コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

10月1日(日) 風呂に入って寝るだけではないが  -政治・経済 - 衆議院解散・総選挙-

 選挙が始まれば土日も無い、と宣うのは自らを鼓舞すると同時に半ばワーカホリックに陶酔するが如くでもあるが、実際休日は当然電話も少なく、事務作業が捗るとともに、関係各位へのご連絡も携帯電話という文明の利器の効用で実にスムースに進む。
 当然先方は押し並べて稼働しているから、土日に働く者同士、同病相憐れむ連帯感が生まれるが、辺りを見渡しても人影は皆無。これだから選挙の時だけ生き生きとしている等と揶揄されるのかと苦笑せざるを得ない。とは言え8時に会社に現れて、ふと気が付けば17時を回っており、最初から飛ばしても息切れするだけなので、後はマニアックな候補者一覧表作りも一段落した処で退散する。
i94.jpg  かく昨日熱中したおかげで今日は昼前に手持ち無沙汰になり、永田町経由地元を回遊する。元より電話して送って貰えば済むところわざわざ回収に赴くとはこれ見よがしで小聡明いが、暴漢でも無い限り選挙事務所を訪問すれば須く歓迎されるとの心理に導かれている。以前は休日の深夜に多摩地区を周回し、敢えて候補者との邂逅を狙っていたのに比べれば寧ろ戦術的に退行しているのは、加齢に伴い体力温存を図るべく自制が働いているのかも知れない。
 ただ胃が悲鳴を訴えていないのは、丁度一週間、ピロリ菌除去の為にアルコールを排除の論理だったのが確実に寄与していよう。便が緩くなる懸念を指摘されたが、このとこれまま柔便ならぬ硬便化してお通じの際、力まざるを得ない事態が生じているので痔疾治療経験のある身の上には却って好都合だろう。
 当面、宴席はほ簿皆無なのでこのまま続けていれば休みが無くても乗り切れそうなものだが、そうは問屋が卸すまい。肝心のピロリ菌を退治出来たかは三ヶ月たってみないと判らないのだか。

9月28日(木) プログレとロングホープ  -政治・経済 - 衆議院解散・総選挙-

i93.jpg  嘗て華々しくスタートした非自民八党派連立細川政権が一年と保たず瓦解し、社会党首班という禁じ手を以て自由民主党が政権に復帰してなお、その年末に誕生した新・新党改め新進党は、小選挙区制下における政権担当能力を持つ対抗勢力として、一定の期待を以て迎えられた筈である。
 解散と相前後して設立され、俄かに民進党の"合流"で第二党の座を得んとしている希望の党は、その新進党との類似が指摘されている。
 そもそも代表からしてパシフィコ横浜にて盛大に挙行された結党大会を党広報委員長として演出した人物であるし、労働組合を最大の支持母体とする民主~民進党に比して"保守"の様相が強いのは事実である。差別化を図る為にも民進党を丸飲みしない戦術を採ることは当然に予想され、こちらは民主党が社会党左派やさきがけ党首の武村正義氏の合流を拒んだ「排除の論理」と重なるが、細かく言えば民進党が参院の院内勢力を維持する形で資源を温存し、衆院側のみ希望移籍を図るのも、往時の公明党が翌年の参院選対応を見据えた現実的な戦略だったのに対し、今般は如何にも場当たり的な段取りに過ぎなかったとしても、先例の踏襲と言えなくも無い。
 ただ希望との決定的な相違はその公明党の不存在に他ならない。そもそも90年代の政界再編は金丸信氏の言葉を借りれば「長男坊(経世会)が家出して」民社、公明に社会党右派迄をもの糾合を目指しており、70年代に構想された野党の「社公民」路線が「江(江田)公民」と揶揄されたが如くに、公明・民社の中道両党が社共共闘から脱却出来ない社会党との協調を諦め、保革伯仲の中でまさに宮澤内閣信任案を三党で成立させたことに象徴される様に「自公民」体制が生まれつつあった、その延長線上に位置している。
 結果的には金丸氏ご本人の隠遁から盟友であった田辺誠氏率いる社会党右派の参画は殆ど叶わず、かつ家出した長男の双子の兄弟が意外に頑健だったと評すべきだろうか、新進党は僅か三年で瓦解して仕舞ったのだが、この文脈に則れば、寧ろ現在の自公政権の方が新進党のDNAを受け継いでいると言っても過言では無い。
 実際、石破・二階両氏とここ三代の幹事長のうち二者を筆頭に、自民に戻ったからこそ命脈を保っているのかも知れないが、自民に新進党出身者が点在しているのは事実であり、前原・枝野といった民進幹部は日本新党初当選は同じでもさきがけ経由のため新進党には属していない。
 要は自公政権において新進党の要素に欠けるのは民社党の有無であるが、新進党が連合内の旧同盟系をベースに社会党支持に残った旧総評系民間労組を取り込む過程にあったー村山政権下にそれは叶わぬ夢に終わったがーのに対し、恐らく希望の党は連合から旧総評系の官公労を排除するのが主眼となり、ここでも新進党と希望には異層がある。
 もしここで旧民社の友愛が独立の旗を挙げることが出来れば、或いは選挙結果如何では自公民の枠組みが生まれ、細川政権以来の政界再編の長い物語が完結するのかも知れないが、残念ながら小選挙区制下においてそれは望むべくも無かろうし、「安保は自民より右、経済は社会民主主義」に象徴される中道政党らしい現実性が、却って足枷となりダイナミックな動きを阻害してきたのは歴史が証明している。
 逆に言えば希望の党は旧同盟乃至は民間労組を配下に収めることによって、自民を鷹とすれば鳩の装いを呈した保守二大政党のポジショニングに自らを位置付けることは出来たとしても、経済的には社会民主主義に近く、社会的には自由主義という、自由民主党において最も「リベラル」であった"長男坊"は組みしていない。
 フロンティアはまだ遠い。

