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コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

5月22日(金) ソリティアの日  -ゲーム - レトロゲーム-

j500.jpg  三國志14の購入は映画鑑賞のお供が本旨だったが、聖徳太子も吃驚の両立は画面の大きさからして到底叶わない。結局伴侶の任はソリティアに回帰し、時には字幕を見逃して映画を巻き戻ししつつ、5ゲームを往来している。
 ところが昨夜0時を超えた頃、唐突に全ゲームがボーナス得点表示で金色に光り出したではないか。程無く5月22日は「National Solitaire Day」、30周年記念日と判明する。
 確かにWindowsは3.1の末期に入手しており、往事のゲームと言えばソリティアだった。程無くその地位はフリーセルに取って替わられ、嘗ては会社のPCにも自然にバンドルされていたので、壁を背に無意識にフリーセルを繰り返す企業人の姿が散見されたものである。
 改めてその歴史に触れ、アボリジニが「i don't know」の意でカンガルーと答えたから、というエピソードに準えるのは些か場違いとはいうものの、ソリティアとは一人向け遊戯の総称で、長らく親しんだゲームがクロンダイクだったと判明したのは今更ながら驚きであった。
j502.jpg  ただフリーセルの158を筆頭にデフォルト5ゲームの経験値を並べてみると、最も手が伸びていないのがクロンダイクであるのは、幼少期から紙のトランプでも慣れ親しんでいて飽きが来たからでも、簡単過ぎるからでもなかろう。
 各ゲームにはレベルの選択があり、わざわざ「ランダムな山札は片付けが不可能な場合があります」と注釈されているからには、対偶即ちランダム以外は解決され得る論理なのだが、クロンダイクは初級・中級でも不可能なケースが散見されるのである。 勿論、複数からの選択は勘所に左右される要素が少なくなく、だからこそ娯楽として成立している。しかしながらフリーセルがundoに頼れば必ずクリア出来るのは体感的に立証されているし、選択幅が大きいので具現しかねるものの、最も難関な赤黒2スーツを並べ直すスパイダーにおいても恐らく同様であろう。
 懐かしの地雷探知マインスイーパとそれを敷衍させたトレジャー・ハント、麻雀牌を積んだ上海もダウンロードして仕舞ったが、これ等も同様に論理と偶発性の案配に妙があるのは、強いチームが必ず勝つ様なスポーツはエンターテイメント性に欠ける様なものだろう。逆に言えばノーミスでも端から解決不能だったらやる気は起きるまい。
 次は反射神経のピンボール再びと思いきや、そろそろゲーム三昧の日々もお別れの様である。

5月16日(土) 髭は禿げない  -音楽 - J−POP-

j495.jpg  「新しい生活様式」に日常の移動手段として自動車は復権するのだろうか。早晩緊急事態そのものは解除されたとして、満員電車を避けたいという観念は、コロナ回避という衛生面のみならず、移動の極小乃至は極楽化に慣れ親しんだ身体には強い自己要請として働こう。
 勿論、都心に向かう朝の幹線道は自粛下において尚渋滞だったから、非都市部での誘引に留まろうが、早速自動車会社も通勤用の短期レンタル・プランも編み出している。
j496.jpg  現実には都内の自動車販売店は概ね時短営業である。自動車には点検等のメンテナンスが欠かせず、それを契機に商売に結び付ける為にも店舗への来訪促進は立派なビジネス・チャンスに他ならない。現に本日、有賀園の目の前の販売店に訪れたのは、伸び伸びにしていた定期点検とリコール対応であった。
 ただかく状況においても商談は繰り広げられており、耐久消費財でありながらも自動車需要の底堅さも伺える。同時にそれは自動車産業のわが国経済への影響力の大きさも物語っていよう。

