
機構改革後初、四期振り投票となった大相撲理事選は当初の見通しを覆し、貴乃花親方の逆転当選に至った。
別表とその解説にある様、日本相撲協会理事は現行の投票制になってから自由民主党政権の円熟期においてなお到底認められなかった程の美しき派閥均衡、五代派閥×2名ずつが続いていたが、「平成十年の大乱」以降流動化が進み、出羽、二所の二大勢力が3、立浪・伊勢ヶ浜2、時津風、高砂1に落ち着いたところに降って湧いた様な貴乃花騒動であった。
貴乃花派7名の離脱に伴い二所一門が候補者を減らした替わりに時津風一門が同じく少数派閥の高砂一門から票を融通して貰い、副理事ポストを高砂に譲る前提で二人を立てて自派の引き締めと貴乃花への刺客としたことから投票に縺れ込んだ結果が、立浪一門からの二票流出が決め手になり旭国の大島親方が落選するとは全く予想し得なかったろう。
或いは直前の朝青龍問題が"改革派"貴乃花に追い風となったのかも知れないが、単身反逆者として奥の院に乗り込んだ貴乃花親方に如何なる協会改革が望めるかは、二所反逆の"七人の侍"次第ではないか。中でもスポークスマン格の阿武松親方(元関脇益荒雄)もキーマンには違いないが、二所ノ関の後継争いに敗れ、病により理事長レースからも脱落せざるを得なかった岳父・大鵬の怨念まで持ち出し多数派工作を進めた大嶽親方(元関脇巨砲)が先ず黒幕格であろうか。嘗て小錦が「相撲は喧嘩」と言ったか言わなかったかは定かでないが、相撲もまた数は力であることは何時の世の中も変わらないものである。
新部署でひと月、全く慣れない。ゆるゆるといきますか。
企業の所有権が移転し、或いはその一部が売買され、新たな経営者のもとにその資源が有効活用されるというのは正しい経済原則に基づいているし、それが結果としてカネがカネを生むマネーゲームの様な状況を産み出すのもやむを得ない側面はあろう。
ただ実際に自らが20年近く製造業に身を窶してみると、凡そ製造業らしき職責に携わってはいなかろうとも、企業は株主のものか社員のものかという合理性では割り切れない議論にも一理があるのではないかと思えて来る。
こうしたアンビバレントな感情を抱きながら二年半前に見たNHKドラマ「ハゲタカ」は、その両義性を巧みに描き出した作品であったからこそ、続編たる映画版がDVD化されると早速借りてきたのだが、結論から言えば余り楽しめる内容とは言い難かった。
と言うのも前作が海外マネーによる採算性のある事業のスピンオフという、夢物語ではあっても一定の現実感とわが国製造業への失われたロマンチシズムを漂わせる内容だったのに対し、乗っ取りにやって来た投資ファンドを、チキンゲームで潰すことで結果的に投資対象たる事業会社を取り戻すという今作は、取って付けた様にエピソードとして盛り込まれる派遣工の悲哀と相まって、正直なところ夢も希望も体感し辛かったのではないか。
それが同じ「ハゲタカ」であっても、2006年というプチバブル期と、リーマン・ショック後の2009年という製作時期の差異であるならば、結局のところ劇中かの麿赤児氏の息子である主人公が最後にモノローグする様に、これもまた「カネの無い悲劇」のひとつなのだろうか。

嘗てサークルの月刊誌の編集長をしていた時分には組織内の人間関係の内幕を小説吉田学校に準えて実録小説として発表して物議を醸したこともあったし、そのサークルの人々との「それから」を追ったHPを経、高じてブログに至っているのだから、文章を書くことは好きな方に違いない。
だから妻が幼稚園の卒業文集に母の辞を800字で求められていると聞いた時には血が騒がずにはいられなくなり、結果として父母ともに執筆する異例の結果に導いたのであった。
勿論、見知らぬ人々を含め多数の目にも触れるし、幼稚園の公式な文集であるから余り偏った見解は避けなければならない。従って所々に笑いを取りつつ、思想を垣間見せながら幼稚園もまた持ち上げるのが慣用となるが、幸い神社経営という出自柄、わが国伝統を重んじる気風に強く、著しく太鼓持ちに努めなくとも共鳴出来る点が多く筆の運びもスムースであった。以下全文を示したい。
想えば直前まで後ろを向いて友人と何かを語り合っていた祐旭が「かゆかわ・ゆうき君」と呼ばれた瞬間にくるりと振り向き、丸で国会答弁に立つ代議士のように軽く右手を挙げながら「はい」と応え、両親ともに安堵した入園式の光景からはや三年の月日が経過したとは、改めて時の流れの速さに感服せざるを得ない。
その日が私にとってやはた幼稚園との初めての出会いであったが、日常的に幼稚園と接する母親と異なり、ともすれば父親にとっての幼稚園は縁遠い存在になりかねないところ、土曜日のプレイデーや年に一度の発表会、展示会といった数々の催しは、実際にわが子が幼稚園にてかく日常を過ごしているのか、或いは先生方や園児双方の触れ合いを通じ、如何なる「学び」を得ているのかを身近に感じ得る、貴重な機会であった。
またかみさまへの御挨拶やプレイデーにおけるお正月等のわが国伝統的な遊戯に触れ、愉しむ試みなどは、ユニークかつ有意義な情操教育として、密やかに感服させていただいた次第である。
