コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

7月25日(火) みんながあなたのことを  -海外情報 - 台湾-

i3.jpg  そもそもサピックス夏期講習の合間を縫うので父よりもプレ受験生の日程優先だが、ハワイなら海と真珠湾、パラオは潜水、ケアンズならコアラにカンガルーと複数の目玉商品に対し、三泊四日の駆け足でも概ね堪能可能との観点から台湾に落ち着いたとも言える。
i4.jpg  して早くも最終日、遠乗りは諦め忠烈祠に、嘗てわが国統治期の護国神社であり、即ち今もなお台湾の靖国神社である。予備知識無く伺い門下に立哨する衛兵を眺めていると自然に前庭に招き入れられ、程無く更に七人の兵隊さんが行進入場してくる。
 規律正しく中央を闊歩するに連れ、観衆の喫水線も潮が満ちる様に繰り上がっていくのが面白い。愈々本堂まで到達すると儀仗銃を捧げつつ交換しつつ、こちらにも二人を残して五人で引き返す。バッキンガム宮殿の如く楽隊の無い分却って静謐であるし、朝一番は冒頭国歌も流れる豪華版であった。残念ながらわが国皇宮護衛官の交替儀式は警察組織でもあり仰々しくは行われないが、陸海空に共通した制服エリートへの登竜門たろうし、国民が軍の存在感や規律に親しむという意味でも有用だろう。
 流石に朝方は炎天下の鑑賞も然程苦にはならなかったが、交替した衛兵が門番に着任する時分には既にお馴染みの熱気に襲われる。スコールも御目見えし今や亜熱帯と化したと揶揄されるわが国を遥かに凌駕しているが、台風シーズンにも拘わらず全行程快晴続きだったのは暑くても幸甚と受け止めるべきなのだろう。

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 わが国なら家電の爆買いや医療ツーリズムであれば、台湾も飲食に留まらず昨今はシャンプーが新たな名物に浮上するとは、観光立国もサービス産業が死命を制するということか。
 残り少なくなった島紀行だが避暑も兼ねホテル近隣の美容室を目指し、観光ガイドに掲載されている割りに外観はおんぼろで一瞬怯んだものの、一転して店内は華やいでおり安堵する。
i7.jpg  頭皮マッサージを兼ねる実理性とともに座したまま泡立て、とくに女性はララーシュタインの如くに髪を逆立てるパフォーマンスが人気の秘訣であり、当然著しいコストも技術も擁しないからコロンブスの卵である。
 ロングタームの妻はそのまま残し、幾分サラサラ頭に変貌した子供達と総統府の外観のみ眺めてとんぼ返り。祐旭が東京駅に酷似していると看破した様に旧台湾総督府だが、結局わが国統治期来の遺構は旧台湾神社の圓山大飯店とともに痕跡を残せぬままに終わった。

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右は高雄のMRT
  至る処に専用レーンを仕立てたBRTも走っていたが、結局台北と高雄で試験的に一度ずつ地下鉄を利用した以外全てタクシー移動だったのは、都市の領域が狭く未だバイクも多くて渋滞が無いのに加え、どうやらわが国同様の距離と時間の併用制ながら、圧倒的にタクシーが安いからに他ならない。
i10.jpg  ドアこそ自動ではないものの一様に黄色に一括された姿は、羽田にて丁度黒や紺ばかり並んだタクシー乗り場に「一台もいないかと思ったよ」と二人して宣ったわが子の述懐を待つ迄も無く、五輪に向けユニバーサル・タクシーの仕様統一も遡上に登るわが国にとっても、示唆に富むものがあったろう。
i11.jpg  最後の昼餐はわが国でもお馴染みの天香回味とし、本場もまた舌にカレー風味を曲解させる香辛料は普遍であった。寧ろ醤油ベースの垂れだった一昨日の方が"台湾じゃトラディショナル"なのかは、小籠包六回に火鍋二回で結局純然たる台湾料理を賞味していないので判らない。

 帰路、こちらもわが国統治期の遺構と言えよう松山空港は同年に供用された板付飛行場同様に、極端に市街地から近い利便性が売りだが、手狭かつ騒音問題等から移転が遡上に登っているとは勿体無い。 「ここは松山~」とこぶしを回す公資の唄声とともに充実した旅は終わった。

