コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

6月9日(土) it's just another brick in the wall.  -政治・経済 - 環境・資源・エネルギー-

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 出向時代には北は北海道から南は沖縄まで、視察には事欠かなかったが、民間企業人の立場では仲々預かれない貴重な機会であり、だからこそひと度好機に恵まれたならばオプションを付けて更に足を伸ばしたいと企むのは人情の常であろう。
 既に昨年10月に静岡横断を敢行した際にも訪問を試みたものの豪雨に断念を余儀無くされた浜松は舘山寺である。
 元より朝から優雅に温泉に浸かる訳でも無く、タクシー運転手氏にも「お寺そのものですか」と驚かれる位に、有数の観光地にも数えられない曹洞宗の寺院を酔狂にも総勢五名で尋ねたのは、観音像が実に総理に酷似しているとの記事を発掘したからに他ならない。
 境内からして相当な高台にある上に更に丘陵を登り詰めた先に御目当ての観音像は鎮座しており、道すがら拝察する横顔は女性的だが、いざ正面に廻ると取り分け下から仰ぐ角度がくりそつではないか。
 昭和十年建立とはご尊父・晋太郎先生も、その異父弟にあたる西村元興銀頭取も既に生誕されてはいるものの、モデルがあられたとは到底想い難い。
 観光地とはいえ殆ど人気は無く、総理とのご縁も鄙びた土産物店にフライデーの記事が掲げられるのみで商売気も皆無なのは、寧ろ長州小力氏の方がより相似性が高いとの指摘があるから、ではないだろう。
 国会の平らかなるを祈願して湖畔を後にする。

i400.jpg  さてご尊顔拝謁が本題ではないので掛川までとって返し、ひとり位寝過ごすのではと危惧していたところ本当にそうなった団体高官とも漸く合流し愈々だが先ずは腹ごなし、鰻を賞味する。
 帝都の天気予報に伊豆半島が含まれる様に、静岡県が関東と中部何方の範疇なのかは議論の分かれる処だが遠州掛川は焼き鰻、文化圏としては明らかに三河に近い。そして電力もまた静岡県の中で周波数が切り替わり、今や自由化の時代とはいえ富士川以西が中部電力管内とあらば、浜岡原発はその最東端に位置することになる。
 工場をはじめわが国産業用設備の多くは地域への理解の為に展示閲覧用スペースを設けており、今や産業観光の大いなる資産たる役割も担っている。中でも原子力発電所においては政治的な世論の断裂からも柏崎刈羽六ヶ所がそうであった様に、安全性と経済的意義のPRには過剰なまでに重きが置かれざるを得なかった歴史がある。
i401.jpg  従って我々も座学に続いては一般開放された展望台へと、エレベーターの内側の窓から発電機の模型を眺めつつ昇れば、発電所の全貌を一望にする素晴らしい眺望に預かれるのだが、残念ながら撮影不可になったのは東日本大震災以降だという。
 実際、発電所本体の区域には厳重なIDチェックを経て入らなければならない。原子力であれ火力であれ熱エネルギーによる蒸気でタービンを回す為、大量の水を必要とし、結果としてわが国においては海岸沿いの立地となる。従って、天然の砂丘による防潮と臨海にも拘わらず些かの高台たる浜岡は絶好の立地だったのだが、翻ってそれが現代の「万里の長城」とも揶揄されて仕舞う津波対策としての巨大な壁を建設を要請される事態に陥ったことは広く喧伝されている。
 更には第二の壁として発電所本体の扉は天の岩戸宜しく堅牢に、一方で水を絶やさぬべくプールに貯蔵しつその水が逆流せぬよう関所を設け、非常用電源を発電所内発電所として確保し、それでも尚電流が途絶えれば人海戦術で耐え抜く様にポンプと重機まで誂えるという何重ものフェールセーフ構造には気が遠くなろう。
i402.jpg  最新の五号炉には端から見学を前提に廻廊が設けられ、集中管理所の天井は来訪者の視線が業務の妨げにならぬよう異様に高く設定されているにも拘わらず、展望台から全容を眺めた幾多の来客がほぼスルーで訪れる筈だった開かれた原子炉は、人目に触れず宝の持ち腐れのままに、何時再稼働されるかの見通しも立たない終わりなきマラソンを余儀無くされている。
 現実に事故が生じた以上、原子力発電がコバルト、アトム、ウラン三兄弟か闊歩する夢のエネルギーの側面だけで語り得ないのは致し方無かろう。ただ緑溢れた外周を切り開いた広大な防火帯や竜巻対策の車両固定危惧等、日本沈没の如き究極の悪夢を想定して尚過剰としか表現し様の無い対策を全国一律に強いられるならば、最早経済合理性や電力自由化の方向性とは対極の世界にあり、ベース電源の供給は国家管理に回帰すべきではないのかとも思えて来る。恰も米軍基地用地には政府による代執行が認められている様に、事は一企業、一地域の経営判断を超越していよう。
 遠き未来において発蓄電技術の著しい進捗に依り、原子力が少なくとも発電の世界においては過渡的な存在であったと顧みられる日々が訪れ、ソリッドステイトを称する十万馬力には及ずともアトム同様環境には優しいヒーローが描かれるならばそれはそれで素晴らしい。ただその見通しも立たぬまま、単に政争の具に供するのは厳に戒めなければならない。
 撮影に戻った模型にも長城の一部は築かれ、その長大さが一目瞭然となる仕組みだが、当初の18メートルから更に4メートル嵩上げを余儀無くされた経緯を示すが如くに天井の一部が切り開かれている。
 壁ばかりが話題になったよね、と振り替える日々は何時訪れるのだろうか。