9月25日(月) メーテルの星崩れる時  -政治・経済 - 衆議院解散・総選挙-

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リーリーかシンシン(2011年)
 小池知事が午後名前を発表というから、スワ新党と色めきたったところパンダの子息であった。「平成」の元号を発表した小渕官房長官の如くに、恭しく額を掲げて「その名前は希望です。あ、間違えちゃった」等と危険な笑いを取ることも無く、モニターで発表されたのであった。しゃんしゃん。

 55年体制下にあっては大政党間を跨がる移籍は山口シヅエ氏の様に極めてレアケースであったが、96年総選挙後に新進党から五月雨式に自民党への復党・入党が嵩んで以来、ここ数年も民主→自民の鞍替えが散見される様になったのは、ひとつには政党間のイデオロギーの相違が小さくなった証しであろう。
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こちらは離島
 だから「離党」という響きにも半ば慣れっこになりつつあったが、与党から該当者が生まれると身を引き裂かれるが如くまでは大袈裟かも知れないが、インパクトは決して小さくない。
 勿論、大野伴睦翁ではないが、猿は木から落ちても猿だが代議士は選挙に落ちたらただの人、は覆すことの叶わぬ真理に違いない。しかしながらこれ迄築き上げてきた多くの人間関係を絶ち切って、それでも尚バッヂが無ければ仕事が出来ないという論理を優先させなければならないとは、些かの皮肉と同情を込めて、小選挙区下における議員とは世知辛い商売であると言わざるを得ない。
 元より転々とするのが当たり前の外資系企業でもあるまいし、公職も雇用の流動化が進んで働き方改革もここに極まれり等と笑っている場合ではないが、或いは国替えも地域代表より国民代表という英国型議会制民主主義の有り様を体現しようというのだろうか。
 公的機関にしろ民間企業・団体にしろ、非営利を標榜する疑似組織においても、何等かの成果が明確化してそれが個人に人事上の賞罰として返還されるには時間が掛かる。これに対し学生団体の利点は、最大四年間と期間が限定されているが故に出世が早い、との指摘があったが、幸か不幸か政治もまた選挙において短期的な明確な評価が、早々に齊される。冷静に見詰めたい。

