コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

7月12日(水) 働く男  -写真 - ★カメラ&レンズ・機材-

 同僚が長旅に出たのは六月第四週だが、その前週後半から事前演習だったので、はやひとり立ちも実質ひと月になる。
 正味三人半の小所帯からひとりが欠ける戦力減は甚大で、何かに急き立てられている様な焦燥感と常に背中合わせではあるものの、人は良くも悪くも柔軟性に長けた生き物なので、少しずつ生活パターンが確立されて来る。
 昼間は人に会うのが商売だから、従来から文章や書類を認めるのは不意の電話や来客に惑わされない、宴席の無い夜を用いてきたが、溜まった事務処理は寧ろ朝を活用するというのが体得した解である。
 元より朝食会があればより気忙しいが、幸い国会の閉まった夏場はそれも幾分疎らになる。何れにしろ7時までには家を出るから、オータニやらルポールやらに向かわなければ7時40分頃には出社するとして、何と無く部局全体が稼働モードになるまでの約一時間を、これまでは些か怠惰に時を刻んでいたのを宗旨変えして、集中して作業に充てれば効率性は高い。
 ただ郵便物の多くは午後イチに到着するので、昼食会から帰着すると机上に堆く積み上げられて萎える事態も少なくはない。元より一刻を争う処理ばかり要求される訳では無いからパターンに即して翌朝送りにすればよいところ、いつ何時不測の事態が訪れるやもという、美しく言えばリスクヘッジの習性が染み着いているのか、或いは単なる貧乏性か、寸暇を惜しんで処理に血道を挙げ、今度は纏まった暇が生じるアンバランスにも事欠かない。
 そもそも茶々を入れたり、永田町での、周辺居住者で無ければ理解を得難い笑いを披露する話し相手が居ないと、黙々と作業に勤しんでは独り言ばかり増えて一見危ない人の様相も呈している。
 物理的な多忙さよりも心理的な潤滑油に欠ける日々、暑さもピークの八月を迎えればひと息付けるのかしらん。

h961.jpg  そのストレス解消でも無いのだが買い物ブギ、そろそろ新しいモノが欲しくなるタイミングで時宜を得てダイヤルがガタガタになるとは、流石のソニー製品ではないか。
 記録用が主のコンパクトは望遠が鍵なので光学40倍のキャノンに牽かれたが、敢えて一眼との重複を避け35倍のニコンを選択する。
 しかし実物を不見転のまま購入したため常日頃携帯するには微妙に大振りだし、飛び上がるフラッシュの土台が如何にも華奢で長持ちするか不安である。人の安全に直結しない工業製品は、定期的な代替わりを促す位が経済的合理性を有するという示唆だろうか。決して安心には資さない気もするが。

6月28日(水) 父の死

h948.jpg  その一週間と少し前に意識を失って病院に緊急搬送され、小康状態を保ってはいたものの23日に至って血圧が下がり続け、父は力尽きた。
 想えば一月に齡85を迎えるまでは自ら運転してゴルフに興じていたのだから、二月に腸閉塞を患ってから足腰が俄かに衰え、頭はしっかりしたまま急坂を下る様に末期を迎えたのも、父らしい最期だったろう。
 結局病院には間に合わず葬儀場に父を迎えたのだが、早速湯灌の儀式が採り行われる。真光教宜しく手を翳して洗い、髭を剃り、足はアロママッサージと映画『おくりびと』と覚しき光景が眼前に広がった。30年程前に胃の大半を切除しているとはいえ、薄化粧を施してなお仙人の如く痩身と化している。矢張り人は食べられなくなると著しく生命力を消耗するのだろう。
 厳粛な時の流れの中にも、残された側は休む暇も無く葬儀の段取りを詰めなければならない。父は次男だが墓守り役だったので菩提寺は確定しており、一報を受けた住職が枕経に飛んで来る。戒名には院号が称されようとの漠とした理解はあったが、実際交渉の局面が訪れると高額に一瞬怯むものの、金に糸目を付けている場合ではない。葬儀社との細々とした打ち合わせが完了する頃には23時を迎えようとしていた。
 奇しくもこの日は、一部上場企業の専務取締役まで勤めた父の古巣の株主総会が行われており、虫が報せた訳でも無いのだが、丁度息子に週末のゴルフも翌週の宴席も無い金曜の夕刻まで頑張って、リスケに右往左往させることも無く逝ったのも、企業人らしい締め括りだったと言えようか。

