コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

6月18日(日) カツにカレーに寿司に味噌  -グルメ - ご当地名物-

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 記念日が盛り沢山の六月は、公資の生誕11年に続き、今週は成婚19年、語呂の悪いジルコン婚式に父の日とあらば、遠乗りには至らずとも少しばかり華やいで高円寺飯巡りである。
 北口高円寺銀座改メ純情商店街の、嘗てスイミング・スクールのFITが存在した建屋のとんかつ とんきを愛用していたが、残念ながら建替とともに去り、現ビル地下に佇むステーキ&豚カツ店に久々に赴いたものの、ビフテキを賞味すべきところ付け合わせのもやしのサンプル絵柄に気圧され敢えてカツを選択したのは捻り過ぎだったかも知れない。
h942.jpg  他方、中通りに御目見えした泰&羅宇料理のサバイディーは、ラオスうどんこそ大越のフォーに近い薄味だったものの、カレーがココナツ臭少ないのは仏印の名残りか、何よりも味付け濃厚な焼鳥が父と公資に好評であった。
 して本日は高架下の立地故に耐震も兼ね改修、昨年11月にリニューアルされた桃太郎寿司である。高円寺に寿司店は数限り無いものの、わが家にとっては父と祐旭のそれぞれ同級生の実家であり、数店舗の点在する老舗の幸寿司、少しアダルティ=飲み屋を兼ねた様な七福神、回転寿司としては高レベルの定番、京樽グループの三崎港が三巨頭として君臨している。
h939.jpg  コスト的には幸寿司と七福神の中間に位置するのは流石に帝都北西部に名だたる桃太郎だが、揚げ物焼き物一品料理が豊富なところもわが家向き、珍しくグルメ・モードになりました。

 昨日は父母の見舞いに名古屋へ赴き、途上昼食はきしめんの店に入るも、詰まるところは味噌煮込みを注文して仕舞った。名古屋が味噌文化なのは事実だが、休み時に祖父母宅に滞在した小学生の時分、味噌煮込みは山本屋の専売特許で圧倒的多数派のきしめんは関西由来の薄味と明確に住み分けが為されていた印象が強い。
 聊か「味噌」の呪縛に自家撞着に陥っている感もあるが、一億三千万総チェーン店化よりは地方創生に資するのかも知れない。

4月3日(月) アブラ・カタビラ  -グルメ - 回転寿司-

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 嘗て出向中に新年の定例行事と化した老舗の鰻店で蒲焼きご飯を頼んで怒られた様に、米は白飯、原則として丼を食さない私にとって、好物であるにも拘わらず鰻は鬼門に他ならない。
 元より社用族として鰻に直面するケース自体が希少だが、佳日は珍しくしかも先方席とあらば覚悟を決めて赴いたところ、肝に白焼き、蒲焼きと並んだところで満腹中枢は血糖に充満されてご飯は割愛、真に鰻尽くしの幸福な神田明神だった。
 東の鰻には脂分が多く、だからこそ関西と異なり焼くだけでなく蒸すのが関東風だが、ここで思い出すのは安芸の宮島にて賞味した穴子飯であろう。
 そもそも鰻丼がアウトで何故に穴子飯を選択したのか疑問を抱かれようが、幾ら原則に反するとの駄目出しを受けても寿司においては穴子と稲荷だけは頂戴し、しかも相当な好物である。従ってその延長線上に何等の疑問無く穴子飯を口に運んだのだが、残念ながら潤いに欠け期待を裏切る逸品だった。
 極めて単純化すれば鰻から脂分を減らしたものが穴子であるとも言えそうなところ、蒸そうが蒸すまいが東西を問わず燃焼する鰻に対し、関東の穴子は煮るだけである。その相違は食感に求めるべきなのかも知れないが、寧ろ焼き穴子の苦味のマイナス要素が私に取っては大きく、煮穴子の甘味こそが美味に感ずる鍵なのだろう。
h874.jpg  従って東京駅に並ぶ広島穴子弁当を、昨今はお値段据え置きのまま幾分グレードダウンした感こそあれ、性懲りもなく新幹線に乗る度に調達し続けているのは、同じ中華料理でも必ずしも本場ままの味付けは求められず消費地に見合うべく改変されている様に、自家撞着だが関東風広島穴子というマーケティングの勝利に他ならない。
 一方でわが家の定番三崎港には別途焼穴子メニューが確固として設けられているにも拘わらず煮穴子も必ずバーナーで炙られ、時ににがりを齊す迄の明確な焼き跡が刻印されているケースもあるのだから、職人技がまた却って余計なお世話を導き出す事例たろうか。
 その分より安価な、ひと皿百円固定の回転寿司は握りと言うよりスライスされた、正直天然の脂分は相当に少なそうな穴子が添付されるだけだからこそ、煮穴子で完結し必要以上に調理は施されない。
h875.jpg  そこで先月の公資とに続き昨日は練習後の昼餉へと赴けば、祐旭曰くご飯が美味と海原雄三並みの解説である。確かに「シャリカレー」なる宣伝もあり白米を売りにしている戦術が伺え、矢張りくら寿司は旨いねと父子蟒蛇の如くに腹を充たす。
 ところが保湿の為だろう、須く宇宙船の様なカップに包まれ周回する寿司の絵柄も、平らげた皿の自動回収システムにも記憶が無い。然して記録を紐解けば高評価をもとに前回訪れたのははま寿司で、比較劣位の例が当該くら寿司だったのだから人の味覚は如何に充てにならないものなのか。押し並べて回転寿司のグレードが上がりコストパフォーマンスに優れてきた証しであると、前向きに受け止めておくべきか。

