コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

9月6日(水) 末は園直、池禎か  -グルメ - ドリンク-

 元より右の物を左に置き換えるだけで食べている様な仕事柄であるから日々調整に明け暮れるのは商売繁盛の証しだが、このところは会食の設営が立て込んでいる。
 確かに上官の肩書きに依居してお近付きになりたいターゲットとの懇親、懇談を企むのは、永田町周辺居住者の常套手段に他ならないが、役者が増えれば黒衣の立ち回りも踏んではならない地雷も増殖して存外にひと筋縄ではいかなくなる。
 だからと言って流石にコンペの背広幹事宜しく、勝手口に控える様なケースは稀だから、役者が上位者になる程、セッティングそのもののハードルが上がる替わりに当日はお呼びで無くなるので、日程が合意された段階で小さな喜びを得てお役御免である。
 考えてみれば上は首脳会談から日常の会議に至るまで、自己目的化は本末転倒であると重々承知の介の上で述べれば、「会う」こと自体が人間同士の営みの大きな要素を占めているのもまた事実であろう。
 と自らを納得させている時点で国対向き、より厳密に言えば国対の事務方向きの人材に、後天的に形成されたと言うことだろうか。

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 逆にお付きでなく、僭越にも自らが主役でもなく、単に一参加者として宴席に携わると、緊張感を欠くのか呑んだくれ、若かりし出向時代には日常茶飯事であっても、以来数少なかった酩酊に近い事態が再び散見される様になってきた。
 元来麦酒は好みで無く、だからなのか寧ろ日本酒の方が酔わないという根拠無き自覚があったのだが、それも程度問題で注がれるがままに飲み干していては致し方ない。仕事柄酒の許容量が多いに越したことは無いし、定着した呑み介のイメージを今更覆し難くもなりつつあるが、偏食のためより飲料を欲する傾向があるのなら和らぎ水を添えればと思いきや、味噌汁でも煮詰めた様な濃厚嗜好の舌には水では如何にも物足りなく、だからと言って日本酒とコーラを並べるのは相当な違和感があろう。
 ただ嘗ては宴席の中途でも遺漏なく嘔吐して何事も無かった様に飲み続けていたのだが、加齢に伴い確実にスムースに吐ける胃腸の能力もまた減退しており、同時にアルコール分解も凋落していようから、かく事態が訪れようとも不可解ではない。
 飲んでる顔をして飲まなければ良いだけ、と言われれば反論の余地も無いのだが。

8月10日(木) お洒落なお店にて  -グルメ - 東京のグルメ-

i30.jpg  南口在住時代も北口には頻繁に顔を出していたのは、小学生期からの馴染みの深さもあろうが、店舗がほぼPALに集約され一方向の南口に対し、都市計画道路の成立しなかった北口には迷路の如くに入り組んだ商店街が混在し、飲食のみならず書店やレンタル・ショップ等がコンパクトに点在している現実的な利便性故だろう。
 翻って高円寺北に29年振りに復帰して早8年、南口には確実に縁遠くなっていたが、昨夜3日遅れの妻の誕生日に久々にPlanet 3rdに赴いた。日頃寿司や焼肉、ラーメンと父子の味覚が優先される中でこの日ばかりは洋食嗜好だが、仏料理に近付くに連れ取り分け父と公資の不如意度が高まる為、間を取っての伊太利系である。
i31.jpg  嘗ては廃倉庫を流用した店舗のギミックが売りだったが、甘味のあるボロネーゼが駆け出し時分サービス満載だった頃のbaby king kitchenを彷彿とさせ、かくも美味であったかと認識を新たにした。
 結局一号店以来15年に至るPlanet 3rdの奮闘にも拘わらず高南通りが華やかりしグルメ・ストリートと化すことは無く、続々とマンションが増殖しているが、中では既に旧勢力に近い嘗てのわが家を眺めても、転居時に4歳の公資は疎か、小学生間近だった祐旭ですらマンション時代の記憶は殆ど欠落しているとは、小学三年の途中まで居た自らにとっての横浜市青葉台と比較してなお、過去とは移ろいゆくものであろう。
 わざわざ中野の風月堂で調達したケーキは、又しても撮影に手間取り溶けた蝋燭でトッピングして仕舞った。