i403.jpg  さて掛川まで戻り一路帝都を目指すが、視察はまだ終わらない。東京ミッドタウン日比谷は三井グループの本拠・日比谷三井ビルと思い切りアナクロな造りで保存運動も起きた三信ビルの跡地であり、前者は愛知県の自動車会社も御縁少なくなかったら、レクサスのテナントが鎮座しているのも歴史的経緯を意識したものかも知れない。
 都市の再開発が行われると周辺の景観も全く異なって目に映るものだが、嘗て流行の最先端であった日比谷シャンテもこうなるとゴジラの背景画像にしか見えなくなって来る。
 肉を鱈腹腹に納めて充実した一日は終わる。ありがとうございました。

6月3日(日) エレキの祐旭  -音楽 - ギター-

i395.jpg  所謂エスカレーター型の大学直結の学校でありながら、中学は後発のためクラブ活動は部単位で中高一貫か相互独立型か色取り取りの中、祐旭の属する排球は後者で自動的に高校には持ち上がらず、公立高にサイクルを合わせているのか受験も無いのに中三の6月で引退になる。
 そこで時間に余裕が出来るからだろうか、ピアノに続いてギターにも手を染めてみたいと聞けば、ついぞ弦楽器はモノにならなかった父にしてみれば、寧ろ気の変わらぬ内に尻を推したい位である。
 善は急げと去る27日には早速新宿に繰り出したものの、かのポール・マッカートニー氏ですら初期には上下逆さまに弦を張り替えていた程に、ゴルフ以上にサウスポーには世知辛い世の中、楽器の街・御茶ノ水まで赴くべしとの御宣託を受け、谷口楽器の左専門店にて漸くあり付いた。
 わが家にはギタリストでも無いのにテレキャスにレスポール、ヘッドレスのベース、嘗てはストラトも存在したが、SGは初めてである。元より今度はどう転んでも父は弾けないのだが。