7月24日(月) 小籠包に包まれたい  -海外情報 - 台湾-

h986.jpg  朝から蟒蛇の如くに腹に収めていく子供達には朝食バイキング付きは幸便だったが、父は茹で卵にスクランブルエッグ、残念ながらこれも名物の牛肉麺はどうにも出汁としてエキスを収奪された後の、出涸らしの草鞋を口に運んでいる様で、初日限りにて断念した。

 「以徳報怨」蒋介石総統閣下が今は亡き蘇連邦とは対照的に敗走する帝国臣民を解放したのは、勿論国共内線に向けた対応の一環ではあったろう。ただ現実に大陸を中華人民共和国に席巻され、反抗が叶わなかった結果として、東西冷戦の最先端に位置することになったわが国が早期の独立と、国防を駐留米軍に委ね経済復興に特化し得たとすれば、たとえ片想いであったとしても中華民国にそこはかとなき共感を抱くのは道理である。そして中国四千年の歴史の一部が、遠く重慶を経て搬送展示されているのがここ国立故宮博物院、三日目に至り極めて正攻法に回帰し、流石にこちらは要入館料である。
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 早朝から訪れたので目玉商品の翡翠の白菜には並ばず御目に掛かれたものの、豚の角煮が嘉義の別館に出張中とは残念だった。何と無く歴史展示が物足りなく感じられたのはそもそも書や焼き物の類に興味が無いからだろう。しかも自慢の庭も月曜休館とは御縁が薄かったか。
 更にドバイに続きスカイツリーにも抜かれて世界第四位に後退した台北101へと連日のタワー詣でとなった。
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 五稜郭にしろ、横浜にしろ、タワーと名の付くものには喜び勇んで登ってきたが、いざ高速エレベーターで89階に進んで摩天楼から地表を眺めても今ひとつ感慨が湧いて来ない。寧ろ91階の屋外展望台は柵だらけで到底展望には不向きだったものの、あと10階分のタワー先端を仰ぎ見たのが余程得難い体験であった。
 要は眼下に拡がる街道であれ建物であれ、或いは遠く臨む海山近隣の諸都市であれ、例えばあれが嘗てわが国最高峰であった新高山なぞと故事来歴あるアイテムを実見した事実に意義を見出だすのであって、単に美しいスペクタクルには重きを肯じ得ない性癖ということか。
h992.jpg  ダッコちゃんにも似たサンリオ作のゆるキャラ、ダンパーベイビーは色合いによっては「ちびくろサンボ」的な懸念を生じさせそうではあったが、帰路88階の下りエレベーターへの通路には辺り一面に宝石商が拡がり、高く昇れば舞い上がり財布の紐が緩まる訳でも無かるまい、些かサンシャイン60の亜流の様な、洗練とは必ずしも相容れない様相であった。

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ピサの斜塔でもタージマハールでも御馴染みの図
微妙にズレました
   さて小籠包も有名店にと永楽街に繰り出してはみたものの、わが国にも支店を有するそれは長蛇の列で、散歩がてら練り歩く気力・体力は熱気に奪われ、近隣で妥協したところ椎茸の味が強く道中ほぼ唯一の失策だったか。
 しかし転んでは只では起きず都市変遷評論家の顔に変じて地下鉄をひと駅試乗、JTBから与えられた台北版SUICAを活用する。中正記念堂はわが国統治期の歩兵第一連隊駐屯跡地らしく余りに広大で、照り返しの厳しさに遠く蒋介石閣下のお姿を仰ぐのみで早々に退散した。
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こちらにも101はしっかり写り込んでいる
 ここでホテルに戻り今般唯一のリゾート・モードは屋上のプール、妻はお買い物である。ホテルからも101はランドマークたる役割を立派に果たしているが、タクシー移動ばかりなので一向に土地勘は備わらない。

 夕刻は士林市場へと繰り出した。地下へ降りればケアンズの夜市を遥かに凌駕するキッチュさ、旧き良き亜細亜らしいと言うべきか、お洒落・小綺麗と言った賞賛とは正反対にある食堂街だが、確かに小籠包は安くて美味い。
 一階は常設化された的屋業の集合体の如しで、海老釣り、風船割り、射的にコリント型のパチンコと出店が並ぶ。麻雀牌を用いたビンゴが実に中華仕様であったが、収穫物はメザシの縫い包みとはこちらもシュールだった。
 到底耐震基準を満たしている様には見えないが、老朽化に伴い一旦仮店舗に移転した後、旧来の趣きを維持しつつ再び市場として賑橋を取り戻したらしい。畢竟、築地もまた本当に再開発されるならば、仲買売買施設としての狭義の市場性に留まらず、こういた夜市的なエンターテインメントや猥雑さをも包含する、「おんな城主 直虎」における気賀の如く市場擬きを目指すことになるのだろうか。
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 実は御出掛け前に揉まれて仕舞ったのだが、妻が散策中に発見したマッサージ店で揃って再び揉まれ、実に六店目となる小龍包に有り付く。思うにわが国のそれは比較的皮が厚くて寧ろ肉まんの領域に近いのに対し、本家は餃子との親和性が高いのが個人的な勝因だったろうか。