i32.jpg  して本日は銀座である。数寄屋橋阪急跡地という絶好の立地故か、法律相談所並みの長蛇の列には刮目させられたが、現建造物に至る過程には占有解除にひと悶着あったらしい。
 大学時代のサークルの友人達とは新年会が四半世紀を経て定番化しているが、今年は年初の集客が低く、四月帰国者を迎え珍しく暑気払いを企画したところ久々に二桁の万来となった。
 つるとんたんと言えば六本木でうどんを膝で受け止めて熱い熱いと騒ぐかと思いきや酔いが回って感覚すら麻痺していたり、同僚氏と交互に沈没してなお当然の様に二次会に赴いたりと、泥船の如く激しい飲み会の舞台たる印象ばかりが色濃いが、銀座はなる程お洒落で、にも拘わらず撃沈してうどんの到来すら記憶に無いとは、五十路近い集団における行動とは到底思い難い。
 元より泥酔していたのは私だけなのだが、写真が残っているのが不可解、と言うよりはだからこそ強引に撮影したという帰結か。

8月6日(日) 海山商事のアナゴ君  -グルメ - お寿司-

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順に、 対馬穴子/三崎港(中野)/すしざんまい(中野)、銚子丸(大泉)/幸寿司/七福神
桃太郎/美登利寿司(高井戸)/くら寿司、独楽寿司(多摩)/栄鮨(浜松)/魚がし鮨(三島)
 昨日は父の四十九日で今週は2度も愛知県を行き来したことになるが、旅のお伴は穴子寿司である。豊橋の稲荷は有名でも尾張三河は必ずしも穴子はメジャーとは言い難いが、幸い東京駅構内にはお馴染みの広島穴子飯も長らく命脈を保っているし、水曜には慰問の手土産を大丸の食料品街を端から端まで練り歩いて調達した行き掛けの駄賃として入手した、長崎は対馬の炙り穴子が近来稀なる美味であった。半島文化に席巻されている場合ではないのは勿論だが、甘垂れの出来が味覚の太宗を占めるのかと思いきや、脂の乗り具合いが肝要という穴子の原点を再確認する想いであった。
 穴子探訪の旅は子供達が長づるに連れ日常にもより重きを為しており、過日は公資のサピックスに併せて定番の三崎港ながらわざわざ中野店を覗いてみたところ、店が狭い替わりに穴子がでかくて驚いた。偶々だと信じたいが何と無くコウエンジャーとしては損失補填を願い出たいところであった。
 更に本日も小学校時代の友人と連れ立って板橋のスポッチャに赴いた祐旭を後追いする、又もやサピックス後の公資と、今度はすしざんまいである。
 南口至近の高円寺店と異なりブロードウェイを北進して一本逸れた立地からか、昼時にも拘わらず年配の店員諸氏が些か手持ち無沙汰風情で、盛んにお茶を注いで戴いたりと愛想が良い。力士風の社長が諸手を拡げるポーズでお馴染みで、三崎港とくら寿司、はま寿司の中間たる印象があったが、充分煮穴子は美味であった。
 詰まるところ父の味覚が諸に影響を与えており、公資もまた穴子と鰻、稲荷に卵という極端に偏った注文になるが、鰻と卵もシャリと共に平らげるところが、僅かに父よりは寿司向きと言えようか。鮪はじめ蟒蛇の如くに高々と皿を積み上げる祐旭ともども、兄弟揃ってお値段の張るのは一貫しているのだが。

6月18日(日) カツにカレーに寿司に味噌  -グルメ - ご当地名物-

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 記念日が盛り沢山の六月は、公資の生誕11年に続き、今週は成婚19年、語呂の悪いジルコン婚式に父の日とあらば、遠乗りには至らずとも少しばかり華やいで高円寺飯巡りである。
 北口高円寺銀座改メ純情商店街の、嘗てスイミング・スクールのFITが存在した建屋のとんかつ とんきを愛用していたが、残念ながら建替とともに去り、現ビル地下に佇むステーキ&豚カツ店に久々に赴いたものの、ビフテキを賞味すべきところ付け合わせのもやしのサンプル絵柄に気圧され敢えてカツを選択したのは捻り過ぎだったかも知れない。
h942.jpg  他方、中通りに御目見えした泰&羅宇料理のサバイディーは、ラオスうどんこそ大越のフォーに近い薄味だったものの、カレーがココナツ臭少ないのは仏印の名残りか、何よりも味付け濃厚な焼鳥が父と公資に好評であった。
 して本日は高架下の立地故に耐震も兼ね改修、昨年11月にリニューアルされた桃太郎寿司である。高円寺に寿司店は数限り無いものの、わが家にとっては父と祐旭のそれぞれ同級生の実家であり、数店舗の点在する老舗の幸寿司、少しアダルティ=飲み屋を兼ねた様な七福神、回転寿司としては高レベルの定番、京樽グループの三崎港が三巨頭として君臨している。
h939.jpg  コスト的には幸寿司と七福神の中間に位置するのは流石に帝都北西部に名だたる桃太郎だが、揚げ物焼き物一品料理が豊富なところもわが家向き、珍しくグルメ・モードになりました。