9月24日(日) 最後の晩餐  -スポーツ - ゴルフ-

i89.jpg  当分棒振りは沙汰止み、来週も中止となったところで期せずして紫の袱紗が現れる前に「最後の晩餐」のお声が掛かれば飛び付く他は無い。
 丁度二ラウンド連続の絶不調でこのまま激闘に突入してクラブを握らない日々を続けたくなかったところに実に好都合だったのだが、前半こそショートとロングで何れも寄せワンのパーを拾い、ダイヤモンドも稼いで何とか体面を保ったものの後半は又もや撃沈である。
 取り分け前回の酔いどれゴルファーに懲りたからではなく、会食の激減するこの時期にピロリ箘除去を充てる運びとしたため、極めて珍しく実に一滴のアルコールをも補給することなく臨んだにも拘わらずの結果には悄然とせざるを得ない。
i90.jpg  結局、スウェーしない様にと意識し過ぎた結果として、逆に身体の回転を喪い手打ちになっていたのだろうが、少なくともひと月はラウンド出来ないので、消化不良のまま冷却期間を迎えるのは寂しい限りである。
 しかし、クラブハウスでは度々邂逅しながらも御相伴に預かるのは実に初めてとなる御仁は、元より飛距離もあるし寄せも着実なのだが、30代で回れる力のあるゴルファーはショットだけでなくパターも間違っても大外ししない、という当然の摂理が強く印象付けられた。かれこれ六年近く中尺パターを愛用してきたが、既に腹を支点に固定するのが禁じられたのは競技に出場する訳ではないし、腰に優しいとの利点は棄て難いものの、そろそろ新しく活路を開くべきではないかとの野望も湧いてくる。
 ゴルフとしては散々だったが、往復の打ちすがら行き帰りの道すがら、永田町の主の如く御大から諸事拝聴したのはいざ鎌倉を前に実に貴重なひと時だったから、善き前夜祭だったと自らを慰めておこう。

9月22日(金) ヒトも街も宇宙も  -地域情報 - 名古屋・愛知-

i86.jpg  常在戦場の衆議院において総選挙は常に突然訪れる、とのコンセンサスは昨今頓に高まっている感があるが、必然的に凡ゆるスケジュールが大幅な変更を余儀無くされるケースも増大している。
 関係者との会食は元より、政治資金パーティも法的には公示後であっても開催は可能だが、選挙中に東京に人を集めても詮無いので概ね延期になろう。
 逆に解散前の絶妙なタイミングに予定されていれば、決起集会を兼ね得るので好都合極まり無いが、事前には到底読めないので運不運の領域である。
 勿論、その幸運が実際の選挙戦にどの程度奏攻するのかは全く以て定かでは無いものの、少なくとも人為的で無い好循環が気勢を揚げる効果は、システマチックな様で人間の営みが左右する選挙戦においては小さくない。
i87.jpg  本日の愛知県における会合も当然今回の事態を想定したものでは無かったが、要人の愛知訪問に併せてのセッティングが期せずして関係者が一同に会するキックオフ宜しき様相を呈し、遠路赴いた甲斐が大いにあったと言えよう。しかもお役目なくお膳立てに乗って動くだけなので個人的には却って恐縮しつつ。

 ところで公共交通機関不毛の地なので移動は亡くなった父の車を拝借する積もりだったが、いざスターターを押しても点灯はするものの肝心のエンジンがうんともすんとも掛からないではないか。
i85.jpg  諦めてタクシーを拾おうと思っても基本的にひとり一台の世界だから然う然う流しの車はいない。成長戦略の嚆矢として自動運転が喧伝されている中、乗り手が優雅に街中を乾杯でもしながらという絵柄は未だ夢物語の域を出ないものの、現実的には物流の効率化と安全性の確保両面からの高速道路におけるそれと、高齢者対応を主とするゴルフカートの豪華版擬きが当面の視野に入っている。
 ただ地域の自動運転以前に、そもそも自動車が無ければ生活そのものが存立し得ない様な、言わばモービル・デバイドたる課題は何故かくも与件の如く受け入れられてきたのだろうか。
 考えてみれば東京や大阪といったわが国都市部の極限られた地域だけが特殊なのかも知れないが、点在する都市に資本を集中投下するコンパクト・シティ的な有り様とは逆位相にある国土の均衡ある発展を愚直に追及したが故の、負の側面なのかも知れない。
 結局単にバッテリー上がりだったのだが、ハイブリッドが常態化しつつある昨今ではJAFの売上も減少しているのだろうか。相続を前に早晩この車も手放さなければならなくなるのだが。