7月23日(日)-2 走れバイシクル  -海外情報 - 台湾-

h976.jpg 鄙びた街並みや明媚な風光よりは判り易いギミックを好む性向からすれば、航路拡大の為に敢えて半島を旗津島として切り出し、その結果観光地化したと言われても必ずしも食指の動く響きではない。
 港からフェリーにて約10分、沖合いに小振りとはいえ駆逐艦らしきが停泊しているのは、行政区画としての旗津区が南沙諸島をも管轄していると聞けば合点がいくが、船着き場に降り立てば辺り一面に並べられたレンタサイクルに自然と足が向かう構造になっている。
h977.jpg 電導自転車と言ってもわが家も長年愛用し、屡々盗難にも見舞われて来た足漕ぎのアシストにあらず、ハンドルのスターターを回せば滑走する四輪車だから明らかにわが国法規に照らせば所謂原付に他ならない。事実、貸与時には運転免許証を預け入れるが、旧宗主国条項が働く訳でも無かろうから合法であるかは問うてはなるまい。
 ただ風力発電も設置される風の流れの良さの中、車道を滑走すれば猛暑も吹き飛ぶ快適さと同時にこれ自体が立派なエンターテインメントである。幾ら貝好きであっても貝殻博物館を繁々と眺める趣味は無いが、海沿いに配置された魁偉な貝殻のモニュメントはキッチュでこれ又絶好の絵柄では無いか。
h978.jpg ところが好事魔多し、調子に乗って風車まで足を伸ばしたのが運の尽き、俄かにスピードが衰えて来る。慌てて踵を返したものの復路迷って漸く商店街に辿り着いた頃には風前の灯火になって来た。充電が切れれば単なる重い箱、EVの悲劇を遠く台湾で体感する羽目に陥るとは露も想像しなかったが、一家四人総出で交替しつつ人力で漕ぎ尽くし命辛々船着き場に帰還出来たとは、子供達も成長を遂げた証しであろう。

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 東京タワーにしろスカイツリーにしろ、古来より虚空に聳えるタワーは人間の飽く無き上昇志向の象徴であるとともに、都市の位置関係を把握する為のランドマークでもある。
 事実、フェリーからも高雄85スカイタワーの偉容は際立っていたが、タクシーから拝察する限り途上には実用性に乏しそうなオブジェばかり至る処工事の嵐である。しかしながらいざ東京タワーとほぼ同標高の展望台にセットされた、眺めるべく光景を模した図番には、須く完成形が恰も現在であるかの如くに掲げられているではないか。
 地表には試験的に導入された路面電車がHOゲージの如くに蠢き始めてはいるものの、どうやらタワー自体も空き家が少なくなく、都市の活性化に向けた成長余力と見るか、単にバブル崩壊宜しく工期遅延による夢の残砂と受け止めるべきかは微妙であろう。
h981.jpg  近隣のデパートの2フロアを占めるフードコートにて又もや小籠包、目の前には大戸屋が鎮座しているのは日本映画同様に日本食への人気を物語っていようか。わざわざ午後の日射しが益々照り付けるなか徒歩移動を選択したのは、三多商圏駅に直結しているからに他ならない。
 ここからは敢えて地下鉄(左写真車内)に乗ってみた。切符の替わりにプラスチックの丸コインを投入する手法は印度も同じだったから亜細亜では一般的なのかも知れない。