 昨日は父母の見舞いに名古屋へ赴き、途上昼食はきしめんの店に入るも、詰まるところは味噌煮込みを注文して仕舞った。名古屋が味噌文化なのは事実だが、休み時に祖父母宅に滞在した小学生の時分、味噌煮込みは山本屋の専売特許で圧倒的多数派のきしめんは関西由来の薄味と明確に住み分けが為されていた印象が強い。
 聊か「味噌」の呪縛に自家撞着に陥っている感もあるが、一億三千万総チェーン店化よりは地方創生に資するのかも知れない。

4月3日(月) アブラ・カタビラ  -グルメ - 回転寿司-

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 嘗て出向中に新年の定例行事と化した老舗の鰻店で蒲焼きご飯を頼んで怒られた様に、米は白飯、原則として丼を食さない私にとって、好物であるにも拘わらず鰻は鬼門に他ならない。
 元より社用族として鰻に直面するケース自体が希少だが、佳日は珍しくしかも先方席とあらば覚悟を決めて赴いたところ、肝に白焼き、蒲焼きと並んだところで満腹中枢は血糖に充満されてご飯は割愛、真に鰻尽くしの幸福な神田明神だった。
 東の鰻には脂分が多く、だからこそ関西と異なり焼くだけでなく蒸すのが関東風だが、ここで思い出すのは安芸の宮島にて賞味した穴子飯であろう。
 そもそも鰻丼がアウトで何故に穴子飯を選択したのか疑問を抱かれようが、幾ら原則に反するとの駄目出しを受けても寿司においては穴子と稲荷だけは頂戴し、しかも相当な好物である。従ってその延長線上に何等の疑問無く穴子飯を口に運んだのだが、残念ながら潤いに欠け期待を裏切る逸品だった。
 極めて単純化すれば鰻から脂分を減らしたものが穴子であるとも言えそうなところ、蒸そうが蒸すまいが東西を問わず燃焼する鰻に対し、関東の穴子は煮るだけである。その相違は食感に求めるべきなのかも知れないが、寧ろ焼き穴子の苦味のマイナス要素が私に取っては大きく、煮穴子の甘味こそが美味に感ずる鍵なのだろう。
h874.jpg  従って東京駅に並ぶ広島穴子弁当を、昨今はお値段据え置きのまま幾分グレードダウンした感こそあれ、性懲りもなく新幹線に乗る度に調達し続けているのは、同じ中華料理でも必ずしも本場ままの味付けは求められず消費地に見合うべく改変されている様に、自家撞着だが関東風広島穴子というマーケティングの勝利に他ならない。
 一方でわが家の定番三崎港には別途焼穴子メニューが確固として設けられているにも拘わらず煮穴子も必ずバーナーで炙られ、時ににがりを齊す迄の明確な焼き跡が刻印されているケースもあるのだから、職人技がまた却って余計なお世話を導き出す事例たろうか。
 その分より安価な、ひと皿百円固定の回転寿司は握りと言うよりスライスされた、正直天然の脂分は相当に少なそうな穴子が添付されるだけだからこそ、煮穴子で完結し必要以上に調理は施されない。
h875.jpg  そこで先月の公資とに続き昨日は練習後の昼餉へと赴けば、祐旭曰くご飯が美味と海原雄三並みの解説である。確かに「シャリカレー」なる宣伝もあり白米を売りにしている戦術が伺え、矢張りくら寿司は旨いねと父子蟒蛇の如くに腹を充たす。
 ところが保湿の為だろう、須く宇宙船の様なカップに包まれ周回する寿司の絵柄も、平らげた皿の自動回収システムにも記憶が無い。然して記録を紐解けば高評価をもとに前回訪れたのははま寿司で、比較劣位の例が当該くら寿司だったのだから人の味覚は如何に充てにならないものなのか。押し並べて回転寿司のグレードが上がりコストパフォーマンスに優れてきた証しであると、前向きに受け止めておくべきか。