i396.jpg  さて一週間を経て愈々体験レッスンに挑む。三ピースならバンド練習も可能なスタジオに入り、鍵盤なら運指からと経験則からも容易に想像に至るものの、はて弦楽器は押さえ方なのか、クラシックなら「禁じられた遊び」でもお題に始めるのかも知れないがエレクトリックとなると何から教えられるのか興味津々のところ、結論はアンプの使い方とは意外な展開であった。
 考えてみれば極めて実利的な話しで、丁度「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」という書籍を読んで、成る程マイクやアンプの意義を改めて理解した処でもあったのだが、身近にラジカセがあってアナログで録音体験を積んでいる世代には、音を増幅するアンプリファイヤの存在は半ば自明であっても、デジタル全盛の昨今には先ずシールドを繋いで音を出すセッティングからして異質な世界に違いない。
 流石「エレキの○○」とGSの生き残りの如く異名を持つ教官、と深く頷いて仕舞ったか、勿論自称している訳ではなく単に「エレキギター担当の○○先生」の略称に過ぎない。続いてギターを抱えるとピックの持ち方に続いては、いきなりリフである。
 5弦6弦のみを用いる所謂パワーコードなのだが、三度の音が無くブルース風で、鍵盤頭の父にはG→Bフラット→Fとしか表記出来ず、既にこの時点でギターの異文化たるを改めて痛感させられる。
 体験30分は早々に終了し、そのまま入会金を払い月二回のレッスンを契約する運びとなったが、早速祐希はギターのおまけのミニ教則本で「Fはむずい」等と宣いつつわが家でも爪弾いているので、折を見て随行してここから如何に展開するのか是非見定めたい。

6月2日(土) お相撲と花札と  -スポーツ - ゴルフ-

i393.jpg  南一番いきなりの寄せワン・パーからの好発進。続いて四番では今般も寄せワンのニアピン消しゴムと好調が持続されている。
 そこからは平板だったとはいえ、珍しくウッドの飛び過ぎに依るグリーン超過も二度と嬉しい、とは言い難いものの望外の誤算も生じる始末である。
i394.jpg  後半の東は肝心のショートでの引っ掛けOBが痛く、キュアパターも炸裂せずパーを拾えなかったものの、二階建てのまま該当者なしに終わり、替わりにツーオン・ニアピンの導入されたラスト2ホールのミドルを、何れもボギーで凌いで前後半とも48。スリーサムで三人とも須く40代とは立派なものとはいえ、つい数か月前に民事再生手続きに入った児玉カントリーには初の御目見えだったが、ドッグレッグ多数には違いないものの短い上に池やバンカーも希少で、これならば90代前半も望めたのではないかと一抹の後悔が残るとは、私も偉くなったものだ。
 焦眉の新アイアンも幸いざっくりもトップも出現せず、最後に綺麗に振り抜けこちらも飛び過ぎ僅かに零れるほぼグリーンオンとは、兎角上がって届かずがアイアンの定番だっただけに、政府の方針にも合致した過大な投資も果実を齊しつつあるということか。
 本庄児玉までは仲々来ないので、帰路には塙保己一和尚の像を拝む。埼玉三偉人らしい。渋沢栄一に埼玉のイメージは希薄だが。

5月31日(木) ハムはお好き?  -スポーツ - プロ野球-

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 本年二度目の東京ドーム。見処はいきなり四審判がバックネット裏に疾走する不穏な絵柄に連続で遭遇した、初めてのリクエスト体験だったか。
 成る程、従来ならば監督に依る抗議の運びだったろうから、明らかに時間短縮の合理化には寄与しているに違いない。
 大相撲では「世紀の大誤審」を契機に70年代にはビデオ判定が導入されたが、端から行司には最終決定権が無く勝負審判に委ねられており、野球も幾ばくかこれに近付いたということか。尤も責任審判が審判部長だったとして、判定が覆っても立行司の如く進退伺いを提出する義務は無い。
 もうひとつは負け試合模様だと上原投手に巡り会えるのではとの期待と不安が両方とも見事に的中し、代り端本塁打を浴びてそのまま敗戦とは、今年の巨人を象徴する様な展開だったか。
i397.jpg  清宮選手も二軍落ちして仕舞ったし、詰まるところ最大の収穫がお土産の戦前の縦書きではなく、高校野球を模した漢字横書きの「巨人」ユニフォームでは、交流戦になると毎年パ優位があからさまになるが、愈々高橋監督の進退が危うくなりそうで、不安極まりない。

