コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

1月20日(土) ひつまぶしの旅  -地域情報 - 名古屋・愛知-

i251.jpg  年中行事だった顔見世興行、名古屋行も訪問相手が病身の母ひとりになり、愈々来月からは公資の受験体制も本格化する中で、日帰り強行軍である。
 老舗呉服店にルーツを持つ嘗ての名古屋四大百貨店のひとつ、オリエンタル中村の凋落は星ヶ丘店の不振にあり、事実私が御目見えした時分は三越に買収された直後だが、一階が食料品売場でスーパーかと目を疑った記憶がある。
i252.jpg  地下鉄直結の地下一階を設け、星ヶ丘テラスなるショッピング・モールが隣接開発され、随分とハイソなイメージになったが、レストラン街に登るとどう見ても開業以来かと思われる些か古びた鰻屋があり、見事に年配の方で埋まっているのだが、時流に載ってメニューはひつまぶしなメインになっている。決してお値段は安くなかったが、蒲焼御飯の方が鰻量が少なく感じるのは僻み根性だろうか。
 よくよく眺めれば穴子もある様だが、垂れの甘い穴子寿司は大好物でも穴子飯となると微妙だし、そもそも鰻屋でひとり穴子を摘まむ天の邪鬼もあるまい。
 腹を満たした後は、昨年正月には自ら運転して墓参りに引率して呉れた本人が今やその墓に納まっているとは世の無情を感ずるが、菩提寺に手を合わせる。今更ながら自動車を欠くと移動に困窮する街で、最寄り駅から寺院までが徒歩だとそれなりの距離感であることを認識させられた。
 またお会いしましょう。

1月14日(日)-2 進めシンガポール  -海外情報 - シンガポール-

i233.jpg i234.jpg
 ラスト半日は一人旅、ここに来て雨も上がり印度人街まで送って戴き、勇躍スリ・ヴィラマカリアマン寺院に降り立ったが、どうやらお祭りの模様で足の踏み場も無い。皆裸足で御祈りに邁進しているが、幾ら治安のよい国と言われても流石に入口に脱ぎ置くのは憚られ、靴を抱えて闖入する。
 中華系が七割を占めるが故にマライ連邦から独立した歴史を有するとはいえ、民族交流を促す為に集合住宅は漏れ無く民族比率割の混住とはこれも人工社会らしい。ただだからこそ逆に民族内の交流を求めて自然と各種民族街が構成されているが、拝察する限り観光資源として然程機能している様には伺われない。
i248.jpg  鞄ひとつとは言え肩に乗し掛かり、晴れた分暑くなってきても荷物を増やしたくないから上着も脱げず、それでも街並み見聞とばかりに歩き続けるのはそれなりに苦行であり、イスラム街は同じ轍かと看做して回避し先に土産物を物色することとした。
 南下していくとアルバートセンターなる市場兼フードコートが現れ、如何にもわが国のイメージする亜細亜らしさに満ち溢れているのだが、この国で出会うとわざわざ亜細亜を模した見本市かと疑って仕舞う。
i235.jpg  更に改装中のラッフルズホテルまで至ると当たりは段々とハイソになって来て、恐らくは海沿いの旧市街を順次更地にして、しかしながら統一景観たる概念には乏しいので各々思い切り個性的な高層ビルを建て、埋立地まで侵食していった都市国家の開発・改造過程が伺えよう。
 そのままショッピング・モールのサンテックシティに突入して漸く換金、改めてラクサを賞味する。大越のフォー程に著名ではないものの、魚介ベースの出汁による麺である。必ず海老が入っているのも私向きだが今日はココナツ風味が強く、昨昼のバイキングにて戴いた方が好みではあったか。
 ただ元来ショッピングほ苦手なので宛も無く土産を求めても疲れるばかり、入れ替え入場制の「富の噴水」は風水に基づいた配置らしいが、水に触れ三週すれば願いが叶うと言われても、ひとり芝居では感慨も薄い。
i236.jpg i237.jpg
 ここまで来ればサンズは目と鼻の先なのだが、丁度捕まったタクシーで少しは観光をとマライ半島の原住民、プラナカンの博物館を訪ねるも、民族衣装の類はあれど昭和の時代にはわが国にも健在だった黒電話やレコードが展示されている位だから推して知るべしだろう。戦争博物館に山下奉文大将の碑文くらいは飾ってあるまいかとガイドブックを当たっても、歴史の無い国には博物館自体が無用の長物である。
 お土産に雑貨をとの記載を信じてやって来たのだが、マーライオン模様の袋では笑いを取る以外には使えず、しかもタクシー乗り場には待てど暮らせど車が来ない。
 政策的に自家用車を規制した賜物で渋滞は皆無、公共交通機関は充実かつ安価との謳い文句は看板に偽りは無いのだが、タクシーのオンデマンド機能が充実し過ぎて、到来するのは須く予約車では短期の観光客はお手上げ、勿論uberに手を出す勇気も無い。
 甚だ疲労感を覚えつつ、バスでは何処に連れていかれるか判らないから、結局また行き当たりばったり練り歩いて漸くタクシーに滑り込み、日本人らしいと笑われようが土産は高島屋で調達し、奇抜なデザインのIONオーチャードをカメラに収める。イオンならぬアイオンなので党派性には囚われまい。
i238.jpg  いい加減知恵が付いてきて端から地下鉄の駅近辺をスポット的に移動しようと決め、電車内に亜細亜系の若い女性ばかりが溢れているのはファッショナブルな繁華街なのだろうと得心し、再び印度街のもうひとつの寺院を目指したものの改装中で萎える。まだ空港に赴くまでは数時間、荷物はサンズに預けてくればと悔やんでももう遅い。
 結局、一路ハーバーフロントへと地下鉄を乗り倒す。確かに便利だが、矢鱈と乗り換えに歩かされるのは都市計画の失敗か、敢えて出入口を増やす為に微妙に駅をずらして配置した営団を見倣って仕舞ったのか。