 自粛が緩和されたとしても、ジムやカラオケと同等に、コンサートは当面解禁されないだろう。
 4月のofficial髭男dismの公演が名古屋しか当たらず、二日に亘るため本来なら一家総動員での来訪が企図されていた。かくなる上は祐旭がギター兼キーボードで八面六臂唄った「Pretender」のみでは心許ないので、事前の予習とばかりに二枚のアルバムを車に乗る度に、真にヘビーローテーションで耳に叩き込んだのである。
j497.jpg  実際にはライヴに足を運ばないやもとあらば余計に、折角ならその成果をと、祐旭のカラオケに合わせて練習なしで鍵盤に臨んでみると、唄と作詞曲の藤原氏自体がピアニスト由来なので鍵盤との親和性が高いのは当然だが、相当に弾き易い。
 一般的に男性ボーカル曲はシティポップの範疇に分類されても、伴奏が妙にソウルかフォークかで肝心の歌が平板に過ぎ、逆に流線型に代表される女性ボーカル組は矢鱈分数コードが多用され、耳心地は良いがいざ鍵盤を目の前にしても手に演奏が降りて来ない。
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ライブ入場リストバンドを被る猿の絵
 この中で元よりJポップに造詣の深い髭ダンは、70~80年代歌謡曲を彷彿とさせる起伏あるメロディラインを、平易なコード進行に乗せて尚、独特の節回しが担保されている。
 勿論、ベースの動くクリシェやコードの高音の動きがカウンターになっていたりと細かな味付けはされているものの、確かに聴くにも弾くにも、爆発的に受け入れられる道理であろう。残念ながら声が高過ぎてカラオケでは選択しかねる点は、若者向けと言わざるを得ないが。
 付言するならばソウル由来の管とともに弦楽器の多用が古き良き歌謡曲らしさをより醸し出していよう。その分昨今はサポートメンバーがステージ上に溢れている様で、贅沢には違いなくとも手弾きへの拘りはバンドらしく好感が持てる。
 楽曲的にワンマンバンド故に、藤原氏がメロディメイカーたる資質を何時まで維持出来るかに今後は委ねられている。暫く注視していきたい。

5月10日(日) 文台様統一す  -ゲーム - steam-

j492.jpg  「三國志」が恰も古事記・日本書記の如くに大陸の歴史として広く受け入れられたのは、勿論読み物としての「演義」による大衆化の要素も大きかっただろうが、魏呉蜀の三者鼎立の構図が真に事実は小説より奇なりだったからではないか。
 中でも智力より包容力に富み勇将が馳せ参じた劉備、悪役に擬せられながら一族は統一覇者為り得なかった曹操の二人は絶妙なキャラクター配置だが、これに対し孫堅ー孫策ー孫権と二代三君に亘った呉は些か個性が疎んじられた感はあろう。
 にも拘わらず今般、眠ったまま御蔵入りも懸念された三國志14を、黄金週間の友として改めて孫堅を以て着手したのは、空白地が多く各君主の領土が小さい、初心者向きの184年黄巾の乱において、曹操・劉備は一武将に過ぎないからであった。(歴代三國志は君主のみならず武将プレイも可能なケース=13等もあったが、今14は旧態に復している)
 小国乱立時代のシナリオなら尚更だが、三國志のスタートは内政に始まる。創世記三國志の、訓練コマンドを選択すると、いきなり武士が刀を三回振り下ろすGIFアニメ宜しき映像のインパクトが今尚強烈であるが、基本たる徴兵と訓練、農商業開発は担当武将を宛がえば後はお任せなので須く鍵は人材、今様に申せば人財に他ならない。
 だからこそゲーム三國志最大の特色たる人材の探索・登用の意義は極めて枢要なのだが、逆に言えば空白地を自らの色に染め(実際、塗り絵宜しく支配地が少しずつ拡がっていく)つつ、偶に小競り合いを催したり仕掛けられたりで戦に依っても領土拡大が進むとはいえ、毎ターンの大半は人材登用に勤しみ、しかも難易度初級バージョンだからだろうか、在野にあらずとも気前よく君主を見限ってわが方に馳せ参じて呉れるのである。
 勿論、全46国が平均7~8地域に細分化されており、各々に担当官を貼り付けるとなると恒常的に人材不足に陥りで、少なからず靡いて貰わなければ話しは進まない。だとしても漸くすると小国は辺境を除いて粗方滅亡に至り、概ね何進、張角との鼎立状態が訪れる。
j493.jpg  果てこの均衡を如何に解消すべくか、真に三國志の醍醐味とはいえ手詰まりが続くと投げ出したくもなったが、幸い時間はあり余っているので試しに関所を攻めてみて、大撃沈してセーブ時点に戻ってを繰り返していると待てば陸路の日和、両者で戦ったり無謀に出陣して来て敗走させたりと労せずして戦力を減退させて呉れる。
 加えて強大二国とは既に関係は険悪極まりなく、何時でも潰せそうな小国に限って貢ぎ物を連発した挙げ句に同盟を申し込んで来るので、本来は戦争もその一手段たるべき外交の出番が薄い中で、駆虎呑狼の計だけは飽きずに仕掛け続けていると、敵陣内に突然独立国が現れて効果的である。勿論、逆もまた真なりで、配下で鄙びていた董卓がいきなり旗揚げし、慌て時計の針を戻して異動させたり小細工も求められるのだが、これもまた人材配置の学びというものか。