 昨晩は会社のボウリング。人手不足からの二年連続だった選手を外れ、パーティー・ラッシュを切り上げ後半戦から観戦する。
 しかし出陣すればしたで面倒だが、一方で観てるだけでも退屈である。この種の催しは立ち位置が難しい。

5月30日(木) 合理化されたア行効果  -政治・経済 - 選挙-

i388.jpg  正常化以来数日の遅れこそあれ、今通常国会の最大課題たる働き方改革と、同じく昨年からの持ち越しとなるIRまで処理するとしても、外交日程の嵩みを勘案しても7月初旬までの小幅延長にて大禍なく運ぶと思われたこの期に及んで、いきなり参議院の定数増とは驚き桃の木である。
 そもそも第二院においてなお衆議院同様の一票の等価値に基づく定数配分が必要か否か自体に議論があり、だからこそその制約たる憲法改正に着手した筈である。
 元よりそれは来夏の参院選に間に合わないのは明白だったにも拘わらず、唐突に合区対応が浮上するのは些か不可解ではないか。
 わが国では政治改革が騒がれて以降、衆参ともに議員数を削減するのが当然に正義であるかの如く論調にあるが、約半数の人口である英国下院が定数650を数える様に、一国の議員数とは当該国の歴史と地域制から定められるものであり、戦後250で発足し、沖縄復帰により最大252を数え、そこから10議席減の参議院を6議席増やすことを一概に否定は出来ない。
 ただ一票の格差を三倍以内とする最高裁の現行判断に基づく限り単に合区を解消するのに必要な30以上の選挙区定数増は現実的ではないと言って、合区に依って候補者を擁立出来ない県の為に比例の一部のみ拘束名簿を復活させる今案は如何にも筋が悪い。
i390.jpg  既に二年前には合区優遇策として、非拘束ながら通常はアイウエオ順たる名簿搭載の上位に高知、鳥取の候補を並べたのだが、所謂"ア行効果"はひとりだけに限られるので、大方の予想通り高知の候補のみ当選した経緯があり、今般はこれを制度的に担保する改正と言える。
 勿論、全選挙区に候補者を擁立する大政党に特有な事情であり、自由民主党においても当選者が自動的に二人増えるとは思い難いから、当落線上と見られる他の比例候補には死活問題である。更に言えば、今後合区が増える度に定数を増やす訳にはいかないだろうから、拘束枠だけが増えるとすれば益々怨嗟の声は拡がろう。
 そもそも「出たい人より出したい人を」の観点から拘束名簿式を以て83年に比例代表を導入しながら、上位者は名簿搭載時点で当確のため選挙運動に身が入らず、逆に下位に置かれると悲観して立候補を取り止めるといった不具合が顕在化したのに加え、名簿搭載順の決め手となる党員獲得に不明瞭な事態が発覚したのを契機に、"残酷区"と揶揄された全国区時代に近い個人名投票も可とする非拘束名簿式に改めた経緯があり、再びその折衷とするのは難解の極みであろう。
 実は合区にしてなお埼玉が格差三倍を越える為、表裏二議席を増やさざるを得ない大義名分があり、どうせなら一緒にの思惑かも知れないが、法案提出の動きを示すだけで実態は合区対象県へのエクスキューズだとすれば、余計な批判を招く分高い買い物ではなかろうか。たとえ、かく技術的に陥穽を潜り抜けなければならないのならば寧ろ憲法改正すべきとの声を煽る深謀遠慮だとしても。