 着のみ着のままの訪名だったため翌日一旦帰宅して週明けに再度訪れ、遺影を確認する。火曜が友引なので日月で済ませることも可能だったが、父の縁の方々への連絡に鑑み火水とした為、小休止を挟んだ形になる。
 ただ米寿も視野に入った大往生なので友人自体が限られ、供花・香典辞退とあらば葬儀社との協議も沙汰止みである。従って結局父の戻って来れなかったマンションや主を喪った小別荘兼菜園の土地を巡り、替わりに別れを告げるとともに日常生活の痕跡が残るままの空間を、何から手を付けたらと途方に暮れるままに整理を始める。
 残念ながら分別に無駄に煩雑な愛知県では迂闊に塵も棄てられず、一向に進まない。

h949.jpg  火曜の午後になって妻は再び、子供達は亡骸になってから初めて体面し、早晩通夜に至った。会葬者の焼香を喪主が立って迎えるのは珍しい光景だが、確かに理に叶っていよう。
 父の弟妹諸兄や従兄弟にお会いするのも数十年振り、飽く迄父の葬儀であり私の関係者への連絡は極力控えたとはいえ、同僚に足を運んで貰い恐懼する。
 葬儀社と葬儀場が一体であるのは冠婚葬祭に派手な、と言えば角が立つならば儀式を重んずる愛知県らしいが、確かに利便性は高い。とはいえ当然辺りは閑散としており、止むを得ずジャスコで食糧を調達して、線香を絶やさぬ様に控室で一家四人床に就いた。著しく体を酷使している訳では無くとも疲労は嵩んでいるのだろう、程無く睡魔に取り込まれる。

 明けて葬儀である。禅宗の葬式が賑やかしいのはこの地域の特色ではなく、木魚のみならず鼓や鉢を駆使したガムランの如く調べに載って、南無阿弥陀仏でも南無妙法蓮華経でも無く、南無喝  那   夜耶(なむからたんの とらやーやー) 、僧侶も総勢四名の豪華版で読経が繰り広げられる。
 そう言えば父の父の際もそうだったと36年前の記憶が甦り、中途にはいきなりメインの住職が渇を入れたりと、本会議もこの位起伏に富んでいれば睡魔も襲うまいと余計な思惑も脳裏を巡る。流れ解散で無いので参列するにも気合いが求められようなどと鎮座しながら客席を慮っても何も伝えられず、結局喪主の挨拶も昨日と同内容に終始した。会葬者ひとり一人を見送ることも叶わず、喪主とは不如意なポジションである。
 霊柩車と言っても神輿を担いだ様な仰々しいスタイルでなく黒塗りのリムジン擬きで八事の火葬場へと向かう。流石に父子禄を食んだブランドの車で外車ではない。個室で待機すること90分、順番待ちではないから時間を掛けて焼いた方が骨が残り易いという配慮だろうが、正直少なからず退屈である。
 やがて放送に導かれ、肉体を喪った父に再会し、文字通り骨を拾う。骨壺に納まり切らなかった分は廃棄されるらしい。葬儀場に取って返して住職に骨を預け、長い様で気付いたら過ぎていた五日半も幕を閉じようとしている。
 長い間ありがとうございました。お疲れ様。

6月19日(月) 三ヶ月待てば

h945.jpg  パーティで立礼する本人と握手するのは政治担当者の日常活動だが、逆に団体の総会の類ではお迎えする側になる。だからと言って団体の構成企業員ではあっても団体職員そのものではないので、受付の列の近場に陣取って自然に挨拶する場所取りが肝要である。人は余程ウマが合わない組み合わせで無い限り、親密度は例え短くとも邂逅の回数に比例するとの原理の応用であり、一網打尽が叶うという意味では派閥パーティ並の高効率である。
 ただITSのそれは関わりが深い分、端から人組としてカウントされ、仰々しくトランシーバーまで抱えてひとり車寄せ待機とは、一体何年同じことを繰り返しているのかと思いやられるが、玄関で立礼している様なものと見做せば、顔見世興行の趣旨には叶っているか。
 会場から駄目出しを喰らったらしく恒例のくす玉割りが割愛されていたが、却って華美過ぎず妥当だったのではなかろうか。