i239.jpg  朝方訪れたセントーサでは海豚と戯れ過ぎてUSSすら拝めなかったのだが、好奇心と言うよりは旅先では移動手段を制覇しなければとの義務感が、要は行きも帰りも車移動で充たされなかったのが返す返すも心残りだったのである。
 ので酔狂にも程があるのだが、改めてモノレールで島へと向かい、起点は浜松町と同じ構造の単線かと都市変遷評論家顔をしつつ、中間駅で降りると巨大なマーライオン2号に遭遇した。中空で展望台構造になっているのは鎌倉大仏と同じだが、最早歩いて登り詰める気力も体力も限界の千代の富士状態である。
i240.jpg i241.jpg
 流石にビーチまで再びモノレールに跨がるのは諦め、帰路に転じてなおわざわざ今度はケーブルカーだが、乗り換えが分かり難くて練り歩く羽目に陥り、おかげで自然の地形を利用しているのかオリエンタルランドより遥かに起伏に富み、わが国の遊園地に似た構造も体感することとなった。
 臨海駅に戻ってもタクシーが捕まる様相は無く、結局最後まで地下鉄だったが、完全ホームドアが途切れる地上乗り換え駅を経由したにも拘わらずシャッターが切れなかったのが少しだけ惜しまれた。
 ところが空港に到着して優雅にマッサージでもと時刻表を見上げ、0時過と信じ込んでいた出発が22時台と判明して驚愕する。幸い相当に余裕があったので事無きを得たものの、福岡で乗り過ごしても笑い話で済むが、異国では洒落になるまい。
i242.jpg  今や同趣の空港が増えたため特筆されなくなったが、ハブの嚆矢だった時分のチャンギには13年前、印度からの帰路、トランジットで数時間滞在しており、点在する人工植物の遊び場に場違いな感を抱いた記憶が蘇り、これもまたシンガポールの象徴であったのかと漸く疑問が氷解した。
 手荷物チェックがゲート毎に存在するのは出国の短時間化には寄与しよう。深夜便に飯は出ないのでスパイ映画を見つつラーメンを戴いて眠りに就く。7時会社到来とは猛烈ビジネスマン擬きだか、仕事扱いでないのだからなお驚きである。早速土産の仕分けも出来て合理的ではあったが、これにて日常に復帰する。楽しい旅でした。

1月14日(日) リゾート法ではないけれど  -海外情報 - シンガポール-

i229.jpg  実質2日目にしてはや最終日、吹き抜けのタワーを遥かに仰ぐ優雅な朝食を経て、本邦南端のセントーサ島へとやって来た。天然の要害を転用したのか、入島口にはハリウッド風の看板が掲げられ、気分は思い切りディズニーランドである。
 実際、USJならぬUSSユニバーサル・スタジオにキッザニア、流れるプール、ゴルフ場まで揃えて島全体がエンターテイメントとは人工都市国家シンガポールに相応しい。
 視察はもうひとつの売りたる水族館からスタートするが、隣接する旗艦ホテルには巨大な生け簀かと見紛ごう壁一面に魚が泳ぐレストランや、果ては一階はそのまま水族館、二階には露天スパのメゾネット型の部屋も備えられ、水辺には高級ヴィラの群れも鎮座するとは、宿泊施設群はオリエンタルランドよりも充実感が伺える。
i230.jpg i231.jpg
 矢鱈とイルカショーと海豚の衛生管理を詳細に案内されたのは些かおもてなし過剰だったが、こちらも同様のMICE見物を経て、肝心のカジノは詰まるところここでも同工異曲であり、ただ特別応接を拝見してチップ一枚の高額に溜め息を付いたのがよい経験だった。流石に午前中はテーブルも空き気味だったが、敢えてサンズと比較すれば客層はより中華色が強かったろうか。
 そして島運営を司取るゲンティング社CEO氏のお話しを承ったのだが、最も印象的だったのは「カジノは何処でも同じ」との言であったろう。拝察した実感とも合致しているのだが、昨日のタン教授も推進初期には脅迫状やら様々な批判に曝されたと聞くし、解禁法案は極端な一党優位性のシンガポールにして賛否が拮抗した様に、カジノとは幾ら健全に繕おうとも賭博に内在する非社会的な外観を完全に払拭出来るものではなく、だからこそ「ブランド力」が鍵であり、エンターテイメントとの統合によりそれを確立するとの解説は実に腑に落ちた。「日本の方は韓国のカジノには行かないでしょう」との指摘は、一攫千金を企む様な博徒にあらずとも、賭場目当てでマカオに赴くが如くアダルト嗜好の旅は成熟社会においては成立し難くなるとの共通認識に基づいている。
i232.jpg  即ち島内を遊び尽くしたファミリーが子供達が寝静まってから忍び足でカジノに向かい得る為の大義名分がブランド力と思いきや、現実にはエンタメとカジノでは明確に客層が分かれるというのだから、ならば莫大な施設投資を伴わずとも街中にポツンと佇むカジノの方が効率が良さそうだか、それは世間体が許さず、本家ラスベガスもまた今や統合型リゾートと化している現実に鑑みれば、健全性を担保する為にも物語が必要なのだろう。