5月26日(土) 浦和で売ろう  -地域情報 - 埼玉県-

i386.jpg  想い起こせば四半世紀超以前に自動車ディーラーに研修に伺ったのは自動車会社の禄を食む者たるには必定の通過儀礼ではあったが、契約やら納車やらで遠乗りする先達に見習い宜しく随行し、その実道すがら四方山話しのお相手を務める優雅な日々だったと記憶している。
 勿論、「査定」と称して家屋の駐車場に鎮座する自動車の現況を調査する為に、宛も無くピンポン攻撃を仕掛ける責務も課されたが、時は流れ今や選挙運動とは別の理屈であるが、個人情報保護ばかりが喧伝される昨今、自動車ディーラーもまた闇雲な個別訪問は自粛すべく御時世となっている。
 従って昨年の工場実習に続く販売店実習に挑む同僚も、基本的には店舗にて待ち受け対応と言えば美しいが、新車が発表される訳でもなく店に佇んでいたところで平日の真っ昼間からふらっと車を買いに来る様な酔狂な輩は稀少で、些かお茶を引いて仕舞うのも致し方なかろう。
i387.jpg  実際、外環道直下を走る国道298号バイパスの立派さに鑑みれば、郊外型のロードサイド店舗かと思いきや、確かに東西南北に点在する浦和の駅群からは若干距離はあるものの、辺りは古くからの住宅街だから固定客への対応で概ね営業は事足りるのか、土曜日と謂えども客脚は思い切り疎らである。
 工場実習は社内だから人事差配に依り教育プログラムも綿密に編まれていたが、販売店は飽く迄別会社に受け入れをお願いするので、猫の手も借りたくて猛烈に多忙になるのがまな板の鯉たる当人に望ましいかは別として、当たり外れが生ずるのは致し方なかろう。寧ろノルマに追われる自動車販売業の日々のプレッシャーを目の当たりに体感することが、立派な研修ということか。
 なお帰路はわざわざ大宮線から一旦側道に反れ、美女木ジャンクションを見聞してから真っ直ぐ池袋線に戻った。実は池袋線と外環との行き来は何度もしているのだが、こうして南北に抜けると某先生の労作たる狭隘地における信号機付きジャンクションの構造がよく把握出来る。
 何はともあれあと二ヶ月、首を長くして帰還を待ってます。

5月22日(火) キャラメル・ラグ  -音楽 - 懐かしい歌謡曲-

i385.jpg  嘗てはベストを出さないことで有名だったユーミン氏も先月又もや45周年豪華三枚組が発売されたが、大ヒット曲は既に40周年盤に網羅されているので流石に二番煎じの格落ち感は否めない。
 寧ろ大村雅朗氏の作編曲ばかり集めた松田聖子氏のコンピレーションを聴いても、逆にアルバムの中の一曲として捉えた方が80年代シティポップに特徴的な弦より鍵盤主体のアレンジか引き立つのと同様に、松任谷改名後のアルバムを改めて漁ってみると同時代色に溢れていて耳に入り易かったりもする。
 歌謡曲とYMO双方のフリークである私にとって、シティポップとはその両者の結接点にある楽曲とそれに近似したものが基調になっていることに鑑みれば、ユーミン氏のアルバムもYMO人脈たる観点から当時アプローチしていても可笑しくない。しきさながら実際には、 恰も馬券の如くに細野晴臣氏流しではっぴいえんど、ティンパンアレーは疎か、そのメンバーのソロまで可能な限り聴き捲っていたにも拘わらず夫君たる正隆氏までに留まり、歌謡曲として「守ってあげたい」以降のヒットだけがリアルタイムでの接点だったから、過去作は新鮮に響こう。
 周年公演は遂に第一作「ひこうき雲」をアルバム丸毎と荒井由実時代まで遡っているが、40周年同様、最大の見処はティンパンアレーとの共演であり、だからこそ五年前はわざわざ武道館まで足を運んだのだが、前進のキャラメルママ時代こそ細野、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆の四氏に違いないものの、ティンパンアレー改名後のキーボードは実質的に佐藤博氏に交替していたという解釈が正しいらしい。
i389.jpg  近年頓にシティポップ源流の親玉の如く祭られる佐藤氏もまたYMO人脈でありながら不見転に近く、未だ一部アルバムしか再発されていないので思い立ってYahoo!オークションを駆使して取り寄せてみたのだが、些かドラムに顕著に現れる音自体の古さを除いてなおどのアルバムも大差無く聞こえて仕舞うのは、詰まるところ佐藤氏の唄が今ひとつ琴線に触れないが故か。実際ユーミン氏もまた近作は声の衰えは否めず、シティポップにおけるボーカルの意義の大きさを逆説的に裏付けているのかも知れない。
 ただバンドという形態に懐疑があったのか打ち込みばかりで、細野氏が「ラグタイムの名手」と持ち上げた氏の鍵盤の妙技に預り難く、晩年にはYMOのプロデューサーであったかの川添象郎氏と組んで青山テルマ氏を手掛けたりもしていたが、もう少し時を重ね得ていたら細野氏がそうであった様に生演奏の世界に先祖帰りして呉れたのかもと夢想すると返す返すも残念である。
 加えて述べれば懐旧しつつ、老いてなお同時代のシティポップの担い手の座からギリギリ陥落せぬべく新作を発表し続けているユーミン氏の粘り腰には敬服すべきなのだろう。