9月19日(火) 凶悪怪獣倒すため

i84.jpg  慣れて仕舞ったからこそ所与の如く響くものの、今更ながら「帰ってきたウルトラマン」とは秀逸なネーミングであったろう。後にウルトラ兄弟たる概念で各ウルトラマンは同一の遡上に位置することになるものの、番組自体は全く別個の世界観に基づいており、登場人物にとっては幾らその風貌が初代マンに酷似していようとも、ウルトラマンが帰ってきたという認識は生まれ得ない。元より本人にとっても初の来日にも拘わらず、勝手に「新マン」、一部には「帰マン」などと名付けられたのは不可解だったろう。あまつさえヤプールには「ウルトラマン二世」などと呼ばれて仕舞ったが、今では「ジャック」と命名され、却って違和感が大きい。
 過日のコンペも昨年久方振りに再開されたからこそ敢えて「帰ってきた○○カップ」と名打ったのだが、幹事を引き継いだ今回も何故か「帰ってきた」がそのまま継承されており、それだけウルトラマン効果でこのフレーズが一般名詞の如くに人口に膾炙しているという証佐たろう。
 とここまでは前振りで、本題は漸く同僚が帰ってきたのである。遥か光の国ならぬ企業城下町に旅立ってから三月、 内閣改造前夜に慰問に訪れてからも既にひと月半が経過している。 折しも俄かに臨戦体制となり、丸でそのために帰ってきた様だが、何はともあれ頼もしい限りである。
 時を同じくして国会議員要覧も更新され、アプリ版もリニューアルされて流石に日本地図からには至らないものの、密かな要望通り都道府県別の検索が可能になって永田町周辺居住者にはより利便性が高まったろう。惜しむらくは、程無く十一月改訂版が発行されようから今版は長持ちしないことだが。

9月18日(祝) 月は隅田の屋形船  -スポーツ - プロ野球-

i73.jpg  評論家を僭称するには程遠いものの、所謂「五社協定」であるとか映画会社の盛衰に詳しくなったのは、嘗て映画産業華やかりし時分、その多くが職業野球の経営に携わっていたからに他ならない。取り分け今は亡き大映は"ラッパ"と称された永田雅一氏が河野一郎氏の盟友、既に死語に近い「政商」として所謂光淋の間事件はじめ度々政局に登場しており、政治・野球の二大評論分野の何れもにも大きく関わることから、長らく関心を抱いてきた。
 学生時代には友人と、打撃を極める余り常人の辿り着き得ない世界に到達し世捨て人の如くあった、大映の後進たる東京オリオンズの榎本喜八元選手宅に近寄り、庭に誂えられたバッティング用と思われる網を道すがら眺めた記憶もあるが、後に沈黙を破って氏自身が雑誌「Number」に登場され、その鳥籠を使っての自宅練習の有り様を語るのみならず、引退後も球界復帰を目指し、東京球場までランニングを続けていたという半ば神話化していたエピソードが事実であったことが明かされている。
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 その東京球場は大映の倒産後、小佐野賢治氏の手に渡りとここでも政治が見え隠れするが、72年には僅か10年の短い生涯を終え、跡地は東京都の所管する荒川総合スポーツセンターとなっている。久方振りに訪れたが、軟式野球グラウンドこそあれ往時の縁を思い起こさせる物は無い。榎本氏は解体の過程をわが身を切られるが如くと表現していたが、左中間右中間の構造がほぼ直線で本塁打量産スタジアムと揶揄はされていたものの、南千住駅から徒歩圏内たる好立地にかく舞台が今も健在なれば、と早過ぎた先駆者の叡智が偲ばる。

