コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

6月23日(土) 母と父と  -グルメ - 美味しいもの-

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 ひと月前の母の日にあたっては、地元では著名らしい鉄板焼店へと赴いたものの、カウンターで目の前で焼いて呉れる構造上、顧客数に限りがあり客単価が高くなるのはやむを得ないとはいえ、矢鱈とフレンドリーと評すべきなのか、寧ろマスターとの会話目当てに訪れる馴染みの客が中心の様で、正直個人的には疲れて仕舞った。
 まだ回転寿司が現在より低価格性に重きが置かれていた時分に、若干優等に位置していた寿司食べ放題たるジャンルがあり、紙に依る注文システムは眼前の職人氏に穴子ばかり頼み続けて怪訝な顔をされる事態に陥らないという点でも私好みであったろう。その草分けとも言うべき雛鮨には、妻の実家が新橋にあった頃は、隣接する焼肉店とともに幾度か足を運んだ記憶がある。
 一週間遅れの父の日にあたり、十数年振りに新宿に生き残っていた雛鮨を選択したのは過剰なコミュニケーションを要求された母の日の反動が無意識に表れたものでは無かろうが、矢張り今となっては必ずしも中高級回転寿司を凌駕出来るコストパフォーマンスでは無かったか。

i441.jpg  開けて本日は法事である。豪雨で移動が遅れ、次の予定があるからと親族が揃わぬ内に読経を始めようとした住職を叱りつけたのは、存命なら矢張り怒りを顕わにしたに違いない泉下の父になり替わっての一喝である。
i442.jpg  相続も無事完了したのでバッテリーの上がって久しい父の車の売却手続きと一日仕事だったが、名古屋で見掛けたジャパン・タクシーには一抹の違和感を禁じ得なかった。
 視察の際に自ら搬送した車も丸坊主でタクシーらしく無かった様に、社名表示灯が割愛されていると思いきや、琴稲妻の粂川親方宜しく後頭部に申し訳程度に「つばめ」と表示されているではないか。
 或いは端から車高が高い分、意図的な措置なのかも知れないが、タクシーは首都圏から各地方に流れていくらしいので、何れ代替わりして各地にもジャパン・タクシーが溢れる様になればその謎も氷解するのだろうか。坊主丸儲け、の暗喩ではないと思う。

4月20日(金) walking to the beef  -グルメ - ばんごはん-

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 元より呑まなければ済むことだろうとご指摘は頂戴するものの端から嫌いな質ではないし、目の前に注がれた飲料はアルコールの有無に拘わらず、水で無ければ平らげるべく習慣付いているので、肝臓と嘔吐に伴う胃腸への負担、そして偶には官僚の如く夜に籠って事務処理に勤しむ労働時間の捻出に鑑みれば、宴席は週に三日程度が望ましい。
 ただ実際にはパーティの梯子だけで連日一席こなした様な時の流れに至る週もあれば、今週の如く四日も見事に埋まる集中も生ずる。
 しかも火曜は神戸、木曜は但馬、金曜は松坂と見事に牛尽くしで、しかも懐石、熟成ステーキ、しゃぶしゃぶと調理もバラエティに富む配列であった。アルコールの方は肉とあらばどうしてもワインに偏り、何故か体質的にワインだと悪酔いしがちなのだが、遂に金曜は日本酒とのちゃんぽんになり酩酊してなお、一週間を乗り切った。近々すき焼きも待っているが、総じて脂身は少なかったので脱いだら凄いんです、には大きく寄与していないと信じたいところ。