 愈々領土が過半数を超過して来ると続け様に攻め捲りたくなるところ、看過出来ないのが兵糧に他ならない。
 元より初期バージョンからの羊蹄とはいえ、後半戦に入ると戦に投入する兵力も甚大になる為、前の領主が内政を怠っていたのか無定見に出陣すると、即座に兵糧が枯渇してみるみる兵士が逃げ出して武将のアイコンが小さくなっていくではないか。
 かく事態に陥ってから対症療法を試みても、現地調達もままならないし、商人が常駐している訳でも無い。なまじ地図が精巧で隣国からの輸送も入り組んだ一本道だったりすると猛烈な時間を要する。
 結局、お馴染みの疫病・イナゴの暗いブリッジ音楽以上に、兵糧不足の赤い吃驚マークの点灯が心臓に悪く、常に遥か数ヶ月先も見込んで後背地からの輸送を繰り返さなければならないとは、逆説的に先の大戦におけるわが国の労苦とともに兵站の意義が偲ばれよう。輜重兵の撃滅策こそ想定されていないものの、後方連絡線を分断されても兵は逃げていくとは芸が細かい。
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明代の万里の長城(2007年)
 流石に三分の二を超えて来ると加速度的にペースが上がり、却って中断する契機を喪ったが、ゲームなんぞに現を抜かさずより有意義な、と切迫感にも駆られぬ学生の様な怠惰な黄金週間とあらば、遂に徹夜して統一を為し遂げたとして何等の痛痒も感じまい。而して、史実に基づかぬ長命な孫堅は苦節23年、意外に淡白なエンドロールに遭遇して、感慨とともに睡魔にも襲われたのであった。
 振り返ってみると今14作もまた再三述べた通り「人材」ゲームたる三國志の根幹は不変であった。ただ国盗りモノの宿痾として如何に富国の有意を謳おうとも、所詮は強兵に尽きるのもまた否めまい。
 探索や計略において魅力・智力が差配する要素は小さくないとしても現実には、取り分け中盤戦以降は司馬懿よりも呂布が登用出来た方が、遥かに可視的な効用は高く受け止められる。終盤戦では曹操・劉備も仲好く配下に迎えられ感慨には耽れども、関羽の方が遥かに使い勝手は良い。毎度の仮想戦国武将も武力70代の信長・信玄は兎も角、軍師にもってこいの毛利元就にしてなお洛陽で優雅にお茶を引く始末である。
 井伊直虎や「蒼き狼」からの助っ人ラッチも含め、女性ばかりで治める国も作ろうかとも思ったが、自己満足は断念した。
 一度統一すると群雄割拠シナリオも解禁されるので、コロナ禍が長引いたらもうひと勝負も無きにしもとはいえ、銀河英雄伝説キャラクターは期間限定配信だったらしい。
 「ロイエンタールという者です」と発掘されて、何時寝首を掻かれるか怯えつつ登用する乙な展開には残念ながら御目に掛かれなさそうである。