12月6日(火) 二次会は踊る  -グルメ - お店紹介-

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 夜の商売なので忘年会シーズンを迎えても飛躍的に宴席が立て込む訳では無いものの、このところ女性をターゲットとした飲み会と言うと聞えが悪いが異性に囲まれる、見様に依っては麗らかな機会が増え、自らセッティングするとなるとどうしても馴染みの肉料理に傾きがちなところ、必然的に中華やらイタリアンやら食のバラエティが富んで来る。
 とはいえ交際費の非課税枠拡大と反比例して、総じて低成長下の世の流れとして二次会まで足を伸ばす機会は滅多に訪れない、と言うよりは馬齢を重ねた体力の衰えもあろう、常日頃7時台から稼働する身の上には可能な限り回避せざるを得ないと評するのが正しかろう。
 にも拘わらず本日は赤坂見附駅近辺の謎の店舗に誘われると、狭い空間に相応に妙齢な人々が立ち尽くしている。最盛期が学生時代だったのでバブルを謳歌したとは言い難いが、ディスコがクラブへと切り替わる時期に当たり、世代的にはそれなりに踊っていても可笑しくはない。
 実際には地味な学生だったので華々しくお立ち台に登る様な経験には乏しいのだが、寧ろバブル崩壊後の友人の御成婚二次会「お面舞踏会」等で70年代ソウル・ミュージックに慣れ親しんだが為に実体験の時勢は微妙に食い違ってはいるものの、音楽として懐かしいのは事実だし、激しく体力を消費する訳でも無い。
 高級官吏と会議は踊る、ではないのだが終電前まで踊り続けることになるとは予想だにしなかったが。

9月30日(金) 間違い探し  -グルメ - 東京のグルメ-

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 年明け総選挙も囁かれる中、パーティは花盛りである。隣の都市センターからは連日の様に修学旅行と思しきバスが早朝から出立する中、今週は月、水、金と朝からルポールである。
 「いかのおすし」は防犯の標語だが、「いかのおさしみ」はルポール麹町と評される程に定番なのは地方公務員共済という経営母体柄、全国のルポールに一括して供されているのかも知れないが、恐らくは日保ちの良さが買われたのだろう。
 記憶が正しければ月曜は魚が倍付けで替わりに一品割愛されていたが水金はまさに瓜二つ、写真では伏せられているが金曜には白米から振り掛けが除かれていたとの証言もあるので微妙な差異は認められるものの、コストパフォーマンスに優れ与野党隣り合わせで受付が並び、眼の遣り場に困る光景が多発する所以である。
 大浴場も存在するらしいが、闇夜の永田町を睥睨する眺めはさぞやシュールなことだろう。宿泊する事態は流石に訪れないだろうが。

 70年代時分の雑誌を紐解くと現代の眼には直截な表現が頻出して刮目するが、曾ては些かエスプリの効き過ぎたユーモアとして許容されたものが、洒落で済まされない配慮の行き届いた世の中になったということだろう。
 従って閉ざされた空間の中において、場の空気感には見合う笑いや共感を醸成する発言であっても、ひと度それがメディアの味付けを経て万般に流布されると、当事者ですら何故にかく口端ったかと自省に駆られそうな常軌を逸した失言に映る事態は、現代社会においてはまま訪れる。
 それでもなお今回は些か勢い勇み過ぎだろうが、過度に物言えば唇寒しの世界も堅苦しさは否めまい。

9月2日(金) マイケルの好きなものは  -グルメ - ドリンク-

 客商売なので先方の居留地に足繁く通うのが基本路線だが、持ちつ持たれつ先方からの依頼には律儀に足を運んで戴けるケースも少なくない。ただ現実問題として可能な限りフリーハンドで外出の時間を確保したいから、必然的に来客もまた集中させた方が効率的である。
 とはいえ本日は実に九件、秘書擬きのポジショニング故に役員応接室の援用が通り相場になっているものの、些か丸一日ひと部屋占拠するのは気が引ける。
h655.jpg  いい加減誰と話しているか混同して、というのは大いなる誇張だが、時節柄人事話しなぞ政局談義に現をぬかしていると、話題が時を跨いでオーバーラップして面白い。面談が続くのも必ずしも楽ではないが、つくづく人と会ってなんぼであり、接触を齊す機会がビルトインされている構造の妙を痛感する。