12月6日(火) 二次会は踊る  -グルメ - お店紹介-

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 夜の商売なので忘年会シーズンを迎えても飛躍的に宴席が立て込む訳では無いものの、このところ女性をターゲットとした飲み会と言うと聞えが悪いが異性に囲まれる、見様に依っては麗らかな機会が増え、自らセッティングするとなるとどうしても馴染みの肉料理に傾きがちなところ、必然的に中華やらイタリアンやら食のバラエティが富んで来る。
 とはいえ交際費の非課税枠拡大と反比例して、総じて低成長下の世の流れとして二次会まで足を伸ばす機会は滅多に訪れない、と言うよりは馬齢を重ねた体力の衰えもあろう、常日頃7時台から稼働する身の上には可能な限り回避せざるを得ないと評するのが正しかろう。
 にも拘わらず本日は赤坂見附駅近辺の謎の店舗に誘われると、狭い空間に相応に妙齢な人々が立ち尽くしている。最盛期が学生時代だったのでバブルを謳歌したとは言い難いが、ディスコがクラブへと切り替わる時期に当たり、世代的にはそれなりに踊っていても可笑しくはない。
 実際には地味な学生だったので華々しくお立ち台に登る様な経験には乏しいのだが、寧ろバブル崩壊後の友人の御成婚二次会「お面舞踏会」等で70年代ソウル・ミュージックに慣れ親しんだが為に実体験の時勢は微妙に食い違ってはいるものの、音楽として懐かしいのは事実だし、激しく体力を消費する訳でも無い。
 高級官吏と会議は踊る、ではないのだが終電前まで踊り続けることになるとは予想だにしなかったが。

9月30日(金) 間違い探し  -グルメ - 東京のグルメ-

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 年明け総選挙も囁かれる中、パーティは花盛りである。隣の都市センターからは連日の様に修学旅行と思しきバスが早朝から出立する中、今週は月、水、金と朝からルポールである。
 「いかのおすし」は防犯の標語だが、「いかのおさしみ」はルポール麹町と評される程に定番なのは地方公務員共済という経営母体柄、全国のルポールに一括して供されているのかも知れないが、恐らくは日保ちの良さが買われたのだろう。
 記憶が正しければ月曜は魚が倍付けで替わりに一品割愛されていたが水金はまさに瓜二つ、写真では伏せられているが金曜には白米から振り掛けが除かれていたとの証言もあるので微妙な差異は認められるものの、コストパフォーマンスに優れ与野党隣り合わせで受付が並び、眼の遣り場に困る光景が多発する所以である。
 大浴場も存在するらしいが、闇夜の永田町を睥睨する眺めはさぞやシュールなことだろう。宿泊する事態は流石に訪れないだろうが。