 左営駅に帰ってきた。再びバーコードを翳すも改札に弾かれる。どうやら指定特急券は凡ゆる自由特急券の権能を内包するわが国と仕様が異なるのは、矢張りハイブリッド種故か。止む無くみどりの窓口に並ぶも指定は既に満席、では終点だからと自由への振り替えを求めると、あろうことか差額を返金して呉れるではないか。しかもご丁寧に一本早い次のひかりの時刻まで教授され、良心的かつ親切である。
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 いざホームに登り或いは大陸ならば血で血を争う席の争奪戦が繰り広げられようかと身構えたものの、皆整然と列を為し全くの杞憂であった。途中駅からは自由席の通路にも乗客が並び、日曜の夜とはいえ経営危機も憂えられながら先ずは順調な需要振りである。
 振り返れば確かに解説が無いので小ネタを仕込むには不都合だったが、何よりもコスト面から、また縛られず自由気儘な行脚という意味でも非ツアーは正解だったのではないか。

 台北に戻りその足で火鍋を鱈鰒喰らい、丁度隣のタピオカも賞味する。「世界発 現場でタピオカ作り」なる日本語のコピーも鮮やかだが、杏仁豆腐にしろ周囲の液体の甘さに相違して本体の味が稀薄な食物は苦手で、折角の台湾名物を哀れ残して仕舞った。いい加減便秘続きの胃腸が許容の限界を迎えていたのかも知れないが。

7月23日(日)-1 地底超特急 南へ  -海外情報 - 台湾-

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 台北駅は国技館にも似た佇まいの堅牢洪大な総合駅舎である。昨日ホテルに草鞋を脱ぎ、ケアンズではレストランの予約迄もおんぶに抱っこだったJTBツアーデスクを真っ先に訪れたものの、あろうことか土日は人手が足りずチケット手配が叶わないとはとんだ喰わせものである。止む無く見る限りセブンイレブン2対ファミリーマート1の割合で点在しているコンビニの画面案内に従い、半信半疑で印刷したバーコードを改札に照らせば案ずるより産むがスムースに構内に滑り込み、見渡せば空港の如く近代的な造詣に対面する。
 折角なのでと大枚叩いた「商用」即ちビジネス=グリーンに居を据えると、程無く車窓にはわが国かと見紛うが如き辺り一面の水田が拡がり、僅かに彩る木々だけが南国モードを物語っている。
h984.jpg ただ都市部に一直線に線路を引いたからだろうカーブすら希少で、かの中国リニアの様に加速するに連れ増大する揺れに身に迫る些かの恐怖感も皆無であり、元よりわが国技術の高さの証明には他ならなくとも、とくに前半戦は隧道ばかりで観光路線としては物足り無さは否めない。
h975.jpg 何よりも路盤や制御システムは欧州仕様で出発し、上物だけJR東海が鳴り物要りで逆転受注した混血児にも拘わらず、グリーンにはパーサーがお絞りを運び、前席の背中には"台湾のウェッジ"と囁かれているかは定かで無いが雑誌が据え付けられる、グリーン車のサービスまで完全に瓜二つで、視察対象としては物珍しさに乏しかったと言うのは無いものねだりだったか。

 台湾第二の都市、高雄が先住民族の地名の音にわが国統治期に宛字で高雄の字を誂えたエピソードは有名であろう。
 しかし観光バスが我々を待ち受けてはいないので、逡巡もせず行き当たりばったり向かったのは蓮池潭であった。いきなりジグザグの廻廊を亘り龍の胎内を潜り抜け、五重の双搭の片割れに登り文字通り蓮だらけの湖面を睥睨すれば、吹き去る風が快適である。今度は虎を通って元に戻るのだが、龍虎だけに「おいしいですね」と呟いてみても最早わが国でも通用しない呆けだろう。況んや高雄においておや。
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 東洋人ですら異国情緒を掻き立てられる絶好の撮影スポットであり、絵に描いた様なエキゾチズムは貴重な観光資源に他ならず、少し歩けば今度は横たわる龍が我々を待ち受け、幾分小振りな双搭に観音様までトッピングされた春秋閣が現れる。遥か向正面には得体の知れない巨大な神様も鎮座しているのが伺えるが、惜しむらくは日照りが強過ぎて到底徒歩行軍に及ぶ気力は湧いて来ない。
 しかしこの広大な空間は何等かの宗教性を帯びているとしか思い難いものの、かの関羽雲長を祀る廟こそあれストレートな神社仏閣の類は誂えられていない。或いは土着信仰とはかく形而上のアイテムに囚われない仕立てなのかも知れない。