 今更の様に思い立って探訪に足を伸ばしたのは、古い週刊ベースボールを漁っていて遂にわが高円寺に嘗て存在したロッテ・オリオンズ合宿所の住所を突き止めたことに触発されたが故である。
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こちらは公物
 学校法人と寺院に囲まれた地域に区の集会所と覚しき施設が存在するが、既にそのものズバリの地番は住居表示から消えており、隣接するマンションが合宿所時分とは玄関口の位置を違えたのではないかと類推される。
 元より経営が傾いた大映に今で言うネーミングライツの形でロッテ製菓との業務提携の道を拓いたのは岸信介元首相とされるが、71年には正式にロッテが球団を買い取り、東京球場の閉鎖で仙台を仮フランチャイズとしつつ、所謂ジプシー・ロッテとして彷徨い、漸く川崎に安住の地を得た頃に活用されていたものだから、そもそも永田オリオンズとの直接の結び付きは無かろう。
 現在の浦和に至る前、既に二軍は青梅を本拠地としていたのだとしても決して近隣とは言い難く、或いは飛鳥田市長の肝煎りで改築新造された横浜球場への同居の可能性が残されていた時分に、双方の中間にプロットしたのだろうか。
 謎は深まるが、俄かに騒がしくなる中で忙中閑ありのノスタルジアであった。

9月17日(日) まだ浮かばずや定遠は  -スポーツ - ゴルフ-

i78.jpg  百獣の王からの雪辱を期し、翌日には通例練習場ではひと箱のところ三倍かっ飛ばして挑んだ先週、昨年に次ぐコンペだったが、主役ご本人の御相伴に与った前半からメロメロで、後衛組に回走された後半は日本酒の小瓶をカートに抱え、ひとりだけ別の競技に勤しむが如し。アルコールで足取りも覚束ず、実に十数年振りに120に到達とは初心者マークを貼り付けねばならない。
 見事ブービーで次回幹事を拝命したのは永田町周辺居住者としては美しいポジショニングだが、流石に萎える。

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 副賞として屈辱的にも撓るスイング矯正クラブを戴いたものの、如何せん何か新展開を図らねば気分が晴れない。しかしながら15番ウッド60度ウェッジと安価な新兵器は悉く銭失いで、僅かにユーティリティ9番だけがバッグを賑わしている状況では、この上買い物ブギでストレス発散も建設的でない。
 悩んだ挙げ句ブラッシーの導入とは裏技にも程があろう。飛距離が無いから第二打はスプーンを常用するとはいえ、この上わざわざ2番ウッドを加えて微妙な飛距離を調整出来る力量があれば端からかく長物ばかりバッグに忍ばせる必要は無い。従って基本は練習用であり、気分転換とともに練習場に足繁く通うべく誘因を誂えていると言うべきか。
 実際、昨日今日と2日連続で河岸を違えて赴いて、明らかに慣れた3Wの方が打ち易いものの、箱数は自然増殖している。気ばかり焦っている証しだったとしても。