 70年代時分の雑誌を紐解くと現代の眼には直截な表現が頻出して刮目するが、曾ては些かエスプリの効き過ぎたユーモアとして許容されたものが、洒落で済まされない配慮の行き届いた世の中になったということだろう。
 従って閉ざされた空間の中において、場の空気感には見合う笑いや共感を醸成する発言であっても、ひと度それがメディアの味付けを経て万般に流布されると、当事者ですら何故にかく口端ったかと自省に駆られそうな常軌を逸した失言に映る事態は、現代社会においてはまま訪れる。
 それでもなお今回は些か勢い勇み過ぎだろうが、過度に物言えば唇寒しの世界も堅苦しさは否めまい。

9月2日(金) マイケルの好きなものは  -グルメ - ドリンク-

 客商売なので先方の居留地に足繁く通うのが基本路線だが、持ちつ持たれつ先方からの依頼には律儀に足を運んで戴けるケースも少なくない。ただ現実問題として可能な限りフリーハンドで外出の時間を確保したいから、必然的に来客もまた集中させた方が効率的である。
 とはいえ本日は実に九件、秘書擬きのポジショニング故に役員応接室の援用が通り相場になっているものの、些か丸一日ひと部屋占拠するのは気が引ける。
h655.jpg  いい加減誰と話しているか混同して、というのは大いなる誇張だが、時節柄人事話しなぞ政局談義に現をぬかしていると、話題が時を跨いでオーバーラップして面白い。面談が続くのも必ずしも楽ではないが、つくづく人と会ってなんぼであり、接触を齊す機会がビルトインされている構造の妙を痛感する。

 逆にこちらから出掛ける際は蜻蛉返りに陥りがちなので、折りを見て回遊に努めなければならない。
 長月を迎えた昨日は珍しく昼を挟んだため赤坂の老舗ベトナム料理店に繰り出したが、大越を訪れたのも既に15年前、フォーの薄味は記憶にあってもベトナム・コーヒーは忘却の彼方であった。
 スティング氏の謡う様に大映帝国の印度が紅茶文化ならば仏領印度支那の珈琲は至極妥当だが、フィルターから溢れ落ちるのを待ちよく掻き混ぜて口にすると、甘党の私ですら驚く味わいであった。チャイとの共通項は亜熱帯における糖分補給という歴史と伝統に基づく生活の知恵なのだろう。

8月17日(水) キッスは甘くして  -グルメ - ドリンク-

h641.jpg  メローイエローが復活して五年、既に跡形も無くなったが、最も現役だったマウンテン・デューもまた昨今急速にわが国自販機市場からは抹消されつつある。
 そこで思い立ってアマゾンを漁ると驚く勿れ、スイートキッスを発見して迷わず注文してみた。
h643.jpg  80年代を席巻したとも言うべき柑橘系飲料は、汎用性に乏しい私の味覚に合致した飲食物としては珍しく命脈を保っていたが、コカ・コーラのイエロー、ペプシのデューに純国産を以て対抗したチェリオのスイートキッスがひっそりと健在であったことには先ず深く頭を垂れたい。
 ただ関西系企業だけに取り分け関東市場では縁遠くなるのだとしても、改めて恐らく数十年振りに口にしてみると明らかにはちみつの甘味が強く、同時に何時の間にか自ら弱炭酸を標榜する程に確かに炭酸の刺激は小さく、前二者に代替するには少なくとも個人的には力不足の感は否めなかったろう。
h642.jpg  ケアンズでは毎日所望した(右写真)様に、マウンテンデューはとくに海外では未だ頻繁に目にする主力商品であるが、ペプシ国内販売のサントリーへの移管に伴い完全に本邦市場からは消滅したミリンダの様に自前の果実系飲料との競合回避たる要因にも乏しいから、単純にわが国における柑橘系飲料の地位が地に墜ちた帰結なのかも知れない。
 だとしても唐突に復活して風の様に去ったメローイエローのケースもあるから、ペプシには昨今流行りの強炭酸かつ濃厚路線のミニ・マウンテンデューの開発を期待したい。そもそも山の梅雨には不似合いな嗜好なのかも知れないが。

 既に夏休みを満喫したため今週は出勤だが、同僚にも巡り会えず独り寂しい限りである。思い余って本日は自主的に休業してみたら、昼食懇談随行をすっ飛ばしていたことに後から気付く。お盆惚け。

