ谷の保健会館を訪れると、保険料で賄われているのかは定かで無いが見事にリニューアルされているではないか。
 元より四年に一度のオリンピック仕様「節目検診」なので伏し目がちになることも無く堂々たる業務扱いだが、前半戦は眼球が風に晒される程度で会社内の診療室と大差無い。わざわざ前夜の宴席も21時を過ぎてからはアルコールも一応は控えつつも、結果的には昨年秋のカメラで胃も大腸も原則無罪放免なのでバリウムは免責、僅かに超音波とCTが物珍しい程度だから、これでひと安心とは到底言えまい。
 些か贅沢に多数誂えられた個室に押し込まれ、矢鱈と饒舌なインストラクター氏に自転車を漕がされ、医師の説諭の繰り返しばかりの保健師のご指導を賜るのは実に苦痛だった。学ぶことは本意だが教えられる行為を嫌悪する性癖にとって、左翼的な響きと受け止めるのは過剰反応としても午後の「学習」を意図的にパスしたのはどう見ても正解だったろう。
 そもそも立ち尽くす事務員ばかり溢れ、その割りに検診自体はスムースに流れるので豊富な待機時間はロハのスープばかり飲んでいたが、腹囲と内臓脂肪の着実な増加という予想通りの結果を経てなお、食生活を変革しようなぞ微塵も意欲が湧いてこない捻りの無さでは、健康増進法の制定趣旨が危ぶまれよう。夜改めて牛の胃袋を賞味したのは反動ではないのだが。
h841.jpg  院内の効果音が妙にテクノで、確かに無機質なベルやブザーよりは病人には優しく響こう配慮だろうが、脳内からクラフトワークの「ロボット」の調べが離れなくなった。  「電卓」は現に日本語版が存在するが、「ロボット」はロシア語部分が「奴は相撲だ、奴はロボット」と空耳に聴こえる。勿論、肥り気味を暗示している訳では無かろうが、深層心理に訴えて潜在意識下の太っちょたる自覚に「ロボット」の歌詞を導き出させたのだとしたら、深謀の極みなのだが。

 昨年、軍人さんの階級が上がって最も実利的なメリットは、社外に許可なくメールを送れる様になったことだった。あにはからんやこの度上官への同報こそ強要されまいが、所定のサーバーにアクセスしない限り留保されるシステムに改悪されて仕舞った。
 取り分け携帯電話からだと逐一自らのアカウントとパスワードを入力しなければならないから、余りに面倒でわざわざ会社に戻って送信する無駄な行動パターンに靡きかねない。
 元より情報漏洩には某省に限らず細心の注意を払うべきだろうが、関係者の自由な往来の拒絶が逆に情報の授受自体を少なからしめるのと同時に、そもそも外部との接触が圧倒的に稀少な部局の発想としか思い難い。詰まるところ重用な話しは個人携帯にという本末転倒がより促進されるだけではないのか。

2月13日(月) 酒と魚とお唄とケーキ  -育児 - パパ育児日記。-

h828.jpg  祐旭は今度は高校受験日による休講、公資は作品展の代休と二人の休みが揃ったところでショートコースからの温泉一泊案もあったものの、本業よりひと足早く五年次の始まった公資のサピックスが月曜に入ることが判明し、詰まるところは父も休みは取って昼の新宿にて一家で48歳を迎えることと相成った。
h829.jpg  ざうお、ざうおとは森山良子氏の囁きが耳に忍び込んできそうな響きだが、自ら釣りに興じた後、店内に誂えられた巨大な船に座して賞味するとの触れ込みには確かに偽り無い。ただ小振りな割りに寿司四貫に化ける鯵こそコストパフォーマンスは高かったものの、勢いの余り鮑や海老を釣ったりするとお値段も張って、仲々予約の取れない人気店とはいえ平日の昼間柄淡々と定食を平らげるサラリーマンも少なくなく、エンターテインメント性を期待し過ぎると幾分拍子抜けのきらいは否めなかった。
 そもそも生物嫌いで餌付けの出来ない父には海老ならぬ餌で鯛を釣るのは臨むべくも無かったのだが。

h831.jpg h830.jpg  夜は一転しておでんの宴席にお声が掛かり、店内には昭和50年代中後期の歌謡曲に溢れるレトロな展開に。更にその延長線上に謳わず映像とともに楽曲に聞き惚れる、恐らくJASRAC的には微妙な二次会と、期せずして盛り沢山な誕生日となったのではないか。
 なお翌14日には妻からのバレンタインを兼ねて改めてケーキを以て祝って貰ったことを付記しておきたい。長島終身名誉監督ではないが「初めての還暦、しかも年男」まであとひと回りである。

 午前の部の映画鑑賞は項を改めて

1月9日(祝) 仰ぎみるこそ尊けれ

h797.jpg  総じてこの年末年始はカレンダ配置から休みが短かった感があるが、祐旭こそ土曜に始業だったものの、公立小の公資は今日までと「幸せな月曜日」が機能して逆に空前の長き冬休みだった。
 とはいえ年男にも拘わらず正月らしい行事は皆無で、街中には成人式へと向かう振袖華やかしきを余所に、新年会とは名ばかりの昨年に次ぐ火鍋の集い、卒業から25年弱を経て第二次海外サイクルがピークを迎えて僅か五人とはこじんまりも極まれり。欠員分も平らげて満腹中枢は元より流石に胃腸にも支障を来しそうな膨満感に溢れる。
h798.jpg  漸く年中行事にあり付いたのはSAPIXの組分けテストを終え帰還した公資の〆切前日の書き初めで「お正月を写そう」が成立する。父と兄とは打って換わって存外に手慣れた風情なのは手先が器用なのか、或いは映像として全体を捉える俯瞰性に優れているのか。

 早卒業四半世紀とは若気は気ばかりで体力が覚束無くなるのも致し方ないが、サークル時代の友人のその後を追ったHPも最早休眠中ではあるものの、節目の年とあらば同窓会をとの声が沸沸と聞こえ始めるのも道理であろう。
 全国20数大学毎に委員会の存在するサークルであり、それだけ聞くと左巻きの様だが純然たる総資本下にあり、母数も多いため振り替えれば10年は御成婚二次会プロデュースの延長線上にパーティ・スペースから本郷の合宿擬きの泊まり込み大宴会、20年は子育て世代らしくと言うべきか大江戸温泉物語と趣向を凝らしてきただけに、今更単なる会食では芸が無さ過ぎよう。
 我ながら大広間で飲んで飽きたらひとっ風呂浴び、ラーメンやら軽食も別途所望出来てあまつさえ宿泊も可という温泉アミューズメントは名案だったが、再利用するなら記憶が欠落する程に年老いるまで待たねばなるまい。逆に30年を超えればホテルの一室にてエクゼクティブ・モードもあり得ようがコスト面からも未だ尚早であり、幾ら「励ます会」チックだからと言って憲政記念館に白羽の矢を立てても、この洒落は殆ど通用しまい。
 一案としては御成婚二次会期から遡上に上り続けている屋形船があるが、集合時間がケツカッチンになるネックを果たして解消出来るのかは見通しが立っていない。
 気の効いたプランがあったらご教授下さいませ。
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