7月22日(土) 神は隠さず  -海外情報 - 台湾-

h965.jpg  朝8時にわが家を出立し、現地時間13時には台北に降り立っているのだから、凡そ半世紀に亘るわが国統治という事実を措いてなお台湾は掛け値なしに近しい国である。
 想えば2011年のグアムを皮切りに、バリ島沖縄ハワイ北海道パラオ、そしてケアンズと、祐旭が受験生だった2015年を除いて外地や海外に赴いてきたが、実に非リゾート地は初めての選択であった。
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 辺りを見渡せば多少なりとも郊外なのだろうか、亜細亜風と言うよりは疎開の如く、蘇洲夜曲の奏でが似合いそうとの感想は明らかに年代的にそぐわないものの、スクリーンに映し出された様な光景が散見される。しかしながら程無く中心街に至れば絵に描いた様な先進国が現れた。

 従って極めてオーソドックスな家族旅行宜しく名所旧跡からスタートする。孔子廟は公資の命名の由来のひとつ、と言えばルーツを探る道程の如く美しかったが、実態は全く無関係である。とは言え大陸の菅原道真として太宰府の替わりに受験生が詣でるには相応しかろう、何故か客引きに極めて積極的なお札の即売ならぬ即書コーナーにて公資は当然「学業精進」、祐旭は「夢想成真」と若干叙情フォークの如しだが認めて貰う。
 続いて定番中の定番の龍山寺は、東南亜細亜の上座部ほどではなくとも、仏教ながら多分にアミニズムが移入された様な混淆振りには面喰らうものの、寧ろわが国の佗び寂びを極め華美とは対極に位置する寺院の方が世界的には奇異なのかも知れない。 丁度夕刻の日行のタイミングだったのか参拝者が須く南無阿弥陀仏を、読経と言うよりは賛美歌の如く吟い続けており、祭り宜しくハレの空間を形成するのもまた日常に同化した宗教の有り様なのだろうと得心しておいた。

h968.jpg  夕刻からは早速バスに揺られて約一時間の小遠征である。わが国統治時代の金山跡が由来であり炭鉱の街同様に思い切り寂れた後に、急傾斜故の段差豊かな斜面地建造物群がレトロな風景として映画のロケ地として注目を集め、結果的に観光地として一斉を風靡することになった波瀾万丈の地、九份である。
h969.jpg  加えて映画「千と千尋の神隠し」の舞台とのまことしやかな風説が流布され、スタジオ・ジブリからは公式に否定されているものの現地では敢えて噂が拡がるままにしているのだろう、今やわが国の台北観光最大のメッカとなっている。
 亜熱帯気候故に油分豊かな調理が好まれ、それを中和する為の居並ぶ茶店もまた台湾のアピールポイントのひとつだが、「泣かないで~」と館ひろし氏を気取りながら中国茶を啜る嗜好は無いものの、多くは中華料理店もまた兼ねているから混まない内に小籠包にあり付く。焼売は崎陽軒を至上に仰ぐ一方で、餃子はみんみんも正嗣も拘りなく平らげる私も小籠包には疎遠であったが、明らかに本邦より美味に感じられるのは本場たる先入観の為せる業だろうか。
h970.jpg 勿論、湯婆婆の館のモデルとされている阿妹茶酒館やその向かい合わせで絶好の撮影ポイント、海悦楼茶坊は混雑の極みなので別の店舗だったが、幸便に四階窓際の席に案内され、台湾麦酒が薄くて夫婦共々恐ろしく口に合わなかったのを除けば、夕暮れの海を臨む絶景に早速祐旭も携帯の待ち受け画面に採用しており、常日頃の如く満腹中枢を惑わせるが如く過剰な注文に散財するのであった。 ただ何れも煌びやかな、有り体に言えば派手な仏閣二者に対して、確かに日本人が好みそうな情緒性に富んだ趣きには違いないが、逆に言えば必ずしも中華イズムらしからぬ風情であり、これが台北最大の観光資源とは間釈が合わない感無きにしもあらずではあった。

 ツアーの起終点がマッサージ店なのはJTBの策略だろうが、見事に乗せられて揉まれて帰る。元より観光客向けだから台湾式を称しても過剰な痛みは伴わないが、泰王国の様な安価には程遠い。観光客料金と言えばそれ迄だが、総じて物価は高く、逆に観光スポットが何れもロハだったのは産業としての観光立国に未だ潜在成長域を残していると読むべきなのだろうか。
 ただ振り替えれば結局この初日の夕刻が最初にして唯一のツアーとなったのは意外な展開だった。