i247.jpg
何故か太り過ぎのアダムとイブが
 一人当たりGDPにおいてわが国を凌駕するシンガポールだからこそなのか、わが国への観光客も少なくないと聞くが、それがカジノに依って著しく増大するとは思い難い。
 そもそも豊かな緑も、根付き難い土壌故に定期的に植え替える徹底した管理コストを払ってなお、居住者の環境保全よりは訪れる外国人の目を意識したものであり、水が足りないと言いながら矢鱈と派手な噴水が目立つのも外国人を優先してこそ国が富み引いては国民は利益配分に預かれるという、都市国家特有の論理であろう。緑と土地を有する高額所得者も、蚊を発生させたら罰金とは過ごし易さを維持するのも楽ではない。
i245.jpg
矢張り屋上プールは印象深い
 そのコンセンサスはわが国には受け入れられ難いし、また受け入れる必要性も無いのだから、IRには3000万人に至らんとする訪日外国人の拡大に留まらず、国民にとっての現世的なメリットもまた提示される必要があろう。勿論、MICEも巨大で高級嗜好のサンズは都市部における大人の社交場であり、アミューズメント主体のセントーサは国内外からのファミリー観光を企図した地方創生型と、地域に応じたスタイルを移植するには同じアジアのシンガポールの経験則が大いに役立つことは疑い無い。
 しかしながら極端な基盤政党型で擬制された民主主義国家であるからこそ意思決定が早く、壮大なる実験場=サンドボックスたるを自認し、それを世界へのアピールポイントとし得るのは東京23区並というシンガポールの狭い国土故の好条件下に依存する要素は小さくない。従って、かの国の実験が須くわが国に当てはまるとは限らないということもまた、我々は自覚しなければなるまい。
 或いは無国籍に徹したシンガポールに対し、わが国は既存の歴史的観光資源との協闘、更にはIRそのものに外国人に判り易い異国情緒を演出する試みも一考の余地はあろう。今更富士山・芸者では無かろうとも、巨大な温泉アミューズメントは必定ではないか。カジノの源流としての丁半博打の実演や、緋牡丹お竜のギミックを誂えるというのは些か悪乗りなのかも知れないが。
 空港にて大陸へと向かう一行を見送り、"大人の修学旅行"は終わりを告げた。残るはあと半日である。

1月13日(土) ここは昭南特別市  -海外情報 - シンガポール-

i220.jpg  公式日程は大使公邸に幕を開ける。出向時代には印度で場違いに立派な寿司に預り、同僚からかき集めた穴子だけを賞味する大胆不敵な行動にも及んでいたが、あにはからんや配膳された器が私だけ微妙に異なり、よくよく眺める迄も無くお肉ばかりが並んでいる。おかげで朝方から食べ過ぎ、早くも便秘気味の胃腸の推移が危ぶまれたが、情報統制の行き届くシンガポールに特有の事情では無かろうものの、おもてなしの極意を見る様で恐縮するとともに幾分不気味でもある。
i221.jpg  嘗ては金融市場におけるアジアの倫敦、或いはASEANのヘッドクォーター機能を国是として生き伸びてきたシンガポールにおいて、今やIRの存在が国力のひとつの源泉となりつつある。その何れもが人もカネもモノも外国資源を如何に取り込むかが目途にあるのは都市国家特有の知恵に他ならない。
 大使館は広大なシンガポール植物園に程近い高級住宅街に瀟洒に聳えているが、街中も国策として至るところが緑に溢れている。ただその心は環境政策よりは訪れるべく外国人への保養であり、幾多の高層ビルが中空に人工植物を携えている様に、寧ろ緑を擁することが建築物のステータスを示唆している。当然に食糧自給率は低く、輸入に頼らざるを得ない野菜は食卓に登り難く、国民は総じて野菜嫌いとは親近感を覚えるではないか。
 暫く走ると行く先は等しく緑の中に佇むリークアンユー政策大学院教授のオフィス、と言ってもこちらも一軒家なのはIR導入の立役者への配慮なのだろうか。
 当地在住の元議員氏ご紹介のタン教授の解説はひと口で言えばわが国へのIR導入に当たっては高級嗜好であるべし、なのは二大IRの一方の雄たるラスベガス由来のサンズ側の意向を代弁しているということなのだろう。