5月9日(土) おうちで学ぼう  -コンピュータ - 新製品情報 家電・AV器機・周辺機器-

j489.jpg  愈々黄金週間も明け学校が再開、と言っても当面はオンラインだが、いざ祐旭が7日冒頭のホームルームにiPhoneで参画すると、画面が小さくこのままでは厳しかろうと駄目出しされたと言うではないか。
 既にひと月以上の準備期間があったのだから今更遅きに失した感こそあれ、確かに父の払い下げPCのカメラは何処かと問い掛けられた経緯もあり、已む無くおっとり刀で新宿のビックカメラへ、検温の関門も通過して駆け付けるも、テレワーク・コーナーこそ大々的に看板が掲げられてはいるものの、予想通りカメラ在庫は完全に払底している。
 然らばアマゾンではと矛先を変えると、同じく安価な物は5月後半だが、多少値が張ればお急ぎ便対応可になっているではないか。そこで即クリックし無事2セット、本日到来した。
 とは言え初めての試みでセットアップには多難が予想されたところ、老いては子にではないが、祐旭が早速カメラアプリを起動して無事映像は接続が確認される。実は公資のノートPCには簡易カメラが存在したが、相当に首を下げなければ映らない位置なので、新規投入は致し方無かったろう。
j491.jpg  早速学校指定のZOOMにて両者を接続して、ヘッドセットも差し込んでみたものの、顔を見えども声は壁越しの生音しか聞こえない。
 元よりノートPCのヘッドフォンとマイク合同ジャックに対し、デスクトップは分離されているのでヘッドセット一体では二つの機能を凌駕するのが不可能なのは織り込み済とはいえ、少なくとも公資の声は聴こえて然るべきだろう。
 実際、旧デスクトップを祐旭に委譲したのは音の不具合故であり、案の定危惧された事態と思いきや、祐旭の機転でオーディオ・インターフェイスに繋ぎ変えると無事開通した。マイクはボーカル用を流用したので、司会者宜しく握りしめた絵柄が公開されたら些か奇異かも知れないが、存外にスムーズにリモートコントロール対応は完了したのである。
j491.jpg  考えてみればカメラは文字通りカメラ機能しかないので端から安価が当然で、後手に回って出費が嵩んだのは否めない。そもそも大学準拠で7月末迄の一学期一杯リモートの祐旭はテレワーク同様、オンタイムの双方向型と遠隔地の予備校生徒の様な録画済の授業映像の時差学習が混在し、時間割に慣れる迄苦労しそうだが、6月から登校前提の公資は一斉に生徒が接続すると学校側の回線に不安が生ずるので、オンデマンドが基本とあれば、かく設備投資が本当に必要だったのかという疑念もまた打ち消し難い。
 環境整備自体が時節に即応した学習だったと受け止めておこう。

5月8日(金) 正義の鉄槌  -映画 - 映画感想-

j486.jpg  「奥様は魔女」をはじめとする米国産TVドラマをリアルタイムで視聴した世代ではないが、恐らく再放送であろうブルース・リー氏が日本人カトー役を演じた「グリーン・ホーネット」の記憶が明瞭なのは、円盤等の武器のギミックも豊富な、インペリアルクラウンのミニカーを所有していたからだろう。
 ただ所謂アメコミ映画は、スーパーマンCリーヴ氏の不幸なエピソードを除けば、バブル期の「バットマン」に至る迄ほぼ不見転に近かった。僅かにスパイダーマンだけ既視感が強いのは、70年代後半に後の戦隊シリーズにも通ずる東映製作のTV作品に由来しよう。歴代仮面ライダー1話敵役として最頻出の蜘蛛をモチーフにした善玉という設定が、わが国離れしていたからかも知れない。
 21世紀に入ってからの映画版でスパイダーマンが高校生であることを初めて知るのだが、昨年夏ラスベガスのMarvel Avengers S.T.A.T.I.O.Nを訪れた時点でも尚、蜘蛛男のマーベルへのレンタル契約が継続するかの瀬戸際、との話題程度の知識しか、父には無かった。
 ところが近作は妻と子供達は劇場公開にも駆け付けており、今般フリークたる祐旭の提唱で改めて4月19日より全作完鑑賞が企画され、この度遂に制覇されたのであった。
 何しろ2008年の「アイアンマン」を皮切りに実に23作に及ぶのは、バットマンのジョーカーがDC作品に、恰も手塚治虫のスターシステムが如く客演するのと異なり、ヒーロー同士が相互乗り入れしていくので、第一フェーズはアンチヒーロー、北欧の雷様、星条旗を巻いた堅物、化け物と、時間と資本の投下により各々のキャラクターを先ず確立させなければならない。
j487.jpg  その上で漸くオールスター映画「アベンジャーズ」に至るのだが、「仮面ライダー対戦隊」映画に石森ヒーローが投入される構図と変わらないとは言え、お父さん世代の集客を見込んだキカイダーやイナヅマンと異なり現役感満載で、懐旧趣味は折々に往年のスター俳優に脇を固めさせて堪能させるとは豪奢極まりない。
 またエンドロールを挟んでの後日譚擬きが、次回作或いはその先の伏線となっており、シリーズを網羅したくなる趣向も凝らされている。
 勿論、大ヒットの要因が笑いを散り嵌めた痛快アクションにあることは論を待たないが、ヒーローの大半が完全無欠には程遠く、また時に敵役にも敵味方のポジションを超越させる等、単なる勧善懲悪に留まらない壮大なドラマが、文字通り地球規模で魅了させたのだろう。
 元より十年を超える長期シリーズとなると俳優に取っても代表作になる一方で、拘束は負担にもなろう。初期段階ではハルクの様に役者そのものの交代も見られたが、第二フェーズ以降、宇宙海賊、擬人化された動植物、小さい人、魔術師と続々と新たなヒーローが投入されたのは、AKB方式宜しくキャラクター自体の入れ替えを睨んだ措置に他ならない。
j488.jpg  おかげで「アベンジャーズ」二作目は、キャラクターが増え過ぎて差別化が希薄になるのみならず、伏線回収の宝庫と言えば美しいものの、些かマニアでないと把握し切れないきらいも否めなかったろう。  アイアンマンとキャプテン・アメリカという創業ツートップの対立に始まり、遂に両者の退場を迎える「アベンジャーズ」第三作「エンドゲーム」は三時間に至る大作ながら飽きさせず、父の如く俄かマーベラーにも、時に祐旭の解説を求めつつ三週間の記憶が走馬灯の様に去来し、感慨ひと潮であった。
 少なくとも現時点では佐藤優氏が余りに大物と化したが為に、平成ライダーにおける最ヒット作・電王の映画化が、遺産を食い潰すが如く再生産に陥ったのに比べれば、穏便な幕引きであったと言えよう。
 カメオ出演を続けたマーベルの総帥スタン・リー氏も亡くなり、既に第四・第五フェーズまでラインナップが掲げられているとは言え、晩年のハロプロ宜しく次々と目先を違えた新機軸を提示しなければ先細りも否めい。
 約三週間に及ぶ総浚いは丁度良いタイミングだったかも知れない。