5月20日(日) 金将には裏が無い  -スポーツ - ゴルフ-

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断念した金egg(左)と
ゼクシオプレミアム
 そもそも現行のマルマン・シャトルを導入した際も、ウッドに近いアイアンを求めて嘗て妻の愛用していたプロギアeggが第一候補だったのだが、既に名は身体を表す卵型からは存分に薄く通常のキャビティに近付いており、替わりに選択した経緯があった。
 爾来六年、eggもまた赤やら金やら派生しており、些か成金趣味的ではあるものの、「金」に惹かれてレンタル試打を所望してから二月、漸く到来していそいそとファーストゴルフへと赴いたのであった。
i383.jpg  ところがハイランドセンターで数球打ってみた際の意外な重量感こそ無いものの、ウッド流の横振りに見合っているとは思えない。総じて金色を纏うのは幾分の追加出費を厭わない高齢者向きとはいえ、eggは昨今のアイアン高飛距離の方向性を極めるべく、ルール不適合の高反発を謳っているのだから、苦手なアイアンに距離より確実性を求める私にはそもそも不似合いなのである。
 そこで早速レンタルを返却し急行したのは有賀園、同じ金ならドライバーに倣いゼクシオ・プレミアムとばかりに、店内で試打すると腕が返っていないと即席の指導を受けて仕舞ったものの、思い立ったが矢も盾も堪らずその場で購入して今度は城西ゴルフへと日に二度目の練習場に及んだ。
 こちらは矢張り年配向けだが、飛びよりも重心が低く当たり易い造りが売りと言われると何と無くトップし難く感ずるのは気は心でも朗報に違いない。

i384118.jpg  さて日曜にはゴルフ雑誌で偶々見掛けて衝動買いしたソールの広いマジック・マリガン56度も届く。名前からして打ち直しが増えては困りものだが、配達されるや否や連日のファーストゴルフとは、道具を新調すると気合いは入るの法則に基づいている。
 ただゼクシオ・プレミアムは七番からの四本セットにアプローチなので旧シャトルの8~10,PW,AWに見合っており、サンド扱いのこれを加えると15本の脱法行為なのだが。
 車一台分は大袈裟でも愈々中古の軽よりは高額になってきたバッグの中身、カネ=金でスコアを買う戦法は功を上首尾を齋すだろうか。

5月18日(金) 野球の花は  -スポーツ - プロ野球-

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 連続イニング無失点を早々に打ち破る筒香選手の流し打ちと言うより左翼への引っ張り、全く力が入らず回転だけで軌道に乗せた様な坂本選手の飛距離、挙げ句はプロ1号は遅過ぎた感こそあれ菅野投手の豪快なと本塁打合戦の上に、代打・阿部選手のタイムリーで追加点を挙げた読売巨人軍が快勝する、本年初観戦は魅せ場だらけの好ゲームであった。