 逆にこちらから出掛ける際は蜻蛉返りに陥りがちなので、折りを見て回遊に努めなければならない。
 長月を迎えた昨日は珍しく昼を挟んだため赤坂の老舗ベトナム料理店に繰り出したが、大越を訪れたのも既に15年前、フォーの薄味は記憶にあってもベトナム・コーヒーは忘却の彼方であった。
 スティング氏の謡う様に大映帝国の印度が紅茶文化ならば仏領印度支那の珈琲は至極妥当だが、フィルターから溢れ落ちるのを待ちよく掻き混ぜて口にすると、甘党の私ですら驚く味わいであった。チャイとの共通項は亜熱帯における糖分補給という歴史と伝統に基づく生活の知恵なのだろう。

8月17日(水) キッスは甘くして  -グルメ - ドリンク-

h641.jpg  メローイエローが復活して五年、既に跡形も無くなったが、最も現役だったマウンテン・デューもまた昨今急速にわが国自販機市場からは抹消されつつある。
 そこで思い立ってアマゾンを漁ると驚く勿れ、スイートキッスを発見して迷わず注文してみた。
h643.jpg  80年代を席巻したとも言うべき柑橘系飲料は、汎用性に乏しい私の味覚に合致した飲食物としては珍しく命脈を保っていたが、コカ・コーラのイエロー、ペプシのデューに純国産を以て対抗したチェリオのスイートキッスがひっそりと健在であったことには先ず深く頭を垂れたい。
 ただ関西系企業だけに取り分け関東市場では縁遠くなるのだとしても、改めて恐らく数十年振りに口にしてみると明らかにはちみつの甘味が強く、同時に何時の間にか自ら弱炭酸を標榜する程に確かに炭酸の刺激は小さく、前二者に代替するには少なくとも個人的には力不足の感は否めなかったろう。
h642.jpg  ケアンズでは毎日所望した(右写真)様に、マウンテンデューはとくに海外では未だ頻繁に目にする主力商品であるが、ペプシ国内販売のサントリーへの移管に伴い完全に本邦市場からは消滅したミリンダの様に自前の果実系飲料との競合回避たる要因にも乏しいから、単純にわが国における柑橘系飲料の地位が地に墜ちた帰結なのかも知れない。
 だとしても唐突に復活して風の様に去ったメローイエローのケースもあるから、ペプシには昨今流行りの強炭酸かつ濃厚路線のミニ・マウンテンデューの開発を期待したい。そもそも山の梅雨には不似合いな嗜好なのかも知れないが。

 既に夏休みを満喫したため今週は出勤だが、同僚にも巡り会えず独り寂しい限りである。思い余って本日は自主的に休業してみたら、昼食懇談随行をすっ飛ばしていたことに後から気付く。お盆惚け。

5月26日(木) 嵐の前の食欲  -グルメ - 激辛グルメ-

h504.jpg  世相の複雑化に伴い新たな病名が「発掘」されることがあるが、逆流性食道炎もそのひとつではないだろうか。消化を促す胃酸が空腹時に食道下部に働き掛け炎症を齊す事象で、従来なら単に胃酸過多とされていたものがガストロームの処方により劇的に解消されることから敢えて新たな病名として独立させたのであろう。
 元よりそれは対症療法に過ぎないが、文字通り喉元を過ぎればで痛みが緩和されれば放置し、再び悪化しても市販のガスター10では効果が小さく医療費の拡大に寄与せざるを得ないのが味噌である。
 このところ久々に症例激しく、にも拘わらず陳麻婆を昼に食す事態に直面するとは自らの読みの浅薄さを憂えざるを得まい。キャピトル東急の休業時には伝統の星ヶ岡が仮営業していた赤坂東急プラザに後継として納まった中華を一度賞味したかったのだから自業自得だが、四川飯店のそれより明らかに強烈な辛味にも拘わらず、食道並びに胃から消化物が消え去った後になお著しい痛みを覚えることが無かったのは気の置けない会食だったが為か。逆に言えば自覚の有無を問わず食道がストレス感知器として機能しているのかも知れない。

h505.jpg  食道楽の如しだが夜は日頃馴染み過ぎた赤坂界隈を離れて外苑にて伊太利料理と洒落込んだ。妙に客数が少なくわが国景気の先行き見通しが憂えられそうだが、その分ギャルソンを独占出来て優雅である。実際には女性かつフランス料理ではないのでカメリエーラと呼称するのが正しいらしい。
 前菜が多くて驚いたが替わりにパスタと肉は少な目でこちらも優雅な構え。牛の胃袋が美味であった。
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