自らの幼稚園期を振り返っても、確かに今やその記憶は極めて断片的なものに留まってはいるが、人生において初めて家族以外の他者と接点を持つ、「社会生活」の第一歩としての役割は非常に大きかったというのは疑いのないところであり、祐旭自身もまた三年間のやはた幼稚園生活を通じ、社会における一個の存在として、確実に成長を遂げることが出来たであろう。
恐らくはこれからの長い人生において幾歳を重ねることにより、過ぎ去りし時は日々疎くなりゆくのは必定である。しかしながらいつの日か、自らがこの地において重ねた年月が、何か得体の知れない形で血肉たり得ていることに、ふと直面する日が訪れるのではないだろうか。
末筆ながらこの場を借りて、やはた幼稚園の皆様方に、衷心より深く御礼申し上げたい。
|
些か後段は冗長になった部分があり、本当は「やがて長づるに連れ勉学であれ受験であれ互いに友であると同時に競争の最中に巻き込まれるであろう日々を迎える前の、何等の利害関係もない無垢な幼稚園期は何物にも替え難い」などとエスプリを効かせてもと思ったが、筆を止めることとした。
何れこの文集「巣立ち」を祐旭自身が振り返って手にする時、その胸には何が去来するのだろうか。
昨日は平河町と御成門のパーティーを梯子して新宿で会合、本日は飯田橋のパーティー、大手町で経団連関係の懇親会、西麻布で出向時代の会合であった。
連日三階建てになる程に働いてはいないのだが。

時恰も明日の関西会員懇談会を前に正式に次期経団連会長人事が発表されたが、もう十年以上も前、関西会員懇を訪れる度に百歳を超えた土井正治元副会長が最前列に陣取る姿を、歴史ドキュメンタリーのワンシーンの如くに眺めていたことを思い出す。
こと程左様に住友化学が関西財界の名門企業であり、土井氏に始まり、佐伯近鉄会長との大商会頭争いが小説にもなった長谷川周重氏ら、新会長となる米倉氏まで都合五代の副会長を輩出しているのは間違いないし、日米財界人会議議長をも務めた米倉氏の統率力に高い評価があるのも事実だろう。
であってしてなお、第八代豊田章一郎氏以来、60台での就任が続いてきた慣例を破り、かつ戦後間もなくの「もう君には頼まない」石坂泰三氏以来の現職副会長以外からの選出は異例と言わざるを得ない。
或いは三井の経団連、三菱の日経連が通り相場だった財界総理に住友からの就任が実現したことこそ、新しい経済界の有り様を物語っているのかも知れないが、官房長官と連合会長とで政労使独占を、また日商会頭との財界内での重複を避けたというパナソニック、東芝の尤もらしい理由にしても、では関電以外は住金、住電で回している関経連との住友グループ内でのバッティングはと問われれば大差なかろう。
去る24日、自民党大会への去りゆく現会長の欠席が波紋を呼んだ様に、微妙な政治情勢の中で政権との距離感を見極めながらの舵取りが求められる経済界もまた、誰しもを納得させられるようなリーダーに欠けていれのだとすれば、嘗て候補者を勝馬投票に準えて本命、対抗、大穴と丸を付け物議を醸した記事が寧ろ懐かしくなってくる。
救いは長谷川周重90歳、土方武93歳、土井正治103歳と長命の社風から健康には懸念が小さいことだろうか。何の根拠も無い演繹に過ぎないのだが。
|
|
辺野古沖(07/5)
|
注目の名護市長選は移設反対派候補が勝利するに至った。そもそも米軍再編の一環として日米安保の全体構成を再整理した結果のひとつが普天間基地の辺野古移設であり、単純にこれだけを取り上げて見直すという発想自体に大きな無理があったのだと今更嘆いてみてもセンないことだろう。だが確たる採算なく選挙戦術として公約に掲げたのならば沖縄県民に必要以上の期待を抱かせたという意味で罪作りであるのみならず、日米関係に要らぬ亀裂を走らせかねない危険な賭けだったに違いない。
当然、海兵隊はひと度有事の際には先陣を切って出撃しなければならない最前衛部隊であって、その基地は単なる隊員の居住スペースに留まらず移動手段の格納庫から日常の歓楽街まで広大な後背地を必要とする。従って単に近隣の島を宛がえば済む話しでもなければ、嘉手納への統合や或いは空港活用のための安易な本土移設論など到底成立し得ないのは火を見るより明らかだし、国として採るべきでもない。
好むと好まざると戦後わが国外交の基軸たる日米安保を揺るがす様な事態を回避するためには、当初案に立ち返るか、若しくは普天間基地そのものの返還を諦めるかの二者択一しかなかろう。勿論パンドラの箱は開いて仕舞ったのだからそれでは沖縄県民―取り分け沖縄の実態経済に縁遠い移住者ら―の納得は最早得られまい。民主党推薦候補の勝利に最も頭を悩まされるのが民主党政権とは、運命は皮肉である。
プロ野球のストライク・ボールのコールが今季からボール先行に変更されることが決まった。今更とはいえWBCでも課題とされた国際化への対応の一環には違いないし、それならば先ずボールそのものの大きさの統一が先というのが筋だとしても、確かにそれも睨んで公式使用球の一社への統合も進められてはおり、先ず審判から対応という趣旨なのだろう。
しかしながら高校野球は既にボール先行に変身しているというから二度驚かされたではないか。現実論には違いないし、「よし一本」と迄言う積もりはないが、少しは「のぼうる」らしさを残してもという気もする。