i348.jpg  最近共感したニュースをひとつ。
-「服を着るのが面倒」全裸でゴミ出し-高知署は16日、全裸で路上を歩いたとして、公然猥褻の疑いで、高知市職員の男(49)を逮捕した。ゴミ出しのためだったといい「服を着るのが面倒だった」と容疑を認めている。【引用終わり】
 わが家のゴミ出し相に任命されている訳ではないのだが、とくに瓶缶の消費が多いので毎週排出しないと冷蔵庫周りが身動きが取れなくなる。従って率先して出社時に用務を果たしているのだが、瓶缶の月曜は幸せなそれに該当するケースも少なくなく、休日はパジャマに上着だけ羽織って路上に登場する局面が訪れる。
 ただ夏場は起きたら下半身すっぽんぽんの事態は珍事ではなく、そもそも家では可能な限り身軽を求めるので、妻子の好奇と厭忌の眼に晒されながらなお、そのまま丸出しで暫し寛いだりも屡々だから、わざわざゴミ出しの為だけに「服を切るのが面倒」という心境は極めて共感出来る。
 同年だからと言って「全裸でゴミ出し」は未だ未踏の領域には他ならないのだが。

4月7日(土) 黒く塗れ  -グルメ - 東京のグルメ-

i330.jpg  大学時代のサークル仲間との集いはここ十年来、会合過剰の年末から年始に移行すれど、年に一度の冬場が定番だったが、昨年は外遊からの凱旋帰国する者あり、夏場にも挙行された。
 齢五十を前に段々と懐旧に浸る面持ちも増殖すべき世代となってきたのだから機会が増えるのも道理なのだが、余り間隔が縮まっても同窓会感が薄れようかと、今年は春の新年度会を催してみた。
 嘗て新橋駅近には十仁病院が林立し、末期には大半が空き家と化して不気味な廃墟感が漂っていたが、その近隣に瀟洒な日本家屋構えだったおでんのお多幸は、中二階の如く巨大な小上がり風情の日本間が組み合わされた、今風に言えばスキップハウス構造で風流だった。
i329.jpg  往時は商工にもご理解のある環境派の御仁に度々お連れ戴いたが、残念ながら再開発に伴いビルの地下に小ぢんまりと移転したものの、関東風の黒く煮込まれた汁は健在である。正式には「新橋 お多幸」で銀座、日本橋とは各々経営が異なるが係争は無い模様である。中では新橋が最も薄味らしく、他はもっと煮詰めているのだとすれば俄かには信じ難い。
 妻の実家に近いこともあり煉瓦通り沿いのインドネシアラヤで会合を開いたこともあったがそちらも既に亡く、辺りの店舗も随分と入れ替わっている。そもそも妻の実家自体がギリギリで環状二号線の拡幅用地には当たらなかったたものの隣の森ビルとともに跡形も無く、今夏には見上げる様なオフィスビルが完成に至る様で、路地が分断され目と鼻の先が新虎通りという一等地に化けている。
 皆子供も大きくなり久々に夜の会合だったが談論風発、折しも再び寒波到来におでんとは存外にタイムリーだったか。

4月1日(日) 応急措置はお早めに  -グルメ - 鮮魚-

i326.jpg  中間六ヶ月はパスしたが12ヶ月は法定なので受けざるを得ない車両の点検、元より忌避する謂れは無いのだが、新高円寺の店舗が閉鎖され井荻に統合された為、些か二の足を踏んだのである。
 丁度同僚が来月より販売実習に赴く為、女性スタッフ氏に販売員に必要なものはとインタビューも試みたが、当然突然問われても唸るばかりで、早々に手仕舞いし手持ち無沙汰のままに目の前の有賀園ゴルフを覗いたりする。
 辺りを散策して井荻トンネルの入口を眺めてみても、嗚呼この随道のお陰で環八も北側は随分便利になったもの、と感慨は抱いても小一時間は到底潰せない。
i327.jpg  バンパー裏のゴムのカバーが剥がれ、車体が少し沈むと地面と摩擦して異音を発するのみならず、発見した見知らぬ方々から親切心だろう、外れてますよと忠告を受け続けるのが苦痛だったが、幸い刪削して貰い、付け替えるとなると存外に値が張るので黄門様に倣い「暫し様子を見ましょう」で一件勝手に落着させた。