 同僚が今週から暑い夏の研修に旅立った。従って私もひとり立ち、山の中に正ジャが潜んでいて肩を落とすナポレオンの面持ちである。
 このところは永田町への訪問も多分に委ねていたから先祖帰りして外出に充当する時間も倍増するが、何よりも改めて事務作業というパンドラの箱を空けてみれば、よくぞパズルの如く複雑怪奇な、システムが構築されている様で中核はアナログな仕組みを駆使していたものと頭が下がる。
 48の手習いで画面に向かっていると、労苦を分かち合う話し相手の不在に無口になって仕舞うが、二年待ったこともあるのだから三ヶ月ぐらいは首を長くして待ちましょう。

3月1日(水) 奴は相撲だ  -ヘルス・ダイエット - 健康-

h840.jpg  月を跨いでの健康診断に市ヶ谷の保健会館を訪れると、保険料で賄われているのかは定かで無いが見事にリニューアルされているではないか。
 元より四年に一度のオリンピック仕様「節目検診」なので伏し目がちになることも無く堂々たる業務扱いだが、前半戦は眼球が風に晒される程度で会社内の診療室と大差無い。わざわざ前夜の宴席も21時を過ぎてからはアルコールも一応は控えつつも、結果的には昨年秋のカメラで胃も大腸も原則無罪放免なのでバリウムは免責、僅かに超音波とCTが物珍しい程度だから、これでひと安心とは到底言えまい。
 些か贅沢に多数誂えられた個室に押し込まれ、矢鱈と饒舌なインストラクター氏に自転車を漕がされ、医師の説諭の繰り返しばかりの保健師のご指導を賜るのは実に苦痛だった。学ぶことは本意だが教えられる行為を嫌悪する性癖にとって、左翼的な響きと受け止めるのは過剰反応としても午後の「学習」を意図的にパスしたのはどう見ても正解だったろう。
 そもそも立ち尽くす事務員ばかり溢れ、その割りに検診自体はスムースに流れるので豊富な待機時間はロハのスープばかり飲んでいたが、腹囲と内臓脂肪の着実な増加という予想通りの結果を経てなお、食生活を変革しようなぞ微塵も意欲が湧いてこない捻りの無さでは、健康増進法の制定趣旨が危ぶまれよう。夜改めて牛の胃袋を賞味したのは反動ではないのだが。
h841.jpg  院内の効果音が妙にテクノで、確かに無機質なベルやブザーよりは病人には優しく響こう配慮だろうが、脳内からクラフトワークの「ロボット」の調べが離れなくなった。  「電卓」は現に日本語版が存在するが、「ロボット」はロシア語部分が「奴は相撲だ、奴はロボット」と空耳に聴こえる。勿論、肥り気味を暗示している訳では無かろうが、深層心理に訴えて潜在意識下の太っちょたる自覚に「ロボット」の歌詞を導き出させたのだとしたら、深謀の極みなのだが。

 昨年、軍人さんの階級が上がって最も実利的なメリットは、社外に許可なくメールを送れる様になったことだった。あにはからんやこの度上官への同報こそ強要されまいが、所定のサーバーにアクセスしない限り留保されるシステムに改悪されて仕舞った。
 取り分け携帯電話からだと逐一自らのアカウントとパスワードを入力しなければならないから、余りに面倒でわざわざ会社に戻って送信する無駄な行動パターンに靡きかねない。
 元より情報漏洩には某省に限らず細心の注意を払うべきだろうが、関係者の自由な往来の拒絶が逆に情報の授受自体を少なからしめるのと同時に、そもそも外部との接触が圧倒的に稀少な部局の発想としか思い難い。詰まるところ重用な話しは個人携帯にという本末転倒がより促進されるだけではないのか。