i243.jpg i244.jpg
 さてバイキングの昼食後に小一時間の自由行動となったのでシンガポール初心者としてはマーライオンを拝まなくてはなるまい。公園脇にひっそり佇むミニ版が初代と説明され、流石にこれではがっかり処ではあるまいと驚愕したが、どうやらこちらはレプリカで海を向いた「ゲロ吐き」と俗称される方が本体らしい。落胆する程見窄らしくも無いが、位置を替えて見映えに配慮した結果この形に落ち着いた様で観光立国としては正しい配慮だろう。今年はがっかり仲間の人魚姫にもお目に掛かれるかは定かでないが。
i223.jpg  マリーナベイサンズを担ぐ定番の絵柄も撮影して対岸へと戻る。驚く勿れ宿泊からしてタワー1の43階とは大名旅行も窮まれりだが、午後はサンズ自体の視察である。
 カジノばかりが注文を集めるのは致し方無いとしても、IR=統合型リゾートとは会議場等のMICE、ホテル、商業施設を備えた複合観光施設であり、異様に巨大なコンベンションに先ず圧倒される。そもそも埋立地に三本の細長いタワーという構造自体、地震の無い国ならではあり、会議場も極端に柱が少ないので間仕切りも自由度が高い。韓国企業施工で早くも微妙にピサ状態との噂もあるが、対震震度4とはわが国と比べる迄も無く著しくコストは削減されよう。
 ショッピング・モールは見慣れた光景だが、奥まで歩くと蓮の花を模したのかも知れないが遠目からは四次元怪獣ブルトンにしか見えないフューチャー・ワールドが現れ親子連れで賑わっている。芸術と科学の融合たる謳い文句は端的に言えば映像に触れ得るヴァーチャル体験施設であり、オーヴィ横浜と大差無いのだが、よくも悪くも全てが人工物たるシンガポールにおいてより象徴的である。
i224.jpg i225.jpg
 折り返し真ん中に戻ると漢字ではストレートな「賭場」がひっそりと佇んでいた。デトロイトから国境を超えて闖入したのが唯一のカジノ体験であり、薄暗いゲームセンター風情にスロットばかりが並んでいる印象が強かったが、二階から見下ろすカードゲーム台が居並ぶ姿は壮観であろう。
 リゾートを掲げる以上、個に埋没するコインものよりファミリー指向、コミュニケーションを図り得るカード中心との解説は的を射ているが、不正やロンダリングを防ぎ健全性を担保する為とはいえ、監視カメラだらけの天井もまた「明るい北朝鮮」と揶揄されるシンガポールらしさを醸し出していると言うべきか。ただ出口は更に目立たぬ様にホテルへとほぼ直結しており、幾ら場内をきらびやかに飾ってもカジノ自体は矢張り明るいイメージには徹し切れないのだろう。
 なお場内はジュース飲み放題で、ラウンドワン・スポッチャのドリンクバーより豪気である。詰まりロハで入れる外国人は飲み逃げも可能なのだが、邦人は入場百Sドルと敷居が高く、外貨獲得優先の国是がここにも伺えよう。

i226.jpg  さてタワーを57階へと登れば観光名所としても名高い屋上プール、実は早朝にも単身到来したのだが、宿泊客限定のセレブ感に溢れている。残念ながら到着以来小雨続きの異常気象で、その分この空間に甚だ似つかわしくないスーツ姿でも暑くないのは助かったが、全裸になっての入水は断念した。
 再び郊外へ、今度はリークアンユー政策大学院の本体へと闖入し、亜細亜IT事情を伺う。幸い日本語のため睡魔には襲われず乗り切ったが、固定電話すら無かったので却って携帯の普及が早かった中国の様な中抜けには至らず、電子マネー等の最新技術導入には却って不利に働いているシンガポールの今を、開発独裁の代名詞たる泉下の国父・リークアンユー氏は如何に眺めておられるだろうか。元よりわが国もそれは同じだが、幸い第一次、二次産業の実物に富んでいるので、IT単独では後発に甘んじたとしてもこれらを如何に融合させるかとの発想になろう。
i227.jpg i228.jpg
 夜はこれも元先生にして今は教授たる先生のご案内で、新たな観光スポットになりつつあるアトラスバーへ。名産・名物に乏しいかの国では数少ない名を馳せる、昨日も賞味したシンガポールスリングだが、ベースとなるジン揃えでは世界有数、天井までタワーに祭り上げられており、果たして一番上は如何に調達するのかさっぱり判らない。敢えて木材を用いた豪華絢爛な装飾に包まれ、ビルのオーナー氏まで到来され、セレブ感を通り越して最早別世界だが、確かに白人比率か高くこちらもIRとは異なる高級社交場なのだろう。
 三時間睡眠のため流石に二次会には流れず、上空から光と水流の噴水ショーを賞味してお開きに。便通を経て些か下り気味のお腹を抱えて早々に睡魔に身を委ねた。