5月5日(祝) 端午・ノン・ノワール  -育児 - パパ育児日記。-

j482.jpg  夏の海外に対し、黄金週間は国内。愛知関西へと遠征した年もあったが、昨年の湯沢を起点にした群馬宜しく、受験の年を除けば主に関東近郊に足跡を残している。
 従って、鯉幟りとの撮影も刺身のつま、義務感故の年中行事に過ぎなかった。しかしながら原則在宅勤務にも拘わらず職責の当たるタイミングとなり、カレンダー通り休みも取らず、当然イベントも無い今年は、貴重な催事と言えようか。屋根裏に梱包されていた兜も久々に居間に開陳された。
 例年、巨大な吹き流しが煙突を飾るなみの湯も、営業は継続している様だが、流石に今年は格納されたままに見える。
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 結局、アプローチ練習用ネットも強風の為に早々に畳んで仕舞ったので、今年もルーフ・バルコニーの晴れ舞台はこれだけかも知れない。
 嘗ては子供達と菖蒲湯の絵柄も収めていたが、流石に複数での風呂は狭きに過ぎ、父が単身裸体を曝すこととした。お見苦しいところを御目に掛けます。

 カラオケ店が御法度な替わりに何時に無くわが家で熱唱する子供達。学生時代は女性歌謡曲を裏声で披露していた父に面影は無いが、高音は鍛練の賜物たるを自ら検証しつつある祐旭は言うに及ばず、二人とも歌唱力の減退は見受けられない。
j485.jpg  わざわざ居間に生ギターばかりかマイクスタンドも運んだのは、義父母に唄のメッセージ映像を送る為だが、祐旭は深夜に及んで尚ワウペダルを操りつつギターソロの鍛練に余念無く、防音幕を周囲に貼り付けた友人に倣う日も遠くないかも知れない。
 壁ひとつ隔てた公資が轟音の被害者だが、こちらも人知れずコード弾きに勤しんでいたりするので、男三人ブルージーンズばりのユニゾンに挑んでみようか。

5月4日(祝) 心の底まで 打たれる様な  -スポーツ - ゴルフ-

j.468jpg  結果的に練習すら風前の灯、との主張は一旦は正鵠を射て、8日からゴルフ練習場は須く閉鎖されたものの、一転休業要請に含まれなくなり、週末からその多くは営業を再開した。
 考えてみれば換気と一定の社会距離は確実に担保されているから、混雑しない限り最も安全な運動施設であるし、歓迎するに如くはないのだが、残念ながら常日頃繁盛し過ぎているが故か、練馬のファーストゴルフは閉じたままである。かく事態こそ代替されるべき光が丘ユープラザも、改めてわが家からストレートに赴くと存外に時間距離が小さくない。