 肩書きというものは総じてインフレ傾向になる。例えば自由民主党幹事長が所謂総幹分離が定着した時分に替わりに総裁派閥用に幹事長代理が設けられたが、今や代理が二人でその上に代行、並び大名の副幹事長にも筆頭が二人いる。これらはライン上のポストだが、官邸機能強化が唱えられた際に、総理の手足として配置された補佐官は業務秘書的なポジションで使い勝手が良いのだろう、例えば総裁補佐、幹事長補佐といった形で増殖している。
 球界においては退任した名監督を処遇するアドバイザーなるポストか乱発された時期があったが、オーナー、球団社長、代表といった職制には預からない自由な立場で、実態として何処まで経営に関与しているかは定かでなかった。木田元投手のGM補佐も、得意な漫画を活用しての広告塔かと思いきや、清宮選手を引き当てたりとこちらは人事機能の一翼も担っているべく見受けられる。
 さてイチロー氏の新しい役職はSpecial Assistant to the Chairmanであり会長付特別補佐と訳されている。自由民主党の総裁特別補佐は筆頭副幹の宛て職になりつつあるが、一般的には"特別"が付加されると非常設のニュアンスが出るとともに、常勤色が薄れる。しかも会長"付"がもうひとつの味噌であって、to theを正確に反映したとも言えようが、会長の職責を補佐執行するにあらず、出入り自由仕事はご随意にの実態を解釈したのだろう。
 それでも松井秀樹氏のGM付アドバイザーの如く純然たる名誉職なら卯も角、来年の日本における公式戦では客寄せ宜しくの含意だとすれば、幾ら美しく形作ってもよく受けたものである。
 イチロー氏と言えばイタコの如くに本人に成り変わってメディアに発言を開陳することを生業とする文筆業の方々が想起されるが、取り巻きに人を得ていないのだろうか。或いは疑念を打ち破る復活劇が周到に用意されているのだろうか。

5月17日(木) 新なく立つ  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

 イベント続きの今週であった。
 先ず月曜は委員会を東富士に迎える。視察の御相伴に預かるのは事務方として貴重な機会であり、昨年から一年余を経てオール手作業だった研究過程が一部ライン扱いに昇格していたりと、見るべきは少なくない。
 水曜夜は長年仕えた上官の送別会。怒られて車の中で固まる日々が走馬灯の如く甦る感慨よりも、ハプニング扱いで要人のコメントを戴いていたので無事御披露に至りお勤め完了まで気が抜けなかった。お疲れ様でございました。改めてありがとうございました。先人の跡を少しでも歩んでいきたいと存じます。
i380.jpg  して本日は業界団体の総会である。総じて事務局の陣容が手厚い部類には違いないものの輪番の会長会社が回ってくると母体企業側も出番が増え、挨拶周りの段取りから緊迫感が漂う。玄関で一行を待ち受ける間に遭遇した方には「珍しく緊張した顔付きだね」と指摘されて仕舞ったが、大禍無くお役目を終えてから臨んだパーティーでは確かに思い切り弛緩した表情だったかも知れない。疲れました。

 1950年に旧日本製鐵が八幡、富士に分割されて69年、70年に新日本製鐵が誕生してから49年を経て、来年4月には「日本製鐵」が甦るとはビッグ・ニュースであろう。
 取り分け製造業においても業態の拡大に伴い、丸でイニシャルトークの如くにアルファベットの並ぶ社名ばかりが増える中で、まさに「国家」を体現する「鉄」の再生である。英語では戦前のJapan Iron & Steelに対し、住友金属との合併前から既にNippon Steelだったから、Social Democratic Party of Japanが50年を経て社会民主党になった様なもの、とは失礼な比喩である。
 寧ろ似た境遇の新三菱重工は再合併が契機とはいえ僅か12年で新が取れているし、新日石と新日鉱でJXになったのは記憶に新しい。新自由クラブや日本新党、新進党も必ずしも永続を企図していなかったとも思われるから、ほぼ半世紀新しかったのが逆説的に歴史を体現していたということか。
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