2月13日(月) 酒と魚とお唄とケーキ  -育児 - パパ育児日記。-

h828.jpg  祐旭は今度は高校受験日による休講、公資は作品展の代休と二人の休みが揃ったところでショートコースからの温泉一泊案もあったものの、本業よりひと足早く五年次の始まった公資のサピックスが月曜に入ることが判明し、詰まるところは父も休みは取って昼の新宿にて一家で48歳を迎えることと相成った。
h829.jpg  ざうお、ざうおとは森山良子氏の囁きが耳に忍び込んできそうな響きだが、自ら釣りに興じた後、店内に誂えられた巨大な船に座して賞味するとの触れ込みには確かに偽り無い。ただ小振りな割りに寿司四貫に化ける鯵こそコストパフォーマンスは高かったものの、勢いの余り鮑や海老を釣ったりするとお値段も張って、仲々予約の取れない人気店とはいえ平日の昼間柄淡々と定食を平らげるサラリーマンも少なくなく、エンターテインメント性を期待し過ぎると幾分拍子抜けのきらいは否めなかった。
 そもそも生物嫌いで餌付けの出来ない父には海老ならぬ餌で鯛を釣るのは臨むべくも無かったのだが。

h831.jpg h830.jpg  夜は一転しておでんの宴席にお声が掛かり、店内には昭和50年代中後期の歌謡曲に溢れるレトロな展開に。更にその延長線上に謳わず映像とともに楽曲に聞き惚れる、恐らくJASRAC的には微妙な二次会と、期せずして盛り沢山な誕生日となったのではないか。
 なお翌14日には妻からのバレンタインを兼ねて改めてケーキを以て祝って貰ったことを付記しておきたい。長島終身名誉監督ではないが「初めての還暦、しかも年男」まであとひと回りである。

 午前の部の映画鑑賞は項を改めて

1月9日(祝) 仰ぎみるこそ尊けれ

h797.jpg  総じてこの年末年始はカレンダ配置から休みが短かった感があるが、祐旭こそ土曜に始業だったものの、公立小の公資は今日までと「幸せな月曜日」が機能して逆に空前の長き冬休みだった。
 とはいえ年男にも拘わらず正月らしい行事は皆無で、街中には成人式へと向かう振袖華やかしきを余所に、新年会とは名ばかりの昨年に次ぐ火鍋の集い、卒業から25年弱を経て第二次海外サイクルがピークを迎えて僅か五人とはこじんまりも極まれり。欠員分も平らげて満腹中枢は元より流石に胃腸にも支障を来しそうな膨満感に溢れる。
h798.jpg  漸く年中行事にあり付いたのはSAPIXの組分けテストを終え帰還した公資の〆切前日の書き初めで「お正月を写そう」が成立する。父と兄とは打って換わって存外に手慣れた風情なのは手先が器用なのか、或いは映像として全体を捉える俯瞰性に優れているのか。

 早卒業四半世紀とは若気は気ばかりで体力が覚束無くなるのも致し方ないが、サークル時代の友人のその後を追ったHPも最早休眠中ではあるものの、節目の年とあらば同窓会をとの声が沸沸と聞こえ始めるのも道理であろう。
 全国20数大学毎に委員会の存在するサークルであり、それだけ聞くと左巻きの様だが純然たる総資本下にあり、母数も多いため振り替えれば10年は御成婚二次会プロデュースの延長線上にパーティ・スペースから本郷の合宿擬きの泊まり込み大宴会、20年は子育て世代らしくと言うべきか大江戸温泉物語と趣向を凝らしてきただけに、今更単なる会食では芸が無さ過ぎよう。
 我ながら大広間で飲んで飽きたらひとっ風呂浴び、ラーメンやら軽食も別途所望出来てあまつさえ宿泊も可という温泉アミューズメントは名案だったが、再利用するなら記憶が欠落する程に年老いるまで待たねばなるまい。逆に30年を超えればホテルの一室にてエクゼクティブ・モードもあり得ようがコスト面からも未だ尚早であり、幾ら「励ます会」チックだからと言って憲政記念館に白羽の矢を立てても、この洒落は殆ど通用しまい。
 一案としては御成婚二次会期から遡上に上り続けている屋形船があるが、集合時間がケツカッチンになるネックを果たして解消出来るのかは見通しが立っていない。
 気の効いたプランがあったらご教授下さいませ。