5月1日(月) 中乗りさんは何処  -地域情報 - 名古屋・愛知-

h900.jpg  名古屋に在住したのは小学六年からなので祖父母に連れられた下呂温泉を除けば、愛知近隣の観光地は殆ど訪れたことが無い。従って年末の長島然り、今般犬山も新鮮である。
h901.jpg  昨夜に引き続きてんこ盛りの朝食にはカレーきしめんも戴き、一路犬山城へと登城する。城フリークではないので見聞に乏しいが、思いの他狭く感じたのは大阪やら名古屋やらを見慣れた為で、江戸以前から残る国宝の天守閣はこうした規模が当然なのかも知れない。
 最上部の外回廊の周回は小学生期に訪れたピサの斜塔ほどの恐怖感は無かったが、ケアンズのアスレチックを彷彿とさせ、安全規準に煩いわが国らしからぬ仕掛けだったか。


 実は犬山には昨年も一瞬闖入し明治村は賞味済みなので、続くターゲットはモンキーパークと相成った。開場前に到着し、係員氏の「昔は県道まで車が溢れて臨時の職員が交通整理に出向いたものだが」との遠くを見詰める様な述懐にも触れたが、確かに平日の旅とはいえ黄金週間とは思い難いひっそりかん、1962年開業の最寄り駅からの足となっていたモノレールも既に駅舎跡のみの巨大なオブジェと化している。
h902.jpg  しかも俄かに雨足が及び、ずぶ濡れの中に臭気著しい猿と戯れるのは、何故か動物好きの子供達に存外に悪評はないものの、父にとっては苦痛極まり無い。ただ旭山動物園の成功以来、動物を本来の生態のままに来場者と触れ合わせる常套手段はここにも波及しており、連れ立ち雨宿りするワオキツネ猿を一網打尽に撮影出来たのだから何が幸いするかは分かるまい。
h903.jpg  元より猿とその仲間達だけでは幾ら世界各国から集っていても早々に飽きが来て、昼前には切り上げてかの一見さんお断りで名高い名門・蓬来軒の暖簾分けたるひつまぶしの店に急行、父は当然蒲焼き御飯だが、妻子には好評で大枚叩いて消費拡大に貢献したのである。


 犬山探訪はまだ尽きないとは流石に名古屋五摂家・名鉄グループの築いた一大観光地だけあるが、何と無く東武ワールドスクエアの亜流を想像していたら、いきなり猿人・原人・新人の進化の過程を見せられ、成る程モンキーの延長線上かと妙に納得したのがリトルワールドである。
h905.jpg 屋外には諸外国の建物が移築されているという点では寧ろ明治村の同巧異曲なのだが、ペルーやインドの代表的な家屋を並べられても兼高かおる気分には到底及び難く、海外旅行が高嶺の花だった時分の万国博を想起させるものの、今となっては些か子供騙しの域を超えていない。
h904.jpg これだけでは撮影スポットにも乏しいので、気の進まない公資をすっぱいチュウで釣ってアフリカ人に扮してみたが、お着替えおひとり様300円は確かにお手頃とはいえ、もっと思い切りマイナーな新興国家を追加するなりひと捻り欲しいところではあった。
 戦国の世から猿の軍団を経て世界まで、駆け足の時間旅行でした。

4月30日(日) 摩天楼ブルース  -地域情報 - 名古屋・愛知-

h895.jpg  さて明けてこの日はスーツに着替えて豊田市へと向かう。雑魚寝した父母の家から地下鉄に万博のレガシィたる新交通システム・リニモ、更には旧国鉄予定線改メ第三セクター路線と、公共交通機関不毛の地において果たして自動車を用いない移動が如何に大仕事かを実証してみたが、流石に早過ぎて二時間近く前に到着して仕舞った。
 して目的地の豊田スタジアムまでてくてく歩き始めたところ、背後に街宣の音がスピーカーから奏でられる。黄金週間にも拘わらず大義なことと聞き流そうかと思いきや、響き亘る声には聞き覚えがあるではないか。
 実に本日会合の主宰者の御仁がいきなり駅頭に現れたとあらば足を留める他は無いが、幾ら眼を凝らしても辺りに人はいない。やむを得ずそのまま俄か聴衆と化したが、都市部なら定番の駅頭演説もかく宛も無い労苦のひと駒に過ぎないのかと、自動車社会における政治活動の難しさに期せずして直面したのであった。
h897.jpg  ただ程無く旧知の秘書氏も現れ、スタジアムまで事務所車に便乗し、かつ車寄せからの導線確認まで同行して見事随員の本分を果たし得たのだから、行き掛けの駄賃には終わらず早行きはまさに三文の得であったろう。
 お目当ての豊田スタジアムでは華やかにガーデニング・フェスタが挙行されているが、元より園芸振興対策議連の寄り合いにもあらず、上官の会食のアテンダントに他ならない。それでもグラウンド・レベルから天然芝にも触れ、貴賓室から見下ろす眺望と古の大阪球場もかくあらん天外魔境の絶壁擬きの客席も賞味するプチ視察にあり付いたのだから、半日強の休日出勤も役得だったか。迷路の如くスタジアムの内部もまた都市変遷評論家・野球評論家には興味深いものだった。二年後の闘球W杯会場としては、駅までの微妙な距離感が大量の搬送において若干ながら懸念はされるものの。