1月12日(金) 旅は道連れ  -海外情報 - シンガポール-

i216.jpg  会社から成田へと向かうのは初めてなので折角ならと、今や成田エクスプレス以外に考えられない杉並からでも唯一のルートだった折以来、凡そ30数十年振りにスカイライナーに乗ってみる。
 小室~印旛日本医大間の線路脇に延々と連なるソーラーパネルは実際に眺めてみると異様な光景だが、言わずと知れた幻の成田新幹線用地の転用であり、何れ東京・成田間、或いは成田・羽田間が改めて新線にて結ばれるとしても大深度リニアであろうから、些か非効率の様でも細長い有休地には他に使い勝手は考え難いのだろう。
 しかしより驚いたのはソーラーパネルと離れてからの新造線、在来線最高速160kmを誇る高速鉄道アクセス線で、確かに上野からは著しく時間距離を稼いではいる替わりにわが国鉄道には見出だし難い激しい揺れには閉口せざるを得ない。鉄道の静粛性もまたわが国の誇る技術水準の高さであるとすれば、成田に降り立った訪日外国人が最初に体感するには些か誤解を招きかねないのではと不安に駆られた。

i217.jpg  既に十年以上前となった出向時代には、北は北海道から南は沖縄までに留まらず、三年間に年一度ずつ海外視察に赴いていたものである。勿論、その後も海外出張の機会はまま訪れはしたし、アテンド要員には本隊の公式日程の裏番組で地域の実情を見聞するとの名のもとに優雅に観光擬きに興ずるという役得は少なくない。それでも議員の随員とはいえ団員の一味として末席を汚しつつ、これでもかと日程を詰め込み、外国語でのプレゼンを拝聴して猛烈な睡魔に襲われる旅の記憶もまた、長らく御無沙汰であるだけにまた思い出深い。
 想えば視察には自らの所掌に必ずしも直結せずとも広く知見を拡め、広義の政策立案に寄与するのみならず、旅は道連れとばかりに密度の濃い数日間を異国にて過ごせば親近感も著しく増大すべく様々な効用を有する。従って一民間人として今般のお題たるIRへの関係性は乏しく、些か懐は寂しくなったとしても滅多に訪れない好機を逃すまいと、勇躍旅路へと赴いたのであった。

i218.jpg i219.jpg
 夕刻の成田空港にて主役と合流すると、夕陽に映えるボーイング機を眺めつつ早速蟒蛇の如くに腹を満たす。機上の人となれば程無く夕食も配備されるにも拘わらず矢張り政治家は身体が資本、よく食べよく学ぶ為には頑健な胃腸で無ければなるまい。
 些かの後ろめたさに駆られながら優雅な機内を満喫し、映画は「猿の惑星 聖戦記」と「散歩する侵略者」を賞味した。前者はかの「猿の惑星」の前日譚、後者はタイトルのみウルトラセブンより借りた日本映画だが、強引に纏めれば外敵に見舞われ何かを失った人間の行く末、という点で端無くも共通していたとも言える。旅の始まりには何方も些か明るさとダイナミックさには欠けたかも知れないが。
 チャンギ空港にて現地組も加わり深夜1時過、ホテルに到着して"結団式"宜しく杯を挙げて漸く床に就く。冒頭から思い切り元気に旅は走り出した。

10月17日(火) 神武以来の  -地域情報 - 近畿地方-

i119.jpg  全国行脚のお付きに従事しつつ他の行程調整と個別依頼に応ずるという離れ業を強いられた過去二回に比して、中遠征に随行しつつ平日は概ね、美しく言えばコントロール・タワー主体に徹した今般は合理的な体制であったと言えよう。
 幸い後半戦ともなると事務作業も山を越え、漸く出陣である。京都には幼少時から数限り無く訪れているが、奈良は初めてとは意外であろう。勿論、行脚先に個人的な興味は介在すべきではないが、出来れば知らない街を歩いてみたいのも人情に他ならない。
i120.jpg
i121.jpg
 興福寺と言えば仏頭と日本史の授業で刷り込まれているが、改修中の国宝館に替わり東金堂にひっそりと安置されている。阿修羅像も存外に小さかったが、存外に手が少ないと早合点したのは明らかに千手観音との混同であり、手は六本、顔はダダと同じく三面である。阿吽の金剛力士像はじめお歴々を繁々と眺め、五重塔を拝み、少しだけ鹿と戯れて、近鉄奈良駅に程近いさくらバーガーで昼食にあり付く。
 ご当地ラーメンはじめB級グルメが日本中に溢れている昨今、観光資源豊富な奈良は敢えて食で需要喚起する必要性に乏しいのだろう、名物が存在しない。元より金剛像ならぬ混合物は嗜めないが、チキンフィンガーが予想を著しく覆して美味だった。
 観光旅行では無いので須く行程は導線に基づき、その間些かの小休止を挟むだけ、敢えて景勝地のみ記載しているのだが、最後の訪問地にて同じく永田町周辺居住者たる人物や幹部にも邂逅し、さて一段落すれば目の前の橿原神宮に赴かざるを得まい。 中心部から時間距離にして約一時間とはいえ既に面積にして奈良県の八割五分を占めることになった三区の領域にあり、京都程には凝縮されずこの間に神社仏閣が履いて捨てる程に点在している奈良の構造からか、平日の夕刻、しかも幾分小雨滴るとあらば、ほぼ行き交う人も無い見事な迄の静謐さである。
 ここまで来れば天照大神から数えて五代後、地に降りて四代目となるカムヤマトイワレビコ、後の神武天皇稜を訪れなければ帝国臣民として万死に値しよう。在位75年、実に127歳にて崩御されてから2600年の昨年には天皇皇后両陛下も参拝されているが、紀元二千六百七十七年を数えるわが国の歴史と伝統の偉大さを省みてなお、文字通りひとっこ一人いない。
i122.jpg  バブル期を「イザナミ景気」と俗称したのは当時の高原経企庁長官だったが、アベノミクスも後代顧みて高天原景気と命名されたいもの、と畏れ多くも夢想しつつ両手を合わせて頭を足れる。この期に及んで本当は何方様が祀られているのかなどと宮内庁に文句を付ける様な輩は海幸の如くに葬り去られよう。
 して流石に歩き疲れたので近鉄特急にて奈良を後にした。心残りはせんとくんに遭遇出来なかったことか。京都は駅を眺めるだけで寄り道せず、名古屋市にて少しだけ原隊復帰して本日のお勤めはお開きとなる。 後は手羽先を賞味して早々に床に就いた。明け方、日ノ本一の小ささを誇りそうなユニットバスの扉を閉め忘れて警報を鳴らして仕舞ったのはご愛嬌、では済まなかったか。