12月28日(水) 今年の賀状地獄は

 嘗て机が二フロアに存在した時代の名残りで過去の荷物を放置していた席から遂に撤去命令が出て、ひとまずは現拠点に集約するもののそのままでは避難訓練の際、尻はおろか頭すら隠せないので勢いよく廃却に努める。
 その過程で大量に発掘された過去の名刺を整理、と言えば美しいがこちらも一挙に廃棄する。長年同じ世界に居ると現下なお知人たる人物とどの肩書、或いは如何なる所属の折りに出会っていたのか、既に忘却の彼方にある過去の情景に再び巡り会う様で暫し思い出に浸りつつ、仕事納めとともに一部は記録として留めながら大凡は再び永遠の眠りに就く。
 思えば一昨年は年末まで永田町に詰め、昨年は受験生を抱える臨戦体勢だったのに鑑みれば実に平穏な、堆く積算された書類の山も消え周囲の見晴らしが良くなって迎える年の瀬である。

h790.jpg  夜半からは一路、賀状作成に邁進しなければならない。しかしながら写真を抽出した後、バージョンの改まった筆王の写真の面取りを探索するのにひと苦労、漸く発見してなお周囲のぼかし量が昨年比大幅減となり悪戦苦闘の末に代替手法は断念して貼り付け作業に入ったところ、仮眠ののちPCが固まりゼロからやり直しとは気力も萎えよう。
 更に一旦完パケに近付きながら昨年準拠では虫眼鏡でも見えないとわが家から駄目出しを喰らい、穴埋めに用いた写真を削ぎその穴を残る写真を少しずつ拡大して塞ぎ、昨年比概ね三十枚減を以て漸く裏面の印刷に及んだのである。
 更に更に足りなくなったインクをオリンピックまで買いに走り、遂に完成に至るもここ迄で折り返し、当該年の賀状を一枚一枚捲り住所の確認とともにそもそも送付すべきかからの判断が始まる。完成しても住所録は01年来のエクセルだからこれを筆王にコンバートし、住所の区切りやら連名やら微調整して再び印刷工程に及ぶも、子供名義は表面にもコメントを施せるべく宛名を横書きにしなければならないし、議員は「様」なのに教員が「先生」とはややこしい。
 かく膨大な作業量を費やした挙げ句が大半は賀状のみの交友とはふと我に返れば虚しくなりかねないが、ひと仕事終えた充実感を以て自らを慰めてみる。

12月22日(木) 年の瀬に龍は登る

h778.jpg  年末の恒例行事と言えばカレンダ配りだが、現体制になり二廻り目とあらば各人相応に馴染みの相手先も増え、集中日に一気呵成箱詰め持ち込んで事務的に配布するスタイルから、適宜訪問に則して顔見せ興業に準ずる方式に改められた。
 ただ必然的に永田町稼業の長い者が落ち穂拾いも兼ねることになるから、大きな袋を抱えて練り歩いていると憐憫の眼差しに捉えられるケースも少なくなく、だからと言って一箇所に腰を据えていては到底完遂は臨めないので、結局は独り廊下鳶とは寂寥感に溢れよう。
 ただ時には昨日の如くゆるゆると回遊しようかとの思惑が外れ、呼ばれたり説明したりと案件が増大した結果、参院から衆の第一・第二と絶妙の導線にてアポが並び、無聊を託つ暇がほぼ皆無だったのにはオーラスを前に我ながら自画自賛であった。
 今日に至り遂に終着駅が見えてきて余裕も生じ、幾許かはアクセントも欲しかろうと場所柄政治的にも著名な麹町の中華料理店にて昼食を挟む。何時も担々麺ばかりだったが麻婆豆腐も美味であった。
 財政難の折りか年々簡略化される予算折衝も概ね本日まで、永田町にも年末モードがやって来る。