i328.jpg  夜は恒例の寿司巡り、高井戸の大関にあるミニ店舗で食した穴子の記憶を頼りに美登利寿司吉祥寺店に狙いを定めたのだが、17時にEPARKで順番待ちした時点で百人待っても大丈夫、のイナバ物置状態とは四月馬鹿かと目を疑った。
 公資のドトク帰りを待って半信半疑出立するものの、駅直結のアトレに到着してなお60組以上の開きがあり、既に今日の受付は終了しているではないか。やむを得ず階上の書店から、更に北口のブックオフまで足を伸ばし、余程ダイヤ街の三崎港でお茶を濁してもと気力が萎えそうになったものの、なお待機すると流石に20時を超えると断念組が現れるのか、急速に番号が繰り上がり漸くカウンター席にあり付く。
 一本握りしかない穴子は確かに美味であった。しかも思いの外高くない。だからこそこの混雑とはいえ、正直かくも時間コストを払ってなお再三訪れたいとは思い難い。些かネタが尽きてきたか、寿司だけに。

2月18日(日) 四十代の最後に  -グルメ - 東京のグルメ-

i277.jpg  48歳最後の日の前半を49で迎え、明けて40代最後の年に、齢半世紀を迎えてもゴルフだけは40台のままでと誓った13日には、わが家で誕生日ケーキとともに久々に家族写真に収まる。
 更に明けてチョコレートとともにアングルを替えて再びフレームの人に。本来ならば紀元節も盛大に祝うのが帝国臣民のあるべき姿だろうが、2月は節分に始まりイベントが続くので、そちらは新元号22年の弐阡七百年祭までお預けとした。
 来年は晴れて公資の受験を終え、兄弟の高中進学記念で久々の公式写真に挑みたいところである。

i278.jpg  昨年は丁度休みを取り、ざうおで魚釣り擬きに興ずるも正直期待外れだったが、今般は日曜に卓球に勤しむ妻が地域の顔役から美味い店情報を仕入れてきて、阿佐ヶ谷の高級肉をと目論んだところ、ひと月前から予約抽選とバブル期のゴルフ場状態で、結局は毎度の回転寿司に回帰した。
 そこで前日はサピ最上級生お馴染みの「ドトク」(土特)後の公資を中野丸井本店対岸に迎え、控え目にラーメンを賞味する。札チョン族発祥とされる味噌ラーメンは、総じて味噌ベースと謂えども存外に垂れか薄くて期待外れに終わるケースも少なくないが、こちら「味噌が一番」は父の辛味も美味には近いないものの、取り分けノーマルは丸で味噌汁宜しくストレートな味噌味で掘り出し物であった。
i279.jpg  ところが本日、がってん寿司の新宿西落合店に狙いを定めたものの、同じとしまえん店の準時間予約制とは、同じEPARKシステムにも拘わらず様相が異なる単なる順番待ちで、しかも気付いた時には既に待ち受けが終了しているではないか。
 結局ノンアポで訪れ、余りの行列に気圧されてとしまえん店に回ったが、そのタイミングからでも予約が取れるのは場所柄からか、或いは現実に顧客の評価の差なのか。穴子の炙り度合いが強過ぎて、正直前回訪れた印象より芳しからずであった。
 昨年に引き続き今ひとつ画竜点睛を欠いた、お誕生ウィークの顛末記。