8月15日(火) 誰か素晴らしい人に  -地域情報 - 新潟県-

i45.jpg  結局フル稼働の三日間、晴れ渡る日は訪れ無かったのだが、恐らく新潟県下においても最大の夏のエンターテイメント場たるオーロラ・プールが徒歩圏内にも拘わらず、屋外がメインでは雨には勝てずと難癖を付けて津南まで遠征するとは我ながら酔狂に違いない。
i46.jpg
i47.jpg
 距離的には上越とは比べるべくも無いものの、ひと山超える形になるので近隣とは言い難い。ただ無計画な道中に珍しく美しい情景に目を奪われて寄り道すれば清津渓との看板がある。世界三大ギタリストの敬称にご本人達は全く無自覚だろうし、青函トンネルが三大馬鹿査定とは異論も少なくあるまい。或いは永田町には四天王や五奉行は有名でも三羽烏が稀なのはより多くの有力者を競合させるには三者では少ないのかも知れないが、かく"三大"話しもまた戦前の日本三悪人の如くに時の経過、思想の変遷とともに移ろいゆく概念なのだろう。
 長々と鼎立の事例を掲げたのは、恥ずかしながら湯沢から程近くに日本三大渓谷に掲げられる景勝地が存在するとは露知らずだったからである。実際、中山間地の象徴たる棚田のみならず、小雨の霊感あらたかに丁度遥かに霧が掛かって、祐旭曰く「天空の城ラピュタ」の如くに幻想的な絵柄であり、看板に偽りは無かったと言えようか。

さてお目当てのクアハウス津南はネーミングから連想される近代性とは対局にある街の体育館の体裁だったが、プール以上にジャグジーが妙に充実していて侮れない。地球温暖化は回避しても水泳は常に温暖であって欲しいわが家には矢張り海水浴は不向きなのだろう。
i48.jpg  ひと山超えれば文化圏も変わろう、津南は上越市、十日町市とともに中選挙区時代は四区、現六区である。従って年金があり余っていた時代の遺構たるグリーンピアはじめハコ物に恵まれ、湯沢や刈羽村同様に中魚沼郡では唯一単独の町として生き残った秘訣は、田中先生のご遺考よりはコシヒカリの果実たろうか。途上遥か眺める信濃川も含め、豊富な自然や食文化はアグリツーリズムの対象としては紛れも無い利点だが、資源豊かなを津南町にしてなお地域活性化には資しても地域住民を増やす迄には至るまい。白銀に招かれても、町の暮らしは何故か寂しいかと問われれば現実には賛同し難いのが道理である。

i49.jpg i50.jpg
 クアハウスは流石に湯船はシャビーだったので、更に山を登り竜ヶ窪、とはベムラーでも現れそうな響きである。途上発掘した竜神の館は内湯から潜り戸を抜け、瀟洒な露天が拡がる造りからして実に優雅だったが、当然ながら撮影は叶わない。敢えてジャグジーに拘るのは記録性を求める父の性癖にも由来していよう。二匹目を狙ったラーメンは大蒜の選択が狙い過ぎだったが。
 山道をとって返し、夜は義父母の知人宅でこれも定番の流し素麺に始まりバーベキューの御相伴に預かる。ダイショーの焼肉の垂れが美味だったが改めて調べてみると、別に新潟名物ではない。
 ほのぼのとした花火大会を眺めてルーチンと新機軸の混在した三日間は暮れる。