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 病院にとって返して一家と合流しここからは再び黄金週間モード、犬山市へと向かった。
 敢えて名鉄の牙城にも拘わらず木曽川を超えた対岸の岐阜県側に宿を定めたのは「家族風呂」に牽かれたからであったが、その予約を巡りひと悶着あったのは温泉街としての凋落振りを体現するホスピタリティーの減退故だったのかも知れない。
 ただそれを除けば山の幸のみならず中部地方らしいと言うべきか味噌料理に海老フライと夕食も盛り沢山だったし、谷間の休前日外とはいえ合理的なお値段設定だったろう。温泉宿らしい卓球台こそ存在しなかったものの、カラオケにも興じ、夜半の露天風呂から遠く眺めるライトアップされた犬山城も乙なものだったのではないか。

4月29日(祝) 湯~とぴあ宣言  -地域情報 - 名古屋・愛知-

h891.jpg  父母の入院加療を受け黄金週間は名古屋の父母の家に業者を招聘してゴミの廃棄に始まる。それだけでは余りに味気無いので見舞いを経て向かうは名古屋城、一同失念していたが三年振りの再訪であった。生憎の豪雨も程無く晴れ上がり、三選間もない市長肝煎りの木造天守閣再建に先立ち復元された本丸御殿にも闖入するが、いざ鉄筋の天守閣に再入城して祐旭の記憶を甦らせたのが石引きの再現ギミックとは、戦後の構造物の見世物的な要素もすっかり歴史の域に至っていることを実感させる。
h892.jpg  ただほぼ行き当たりばったりのこの日の行程で次いで及んだのがスーパー銭湯とは意外な展開だったろう。そもそも風呂嫌いではなくとも取り分け露天を好まない妻との嗜好は必ずしも一致しないところ、わざわざラバーまで張り替え新装したラケット持参の執念が卓球場を発見させ、前日千住まで遠征した後に全日空ホテルで一時間立ち尽くし、棒になった足が久方振りにマッサージを求める父の思惑が合致したのである。
 荻窪にも同じネーミングの風呂が存在するが、勿論同系列ではなくトマス・モアの理想郷を「湯」に準えるのは全国津々浦々考えることは同じという証しだろうか。
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 周辺環境は必ずしも芳しくはなさそうだが中は文字通り極楽で、公資は早速「大願成就の湯」に身を浸して「まだ志望校も決まってないけど」と呟きながら、先の組替え試験では二場所振りに大関からの陥落が決まったわが身を奮い立たせていた。
 浴衣と作務衣の中間の様な装束に身を包み、夕食の後は卓球の予約まで寝転んで漫画三昧とは黄金週間に相応しい怠惰なひと時である。翻って久々に見学した母子三者のピンポンは流石に鍛練の賜物、一打一打に見事回転が掛かってトップすることなく立派にラリーの応酬が繰り広げられているではないか。今更の参画は到底叶わない父は一路揉まれ部屋に急行したのである。急拵えの割りには盛り沢山の初日だったか。