12月10日(日) まわれまわれ  -グルメ - 鮮魚-

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 嘗ては一都三県の「子供の遊び場」はほぼ制覇した父も寄る年波で体力に衰えを見せ、他方子供達も同世代との交遊に加え、公資の受験臨戦でお出掛けも難しくなりつつある中、昨今は妻の卓球はじめママ友との会合の際に、親子三人で寿司屋に赴くのが関の山になって来た。
 だからと言って毎度三崎港では芸が無いし飽きも来るとあらば、偶には小遠征とばかりに先週はがってん寿司を尋ねたのである。
i183.jpg  唐揚げはじめサイドメニューも充実しているが、渋谷の天下寿司でいきなり穴子10貫注文し、恰も陳麻婆にて昼から三人で中盆三皿を頼んだ折の如くに厨房にざわめきが走った様な事態も生じず、合言葉の「がってん承知!」は存外に小声で幾分の気恥ずかしさは窺われたものの、無事大量の美味な穴子が到来したのは、流石に関東回転寿司ランキング第一位の名に相応しい。
i186.jpg  セミ予約システムで待ち時間も短縮されているのは、さび抜きの旗を集めて玩具に引き換えるオプションとともにファミリー向けには朗報だろうが、流石に後者はわが家には些か時流を逸しており、大量の旗は何故かうまい棒に化けてとしまえんを後にした。

 して今週は阿佐ヶ谷の大江戸、灯台もと暗しだったが駅直結の回転では老舗の類だろう。がってんが三崎港より微妙に高額で財布に幾分の余裕のある層狙いとすれば、メニューを見る限りこちらは当初より値下げしてほぼ百円+α均一に低廉化してはいるものの、ウルトラ大衆嗜好のくら寿司、はま寿司と比較して明らかにコストパフォーマンスが高く感じられる。
 そのからくりは国籍豊かな店員陣がコスト削減に貢献しているのだろうが、実に彼等の注文漏れの落ち穂拾いの指摘が小まめかつ確実で畏れ入った。
 各々特色豊かで、段々回転寿司巡りが止められなくなってきたではないか。

9月6日(水) 末は園直、池禎か  -グルメ - ドリンク-

 元より右の物を左に置き換えるだけで食べている様な仕事柄であるから日々調整に明け暮れるのは商売繁盛の証しだが、このところは会食の設営が立て込んでいる。
 確かに上官の肩書きに依居してお近付きになりたいターゲットとの懇親、懇談を企むのは、永田町周辺居住者の常套手段に他ならないが、役者が増えれば黒衣の立ち回りも踏んではならない地雷も増殖して存外にひと筋縄ではいかなくなる。
 だからと言って流石にコンペの背広幹事宜しく、勝手口に控える様なケースは稀だから、役者が上位者になる程、セッティングそのもののハードルが上がる替わりに当日はお呼びで無くなるので、日程が合意された段階で小さな喜びを得てお役御免である。
 考えてみれば上は首脳会談から日常の会議に至るまで、自己目的化は本末転倒であると重々承知の介の上で述べれば、「会う」こと自体が人間同士の営みの大きな要素を占めているのもまた事実であろう。
 と自らを納得させている時点で国対向き、より厳密に言えば国対の事務方向きの人材に、後天的に形成されたと言うことだろうか。

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 逆にお付きでなく、僭越にも自らが主役でもなく、単に一参加者として宴席に携わると、緊張感を欠くのか呑んだくれ、若かりし出向時代には日常茶飯事であっても、以来数少なかった酩酊に近い事態が再び散見される様になってきた。
 元来麦酒は好みで無く、だからなのか寧ろ日本酒の方が酔わないという根拠無き自覚があったのだが、それも程度問題で注がれるがままに飲み干していては致し方ない。仕事柄酒の許容量が多いに越したことは無いし、定着した呑み介のイメージを今更覆し難くもなりつつあるが、偏食のためより飲料を欲する傾向があるのなら和らぎ水を添えればと思いきや、味噌汁でも煮詰めた様な濃厚嗜好の舌には水では如何にも物足りなく、だからと言って日本酒とコーラを並べるのは相当な違和感があろう。
 ただ嘗ては宴席の中途でも遺漏なく嘔吐して何事も無かった様に飲み続けていたのだが、加齢に伴い確実にスムースに吐ける胃腸の能力もまた減退しており、同時にアルコール分解も凋落していようから、かく事態が訪れようとも不可解ではない。
 飲んでる顔をして飲まなければ良いだけ、と言われれば反論の余地も無いのだが。