8月14日(月) 釣るや釣らざるや  -地域情報 - 新潟県-

i42.jpg  帝都は未曾有の二週間を超える雨続きなのだから、想い出した様に小雨の舞う雪国の方がまだしもだったのかも知れない。 幾分出立を遅らせ、今日は定番に復してお馴染み中立のショートコース、軽く練習を終える頃には概ね雨足も上がる。ところが左転向後間もない祐旭が全く当たらず早々にギブアップとは、初ラウンドで200を叩いて二度とクラブは握るまいと怒りに震えた父の経験則からも無理強いは出来まい。哀れこのためにわざわざ新規導入した簡易人力カートは出番なく御蔵入りの憂き目を余儀無くされたのであった。

i43.jpg  気を取り直して午後は久方振りに湯沢フィッシングパークへと赴いた。嘗ては掴み取りに一喜一憂していた子供達も立派に竿を借りて釣りに挑むも、敢えて餌をイクラに止めたからでもあるまいが一向に掛からない。
 思い余って改めて不気味なぶどう虫を調達して開始から一時間余り、漸く祐旭が一匹獲物を吊り上げたものの、虫への不可侵度合いは父同様で餌付けを全面的に兄に委任する公資は、これも父に似て無為に時を重ねる「退屈」を心より忌避して只菅待つ姿勢にうんざり顔で、千載一遇の引きに逃げられたところで俄かに見舞われた豪雨に退散を余儀無くされる。
i44.jpg 濡れ鼠で竿を返さんとしたまさにその瞬間に上流では釣り上げられるべく胃腸を空にしているのであろう、魚達の新規放流が始まり、お盆混雑とはいえ釣果の少なさはタイミング故かとトリックが判明したとろこで最早後の祭り。鱒なのか判然としない貴重な一匹も喰わずに見ず知らずの他人に引き渡して退散した。

 定番の卓球を挟み、夜半にはこれもお馴染みの神社の縁日へと夜道を忍ぶが如くに訪れるも、日にちを間違えた様で深黒の中に橋梁下の墓場を拝むのみ、そのまま忍び足で退散した。
 已む無く再び気を取り直し花火に勤しむ。勿論、わが家近隣にて興じるにも支障は無いものの、矢張り花火は旅先が似つかわしい。毒性の強さで危険視される台湾の蚊には過剰な暑さの数少ない恩恵として殆ど巡り会わなかったが、幸福にも今日もまたキンカンのお世話になる羽目にも陥らず、今ひとつ何事も長持ちしない一日は何とか体面を保ったのであった。

8月13日(日) 海を見ていた午後  -地域情報 - 新潟県-

i36.jpg i37.jpg
 これまで十数年に亘り湯沢へは義父の運転に便乗するか、単身新幹線かだったのは、屡々父のみ短縮日程を余儀無くされる故の対応策である。しかしながら今般、公資の夏期講習並びにその予習復習日程を勘案した結果、久々に一家四人同一行程となった為、初めて自力で赴いた。午後出立のお陰で幸い渋滞も少なく三時間弱、東京都湯沢町と揶揄される所以を改めて体感した。

i38.jpg  足が確保出来たので、祐旭の夏休みの宿題のひとつ、石拾いを大義名分に、明けて早速遠征である。
 そもそも古代律令制以来、駅とは街道沿いに設けられた施設に他ならないと言われても、何と無く道路財源の流用先の如く微妙な印象があったが、今や「道の駅」と言えば新たな観光スポットと化しつつある。ここ上越市の「うみてらす名立」も海水を引き込んだ屋外プールとジャグジー付設の屋内が双璧で、海まで繋がっているのかと錯覚させるのは口上のトリックだとしても、水上を組んず解れつ球体内を巡るウォーターバルーンに取り込まれた子供達の姿は、恰もウルトラ作戦第一号に飛来した赤い球を彷彿とさせつつ、望外のはしゃぎっ振りであった。
 勿論、湯沢までの近さは即ち日本海への遥かなる陸路を意味する。しかも関越道を北上してから西征する為、飛ばしても二時間弱の行程だったが、それも北陸道が長岡まで繋がっている恩恵で、羽越新幹線を待っていたら百年可清であったろう。ただ実は湯沢と上越には国鉄予定線から北陸急行となったほくほく線が走っており、新幹線の順延までは急行はくたか経由が関東地方と北陸を結ぶ最短ルートだったのである。長岡駅13/14番ホームは最早幻のままかも知れないが、ここでも道と鉄路の拮抗の歴史が伺われようか。

i39.jpg i40.jpg
 折角上越に来たのだからと「直虎」には文はすれども恐らくは登場しまい上杉謙信でお馴染み春日山城を訪ねるが、広大な空間の隣にポツンとものがたり館が佇むのみで早々に待避し、平成に入ってから天守風の三重櫓が復元された松平家の高田城に臨む。政治評論家を僭称する身の上には格好の研究対象なのかも知れないが、戦国時代には大河ドラマを凌駕する程度の知識にも乏しいので、歴史的な意義は兎も角、再建であろうと城は建っていて欲しいのである。
 寄り道して遅い昼食となり、道すがら偶々入った「てるちゃん」のとんこつラーメンが矢鱈と子供達に絶賛されたのは、単にお腹と背中がくっ付いた状態だったからだげでは無かろう。