9月13日(木) さあ、働こう内閣  -政治・経済 - 政治・時事問題-

i77.jpg  金融緩和、財政出動に続く成長戦略に兎角異論、反論百花繚乱ではあるものの、一億総活躍から働き方改革、人づくり革命と、タマとしての技術開発と並行する形で成長の根幹たる人間の数と生産性、その為の教育をと手を変え品を変え注力している姿勢は、掛け声が先行して果実が明らかになり難いとはいえ、もっと注目を浴びて良いだろう。
 ただ現実に働き方改革が政策として形を為して来ると、その経緯に鑑みればやむを得ないものの、些か長時間労働の是正という先祖帰りした様な議論にスポットが当たり過ぎたきらいは否めない。元より高度プロフェッショナル制度の様な非時間管理の拡大は有用である。ただ世の中は時間単位に基づき常に均一な生産性の求められる仕事と、芸術の如く成果が全てという世界に二分される訳ではなく、比較的勤務中の自由度はありつつも便宜上時間管理をベースとせざるを得ない職責は数多存在する。その中間層は高度プロフェッショナルに該当する外見性はあるが、裁量権の少なさに鑑みれば自律的な働き方とは言い切れない。これを時間管理以外の手法を主に据えるのは、恰も民主主義がこれまで試みられた全ての政治体制を除き最低の政治であるのと同様に、恐らく望ましくない。
 勿論、大企業の間接部門において働き方改革をと問われても、精々会議を廃止したり随行者の数を減らしたりと、生産性の分母を小さくする発想しか生まれ得ないのは、時間管理に拘泥せざるを得ない弊害なのかも知れない。
 しかし一方で同一賃金同一労働という概念を用いるならば、詰まるところ後者の「同一」の換算は時間単位が前提となろうし、ジョブ・ディスクリプションの明確でないわが国にはそもそも同一労働の範疇は稀少で、寧ろ同一賃金同一待遇こそが相応しいとの反論は、遷く時間に捕らわれない働き方が具現化しているが如き幻想を想起させて堂々巡りである。更にはそれが単に所謂正規雇用の拡大を求めるものならば、解雇規制の緩和と入れ子という極論に走らざるを得なくなろう。
 ただ詰まるところ、完全雇用の為の失対事業に終始していた独立の労働行政が、企業の尽力と相俟った労働需要の拡大を経て、供給側の質を高める人づくりに至りつつあるという論理は一貫しており、試行錯誤を重ねるのは旧弊に囚われて身動きを縛られるよりは余程建設的だろう。壮大なる実験を試みるには些か舞台が大き過ぎるきらいはあるが、頭の体操だけでは何も生まれまい。

9月6日(水) 末は園直、池禎か  -グルメ - ドリンク-

 元より右の物を左に置き換えるだけで食べている様な仕事柄であるから日々調整に明け暮れるのは商売繁盛の証しだが、このところは会食の設営が立て込んでいる。
 確かに上官の肩書きに依居してお近付きになりたいターゲットとの懇親、懇談を企むのは、永田町周辺居住者の常套手段に他ならないが、役者が増えれば黒衣の立ち回りも踏んではならない地雷も増殖して存外にひと筋縄ではいかなくなる。
 だからと言って流石にコンペの背広幹事宜しく、勝手口に控える様なケースは稀だから、役者が上位者になる程、セッティングそのもののハードルが上がる替わりに当日はお呼びで無くなるので、日程が合意された段階で小さな喜びを得てお役御免である。
 考えてみれば上は首脳会談から日常の会議に至るまで、自己目的化は本末転倒であると重々承知の介の上で述べれば、「会う」こと自体が人間同士の営みの大きな要素を占めているのもまた事実であろう。
 と自らを納得させている時点で国対向き、より厳密に言えば国対の事務方向きの人材に、後天的に形成されたと言うことだろうか。

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 逆にお付きでなく、僭越にも自らが主役でもなく、単に一参加者として宴席に携わると、緊張感を欠くのか呑んだくれ、若かりし出向時代には日常茶飯事であっても、以来数少なかった酩酊に近い事態が再び散見される様になってきた。
 元来麦酒は好みで無く、だからなのか寧ろ日本酒の方が酔わないという根拠無き自覚があったのだが、それも程度問題で注がれるがままに飲み干していては致し方ない。仕事柄酒の許容量が多いに越したことは無いし、定着した呑み介のイメージを今更覆し難くもなりつつあるが、偏食のためより飲料を欲する傾向があるのなら和らぎ水を添えればと思いきや、味噌汁でも煮詰めた様な濃厚嗜好の舌には水では如何にも物足りなく、だからと言って日本酒とコーラを並べるのは相当な違和感があろう。
 ただ嘗ては宴席の中途でも遺漏なく嘔吐して何事も無かった様に飲み続けていたのだが、加齢に伴い確実にスムースに吐ける胃腸の能力もまた減退しており、同時にアルコール分解も凋落していようから、かく事態が訪れようとも不可解ではない。
 飲んでる顔をして飲まなければ良いだけ、と言われれば反論の余地も無いのだが。
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