12月4日(日) 臭い臭いは元から断たなきゃ  -ライフ - 家具・インテリア-

h762.jpg  ここ数ヶ月、二階の御不浄が些か臭う。以前同じく二階の風呂に幾分の下水臭が漂った際はパイプの洗浄にて概ね回避されたものの、どうやら排水溝の傾斜が幾分小さく逆流の懸念との指摘があり、トイレも同工異曲かと半ば諦め顔だったが、雨が続くと愈々耐え切れぬ域に達してきた。
 だからと言って封鎖する訳にもいかず、藁をも掴む思いでネットで見付けた洗浄会社に電話すると幸い当日の夕方には作業員氏が現れた。
 妻は曾て到来したにも拘わらず御手上げのまま放置され、あまつさえ出張費だけ巻き上げられた哀しい記憶のお陰で半信半疑だったが、一見ならぬ一嗅して備え付けの手洗いは利用しているかとの御宣託が告げられるではないか。
 要は便器に異常は認められないから犯人は手洗いに違いないとの推理にますます怪しくなったが、いざ文字通り蓋を開けてみると配管が必要以上に結露している上に下水口へのパッキングが外れているのだから矢張り玄人に委ねて正解であった。
 縷々解説を聞けばそもそも剥き出しの管の長さ自体が微妙に短いとの見立てで、こうなると建築会社に改めて文句のひとつも呟きたくなったが、驚いたのは急激に信頼感が高まり任せていたところ、取り外した手洗いのカバーが旨く嵌まらず原状回復されなかったことだろう。
h761.jpg  そもそも答弁通り建築時の構造に問題が秘められていたのかも知れないし、臭気は確実に緩和された上に部品の実費のみで技術料はロハになったのだから、先ずは善しとしようか。

 何度壊しても学習しないのだが、掛けたり外したり手荒く扱うにも拘わらず、上湾部にしかフレームの無いスタイルを好む為にまた破損して眼鏡の作り直しである。
 かく事態もあらんかとつい ひと年も経ぬ前にわざわざ二点拵えたのに既に在庫も見当たらず、数ヶ月前にひとつ目を紛失した記憶が朧気に甦る。
 今回は一点は全フレーム版を採用する程度には知恵が付いたが、髪の毛も切り揃えた今日は修理の一日。

5月19日(木) パニオン・スタイル

h496.jpg  所謂業界団体の総会が五月に集積しているのは、六月後半たる企業の株主総会に先立ち人事の固まるタイミングを見計らっての設定だろうか。今や個別企業が総会に準拠せず四月の会計年度を以て実質的に役員人事を行う為に、それを受けての団体人事には五月はより好都合になった感がある。
 元より企業以上に反主流派や特殊株主は存在しないから総会自体はシャンシャンの儀式であって、附随するパーティへの出席がわが方の職責となる。それでも一昨日の様に挨拶に薬玉割りと段取りが明確なケースは逆算すれば出席者もまた限られるが故の場繋ぎに他ならず、こちらも要人を迎えてご案内を口実に、パーティで立礼に立つ関係者に握手するのと丁度裏腹に、要人に存在をアピールするのが関の山である。
h498.jpg  他方、大規模なものとなると形ばかりの出欠表こそあれ、誰が現れるかは蓋を開けてみなければ判らない分、入口間近に陣取って訪れた旧知の御仁と懇談する即席の社交場と化すのが通例である。しかも主催者面していても実は微妙に招かれる会員企業サイドだから形而上の職責に乏しく自由は効くし、同じ世界に16年も居ると未知乃至は記憶に無い人物からも挨拶されて恐縮する事態すら生じる。
 こうなると立ちっ放しでも90分位は早々に経過して、かつひと仕事こなした様な根拠無き満足感にも包まれるのだから、大半が捌けて後の階下のラウンジにて今後に向けての即席の反省会まで、思いのほか濃密な一日であった。

 議員会館の金属探知機の奥に俄かに現れた液体検査機、サミット前の小道具かと思いきや恒常的な措置らしい。元より航空機の搭乗には理に叶っていても、人の集う場所であるべき議員会館にはハードルを上げ過ぎの感も否めない。
 しかも安普請のなのか構造上致し方ないものなのか少量には反応しないらしい。おかげでいきなり「飲んで下さい」と告げられて毒味と言うよりは人体実験に供される羽目に陥った。
 悶え苦しむ演技力も無いので大人しく口に含んだが、明らかに怪しい風体ならば兎も角マニュアルが行き届き過ぎてはいまいか。世知辛い世の中。
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