i41.jpg  して漸く本旨たる石を探しに、旅の締め括り総括審議は鵜の浜海水浴場と相成った。いきなり人魚の銅像が我々を迎えて呉れ面食らうが、佐渡から渡ってきた人魚に恋をした男の悲劇の伝説があると聞けば、田中先生の三国峠を吹っ飛ばして佐渡と陸続き、ではないが、どうしても"裏日本"と揶揄された日本海側の悲哀を想起せざるを得ない。
 一体如何なる石かは定かで無いものの、首尾よく数個調達していざ海へと思いきや、取り分け公資が足が砂だらけになるからと海水浴を忌避するとは現代っ子らしい行動である。ただ実は父も似た様な嗜好であり、だからこそ道の駅で疑似海水浴を済ませてきたとも言える。
 人魚館でひとっ風呂浴びて帰路に就く。充実した山の日翌日の"海の日"であった。

7月25日(火) みんながあなたのことを  -海外情報 - 台湾-

i3.jpg  そもそもサピックス夏期講習の合間を縫うので父よりもプレ受験生の日程優先だが、ハワイなら海と真珠湾、パラオは潜水、ケアンズならコアラにカンガルーと複数の目玉商品に対し、三泊四日の駆け足でも概ね堪能可能との観点から台湾に落ち着いたとも言える。
i4.jpg  して早くも最終日、遠乗りは諦め忠烈祠に、嘗てわが国統治期の護国神社であり、即ち今もなお台湾の靖国神社である。予備知識無く伺い門下に立哨する衛兵を眺めていると自然に前庭に招き入れられ、程無く更に七人の兵隊さんが行進入場してくる。
 規律正しく中央を闊歩するに連れ、観衆の喫水線も潮が満ちる様に繰り上がっていくのが面白い。愈々本堂まで到達すると儀仗銃を捧げつつ交換しつつ、こちらにも二人を残して五人で引き返す。バッキンガム宮殿の如く楽隊の無い分却って静謐であるし、朝一番は冒頭国歌も流れる豪華版であった。残念ながらわが国皇宮護衛官の交替儀式は警察組織でもあり仰々しくは行われないが、陸海空に共通した制服エリートへの登竜門たろうし、国民が軍の存在感や規律に親しむという意味でも有用だろう。
 流石に朝方は炎天下の鑑賞も然程苦にはならなかったが、交替した衛兵が門番に着任する時分には既にお馴染みの熱気に襲われる。スコールも御目見えし今や亜熱帯と化したと揶揄されるわが国を遥かに凌駕しているが、台風シーズンにも拘わらず全行程快晴続きだったのは暑くても幸甚と受け止めるべきなのだろう。

i5.jpg i6.jpg
 わが国なら家電の爆買いや医療ツーリズムであれば、台湾も飲食に留まらず昨今はシャンプーが新たな名物に浮上するとは、観光立国もサービス産業が死命を制するということか。
 残り少なくなった島紀行だが避暑も兼ねホテル近隣の美容室を目指し、観光ガイドに掲載されている割りに外観はおんぼろで一瞬怯んだものの、一転して店内は華やいでおり安堵する。
i7.jpg  頭皮マッサージを兼ねる実理性とともに座したまま泡立て、とくに女性はララーシュタインの如くに髪を逆立てるパフォーマンスが人気の秘訣であり、当然著しいコストも技術も擁しないからコロンブスの卵である。
 ロングタームの妻はそのまま残し、幾分サラサラ頭に変貌した子供達と総統府の外観のみ眺めてとんぼ返り。祐旭が東京駅に酷似していると看破した様に旧台湾総督府だが、結局わが国統治期来の遺構は旧台湾神社の圓山大飯店とともに痕跡を残せぬままに終わった。

i8.jpg i9.jpg
右は高雄のMRT
  至る処に専用レーンを仕立てたBRTも走っていたが、結局台北と高雄で試験的に一度ずつ地下鉄を利用した以外全てタクシー移動だったのは、都市の領域が狭く未だバイクも多くて渋滞が無いのに加え、どうやらわが国同様の距離と時間の併用制ながら、圧倒的にタクシーが安いからに他ならない。
i10.jpg  ドアこそ自動ではないものの一様に黄色に一括された姿は、羽田にて丁度黒や紺ばかり並んだタクシー乗り場に「一台もいないかと思ったよ」と二人して宣ったわが子の述懐を待つ迄も無く、五輪に向けユニバーサル・タクシーの仕様統一も遡上に登るわが国にとっても、示唆に富むものがあったろう。
i11.jpg  最後の昼餐はわが国でもお馴染みの天香回味とし、本場もまた舌にカレー風味を曲解させる香辛料は普遍であった。寧ろ醤油ベースの垂れだった一昨日の方が"台湾じゃトラディショナル"なのかは、小籠包六回に火鍋二回で結局純然たる台湾料理を賞味していないので判らない。

 帰路、こちらもわが国統治期の遺構と言えよう松山空港は同年に供用された板付飛行場同様に、極端に市街地から近い利便性が売りだが、手狭かつ騒音問題等から移転が遡上に登っているとは勿体無い。 「ここは松山~」とこぶしを回す公資の唄声とともに充実した旅は終わった。
次のページ

FC2Ad