5月26日(木) 嵐の前の食欲  -グルメ - 激辛グルメ-

h504.jpg  世相の複雑化に伴い新たな病名が「発掘」されることがあるが、逆流性食道炎もそのひとつではないだろうか。消化を促す胃酸が空腹時に食道下部に働き掛け炎症を齊す事象で、従来なら単に胃酸過多とされていたものがガストロームの処方により劇的に解消されることから敢えて新たな病名として独立させたのであろう。
 元よりそれは対症療法に過ぎないが、文字通り喉元を過ぎればで痛みが緩和されれば放置し、再び悪化しても市販のガスター10では効果が小さく医療費の拡大に寄与せざるを得ないのが味噌である。
 このところ久々に症例激しく、にも拘わらず陳麻婆を昼に食す事態に直面するとは自らの読みの浅薄さを憂えざるを得まい。キャピトル東急の休業時には伝統の星ヶ岡が仮営業していた赤坂東急プラザに後継として納まった中華を一度賞味したかったのだから自業自得だが、四川飯店のそれより明らかに強烈な辛味にも拘わらず、食道並びに胃から消化物が消え去った後になお著しい痛みを覚えることが無かったのは気の置けない会食だったが為か。逆に言えば自覚の有無を問わず食道がストレス感知器として機能しているのかも知れない。

h505.jpg  食道楽の如しだが夜は日頃馴染み過ぎた赤坂界隈を離れて外苑にて伊太利料理と洒落込んだ。妙に客数が少なくわが国景気の先行き見通しが憂えられそうだが、その分ギャルソンを独占出来て優雅である。実際には女性かつフランス料理ではないのでカメリエーラと呼称するのが正しいらしい。
 前菜が多くて驚いたが替わりにパスタと肉は少な目でこちらも優雅な構え。牛の胃袋が美味であった。

5月18日(水) パンツとワイン  -グルメ - ワイン-

h495.jpg  昼間のパーティと言えば着席して講演に預かり、食物は箱弁かカレーの類が定番だが、中には立食に肖るケースがある。夜の商売故に名刺を置いて痕跡を残し、裏口から抜け出す技術ばかりに長け、宴席が無くとも必然的な梯子のおかげでバイキングを賞味する時間的余裕の訪れ難い夕刻の宴に対し、昼ならば予め腹を満たす時間組みを充てることも可能である。
 しかも本日は年に一度の富士宮焼きそばの出店、幸か不幸か悪天故に狭い憲政記念館も程好い集客で、海老のかき揚げにも肖るとは希少な役得たろう。
h497.jpg  普段昼食は採らないが今夜は旧朋が遠方より来り長丁場が予想される為、二重に好都合だった。とは言え若かりし時分同様に丑三つ時までパンツ一丁で歌い踊るのは、全く記憶が無いにも拘わらず写真が残されている様に精神的には爽快でも肉体への影響は決して小さくは無く、翌午前中は久々に恰も廃人の如しであった。

 勿論、長年のサイクルに身体も馴れていよう夕刻になれば自然とまた宴席に及ぶ活力が回復されるのだが、流石にこの日は酒量を控えと明白な意志を以て臨んでも、いざ眼前にアルコールが注がれれば杯を満たすがままに喉を潤わせるのも必定である。
h498.jpg 元来麦酒よりは日本酒派だったのがこのところ頓にコーラの類の清涼飲料は寧ろがぶ飲みしても、炭酸酒への誘因が著しく下がっている。しかも食物の単品大量主義同様に日本酒ならば大吟醸だろうと二級酒だろうと好悪の別が著しく小さく、逆に言えば西洋酒は総じて気に召さないのは、味覚も然りだが何と無く酔い易いという先入観故だろう。
 にも拘わらず結論から言えば今般は、厠に籠ってアルコールを排出し何事も無かったかの如く復席する芸当に及ぶべくも無く、最後まで思考も胃腸も健在だったのである。
 矢張り貴腐は悪酔いしないという好例なのかも知れないが、ボルドーでも存分に酔いどれていたのだから、わが国国民の体質に見合うワインという取捨選択が存在するのだろうか。KENZO恐るべし。