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ネット×2に加え、左後方にはTime Zip
併設のスカイタワー西東京が見える
 そこで久々に武蔵グランド(右上写真)を訪れ砂遊びにも勤しむ。嘗て170ヤード超の練習場集積区域だった三鷹市南部も、外環道南延で道路が相当に付け替えられている。まだバスで移動した時分にも再三通った、ブックオフの真向かいにあった三鷹ゴルフが、道路拡幅を待つ身なのか市営お花畑に変貌して既に長いが、少し小振りな久我山ゴルフは息災であった。

 しかしながら上には上があるのだ。飲食店が20時迄となり街中では却って宴会のスタートが早まったかに見受けられるが、ゴルフ練習場も営業時間の短縮は夜を割愛する傾向にある。従って朝は不動であり、少し郊外に出ると古の歓楽街ではないが早朝「夜明けから」も未だ健在に他ならない。
j470.jpg  24時間営業のTime Zip 24には二度程足を運んでいたものの、実に二木ゴルフと有賀園を挟んで更に奥には、ニューロードグリーンゴルフ、ワールドゴルフと200ヤードクラスが隣接しており、真に小平市はゴルフ場銀座の様相を呈しているではないか。
 少し南に下れば武蔵野ゴルフ(右写真)が聳え、石の題字が矢鱈と立派と思いきやその裏は小金井公園、と言うことは小金井カントリーも程近い立地で何と無く合点がいった。高級感がマスク着用必須で醸し出されているのが時流である。
 流石に練習場の梯子は滅多にしないが、これだけ壮観に並べば足跡を残したくなる。そもそも出掛ける先も他にはスーパー位に限られるし、早朝にひと打ちして帰宅すれば支障なく一日がスタート出来るので、足繁くなる道理でもあろう。
 努力が人を裏切らないのならば世の中これ程に楽な話しは無いのだけれど。

5月1日(金) キネマ尽くし  -映画 - 映画感想-

j478.jpg  黄金週間に入っても手持ち無沙汰状態は何等変わらず、夜毎のファミリー劇場と並行して、昼は単身PC画面にて手当たり次第に映画を回してみる。
 ただ邦画だとTV局主体の軽めのコメディをと選択しても、三谷幸喜作品はじめ話題作は視聴済で、総じて見放題作品の印象は薄い。加えて飛行機内の様に行動が制約されないのでどうしてもひとりだと注意力散漫になり、流し見しつつスパイダーソリティアの上達に寄与したかも知れない。
 結局、角川映画に回帰し、「Wの悲劇」「晴れ、ときどき殺人」「金田一耕助の冒険」と満喫した。尤も角川でも佳作とは言い難いものも当然存在したが、失礼ながら同時代の「宇宙からのメッセージ」と並べてみれば確かに古さを感じさせず、往時の隆盛振りが去来する。
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 一方、洋画では「ザ・シークレットマン」「LBJ」といったセミノンフィクションだが、ウォーターゲートにおけるベテランFBIの苦衷を描いた前者は兎も角、後者は毀誉褒貶あるジョンソン大統領の光の側面ばかりを抽出し過ぎではなかったか。同じ政治モノではザ・ホワイトハウス的な「選挙の勝ち方教えます」が愉しめたか。

 さて単独の折のお供はゲームだが、四人雁首並べるとソファに腰を据えてカウチポテトならぬカウチガリガリが定番になった。
j481.jpg  平時から赤城乳業から表彰されたい程のガリガリ消費率を誇るわが家だが、基本のソーダ味以外はハイペースで商品流通が入れ替わる為、常にお目当てと遭遇出来るとは限らない。
 しかしながら本年限定の九州みかんがコーラを超越する豊潤さで、しかもスーパーから大量在庫が発掘されたので、映画二時間当たり二本ペースで消費されていく。家に居れば日頃割愛する昼も食べるし、肥満化は避けられない。
 そこでこちらも品薄のダンベルを調達し、連日祐旭ともども担いでみる。差し引きゼロには到底至るまいが、幾ばくかはドライバーの飛距離に寄与することを夢想しつつ。