8月10日(木) お洒落なお店にて  -グルメ - 東京のグルメ-

i30.jpg  南口在住時代も北口には頻繁に顔を出していたのは、小学生期からの馴染みの深さもあろうが、店舗がほぼPALに集約され一方向の南口に対し、都市計画道路の成立しなかった北口には迷路の如くに入り組んだ商店街が混在し、飲食のみならず書店やレンタル・ショップ等がコンパクトに点在している現実的な利便性故だろう。
 翻って高円寺北に29年振りに復帰して早8年、南口には確実に縁遠くなっていたが、昨夜3日遅れの妻の誕生日に久々にPlanet 3rdに赴いた。日頃寿司や焼肉、ラーメンと父子の味覚が優先される中でこの日ばかりは洋食嗜好だが、仏料理に近付くに連れ取り分け父と公資の不如意度が高まる為、間を取っての伊太利系である。
i31.jpg  嘗ては廃倉庫を流用した店舗のギミックが売りだったが、甘味のあるボロネーゼが駆け出し時分サービス満載だった頃のbaby king kitchenを彷彿とさせ、かくも美味であったかと認識を新たにした。
 結局一号店以来15年に至るPlanet 3rdの奮闘にも拘わらず高南通りが華やかりしグルメ・ストリートと化すことは無く、続々とマンションが増殖しているが、中では既に旧勢力に近い嘗てのわが家を眺めても、転居時に4歳の公資は疎か、小学生間近だった祐旭ですらマンション時代の記憶は殆ど欠落しているとは、小学三年の途中まで居た自らにとっての横浜市青葉台と比較してなお、過去とは移ろいゆくものであろう。
 わざわざ中野の風月堂で調達したケーキは、又しても撮影に手間取り溶けた蝋燭でトッピングして仕舞った。

i32.jpg  して本日は銀座である。数寄屋橋阪急跡地という絶好の立地故か、法律相談所並みの長蛇の列には刮目させられたが、現建造物に至る過程には占有解除にひと悶着あったらしい。
 大学時代のサークルの友人達とは新年会が四半世紀を経て定番化しているが、今年は年初の集客が低く、四月帰国者を迎え珍しく暑気払いを企画したところ久々に二桁の万来となった。
 つるとんたんと言えば六本木でうどんを膝で受け止めて熱い熱いと騒ぐかと思いきや酔いが回って感覚すら麻痺していたり、同僚氏と交互に沈没してなお当然の様に二次会に赴いたりと、泥船の如く激しい飲み会の舞台たる印象ばかりが色濃いが、銀座はなる程お洒落で、にも拘わらず撃沈してうどんの到来すら記憶に無いとは、五十路近い集団における行動とは到底思い難い。
 元より泥酔していたのは私だけなのだが、写真が残っているのが不可解、と言うよりはだからこそ強引に撮影したという帰結か。