1月30日(土) 禁門の変  -グルメ - 美味しいもの-

h369.jpg  甚だしき偏食たる私が貝好きであるのは寧ろ奇異な印象すらあろう。九十九里か房総なのか記憶も定かでないが、幼少時に食した焼き蛤が後年に至るまで味覚を支配したのだろうか。味噌汁も今もなお若布に豆腐よりも浅蜊であり、恐らくはわが家のエンゲル浅蜊係数はわが国有数の地位を占めていよう。
 祐旭の受験戦争も愈々大詰め、今週後半からは体調管理の観点から学校は有休としたが、ここに至りじたばたしてもと仲通り商店街に新規開店した「貝せん」へと一家で訪れたのは父の嗜好に他ならない。とはいえ病癒えたパラオにて挑戦して貝に慣れた祐旭もまた帆立の刺身を再三注文している。
h370.jpg  焼き貝セットに酒蒸し、貝焼売、貝クリームコロッケと次々と平らげれば、充満する貝臭に鼻腔を細める公資が貝フォンデュに付随するバケットばかりで腹を満たし、平均単価の低廉に大きく寄与したとしても、居酒屋チェーンの類に俗に大蛤と称される代替物ホンビノスが増大している様に国産蛤漁獲高は著しい減少を示しており、大きさに劣る輸入物主体でも貝専門店とあらば散財に至るのは否めない。
 貝の生臭さに惹かれる割に、僧侶並みに生臭い牡蠣はご遠慮しているが期せずしての壮行会、貝には当たらず明日からはヤマが当たって欲しい。

 結論は翌週との見方が強かったので質疑応答の中途で画面から一旦離れたところ、同僚に回顧談が始まったと促され、慌て再びテレビの前に駆け付けると言葉に詰まりながら辞職の弁が放たれた。
 表現は悪いが、政府にはボロボロになるまで使い切る選択もあったろうし、甘利氏個人としても全て秘書の落ち度と切り捨てることも不可能ではなかったろう。
 些か偏った物言いなのかも知れないが、誰も真の悪人ではなかったという点で残念ではあるが救われた感もある。政治的に如何なる影響を齋すかはまた別の話しとして。

11月7日(土) ストロング・シュワシュワ  -グルメ - ドリンク-

h288.jpg  名門らしくホール間を別つ多量の森林にこそ迷わなかったものの、少し左右に曲げればフェアウェイに配置された大木に行く手を遮られ、多彩なガードバンカーに悩まされ、何よりも砲台グリーンがと言えば聞こえは良かろうが、こちらは腕の問題でトップばかりのいったり来たりでアプローチ・イップスになりそうな、散々の本年二度目の紫カントリーすみれであった。
 2020年日本オープン開催に向けては気が早かろうが、わざわざ距離を伸ばしてドッグレッグに改装したホールまで存在するとは、普段所謂接待用コースに慣れた百叩きには些かタフに過ぎたろう。
 何故かアウト9番ミドル、イン18番ロングの両ラスのみパーで上がり、何と無く終わり良ければの雰囲気で収束を得たのは僅かな救いではあったが。

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 コーラばかり飲んでいては愛国心を疑われそうだが、コカに遥かに先行されたわが国おいてジンジャー風味の混在するペプシには、頓に昨今薄味のゼロ仕様以外にはなかなか御目に掛かれないだけに、セブンイレブン限定とはいえ600mlペットボトルが発売されると早速買い占めに走ったものである。
 味覚に汎用性が低いのだろう、私の愛好する商品は著しく永続性に欠けるとの法則を裏打ちする様に、早々に市場から退去したのは無念であった。
 勿論、何時の世もニッチな需用はあるもので、わざわざ炭酸を強化したストロング・ペプシなる逸品は販売されているが、特定の自販機にしか投入されない上に160ml缶のため量が少ない。
 しかしながら東大もと暗しとはこのことか、駅からわが家への途上、ペプシの販売元たるサントリー非専売機にストロングのペットボトル版が採用されていたとは何たる僥幸たろう。よくよく味わってみるとミニ缶のそれより甘味が抑えられている感こそあれ、成る程通例のペプシよりは濃厚である。
 今度こそは細くても長生きして欲しい。
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