1月1日(祝) 明けましたぬるま湯  -地域情報 - 新潟県-

 明けましておめでとうございます。

h795.jpg  幾分雨模様の元旦はスキーから父のフィールドに変転するも、遠乗りは避け湯沢から関越道では次のインターに当たる石打塩沢地区とは原点回帰であろうか。
 鈴木牧之なる人物は寡聞にして知らないが、その名を冠した牧之通りは古の三国街道の塩沢宿を模した街並みが再構築された造りで成る程風流には違いない。元旦から開業は望むべくもなく甘味ひとつ有り付けなかったのも致し方なかろうが。
h796.jpg  気を取り直し風呂へと向かう。元よりリゾートマンションには大震災以来湯源が閉ざされたとはいえタンク運搬で温泉は完備されているが、湯沢界隈の立ち寄り湯はまだ児童園児時代の子供達とひと亘り浸かり尽くしたので、目指すは丸山の温泉宿とはマニアックである。
 ただ規模からすれば到底長島とは比べるべくも無いものの、露店の岩風呂が小振りながら程良いぬるま湯で、雪景色を眺めつつ長湯してものぼせるでも無く快適であった。
 まだまだ湯沢は奥が深い。

 皇室典範には、帝国憲法下から皇太子、皇太孫の規定はあっても皇太弟の記述はない。だからと言って皇位継承権第一位の宮様の皇太子「待遇」には他の選択肢はあり得ず、そこに特定の意思を見出だすのは論理的には為にする議論であろう。
 内親王殿下の即位を可能とする皇室典範の改正の是非を問う前に次たる天皇陛下を確定するが如き呼称は杓子定規に過ぎるとの形式論は、解釈の余地を与えず杓子定規にするのが皇室典範の最大の眼目であり、だからこそ今般は陛下のご意思との折り合いを付ける為に特措法という苦肉の策に導かれている、という国家の判断に整合しない。
 ただそもそも皇室典範の想定していない退位が論ぜられる事態こそ極めて杓子定規の範を超えているのではないかとの疑念があるからこそ、根源的に何か釈然としない感が残るのだろう。要は我々は天皇機関説ではなく人間としての陛下を自然に受容しているという帰結か。

12月31日(土) 山へきたのさ ヤー  -音楽 - J−POP-

h792.jpg  賀状地獄から抜け出し30日15時にわが家をセコムに委ねるも結局18時前の、越後湯沢止まり「たにがわ」のグリーンにしかあり付けないとは些か上越新幹線を甘く見過ぎたか。或いはカレンダ配置から年末年始の短い連休故に移動も集中したのだろうか。辿り着いた雪の湯沢は父にとって二年振りである。
 とはいえスキーは四年前を以て自主的に卒業しているので、明けてリフト一回券で岩原の中腹まで登り、妻子を見送りゲレンデのカフェテラスならぬスノウマンに陣取ってファミリー仕様のポテトボックスを独り平らげる。持続されない集中力が自動的に補われるべくウルトラと音楽と交互に読書を挟んだお陰で、単調な賀状のコメント添えも珍しく捗り、年内投函の目処が見えてきた大晦日だった。
h793.jpg  プロ野球と映画界、政治と都市変遷など評論稼業の分野相互の結び付きから知識を敷衍していくのは私の常套手段だが、ウインタースポーツとの御縁はあるまいと高を括っていたら、マン30話「まぼろしの雪山」のロケ地が今は亡き程近くのTBS丸山スキー場との記述を発見する。ここ岩原にもスノボーも盛んな大衆ファミリー向けスキー場として命脈を保ってはいるものの、加山雄三氏のゲレンデとともに若者文化の最前線を担った栄光の時代があったのだ。

 昨夜は到着して温泉で身体を温めレコード大賞、本日は紅白と例年通りの展開だが、些か作業疲労か身体の節々に痛みを覚え、年越しの数時間前にダウンした。
h794.jpg  ただ事後の録画鑑賞を含め本年の歌謡新曲を初めて通聴して、ABCDに留まらぬ程に複雑化した曲構成の一方にラップをはじめ旋律の平板化という振幅を経て、単純なコード進行とメロディに回帰した結果、ヒット曲の大半がフォークの如くに響く皮肉に気付く。
 そもそも"レコード"大賞がYouTube再生回数を指標に用いている時点で自家撞着だが、強引に纏めればオーケストラでも第九でも如何様にアレンジ出来るピコ太郎もまた、確かに舞台映えするという意味では稀少に違いないが、楽曲としては単純化の極みと言えよう。
 旋律の美しさよりも唄い易さ、躍り易さに歌声喫茶的な均一性が優先されるのも、対価が著しく希薄になった音楽の経済的価値の低下に一因を求め得るならば、恰も縮小均衡の一環の如くあるのは少々寂しい。
 芸能は見目のみならず歌謡そのものもゴージャスであって欲しい。
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