8月6日(日) 海山商事のアナゴ君  -グルメ - お寿司-

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順に、 対馬穴子/三崎港(中野)/すしざんまい(中野)、銚子丸(大泉)/幸寿司/七福神
桃太郎/美登利寿司(高井戸)/くら寿司、独楽寿司(多摩)/栄鮨(浜松)/魚がし鮨(三島)
 昨日は父の四十九日で今週は2度も愛知県を行き来したことになるが、旅のお伴は穴子寿司である。豊橋の稲荷は有名でも尾張三河は必ずしも穴子はメジャーとは言い難いが、幸い東京駅構内にはお馴染みの広島穴子飯も長らく命脈を保っているし、水曜には慰問の手土産を大丸の食料品街を端から端まで練り歩いて調達した行き掛けの駄賃として入手した、長崎は対馬の炙り穴子が近来稀なる美味であった。半島文化に席巻されている場合ではないのは勿論だが、甘垂れの出来が味覚の太宗を占めるのかと思いきや、脂の乗り具合いが肝要という穴子の原点を再確認する想いであった。
 穴子探訪の旅は子供達が長づるに連れ日常にもより重きを為しており、過日は公資のサピックスに併せて定番の三崎港ながらわざわざ中野店を覗いてみたところ、店が狭い替わりに穴子がでかくて驚いた。偶々だと信じたいが何と無くコウエンジャーとしては損失補填を願い出たいところであった。
 更に本日も小学校時代の友人と連れ立って板橋のスポッチャに赴いた祐旭を後追いする、又もやサピックス後の公資と、今度はすしざんまいである。
 南口至近の高円寺店と異なりブロードウェイを北進して一本逸れた立地からか、昼時にも拘わらず年配の店員諸氏が些か手持ち無沙汰風情で、盛んにお茶を注いで戴いたりと愛想が良い。力士風の社長が諸手を拡げるポーズでお馴染みで、三崎港とくら寿司、はま寿司の中間たる印象があったが、充分煮穴子は美味であった。
 詰まるところ父の味覚が諸に影響を与えており、公資もまた穴子と鰻、稲荷に卵という極端に偏った注文になるが、鰻と卵もシャリと共に平らげるところが、僅かに父よりは寿司向きと言えようか。鮪はじめ蟒蛇の如くに高々と皿を積み上げる祐旭ともども、兄弟揃ってお値段の張るのは一貫しているのだが。

6月18日(日) カツにカレーに寿司に味噌  -グルメ - ご当地名物-

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 記念日が盛り沢山の六月は、公資の生誕11年に続き、今週は成婚19年、語呂の悪いジルコン婚式に父の日とあらば、遠乗りには至らずとも少しばかり華やいで高円寺飯巡りである。
 北口高円寺銀座改メ純情商店街の、嘗てスイミング・スクールのFITが存在した建屋のとんかつ とんきを愛用していたが、残念ながら建替とともに去り、現ビル地下に佇むステーキ&豚カツ店に久々に赴いたものの、ビフテキを賞味すべきところ付け合わせのもやしのサンプル絵柄に気圧され敢えてカツを選択したのは捻り過ぎだったかも知れない。
h942.jpg  他方、中通りに御目見えした泰&羅宇料理のサバイディーは、ラオスうどんこそ大越のフォーに近い薄味だったものの、カレーがココナツ臭少ないのは仏印の名残りか、何よりも味付け濃厚な焼鳥が父と公資に好評であった。
 して本日は高架下の立地故に耐震も兼ね改修、昨年11月にリニューアルされた桃太郎寿司である。高円寺に寿司店は数限り無いものの、わが家にとっては父と祐旭のそれぞれ同級生の実家であり、数店舗の点在する老舗の幸寿司、少しアダルティ=飲み屋を兼ねた様な七福神、回転寿司としては高レベルの定番、京樽グループの三崎港が三巨頭として君臨している。
h939.jpg  コスト的には幸寿司と七福神の中間に位置するのは流石に帝都北西部に名だたる桃太郎だが、揚げ物焼き物一品料理が豊富なところもわが家向き、珍しくグルメ・モードになりました。

 昨日は父母の見舞いに名古屋へ赴き、途上昼食はきしめんの店に入るも、詰まるところは味噌煮込みを注文して仕舞った。名古屋が味噌文化なのは事実だが、休み時に祖父母宅に滞在した小学生の時分、味噌煮込みは山本屋の専売特許で圧倒的多数派のきしめんは関西由来の薄味と明確に住み分けが為されていた印象が強い。
 聊か「味噌」の呪縛に自家撞着に陥っている感もあるが、一億三千万総チェーン店化よりは地方創生に資するのかも知れない。
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