4月30日(木) 劇的で無いビフォーアフター  -ビジネス - 在宅ワーク-

 企業人になって駆け出しの8年間は記者対応、取り分け人事以外の日常的な抜いた抜かれたからは超越した財界クラブが相手方だったから、記者クラブに日がな一日腰を据えて無駄話しに興ずる中で、時にコメント要請が舞い込んだり、非作為的に質問取りを試みたりと、古式ゆかしき人間関係依存の職責だった。
 詰まり対象は変わっても30年近く同じ様な環境に身を置いていることになるが、時代は変わり今や広報対応における記者とのやり取りは電話やメールが主体となり、即ち"テレワーク"との整合性が極めて高くなっている。これを効率化と呼ぶならば、永田町周辺居住者は非合理性の塊の中に今も身を置いていることになろう。
 そもそも朝昼晩と行われる勉強会・パーティの類や会食懇談を通じて、特段の用事が無くとも人と顔を付き合わせ、友達○人出来るかなの商売である。
 かの販売の神様、読売・務台翁の「白紙でも売ってみせる」は気概を示した極論だとしても、逆に言えば中身は問わない、百歩譲ってお任せして、それでも尚貴方が言うのならと握手に導くのが、左と右を繋ぐブローカー擬き、仲買人の付加価値であろう。 勿論、だからこそ相手方に立脚し過ぎ、になるきらいは否めまい。敢えて党内野党を標榜しても、更に乗り越えて"離党"しかねない勢いになっては本末転倒、という矛盾を常に抱えている。
 詰まるところコロナ後の社会は働き方改革の帰結をと大上段に振り被ってみても、Skype会議の扱い方を習得した程度であって、こうした自己撞着を見詰め直す契機を与えられたと受け止めるより他になかろう。
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みかづき/宇名とと/デルソル
 だからと言ってもう少しドライにと割り切るだけで無く、現実に手元不如意の中でこれ迄培って来た関係性の貯金を、結び付きが希薄にならざるを得なくなっても如何に切り崩さず運用していくかの手腕が、ブローカーにも問われて来るのだろう。

 商店街を歩けば凡ゆる飲食店が毎日が阿波踊りの如く屋台風の出店を常設している。従って、日常からうどんをはじめ出前を頼むこと屡々だったが、敢えてuber eatsに頼らざるとも、近隣から予約・持ち帰りという新たな技も充実しつつある。
 外出自粛が解除されても暫くは混雑する店内飲食を避ける傾向は続くだろうから、テイクアウト対応も継続されよう。頂き方改革もまた着実に進みつつある。

4月26日(日) Stay Poll  -政治・経済 - 政治・地方自治・選挙-

j474.jpg  中選挙区時代の衆議院は一選挙区から2名以上の欠員が要件たるが故に極めて稀だった補欠選挙が、小選挙区導入に伴い頻出することとなり、法改正に拠り2000年からは4月と10月に統一補選として実施されるに至った。
 結果的に選挙までのタイムラグが生じ、段取りに供される時間が増大した為、直近の政治情勢に多分に左右されるとはいえ、一般論として全国から物量を投入出来る組織政党には有利に働いていると言えよう。
 加えて今般静岡4区はコロナ禍に拠り集会もままならず、無聴衆演説を余儀無くされる始末であり、下馬評通り与党圧勝に終わった。投票率の低さは政治への懐疑を示唆するとの見解もあろうが、与野党休戦を反映しているとも言っていい。
 投票所対策として電子投票の是非には議論が至らなかったが、来るべき都知事選において再燃される可能性はあるのだろうか。現実にはデジタル・デバイドや成り済まし対策以上に、自由意思の証明が難関なので、半ば結果の見えている大規模選挙で試行するのも方策かも知れない。

 さて選挙技術的に密かに注目されたのは同姓同名候補の行方であった。地方選挙では有力候補からの案分を狙って意図的に擁立するケースはこれ迄にもまま見られた様だが、国政では初では無かろうか。
 実際3700余の不明票が登場しており、一義的には次点候補者に不利に働いた様に映るが、事前の調査等では"野党統一候補の"といった冠付きになるので、名前の浸透への効用も類推される。投票用紙にも年齢を付して自筆する為、画数が多くななるデメリットと若さが強調されるメリットを勘案すると画一的な評価は難しかろう。
 野球選手の登録名の様に「佐藤文・佐藤男」「田中幸・田中雄」と機械的に分別は出来ないとしても、これを機に責めて「同姓同名の場合は、戸籍簿に記載された氏名、広く通用している通称、以外の届出を認める」なりの改正を諮ってみては如何だろうか。
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